〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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今も亡き貴方を想う

 

 

 

『知ってるか美咲、高校生になったからって自然と彼女が出来るわけではないらしい』

 

『当たり前じゃないですか、先輩はクソボケどころかクソバカになったんですか』

 

 

〝だよなぁ〟と私の隣で項垂れながら歩いているこの人はクソバカ先輩……もとい折川酒泉先輩、クソボケ度以外は何もかもが平均レベルの極普通の先輩だ

 

唯一運動が人よりちょっと得意なだけで後は全部……ああ、そういえばゲームも結構上手でしたね

 

 

『高校生になればモテる、そう思ってた時期が俺にもありました』

 

『早々に哀れな幻想を捨てる事ができてよかったじゃないですか、これからは自分に告白してくれる人が現れるっていう期待に無駄に胸を踊らせることなく過ごせますよ』

 

『お前ってやっぱ俺にだけ厳しいよな、少しは優しくしてくれても罰はあたらないぜ?』

 

『はい?今日の私は十分先輩に対して優しく接してると思いますが……』

 

『待って優しくてこれなの?機嫌悪い日に会ったらどんだけ罵られちゃうの?』

 

 

嘘だ、別にどんな日でも先輩への対応を変えるつもりはない

 

いつも通り先輩の馬鹿な話を聞いて、いつも通り馬鹿な先輩に冷たい目を向けて、いつも通り先輩を適当にあしらう────これからもずっとこんな日々を繰り返すだけだ

 

 

『ぐぬぬ……ちょっとは先輩を敬ってだなぁ……!』

 

『私が先輩を敬う要素って体育の成績とゲームの腕以外にありましたっけ』

 

『……ちょっと二日ぐらい待ってもらっていいか?』

 

『二日間も考え込まないといけないレベルで自分の長所が見当たらないんですか』

 

『どうせ俺なんてお前と違って勉強も生活態度も普通ですよー……』

 

 

勝手に自虐して勝手に落ち込んでる先輩、まあ自分の長所が分からない人間なんて先輩以外にも幾らでもいるだろうし大して気にする問題ではないと思う

 

……それに、先輩自身が自分の良いところを分かってなくても私は────

 

 

『……んで、俺なんかより何倍も頭の良い美咲さんはどうして受験先を変えてしまわれたのですか?』

 

『……急ですね』

 

『いや、今の会話でなんとなく思い出してさ……お前が元々受ける予定だった高校ってめっちゃ倍率高いとこだったけど、確か去年の過去問解いてみたら全教科満点近くだったんだろ?それなら志望校変えなくても余裕だったろ』

 

『別に大した理由なんてありませんよ、やっぱり自宅から近い方が楽でいいなって心変わりしただけです』

 

『ふーん……そっか、じゃあ悩み事とかあるわけじゃないんだな?』

 

『……心配してくれてたんですか?』

 

『偶には先輩らしいところも見せないとな』

 

 

なんというか、この人は相変わらず然り気無い気遣いが得意だなと思う

 

そんな先輩には悪いが、実は私が先程述べた理由は嘘だったりする。私が志望校を変えた本当の理由は────

 

 

『まあ、とりあえずこれで来年もお前と同じ学校ってわけか。また三年間先輩風吹かせてもらうぜ……いや、お前が入学したら俺は二年生になるから先輩風吹かせるのは残り二年だけか』

 

『……ええ、そうですね』

 

 

中学に続いて高校まで同じ、どうせ先輩は私の志望校が偶々先輩の高校と被っただけとか思ってるだろうけど

 

……もし、ここで私が志望校を変えた本当の理由を吐いたら、私の隣で呑気に口笛を吹いているこの人はどんな反応をするのだろうか

 

 

『おん?どした?俺の顔になんかついてるか?』

 

『……いえ、先輩は何も気にせずそのクソボケフェイスを維持し続けてください』

 

『クソボケフェイス!?』

 

 

まあ、それはなんとなく癪だから言わないけど

 

この人が女性の気持ちを察せられる程度にクソボケを改善できたら、その時は素直に理由を教えてあげようと思う……下手したら死ぬまで治らないと思うけど、なんなら死んでも治らないだろう

 

 

『お前の毒舌はどっから飛んでくるか分からんな……笑顔で対応してくれる分まだ妹ちゃんの方が優しいぞ……』

 

『笑顔で毒吐かれるのもそれはそれでキツくないですか?』

 

『……確かに』

 

 

私の妹は私と違って基本的に明るく、誰に話しかけられても笑顔で答える……が、少々正直すぎる部分もあって時に盛大な毒を吐くことがある

 

それでも友人が多いのを見るにきっとその正直さが人を惹き付ける理由なのだろう

 

 

『いやーお前らって性格は全くの正反対だってのに、俺に対する罵倒の時だけ姉妹になるよな』

 

『別に血が繋がってるからってなんでも似るわけじゃありませんから……大体、あの子は他の人と比べても元気すぎるんですよ』

 

『元気すぎるって……例えばあんな風に』

 

『……あんな風?』

 

 

先輩の言葉が気になって下ろしていた視線を上げてみる

 

ほら、と指差す先にはコンビニが一件立っているだけ……それと、入り口付近で一人の制服女子が大きく手を振って……

 

 

『……なんか、こっちに手を振ってないか?』

 

『気のせいでしょ、それか私達の後ろにいる知り合いに手を振ってるとか』

 

『後ろには誰も立ってないけど』

 

『…………』

 

『おーい!おねえちゃーん!クソボケせっ……酒泉せんぱーい!』

 

『おもいっきり呼ばれてるぞ、つーかアイツ今クソボケって言いかけたよな?』

 

『……はぁ』

 

 

その生徒はよく見れば私の通う中学の制服と同じ制服を身に纏っており、顔に関しては何度か見たことがあるどころか毎日見ている顔だった

 

コンビニ前の信号が青信号になった瞬間、その生徒はレジ袋を持ったまま大きく手を振りながら走り寄ってきた

 

 

『こんにちは!二人とも帰り?』

 

『おう、今日は放課後一緒に帰る約束しててな』

 

『ふーん?それってお姉ちゃんから?』

 

『ああ、なんか俺の高校の雰囲気とか色々と知りたいらしくてな』

 

『へー……ああ、そういえばお姉ちゃんって進路変えてたもんね?』

 

『……何?言いたい事があるならハッキリ言って────真咲』

 

 

私より長い黒髪、それを二本に分けて結んだツインテール

 

この子の名前は新野真咲まさき、丁度先程述べた私の妹だ……ちなみに学年は二年だ

 

 

『ふふーん……ねえ先輩、先輩はお姉ちゃんが志望校を変えた理由知ってます?』

 

『さっき聞いた、家から近いからだろ?』

 

『ぶーっ!不正解!ほ・ん・と・う・は~?……なんと!先輩と同じ────ぐべっ!?』

 

『余計なこと言わなくていいから』

 

 

人様の事情を勝手にベラベラ言い触らそうとする愚妹の頭に手強めのチョップを食らわせる

 

この子は私が先輩に抱いている感情に気付いており、それをネタにこうしてよくからかってくる……自分だって人のこと言えない癖に

 

 

『先輩も真咲の言う事は真に受けないでください、全部嘘なので』

 

『お、おう……』

 

『いたたっ……もう、お姉ちゃんってば奥手だなぁ……まあ、その分私が得できるし別にいいんだけどね♪』

 

『……は?』

 

 

涙目でぶーたれたかと思えば真咲は意地の悪い笑みをにやりと浮かべ、突然先輩の腕に自らの腕を組みつかせた

 

そのまま自らの頭も腕に寄せて……は?なにしてんの?は?は?

 

 

『っと……おいおい、そんな懐いてきても何もやらんからな』

 

『えー?でも先輩、こうしてちょっと色仕掛けしただけでお菓子買ってくれた時あったじゃないですかー』

 

『あれは初バイトの初給料で気分が良かっただけだ、俺が年中女の子に利用されてばっかの男だと思うなよ?……んで、あのコンビニで何買ってほしいんだ?』

 

『チョロッ、情けなさすぎですよ彼女いない歴=年齢先輩』

 

『人の名前を勝手に変えるんじゃない、何も奢ってやらんぞ』

 

『先輩だーいすき♡』

 

『ったく、仕方ねえな……』

 

『チョロッ』

 

 

へへへとアホ面で喜んでいる先輩、どう考えても利用されてるだけだしそれを理解していながらあっさりハニトラに引っ掛かっている……まあ、どうせ真咲も真咲でハニトラを仕掛けるふりして本命へのアタックを誤魔化してるだけだろうけど

 

というかこの人はいつまでくっついてるつもりなのだろうか、ちょっと好意を囁かれたぐらいで簡単に身体を許しすぎですよ先輩

 

普通は付き合ってもない異性の子に引っ付かれたら引き剥がそうとするかせめて口だけでも拒否する筈でしょもしかして満更でもなかったりするんですか妹の胸が私よりちょっと大きいだけでそんなあっさりと鼻の下を伸ばすんですか最低です先輩も所詮は男なんですね失望しましたていうか真咲はいつまでその人に抱きついてるのそこは私の居場所なんだからさっさと────

 

 

『……なにベタベタしてんの』

 

『わっ……もう!服引っ張らないでよお姉ちゃん!』

 

『ずっとくっついてる真咲が悪いんでしょ……そもそも簡単に男の人にくっつかない方がいいよ、何されるか分かんないから』

 

『えー?私は別に酒泉先輩になら何されてもいいけどなー……なんちゃって♡』

 

 

先輩も真咲を無理矢理引き剥がすと、真咲は男を挑発するような表情で先輩の顔をチラ見する

 

相手に冗談だと思わせながら自分はさらっと本心を伝える小賢しいテクニックだ、本当に反吐が出る

 

……まあ、先輩にはそんな攻撃通じないけど

 

 

『はあ?俺がお前に手を出すわけないだろ?どこまで行っても妹みたいなもんだし』

 

『死ねっ!』

 

『あぶねえ!?』

 

 

ほら、やっぱり

 

私が予想していた通りの反応を返された真咲は先輩の股間を蹴りあげようとしてギリギリで回避される

 

先輩に遠回しなアピールなど何の意味も成さない、私が今まで何度同じ思いをしてきたか

 

しかしこの程度の事も予想出来ないなんて真咲も案外大したことない……まあ、それも無理はないか

 

先輩を誰よりも理解している私にとってこの程度の予想は簡単に当てられるけど、それ以外の人は予想できなくても仕方ない……私は先輩を一番理解してるから予想できるけど

 

 

『な、なぜ急に我が分身を狙った!?』

『べぇーだ!教えませんよ!そのクソボケた頭で精々考えてみてくださいよーだ!』

 

 

舌を出してあっかんべーと先輩を煽る真咲、案の定先輩の態度が癪に触ったようだ

 

……それはそれとしてギャーギャーと言い争っているのを見ていると仲の良さをアピールされてるみたいで腹が立ってくるけど

 

 

『それより真咲、今日は一人なの?いつも友達と帰ってるようだけど……誰か待たせてるなら早く行ってあげた方が良いんじゃない?』

 

『ん?今日は全員断ってきたよー……それとも何?私が居ると困ることでもあるの?』

 

『別にそうは言ってないでしょ?ただ、よく一緒に遊びに行ってるあの子達やよく真咲に声を掛けてくれてる男の子が今日は珍しくいないから気になっただけ』

 

『なんとなく気分で〝今日は先輩と帰ろー〟って思ってただけだよ?』

 

 

下校時は俗に言う〝陽キャ〟達と一緒に帰っている妹が、こんな冴えない先輩なんかに態々付き合わなくてもいいのに

 

どうせならこんなクソボケ先輩なんかより明らかに好意のある眼差しで何度も話し掛けてくれてる竜島君にでも構ってあげればいいのに

 

竜島君というのは妹のクラスメイトで、まず間違いなく妹に惚れているであろう男の子だ

 

ただし、ここまでの流れを見れば分かる通り肝心の妹の矢印は全く別の方向に向いているため〝仲の良い男子〟から抜け出せずにいる可哀想な少年でもある

 

真咲が先輩にしか見せないような表情や態度を見せる度に脳にダメージを負ってるし、その先輩自身も普通に優しいどころか竜島君もお世話になる事が多くて素直に妬みきれず、自分と真咲の前に先輩が現れる度に複雑そうな顔をする事しかできていない

 

『……皆に断る時はなんて言ったの?』

 

『え?正直に〝先輩と帰るんだー〟って伝えたけど?』

 

『その時の竜島君、どんな顔をしてた?』

 

『んー、あんま見てなかったけど……元気無かったっていうか悔しそうだったていうか……なんかモニョモニョしてたよ?不思議な顔だった!』

 

『……そう』

 

 

哀れ、心の中で合掌しておこう

 

私個人としては彼の事は応援したいと思っている、だって彼が真咲を持っていってくれた方が私にとって色々と都合が良いから

 

 

『なんつーか……アイツも大変だな……』

 

『その台詞、先輩だけは絶対に吐かないでください』

 

『なんで!?』

 

 

この人は自分が絡んだ時はクソボケなのに、どうして他人の恋愛事情には……こう……鋭くなるのか

 

先輩は今すぐ全国の男子達に土下座した方がいいです、あと女子にも

 

 

『そういやこの前久々にアイツの顔見たけど髪の毛金髪に染めてたな、言葉遣いも〝僕〟から〝俺〟になってたし……まあ、次に見た時は元に戻ってたけど』

 

『あ、先輩も見ました?めっちゃダサくなってましたよね』

 

『……真咲、まさかお前……それ竜島に馬鹿正直に伝えたんじゃ……』

 

『見た瞬間思わず〝ダッサ!〟って叫んじゃいましたよ』

 

『……だから元に戻したのか』

 

『……同情します』

 

『?』

 

 

彼は異性から結構人気な方だったと記憶にあるが、それでも中々に不憫な子だ

 

年上の幼馴染みは弓道部の美人部長、隣の家の子は銀髪美少女外国人、妹はクール系美女、隣の席の子はどっかの会社の美人社長令嬢

 

思わずどこのフィクション作品だと叫んでしまいたくなるほど美少女に囲まれている男の子、それが竜島君。もしここが本当に物語の世界なら間違いなくハーレム主人公のポジションに立っているであろう

 

そんな世の男が羨みそうなハーレム主人公君だが、唯一惚れた相手である真咲だけ手に入らないとは……これを不憫と呼ばずなんて呼ぶのか

 

 

『お前って結構クソボケだよな』

 

『それには同意します』

 

『二人とも急に攻撃してきた!?私クソボケじゃないもん!先輩と違ってちゃんと人の気持ち理解できるもん!』

 

『……真咲、どうしてアイツが髪の色を戻したか知ってるか?』

 

『え?自分で似合ってないって思ったからでしょ?』

 

『真咲、やっぱりアンタもクソボケよ』

 

『違いますぅー!クソボケじゃないですぅー!』

 

 

年頃の少年が自分なりに考えて必死に格好良さを作ろうとしたのに〝ダッサ!〟の一言で返すなんて、そんな事をされたら竜島君のプライドも粉々に砕け散ってしまうだろう

 

これは紛うことなきクソボケ、先輩程ではないにしろそう呼称するのに相応し────『でもぉ……私がクソボケならそれはそれで先輩とお似合いだと思いません?』────は?

 

何言ってるのこの子、アンタが先輩とお似合いな筈ないでしょ

 

先輩のクソボケレベルはそこらの鈍感では歯が立たない高さなんだから真咲ごときに付き合いきれる訳がない

 

 

『いいや、お似合いじゃない。クソボケはお前だけだ』

 

『先輩だけですぅー!』

 

『ボーケボーケ!クソボケー!』

 

『ボケボケボケボケボケー!』

 

『……二人ともやめてください、みっともないですよ』

 

 

争いは同じレベルのもの同士でしか起きないとはよく言ったもので私はその場面をこの目で直接目撃してしまっている、しかも片や身内でもう片や自分の先輩

 

周囲に人はいないけど万が一見られでもしたら私まで恥ずかしい思いをしそうなので早めに止めておく、私の胸のムカムカは特に関係ない

 

 

『はぁ……二人とも一体いつまで私にお世話係をやらせるつもりですか、受験生にこんなことさせないでくださいよ』

 

『別にお世話なんて頼んでないもん!お姉ちゃんが勝手にやってるだけだしー!』

 

『……あ、受験で思い出したわ。美咲に渡したい物があるんだった』

 

『渡したい物?』

 

 

先輩は突然思い出したかのように鞄を漁り出すと、ごそごそと中から取り出したのは御守り……の束?

 

恐らく十本程の紐が鉄の輪に結ばれており、まるで鍵束の様になっていた。

 

 

『俺が去年使ってた合格祈願のお守りがある筈なんだけど……どれだったかな』

 

『なんでそんなに持ってるんですか……』

 

『なんか沢山あった方がお守りパワー強いかなって』

 

『小学生ですか?』

『……っと、確かこれだったか?今外して……外っ……し……!』

 

『何してるんですか……貸してください、自分でやりますから』

 

 

案の定、複数のお守りの紐が絡まり合って訳の分からない状態に陥っている

 

必死に紐を解こうとする先輩から鉄の輪を取り上げ、自分の手で一本ずつ丁寧に解いていく

 

 

『ほら、解けましたよ────は?』

 

 

最初に先輩が選んでいたお守りだけを抜き取る────しかし、そこに書かれているのは合格祈願の四文字ではなかった

 

先輩が私に渡そうとしていたお守りには〝安産祈願〟と書かれていた

 

ちらりと先輩の顔を覗いてみると、すると肌色は一瞬で青白く染まり、肩はガタガタと震えていた

 

 

『……』

 

『い、いや……違うんすよ……紐がぐちゃぐちゃでどのお守りに繋がっているのか分からなくて……』

 

『……先輩』

 

『その証拠に他にも交通安全とか金運上昇とかのお守りもちゃんとあるから────』

 

『……さいってい』

 

『────ぐふぉっ!?』

 

 

女性にこんな物を渡すとか何考えてるんですか、しかもまだ誰とも付き合ってすらいない相手に対して

 

安産とか何年先を見据えてるんですか?セクハラですよ、相手が私じゃなかったら一瞬で訴えられて裁判の過程をすっ飛ばして一発で牢獄に入れられますよ、こんなお守りを……

 

こんな……安産祈願のお守りを……先輩が私に……安産祈願を……

 

……まあ、せっかくのご厚意を無駄にしてしまうのも悪いですしここは素直に受け取ってあげなくも────

 

 

『お姉ちゃんがいらないなら代わりに私が貰っちゃうねー!』

 

 

次の瞬間、私の手からお守りが消えていた

 

おかしい、私は一体いつから猫をペットにしていたのだろうか、猫と言っても泥棒猫の方だけど

 

 

『別にいらないなんて言ってないでしょ』

 

『えー?でもお姉ちゃん〝最低〟とか言ってたじゃん』

 

『それは先輩のセンスの無さに対してだから……別にお守りその物に対して言った訳じゃない』

 

『じゃあこんなセンスないお守りなんて必要無いよね?』

 

『すまん、そろそろ泣いていいか?』

 

『返しなさい、それは私が貰ったお守りよ…………返せ』

 

『…………やだよーだ』

 

『おいおい、そんな強く引っ張りあってると布が伸びて────』

 

先輩の言葉を無視して妹の持っているお守りを掴む、しかし妹も負けじと手に力を込めて抵抗してきた

 

小さな布を綱引きのように引き合っていると、ついに力の均衡が私の方へと傾く

 

 

『うわっ!?』

 

『きゃっ……』

 

 

ただ、引き寄せる際に少々力を強くしすぎたらしく、途中

でお守りを手放してしまった妹と違って私の身体はそのまま勢いよく後ろに倒れてしまった

 

 

『────っ!美咲っ!』

 

 

後頭部の痛みに耐える準備を心の中でしていると、その直後に先輩が私の背に回って後ろから抱きしめてきた

 

そのまま二人仲良く地面に倒れ込んでしまったが、私は先輩がクッションになって守ってくれたお陰で大して痛みも感じなかったし、抱きしめられていたので勢い付いて転がる事もなかった

 

 

『っつつ……美咲、大丈夫か?』

 

『はい、先輩が助けてくれましたので大丈夫────』

 

 

そう、抱きしめられて……抱きしめられて?

 

今ってどんな状況だっけ、私の下には先輩がいて、先輩は私のお腹近くに手を回していて、あれ?

 

私、今、先輩に、抱きしめられている

 

 

『…………』

 

『それじゃあ早く立ってくれると……美咲?』

 

『……え』

 

『どうした?無言で倒れ込んだままだけど……まさか、どっか打ったのか?』

 

『あ、え』

 

 

私の下から先輩の声が聞こえてくる

 

私に敷かれている先輩の声が、私を守ってくれた先輩の声が、私を抱きしめてくれた先輩の声が

早く退いて礼を言うべきなのは分かってます、でも身体が動こうとしなくて────

 

 

『はーい、さっさと立ってねー』

 

『あ……』

 

『悪い真咲、助かった』

 

 

そんな私を無理矢理立ち上がらせたのはさっきまでお守りを奪い合っていた妹だった

 

余計なことを、だなんて思っていない、決して思ってなんかいない

 

 

『あの……先輩……ありがとう、ござい……ます』

 

『ああ、気にすんな……つーかお前、本当に大丈夫か?なんか様子がおかしいけど……本当に怪我とかしてないか?』

 

『……大丈夫です、ちょっと驚いただけですから』

 

『そうか、ならいいけど』

 

 

顔が熱い、多分赤くなってる

 

でもこの人はクソボケだから大して気にしないだろう、問題は愚妹の方だ

 

 

『……いった~』

 

『あん?』

 

『せんぱーい、私もさっきので足怪我しちゃったみたーい、抱っこしてくださーい』

 

『却下、お前のはどう見ても演技だし』

 

『はあ!?演技じゃないし!めちゃくちゃ痛いもん!』

 

 

即答する先輩に対して怒りをぶつけるようにダンダンと足で地を踏みつける、足を怪我していたのではなかったのかこの愚妹は

 

 

『……ふふ』

 

『……なに勝ち誇った笑み浮かべてるのさ』

 

『別に、気のせいでしょ』

 

 

しまった、思わず笑いが溢れてしまった

 

ちなみに笑いの理由は妹の演技が面白かったからであって、決して先輩に抱きしめられた事への優越感などではない

 

 

『別にいいもん!その代わり先輩のお守りは私が貰うんだから!』

 

『お前にはコンビニでなんか買ってやるんだからそれでいいだろ』

 

『狡い!受験生贔屓するなー!』

 

『贔屓するに決まってんだろ、受験生なんだから……っと、待ってろ。すぐに合格祈願の方を……ああもうめんどくせえやこれごと持ってってくれ』

 

『雑すぎません?』

 

 

複雑に絡み合った紐を解くのが面倒になったのか、先輩は鉄の輪ごと私に渡してきた

 

女性へのプレゼントと考えればこの対応はマイナス百点ですよ先輩……まあ、今回は先程助けてくれたのに免じて許してあげますけど

 

 

『こんな大量に渡されても困るんですけど』

 

『仕方ねーじゃん、解くの面倒だし……それに受験が終わった俺にはもう関係無いお守り────あ、待って、やっぱ恋愛成就のお守りだけ返してくんね?』

 

『………………誰か好きな人でもいるんですか』

 

『いや、いないけどさ……でもこれ持ってたらワンチャン素敵な出会いがあったりするかもしれないだろ?』

 

 

どうやらこの先輩はクソボケなだけじゃなくて色ボケでもあるらしい、本当に終わってますね先輩

 

そんなに女の子との出会いが欲しいんですか、でも先輩みたいな冴えない男の人と出会ったところで相手の女性はもっとカッコイイ人にすぐ夢中になると思いますけどね

 

先輩なんて精々すぐ近くに立っているその辺の女がお似合いです、他に条件を付け足すなら先輩のクソボケに慣れていて決して見捨てようとはしない女とか

 

 

『待てよ?交通安全のお守りと恋愛成就のお守りを組み合わせれば道端で美少女と激突する最強のお守りが完成するのでは?……美咲、悪いけどやっぱ交通安全の方も返してくれ』

 

『嫌です、急にこの二つだけ欲しくなりました』

 

『なにぃ!?』

 

『むしろよく返してもらえると思いましたね!やっぱり先輩の方がクソボケじゃないですかー!』

 

 

そもそも女性に渡した物を後から返してくれだなんてダサすぎます、しかも理由が女の子と出会いたいからというだけで……

 

あまりにも救えません、こんな情けない人と出会って好きになる女性なんて果たしてこの世に存在するのでしょうか

 

 

『美咲ぃ……お前は大事な先輩が事故に遭ってもいいのかぁ?それが嫌なら今すぐ交通安全のお守りを……』

 

『どうでもいいです、むしろその衝撃で先輩の頭がまともになる事を切に願ってます』

 

『元々まともだから何も起こらないな』

 

『ってクソボケ先輩が言ってるよ、お姉ちゃん』

 

『自覚が無いんですね……可哀想に……』

 

『ヤメロォ!そんな可哀想な者を見る目で俺を見るんじゃない!』

 

 

後ろからギャーギャーと抗議してくる先輩を無視して妹とひそひそ話をする

 

さっきまでお守りの奪い合いをしてた相手でも、こういう時だけは意見が一致する

 

 

『ぐぬぬ……最近のお前らはすぐ俺の事を蔑ろにして……!もっと俺の心配をだなぁ……!』

 

『先輩の心配をするくらいなら明日の授業の事を考えていた方が余程有意義です』

 

『今日の夜ご飯のこと考えてた方が楽しいよね』

 

『先輩泣きそう』

 

 

先輩は俺の身を気遣えと騒いでいるが、そもそも仮定の話を出されたとしてもイマイチ実感が湧いてこない

 

この人の能天気な面を見ていると例え何か事件に巻き込まれたとしても次の日には〝よお〟と挨拶しながらシレッと登校してくるだろうという謎の信頼がある

 

 

『……とか辛辣なこと言って、実際に俺が突然いなくなったらいなくなったで寂しくなっちゃうんだろ?影でこっそり泣いちゃったり?』

 

『先輩は御自分を過大評価しすぎでは?』

 

『きもっ!先輩もっと自分の価値を正確に理解した方がいいよ』

 

『よし、この話はやめよう』

 

 

自分から仕掛けておきながらちょっとキツく言い返されただけですぐに撤退する、情けない先輩らしいムーブです

 

……というか、先輩が居なくなる予兆を感じたらその前に私が理由を問い質しますから〝突然居なくなる〟という仮定は無意味です

 

 

『それより先輩!さっさとコンビニ行きましょうよ!!アイス奢ってくださいよー!』

 

『いいぜ、ガリガリ君な』

 

『せこっ!?先輩バイトしてるんだからもっと高いの買ってくださいよ!』

 

『今月は出費がかさむ予定があるんで駄目でーす』

 

 

どうせこの人はこれから先何年経っても何一つ変わらないクソボケフェイスを私の前に晒し続けるのだろう

 

しかしまあ、それも仕方ないでしょう。それが私の日常なんですから、日頃から当たり前のように起きている事象から逃れる術はありません

 

 

『おーい、美咲ー?どうしたー置いてくぞー……早く来ないとアイス奢ってやらんぞー』

 

『結局お姉ちゃんにも奢るんですか!?私だけお守り貰えてないのに!?』

 

『受験生サービスだ』

 

『ずるい!ずるいです!ずーるーいー!』

 

『だぁーもう纏わりつくな暑苦しい!分かったよ!お前にも追加で好きなお菓子買ってやるから!』

 

『わーい!さっすがクソチョロくて甘々な先輩!』

 

『お前マジでいい加減にしろよ』

 

 

面倒ですけど……本当に面倒ですけど仕方なくこれからも付き合ってあげますよ、先輩

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「いっ……た……なんでベッドから落ちてんの……」

 

「……そんな寝相悪くないはずだけど、私」

 

「魘されるほど酷い夢を見てたってわけでも……いや、ある意味悪夢みたいなもんかな」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最悪の目覚めなんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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