いつもの帰り道、いつも通りスーパーに寄って、いつも通り食材を買って帰る
お一人様一パックまでの値引きされた卵と、その他諸々の値引き商品が入ったエコバッグを片手に引っ提げながら見慣れた家の扉を開ける
〝ただいま〟を言う必要は無い、今の俺に〝おかえり〟を言ってくれる人は誰一人存在しないのだから
「やあ、おかえり」
────……そうだ、居たわ
「何がだい?」
────なんでも
俺が貸した寝巻き姿のまま、ソファーに寝そべって足をパタパタ動かしている狐っ娘
彼女の名前は百合園セイア、ティーパーティーの内の一人だ
ティーパーティーというのがどういう存在かと言うと……えっと……まあ、トリニティ総合学園のめっちゃ偉い人達的な存在だ
そんなめっちゃ偉い人の一人がどうして俺の家に居るのかと聞かれても上手く説明出来ない、俺だって昨日の出来事をまだ完全には飲み込めていないのだから
『私は君が未来を視ている事を知っている、勿論調印式で君が何を成し遂げようとしているのかも……そして、色彩の事も』
俺の知る百合園セイアという〝キャラクター〟は精々エデン条約周りの事を知っているだけ、色彩の事を知るのはもう少し後の筈だった
なのに目の前に立っている百合園セイアという少女は既に色彩の事を認識している…にしてもどころか、俺が未来を知っている事まで知っていた
『単刀直入に言う、協力してくれ』
あの夜、彼女が持ち掛けてきたのは〝二人でミカとアリウスの目論見を阻止しよう〟というものだった
トリニティも、ゲヘナも、そして調印式の日に単独でアリウススクワッドに挑もうとしている俺自身も、誰も傷付かない世界を作ろうと
百合園さんは力強い眼差しでそれを語っており、俺も話を聞いていて〝この人は本気で成し遂げようとしているんだな〟と理解した────が、それでも俺は簡単には首を縦に降らなかった
「それで?〝ただいま〟は言ってくれないのかい?私と君の仲だろう?」
────一晩泊める約束しただけでしょ、それだって誰かさんが無理矢理押し切ってきたからだし
「可憐な少女と一晩屋根の下で二人きりになれたんだぞ、もう少し嬉しくしたまえよ」
────〝こんな暗い夜道を病弱な少女一人に歩かせるつもりか?〟と脅してきたのは誰でしたっけ?
「すまない、病の影響か記憶がハッキリとしないんだ」
昨夜の百合園さんはそれはそれはしつこく食い下がってきた
持ってこられた計画に納得せず、何度も何度も却下し、もう帰ってくれと突っぱねる俺に対し百合園さんは〝なら時間を掛けてでも納得させてみせよう〟とあろう事かここに留まる事を決意した
それはもう猛烈に反対した、しかし付き合ってもいない男女が二人きりで暮らすなんてと無理矢理帰そうとした
『ごほっごほっ……アー、カラダノチョウシガー』
『これでは帰宅中に倒れてしまうかもなー』
『何?〝知るか〟?……そうかそうか、つまり君はこんな暗い夜道を病弱な少女一人に歩けというんだな』
『おっと残念、バスは使えないぞ。この時間からだとトリニティ行きのバスには間に合わないからな……つまり君は私を泊めるしかないという訳だ』
さては最初から泊まるつもりだったな?それに気付いた瞬間、俺は話だけなら聞いてみる価値はあると思ってしまった数時間前の俺を恨んだ
心に残った僅かな良心に屈した俺は渋々と……ほんっっっっとうに渋々と寝床と着替えを貸す事にし、そして朝になったら百合園さんを帰す事にした
『おはよう、それでは早速だが昨日の議論の続きと……うん?ああそうか、君は学業があるのだったな。なら続きは帰ってきてからだな』
……したかった(願望)
以上、回想終わり
「いやしかし、君はこの時から既に懐が広いな……昨日出会ったばかりの、それも一方的に押し掛けてきた者相手に朝食まで振る舞うかね普通」
────……仕方ないでしょ、誰かさんが居座る気満々だったんですから
「そもそもその居座りを許容している時点で可笑しな話だがな」
その通り、絵面はあまり良くないが追い出そうと思えば力ずくで追い出す事もできた
だが、〝あの状態〟の百合園さんを追い出す程俺は鬼畜ではない
────演技じゃなかったでしょ、昨日あれ
「……気づいていたのかい?」
百合園さんはわざとらしく体調不良を装って俺の家に泊まろうとしていたが、俺の眼は彼女の体調不良が演技ではなく本物である事を見抜いた
バレないように押さえようとしている荒い呼吸も、じわじわと滲み出ていた汗も、そこらの一般人が相手なら誤魔化せていたであろう演技力も俺の前だと意味をなさない
……まあ、朝になってもまだ治ってなかったのは予想外だったけど
「すまない、この身体の使い勝手の悪さをすっかり忘れていたよ」
────忘れていた?……アンタ、生まれた時からずっと虚弱体質だったんじゃないんすか?
「……ここ最近は調子の良い日が続いていてね、君の元に行くのなら今しかないと思った矢先にこの有り様だ」
一瞬何かを誤魔化そうとした気配を感じたが、その事を尋ねるべきか否かと悩んでいると〝ところで〟と百合園さんが声を掛けてきた
……来るか、俺が意地でも頷くのを由としなかった議論の続きが
「昨夜の議論からそこそこの時間が経過した訳だが……考え直してくれたかい?」
────……何がです?
「無論、アリウススクワッドを救出するという計画を────」
────お断りします
「……即答だな」
調印式で……可能ならそれよりも前にアリウススクワッドを救いたい、それが百合園さんの話した計画の一部だった
秤アツコと錠前サオリを救出すればベアトリーチェは儀式を進められない、それは俺だって分かっている
ただ、調印式でそれを狙えるだけの余裕は無いと俺は考えている。事件前にスクワッドを説得して保護するにしても接触する方法が無い、白洲アズサを通して説得しようにも素直に応じるとも思えない……最悪、白洲アズサが裏切り者としてその場で処される可能性だってある
────アリウススクワッドなんて調印式ではぶっ飛ばす事だけ考えればいいでしょ、こっちは先生と空崎さんを逃がす事だけで精一杯なんですから
「君はアリウス自治区を取り巻いている状況を知っているだろう?そんな環境で暮らしている彼女達に何も思わないのかい?」
────同情はしてます、でも助けたいとは一ミリも思いませんね。本人達が虚しい虚しい言ってんですからそのまま勝手に苦しんでりゃいいでしょ
昨夜と全く同じ会話、俺の意見はどこまでいっても変わらない
「私の知識と君の知識を合わせれば必ず上手くいく、だから……」
────そもそもの話相談する相手間違えてんすよアンタ、俺が赤の他人を助けたいと思う程のお人好しに見えますか?
「……彼女達を救った君の口からそんな言葉を聞かされるのは些か心苦しいな」
────……は?
どこか悲しそうな表情で顔を伏せる百合園さん、次の瞬間彼女の口から信じられない言葉が出てきた
救った?俺が?……アリウススクワッドを?馬鹿な、俺の大好きな人達を傷付ける存在を、俺自身が?そんな未来を彼女は視たのか?
────……その話が本当だとしたら未来の俺は相当愚かな野郎ですね、とんだ大馬鹿だ
「……やめろ」
────嫌ってる連中を自分から助けるなんて何考えてんだか……急に正義にでも目覚めたんすかね?だとしたらただの偽善者か
「やめろと言ってるだろう、いくら君でも〝折川酒泉〟の事を悪く言うのは許さないぞ」
────そんぐらいあり得ない事なんすよ、俺がアリウスを助けるだなんて……ったく、洗脳でもされてんのか?一発ぶん殴って目を覚ましてやりたいぜ
「……それもやめておいた方が良い、数秒で実力差を分からせられるぞ」
この人は何を言っているのか、アリウスを助けた俺って事は時間関係的には今から数ヶ月後程度しか経ってないだろうに……そんな短期間で今の俺を瞬殺できる程の実力が身に付く筈がない
いや、それ以前に俺がアリウスを助けに行く訳がない、恐らくこの人の予知夢は不完全な能力なんだ、それが偶々原作で描写されていなかっただけだ
────昨日も言いましたけど調印式の襲撃を防ぐ為に協力するってのは構いません、聖園ミカの計画を事前に防ぐってのも賛成します……ただアリウスの件だけは受け入れられません
「……それはどうしてだ?戦わずに済む方法があるのならそれに越した事は無いだろう?」
────戦わずにって……まさかアリウスの連中が素直に話し合いに応じてくれるとでも?
「それは話し合ってみなければ分からないが……だが、試す価値はあるだろう」
……未来を視ているとはいえ、自分を殺す為に刺客を差し向けてきた連中をどうしてこうも信用できるのだろうか
あと一つ何かがずれていたら自分が殺されている未来も有り得たかもしれないというのに
「私が視た未来は各々が話し合いを放棄した末に辿り着いてしまった未来だ。今からでも遅くはない、我々は言葉を交わすべきだ」
────交わせばいいんじゃないですか?聖園さんとは……アリウスは知ったこっちゃないですけど
「……上手くいけば君が傷付く未来も変えられるんだぞ」
俺が傷付く……ああ、そういえば昨日なんか言ってたな
アリウススクワッドを食い止める為に単身で挑んで、結果身体中穴だらけにされるっていう……んー……
────それ、変える意味あります?
「……何?」
────逆に言えば俺がアリウススクワッドと戦えば先生や空崎さんを救える未来が確定するって訳でしょ?
「私が目指しているのは誰も傷付かない世界だと昨日から伝えている筈だが?当然、君もその中に含まれているぞ」
────俺はそこまで望んでません、ただ身近な人達を守れればそれだけでいいので
「……全てが予知通りに進むとは限らない、最悪死ぬかもしれないんだぞ」
……なんだ?もしかして百合園さんは俺が死ぬ事を危惧してるのか?
なんだ、そんな事だったのか
────大丈夫ですよ、百合園さん
────別に俺が死んでも先生が居ますから
「………………は?」
先生が生きてれば最終編だって乗り越えられるし、空崎さん含め他の生徒だって幸せにしてくれるだろう
俺が生きてるかどうかなんて原作の展開においてはそこまで重要ではない、必要なのは先生とその周りの生徒達だけだ
「……待て、待て待て待て待て、待ってくれ。君は……その……本気でそう思っているのか?自分が死んでもいいと……そう……」
────はい……あ、でも誤解しないでくださいね?別に自殺願望がある訳じゃないんで。ただ、死んでもそこまで影響は無いってだけですから
「……どうしてそう言い切れる?」
────だってここ……
ブルーアーカイブの世界だから、そう言いかけたところで口を止める
そういえば百合園さんは俺が未来を知ってる事を知ってたけど別に原作云々には触れてないよな、てことはブルアカってゲームの存在も知らないだろうしここは触れなくてもいいか
……でも、触れなかったら触れなかったでなんて説明すればいいんだろう
〝ここは俺の世界じゃないから〟とか?それとも〝この世界にとって俺は異物だから存在しない方がむしろ正しい〟とか?それはそれで突っ込まれそうだな……
────うーん……
「…………分かった、もういい」
────……ん?
なんて言うべきか考えていると百合園さんが突然立ち上がり、俺の方に一歩一歩近づいてきた
握り拳に力を込めているその姿に妙な圧を感じるが、肝心の表情の方は俯いたままのせいで上手く読み取れない
「君が意地でもアリウスと戦うというのなら私にも考えがある」
────考え?……一応聞きますけどなんです?
「なに、単純な事さ……君が傷付かないように私が君を守ればいい」
────……はい?
「調印式当日、私も君と共に戦うぞ」
戦う?この人が?俺と一緒に?しかも守るだって?
へー……そっかぁ……
────はああああああああっ!?
「うむ、予想通りのリアクションをありがとう」
ありがとうちゃうわ何言っとんねんこの人
そんな虚弱な身体で何が出来るというのか、俺を守る前にその辺の雑魚に負けそうなそんな身体で
「安心してくれ、こう見えても諜報活動の一環でそれなりに身体を動かしていた時期があるんだ、全くの運動不足という訳ではないさ」
────いやいやいや、その話が嘘か本当かは知りませんけど少なくともその身体じゃ長時間の戦闘行為はキツいでしょ、そもそもアリウススクワッド相手にできる程の実力があるんですか?
「なんの、いざとなれば私の拳で全てを破壊してみせよう」
駄目だこいつ……早くなんとかしないと……
ふんふん言いながらエアボクシングしている百合園さんを見て余計な心配事が出来てしまった
「いや、私も本当は極力争い事は控えたいのだがね、しかし君が戦地に赴くというのなら仕方あるまい」
────……
「本当はミカを止めてからミカやアズサの力を借り、なんとかアリウススクワッドと接触する方法を見つけられないものかと考えていたのだが……うむ、君がそれを信じられないというのなら私もその方法を諦めて戦わざるを得まい」
────ぐっ……!
「だが案外それが一番手っ取り早いのかもしれないな。私が戦地に赴けば直接アリウススクワッドと接触できるし、上手くいけばその場で説得できるかもしれないしな。最悪初手で命を狙われる可能性もあるが……戦場で虚弱体質の人間が話し合いを求めようとする以上はその様な危険も覚悟しなければ────」
────……かり……た
「────ん?何か言ったかい?」
────分かりましたよ!協力すればいいんでしょう!?
「────よし来た」
〝勝った〟とばかりに満足気に腕を組む百合園さん、一体何がそこまで彼女を駆り立てるのか
彼女にとって俺は予知夢で視た程度の存在ではないのか?そんな奴を救うのに何をそこまで必死になっているのやら
そんな俺の考えを見抜いたのか、百合園さんは此方に視線を向けると意味有りげな笑みを浮かべながら人差し指をこちらの口元に向けてきた
「〝なぜそこまでするんだ〟という顔をしているね……昨日も言っただろう?────君は私と、苦しみも悲しみも喜びも分かち合う存在になると」
一瞬、ほんの一瞬だがその言葉を吐いた直後の彼女は仄かに頬が染まっているように見えた
ヒナ『酒泉をどうするつもり?あのクソボケを突破できる恋愛強者がいない、私達だけで堕とすのは絶望的……このままじゃ酒泉が他の人に取られちゃう』
正実モブ『ヒナさん、私達はそれほど大そうなものではありません。酒泉さんに恋している女の子達のほんの一欠片。今この瞬間にも私達の恋心は膨れ上がっていってます、その気持ちはいつか絶対彼の心に辿り着くでしょう』
正実モブ『何も心配はいりません、私達はただ彼に想いが伝わるのを願って、いつも通り〝好き〟を伝え続ければいいんです』
───浮き立つような気持ちになりませんか、ヒナさん───
ヒナ「……」
───いつか、私達の気持ちが酒泉さんの鈍感を越えて───
ヒナ「……」
───更なる関係へと、登り詰めていくんです───
(私はその時、嫉妬で全身が妬けつく音を聞いた)