「お帰りなさいませ!ご主人様!」
目の前のお客様に対して満面の言い放つと、彼等はだらしない顔で口元を緩ませた
現在この私───聖園ミカがメイド服を着ながら働いている場所は私の新しいバイト先だ
〝新開店!高時給!まかないあり!可愛ければ誰でもOK!〟という求人に釣られて始めたこのバイトだが、難しい仕事は覚える必要ないし笑顔さえ作れればそれだけでお客さんの相手はできるしでかなり楽なバイトだった
「え、えっと……こ、ここここの〝愛情たっぷり♡ラブラブオムライス〟ください!」
「はーい♡」
「はひぃ!?」
ウィンクしながら返事をしてあげるとお客さん達が慌てながら上擦った声をあげる……自分で言うのもなんだけど、顔の良さを自覚しているからできる芸当だ
幸いにも良い子ちゃんの真似は得意だ、初対面で私の本性を見抜ける人なんてトリニティ内の人達ですら限られているだろう……まあ、頭の良い人やムカつくほど異常な観察眼を持っている人にはバレるかもしれないけど
例を上げるならトリニティの浦和ハナコやゲヘナのあのムカつく────やっぱ止めた、名前を出すとなんか私が意識してるみたいになっちゃうし
「ミカちゃーん!次のお客さんの接客おねがーい!」
「はーい!」
今、私を呼んだのは先にこのお店で働いていた私の先輩。彼女は私の起こした事件を知っていながら普通に接してくれる数少ない一人だ
先輩に言われた通り店の玄関に向かい、いつもの挨拶の準備をする
扉が開かれた……よし!
「お帰りなさいませ!ご主人様────」
「……は?聖園さん?」
「お帰りくださいませ、ご主人様」
「お帰りくださいませ!?」
「……で?なんで酒泉君がこんなお店にいるのさ、もしかして女の子と縁が無さすぎて触れ合いの場を求めちゃった感じ?」
「女の子との縁なら幾らでもありますよ、今日だって沢山のスケバン達に囲まれてハーレムデートしてたんですから。いやー、皆随分と過激なアプローチだったなー」
「文字通りハートを狙われてるじゃんね」
彼の名前は折川酒泉、別名・クソボケ
この日、ラブレターを餌に酒泉を屋上まで誘き寄せるというどこぞの正実モブちゃんが聞いたらブチギレそうな罠を仕掛けられた彼は物の見事にその罠に嵌まり、そのままスケバン達に囲まれて普通に全員返り討ちにしてその日の仕事を終えた
そんな彼がトリニティ近くのメイド喫茶に遊びにきた理由は嘘告白によって傷付いた心を癒す為……ではなく単純に最近出来たこの店が気になって入ってみただけである、断じて彼がメイド好きのムッツリさんだからという訳ではない
「はぁ……なんでよりによって酒泉君なんかが来ちゃうのかな」
「〝なんか〟とはなんですか〝なんか〟とは……つーかさっさとメニュー表くれません?注文したいんですけど?」
「はいどうぞー」
「雑すぎんだろ」
ぽいっとテーブルの上にメニューを置くと酒泉から不満げな視線をぶつけられる
しかしミカは全く反省の態度を示さず〝まだ?〟〝早く決めてくれない?〟〝遅いんだけど?〟と客を相手にしているとは思えない対応をしていた
……他の客とは全く違う対応と言えば、ある意味特別感はあるのだろうが
「あと十秒以内に決めてねー……ごー、よん、さん」
「間飛ばすなや……ん?」
ミカを適当にあしらいつつメニュー表を眺めていると、酒泉はとあるスイーツを目にする
やられっぱなしは面白くないと思った酒泉はそのメニューを注文する事を決意し、ニヤリと笑いながら〝これで〟と呟いた
「……は?え?正気?本当にこれ頼むの?」
「〝これ〟じゃ分からないんでちゃんとメニュー名復唱してくれませんかー?」
「ぐっ……こ、この〝ご主人様専用♡萌え萌えハートパフェ~メイドさんのまほうを添えて☆~〟ですねー!」
「ぶっ……は、はい。おねがいしま……ぶふっ……!」
引き釣った笑みで額に青筋を浮かべながら復唱するミカ、一方で酒泉は笑いをこらえるように両手で口を押さえている
厨房へと戻っていくミカの背中を見送ると酒泉は時間潰しにスマホを触ろうとし────店内の客達の視線が自分に集中している事に気付く
「……ん?」
はて、この人達は何故自分を見てくるのだろうか
答えは単純、折川酒泉がみかりん☆(バイト時の名前)にとって特別な何かである事を周囲の客が察してしまったからだ
どんな客にも分け隔てなく笑顔で対応するみかりん☆、そんな彼女が邪険に扱うだなんて余程嫌われているんだな────とはならない
今、この場にいる客は全員酒泉のことを〝みかりん☆に嫌われている男〟ではなく〝みかりん☆の素を引き出せる男〟だと認識している
つまり────ご主人様を慕ってくれている美少女メイドが、ご主人様以外の男に本当の自分をさらけ出しているという脳破壊を食らっている状態である
「……いや、本当に何で見られてんだ……?」
ここで忘れてはならないのが聖園ミカという少女はかなりの美貌を誇る美少女だという事実だ
そんな女の子をただの口喧嘩の相手にするというあまりにも贅沢すぎる接し方をしている彼は、本来ならこの店の客達に〝死ねクソボケェ!〟と罵られながら背中を刺されても文句を言えない立場なのである(無論、そんな事をすれば全員数秒以内に制圧されるだろうが)
……ここまで長々と語ったが、要するに彼はただ嫉妬されているだけである
「……えっと、すいません……?」
そんな事など露知らず〝さっきの会話の時うるさくしすぎたか……?〟と心の中で反省した彼は周囲の客達に軽く謝罪をする……が、当然嫉妬混じりの視線は向けられたままだ
ちなみにもし客達が彼に対して〝美少女とイチャイチャしてんじゃねえよ死ね!〟と正直に打ち明けたとしても〝でもアイツ性格終わってますよ〟と返してくるだろう
つまりこの空間の温度差は酒泉と他の客達の価値観の違いによって生み出されていた
「くそっ……アイツ、みかりん☆とイチャイチャしやがって……!」
「見せつけてんのか……!?」
「何であんなガキが好かれてんだよ……」
(……好かれてる?俺が?)
テーブル何個分か離れている席の団体客、彼等のひそひそ話によって漸く自分が視線を集めている理由に気付く酒泉
だが、好かれてるという言葉に対しては少々思うところがあったようだ
(ないない、どっからどう見ても好かれてなんかないだろ……それにイチャイチャなんかもしてねーし)
先程も述べたが折川酒泉と聖園ミカは互いに罵り合うような関係、つまり酒泉にとってはただの喧嘩相手に過ぎない
・会えば早々(ミカが本気で嫌がりそうな言葉は避けつつ)煽り合いに発展する
・休日に家でゴロゴロしようとすれば(なんだかんだで付き合ってあげてるが)ミカに一方的に呼び出される
・ミカがトリニティの生徒に絡まれているところを目撃したって助けたりはせずに無視して(偶々帰り道がトリカスの立っている場所だったため邪魔するように横切りながら)通りすぎる
うん、これのどこに好かれるような要素があるのだろうか
何より、その考えを後押しする決定的な要素が一つ
(つーかあの人、俺のこと嫌いだろうし)
酒泉自身はミカに嫌われていようと大して気にしていない、しかしゲヘナ嫌いの彼女がゲヘナ生を好いていると勘違いされているのは流石に可哀想だなと同情はしている
……そう、つまり折川酒泉にとって聖園ミカとは〝嫌いではないし憎んでもいないけどそれはそれとして自分から声を掛けようとはあまり思わない〟くらいの相手である
勿論その身を救われた時は感謝した、ペイント弾を使用しての模擬戦に付き合ってくれるのもありがたい
ただそれだけだ、助けられたら礼はするし必要とあらば助力を求めたりもする。しかしそれ以外だと関わろうとはしないだろう
勘違いしないでいただきたいのが別に二人の関係は険悪ではないという事、二人はただ恋愛関係に発展する可能性が限りなく低いというだけだ
「はいお待たせー、こちらパフェでーす」
「商品名」
「……〝ご主人様専用♡萌え萌えハートパフェ~メイドさんのまほうを添えて☆~〟です!!!」
そんな彼の元に先程注文した品が届く
ビールの大ジョッキ程の大きさの器に盛り付けられた山盛りのバニラアイス、これでもかと言う程トッピングされまくっているチョコクッキーとチョコスティック、中央をカラフルに彩る大量のフルーツ
なるほど、かなりの量だ。だが身体は糖分で出来ているアンリミテッドシュガーワークス折川の前ではむしろ丁度良いくらいだ
……が、酒泉の狙いは単純にパフェを楽しむ以外にもあった
忘れてはいけない、彼はみかりん☆への仕返しの意味も込めてこのパフェを注文したという事を
「じゃあごゆっくり────」
「待ってください、何か足りなくないっすか?」
「────、」
みかりん☆の身体がピシリと固まるや否や冷や汗を流しながら口笛を吹き始めた
「……な、なんのこと?トッピングは全部ちゃんとしてるし特に忘れてるものとかはないと思うんだけどなー?」
「本当に?本当の本当に忘れてません?例えば────メイドさんのおまじないとか」
「は……はぁあああああ!?」
おまじない、それはメイドさんがよくやる〝萌え♡萌え♡きゅん♡〟のようなもの
他の客とは平然と一緒におまじないをかけていた彼女も酒泉の前でだけは拒絶の態度を示していた、理由は察してほしい
「なんで私が酒泉君なんかと一緒におまじないをかけないといけないの!?」
「はい?なんすか?まさかメイド側がメニューに書かれている事を拒否するつもりなんですか?」
「なっ……」
「そうよミカちゃん?ちゃんとご主人様の言う事は聞かないと……」
すっとミカの背後から現れたのは先程ミカを呼んでいた先輩、彼女はここまでの一連の流れを見て何となくミカが酒泉に向けている感情を察していた
「私達はメニューに書いてある品を提供して、それでちゃんと対価を頂いているんだから……ご主人様に失礼な態度を取っちゃ駄目よ?」
「だ、だって……だってぇ……!」
「でもそうねぇ……どうしてもミカちゃんが嫌だって言うなら私が代わってあげてもいいけど?」
「……え?」
「ごめんなさいね……ご主人様もそれでいい?」
「あ、はい」
それは先輩の親切心、どうしてもおまじないを渋るミカを気遣った提案……というのはミカ目線
先輩は当然親切心から提案した訳ではなく、むしろミカを煽る為の言葉だった
何故ならこのメニューの〝おまじない〟というのは────ご主人様と肩をピッタリ寄せて互いの手でハートを作りながら〝私達のラブラブパワーでおいしくなーれ♡萌え萌えきゅん♡〟と唱えるというかなりキツイあれなのだから
これぞ酒泉の目的……〝大嫌いなゲヘナ生とこんな事をするなんて屈辱的だろう〟という考えから思い付いた究極の嫌がらせである
……が、流石の酒泉も他のメイドさん達の時間を奪ってまでその嫌がらせを実行するつもりはなく、駄々をこねるミカの代わりに別のメイドがおまじないを唱える事を彼は了承した
「では……お隣失礼しますね?ご主人様♡」
おまじないを唱える為に酒泉の隣に座ろうとする先輩、一歩二歩と距離が近づく
このままだと酒泉と先輩はミカの前でハートを作って堂々と〝ラブラブ宣言〟をするだろう
究極の二択、自身のプライドを優先して折川酒泉が他人とハートを作るのを指を加えて眺めるか、それとも────自分が酒泉とハートを作って〝ラブラブ宣言〟をするか
「────っ!先輩待って!私がやるから!」
決断、恋する少女はこの瞬間だけは素直になる事を決意した
先輩が座るより先に素早く酒泉の隣に座るミカ、先輩は一瞬だけポカンとしたもののすぐにその表情は笑みへと変わる
そして先輩はバレないように親指を立て、心の中で〝頑張るのよ……ミカちゃん!〟と応援しながら厨房へと去っていった
「……マジでやるんすか?逃げるなら今のうちですけど?」
「別に?この程度の事なんて他のお客さんともやってたし?余裕だけど?…………なに?もしかして今更ビビってるの?」
「……は、はあ?別に余裕だが?」
聖園さんの事だしなんやかんや途中で投げ出すだろう、そう考えていた酒泉は覚悟を決めたミカの表情に驚く
そして一方のミカは後に退けなくなったことで逆に吹っ切れたのか酒泉を挑発するような発言までしてしまっている
「……肩近くないっすか?」
「し、仕方ないじゃん!マニュアルにはこれぐらい近くって書いてあるんだから……ほら!手を出して」
「えっと……こうでしたっけ?」
左手でハートの半分を作る酒泉、ミカも一呼吸置いてから右手でもう半分のハートを作る
これでハート様超進化態の完成、あとはおまじないを唱えるだけだ
「よし……じゃ、じゃあ唱えるからね?」
「はぁ……」
「わ、私達の!」
「私達の」
「ラブラブパワーで!」
「ラブラブパワーで」
「おいしくなーれ!」
「おいしくなーれ」
「「萌え萌え────」」
ピリリリリリッ!!!
「────っ、空崎さんからの緊急連絡!?悪い!ちょっと席外すわ!」
「……きゅん?」
前世・折川酒泉
効果モンスター
星1/地属性/戦士族/攻200/守800
①このカードが墓地に送られた場合に発動できる、このカードを裏側で除外し、デッキから「ゲヘナ学園・折川酒泉」を手札に加える
②このカードは墓地から特殊召喚できず、墓地のこのカードを手札に加える事はできない
③相手は墓地のこのカードを除外できない