人を拳で殴る、人を銃で撃つ、どちらも他人を傷付ける行為だがそこには大きな違いがある
殺傷能力の違い、射程距離の違い、攻撃速度の違い、様々な違いが存在するが俺が一番大きいと思うのは────肌が触れ合うか否か、これだと思っている
銃で相手を撃ったところで大して何も思わないが、自分の拳で直接相手をぶん殴ると罪悪感を覚えてしまう……キヴォトスにはそんな人間も存在する
恐らくこれは銃社会であるキヴォトスならではの現象であって、普通の……失礼、俺の前世基準で〝普通〟の感性を持つ者ならほぼ全員が銃で撃つ事の方に罪悪感を覚えやすいだろう
でも、俺は違う
万魔殿の奴等を撃っても、羽沼マコトを殴り続けても、あの時の俺は罪悪感なんて微塵も感じちゃいなかった
ただ蚊を潰すが如く目の前の虫を排除しようと自分の拳を振り続けているだけ……なんて思いきや、後戻りできないところまで暴れ続けて遅れて後悔なんかもしていた
人間は追い詰められた時に本性が現れるらしいが、俺は自分の本性が〝あれ〟だなんて信じられなかった
見たくなかった、認めたくなかった、偽善という名の皮を剥がれて剥き出しにされた折川酒泉という化け物の姿を
(俺と羽沼マコトは何が違う?)
気に入らない人間を姑息な手段で追い詰め続けるあの女と気に入らない人間を暴力で無理矢理押さえ付ける自分……実際に被害をもたらしている辺り悪辣なのは後者の方なんじゃないのか?
話し合いを放棄したのはアイツらだ、でもそもそも話し合う段階まで持っていこうとせずひたすら脅しに徹したのは俺だ
真に罰せられるべきだったのは、本当に救いようが無いのは、きっと────
「今更ですけど桐藤さんと百合園さんを黙らせる為にアリウスを利用するってアンタ相当最低な事やりましたよね」
「ちょっと待って好きな人にいきなりナイフで刺されたんだけど」
口に入れる直前の生チョコを皿の上に落とし、ガクリと項垂れるミカ
ここは最近オープンしたトリニティのスイーツ店〝甘味処・ぐらにゅ~と〟の二人用席、恋愛面において色々と吹っ切れたミカが酒泉との新たなデート場所に選んだ店である
今も気にしている事を改めて突きつけられたミカはスイーツそっちのけで落ち込むが、酒泉はそんな彼女を慰めようとはせず〝でも〟と言葉を続けた
「正直、今ならその考えも理解できます、だって暴力って楽に問題を解決できるんですもん。相手を脅して行動を制限させるとか、なんとか互いの妥協点が見つからないか考えるとか、そんな面倒な事全部取っ払って気に入らない相手を強制的に従えさせられますから」
「……まだあの日の事気にしてるの?相手側にも非はあったし酒泉君も自分のやった事は反省してる、それで終わりでいいじゃん」
「……本当に反省してるんですかね」
「……どういうこと?」
「羽沼マコトに暴力振るった事を本当はちっとも悪いと思ってないくせに、自分の醜い一面を認めたくないから罪の意識を感じてるフリをしている……最近はそう思えてきたんですよ」
端から聖人のつもりも善人のつもりもない、それでも酒泉は自分が最低限の良識を備えていると自覚はしていた────あの事件が起こるまでは
羽沼マコトは権力を持つが故にゲヘナで好き勝手できているが、酒泉はその権力以上の暴力を行使して自由奔放な羽沼マコトを蹂躙した
しかもその最中は一切の罪悪感も無く、仕出かしてから事の大きさに気付く
同じ穴の狢、そんな言葉が酒泉の中に過っていた
「どうしてそんな奴を好きになったんだか……聖園さんって本当に男の趣味悪いっすよね」
「え?なに?自虐?」
「別に?俺はただ本当の事を言ったまでですよ、だって聖園さんが好きになった男は────」
「少し不機嫌になっただけですぐ暴力に頼る様な屑で」
「最後の一線を相手が越えるまで対話を諦めない頑張り屋さんで」
「どこまで行っても感情を制御できないガキで」
「誰かの為に本気で怒れるくらい優しくて」
「……自分の偽善すら貫き通せない半端者で」
「敵も味方もみんな助けちゃう、中途半端を貫き通せるくらい強くて」
「…………いざ自分が追い詰められたら、すぐに被害者面をする」
「自分が被害を被る事が分かっていても、私みたいな面倒な女と最後まで向き合ってくれる」
「………………」
「こんな強くて優しくて最高にカッコイイ男の子に惚れちゃうなんて……もしかして私、男の趣味良すぎ!?」
「……バッカじゃねえの」
未だ食らい慣れないミカの本心の直撃を受け、呆れ返るように罵倒を吐く酒泉
その表情は照れ隠しでもなんでもなく、ただただ〝折川酒泉を愛してしまった女〟への憐れみで染まっていた
「ていうかさー、酒泉君またヘラったのー?なんかあの日以来定期的にそのモードに入るよねー」
「……忘れたくても夢に出てくるんですよ、アイツらの顔が」
そこかしこで倒れている万魔殿の生徒達、現実感の残る拳の感触と血の臭い、怯える棗イロハの表情、羽沼マコトを〝人〟とも思っていない自分自身の眼
尖りすぎたナイフで敵も己も切り裂いたあの日からどれ程の月日が経ったか、酒泉の心の傷は癒える事なく未だ奥深くに残されたままだった
「多分これからも引きずり続けますよ、だから聖園さんもこんな面倒な男はやめて別の────」
「まあ、そんな面倒なところも大好きなんだけどね☆」
「……やっぱ男の趣味悪いよ、アンタ」
今のミカから発せられる言葉に嘘偽りはなく、全ての言葉に純粋な好意が纏わされていた
一度殻を破った彼女の決意はどんな鉱石よりも硬く、酒泉の自分自身を否定する様な言葉すら正面から砕いていく
「……でもやっぱり酒泉君には元に戻ってほしいかなー、今のままだと────ううん、何でもない」
その先の言葉を吐くべきではないと判断したミカは咄嗟に口を閉ざし、訝しげに見つめてくる酒泉から視線を逸らす
今の状態の酒泉を見続けるのはミカにとってもやはり心苦しいのか────否、そんな純粋な心配だけではなかった
(だって、このままずっと苦しむ酒泉君を見ていたら私────万魔殿ぶっ壊しにいっちゃいそうだし)
ゲヘナ学園風紀委員長・空崎ヒナ
ミカは対酒泉攻略の為に最近共同戦線を張るようになった彼女の口から事情を全て聞かされている
誰が何をしたのかも、その結果何が起きたのかも、それが酒泉にどんな変化を起こしたのかも────それらの元凶が万魔殿である事も
(……そういえば、あの子も似たような反応してたっけ)
酒泉に何があったのか事情を聞かされた日、上記の言葉をミカがぽつりと溢した際にヒナが返した言葉は〝それいいわね〟の六文字だけだった
自分が属する学園の上層部を敵に回すというのに、一切の躊躇いもなく真顔で平然と言い放った時のヒナの表情は今でもミカの記憶に新しい
「酒泉君、きっと酒泉君は〝俺は人に愛される資格なんて無い〟って思ってるんだろうけど……それを決める資格だって酒泉君には無いよ」
「……」
「酒泉君が万魔殿と戦ったあの日、酒泉君は私に対して〝俺を愛するべきじゃなかった〟とか言ってたけどさ……私、今すっごく幸せだよ?酒泉君を大好きでよかったーって心の底から思えるくらい満たされてるよ?それでもまだ〝俺を愛するべきじゃなかった〟って言うの?」
「それは……アンタが変わり者だから……」
「多分だけど酒泉君の事が好きな人達は皆同じ思いなんじゃないかな?酒泉君を好いてる人達の中で今回の話を聞いて酒泉君を見限る人なんて誰一人居ないと思うけど?」
ミカは恋敵である生徒達全員に会った事がある訳ではない、それでも折川酒泉という少年の人柄から大体どんな生徒に好かれているのかを察している
それはきっと酒泉に支えられてきた子であったり、嘗ては酒泉と敵対していた者であったり、酒泉に命を救われた子であったり、または────
(私みたいなちょっぴりめんどくさい女の子……とかね)
自分と同系統の生徒達に好かれているのなら、その生徒達も自分同様酒泉を手放そうとはしないだろう
それは今回の件を得て自らの面倒臭さと重さを自覚したミカだからこそ辿り着いた自虐混じりの答えだった
「酒泉君は私に自分の事を諦めさせたいんだろうけど……残念だけどそうはいかないよ。私、絶対に酒泉君を逃がさないから」
「……俺のこと好きすぎでは?」
「うん、大好き」
「……そすか」
「あれ?もしかして照れてる?……ふふっ、酒泉君大好き!」
「……」
「酒泉君、愛してるよ」
「……」
「好き、好き、酒泉君大好き」
「……何度も言わなくても聞こえてますって」
こんなに好き好き言われ続けたら誰だって言われ慣れてしまいそうなものだが、ミカの場合は少し前まで酒泉に対して当たりを強くしていたお陰(?)でギャップによる新鮮さが生まれていた
しかしミカが素直になる一方で今までの距離感が急に取っ払われた酒泉は自身に向けられる愛情をイマイチ素直に受け止め切れずにいた
「……あの、聖園さん」
「んー?なぁに?」
「実は俺、二人の女性に告白されてるんです」
「……二人!?正実のあの子だけじゃないの!?」
「……はい」
「そ、そっかぁ……それで、その相手っていうのは……?」
「……狐坂ワカモさんです」
「……えっ!?ワカモってあの厄災の狐の!?」
そんな一方的な矢印を受け流し続けている現状に後ろめたさを感じたのか、酒泉は自身の置かれている状況を全てミカに打ち明けようと話を切り出した
「俺が今まで告白を断ってきた理由って〝空崎さんを支えながら他の女性と付き合うのは不誠実だから〟ってのが大きいんですけど、この考え方は空崎さんにとって俺が必要無くなる日まで変えるつもりはありません」
「……だから、これから先誰かに想いを寄せられる事があったとしてもその人達全員にも同じ断り方をすると思いますし、もしかしたら……〝誰も選ばない〟なんていう逃げの選択を取る未来も有り得るかもしれません」
「ただ、もし万が一……いえ、億が一でも……その……えっと……他の人達からの想いを全部すっ飛ばして俺が聖園さんに惚れちゃう事があったとしても……」
「後から〝面倒なのに好かれた〟なんて後悔するのは……無し、ですからね……?」
カチャッ、と
ミカが持っていたフォークを落とす
先程まで呆れ顔で好意を拒絶していた少年が今は不安そうにミカを見つめている
信じられない光景を目の当たりにしたかの様に固まっていたミカの思考が漸く動き出すと、ミカは恐る恐る自身の口を開いて声を発した
「………………え?酒泉君今デレた?」
「……え?」
「デレた?デレたよね?私の聞き間違いじゃないよね?」
「は、はぁ?デレてませんけど?」
「嘘だッ!!!絶対デレてたもん!!!」
ここが店の中である事も忘れてミカが叫んで立ち上がると、お姫様感ゼロの必死さで酒泉の両肩を掴んで何度も何度も揺らした
「もしかして今の脈あった!?多分あったよね!?」
「い、いや……だからもしもの話だって!ifの話だ!」
「でもそれってつまり私に惚れる可能性を自分で想像しちゃったって事だよね!?」
「ち、ちがっ……!」
「キャー!キャー!」
「人の話を聞けぇ!!!」
赤くなった頬を両手で隠しながらくねくねと腰を曲げるミカ、まるで人の話を聞かないその態度は酒泉の額に青筋を浮かび上がらせるのに十分だった
ワナワナと震える酒泉を見て漸くミカが〝あっ……〟とやってしまったとばかりに声を漏らすが、時既に遅く酒泉の怒りはとっくに限界を迎えていた
「もういい!ちょっとでも絆されかけた俺が馬鹿だった!」
「ちょっ……どこ行くの!?まだ注文したスイーツ全部届いてないよ!?」
「そういやそうでしたね」
「切り替えはやっ」
レシートを持って立ち上がろうとしていた酒泉が再び席に戻る
この男、やはり糖分に弱い
「……もう二度と変なからかい方しないでくださいよ」
「ごめんごめん!酒泉君が私でそういう想像してくれた事が嬉しすぎてつい……あっ!でもからかってた訳じゃないよ?」
「分かってますって、嬉しかっただけなんでしょう?」
疲れた様に溜め息を吐く酒泉を見て〝素直になりすぎたか〟と反省するミカ、ツンデレを引退したらしたで新たな問題が浮上した瞬間であった
(そうだよねー、急に距離感縮めすぎると酒泉君だって困惑しちゃうだろうしもうちょっと落ち着きを覚えようかなー……はぁ、素直すぎるのも良くないのかもしれないね)
────酒泉君大好き!────
(そう、素直すぎるのも……)
────酒泉君、愛してるよ────
(すぎる……のも……)
────好き、好き、酒泉君大好き────
「ふしゅぅうう…………」
「おわっ!?な、なんだ!?」
「気にしないで……いつものだから……」
「あ、ああ……そうっすか……」
数分前の自分の言動を思い出した途端顔を真っ赤にして頭から煙を出すミカ、素直になりすぎた自分自身に羞恥心が追い付いてないのは相変わらずらしい
赤くなった顔を見られたくないミカはテーブルに突っ伏して顔を隠すが、そんなミカの後頭部を酒泉は何だか申し訳なさそうに見つめていた
「……髪の毛、全く伸びてる気配無いんですけど……もしかして未だに切ってたりしてます?」
「ん?……うん、あの日からずっとショートヘア続けてるよ?」
「空崎さんも一向に伸ばそうとしないんですけど……何でです?」
「んー……昔の私との決別的な?今までの弱い私とはお別れしたってね!」
「はぁ……」
「……酒泉君的にはやっぱり長い方が好きだったり?」
「……どっちも似合ってますよ」
「あー!?酒泉君いけないんだー!そういう曖昧な褒め方は女の子怒らせちゃうよ!?女の子はスイーツみたいに甘くはないんだよ!?」
「そうね、こういう時はハッキリと意見を伝えるべきよ」
「ねー……ん?」
「あ、空崎さん」
第三者の声と同時にミカの背後から姿を現す小さな影
そこにはミカと同じくショートヘアのヒナが謎の威圧感を醸し出しながら腕を組んで立っていた
「……あれー?どうしてヒナちゃんがここにいるのかなー?今日のデートは私と酒泉君だけの予定だったんだけどなー」
「今度三人デートの日を貴女と酒泉の二人だけにしてあげるから今日は譲りなさい」
「……緊急事態?」
「そういう事」
空崎ヒナが何の理由もなく他の女と酒泉を二人きりにする筈がない、そう考えたミカはヒナの真剣な表情と窓の外に見える風紀委員会の車から〝酒泉の力を必要とする何かが起きた〟のだと予想する
「それって私と酒泉君のデートを中断しないといけないほど大変な事件なの?ヒナちゃんだけでどうにかならないの?」
「どうにかする自信はあるけど万全を期した方が良い案件ね、少なくとも戦力は多い方がいいわ」
「ふーん……?」
ヒナの実力を身を持って知っているミカはいつになくピリピリした様子のヒナを興味深そうに見つめる
彼女程の実力者が酒泉を連れて大至急向かわなければならない事件、恐らく敵はかなり大規模な勢力かもしくは相当の実力者────だが
「それが私達のデートを邪魔していい理由にはならないよねぇ……ねえねえヒナちゃん!その戦い、私にも参加させてよ!」
「駄目に決まってるでしょう?ティーパーティーをゲヘナの事件に巻き込むなんて外交問題に発展するわよ」
「そこはほら、ヒナちゃんが適当に言い訳を考えてさ……例えば偶然現場に居合わせた私が戦闘に巻き込まれたとか!」
「駄目」
「……今度の酒泉君との水族館デート、ヒナちゃんに譲るから!」
「……仕方ないわね」
(お、俺の知らないところで知らない予定が立てられている……)
「あ、そういえばヒナちゃんはどうやって私達がここに居るって知ったの?」
「どうやっても何も、この前貴女がモモトークで〝今度酒泉君とここに行くんだー〟って自慢してきたでしょう?」
(しかもいつの間にかモモトーク交換してるし……)
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分かっていた、そう簡単にはいかないって事ぐらい
アビドスの皆は追ってくるだろうし、先生だって何かしらの対策をしてるだろうって事も分かってた
道中にもカイザーの私兵がうじゃうじゃ居るかもしれないし、実はとっくに目的地に敵が配置されてる可能性だって考えてた
でも、これは……これは流石に────
「大人しくしなさい、小鳥遊ホシノ」
「貴女のせいで私と酒泉君のデートが台無しなんだけど?ねえ、責任取ってよ」
「とりあえず一個ずつ確実に武器破壊してくか……」
「無理ゲーすぎないかなぁ!?」
「あ、ちなみにもうすぐシロコさんも到着する予定なんで……うちで暮らしてる方の」
オマケ・告白ミカvs本編ミカ
本編ミカ「はあ?酒泉君?別に……どうでもいいけど?」
告白ミカ「ふーん、じゃあ貰ってくね」
本編ミカ「……は?」
告白ミカ「酒泉くーん!大好きな酒泉くーん!会いたくて速攻で草むしり終わらせてきたよー!だからデートしよー!」
本編ミカ「は?は?…………は?」