日が沈みだし、少しずつ薄暗くなっていく校舎
唯でさえ生徒の少ないアビドスの校舎が余計に寂しく感じる
……いや、校舎だけではない。グラウンドも────
よっしゃ五十周ぅぅぅぅ!!!
─────その時、男の声が響き渡る
窓から外を見てみると、折川酒泉がぜぇぜぇと息を整えていた
さっきの言葉からしてグラウンドを走っていたのだろう
………まだ完治していない身体で
「………馬鹿馬鹿しい」
そう呟きながら私は歩を進める
これ以上あの男を見ていると苛立ちで頭がおかしくなりそうだ
私達の苦労を何も知らないくせに「恩返し」だの下らない事を言って勝手に協力してくる
私がユメ先輩に「あの男に関わるな」って言っても色々屁理屈を捏ねてあの男を連れてくる
私が悪態を吐いて追い返そうとすれば、むしろもっと食らいついてくる
………そのくせに、私のせいで怪我した時は何も言ってこない
「まだ怪我が治ってないのに走り込みとか………」
スポーツドリンクを飲み、テーピングを巻き直す酒泉の背後からホシノが話しかける
「そんな事しても怪我が悪化するだけ、ヘイローも無いのに………馬鹿じゃないの」
………ヘイローが無いからこそ、ですよ
「………どういう事」
確かに俺の身体の強度はヘイロー持ちよりも遥かに劣ります
だからこそ、敵の攻撃を食らわない前提で戦う必要があるんですよ
その為には少しでも多く体力をつけて、少しでも速く走れるようになって、少しでも強くならないと………多少無理してでも
だって俺がもっと強ければ─────ユメ先輩をもっと早く助けに行けたはずなんですから
「…………」
酒泉の目が強く光る、その目は覚悟を決めている様にも見え、生き急いでいる様にも見える
そんな酒泉にホシノは拳を強く握り締めながら言う
「……あの日、私はユメ先輩を置いて一人で帰った」
……?
「何度も何度も馬鹿みたいに必死に頭を下げて無関係の人達に頼みこむユメ先輩に腹が立って………そんな子供みたいな理由でユメ先輩を置いていった」
ああ、生徒募集の……
「………私があの場に居たらあんな事にはならなかった」
えぇっと……力不足ですいません……?
「…………そういう事じゃない」
え、違うの?
「……何で私を責めないの」
……別に小鳥遊さんが直接的な原因ってわけじゃないでしょ
「………」
俺が怪我した原因はあの不良共のせい、そして………俺自身が弱かったせいです
自分の弱さを他人に押し付けるほどダサい男じゃないっすよ、俺は
「そう、でも怪我の事は一応謝っておく……ごめん」
謝らなくても────
「────でも、それとこれとは別の話。お前を信用したわけじゃない」
………じゃあ、俺の事はいいんでユメ先輩の事を信じてあげてください
「………先輩を?」
はい、いつもツンケンしてるけど別にあの人の事嫌いってわけじゃないんでしょ?
「………」
もし今回の事を少しでも申し訳ないと思っているのなら、ちょっとでもいいのでユメ先輩に素直に接してあげてください
………何かが起きてからじゃ遅いんですから
「……?」
……いえ、今のは失言でした、忘れてください
とにかくもっとユメ先輩と仲良くしてあげてください、数少ないアビドスの生徒同士なんですから
そう言うと彼は再び走りだした
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「あっ、酒泉君!ねえねえ聞いて聞いて~!ホシノちゃんがとうとう一緒に生徒募集に行ってくれたんだ~!」
「ちょっと先輩!余計な事は言わなくて───」
ははーん……大分素直になりましたね、小鳥遊さん?
「っ!うるさい!」
ちょっ……痛い痛い!叩かないで!
アビドスの校門前で二人の少女と一人の男が話している
殆ど人のいない土地での会話はより寂しさを強調するだけだが、それでも彼らは楽しそうにしていた
「だいたいこんな事したって意味ないですよ、借金の事を何とかしないと結局また人が居なくなっちゃいますから」
「うっ……そうだよねぇ……」
……大丈夫です、何とかなりますよ
「なんの根拠も無いくせに……」
「でも前向きに考えるのは大事なことよね!」
「先輩まで……まさか奇跡が起きるとでも思ってるんですか?」
「そ、そうまでは言わないけど~……突然宝くじが当たるとか……?」
「結局それも〝奇跡〟じゃないですか……」
奇跡が起きなくても突然現れた親切な〝大人〟が助けてくれたり……?
「それも〝奇跡〟でしょ」
う゛っ………
「まあまあ、そんな怖い顔しないでよホシノちゃん。可愛い顔が台無しよー?」
「……元々こんな顔です」
「そんな事言わずに!はいムニー!」
「やめれくらはいへんはい」
「すごーい!ホシノちゃん頬っぺたムニッとしてるー!」
うお……餅みてえ……
「………フンッ!」
突然のグーパンッ!?
ボソッと言葉を発した酒泉に突然ホシノの拳が襲いくるが、当たる直前に顔を横に逸らし回避する
「相変わらず面倒な〝眼〟………」
「酒泉君!?だ、大丈夫?」
な、なんで俺だけ殴られそうに……
「なんか見られたくなかったから」
り、理不尽……
「……私はもう帰りますからね」
「あっ!待ってよホシノちゃーん!酒泉君もまたねー!」
ずかずかと歩き出すホシノ、ユメは後ろにいる酒泉に手を振るとそのままホシノを追いかけて後ろから抱きつき、一方的にじゃれ合いだした─────
先生がキヴォトスに来るまでにアビドスが持ちそうになかったら…………黒服の提案に乗るしかなさそうだな………
─────一人の少年の呟きを残して
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「それでね!ホシノちゃんったら水族館のパンフレットを見て目を輝かせてね!」
「輝かせてなんかいません!」
廃校対策委員会の部室、普段はそこでユメやホシノが借金の対策会議を行っていたが、本日は日常会話に花を咲かせていた
「またまた~、本当は水族館に行きたいんでしょ?恥ずかしがらなくてもいいのに~」
「だから違いますってっ………!」
「そうだ!それじゃ今週の土曜日に皆で水族館に遊びに行きましょう!」
「はあっ!?そんな事する暇があったら……」
「たまには息抜きも必要よ~?」
ホシノの反論の上から言葉を被せ、無理やり話を進めようとする
ユメはそのまま酒泉にも声を掛け、味方を増やそうとする
「ねっ!酒泉君もそう思うわよね!」
…………
「あ、あれ?酒泉君?」
…………んえ?
「もしかして……聞いてなかった?」
えっと……すいません……何の話でしたっけ?
「もう、皆で水族館に行こうって話よ、ホシノちゃんも行きたそうにしてたし!」
「そんな顔してません!勝手に決めつけないでください!」
「そんな事言っちゃって~」
「話を聞いてください!」
ああ………えっと、良いんじゃないですかね?
二人とも普段から頑張ってますし是非楽しんできてください
「………え?」
「………」
あれ?何か変な事言いました?
「えっと……酒泉君も一緒に行くのよ?」
………俺?
「………本当に何も聞いてなかったんだ」
「もしかして土曜日に何か予定でもあったの……?」
あ……ああ!いや、特に何もないですよ!バリバリの暇人ですから!
「それ自分で言うんだ……」
それじゃあ予定が決まったら教えてください!俺ちょっと生徒募集のチラシ配ってきます!
「あっ、酒泉君!?」
「………何か変」
突然立ち上がってチラシの束を持ち、そのまま部室を出て走り出す酒泉
ユメはそんな彼を止めようとするが間に合わず、ただ遠ざかっていく背中を見つめる事しか出来なかった
大丈夫だ……黒服なんか怖くない……ただ容姿が不気味なだけだ………これから先の脅威に比べたらゲマトリアなんて大した敵じゃない……怖くない……大丈夫なはずだ……負けない……呑まれるな……大丈夫だ……大丈夫……怖くない……怖くない……
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……な……ん
「んぅ……」
た……し……さん
「ん~」
小鳥遊さん!
「うへえっ!?」
あ、起きた
「んんー……っ、せっかくぐっすり眠ってたのに大声で起こすなんて酷いよー」
いやあ、会議の時間になっても中々来なかったんで呼びに来たんですよ
「ありゃ……もうこんな時間か~、ちょっと寝すぎちゃったかな?」
まあ、ここ最近忙しかったですもんね
「………酒泉も一緒に寝る?」
………男にそんな事言うと簡単に勘違いしちゃいますよ
「勘違いしてくれてもいいんだけどなぁ……」
はい?
「うへっ!?な、なんでもないよ!」
とりあえずモモトークに〝小鳥遊さん確保!〟って送っときました
「うへ~、そんな逃走犯みたいに言わないでよ~………それにしてもスマホに貼ってるそのクジラのシール、大分色褪せてきちゃったね」
まあ、二年か三年前の物ですからね
……でも楽しかったなー、水族館
「そうだねぇ……」
……今度ユメ先輩も誘って皆で行きませんか?現・対策委員会の皆も一緒に!
「お、いいね~、そうしよっかぁ」
それじゃあ後でユメ先輩の予定聞いて────
「───ねえ、酒泉」
……はい?
「私さ、嬉しいんだ、こうして皆でこの学校で過ごす事が出来て」
「これからもずっと一緒に居たいって思う程に」
「だからさ───」
「────もう二度とあんな無茶はしないでね、酒泉」