「肉だろ?魚だろ?それからもいっちょ肉だろ?申し訳程度の野菜だろ?」
「男子高校生の食欲基準で考えないでください、流石に胃もたれしちゃいますよ」
とにかく量をと言わんばかりに買い物カゴの中に商品を詰めていく酒泉、その中身は食材やらスナック菓子やらスイーツやらで埋め尽くされていた
まるでパーティーでも開くかの様なラインナップだが、実はその通りだったりする
「美咲も食べたいものがあったら遠慮なく言ってくれていいんだからな?なんせ今日は────美咲の退院日なんだからな」
退院日、つまり美咲はこれからは酒泉の自宅で暮らすことになる
本日はその退院祝い兼歓迎会という事で酒泉はいつもより豪勢な料理を作ろうと気合いを入れていた
「……じゃあ、これを」
「お?どれどれ……おお、あたりめか」
「……おじさん臭いとか言ったら殴りますからね」
「んなこと言わねえよ、むしろ前世から好きな食いもん変わってなさそうで安心したわ」
不運にも命を奪われた酒泉にとって美咲は唯一〝前世〟との繋がりを感じられる存在であり、美咲が酒泉に大きな感情を抱いているのと同じ様に酒泉も美咲に並々ならぬ思いを抱いていた
とはいえ、酒泉の場合は美咲の抱く恋情とは異なるタイプの感情だが
「つーかキヴォトスのおじさん女子高生枠はもう埋まってるからな、勝手に人のポジション奪っちゃ駄目だろ」
「……おじさん女子高生?」
「知らないのか?ブルアカユーザー達は水着のおじさんを追い求めていた時期があるんだぞ、それぐらいおじさんが大活躍するゲームだったからな」
「……うわぁ」
「待って冗談だから、本当はおじさんを自称してる女子高生が居るってだけの話だから、だからそんなドン引きしないでくれ」
ちょっとからかってやろう的な思いで会話を振ったものの流石に有らぬイメージを抱かれるのは心外なのか、酒泉は誤解を解く為に咄嗟に真実を伝える
一方で美咲も美咲で〝美少女に囲まれ過ぎるあまり男相手に邪な感情を抱くようになってしまったのか〟と危惧しており、誤解が一瞬で解かれた事で酒泉にバレない程度に安堵の息を吐いた
「先輩、この世界って先輩や先生以外に〝人間の男性〟って存在しないんですか?」
「うーん……全く存在しないってことはないと思うけど……少なくとも俺は出会った事はないな、でも外の世界には幾らでも存在してるんじゃねえかな」
「外の世界……キヴォトスの外って事ですよね?」
酒泉は外の世界に出た事はないが、先生がキヴォトスに来た際のリアクションから恐らく前世と同じで銃との馴染みが薄い世界なのだろうと予想している
爆発が日常的に起きる事なく、銃口を他人に突きつければ犯罪と見なされる、そんな前世基準の普通の世界だと
「先輩はキヴォトスを出ようと思ったことはなかったんですか?」
「え?」
「私だったらこんな街、さっさと出ていきたいです」
ヘイロー持ち生徒の身体が頑強である事はキヴォトスで暮らす者なら当然の様に知っており、あの百合園セイアや明星ヒマリですら純粋な肉体強度は酒泉以上である
故に鉛弾を数発撃った程度で相手が死ぬ事はなく、それの事実が美咲との価値観の違いを生み出している
生徒同士が銃を撃ち合ったとしても大怪我に発展しなければキヴォトスではただの喧嘩かじゃれあいにしか思われない、しかし美咲の様な〝前世の価値観〟を持っている人間にとっては銃声が一度鳴っただけでそこは戦場と見なされてしまう
「だって、街の治安も人の価値観も先輩の前世と何もかも違うじゃないですか。そのくせ先輩の身体だけは前世と同じ強度だなんて……こんなの死にゲーをリセット無しで体験させられてるようなものじゃないですか」
「いや、少なくとも〝眼〟に関しては前世より圧倒的に良くなったぞ」
「……眼?」
「おう、この〝眼〟のお陰で相手の動きとか物の軌道とかめっちゃ見れるようになってな、これがなけりゃ俺は今頃キヴォトスに存在してなかっただろうな」
まるでヘイローの代わりかの様に与えられたその力は、前世の折川酒泉と今世の折川酒泉を隔てる確かな違いだった
百合園セイアの予知夢、一之瀬アスナの直感、小鳥遊ホシノの神秘、それらの様に説明不可能な特殊能力という訳ではないが、それでも常人から見れば十分〝神秘〟と言える代物だった
「まあ……それはそれとして確かに美咲の気持ちにも共感はできるよ、俺だって昔はキヴォトスを出ていきたいって思ってたからな。最初は推しのいる世界に転生できた事に喜びはしたけど、冷静に考えりゃ前世のスラムより治安の悪い街に転生して素直に喜べる訳ないしな」
「それならキヴォトスの外に出ればよかったのでは?」
「そうだなぁ……当時は外で生きていく為の金も知恵も無かったし頼れる大人もいなかったからなぁ……」
「あ……その、すみませんでした」
「ん?……ああいや、気にすんな。俺もとっくに割り切ってるからさ」
トリニティの病室で互いの置かれていた状況を語り合った際、美咲は酒泉が転生した時の話を聞かされている
気づけば赤子の身一つで放り出されていたことも、そもそも酒泉を生んだ人物が存在するかすら分からないことも
「ほら、暗い話はもう終わり!せっかく奇跡的に再会出来たんだし今は明るい事だけ考えてればいいんだよ!」
「……そうですね」
奇跡、二人の再会はまさにその二文字が相応しいだろう
本来出会う筈のない異なる次元の生者と死者が、それも嘗ての友同士が再び顔を合わせるなど天文学的確率だと言っても過言ではないだろう
「……先輩」
「ん?」
「私、多分先輩に会う為に一生分の幸運を使い果たしてしまったような気がします」
「お、おう?」
「ですので……これからは代わりに先輩の幸運を私に分け与えてくださいね?」
「んな物理的に不可能なこと言われても……」
「そうじゃないですよ……ふふっ」
やはりと言うべきか、回りくどい伝え方では理解できない自らの先輩の姿に呆れ半分と懐かしさ半分の気持ちを抱きながら笑う美咲
彼女の頭の中では昔と変わらぬ酒泉の姿を元の世界の人達に見せた時のリアクションが繰り返し想像されていた
(まず間違いなく先輩のご両親は喜んでくれるでしょうね。私の両親も喜ぶし、妹だって部屋から出て来てくれるはず……)
想像するのは明るい未来の事ばかり、それも当然
だって先輩が居なくなって皆が悲しんだのだから、先輩が帰ってくれば皆が喜ぶ
そんな光景を夢見て────否
(もう、夢じゃないんだ)
先輩が生きていた頃の夢、先輩がもしも生きていたらの夢、それらが現実になろうとしている
向こうの世界で、あの時の時間を、青春を、現実を、もう一度
ただし、そこに酒泉の心情は考慮されていない
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「さーて、鍵鍵……あれ?ポケットに無い?鞄の中に入れたんだっけか……」
「……」
「お、あったあった……美咲ー、入れるぞー」
「……」
「美咲?どうした?」
「……気にしないでください、また〝敵〟と出会ってしまった時の為に覚悟を固めているだけですので」
「敵?ここは俺んちなんだからお前を傷付けたトリニティ生なんて居るわけないだろ?」
「……ええ、そうですね」
美咲の言う〝敵〟とは何もあのトリニティ生達だけには限らない、彼女にとっては先輩を狙う存在全てが〝敵〟なのだから
そんなことも露知らず〝鍵落としてなくてよかったー〟と呑気に呟きながら玄関の扉に鍵を差し込むと、酒泉は取っ手をゆっくりと引いて扉を開けた
「お邪魔し……っ」
「美咲?どうかしたか?」
「……いえ」
酒泉の後をついて歩く美咲の視界に女性物の靴が入り込むと、美咲は一瞬だけ顔を不快そうに歪めた
現在進行形で他の女性と同棲している事は知っていた……が、それでも美咲は自分の中のドロドロした感情を隠せずに居られなかった
何故ならその同居人の境遇を知らない美咲からすれば〝自分が居ない間に先輩の隣を陣取ろうとした女〟でしかないのだから
「では……お邪魔します」
鼻歌を歌いながら買い物袋を揺らしている酒泉、一方で美咲は既に他の女の気配や匂いを感じ取りながら警戒心を高めていた
ここは既に他の女の領域、この場においては美咲こそが泥棒猫なのだ
故に、美咲は相手の実力を測らなければならない。その領域の主がどれほど先輩と距離を縮めているのかを
そして────
「お帰りなさい、酒泉」
────ついに、リビング内にて相見える
折川酒泉の同居人、シロコテラー
灰の様にも銀の様にも、そのどちらとも捉えられる色の髪を腰の下まで伸ばした少女
ただの学生とは思えぬ程の色気と美貌を誇るその姿はもはや大人顔負けで────
「……おい、ほっぺに食パン用のチョコクリームついてんぞ」
「……?」
「〝?〟じゃねーんだわ、アンタさてはまた俺のいない間に勝手につまみ食いしたな?今日は夕飯多めに作るから控えとけって言ったろ?」
「違う、これは口を空けながら歩いてたら偶々食パンとチョコクリームが口の中に飛び込んできただけで……むぐぐぐぐっ」
「どこぞのグルメバトル漫画じゃあるまいし自分から突っ込んでくる食い物があるか」
直後、酒泉がハンカチでシロコテラーの口元のチョコクリームを無理矢理拭き取る光景を目撃する美咲
その様子は男女のそれというよりも子が親に構われている様子だった
「……ん」
「……!」
酒泉に口元を拭かれ終わったシロコテラーがふと視線を横にずらすと、その様子を観察していた美咲と視線が合う
何を言われるかと身構えていた美咲の警戒心とは裏腹に、シロコテラーは無言で数秒間美咲を見つめてから口を開いた
「貴女が〝別世界〟から来た新野美咲って人?」
「え?えっと……」
「大丈夫、誤魔化そうとしなくても元より言い触らすつもりはないから」
「……先輩」
「ああ、シロコさんも事情を知る一人だ。一緒に暮らす以上、どこまで隠し通せるか分からないしな……だったら最初から知っておいてもらった方がいいだろ?」
シロコテラーは何を考えているのか分からないような無表情で手を差し出すと〝よろしく〟と一言呟いた
「私は砂狼シロコ、砂狼シロコは私以外にも存在するけどとりあえず私の事は〝シロコ〟呼びでいい。もしもう一人の砂狼シロコと会う機会があればその時はもう一人の私の方は〝砂狼さん〟か〝よわシロコ〟とでも呼べばいい」
「待ってください、そんな急にシロコシロコと連呼されても何の事だか……」
「あー……この世界には元々〝砂狼シロコ〟って人がいるんだけど……」
「私は別の世界から来た〝砂狼シロコ〟だから」
「別の世界?……それはつまり」
「うん、私も貴女と同じ」
自ら別世界に侵入してきたシロコテラーと事故の様な形で別世界に飛ばされてしまった美咲、この世界に降りるまでの経緯は異なれど二人の境遇は殆ど同じ
ある意味で似たような存在と言えるだろうこの二人が出会ったのも何かの縁なのかもしれない
「他の世界から来たばかりで色々と不安だと思うけど……もう大丈夫。ここなら暖かい布団も美味しいご飯も出てくるし、何よりひとりぼっちになる事もないから」
「い、いえ……私は……」
「だから、安心して」
「……はい」
美咲的には異世界の存在に困惑したり突然銃で撃たれたり死んだ筈の先輩と再会したりと、孤独感を味わう暇もなく衝撃的な現場に連続で立ち会わされたのでシロコテラーが考えているような苦悩は全然体験していない
……が、人の気遣いに水を差すような指摘を態々する必要も無いと思ったのか、美咲は複雑そうな表情をしながらも大人しく頷いた
「二人とも仲良くなれそうでよかったよ……っと、プラナもただいまな」
『はい、お帰りなさい……酒泉さん』
一旦荷物をソファの上に置くと、ボロボロのタブレットをタッチして声を掛ける酒泉
ただの無機物に挨拶をしているその姿は美咲の目からは奇妙な光景に見えて────
「……え?今、声が……」
「……!美咲、今の声が聞こえたの?」
「はい、それに……何やら女の子の姿が……」
「ああー……そっか……一応、美咲も〝先生〟だもんな……」
『……疑問、何故私の声が貴女にも聞こえているのですか?』
プラナの存在はアトラ・ハシース内で自らの姿を実現させていた様に何か特別な手段を使わない限り他の生徒には認識する事ができない
もしくはシッテムの箱の操作権を持つ先生か、前世では先生だった者にしか認識できない────と、酒泉は予想している
ブルーアーカイブというゲームをインストールした時点で〝先生〟と見なされるのなら、美咲もまたその権利を持つという事なのかもしれない
「何故も何も……普通に貴女が喋ってるから聞こえただけですけど……」
『それはあり得ません、私は酒泉さん〝だけ〟に語りかけました。シロコさんにも美咲さんにも語りかけていません』
「はい?ですから、先輩との会話が私の耳に届いたから聞こえてきただけで────」
「まあまあ、小難しい話は後で考えればいいだろ?今はとりあえず……パーティーの準備だッ!」
「……そうですね」
『……了解です』
わざとらしくテンションを上げながら冷蔵庫に向かう酒泉、こういう時は大抵場の空気を誤魔化そうとしている時だと理解している美咲は大人しく酒泉の言うことに従った
プラナも酒泉が話を切り上げたのならこれ以上追及するのも野暮かと思ったのか素直に頷いた
「んじゃ、早速だけど一昨日メモしといたレシピ読んでくれるか?すぐ始めるからよ」
『はい、まずはタンドリーチキンの仕込みから始めましょう……じゅるり』
「……こっちのシッテムじゃ食べ物送れないから、今度アロナさんに会った時にあっち側のシッテム借りてそこで食べような」
『はい』
(……明らかに意思を持った様な返答を)
平然と会話を続ける酒泉とプラナをじっと観察する美咲だが、観察すればする程その存在が分からなくなってくる
美咲から見たプラナは最初は元の世界で言う〝某熱帯雨林の名前を借りた会社が開発した音声対話AI〟と同じ様な物かと思っていた
だが、実際にはAIの様に規則に則った喋り方ではなく所々で人間的な反応を見せ、更には自身が人間と同じ様に食事が可能な身体である事を会話の中でアピールしている
(まあ、この世界には意思を持つロボットだって存在しますし電子世界に人が住んでても何も不思議ではないですね)
きっと自分の感覚が元の世界基準だからおかしく感じるだけで、この世界ではこういうものなのだろう
そう自己完結した美咲は買い物袋を持ってキッチンに向かう酒泉の元へと向かった
「先輩、私も料理手伝いますよ」
「ん?いや、いいよ。今回のパーティーは美咲が主役なんだから適当にゲームでもしながら待って……あ、そうだ!シロコさん、ちょいと美咲を連れて家の中案内してもらってもいいか?」
「わかった……美咲、行こ」
「え?ですが……先輩一人に料理を任せる訳には……」
「大丈夫、酒泉は料理得意だから」
「……それ、本当なんですか?」
「?うん、本当だけど」
少なくとも美咲の記憶の中の酒泉は特別料理が得意だったという特徴は無い
酒泉は昔から手先は器用な方ではあるものの、それでも台所に立って料理をしている姿は美咲には想像付かなかった(なお自分がエプロン姿で酒泉の為に料理する姿は数え切れぬほど想像していた模様)
しかし美咲は知らない、独り暮らしを続けた酒泉の家事スキルは本業の主婦とそう変わらぬものへと進化した事を
そのスキルを使って男女問わず年上を沼らせている事実を
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────────
──────
「ここがお風呂場、こっちは酒泉のシャンプーだから美咲は私のを使って……ん、私の分は気にしなくていい、無くなったら酒泉のシャンプーを使うから」
「ここがただのちっちゃな物置、主に酒泉の趣味関連のグッズが置かれてて……奥の写真の人達?酒泉曰く〝ゲヘナで俺を拾ってくれた先輩達〟らしい、あまり詳しい話は聞いてないけど」
「こっちが元・酒泉の部屋で現・美咲の部屋、漫画とか色々置いてあるから気が向いたら読んでみて、私も暇な時はよくこっちの部屋に入り浸って漫画読んでるから」
「それでこのクローゼットには酒泉の服が沢山入ってる、男物しかないけど部屋着として着る分にはあまり気にならないから遠慮せず使っちゃっていいと思う。私も寒い日は勝手に酒泉の服使って着重ねてるし……あ、そういえばまだ返してないのあった」
「それで二階のここが私の部屋だから何か困った事があれば訪ねて……美咲?どうかしたの?」
「……その、随分と仲が良いんですね」
「そう?」
まるで気にしてない風に応えるシロコテラーに若干複雑な感情を抱く美咲
シロコテラーは自身の境遇と似通った境遇である美咲を気遣って色々と親切に家の事を教えているのだが、美咲からすれば酒泉との距離感の近さを見せつけられているように感じてしまっている
勿論、美咲自身もシロコテラーの行動がただの親切心によるものであると理解している……だからこそ余計に複雑なのだが
「来たばかりの時は私も遠慮してたけど……でも、酒泉が〝シロコさんには幸せになってほしい〟って言ってくれたから」
「なっ……いえ、確かにあの人なら言いそうですね」
シロコテラーは美咲の事情を理解しているが美咲はシロコテラーの事を何も知らない、故にその話を聞いただけでは酒泉がシロコテラーに告白した様に聞こえてしまう
……が、冷静に考えてみると酒泉がシロコテラーに言ったのは〝幸せにしたい〟ではなく〝幸せになってほしい〟という言葉なので、これは告白ではなく恐らく先輩がいつも通りクソボケを発揮しただけだろうと美咲は判断した
「言いそう?……美咲は酒泉と会ったばかりじゃないの?」
「ええ、そうです。そんな出会ったばかりの私ですら簡単に理解できてしまうほどあの人がクソボケだったってだけの話ですよ」
「それは……そう」
悲しきかな、全世界共通どころか別次元共通でクソボケの烙印を押される少年
しかし彼がクソボケであるからこそ救われた存在がいるのもまた事実。シロコテラーやプラナ、そして二人を託したプレナパテスもその中の一人と言えるだろう
「あの、シロコさん?もし先輩が……酒泉さんが突然居なくなったらシロコさんはどうします?」
「……居なくなったら?」
空崎ヒナ、戒野ミサキ、聖園ミカ、シロコテラー、プラナ
彼女達の存在に加え、蒼森ミネから聞いた折川酒泉という男の知名度や人脈の広さ
もし酒泉が元の世界へ帰ると知れば彼女達は何を思うか、恐らく……否、ほぼ確実に面倒事が起きるだろう
それを危惧した美咲は事前に言葉を濁しつつシロコテラーの反応を窺う事にした
「どうしてそんな事を聞くの?」
「シロコさん、先程私に対して〝貴女と同じ〟って言ってたじゃないですか。だから、もしまた同じ事が起きたら……また別の世界に飛ばされて、また前の世界の知り合いと切り離されたらどうしようかと不安でして……」
「……そんな事は考えたこともないし、これからも考えるつもりはない」
「……何故?」
「だって、酒泉が私を置いていくはずないから」
「……っ」
信頼とも過信とも依存とも取れる発言を堂々と吐くシロコテラー
『いなくならない……?』
『ああ、いなくならない』
『ほんとうに……?皆みたいにわたしをおいていかない……?』
『置いていかない、俺は絶対にシロコさんを独りにはしない』
だが、彼女は言質を取っている
折川酒泉本人の口から、もう二度と自分を独りにはしないと聞き届け、その指で契りを交わした
嘘を吐いたら墓を掘り起こしてでも針を千本飲ませると誓わせたのだから
「だから、絶対に居なくならない」
「……そうですか」
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それからは特に気まずい空気になることもなく、穏やかに時が過ぎていった
台所に立とうとする美咲を〝今日は美咲が主役だから〟という理由で酒泉は意地でも手伝わせようとはせず、テレビゲームでシロコテラーと遊んで待ってもらい、料理に使う食材をタレに漬け込んで寝かせている最中に自身もゲームに参加したりとひたすらに平和な一日が続いた
そうこうしている内に夕暮れが近づき、寝かせていた食材を冷蔵庫から取り出して再び料理を再開し、一時間弱が経過した
「……嘘」
魚料理、肉料理、サラダ、様々な料理がテーブルに乗せられている
テーブルの中央には手作りのサルサソースが、その横にはお菓子のクラッカーが
「……先輩、本当に料理できたんですね」
「何だよ、疑ってたのか?」
「はい、正直卵かけご飯の様なものを料理と言い張って出してくるものかと……」
「んなことしねぇよ……ほら、座った座った」
酒泉は冷蔵庫からコーラの入ったペットボトルを持ってくると、美咲とシロコテラーの席の前に置かれている空のコップにコーラを注ぐ
テーブルに置かれているタブレット内のプラナもいつの間にかコップを片手に持っており、それを乾杯する姿勢で突き出していた
「よし!それじゃあ我が家に同居人が増えた事を祝って……かんぱーい!」
「……乾杯」
『乾杯です』
「乾杯……酒泉、そっちのコップの方がコーラが多そう。そっちを私に渡すべき」
「はあ?別にどっちも大して変わらな……あっ!?てめぇこの野郎!?」
食事が始まるや否や言い争いを始める二人を無視して早速テーブルに置かれた皿にフォークを伸ばす
盛り付けられているのは最初に酒泉が仕込みをしていたタンドリーチキン、口に運べばパリパリとした食感と共にカレーの風味が美咲の口に広がる
「そんな……ちゃんと美味しいなんて……」
「〝ちゃんと〟とはなんだ〝ちゃんと〟とは」
「美咲、気をつけた方が良い。酒泉の趣味は美味しい手料理で女の子を自分好みに膨らませてそのまま心と胃袋を鷲掴みにする事だから」
「……最っっっっっっっっ低です、そんな事の為に料理スキルを鍛えてたんですね先輩」
「やめてよね、二人掛かりで冤罪を掛けられたら勝てるわけないだろ」
暫く見ない内に先輩の女子力が自分を越えていた事に若干の悔しさを感じつつ、シロコテラーの話からどうせ他の女の子にも料理を振る舞って好感度を稼いでいたのだろうとジト目を向ける美咲
しかし心を掴んでいるのも胃袋を掴んでいるのも事実ではある為、強ち冤罪とも言い切れないだろう
「つーか俺だってそんな頻繁に誰かの為に飯作ってる訳じゃないからな?一緒に住んでるシロコさんはともかくよぉ」
『異議。四日程前、酒泉さんが何者かの為に弁当の具を多めに作っていた事を記録しています』
「あ、あれはその……俺のクラスメイトに弁当に入ってるミートボールを勝手に横取りしてくる奴がいるからさ……事前にそいつの分まで作っておいて対策してるだけだよ」
「……結局、他の女の子の為に弁当を作っているという事に変わりないのでは?」
「……あれ?そうなる……のか?」
「…………無自覚にそんな事をするなんて、どれだけそのクラスメイトの事を意識しちゃってるんですか」
「ちげぇって……構ってやらんと色々うるさいのよ、アイツ」
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「酒泉、ちょっとだけ外走ってくる」
「おう、分かってるだろうけど……」
「大丈夫、ちょっと周りを走るだけだから……少しでもサボるとまたよわシロコに運動不足って言われちゃうし」
「何を張り合ってるんだか……あ、そうだ。外に出る前についでにタブレット充電器に刺しといてくれるか?」
「ん、わかった……酒泉」
「ん?」
「私は太った訳じゃなくて、身体が大きくなったから疲れやすくなっただけだから」
「何度も聞いてるってそれ……」
「何度でも言うから」
ボロボロのタブレットを持って移動するシロコさん
それから十数秒後、行ってきますと玄関から声が聞こえてきた
「おーう、いってらっしゃーい」
「……いってらっしゃい」
小さく返事をしてから数秒、リビングには食器を洗う音だけが響く
この部屋にいるのは私と先輩だけ、シロコさんは外へランニングしに行き、プラナさんの入っている端末は電源を消して充電中だ
「…………先輩、食後の片付けくらい手伝わせてくださいよ」
「別に必要無いって、テレビでも見ながら寛いでてくれよ」
「誰かが働いている横で寛げって言われても逆に寛ぎづらいですよ、私の為を思うのならせめて雑用の一つくらいさせてください」
「そうか?じゃあ……一緒に食器洗いしてくれるか?」
「分かりました」
台所に向かって先輩の隣に立ち、先輩が使っていないスポンジを手に持つ
少量の食器用洗剤を付けて泡立たせ、私もごしごしと皿洗いを始める
「……」
「……」
特に会話らしい会話は無いけど、不思議と苦には思わない
私自身あまりべらべらとお喋りするタイプではないっていうのもあるけど、それ以上にこの人と一緒ならどんな空間でも心地好く感じられるから
……唯一、キヴォトスの空気だけは未だに受け入れられないけど
「美咲、シロコさんとはどうだった?」
「どう……とは?」
「仲良くなれたかなーって」
「仲良くなれたのかは分かりませんけど、でも……いい人だとは思いました」
「そっか、なら良かったよ」
先輩と同棲しているという事実に私が一方的に嫉妬していただけで、シロコさん自身は間違いなく優しい人でした
あのタブレットの中にいたプラナさんも無表情ではあったものの悪い子という感じはしなかったので恐らく普通に接することができるだろう
……だからこそ、彼女達を先輩と引き離してしまうのが心苦しいが
「あの二人とはいつから一緒に暮らしていたんですか?」
「んー……まだ半年も経ってないかな?」
「そんな短く……なのに随分と好かれてましたね」
「そうか?……まあ、心を開いてくれてるなら嬉しいよ」
笑いながらそう言うと、先輩はプラナさんが入っているタブレットをどこか寂しそうに見つめた
……あのボロボロのタブレットに何か思うところがあるのだろうか?
「託されたからには幸せにしてあげたいしな……その為に少しでも二人に頼ってもらえるように信頼を得ていかないとな」
「信頼を得る、ですか……でもそれって難しくないですか?だって先輩はあの二人と別れる事が確定してしまってるのですから」
「……え?」
「〝え?〟じゃありませんよ、元の世界に帰る手段が見つかったら先輩も一緒に帰るんでしょう?」
先輩が元の世界に帰れば当然あの二人をこの家に置いていく事になるだろう
もし互いの世界を自由に行き来できる様な都合の良い方法さえ見つかれば誰も悲しまずに済みますけど……最悪の可能性も考えておかないと────
「ん?俺は帰らないぞ?」
…………?帰らない?今、誰が帰らないって言ったの?
先輩が?先輩の口から〝帰らない〟って言葉が出てきたの?
誰が?どこに?先輩が?元居た世界に?帰らない?
「……あの、今なんて言いました?私の聞き間違いかもしれないのでもう一度同じことを言ってもらってもよろしいでしょうか」
「いや、だから俺は帰らないって。そもそもお前と違って向こうだと俺死んでるしな」
「かえ、らない…………」
「おう」
「…………………………………………は?」