「結局、パーティーは続ける事になったんだね」
「ええ、途中で中止にすると万魔殿の面子がどうとかで」
牢部屋に続く廊下をアコと歩く先生、青のドレスを美しく着こなすアコと先生が着るシャーレの白い制服に生徒達の尊敬の眼差しが刺さる
美男美女が並んで歩けば絵になるのは当然、それはそれとしてアコのドレス姿があまりにも際どすぎて変態を見るような視線を送る生徒もいるのだが
「戦闘で負傷した生徒達は裏方に回って作業を、それ以外の生徒は会場の警護を担当するとか……怪我人は目立ちますからね」
「……マコトは?」
「保健室です、イブキちゃんに看病されて幸せそうにしてましたよ」
相変わらず頑丈な万魔殿の議長の面を思い浮かべるアコ、イブキに〝あーん〟でプリンを食べさせてもらっていた議長の姿は記憶に新しい
それと同時に湧き出るのは部下とイブキに対する罪悪感、何の罪もない少女と一人万魔殿に立ち向かっていた少年達に苦を背負わせてしまった事への後悔
「……自分が不甲斐ないです、まさか酒泉があんなに追い詰められていたと気付けないなんて」
「アコはヒナの方を重点的にサポートしてたんでしょ?それなら仕方ないよ……それを言うなら私だって酒泉の異変に気付けなかったし」
「先生の場合はそもそも会えてないじゃないですか、最後に会ったのだって酒泉が当番だった時でしょう?」
二人は酒泉の体調を気遣えなかったと後悔しているが、そもそも酒泉自身が感付かれないように徹底していたので当然である
先生とは会う機会自体無く、アコには万魔殿の妨害から守る為にヒナの側にいるように頼んでいた
「どうやら酒泉にとって私は〝委員長の体調以外どうでもいい女〟と思われているみたいで」
「アコ?なんか怒ってない?」
「はぁ?怒るわけないじゃないですか。別にどっかのクソボケが私相手に何も相談せず黙りと隠し事してたぐらいで拗ねたりなんかしませんよ」
「そこまでは聞いてないけど……」
「私を怒らせたら大したものですよ、ええ」
「それは怒ってる人がよく使う台詞だと思うんだけど」
さも気にしていない風に装っているが、歩く速度が上がっているのが彼女自身の怒りを証明している
つかつかと怒りに任せて歩幅を大きくして歩いていると、二人はやがて牢部屋の前に辿り着く
「……この中に酒泉が?」
「ええ、少々お待ち下さい」
その部屋の鍵を取り出して鍵穴に差し込むアコ
完全に開き切る前に既に中から騒ぎ声が聞こえてくるが、その事を尋ねる前にガチャリと扉が開いた
「どうぞ────」
「いい加減にしろぉ!このバカァ!」
「……えっと、喧嘩してるってわけじゃないんだよね?」
「……はぁ」
部屋が開いた瞬間に飛び込んできたのはイオリが誰かを罵る声、そして〝イオリ、冷静に〟とそれを咎めるチナツの声
牢の中に声が響く中、先生は奥の牢に入っている〝彼〟に会うために足早に進む
「あれは万魔殿の連中が悪いって言ってるだろ!?だからさっさと牢から出てこい!鍵を寄越せ!」
「何も自分から牢に入らなくても……」
「嫌です、俺の処罰が決まるまで絶対に出ませんから」
「こ、この……こうなったら牢を無理矢理壊してでも……!」
「イオリ、中にいる酒泉君に怪我をさせたらどうするつもりですか?」
「うぅ……でもぉ……!」
そこでは自ら牢に入った酒泉と、そんな彼を引きずり出そうとする二人の少女が言い争っていた
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「やあ、酒泉」
「まだ出てきてないのですか?……頑固ですね」
「アコ行政官、先生を連れてきてくれたんですね」
「アコちゃん!先生!」
言い争いの空間に更に二人の男女が追加された事で酒泉の顔色が暗くなる、彼は二人に対して……というよりも風紀委員や先生に対して〝余計な仕事を増やしてしまった〟という罪悪感を抱いていた
しかも罪悪感の理由はそれだけではなく、特に大きいのが〝風紀委員会に責任問題を押し付けられたらどうしよう〟というものだった
「二人からも何か言ってやってよ!酒泉ってば一向に出ようとしないんだ!」
「早朝からずっとこんな様子でして……パーティーの準備だけ手伝って後は全部牢の中に籠りっぱなしです」
そう、今日はパーティー当日……だというのに酒泉は自分の仕事だけ終わらせてそそくさと会場から去ってしまった
その行動は万魔殿の生徒から向けられる視線以外にも自分自身への不甲斐なさからも来ていた
視線を合わせようとしない酒泉、そんな彼の前に牢越しにアコが立つ
「さっさと出て来て下さい」
「……」
「いつまで私をこんな辛気臭い空間に居させるつもりですか?折角新調してきたドレスが台無しになるでしょう?」
「……」
「……聞いてます?」
「……出ません」
「あーもういつまでウジウジウジウジしてるつもりですか!?さっさと出てこいと言ってるでしょう!?上司の命令に逆らうつもりですか!?しかも顔すら合わせようとしないどころか着替えてきた女性に対する世辞の一つも無しですか!?いい御身分ですねぇ!?」
「アコ行政官落ち着いてください!後半に関してはただの面倒な彼女みたいになってますから!」
「いいなー……私もドレス着たかったなー……」
途中から怒りのレールを急に方向転換させたアコを後ろから羽交い締めするチナツ、その後ろでぼそっと乙女らしい事を呟いたイオリには全く気付かない様子
先生は後ろでじたばたしているアコに苦笑しつつも、今度は自身が対話をしようと一歩前に踏み出す
「酒泉、随分派手に暴れたみたいだね?」
「……先生、俺は……」
「大丈夫、事情は全部聞いてるから……マコトを痛め付けたんでしょ?」
「……っ、はい」
他校の問題を解決中に発生した新たな問題、それが先生の耳に届いた時に思ったのが〝信じられない〟という感情だった
あの酒泉が、彼の人柄をよく知る身からすればその一言に全てが込められていた
「俺は、この手この足で他の生徒を傷付けました……プレナパテスに生徒を託されておきながら」
「とはいえ、キヴォトスでは戦闘もコミュニケーションの一部になっちゃってるみたいなところもあるからね……プレナパテスも酒泉に〝一切手を汚さず綺麗なまま全ての生徒を守れ〟なんて理想を無理に押し付けようとは思ってないと思うよ?まあ、誰も傷付け合わないで済むなら勿論それが一番だけどね」
「……先生まで聖園さんみたいなこと言うんですね」
「ミカが?」
「あの人も言ってましたよ、キヴォトスだと今更だって」
価値観の違いによって生まれた罪悪感だが、しかしそれを言い訳に自分は悪くないと平然としていられるほど酒泉は器用な男ではない
ミカの言葉によって多少メンタルは回復したものの、それでも酒泉の心は未だにあの日の出来事に囚われていた
「……今まで何度も敵を撃ってきた筈なのに、どうして今更こんな後悔してるんでしょうかね」
「それは暴力を〝当たり前〟の行為だとは思ってないって証拠だよ、このキヴォトスで引き金を引く事に疑問を抱けるのだとしたらそれは立派な考えだ」
「……だとしても、俺は……キヴォトスの生徒ですら怖がってしまうほど羽沼マコトに暴力を振るい続けました」
自販機で、コンビニで、道端で、ゴミ箱で、鉛弾や手榴弾が簡単に手に入る世界ですら酒泉の〝暴力〟を恐れたイロハ
その事実だけで酒泉はあの時の自分はキヴォトス基準でもおかしいと自覚している
「……そうだね、それは確かに悪い事かもしれない」
「……っ」
「正当防衛にしろただの私怨にしろ必要以上に相手を痛め付けていい理由にはならないからね、ただ……その〝悪い事〟を実行に移したのが間違っていたかどうかなんてのは誰にも分からない」
「……え?」
先生の発言を聞いて唖然とする酒泉、何故なら彼は理不尽な暴力を嫌う先生に叱られると思っていたのだから
いや、それどころか失望されても仕方ない────なのに、彼の目は怒りも失望もせず幼子を相手にしているかのように穏やかだった
「酒泉はさ、時代問わず昔は戦争だらけだったこの世界で戦争が減ったのはどうしてだと思う?」
「それは……戦争に参加した国が不利益を被るから、とか?それか道徳的な理由とか……」
「私はその両方だと思うな。〝戦争をすると資源が無駄に減るからやめよう〟とか〝戦争をすると痛いからやめよう〟とか、そんな単純な理由……それを知ってるのはどうしてだと思う?」
「……過去に戦争をしたから」
「つまり経験談って事だね」
争いなど何時の時代も等しく醜く、血と死体を大量に生産するだけの行為しかない
しかし、その血と死体を肥料に多くの〝何か〟を育て上げてきた
その〝何か〟とは技術であり土地であり金であり────反省や人道、道徳と言ったあらゆる概念だ
「私は人を殺すという行為を正しいとは肯定できない、でも〝絶対に間違ってる〟と一方的に非難する事もできない。だって私達が今生きてるのも私達が今快適に暮らせているのも、全部その戦争で得た技術と戦争で相手の命を奪って私達が生まれる国を守ってくれた人達のお陰なんだから」
「例えば今回酒泉が暴れた事で万魔殿は〝これからは風紀委員会への手出しを控えよう〟と反省するかもしれない、でも逆に〝議長の敵討ちだ〟と余計に恨みを買うかもしれない。無責任な事を言うようだけど私にはそのどちらに転がるのか分からない……当然、酒泉自身にもね」
「だから、自分だけが一方的に間違っていたなんて悲しい事は思わないでくれ。正解なんて最初から誰にも分からない、私達はその時自分が何をしたいかで考えて行動するしかないのだから」
「それでも自分を責めてしまうのだとしたら、それは────酒泉の悩みに気付けず、酒泉を取り巻く環境を変える事ができなかった私の責任だから」
先生の話を大人しく聞いていた酒泉、暫く無言の時間が続いてからすくりと立ち上がる
どこかばつが悪そうに、申し訳なさそうにしながら、ぽつりと呟く
「……ズルいですよ、俺の代わりに先生が責任を負おうとするなんて……それじゃあ俺は先生を巻き込まない為に自分を許すしかなくなっちゃうじゃないですか」
「大人はズルいからね……それで、酒泉はいつまでそこにいるつもりだい?パーティーに参加しないと頑張って練習してきたヒナの努力の成果を見届けられないよ?」
「……これ、鍵です。外から開けてもらっていいですか?」
「大体ですねぇ!貴方はいつもいつも勝手に抱え込みなんですよ!誰にも相談せず調印式もミレニアムの事件も自分だけで何とかしようと!ちょっと失敗しただけですぐ自分を責めてしまう豆腐メンタルのくせに犬みたいにあっちこっち走り回って!そんなに犬になりたいんですか!?なら私が首輪をかけて一生飼ってあげましょうか!?はい決めましたたった今から貴方の人権は私の物です!嫌がっても断っても無駄ですからね!貴方には犬小屋なんて高尚な物は必要ありません!私の自宅で大人しく────」
「あとついでに後ろでキレ散らかしてる天雨さんの事も抑えてくれませんか?」
「ごめんそれは多分無理」
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「はい!あーん!」
「あーん……んー!やはりイブキが食べさせてくれるプリンは格別だなぁ!」
保健室内にて、顔中のガーゼや絆創膏など気にもせずイブキと戯れているマコト
その表情は先日散々痛め付けられていたとは思えないほど緩み切っていた
「ところでイブキ、パーティーには参加しなくていいのか?イブキも楽しみにしていただろう?」
「いいの!今は戦車に轢かれたマコト先輩の看病の方が大事だから!」
「イ……イブキイイイイイイイイィ!!!」
「マコト先輩!めっ!大人しくしてないと怪我治らないよ?」
「イブキィ……」
抱き付こうとしてくるマコトをイブキが叱ると、マコトは小動物の様にしゅんと落ち込んでしまう
ちなみにだがマコトが戦車に轢かれたというのは当然イロハが吐いた嘘で、たった一人の少年に戦車が破壊されたというのが実際のところ
イブキに余計な心配を掛けさせない為にマコト含めた万魔殿全員がその嘘に乗っているのが現状だ
「マコト先輩と遊ぶことはできないけど……その代わり本を読んであげる!イブキ、マコト先輩が退屈しちゃうと思って色んな本を持ってきたんだー!」
「流石はイブキだ!あらゆる可能性を考慮して常に最善の手を考えるとは……やはり天才……!」
「先輩はどれ読んでほしいー?」
「そうだな……じゃあ────」
コンコン
「────誰だぁ!私とイブキのイチャイチャタイムを邪魔する奴はぁ!?」
「そんなこと言ったら駄目だよ!マコト先輩のお見舞いに来てくれた人かもしれないのに!」
「むっ……そ、そうだな……すまん!入っていいぞ!」
「────そう、じゃあお邪魔するわ」
その声を聞いた瞬間、マコトの顔は一瞬で歪んだ
何故ならその声はマコトが何度も何度も聞いてきた気に入らないあの女の声だったのだから
「……なんだ、貴様か」
「あっ!ヒナ先輩だ!こんにちはー!」
「こんにちは、イブキ」
「もしかしてマコト先輩のお見舞いに来てくれたの!?」
「ええ、そうよ……ちょっとした手土産も持ってきてね」
〝手土産〟という言葉に意味を持たせ、マコトを見つめるヒナ
するとマコトは一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をし、即座に笑顔に切り替えてイブキの頭を撫でた
「そうか、土産か……ならば此方も何も用意しないというのは失礼にあたるな。イブキ、ちょっとしたお使いを頼んでもいいか?万魔殿の執務室に置いてある茶菓子を持ってきてほしいのだが……」
「うん、任せて!すぐに持ってくるから!」
「いや、ゆっくりで構わない……廊下は走っちゃ駄目だからな?」
「はーい!」
明るく元気に返事をするイブキ、その背中を見送るとヒナは扉を閉めてマコトと二人きりの空間を作り出す
マコトもイブキに向けていた笑顔を消し去り、忌々しげにヒナを睨む
「元気そうで何よりだわ」
「ああ、どこかの誰かの部下のお陰でベッドでたっぷり眠ることができたからな」
「そう、それは良かった」
皮肉に皮肉で返すギスギスとした会話、この空間からイブキを避難させたのは正解だろう
互いに黙りと視線を合わせる中で先に口を開いたのはマコトだった
「何があったのかは当然聞いているな?」
「ええ、馬鹿な生徒が虎の尾をくすぐり続けて危うく死にかけたらしいわね」
「虎の尾の方がまだマシだったがな」
「これに懲りたら今後は馬鹿げた計画は自重する事ね、じゃないと今度こそ後悔する事になるわよ」
「後悔だと?……キキキッ!後悔するのは貴様だろう?空崎ヒナァ!」
水を得た魚の様に調子に乗り出すマコトを見つめるヒナ、その目には怒りも何も籠められていない……むしろ可愛そうなものを見る目だった
そんな感情を抱かれていることも露知らず、マコトは大きく口を開けてヒナに指を差す
「貴様の部下の暴走!万魔殿への反逆!これらの責任は折川酒泉本人と折川酒泉を御し切れなかった貴様にある!」
「はぁ……本当に懲りない女ね、そもそも貴女が難癖つけて手出ししなければ何も起きなかった筈よ?」
「だとしてもあの男が手を出してきたことは事実だ!そしてそのせいで万魔殿に多大な被害が出たこともなあ!この罪、生半可な罰では償えんぞ!」
「ええ、そうね……だから、その責任を取るために酒泉を風紀委員会から除名、それと同時に退学させる事に決めたわ」
「……なに?」
マコトは意外そうに目を細めた
マコトの記憶に違いがなければ空崎ヒナという女は折川酒泉を愛しているはず、そんな彼女自身が折川酒泉をゲヘナから追放する選択を取るとは
「キキッ……キキキ!そうかそうか!貴様も事の重大さが理解できたようだな!?その通り!万魔殿に逆らうという行為は死にも値する重罪だ!」
「ええ、酒泉の罪は退学処分を受けてもおかしくないほど重いわ。これを償わせる方法は他にはないもの……はい、これが酒泉の退学届けよ、後はここに貴女がサインするだけで手続きが完了するわ」
「準備がいいな?流石の貴様も今回ばかりはあの男に呆れたか?」
特に文句を言うわけでもなく当然の様に退学届けとペンを手渡され、マコトはご機嫌そうにサインを書こうとする
……が、その直前にヒナが〝それと〟と待ったをかけて新たな書類を鞄から取り出す
「これにもサインをお願い」
「……これは?」
「これはって……私の分の退学届けだけど?上司である私が一緒に責任を背負うのは当然の事でしょう?」
「……キキキ!随分素直じゃないか!貴様もやっと私に屈して────」
「で、これがアコの分の退学届けね」
「────は?」
自らの勝利を確信して屈託ない笑みを浮かべるマコト、しかしその直後に今度はアコの退学届けが置かれる
更に、その事を問う前に一枚また一枚と次々に書類が重ねられていく
「これがチナツの退学届けでしょ?それでこっちがイオリの……」
「まっ……待て待て待て!?あと何枚出すつもりだ!?」
「全員分よ」
「……?」
「風紀委員全員分の退学届けがここに入っているわ」
「なっ────なにイイイイイイイイィ!!?」
いつもより大きめの鞄を抱え、その中の紙を全て取り出すヒナ
その量はまるで数冊の本を重ねたであろう高さへと達していた
「な、何を企んでいる!?まさか折川酒泉一人の為に全員の人生を勝手に懸けるつもりか!?」
「勝手にじゃないわ」
「……は?」
「全員────自分の意思で酒泉と共に退学する事を選んだ」
ヒナは一人一人に退学するように頼んだ訳ではない
自分だけが酒泉と共に退学するという今回の計画を全員に話した際に一人また一人〝私も〟と手を上げた、ただそれだけの話である
「……しょ、正気か貴様ら!?折川酒泉一人が消えればそれ以外失うものは何も無いんだぞ!?」
「そのたった一人が大きすぎるのよ、貴方だってイブキとそれ以外の生徒を天秤に掛けた場合、最終的にはイブキを選ぶでしょ?」
「……っ」
マコトにとってのイブキはゲヘナの権威や利益より大切な存在、風紀委員会にとってのそのポジションが酒泉だったというだけ
たった一人の為に全てを投げ捨てる覚悟をマコトも風紀委員会も互いに持ち合わせていた
「喜びなさい、羽沼マコト。貴女は度重なる謀略を重ねた末、ついには自ら退学を決意させるまで私を追い詰めたわ……貴女の勝利よ」
「……な、なんだと?」
「どうしてそんな顔をしているの?もっと笑顔で喜びなさいよ、貴女は大嫌いな〝空崎ヒナ〟に勝利し、更にはその部下すら学園から追い出す事に成功したのよ?」
自ら敗北を認め、マコトを勝者として称えるヒナ
だというのにヒナは恐ろしい程に笑顔で、一方のマコトは困惑と恐怖が入り交じった表情で震えている
「これからは貴女の時代よ、貴女の好きなようにゲヘナを使いなさい」
「……ほ、本気で言ってるのか?」
「何をそんな不安そうに……ああ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。貴女ならきっと風紀委員会の仕事だって楽にこなせる筈よ」
「……っ!?」
「温泉開発部の制圧も、美食研究会の制圧も、便利屋68の制圧も、それ以外の不良達も雷帝の遺産という大きな爆弾も問題は全部残ってるけど、きっと万魔殿だけでもなんとかなるわ」
「ふ……ふざけるな!まさか全て私に押し付けるつもりか!?」
「大丈夫、自信を持って────貴女は〝空崎ヒナ〟に勝利した女なんだから」
くすり、と悪戯っ子のような笑みでマコトを励ますヒナ
その顔に嘗て全ての責を負わされていた少女の面影はなく、目の前に立っているのはたった一人の男の為に狂っている選択を取った少女の姿だけだった
「……そ、そんなこけおどしがこのマコト様に通用するとでも思ったか!?この書類にサインしたとして困るのは貴様らだろう!一度退学させられた連中が他の学園に簡単に受け入れてもらえるとでも!?」
「その時はシャーレの力でも借りようかしら」
「……ぜ、全員が全員元の生活に戻れるはずがないだろう!」
「そうなった場合は便利屋みたいに会社を立ち上げるのも悪くないわね……警備会社とかになるのかしら」
「……お、おい……冗談、だよな?」
「……ねえマコト、いつまでぼーっとしてるの?早くサインしてちょうだい」
「なっ……」
話は終わったとばかりにマコトの声を無視するヒナ、それどころか早く退学させろと急かすばかり
何一つ恐れを感じさせない、後悔すらしていない、堂々とした顔で
「私、この後は演奏に備えて集中したいのだけど。サインしないならこの書類は全部回収するわよ?」
「ま、待て!それは何の罰も受けるつもりはないという事か!?ふざけるな!それでも風紀の長か!」
「だから罰なら受けると言ってるでしょう?……ただし、その場合は私達全員を裁いてもらうわ」
「そ、そんな両極端な話が通るか!」
「何を今更な事を言ってるのかしら、今まで散々風紀委員全体を巻き込んできたでしょう?」
「ぐっ……」
「今回もいつも通り貴女は風紀委員会に全てを押し付ければいいだけよ……いつも通り、ね」
「ぐ、くぅ……ぐぐぐぐぐぐっ……!」
歯をギリギリと鳴らしながら睨み付けるマコト、しかしヒナはそれを余裕綽々と受け流す
そして追い討ちをかける様に、ベッドに横たわっているマコトを見下ろす
「ねえマコト、こんな事を言うのはどうかと思うけど私は貴女が酒泉を狙ってくれて良かったと思ってるわ。だって、もし貴女が酒泉ではなく私の前に現れて酒泉を貶すような発言をしていたら────」
「────酒泉と違って私は止まれなかっただろうから」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……は!?お咎めなしぃ!?」
「ええ」
マコトの元から帰って来たヒナ、彼女からの報告に驚愕した酒泉は思わず大声で叫んでしまう
何かしらの罰が下されると思っていたのでその反応も当然だろう
「んな馬鹿な……空崎さん、一体どんな手を使ったんです?」
「さぁ……私達は何もしていないわ」
「……私達?」
「間違えた、私は何もしていないわ」
ヒナの〝言い間違い〟を聞いた他の風紀委員達はその場から離れ、何も知りませんと他人を装うように各々の仕事を再開する
……心の内で仲間が救われた事を密かに歓喜しながら
「まさか、羽沼マコトはまた何か企んでるんじゃ……」
「さあ……そんな事より酒泉、やっとパーティーに参加する気になってくれたのね」
「……ええ、空崎さんの演奏が聴けないのは勿体ないので」
「そう……でも、勿体ないのは本当にそれだけ?」
「うぇ?」
「酒泉が籠ったままだったら私のドレスも見れなかったけど」
ヒラリ、とドレスの裾をつまむヒナ
恥じらいと躊躇いが混じっていた昔の面影はすっかり消え去り、今では積極的にアプローチを仕掛ける強かな少女へと進化している
「勿論それもありますよ、空崎さんのドレス姿なんて絶対美しいに決まってるんですから」
「……そ、そう」
……訂正、恥じらいも躊躇いも未だに少し残っているらしい
どこまで積極的になろうと我らがクソボケはそれを平然と破壊してしまうのだろう
「それに空崎さんのドレス姿なんてこの機を逃したらもう二度と見ることができないかもしれませんからね」
「そんな事ないわ、少なくともあと一回は確実にドレスを着る機会があるから…………そ、その時は酒泉も式場でスーツを着てるだろうけど」
「え?それって……つまり────空崎さんの結婚披露宴に俺を招待してくれるってことですか!?」
「……………………」
「いやー嬉しいなー……あ、スピーチなら任せてくださいよ!後輩枠としていつでも────ケバブッ!?」
ヒナが酒泉の顔目掛けて背伸びをすると、角が酒泉の顎に直撃してお喋り中の舌を噛ませてしまう
ヒナの脳内で行われている結婚式の相手がどこぞのクソボケの顔と全く同じである事を彼は知らない、なんなら今後一切思い付かない可能性もある
「そ、空崎ひゃん……にゃにを……」
「ごめんなさい、急に身長が伸びちゃったみたい」
「う、嘘だ……空崎さんは昔から小さ────いや、多分俺の視力が悪かっただけですねうん」
むしろ視力は狂ってるレベルで高いくせに、ヒナから向けられるジト目から逃れる為だけに自身の武器を捨てる酒泉
自らの身体的成長を未だ諦めていない少女にとっては想い人からの発言でも流石に怒りを抱くらしい、恐らく可能性は絶望的だが
「……あ……あの、空崎さん」
「なに?体の話をしたらまた突っつくから」
「いや、そうじゃなくて……本当にどんな手を使ってお咎め無しまで話を持っていったんです?まさか、俺の代わりに罪を背負ったとか……」
「違うわよ……何度も言うけど本当に何もしていないから」
未だに迷惑を掛けてしまった事を引きずっている酒泉は再び何もなかったかと尋ねると、ヒナは酒泉を安心させる為に〝正直に〟答える
嘘は吐いていない、誰も退学する事にはならなかったし最終的には〝何も起こらなかった〟のだから
「……じゃあ、私はそろそろ裏で待機しておかないといけないから」
「あ、はい、演奏頑張ってくださいね」
「うん、ありがと……それじゃあまた後で」
この後、演奏は問題なく行われた
誰かが途中で暴れる事も、何か事件が起きる事もなく、ただ静かにドレスの少女がピアノを弾き終えた