「────以上が一昨日の抗争が発生した事の発端です、この件は既に解決済みですので頭の中に入れておく程度で十分です」
風紀委員会の会議室、複数の部員が座って話を聞いているその部屋の正面のホワイトボード
そこに貼り付けられている写真はいずれも風紀委員会が目を付けている問題児ばかり。その中から一枚の写真を剥がすと、会議の進行役であるアコが見せつけるように写真を前に出す
「それより本題はこちらの方……彼女が率いるグループの件です」
黒髪のロングを左右で蛇の様に巻かせ、鋭く尖った目付きの少女
そんな生徒が写っている写真をアコは忌々しげに睨む
「蛇腹キイロ、ゲヘナ学園の三年生……ゲヘナの問題児達の中でも特に悪辣な人物です」
「あっ!?こいつ、先週の……!」
「ええ、イオリが相手した不良集団の一人です」
その顔を見た途端にギリギリと歯軋りを立てるイオリ、その表情は温泉開発部や美食研究を相手にしている時以上に怒りに染まっていた
冷静沈着なヒナも露骨に態度には出さないものの、その眉間に皺を寄せている事から余程の問題児であることが窺える
「彼女の厄介なところは他の不良と違ってただ暴れるだけの単細胞ではないところよ、彼女は平均以上の戦闘能力に加えて悪知恵まで働く頭を持っているわ」
「実力的に考えれば私やチナツでは勝てませんが、イオリなら一対一でも油断さえしなければ勝てるかと……堂々と戦えば、ですが」
「アイツら、この前追いかけた時一般市民を盾にしながら逃げたんだ……!」
イオリは悔しそうに拳を握りしめると、会議室のテーブルを思い切りドンと叩く
キヴォトスの一般市民には生徒以外にも獣人や機械人が存在し、キヴォトスの生徒ほどではないにしろどちらも頑強な身体を持っている
……が、どちらも弾が直撃すればまず間違いなく大小問わず怪我を負う事にはなるだろう
「便利屋に美食研、それに温泉開発部の連中ですらそんな汚い手は使わなかったのに……!」
「委員長が近くに居る時は滅多に行動を起こさず、委員長が他所の制圧に向かえばその時間を狙って暴れ始める……中々厄介な相手です」
「ですが行政官、ここ暫くは彼女達も大人しくしていましたよね?」
「ええ、彼女達が好き放題していたのは二年の時までです。三年に上がってからは……新たな抑止力が生まれましたから」
チナツの質問に答えたアコはその視線を奥の席の方に向ける
そこに座っていたのは黒髪の少年、折川酒泉。彼は肘をテーブルにつけて手に顎を置いたままホワイトボードをじっと見つめていた
「ヒナ委員長がいない時は酒泉が、酒泉がいない時はヒナ委員長が、そうしてゲヘナ付近の制圧を行っていく内に彼女達が活動できる時間も絞られていたのでしょう」
「……でも、また大胆に行動するようになったってことは」
「可能性は二つ。ヒナ委員長の対策を思い付いたか、酒泉の対策を思い付いたか……です」
「……或いは両方かもしれないわね」
面倒そうに溜め息を吐くと、ヒナは風紀委員全体に聞こえるように威厳のある声色で声を発した
「今後、風紀委員会は蛇腹キイロの動向を徹底的に追うわ。彼女はそこらの不良と違って目的の為なら平然と残酷な手を使う邪悪な人間よ……一つでも多く、一秒でも早く、一ミリでも正確な情報を届けなさい」
「「「「「了解ッ!!!」」」」」
「…………了解」
「以上、解散よ」
大きな声で返事をして会議室を出る風紀委員、廊下に出た彼女達は各々の仕事を終わらせる為にバラバラに散っていく
そんな彼女達に混じって部屋を出ようとする酒泉だが、ヒナの〝待ちなさい〟という声を聞いてぴたりと足を止める
「はい?なんですか?」
「酒泉、今の会議の内容はちゃんと頭に入ってる?」
「ええ、入ってますよ。今後は蛇腹キイロを警戒するって話でしょう?その前の本題じゃない方の会議の内容も全部覚えてますよ」
「……本当?」
「はい、一昨日の不良グループ同士の抗争中に銀鏡さんがついでの様に落とし穴に嵌まってたって話もちゃんと聞いてましたよ」
心ここにあらず、という程では無いにしろ確かに酒泉の心は完全に会議に集中していた訳ではなかった
かと言って全く仕事の話が耳に入らないという程でもなく、普段の酒泉と比べるとほんの少し集中できていない程度の様子だった
「……あの女の子との同棲生活で心が浮ついてるわけじゃないよね?」
「違いますよ……てかもしそうならシロコさんと一緒に暮らしておきながら今更でしょう」
「ならいいけど……」
折川家に新しい女が加わった事が納得行かないのか、あまり良い顔をしないヒナ
渋々と食い下がりながらも彼女は本来の役目を思い出して風紀委員長の顔つきに戻った
「私は現場をまわって蛇腹キイロ達の痕跡を調べるから、酒泉は資料集めの方をお願い」
「了解っす」
学園付近で事件が起きた時の為にと酒泉を残して会議室を出るヒナ、その背中を見送ってから酒泉は誰に向けてでもなく天井に溜め息を吐いた
「さて……うーん、どうしたものか」
それは不良グループに対する愚痴でも、資料集めという地味な作業に対する愚痴でもなく
それは遡ること昨日────
──────────
「……帰らない?何を言ってるんですか?」
空気が凍てついてから十秒弱、美咲は声を震わせながら酒泉に尋ねた
「冗談にしてはタチが悪いですよ?先輩はいつからそんな意地悪をする様な人になってしまったんですか?」
「いや、本気だよ。俺は帰る手段が見つかったとしても前の世界に行くつもりはない」
「……先輩、それ以上くだらない冗談を吐き続けるなら先輩が相手でも怒りますよ」
「だから冗談じゃないって、俺はこの世界を出るつもりはないぞ」
「……本気なんですか?発言を撤回するなら今のうちですよ」
「……美咲」
「……ほら、早く〝嘘でした〟って言ってくださいよ」
「……」
美咲の要求とは裏腹に口を閉ざしてしまう酒泉、その姿を見て漸く酒泉の答えが本気だと知ったのか美咲は何とも言えない表情で黙り込んでしまう
そして、身体を震わせて小さな声で何かを尋ねる
「……どうして」
「……美咲?」
「どうして…………どうしてですか!?」
酒泉の答えに納得いかなかったのか、美咲は目を見開いて叫ぶとその両手で酒泉の肩を掴む
その爪が服越しに酒泉の肩に痛みを与えるが、それに気付く様子もなくお構い無しに掴む力を強める
「元の世界に帰れるんですよ!?当然の様に銃弾が飛び交うこんな最低な世界を抜け出して!銃なんか背負わなくても心から安心して外を歩ける世界に!」
「美咲」
「先輩のご両親も先輩のご友人も皆が先輩の死を悲しんでるんですよ!?皆を喜ばせたくないんですか!?わざわざこんな世界に残ってまで皆を悲しませ続けたいんですか!?」
「美咲、落ち着いてくれ」
「落ち着くのは先輩の方です!この世界に残るという考えの方がおかしいんですよ!先輩の住む世界はこんな所じゃないでしょう!?」
有無を言わさぬ勢いで捲し立てる美咲だが、共に元の世界に帰るものとばかり思い込んでいた彼女にとっては必死に食い下がるのも無理はないだろう
酒泉の〝帰らない〟という言葉は、美咲が夢見ていた明るい未来をぶち壊す言葉なのだから
「ねえ、帰りましょうよ。もし帰る方法が見つからなくても見つかるまでずっと一緒に待ち続けますから、ご両親や友人に受け入れてもらえるか不安なら私が絶対に説得してみせますから」
「……美咲、お前の気持ちはよく伝わったよ。そんなに俺の死を悲しんでくれてたんだな」
「……じゃあ────」
「でも、俺は帰る訳にはいかないんだ」
返されたのはハッキリとした拒絶、酒泉は美咲の両肩に手を置いてそっと突き放した
「そっちじゃ一年ちょっとしか経ってなくても、俺はこっちで十年以上生きてきた……その上でこれからもキヴォトスで生きる事を選んだんだ」
「だからっ、それは選択肢がそれしかなかったからで……!」
「だな、もしもっと早く前世に帰れる手段が見つかっていれば俺はその道を選んでいたかもしれない……でもさ、そんなifの話をしてもしょうがないだろ?時間は戻らないんだから」
駄々を捏ねる子供を相手にするように冷静に説得する酒泉、一方で美咲は感情をもろにさらけ出しながら言葉を詰まらせる
前世ではどんなに成長しようと子供心を忘れなかった酒泉、前世では時が経つに連れ子供の内から大人らしい冷静さと頭脳に成長していった美咲
そんな二人が、この場に限り立場が逆転している
「俺はもう死人である事を受け入れたんだ、前世に戻るつもりはないよ……そもそも母さんが腹を痛めて生んでくれた身体も父さんが撫でてくれた頭もとっくに燃やされてるだろうしな、なのに五体満足の〝折川酒泉〟が急に目の前に現れても向こうだって困るだろ」
「……」
「それに……俺は託されたからな、シロコさん達を……生徒達の事を。なのに今更戻れんよ」
「……託された?」
視線を逸らしながら呟く酒泉、その目がプレナパテスの大人のカードが保管されている場所に向けられている事を美咲は知らない
それでも唯一美咲が理解できたのは────その瞳に、自分以外の誰かの姿が焼き付いているであろう事だった
「そうですか……分かりましたよ、先輩」
「……悪いな、美咲。俺は────」
「先輩はその誰かさんに呪われてしまったんですね」
「……は?」
どろどろに濁った瞳で、怒りを隠さぬ声色で、酒泉に聞こえるように呟く美咲
その怒りはこの場に存在せず素性すら知らない誰かに向けられていた
「違う……違うんだ美咲、あれは呪いなんかじゃなくて……」
「いいえ、呪いです。だって先輩はその誰かに何かを託されたせいでキヴォトスから出られなくなったんでしょう?だったらそれは呪い以外の何物でもないですよ」
「っ……美咲、今の発言は撤回してくれ」
「しません、どの様な事情があろうと私からすれば先輩に重荷を背負わせた存在である事に変わりありません」
今の言葉に思うところがあったのか酒泉は顔をしかめながら美咲の発言を咎めようとする
だが、美咲はそれすら凌ぐ勢いで酒泉を力強く睨み付ける
「……私は諦めませんよ。たとえ元の世界に帰る手段が見つかったとしても、先輩も一緒に帰ると言ってくれるまでこの家を出ませんから」
「……さっきも言ったけど」
「〝帰るつもりはない〟でしょう?いいですよそれで、私もこれからじっくり時間を掛けて説得し続けますから」
「……」
一度決めたら意思を変えない、頑なところは昔から変わらないと思い知らされる酒泉
美咲は自分の言いたい事を一方的に伝え終えた美咲は背を向けてリビングに向かい、一度だけ後ろを振り向いてから再び宣言した
「これは私と先輩の勝負です……私が先輩の意思を変えられるかどうかの」
──────────
────と、これが昨日起きた出来事である
その後の美咲の様子はというと恐ろしいくらいに平静を装っており、ランニングから帰ってきたシロコテラーですら空気の変化に気付かなかったという
「……勝負、か」
折川酒泉と新野美咲の勝負、この戦いは酒泉が負けるまで続く理不尽なゲームだ
美咲は酒泉が自分と一緒に帰ると誓ってくれるまで一生あの家を出ないだろう、つまりキヴォトスで生きる事を決意した酒泉にとっては終わらぬ戦いの日々になるだろう
「〝一緒に帰るから〟って嘘吐いて、隙を窺って美咲だけを帰すのは…………いやいや、流石に人間としてアウトだろ」
ここでその方法を選ばなかったのは懸命である、もし美咲が酒泉に騙されて元の世界に送り返されたら、その時は今度こそ美咲の心が壊れていただろうから
愛する先輩の居ない世界でも辛うじて前を向いて生きようとしていた彼女が死に別れた先輩と再会した……かと思えば、その先輩自身に騙されて拒絶される形で送り返される
下手すれば自身も先輩と同じ世界にと後を追う事になるかもしれないのだから
「さて、どうすれば諦めてくれるのやら……」
諦め、果たしてその言葉が今の美咲の中に存在するのだろうか
想いを伝えられなかった最愛の相手がこうして再び自身の目の前に現れた、それなのにその相手を逃がす様な真似を自らするだろうか
人は一度落とし物をすると〝今度は落とさないように〟とそれを厳重に管理しようとする
携帯をポケットから落とせばより深い胸ポケットへ、財布を落とせば完全に鞄の中にしまい込む
絶対に手放したくない場合はチェーンでそれらをズボンと繋いだりして肌身離さず持ち歩き、もっと手放したくない物の場合は頑強な金庫なんかにしまう場合もある
「……いやまあ、あんな必死になってくれるぐらい慕ってくれてたのは嬉しいんだけどさ」
そんな事も知らず〝ちゃんと先輩として思われてたんだなー〟と呑気に考える酒泉
今はまだ仕事の時間中だったと思い出し、気を取り直して資料室の棚を再び漁り始める
「さーて、仕事仕事……ん?」
その矢先、酒泉のポケットから振動音が鳴る
スマホを取り出して画面を開いてみれば〝調月リオ〟の文字が表示されていた
恐らく美咲を元の世界に送り返す為の実験絡みの電話であろうと判断した酒泉は仕事を始めたばかりでいきなり中断してしまう事に申し訳なさを感じつつ、資料室に誰も居ない事を確認してから通話ボタンを押した
「もしもし────」
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「……実験、ですか」
「そうそう。美咲が退院する前からちょっとずつ進めてはいたんだけどさ、こうして今回の転移事故の被害者本人が退院してきたって事で協力してほしいんだとよ」
仕事終了、帰宅後
リオから届いた電話の内容を美咲に話す酒泉、その内容は予想通り実験絡みの事だった
「それは別に構いませんが……いつからなんですか?」
「三日後の金曜日、午後7時にミレニアムに向かって実験参加メンバーと顔合わせだ。その後は……美咲がこの世界に出現した時の座標まで移動して実験開始だとよ」
「私が出現した時の……つまりトリニティですか?」
「……不安か?」
「いえ、特には」
トリニティで酷い目に遭ったというのに平然と答える美咲、彼女にとっては自身の怪我など二の次なのだろう
彼女が優先すべきはそんな過去の事よりも────現在、目の前の先輩を連れ帰る事だけなのだから
「……先輩、三日後の実験で急に帰還方法が見つかっても私は帰りませんからね」
「……まあ、それは追々考えるとしようぜ」
「先延ばしにしても私の気は変わりませんから」
頑なに意思を変えようとしないのは美咲も酒泉も同じ、ならば後は単純な根比べしかない
美咲の愛情が勝つか、酒泉の決意が勝つか、互いに互いの望みを諦めさせようと頭の中で幾度も思考を巡らせていくことになるだろう
「んじゃ、とりあえず調月さんには本人からの了承を得たって伝えとくよ」
「調月さん……その人が実験に協力してくれているミレニアムの生徒の一人ですか?」
「おう、ぶっちゃけこの人が居ないと始まらんってくらいには今まで何度も助けてもらったし相当頼りになるぞ」
「……べた褒めですね、そんなに凄い人なんですか?」
「俺が命を預けてもいいと思えるくらいには信頼できるぞ」
「……へぇ」
アトラ・ハシースでの戦いでは実際に命を預けていたし何一つ間違った評価はしていないのだが、それが面白くないのか美咲は声のトーンを落として呟く
「どうやら先輩はこの一年で沢山の女性と絆を深めたようで……いえ、一年はあくまで私の世界で経過した時間なので実際にはもっと多くの時間を費やして女性を口説いていましたね」
「仲良くなったのは事実だけど口説いてるって言い方は有らぬ誤解を招くからやめていただきたい」
「別にいいじゃないですか、事実なんだし……全く、私や真咲の涙を返してほしいですよ」
「真咲……あっ!そういえば真咲って今どうしてるんだ?相変わらず元気にやってるか?」
真咲の存在自体は美咲の入院中にも何度か話題の中で出ていたが、そういえば自分が死んだ後の具体的な話は聞いた事がなかったなと改めて尋ねる
すると、美咲は恨めしそうな視線を向けながら若干ドスの効いた声で答えた
「〝どうしてるんだ〟じゃないですよ、言っておきますけど先輩の死から一番変わってしまったのはあの子なんですからね」
「え!?そ、その……なんかあったのか……?」
「ええ、あります。以前の様な明るい性格が嘘のように暗くなってしまいました。仲の良いクラスメイトや真咲を好いている子の前にも、それどころか私達家族の前にすら滅多に姿を見せないほどの引きこもりになってしまいましたよ」
何があったのか一つも包み隠さずに美咲が教えると、酒泉は一瞬の驚愕を見せた後に罪悪感で顔を歪めた
真咲にとっての自分がどういう存在なのか知らない酒泉にとって、自身の死など〝真咲なら乗り越えられる〟程度の問題としか見ていなかった
「そうか、真咲の奴……そんな悲しんで……悪い事をした、なんて話じゃ済まされないな」
「ええ、本当ですよ。先輩が死んでから私達の世界はずっと薄暗いままだったんですから」
「……悪い」
謝罪などしたところで何の意味もないが、今の酒泉には謝る事しかできない
そんな罪悪感に満ちた酒泉の姿を見た美咲はこれから発言する自分の言葉に嫌悪感を覚えながらも口を開いた
「謝罪なんて何の意味もありませんよ、この世界に真咲は存在しないんですから。ただ、もしそれでも謝りたいというのなら……私達の世界に帰ってきてください」
「それは……」
分かっている、悪いのは死んだ酒泉ではなく酒泉を殺した人間だと
それを理解していながらも美咲は酒泉の罪悪感を利用する事にした、酒泉を連れ戻す為にあらゆる手を使うことを決意して
「先輩が帰ってくればきっと真咲も外に出て来てくれる筈です、性格だってまた昔みたいに明るくなるでしょう」
「……」
「お願いします、真咲を……私達姉妹を救うと思って、どうか一緒に帰ってきてくれませんか?」
「……前も言ったけど、そもそも死人が前世と同じ世界に戻れるかすら分からないんだぞ。無責任に頷けるはずないだろ」
「前も言いましたけど、その時は一緒に帰れる方法が見つかるまで残り続けますから」
互いに意見を譲らず、しかし酒泉の方は押され気味に言葉を紡ぐ
もう少しで押し切れる、そう考えた美咲は再び酒泉に迫る────事なく、一度身を引いた
「まあ、この話はまた時間が空いた時でもいいでしょう。もうすぐ早朝のランニングに向かったシロコさんが帰ってくるかもしれませんし……」
「……おお」
下手に押しすぎると迷いを吹っ切ってしまうかもしれない
ならばジワジワと、少しずつ酒泉の心を蝕んでいこう
そうして前世への未練を与えて与えて与え続け、最後には自らの口で前世への未練を吐き出させよう
「……絶対に逃がしませんからね、先輩」
その為にも新野美咲は手段を選ばない、たとえ自らの最愛の人の首を真綿で絞め続ける事になろうとも
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「……今日も見つからなかったな」
「ええ……」
〝新野〟という表札が彫られた二階建ての家の中で、夫婦と思わしき二人が表情を暗くしながらリビングで会話をしている
テーブルの上には〝新野美咲〟という少女と親しい子達の、各家庭の連絡先が書かれた紙が広げられている
美咲が突如姿を消してから三日、二人はずっと消えた娘の痕跡を探し続けていた
「警察の方は?」
「まだ何も手掛かりは掴めていないみたい……美咲の事を轢きかけたっていう運転手も美咲の失踪の件とは無関係みたいだし」
美咲が姿を消した日の夜十時、二人は日付が変わっていない内から既に自宅から一番近い交番に駆け込んでいた
高校生という年齢から考えて両親に何も言わず遊びにいっただけかもしれないと判断した警察が焦る夫婦を落ち着かせようとするが、直後にその顔色を変える事となる
『でも……全部家に置いたままなんです!靴も携帯も!財布も!』
あり得ない、遊びに行くにしろ家出にしろ何れも必ず持ち歩くべき貴重品だ、それらを一切所持せず突如姿を眩ますなどただ事ではない
まず身近な情報から集めようと新野夫婦が美咲の友人達の家を回り、警察はより大掛かりな捜査に発展する可能性も考えて交番からその県の本部へと連絡を飛ばした
そこからは時間が経つに連れて捜査も大掛かりになり、ついには登校中に美咲を轢きかけた軽トラの運転手が口封じの為に美咲を拉致した可能性まで浮上し、念入りな取り調べが行われた
……が、そんな事をしても当然証拠など出る筈もなかった
足音も立てず、気配すら感じさせず、玄関を開ける音すら立てず、パジャマ姿のまま、誰にも注目されず、一切の貴重品を持たず、誰も知らぬ場所へ消えていった
こんな事が可能なのか?────否、不可能
例えるなら神隠し、少なくとも〝この世界〟の常識では説明できない様な方法で姿を眩ました少女の姿を夫婦はずっと追い続けていた
「玄関カメラにも美咲が出ていった姿は写っていなかったわ……当然、軽トラの運転手も」
「じゃあ、一体どこから……」
「……二階の窓、とか」
「窓は閉められてたよ……鍵までしっかりと」
「じゃあ、裏口から────」
「それだと必ず下の階に────」
「…………」
あらゆる可能性を話し合い続ける夫婦、その姿をリビングの扉の隙間から覗いていた少女は足音を立てないようにその場を去っていく
一歩、また一歩と両親に存在を気取られないようにゆっくりと階段を上って二階に着くと〝美咲〟と書かれたプレートが掛けられている部屋の扉を開ける
次の瞬間、真咲の視界に映ったのはもぬけの殻という言葉が相応しいほどにガラッとした部屋だった
「…………馬鹿じゃないの」
それは、今まで何度も扉越しに〝両親に迷惑を掛けるな〟と説教してきた癖に現在進行形で両親に迷惑を掛けている姉への呆れか
それとも大切な人を失う事の辛さを知っておきながら、また大切な人を失うまで外に出ようとしなかった自分自身への罵倒か
「……お姉ちゃんまで私を置いていくんだ」
何かの手掛かりになるかもと、美咲が消えた時の状態で部屋を保っておこうと考えた両親によってベッドに置かれたままにされた美咲のスマホ
メッセージアプリの中身や連絡先を調べる時以外は基本的に充電されっぱなしなそのスマホを手に取ると、真咲はふと待ち受けの画面の少年に意識を取られる
「…………ほら、やっぱりお姉ちゃんだって忘れられてないじゃん」
そこに写っていたのは机に突っ伏して眠っている少年、勉強会中に仮眠しようとしてそのまま長時間睡魔に敗北した情けない姿
幸せな夢でもみているのか、だらしなく笑みを浮かべながらノートの端を涎で濡らしている……そんな姿を右側から撮っている
「……私も人のこと言えないけど」
おもむろに自身のスマホを取り出して待ち受けを開く真咲、そこに写っているのもこれまた机に突っ伏して眠っている少年の姿
美咲と違って左側から撮ったその姿も相変わらず情けない姿をしていた
「……姉妹揃ってなにやってるんだろ」
同じ男を求めて争ってはいたものの、そこには確かに家族としての愛情もあった
だからこそ、この状況に何も感じない筈がない
「……?」
だからこそ、美咲の僅かな変化にも気づける
「……なにこのアプリ?」
ホーム画面の隅に表示されているのは〝ブルーアーカイブ〟という有名ゲームのアイコン、動画サイトを漁っていると時々広告で流れてきたのを真咲は記憶している
「そういえば先輩って確かこのゲーム好きだったよね…………お姉ちゃん、まさかそれで……」
なんとなくアプリのアイコンをタッチしながらその時の姉の心情を予想する真咲、流石は姉妹と言うべきかその予想は大当たりだった
「好きな人が好きだったものを追いかけるなんて……未練全開だね、お姉ちゃん」
〝まあ、私もだけど〟と自虐じみた苦笑を溢しながらアプリが開かれるのを待機する真咲
しかし、画面は暗転したままで一向に開かれる気配がない
「……あれ?おかしいな……容量不足なのかな?」
「ねー、ホントにこっち通った方が早く帰れるのー?」
「ほんとほんと!絶対にこっちからの方が早くバス停に着けるからさ!私の土地勘を信じてよ!」
「まー何でもいいけどさー……」
『──れ?──……いな──不足──』
「……ん?今なにか言った?」
「え?何も言ってないけど?」
「なんだ……気のせいか……」
「なになに?もしかして幽霊とか?」
「ちょっ……そういうのやめてよ!ほんっとうに苦手なんだから!」
「調印式の時みたいにまた青色のお化けが出てきたり?」
「……あれってお化けなの?」
「……さあ?」
折川酒泉、修正内容
・クソボケムーブの弾数を1発から2発に変更しました
・クソボケムーブからの曇らせムーブへのキャンセルルートを追加しました
・メンタルの耐久を660から680に変更しました
・曇らせムーブの攻撃範囲を広くしました
・前世への未練を増やしました