「もお~!どうしていつもいつもこんな展開になるのよ~!?」
「アンタらが悪さしなければいいだけの話だろう……っが!」
文句を言いながらも割と体力に余裕を持って逃げる陸八魔アル、それとは対照的に折川酒泉は既に息を切らしていた
それはここ最近だけで日常事の様に積み重ねられてきた精神的疲労と肉体的疲労が原因だった
「外した!?くそっ……止まれ!逃げるんじゃねえ!」
「止まるわけないでしょう!?止まったら撃たれちゃうじゃない!?」
陸八魔アルが背後から放たれた弾丸を紙一重で避ける……そんな状況が先程から何度も続いていた
それは陸八魔アルの実力が単純に高いからというのもあるが、やはりそれ以上に酒泉の状態が絶不調だからというのが大きいだろう
お得意の〝眼〟による精密射撃も行動予測も、全てが平常時以下になっている
「ああもう!しつこいわね!」
逃走一択だったアルが突如後ろを振り向いて銃を構え、そこから放たれたスナイパーライフルの弾が一直線に酒泉に向かう
無論この程度の攻撃では酒泉を止める事などできないとアルは理解していた、彼女の攻撃はあくまで時間稼ぎの為の牽制でしかなかった
「こんな物で……っ!?」
「ば、馬鹿!?避けなさい!」
しかし限界を迎えてしまった酒泉の足は崩れるかのように突如として捻られ、体勢を崩した酒泉の額目掛けて容赦なく弾丸が向かってくる
酒泉は咄嗟にナイフを一振りしようと懐に手を伸ばした……ところで間に合わないと判断し、即座に首を動かしての回避に行動を切り替えた
「……っぶね」
久方振りに感じた死の予感、今更流れ弾に恐怖などしないもののそれは酒泉に冷や汗をかかせるには十分な一発だった
頬から流れる血はあと数センチずれていれば自身の口を貫いてそのまま命を終わらせていたであろう事を悟らせた
「ちょっ……だ、大丈夫!?怪我したのは頬だけ────」
「────来るな」
先程まで追われる側だったにも関わらず追跡者である酒泉の心配をして駆け寄るアル、しかし酒泉はそれを自ら拒んで銃口を向けた
「心配しないでください、今のはちょっとしくじっただけなんで……それよりまだ勝負は終わってませんよ」
流石の酒泉も心の底から心配をしてくれた相手を騙し討ちするつもりはないのか、アルの悲痛そうな表情を見た途端に体調不良を悟られないように強気に睨み付ける
それは相手が自分を責めないようにする為の気遣い……でもあるが、一番の理由は自分自身の不調を認めたくないが故に取った行動だった
〝聖園ミカや万魔殿の事など気にしちゃいない〟という年頃の少年らしい小さなプライドが表に出た結果
……つまり、折川酒泉の精神状態は取り繕う余裕すらないほど衰弱していた
「……分かった、それなら降参するわ」
「分かったならさっさと構えて────は?」
いきなり銃を地面にに置いて両手を上げるアル、いつもなら絶対に選ばないであろう択を選んだ事に酒泉は唖然とする
「酒泉の事だしどうせ私を捕まえるまで追い続けてくるに決まってるでしょう?その途中でもっと大きな怪我なんてされたら寝覚めが悪くなっちゃうじゃない!」
「……良いんですか?久し振りに俺から逃げられる最大最高のチャンスなんですよ?」
「舐めないでちょうだい!弱り切った貴方に勝ったところでそれはハードボイルドとは程遠い勝利よ!」
自身の理念とは反するからと叫ぶアル、しかしその行為の真意は酒泉の身を思っての事だと酒泉本人は一瞬で気づいた
ここはキヴォトス、隣人が鉛弾を平然と向けてくる街
しかしそんな街の生まれ育ちでも自分の弾が凶弾と化してしまいそうな場面に出会ってしまえば流石に相手の心配をするというもの
特に陸八魔アルというイマイチ非道に徹し切れない少女はそれが顕著に現れていた
「……俺が弱っている?んなわけないでしょう……」
「いいえ!間違いなく弱っているわ!だって私の知ってる貴方ならあんな雑な狙撃なんてしないしただ逃げてるだけの私に苦戦する筈ないもの!いつもの〝折川酒泉〟らしくないわ!」
「───っ、知ったよう口を……アンタの理想を勝手に押し付けるんじゃ────」
────気持ち悪い、気持ち悪い────
────なんだよそれ、意味わかんねえよ……なんでそんな平然と答えられるんだよ、アンタはそんな人間じゃねえだろ────
────それがおかしいんだよ、俺の知ってる聖園ミカは〝二番目でいい〟なんて言うような奴じゃない……俺の知ってる聖園ミカは俺に媚びたり謙るような情けない女なんかじゃない!いつだって強気で、強引で、ムカつくほどに強くて……!────
「………………あ」
酒泉の頭の片隅に、何者かの声が小さく響く
その記憶には奇しくも今の酒泉と同じく〝理想〟を押し付けられている少女の姿があった
(俺は今……傷付いたのか……?陸八魔さんに理想の〝折川酒泉〟を押し付けられて、勝手に失望されたと思い込んで)
しかしその時と違う点がある
あの時の酒泉の瞳に込められていたのは〝失望〟に近い感情、しかし今目の前に立っているアルの瞳に込められているのは純粋な〝心配〟だった
(俺はあの時……自分の事で一杯一杯で……)
思えば、彼女の告白を信じられなかったのもある種の〝理想の押し付け〟ではないのだろうか
〝聖園ミカが自分を好きになるはずがない〟という考えを相手の気も知らず押し付け、彼女の精神がそのまま押し潰された結果があの狂行だったのでは
そんな後悔が突如として酒泉の胸に浮かび上がる
「いい?不調を必死に隠しているつもりだろうけどそんな事をしても無駄よ!何度も貴方と戦ってきた私が言うんだから間違いないわ!」
「ははっ……気付いたからって自分から捕まりに来るかよ、普通」
「う……うるさいわね!ほら!さっさと手錠でも何でも掛けなさいよ!」
そんな酒泉の気も知らずどこか得意気に言い放つアル、そのあまりにも滅茶苦茶な行動に思わず苦笑が溢れる
アル自身も自分が滅茶苦茶言ってる事を少しは自覚していたのか、赤くなった顔を誤魔化すようにそっぽを向きながら両手を差し出す
「んじゃ、遠慮なく……ほい逮捕」
「……なんか、自分から逮捕されるのって変な感じがするわね」
「今更すぎません?………………あ、もしもし?折川ですけど……はい、こっちは一人確保したんで迎えに来てもらってもいいですか?あ、それとこの後も他のメンバー追っかけるんで補充用の弾薬とかも……はい……はい、お願いします」
酒泉は手錠を片手に持ち、もう片方の手でスマホを取り出して仲間に連絡をする
すると酒泉の会話の内容のどこかに引っ掛かったのか、アルはぎょっとした顔でその肩を揺さぶった
「えっ!?ちょ……ちょっと!まさかまだ働くつもりなの!?」
「いや、だってアンタのお仲間さんまだ逃走中ですし……」
「あんな調子で戦場に立つなんて危険に決まってるでしょう!?今日くらいはもう休みなさい!」
「どっかの誰かさん達のせいで休めてないんですけどねぇ……」
「うぐっ……」
酒泉を気遣う事はあっても自分達の活動を辞めるつもりはないのか〝それは〟だの〝その〟だのとアルはしどろもどろに口を開く
それに呆れながらも酒泉は一応の感謝を示し、その途中で〝あれ?そもそもこの人達が事件起こさなければ元々危険な目にも遭わずに済んだんじゃね?〟という考えに気付かなかったフリをしながらその場を立ち去ろうとする
……が、そんな彼の目の前にアルが立ち塞がる
「まっ……待ちなさい!折川酒泉!貴方が休まないというのなら私にも考えがあるわ!」
「なんなんすかもう……俺の心配をしたいのか俺の邪魔をしたいのかどっちかにしてくださいよ────っとぉ!?」
突如揺らぐ視界、宙に浮かぶ感覚
酒泉はアルに足払いをかけられていた
(やられたっ!?こいつ……最初から諦めるつもりなんて────え?)
裏切られたか、そんな酒泉の思考を中断させるかのように倒れかかっている背が優しく受け止められる
そのままゆっくりとゆっくりと身体が背から地面に近づき……頭だけが柔らかい何かを感じた
「ふふふっ……捕らえたわよ!折川酒泉!」
「……は?」
自分を見下ろす陸八魔アルの顔、体勢から考えて後頭部は彼女の膝の上に置かれているだろうと酒泉は予測する
それ即ち────膝枕
「あの……これは?」
「この状況が理解できないほど貴方も馬鹿ではないでしょう?弱り切ったその身体、まともに機能しない思考回路……そんな状態の貴方じゃここから逆転する事なんて不可能!つまり貴方は私には逆らえないのよ!」
「……さっき〝今のお前に勝っても面白くない〟みたいなこと言ってませんでした?」
「あっ……えーっと……えーっと……そ、そうだったかしら……?」
「そこら辺の言い訳も考えとけよ……」
「と、とにかく!敵に捕まってしまった今の貴方に出来る事は休む事だけよ!残念だったわね!」
どこかずれた方向に勝ち誇るポンコツ社長を〝何やってんだコイツ〟と思いながらジト目で見つめる酒泉
「ん……ふぁ……」
「あら?ね、眠いのかしら……?私の上着で良ければ───」
しかし酒泉はその状態から抵抗しようとする間もなく、突如襲いかかってきた眠気となんだかんだ寝心地の良いアルの膝の感触に敗北したかの様に目を閉じてしまう
(駄目だ……思ってた以上に疲れが……)
最強格の首元に手を伸ばせる程にまで成長した酒泉、強くなりすぎてしまったが故に彼は多少の無茶なら平然とこなせるようになってしまっていた
そうして無意識の内に重ねてしまっていたオーバーワークの反動がついに身体に現れ、その肉体と精神を休ませられる時間が漸く酒泉に与えられた
余談だがこの後現場に到着した風紀委員達に〝酒泉を誘惑して引き抜こうとしている〟と勘違いされたアルはめちゃくちゃ撃たれまくったとか
(聖園さんと……もう一度……話して……)
その間も折川酒泉はすやすやだったとか、あとついでに膝の上に残った暖かさに謎のモヤモヤを感じる便利屋の社長が居たとか
ちなみに他の便利屋メンバーは出張から帰って来た風紀委員長が全員牢にぶち込んだらしい
トリニティ総合学園シスターフッド・歌住サクラコ~主よ、お許しください~
通常モンスター
レベル4/光属性/天使族/攻1200/守2100
遊び帰りの二人の男女、二人を囲む赤い夕焼け
烏の鳴き声一つしないその空間で少女は主に許しを乞う
全ての人間の幸せの為ではなく────今、この瞬間だけはたった一人の少年と自分の為だけに幸せを願ってしまう事への許しを
「酒泉さん、聞いてください。私は……私は貴方のことが────」