「なるほど、それで酒泉はトリニティの生徒から助けを求められて駆けつけてみるとその子が血を流して倒れていたと……えっと、君は……」
「新野美咲です」
「……ミサキ?」
「はい、何か気になる点でも?」
「ああいや、なんでも……それじゃあ美咲は私や酒泉と同じくヘイローも何もない人間って事で間違いないんだね?」
「はい、特に変わった特徴も何もありません」
「そんな子がある日突然別の世界から飛ばされてきた……と」
先生の到着後、俺達は当初の打ち合わせ通り前世の事を隠して話を進めていた
美咲は別世界の人間、俺は偶然出会っただけ、この設定のまま通し切るつもりだ
「うーん、別の世界の人間が来訪するケースは一度経験済みだけど今回はアトラ・ハシースが絡んでる訳じゃなさそうだし……」
「……私以外にも異世界からの来訪者が?」
「うん、といっても今回のケースとはちょっと違うけど」
プレナパテスはあくまでキヴォトスから別のキヴォトスに移動してきただけ、現実から画面の向こうに移動してきた美咲のパターンとは話が異なる
その為、仮にアトラ・ハシースが残ってたとしても美咲を帰す事ができなかったかもしれない
「先生、ミレニアムの力をお借りする事って可能でしょうか?」
「そこは私の方から声をかけておくよ、彼女達ならきっと力になってくれるからね」
「ミレニアム……」
「キヴォトスにある学園の一つだな、技術も科学も常に他校より数歩先を行ってる天才校だ」
未知の事象に関する問題なら彼女達以上に頼りになる人は存在しないだろう、最終編で手に入れたウトナピシュティムだって彼女達の力が無ければ使い物にならなかっただろうし
今回の現象はあまりにも特殊すぎるが、それでも何かしらの成果を出してくれるだろうという信頼感がある
「その……先生にお願いしたい事があるんですけど……私が異世界から来た人間だって事は出来るだけ言わないでほしいんです、あまり噂にされたくないですし……」
「勿論、その辺りのプライバシーにもちゃんと気を配っておくよ。ただ、話の都合上どうしても一部の関係者には伝える必要があるけど……」
「はい、それは構いません。私はあくまで助けてもらう側の立場ですから」
「じゃあこの話は解決したって事で次は……君の住む場所だね」
住み家、美咲のキヴォトスでの活動拠点になる場所
いつまでこの世界に留まる事になるのかは現状不明だが、それが遅かれ早かれなるべく安全な地区に建てられている家を選びたい
美咲は俺と違って戦えないのだから安全面は特に気を配らなければならない
「住む場所ですか……その、実は私この世界に来たばかりで手持ちのお金が……」
「ああ、大丈夫大丈夫。その辺りの問題はシャーレや連邦生徒会が支援する事になってるから」
異世界からの来訪者、シロコさんという前例が居るからこそのフットワークの軽さ
シロコさんは純粋な保護ではなく一応〝監視〟という名目もあってウチに住んでいるが、美咲も似たような感じになるのだろうか
だとしたら信頼できる人が美咲と一緒に暮らしてほしいが……
「その……家って絶対に与えられたのを使わなきゃ駄目なのでしょうか」
「うん?どういう事かな?」
「例えば先ぱ……酒泉さんの家で一緒に暮らす、というのは?」
「……え?」
「……これまた随分と大胆な提案だね」
美咲の提案に思わず声を溢してしまった
いや、確かに俺も美咲に家が与えられなかったらウチに住まわせようとか考えてたよ?でもまさか本人からその話をするなんて……
「酒泉なら大丈夫だろうけど、それでも男の子と一緒に暮らす事になるんだよ?それはいいの?」
「はい、むしろ私と似たような境遇の酒泉さんが一緒に居てくれた方が私としては安心できますし……」
狼狽えや挙動不審さを全く見せず、美咲は平然と俺の腕を両手で掴んできた
似たような境遇……まあ、この場合だと恐らく身体の耐久面の事を言っているのだろう
美咲を傷付けた身体の丈夫なキヴォトスの生徒より、美咲と同じく身体の脆い俺の方が安心できる……うん、特に可笑しくはないな
「うーん、私は別に構わないけど……」
チラッと先生が視線を向けてきた、そしてその隣では美咲が謎の圧を感じる表情(無表情)で俺を見つめていた
あれは多分〝断んなよ〟とか思ってるな、ここでノーと言えるほど俺は強くないので大人しく頷いておこう
「俺も構いませんよ、同居人が増えたところで大して変わりませんから」
「……増える?」
あ、でも部屋の数が足りんな。かといって急にシロコさんの部屋を使わせるのもなんだし……美咲には俺の部屋を使ってもらって、俺は適当にリビングのソファでダラダラしてりゃいいか
そうと決まれば後でシロコさんやプラナにも話を通さないとな、二人とも優しいしきっと受け入れてくれる筈だ
「じゃあ美咲の分の生活費は酒泉の口座に振り込むからそこはよろしくね?……といっても、これは美咲が退院した後の話なんだけどね」
「そうですね、一先ず脚の痛みがもうちょい収まるまでリハビリは控えめに……って感じになりますかね」
「何にせよすぐトリニティから出られる訳じゃないから、美咲には申し訳ないけど……」
「あ、いえ……大丈夫です、私も脚がまだ痛みますし、もう少しここでお世話になりたいと思ってましたので」
先生に前世の事を教えず話を通せ!ミッションコンプリート
とりあえず爆弾を着火させず抱えたまま逃げ切る事に成功した、後はこの秘密を美咲と二人で墓場まで持っていくだけだ
「それじゃ、話も良い感じに纏まった事だし今日はもう帰るよ。細かい部分はまた後日って事で……小難しい話は美咲も怪我が治った後で聞きたいだろうし」
「はい、お気遣い感謝します」
「先生、本日は忙しい中お時間を取っていただきありがとうございました」
「気にしないで、じゃあまた……ああ、その前に」
椅子から立ち上がって部屋を出ようとする先生、しかしその前にくるりと急に方向転換して俺の方に近付いてくる
そして耳元で、美咲には聞こえない程度の声量で囁いてきた
「ある程度落ち着いてからでいいから、私にはちゃんと隠し事教えてね?」
ひゅっ、と息を飲む
ぶわっ、と嫌な汗が出る
一方で先生は冷や汗一つかいてない涼しげな笑みで部屋を出ていった
「なんだか……穏やかそうな人ですね」
「…………ああ」
その通りだ、穏やかで、優しくて、生徒思いで……生徒思いすぎてほんの少しの変化にも気付いてしまうような人だ
……怒らせてはいない……はず、あれはきっと俺がまた隠し事をして何か無茶をしようとはしてないか警戒していただけだろう
それなら問題無い、堂々としていればいい、だって今回に関しては本当に無茶な事をするつもりなど無いのだから
隠し事を話すにしても前世の事まで、ブルーアーカイブについて触れるつもりは一切無い
「先輩?どうかしましたか?」
「気にすんな、ちょっとビビってただけだから」
「……何に?」
「自分自身の演技力の高さに」
「先輩、もしかして寝ながら会話してました?」
「寝言ちゃうわ」
──────────
────────
──────
「────つーわけで余所の世界の迷子をウチで引き取りたいんだけど……駄目か?」
『私は居候みたいなものだから……酒泉が決めればいい』
「そっか、ありがとな……あ、それとついでにこの件はプラナにも話しといてくれるか?」
『分かった』
トリニティの校舎裏でシロコさんに例の件を話すと、最初は困惑していたものの結果的に承諾は貰えた
これで住み家問題は解決、後は……生活必需品か。これもシロコさんに買い物を手伝ってもらうか?それとも引っ越し当日に美咲自身に選ばせてやるか……
『……それにしても、酒泉は女の子を持ち帰るのが本当に好きだよね』
「その言い方だと誰かに聞かれたら誤解されるからやめような」
『でも事実、私とプラナも持ち帰ったし今回だって……』
「……シロコさん?もしかしてちょっと怒ってたりする?」
『…………』
無言、これは肯定という事でよろしいのだろうか
やはり独断で決めたのは不味かっただろうか、ちゃんとシロコさんとプラナにも聞いた方がよかったか
「えーっと……その、部屋に関しては俺の部屋を使わせる予定だから……シロコさんのプライベートゾーンには踏み込まないからさ」
『……!?』
「だから安心して────」
『待って、酒泉の部屋ってどういうこと?女の子と二人きりで同じ部屋で過ごすつもり?』
「流石にそんなことする気は無いって、俺はリビングとかに私物置いて適当に過ごすからさ」
男女で同じ部屋とかだと着替えとか私生活面で気を遣う事が多すぎるし、なにより美咲自身が俺と同じ空間で過ごすのを嫌がるだろう
ていうか俺自身流石に気まずさを感じるし、それに……ほら……色々あんじゃん、過酷とかさぁ……
『それなら良い提案がある、酒泉が私の部屋に来ればいい』
「それじゃ大して変わらんだろ……」
『……私は酒泉が一緒でも別に気にしない』
「おう、男として見られてないってのはよく分かった」
『……』
向こうが気にしてなくても俺が気にする……ていうか女の子が軽々しくそんな事を口にするんじゃありません!
「とりあえず話はそれだけだから……あ、これから帰るけど何か買ってきてほしい物ってあるか?」
『……バーゲンダッチュ、六個入りの』
「もうちょい安いアイスにしてくれると助かるんだが……」
『駄目、譲歩しない。これぐらい買ってもらわないと私の怒りは収まらない』
「怒り?何のだよ?」
『……酒泉に対しての』
「は?俺なんかした───っておい?もしもし?もしもーし?……切れてるし」
一方的に通話を切られたスマホからはツーツーと虚しい音だけが響く
最後の方俺に対する怒りがどうとか言ってたが、やはり勝手に同居人を増やすのは不味かったか?……でも知り合いも誰もいないこの世界で美咲を独りぼっちにするのも申し訳ないしな
ここはご機嫌取りの為にバーゲンダッチュでも買って帰ろう、ちゃんと言われた通りの六個入りのやつを……はぁ
「いやー……今日一日だけでどっと疲れたなぁ……」
まさか二度と会えないと思っていた相手に……それも前世で特に仲の良かった後輩と再会できるなんてな
俺の両親がどうしてるかとか美咲の妹は相変わらずクソボケムーブしてるのかとか色々と積もる話もあるけど、それを聞くのは美咲を取り巻く環境が安定してからだな
「……でも、結局またお別れしなきゃいけないんだよな」
俺は死者、美咲は生者、俺達には覆しようのない明確な違いがある
一度人生が終わった俺と違って美咲にはまだ〝続き〟があるのだから、なんとしてでも元の世界に送り返してあげなければならない
「……美咲の家族も心配してるだろうしな」
美咲の御両親はクール系な美咲とは反対にとても元気で明るい人達だった、性格的には妹の真咲寄りだろう
あまりにも陽のオーラが強すぎて距離感がかなり近かった覚えがある、具体的には家の合鍵とか渡されそうになるレベルで
〝美咲のこと、よろしくね!〟とか言われたが先輩として後輩を気にかけるのは当然なのでとりあえず頷いておいたが……合鍵を受け取るのだけは断った、それはもう距離感が近いとかの問題ではなく家族と接してるようなものだろう
「〝おとうさんって呼んでいい〟って言われてもなぁ……」
本当の両親がいるので流石にお父さん呼びは遠慮させてもらったが、あの人達は一体どういうつもりであんな事を言ったのだろうか
しかもこっちの母親まで美咲が遊びに来た時に〝おかあさまって呼んでもいいのよ?〟とか言い出すし……
「……はぁ」
心の中で吐いていた溜め息が実際に出て来てしまった
こうして前世の人達に想いを馳せる度に懐かしい気持ちに浸れるが、それが終わると途端に息苦しくなるような思いが押し寄せてくる
せっかく美咲に会えたんだしこのまま両親や友人達とも一目……いやいやいや、美咲だって来たくてこんな世界に来たわけじゃないんだから流石にこの考え方は失礼だろう
……でも、やっぱ会いてえなー
「まあ、帰るつもりはないけど」