サブマシンガンの弾を自らの羽で防ぐヒナ、マシンガンの弾を受けながら直進するミカ
戦闘スタイルの異なる二人だが身体スペックは総合的には同等近く、それ以外に比べる点があるとすればヒナの方が圧倒的に戦闘経験が多い事か
「あはっ!逃げてばかりじゃ終わらないよ!?」
「それで困るのは貴方だけでしょう?酒泉に会いに行けないのだから」
振り下ろされる拳を避け、大きく後退するヒナ
ミカの拳が激突した地面にひびが入っているのを見て〝相変わらずの馬鹿力だ〟とより警戒を高める
一方のミカも先程から危なげなく攻撃を回避されている現状に苛立ち、ヒナの機動力への対抗策を考えようと頭を悩ましている
「さっきからずっと避けてばかりで……そんなに私に殴られるのが怖いのかな!?」
「避けられるような攻撃ばかりしないで、退屈すぎて眠くなってしまうでしょう?」
引き金を引きながらヒナ目掛けて駆け出すミカ、ヒナは強固な銃身で弾丸を防ぎながら正面からミカの拳を見据える
本気で振るえばコンクリートすら破壊できる凶器の拳、それをギリギリまで引き付けてから頬に掠るか掠らないかぐらいのタイミングで回避する
そしてヒナは完全に入り込んだ懐目掛け自身の拳を振るう
「っ!?」
ミカ程ではないとはいえ、ヒナの身体スペックもかなりの物
その身体から繰り出された拳はミカに小さな呻き声を上げさせた
腹部を襲う痛み、それによって生まれた隙をヒナは見逃さなかった
「ぅ゛……!?」
腹を庇うように上体を屈めているミカ、ヒナはそんな彼女の髪を引っ張って顔を下げさせてからそこに膝による鋭い一撃を顔面に食らわせる
これ以上勢い付かせると不味いと判断したミカは仰け反りながらも咄嗟に蹴りを放つ
しかしヒナもその動作を確認してからすぐに追撃の手を止め、ミカの脚が顔に当たりそうになる頃には既に自身の身を下げていた
「……っ、あはは……その程度?こんなの痛くも痒くもないんだけど?」
「あら、それなら良かったわ。あまり痛め付けすぎるのもどうかと思って途中で力を抜いておいたから……上手く加減できてたみたいね」
「言ってくれる……ねっ!」
瞬間、怒りに駆られたミカはクラウチングスタートのように駆け出す
咄嗟に放たれるデストロイヤーの弾に直撃しても尚勢いを弱めず、今度は殴り掛かるのではなく両手でヒナに組み付く
そのまま勢い任せにヒナの小さな身体を押し倒してマウントを取る
「これでもう逃げられないね?」
地に押し付けられているヒナに対し両腕を上げているミカ、これから始まるのは一方的な殴打
その一撃目を振り下ろすと同時にヒナは手を自身の顔の前に構える、しかしミカはヒナのガードごと叩き潰すつもりで攻撃を仕掛けていた
「────っ!?」
しかしミカの身体は直前で横に転がされる、ヒナは膝を折り曲げる事で僅かな空間をミカとの身体の間に作り出していた
流れる様な動きでミカの身体の上に乗るヒナ、今度は逆にミカがマウントを取られていた
「これでもう逃げられないわね」
「くっ───!?」
小さな拳から繰り出される強烈な一撃、デストロイヤーを投げ捨てたヒナはそれを連続で振るう
何発か顔に命中してから残りをガードしようと左腕で顔をガードし、残りの右手でヒナの体重をものともせず無理矢理身体を起こす
それによってバランスを崩しかけたヒナは咄嗟にミカの身体の上から降り、投げ捨てたデストロイヤーを拾いながらミカの様子を見る
今の殴打によって鼻からは血が、身体には強引な戦い方によって出来た無数の傷痕が
「頑丈ね、あれだけ殴ってもその程度のダメージなんて」
「……っ、へえー?あれってパンチだったんだ?じゃれついてるだけかと勘違いしちゃったよ☆」
鼻血を拭いながら強気に言い返すミカ、確かに彼女は今のところ不利な状況だが戦局を決定付けるほど大きなダメージを食らった訳でもない
しかし流れは間違いなく空崎ヒナが掴んでいる、今のミカにとってそれを奪い返すのは中々に困難だろう
「それで?諦める気になってくれたかしら?」
「……何が」
「酒泉に会いに行くこと」
「全然?」
「そう」
短く一言だけ返したヒナがデストロイヤーの銃口をミカに向ける
大量の弾丸を円を描くように走りながら回避するミカ、彼女を仕留める前に弾が切れたヒナは足でハンドルを倒して行儀悪く銃をリロードする
そんな好機を逃すまいとミカは走る方向を変え、ヒナに向かって飛び掛かる
「このっ……」
「大雑把な振り方ね、何をそんなに焦ってるの?」
「またちょこまかと……!」
「酒泉に会いたいなら互いのほとぼりが冷めてから会えばいいでしょう?その時には万魔殿の監視の目も緩くなっているでしょうし」
「────知ったような口を利かないで!」
ただでさえ大振りだった一撃は怒りに身を任せた事によって更に大振りに
ヒナは当然の様に雑な攻撃を受け流し、ミカの背後を取って膝裏に蹴りを入れ、バランスを崩させる
そして、いつもと同じ……問題児を拘束する時の様にミカの両手首を後ろで掴む
「随分と隙だらけな一撃だったわね、私が想像していたより戦闘経験が浅いのかしら」
「ぐっ……さっきから……っ、ずっと、煽ってばかり……だね……!?ゲヘナも生徒の陰湿さはトリニティとあまり変わらないのかな!?」
「部下の中に相手を揺さぶるのが得意な子が居るのだけど……私はただその子をお手本にしただけよ」
「また……そうやって!」
手を後ろに組まされた状態で尚馬鹿力で無理矢理拘束から逃れるミカ
しかしそこから体勢を立て直そうとはせず感情のままに攻め続ける
「酒泉君の事を何でも理解してるみたいな顔してっ!私への当て付けのつもり!?」
「ええ、少なくとも貴女よりは理解できてるつもりよ」
「そんなの当たり前じゃん!私と違っていつでも酒泉君に会えるんだからさ!」
「そうね、だからこそ私は貴女が許せない」
「何が!?」
「さっきも言ったでしょ?自分が楽になりたいが為だけに酒泉と会って、酒泉に振られようとしている貴女がって」
ミカの猛攻を冷静に流しながら会話を続けるヒナ、その顔には汗一つ流れていない
一方のミカは感情任せの粗だらけの動きのせいで僅かにだが既に息を乱し始めている
「貴女には私の気持ちなんて理解できない!ずっと酒泉君と一緒にいてずっと酒泉君に好かれてきた貴女なんかに!ずっと恵まれた環境に身を置いてきた貴女なんかには!」
「好かれる努力をするどころかずっと酒泉に悪態を吐いてきた貴女にそれを言う資格があるのかしら」
「……っ、そんな事!私が一番分かって────」
「……まあ、それを言える資格なんて私にもないけど」
ピタリと動きを止めて対峙する二人、ヒナの表情はどこか悔しそうに歪んでいた
「貴女の言う通り、確かに私はずっと酒泉に好かれてきた。私を支えるという約束を果たす為にゲヘナ学園に来てくれたし、これからも支えるなんて約束までしてくれた……これが恋愛的な好意なのかはともかくね」
「……なに?自慢話?」
「いいえ、自慢するつもりはないわ。むしろ……そうね、私にとってはあまり誇れる話ではないもの」
「……は?」
自分の好きな異性を手元に置いておきながら、求めていたものを手に入れておきながら
これ以上何を望む、そんな怒りがミカの中で沸き立とうとした瞬間、ヒナは懺悔するようにポツリと呟いた
「ある日、酒泉に告白した子が現れた」
「……っ」
姿が浮かび上がってきたのは正義実現委員会の制服に身を包んだ少女、トリニティの生徒でありながらゲヘナの生徒に告白した勇気ある少女
未だ折川酒泉の心の中で大きな存在感を示しているであろう彼女の事だった
「これからも酒泉と一緒だと、いずれは酒泉と今以上にと、酒泉から与えられる無償の愛に胡座をかいて想いをぶつけようともしなかった私を咎めるようにあの子は現れた……馬鹿な話よね、告白するチャンスなんて幾らでもあったのにそれをあっさり奪われるなんて」
「……自慢話の次は自虐?貴女、何がしたいの?」
「彼女は酒泉に正面から告白し、そして……振られた。それは私の事を支えながら他の女性と付き合うとその相手の人に失礼だからっていう、どう考えても私の約束を優先してくれての理由だった」
「……だから、何が言いたいの!?」
「それでもあの子は酒泉を諦めなかった」
貴女と違って、ヒナの力強い眼光にそう言われているように錯覚したミカは言葉を詰まらせる
今のミカにとって彼女の話は何よりも耳を塞ぎたくなるような話だったのだから
「ならば振り向かせてみせると、いつか自分の方を優先したくなるほど魅了してみせると、あの子は酒泉本人にそれを宣言してまで諦めようとはしなかった」
「……だから私も諦めるなっていうの?」
「違うわ、別に諦めるかどうかは貴女の勝手よ。だけど……その為だけに酒泉に告白しようとしないで」
「……」
「あの子が今も尚酒泉に告白するチャンスを窺っているのは今度こそ酒泉を手に入れる為……つまり最初から諦めている貴女なんかと違って真摯に向き合っているのよ。でも貴女は違う、酒泉の心に付けてしまう傷や背負わせる重荷の事を何も考えずに自分だけが救われようとしている」
「……さっきから随分あの子の肩を持つね、そんなに気に入ったならさっさと酒泉君を解放して付き合わせてあげればいいじゃん」
「嫌」
即答、一瞬の間も無く答えるヒナ
〝誰よりも先に折川酒泉に告白した女〟という称号は、ヒナにとって尊敬できると同時に嫉妬や警戒心を持つべき存在でもあった
「どうして私が酒泉を手放さないといけないの?」
「だってあの子になら酒泉君に告白させてもいい程度の好感は抱いてるんでしょ?……私と違ってね。それなら当人達の自由に恋愛させてあげればいいじゃん」
「確かにあの子の事はそれなりに尊敬しているけど……それとこれとは話は別」
「へえー、器が小さいんだね?風紀委員長さんは」
「そうね、本当は酒泉が私の知らない所で他の女の子と話してる事すら許せないし、酒泉が私の許可なく勝手に他校の敷地に入る事すら許せないし、酒泉がまた勝手に行動しないように両手両足を縛り付けて管理したいと思ってるし、酒泉が私以外に頼れなくなるくらい依存させたいと思ってるし、酒泉に一分一秒漏れなく私に行動報告させて一日の全てを管理したいと思ってるし、他の女の子と遊ぶ時どころか先生と遊びに行く時すら一緒に付いていって怪しい動きをしないか監視したいし、もし法が許すなら……いえ、法が許さなくても今すぐ誰もいない二人だけの世界に酒泉を連れていって独り占めしたいと思っているわ」
「……流石に小さすぎない?まあ……理解はできるけど」
「それでも私が酒泉が誰かと関わるのを許しているのは……そんな事をしても酒泉は幸せにならないと理解しているから」
「……」
「分かる?酒泉が欲しくて告白したあの子と違って、今の貴女の告白は酒泉を傷付ける結果にしかならないのよ」
「……」
「貴女が酒泉を本気で手に入れるつもりで告白するのならまた話は変わるけど……でも、そうじゃないならここは絶対に通さない」
俯いて黙り込むミカ、そんな彼女の前まで無防備に近寄るヒナ
やがて下から顔色を窺える位置にまで移動すると、ミカの様子などお構い無しに堂々と言い放った
「だから、酒泉に会うのは諦めて────」
「……るさい」
次の瞬間、ヒナの顔の隣を弾丸が駆け抜ける
無言のまま佇むだけだったミカは少しずつ身体を震わせ、やがて我慢の限界に達した子供のように叫んだ
「うるさい!うるさいうるさいうるさい!!!」
「っと……まるで癇癪を起こした子供ね」
とうとう銃すら投げ捨て、その両の拳でヒナに殴り掛かるミカ
一撃一撃は強力でも、数多の戦闘経験を重ねてきたゲヘナの長にとってそれは捌けない程ではなかった
「貴女に言われなくても分かってるよ!私のせいで酒泉君が苦しんじゃうってことくらい!」
「それが分かってるならどうして告白しようとしてるの?もしかして〝奇跡的に受け入れてくれるかもしれない〟とでも思っているの?」
「っ……そうだけど!?悪い!?」
ミカの左の拳が大きく振られる────あっさりと受け流される
「こんな事になっちゃったけど!それでも奇跡を望むことぐらい別に構わないでしょ!?都合の良い希望に縋るくらい許してよ!?」
ミカの右足の蹴りが────危なげなく回避される
「だって大好きなんだもん!振られる前から!振られた後も!ずっとずっと大好きなままで苦しいんだもん!」
ミカの左脚の回し蹴りが────ヒナの頬を掠める
「私だって本当はもっとたくさん酒泉君に会いたい!酒泉君にアタックだってしたい!デートコースとか着ていくお洋服とか付き合った後の事もいっぱい考えたい!将来の事とかも二人で悩みたい!本当はまだ諦めたくない!」
ミカの右手の拳が────
「私だって────私だって!酒泉君が欲しい!!!」
ヒナの顔の中心を捉えかけた
「────っ!」
両羽と両腕をクロスし、四重の守りでミカの拳を防ぐヒナ
それでも尚、両羽と両腕は痺れたままだった
「……やっと本音を吐いたわね」
「……え?どういう────」
「────でも、ちょっと遅かったわね」
「────っ゛っう゛!?」
再びミカの腹部にめり込む拳、今度はその箇所に更にデストロイヤーの銃口が加えられる
そして────光線と見間違えてしまいそう紫の光が、ミカを吹き飛ばした
「ごほっ……お゛ぇ……」
「……貴女、まともに睡眠取れてないでしょう。心身共にそんなボロボロの身体で勝てると思ってたの?」
瓦礫に埋もれているミカの腕を引っ張り出し、そのまま力任せに引き抜くヒナ
腹部を押さえながら悶えているその姿は酷く痛々しかった
「……今日は……調子、悪かった……だけ、だから」
「そうね、もし貴女が本調子だったらここまで一方的ではなかったでしょうね……最後の一撃がその証拠よ」
本音をさらけ出し、自分の全てをぶつける様に放った一撃
不調の状態で放たれたにも関わらずあの一撃は確かにヒナに冷や汗をかかせた
「お世辞なんて要らないよ……貴女の目的は無理矢理酒泉君に会おうとしてる私を止めることなんでしょ?だったらさっさと捕まえなよ……私の負けなんだから」
「……本当にそれでいいの?最後に吐いたあの言葉、あれは貴女の本音だったと私には感じたけど」
「……だとしても、もう私には貴女に抵抗する術なんかないし」
漸く吐き出せた自分の本心、しかしそれを伝える術はもうない
何故ならミカはヒナに敗北し、酒泉に会いに行くという目的を果たせなくなったのだから────
「……?」
突如、ガチャリとヒナのデストロイヤーが地面に落ちる
何事かと思ってミカがヒナの顔を窺うと、ヒナは困ったように両手を上げていた
「……何してるの?」
「さっきの一撃を受け止めた時に両手の骨にヒビが入って銃を持てなくなったみたい」
「……はぁ?」
「それに足もさっき上に乗られた時に挫いちゃったみたい……困ったわね、これじゃあ貴女に逃げられても追い掛ける事も背中から撃つ事もできないわ」
明らかな演技に困惑するミカ
するとヒナは一向に意図を察しようとしないミカに痺れを切らして口を開いた
「いつまでそこでボーッとしてるつもりなの?酒泉に会いに行くなら今しかないわよ?」
「なっ……」
「自分の本当の願いを自覚したでしょ?それなら早く伝えに行った方がいいわ……約束をすっぽかして今度こそ酒泉に嫌われたいというのなら話は別だけど」
「……どういう風の吹き回し?」
「……貴女を止めたとしても、酒泉の悩みが消える訳じゃないから」
互いに問題を抱えたまま再び接触したとしても、折川酒泉のモヤモヤは晴れないだろう
あくまで酒泉の為、ヒナはその体を崩さない
「……いいの?」
「何度も言わせないで、私は怪我を負って貴女を追えなくなった……それだけだから」
「本当に酒泉君奪っちゃうかもよ?」
「別に構わない、万に一つも可能性は無いと思うけど」
「……あは、やっぱりゲヘナってムカつくなぁ」
自らの身体を奮い立たせ、汚れた服を叩いて砂埃を払うミカ
ボロボロの身体、今にも倒れそうな脚、それでも彼女の背中は先程の何倍も強かに見えた
「それとこれは独り言だけど……この辺り一帯の監視カメラは戦闘の余波で全部壊れてるし、道中にあった監視カメラも〝何故か〟全部壊れていたわ。多分、ゲヘナの不良生徒の悪戯ね」
「ふーん?じゃあ私のこれも独り言だから………………ありがと」
それ以上言葉を交わす事もなく駆け出すミカ
ヒナはその背を見送ると誰にも聞かれないであろう空間で一人呟いた
「何をしてるのかしら……酒泉の為とはいえ敵に塩を送るなんて……」
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戦闘開始から十分────二十五名居た現地の部隊が全滅
戦闘開始から二十分────到着した十五名の援軍部隊が全滅、この時点で虎丸大破
戦闘開始から三十分────追加で到着した八名構成の狙撃部隊、二十名構成の対大規模テロ用の重装備制圧部隊が全滅
「馬鹿な……」
羽沼マコトの目に飛び込む信じられない……信じたくない光景
鉛弾一発で簡単に貫けるような脆い人間が、自分の部下達を相手にたった一人で無双している
現在、現地で酒泉と戦っているのは野次馬の目を避ける為に配置した警備員代わりの生徒達のみ
「な、なぜ当たらない!?」
「この……ひっ!?」
敵の身体を盾に攻撃を防ぎ、敵の銃を奪って継戦する
そこにリロードや後退などという行動は存在せず、一秒一秒常に誰かが折川酒泉の弾の餌食にされていた
「な、なんで……血は出てるのに────っ゛あ!?」
折川酒泉の身体に付着している血は全て返り血か、もしくは折川酒泉が敢えてギリギリで弾を避けた際に出た掠り傷程度の物
それを知らず恐怖で身体を震わせながら銃を構えていた一人の生徒の頭部に弾が命中、それを皮切りに一人また一人と付近の生徒達が倒れていく
敵の重装備制圧部隊から奪った盾で首元を殴り、また新たに奪った武器で遠距離の敵を制圧、それを開戦時からずっと息を乱す事なく繰り返している
『議長!こちら配置に着きました!』
「────、来たか……!」
また新たな援軍の到着がマコトの耳に届く
先程の部隊は全滅させられたが、今度こそと希望を抱いて命令を下す
『現在地点、対象から300メートル!もう少し接近してより精密な射撃を────』
「いい!そこから撃て!これ以上近づくと奴に狩られる!」
『了解しました……総員、構え!』
新たな援軍はたった三人の狙撃兵、それでも各々の練度はそれなりに高く、たった一人の生身の人間を撃ち抜くには十分な人数
そんな彼女達に狙われている酒泉が、ふとした瞬間に動きを止める
「っ、今だ!撃て!」
その隙を逃さず、マコトの命令と同時に三発の弾丸が射出される
酒泉の視角外から放たれた弾丸は酒泉に意識を向けられる事なく、容赦なく左脚、右手、左肩を────
『────は?』
「そこか」
左脚を数センチ後退、右手を下げ、左肩を身体ごと斜めに
酒泉の行動を封じる為に放たれた三発の弾丸は、たったそれだけの行動でその場から殆ど動かず回避された
『そんな────ぅあ!?』
『なっ……か、隠れろ!今すぐ───っ゛……』
『う、嘘───』
マコトの通信機から声が聞こえなくなる、それは間違いなく数百メートル先の仲間達が撃たれた証拠
居場所を隠していた仲間達が何故
(まさか……わざと撃たせたのか!?)
それは、酒泉の敬愛する風紀の長が何度か使用した事のある方法
狙撃手の位置を探る為に敢えて敵から攻撃させるという、身体の脆い彼が行うにはあまりにも自殺行為すぎる方法
(有り得ない……その方法は視界の端に弾が映り込んだ瞬間に認識できる程の視力と、映り込んだ段階で身体を動かせる程の超人染みた反射神経が────)
〝たとえ万魔殿が敵に回ろうとその日の内に壊滅させるなんざ造作もない事だ〟
(────本当に、できるというのか)
何時だか、酒泉がマコトに対して吐き捨てた言葉
それが今更になって甦る
(……待て)
それと共にある疑問がマコトの脳裏に浮かぶ
この戦闘中、酒泉は万魔殿を圧倒する力を見せつけておきながらマコト自身を狙おうとは一度もしなかった
それどころか今になって思い返してみれば、援軍が到着するのも現地の部隊が全滅してから……戦闘中に到着した事も、援軍が到着するまでにマコトを攻撃する事もなかった
これではまるで────援軍の到着に合わせられるように戦況をコントロールしているような
(……本当に……やるつもりなのか……?)
このまま援軍の到着と全滅を繰り返せば、やがて万魔殿は────
(本当にたった一人で万魔殿を……壊滅させるつもりなのか────!?)
マコトの視界には倒れ伏す無数の生徒達の姿が、しかしそれらの生徒達はヒナが繰り出すような広範囲攻撃で仕留められた訳ではない
全員纏めて吹き飛ばされた時の様な雑な傷付き方ではなく首元や喉に鳩尾等、一人一人確実に急所を突かれている様な倒れ方
(これではヒナが二人存在しているようなもの……いや)
……マコトはこの戦いが始まる前に一つのミスを犯していた、それは酒泉の実力を見誤った事
酒泉の肉体は一般人に比べれば頑丈な方だが、それでもキヴォトスの他生徒と比べると相当脆い
そんな彼に力任せの戦いなど到底できず、己自身の技量や眼を中心に鍛える他なかった
(戦闘技術に関してはもはやヒナ以上の化物────)
「もう援軍は呼ばなくていいのか?」
「っ!?」
唖然とするマコトの前にいつの間にか立っていた酒泉
マコトは咄嗟に後退して滅多に自身では構える事のないスナイパーライフルを取り出す────が、それを握る手の甲を撃たれて手放してしまう
地に落ちた銃を酒泉は足で遠くに蹴り飛ばすと、それでも尚強気に睨んでくるマコトの顔に向かって拳を振るう
「ぶっっ!?」
戦闘経験の量に関係なくマコトの身体も他生徒同様頑丈な物、当然酒泉の一撃程度で怪我したりはしない
そんな彼女の顔に────二発、三発と連続で拳がめり込む
「づぅ!?」
ダメージはそれほどではないにしろ、殴られた時の衝撃で膝をつくマコト
それを見下ろすように酒泉が声を掛ける
「立て」
「貴様───っ!?やめろ!?髪を引っ張……い゛っ!?」
四発目、五発目の拳が顔に直撃
今度はしっかりと殴り飛ばされ、地に背をつけるマコト
「立て」
「貴……様……!私を誰だ───どぉ゛っっっ!?」
腕を掴んで強引に立ち上がらせ、その顔に膝を入れる
ついに鼻から血を流し出したマコト、しかし酒泉の顔に罪悪感はない
「立て」
「こ、の───ごふっ!?」
「立て」
「がっ……!?」
反撃しようと拳を振るおうとしたマコトの腹部に先に一撃を叩き込み、踞ろうとしているマコトの顔に今度は下から拳を入れる
「ギッ……キキ、キ……貴様も、やは、り……ゲヘナの生徒、だな───あ゛っ!?」
「立て」
「っ゛────ぐぅ゛!?」
倒れ込むマコトの髪を掴み、再び立ち上がらせる
そして、顔に拳を
「す゛、ぅあ……!」
「立て」
「っ……ぅ゛う゛……!」
「立て」
その表情は無表情、喜びも悲しみも存在していなかった
「立て」
「か゛っ!?」
「立て」
「げほっ……っ゛!」
「立て」
「っ゛……っ……ぁ」
銃を使わず、培ってきた近接戦闘能力だけで的確にマコトを痛め付ける酒泉
鼻から流れる血の量が増えようと、歯が口から落ちようと、その拳は止まらない
「立て」 「立て」
「起きろ」 「立て」
「さっさと立て」
「まだだ」
「立て」 「遅い」
「立て」
「もう一度だ」
「立て」
「まだ足りないか」
「立て」 「次だ」
「起きろ」
「立て」 「立て」
「立て」
「立て」
「立て」
「……ぅぁ」
「立て」
あれから何分経ったか、マコトの意識は既に朧気だった
目の前の男の顔もまともに判別できず、確かに痛みを感じているはずなのにその痛みが身体のどこから来ているのか分からない
そんなギリギリの状態まで追い詰められていた
「立て」
「ひ……ぁ……」
痛みからか、恐怖からか……或いは両方からか
口を小さく動かすだけで返事をしようとはしないマコト、酒泉はそんな彼女の胸ぐらを掴んで再び無理矢理立ち上がらせる
「っ……!」
酒泉が拳を構えた瞬間、マコトは眼を瞑る
それは痛みに対する明確な拒絶反応だった……が、それに抵抗する力は最早残されていない
マコトは再び自身を襲うであろう痛みに身体を震わせる────
「動かないで……ください……!」
────が、痛みがマコトを襲う事はなく、代わりに届いたのは自身の部下の声だった
その声の主は虎丸の大破と共に意識を失っていたイロハのもの、彼女は酒泉がマコトを痛め付けている間に目を覚ましていた
「これ以上の戦闘行為は……認め、ません……」
「……」
「今すぐマコト先輩を離してください」
自分も身体の痛みが残っているだろうに、それでも足腰を立たせて酒泉の後頭部に銃口を向けているイロハ
指は引き金へ、視線は酒泉だけを捉える
これはお願いではなく命令、いつでもお前の命を奪えるという脅しと共に
「────お゛ぇ……!?」
「なっ……!?」
────それでも、酒泉の拳は止まらない
後頭部に銃口を突きつけられているにも関わらず攻撃を続ける酒泉
「き、聞こえてなかったんですか!?今すぐ先輩を解放してください!」
「立て」
「っ……この……!」
震える指で引き金を引く、標的は当然────酒泉の右手
痛みを与える事さえできれば少なくともただの脅しとは思われないだろう、それに利き手を奪えばこれ以上の暴行は避けられるかもしれない
そう思っての一撃だった
「……は?」
その一撃は、酒泉が振り向き際に振りかざしたナイフによってあっさり切り裂かれた
しかし酒泉はそれ以上の追撃はせず、それどころか銃を奪う事すらせずイロハを放置してマコトの方に向かう
(相手にすら……されて、ない……?)
あまりにも駆け離れすぎた実力差、単純な実力だけで見れば酒泉にとってイロハはそこらで倒れている万魔殿の生徒と対して変わらなかった
「……っ……」
「立て」
「……ぁ」
再び上がる小さな呻き声、それを聞いたイロハはか細い声で懇願する
「やめて、ください」
「立て」
マコトの顔に拳が
「おねがい、します」
「立て」
腹部に足が
「もう、ゆるしてください」
「立て」
角にピシリと歪な線が走る
次の瞬間、イロハは酒泉の元へ駆け出していた
「お願いします、もうやめてください」
「……」
宙に浮く酒泉の片足に抱きつくイロハ、直前で蹴りを止められた酒泉はその体勢のまま動きが止まる
「これからは先輩の好き勝手にはさせません、私達部下も先輩の横暴を咎められるように常に監視します」
「……」
「風紀委員会への嫌がらせも辞めさせます、これまでの非礼も全てお詫びします、ですから────」
「いいですよ……ただし、貴女の答え次第ですけど」
「……え?」
ここにきて初めてまともな返事が酒泉から返される
酒泉は自身の足をゆっくり降ろしてイロハから離れると、戦闘の余波で生まれた近くの瓦礫に腰を降ろす
「どうしたんですか?座ってくださいよ、棗さん」
「あ、あの……」
「聞こえなかったんですか?……座れよ、棗イロハ」
「っ……はい」
同じく、近くの瓦礫に腰掛けるイロハ
周囲には会話を聞いている者は一人もおらず、通信機から流れてくるのも現地の部隊を心配する後方の生徒達の声のみ
イロハは後方部隊に〝作戦は終了しました〟とだけ返すと、相手からの返答も聞かず一方的に通信を切った
「……あの、私の答え次第というのは……」
「言葉通りの意味だ、今まで風紀委員会が苦しめられてきたのは羽沼マコトの横暴を許していたあんたら下の人間のせいでもある……違うか?」
「それは────はい、その通りです」
「もし俺が羽沼マコトに〝二度と風紀委員会に手を出すな〟と約束させたとしても、コイツは平然とそれを破る可能性がある。となれば方法は二つ、コイツを一生動けない身体にするか……ストッパーとなる人間がコイツを止めるかだ」
「……では……私にそのストッパーになれ、と?」
「……いいや、俺が棗さんをストッパーと認めるかどうかは……さっきも言ったが棗さんの答え次第だ」
「さあ、話し合おう」
ヒナとミカの戦いを見たエアプクソボケ
「ボーケボケボケ!流石のトリニティの魔女でもゲヘナ最強には手も足も出ないボケねぇ!?さあ空崎さん!トドメを刺すでボケェ!」
ヒナとミカの戦いを見た本物クソボケ
(ああもう!なんて情けない戦い方してやがるんだ聖園ミカ!アンタはもっと強いはずだろ!?馬鹿!そんな雑な攻撃、空崎さんにとっちゃ隙以外の何者でも……ほら言わんこっちゃない!あっ!?くそっ!簡単にマウント取られて殴られてんじゃねえぞ!?……おっ?今の一撃は中々────油断してんじゃねえ避けろ!?あっ……ああもう!今日のアンタらしくねえぞ!?もういい!代われ!俺が戦う!)