これには海よりも深い理由があり、モンハンやってました
『お姉ちゃん……お姉ちゃんなの!?いったいどこ……に…………?』
お姉ちゃん、美咲の事をそう呼んだ少女に一同の視線が集まる
つまりこの空間の向こうに居るのは新野美咲の妹であり、この空間は新野美咲が元居た世界に繋がっている事になる
実験前から帰還方法が見つかるというまさかの急展開に全員が言葉を失うそんな中、姉を発見して声を荒げていた真咲まで口を閉ざしてしまう
『……?』
彼女の視線は一人の少年────折川酒泉の方へ向けられ、折川酒泉の視線もまた真咲に向けられる
互いの視線が交差した瞬間、真咲は閉ざされた口を再び開いて声を溢した
『…………嘘』
有り得ない、生きてる筈がない、存在する筈がない
姉はともかくあの人は完全に死んだはず、それなのに再び目の前に現れるなんて
そんな奇跡の様な出来事を目の当たりにした真咲はこの状況を〝都合の良い夢でも観ているのか〟と疑いながら、目の前の存在が本物なのか確かめる為に恐る恐るその名を口にした
『……酒泉……先輩?』
ここで一同の視線が折川酒泉の方へスライドされる
本来なら新野真咲が酒泉の存在を知っている事など有り得ない、何故なら彼女は酒泉の済む世界とは異なる世界で暮らしているのだから
彼女が酒泉の存在を知るには彼女自身が酒泉と出会うか、またはこの世界の人間から酒泉の話を聞く必要がある────当然、住んでいる次元その物が違うのでそれは不可能だが
なのにどうして折川酒泉の存在を?そんな疑問の籠められた視線が酒泉を全方位から射抜く
『酒泉先輩……だよね……?ねえ!?そこに居るのって酒泉先輩だよね!?』
「……はっ!?い、いや……違っ────」
行方不明だった姉を発見できた喜び、死んだ筈の想い人が現れた困惑、真咲はぐちゃぐちゃになった感情を抑えることなく全て吐き出す
『どういう事なの!?なんで酒泉先輩が居るの!?それにっ、お姉ちゃんも急に居なくなったと思ったらこんな所に……何がどうなってるの!?お姉ちゃんは今どこにいるの!?なんで、なんで────』
『なんで死んだ筈の酒泉先輩と急に消えたお姉ちゃんが一緒に居るの!?』
〝死んだ筈の酒泉〟
その言葉と同時に一同の目が見開かれる
彼女は何を言っている、折川酒泉はここに居るではないか
そんな困惑の中、酒泉以外で唯一事情を知る美咲は何かを伝える為に真咲に語りかけようとし────
「そうか!アンタ、そっちの世界の〝酒泉〟の知り合いなのか!」
────それをかき消すかの様に酒泉が言葉を被せる
『……は?』
「あっ!?だから美咲も会ったばかりの俺の趣味嗜好に詳しかったのか!?妙に絡みやすいと思ったらそういう事だったのか~!」
折川酒泉が思い付いた逆転の一手、それは多次元という存在を利用する事
別世界や別世界の自分という存在の有無はシロコテラーが証明しており、酒泉はその事実を利用して咄嗟に場の空気を誤魔化そうとしていた
「なんだ!それならそうともっと早く教えてくれよ───」
「いえ、合ってるわ真咲。ここに居る先輩は一年前にトラックに轢かれて死亡した正真正銘の折川酒泉先輩よ、本人にも確認済みだから」
「ちょっ」
目配せしてみれば頷いてくれたのでてっきり美咲も話を合わせてくれるものかと思っていた酒泉、しかしその期待は裏切られた
そもそも美咲の目的は酒泉と共に元の世界に帰還する事である為、最初から話を合わせる必要など無かった
「私との思い出だって残っていたし趣味も性格も容姿も何から何まで前世と同じよ」
「ナ、ナンノコトカナー?オニイサンサッパリダナー」
『…………ピロロロロ…アイガッタビリィー』
「ホウジョウエムゥ!!!」
『やっぱり先輩だ!』
「し、しまったぁ!?」
真咲自身は特撮ネタにはあまり詳しくないものの、とりあえずそんな自分でも知っているほど大流行したミームを口ずさんでみる
するとどうだろう、まるで条件反射の様に死んだ筈の先輩が反応したではないか……酒泉が真咲達の世界で暮らしていた事が確定した瞬間である
『待っててね!先輩、お姉ちゃん!私もすぐそっちに行くから!えっと……この空間を通ればいいのかな?よいしょ────』
「───っ、ちょっと待ってちょうだい!この空間が今後も現れるとは限らないわ!もしそんな状況に陥ったら美咲さんも貴女も二人揃ってこの世界に取り残される事になるわ!」
「っ、真咲!ストップ!」
『っと……あっぶなぁ……』
気を取り直したリオの警告を聞いた美咲が呼び止めると、真咲は一瞬身体を震わしてから咄嗟に手を引っ込める
それを皮切りに身体が硬直していた他のメンバーも動き出し、各々が各々の疑問を酒泉に投げ掛ける
「えっと、それでだけど……酒泉、あの子が言っていた事は本当なのかしら?」
「そ、それは……」
にわかには信じ難い……否、急じゃなくても信じられない。そんな思いをひしひしと感じられるような目で酒泉を見つめるリオ
新野真咲の言ったことが真実ならそもそも酒泉はこの場に存在していないはず、死人が蘇るなど有り得ない現象なのだから
「なるほど、つまり酒泉はゾンビだったという訳ですね……はっ、まさかアトラ・ハシースから落ちて無事だったのも……」
「飛鳥馬さん、飴ちゃんあげるからあっち行っててくれ。今は真面目な話をしてるんだ」
「私はマスタードーナツを所望します」
「わかった、今度買ってくるから今は……」
「待ってくれ、先程の美咲の説明が本当だとすると時系列がおかしくならないかい?彼女の話によれば君は一年前に死亡したらしいがその時期の君は中学三年生として既にゲヘナの中学に在校していただろう?」
「それは私の方でも確認しているわ、酒泉と初コンタクトをとる前に情報を集めていた事があったけど……中学も三年間通っているわ」
「だとすればやはり彼女達の知る酒泉とは〝別世界の酒泉〟の事なのでは?」
「でもさっきあの真咲って子と何か意味深なやり取りしてたよ?お互いにしか通じてなさそうな二人だけの」
「じゃあやっぱりこっちの酒泉なのかなー?」
「あばばばばばばば……」
推理が勝手に進んでいく中で一人頭を抱える酒泉、そんな彼を気遣ってか先生が肩に手を乗せて諭すように語りかける
「酒泉、ここまで来ちゃったらもう事情を話すしかないんじゃないかな?混乱したまま実験を再開しようとしても皆集中できないだろうしさ……それに美咲達が酒泉の事情を知っていてそれを隠す気が無い以上は誤魔化しようがないんだし」
「先生……」
「その代わり美咲達も酒泉が本当に知られたくない事はバラさないであげてくれるかな?君達だって酒泉と険悪な雰囲気にはなりたくないでしょ?」
「……はい」
『わ、私も別に……ていうか状況がめちゃくちゃすぎて私も一旦頭冷やしたいし……なにこれ……何がどうなって……』
特に拒むこともなく先生の提案を受け入れる二人
キヴォトスに転移して一月以上は経過している美咲はともかく、何一つ事情を知らされていない真咲にとっても話し合いの提案はありがたかった
ついにこの時が来たかと覚悟を決めると、酒泉は一呼吸置いてから長年閉ざしてきた口を開いた
「わかりました、ここまで協力してくれた皆さんに隠し事をしたままというのも心苦しいですし全てお話します。ただ……〝一つだけ〟隠し通したい事があるので、その秘密だけは墓場まで持っていきますからね……美咲も真咲もそれでいいな?〝ブルアカ〟の事は言うなよ?」
『あー……うん……あのアプリってそゆこと……?』
「……分かってます、私も不要な混乱は生みたくないので」
「よし……じゃあ、まずは────」
「折川酒泉の〝一回目の人生〟から語りましょうか」
──────────
────────
──────
「……えーっと……今の話を纏めると……」
「酒泉さんが暮らしていた前の世界はキヴォトスが存在しない世界で」
「その世界で貴方は事故死して……」
「で、記憶を持ったままこっちの世界に生まれたと……つまり……」
「……転生者?」
「……今まで黙っててすみませんでした」
ヴェリタス、エンジニア部、特異現象捜査部
優秀な頭脳を誇るミレニアムのエリート達、そんな彼女達の頭を持ってしても酒泉の語った真実は理解し難い内容だった
酒泉が自身の過去を隠してきたのには様々な理由がある。それは周囲の者達から懐疑の目を向けられるのが嫌だからだったり、逆に変に信用されすぎて死後の価値観を変えられるのが嫌だからだったり、単純に聞かれなかったからだったり、どうせ信じてもらえないと最初から諦めていたり
そんな複雑な思いを吐露した酒泉は俯いた状態から僅かに顔を上げ、恐る恐る周囲の反応を窺う
「そう、つまりそのポータルの奥の世界が貴方の前世なのね」
「そっか、だから酒泉はキヴォトスの生徒なのに他の子達と違って価値観が外の世界寄りだったんだね」
「……ん?」
想定外のあっさりした反応を返すリオと先生
事情を知る新野姉妹を除いて酒泉の語った内容をすぐに信じる事ができたのは彼の理解者を自負する調月リオ、そして彼に何度も助けられてきた先生だけだった
「あの、なんか随分あっさりしてますけど……リアクションそれだけっすか?俺の言う事を疑ったりとかは……」
「ん?今の話は嘘だったの?」
「い、いや……本当ですけど……」
「じゃあ信じるよ」
「チョロい!?チョロすぎますよ先生!?」
〝生徒だから〟や〝根拠があるから〟だとかそういった物を一切排除して〝酒泉の言う事だから〟という理由だけで信じる先生
そこまで行くと最早盲信のレベルに達しているのだがそれを自覚していながらもキヴォトスや生徒、そして自分の為に身を粉にして戦ってきた酒泉を疑う選択肢など先生の中には存在していなかった
「調月さんもそんなあっさり信じちゃっていいんですか!?そ、その……〝根拠の無い妄想よ〟とか〝非現実的よ〟とか!なんかそれっぽい台詞言ったりしないんですか!?」
「……?どうして貴方が転生者である事を否定する必要があるのかしら。貴方が別の世界の人間だったとして今の貴方の居場所はこの世界なんだし、それに今まで一緒に過ごしてきた時間が失くなる訳でもないでしょう?」
「そ……そりゃそうなんですけど……」
「酒泉、貴方がどんな存在であろうと私には関係ないわ。貴方は私の理解者で私は貴方の理解者、これまでもそしてこれからも……それで十分でしょう?」
「…………っす」
そもそも彼に前世の記憶が残っていたとしてだから何なのか、その話が本当だったとして実害を及ぼしている訳でも自分達の世界が不利益を被る訳でもないのだからそれを疑う必要も無い
そんな考えで酒泉の過去をあっさりと受け入れたリオはさも当然の様に〝これからも一緒に居る事〟前提で話を進め、それを横目に見ていた美咲だけが唯一眉間に皺を寄せた
「……まあ、確かにだからなんだって話ではあるね」
「そう、ですね……?別の世界から侵略してきたとかならともかく、特にそういう事情も無さそうですし……」
「……そんな騒ぐほどじゃないかも?」
また、最終的にリオと似たような考えに至ったエンジニア部を筆頭に他の者達も徐々に落ち着きを取り戻していく
酒泉と殆ど関わりのないヴェリタスに到っては特にそこまで気にする内容ではなく、特異現象捜査部に関してはどちらかと言えば困惑よりも知的好奇心の方が上回っていた
「なるほど、つまり酒泉さんは異世界転生物の主人公だったと……その眼に宿ったチートもあり得ないくらいの鈍感っぷりも全てそれ由来でしたか」
「……アンタはぶれなくて本当に助かるよ」
そしてトキは平常運転だった
折川酒泉の〝生〟を否定する者は誰も居ない、ここに居るのは酒泉を好意的に見ていて且つ前世を知ってもそれが変わらない者か、あるいは然程酒泉に興味を持っていない者かのどちらかである
それを知った酒泉は〝もっと早く話してもよかったかもしれない〟と今までの自分の苦悩が馬鹿らしくなり、ちょっとした後悔の念に駆られた
……無論、それは〝ブルーアーカイブ〟というゲームの存在を黙秘する前提の話ではあるが
「さて、混乱も収まった事ですし実験の続きと行きましょう。酒泉さんの精神状態に気を遣うのなら休憩を設けるべきなのでしょうが……あのポータルが何時閉じるか分からない以上、何もしない訳にはいきません」
「そうね、真咲さん……だったかしら?突然の事で驚いているでしょうけど今はとにかく協力してくれるかしら、貴女のお姉さんをそちらの世界に帰す為にも時間を無駄にする訳には────っ?」
前世語りを聞かされた後とは思えないほど冷静にポータルの向こう側の真咲にリオが語り掛けるが、その直後に何か驚いたように言葉を止めてしまう
その視線の先では、つい先程まで焦り倒していた筈の真咲が無言で立ち尽くしたまま涙を流していた
「……その、真咲さん?もしかして私の言い方がキツかったのかしら、だとしたら謝罪を……」
『あっ……ち、違うんです!さっきまで頭の中がぐちゃぐちゃーってなってたはずなのに、ちょっと落ち着いてきたら……少しずつ……目の前の先輩が本物だって理解してきて……それで……それ……で……』
「……真咲?どうしたんだ────」
『だ、だって……だって……う……ぅう────う゛あぁあ゛あああああ゛あぁあああああん!!!』
「……はっ!?」
そういえば暫く大人しかったなと思いながら酒泉は様子のおかしい真咲に声を掛けるが、次の瞬間には大声をあげて泣き出してしまった
最初の方こそ美咲を見つけた事や酒泉の生きてる姿を見た事で頭がパニックになっていた真咲だったが、姉と先輩が二人揃って並んでいるというその眼に収める事が二度と叶わなくなった筈の光景を再び目にした事で少しずつその感情の箍が外れていった
『ほんもののせんぱい゛だああああああ!おねえちゃんも無事でよがったよおおぉおお゛おお!』
「……ごめん、心配掛けちゃって」
「真咲……お前を残して勝手に死ぬなんて最低な先輩だったよな、すまん────」
『クラスメイトから本命貰えなかったからって自分でチョコ作って食べてた先輩だああ゛ぁああああ!』
「ん?」
『男の娘顔の甘党の友達とカップル限定スイーツ食べに行ったせいでホモ疑惑立てられた先輩だああああああ!うえぇええ゛えええええん!中学校卒業の日に誰からも第二ボタンを求められなくてとうとう自分からお姉ちゃんに土下座してまで第二ボタンを受け取ってもらった本物の酒泉先輩だあああああああ!』
「黒歴史が来るぞおおおおおおおおお!!!」
酒泉が歩んできた過去を泣き叫びながら暴露する真咲、今ポータルの向こう側に居るのが確かに〝自分が愛した先輩〟だと再び確かめる様に折川酒泉の過去を辿る
一方で勝手に黒歴史を暴露された酒泉からするとその行為は堪ったものではなく、自身も咄嗟に大声を出して恥ずかしい過去を覆い被せようとする
「あの時は本当に驚きました、目の前で地に頭をつけているのが自分の先輩だなんて恥ずかしい限りだって思ってましたよ」
「だ、だって……卒業式ぐらい甘酸っぱいイベントに会えるかなって期待してたのに誰も来なかったから……!」
「……まあ、どうせ牽制し合ってただけなんでしょうね」
「え?」
「何でもありません、床ペロ先輩」
懐かしき記憶に思いを馳せながらキヴォトスの人間では知る由も無い会話を繰り広げる二人
そのまま真咲が泣きつかれるまで黒歴史を暴露され続けるのだろうかと恐れる酒泉だったが、その表情は一瞬でぎょっとしたものへと変わった
『やっぱり私も行くから!待っててくださいね先輩!』
「はぁ!?いや待て待て待て!さっきも言ったけどお前までこっち来ると完全に帰る手段が失くなるかもしれないから────」
「はぁ……真咲、さっきの話聞いてたの?」
『知らない!私だって久しぶりに会いたいもん!お姉ちゃんばっかりズルい!』
姉の無事を喜ぶ気持ちから一転、今度は〝自分が探している間にお姉ちゃんは先輩とイチャコラしていたのか〟という嫉妬心が真咲の中で生まれる
流石にそんな事をされると酒泉達も真咲本人も詰みの状況になりかねないので必死に止めようとするが、酒泉が口を開いた時には既に真咲がポータルに片手を突っ込んでいた
『あっ!入った!』
「────っ!?ポータルから手が……酒泉!すぐに押し返しなさい!彼女を絶対にこっちに来させては駄目よ!」
「了解!」
突如ポータルの中から姿を現す真咲の手、それを見た事により別世界との繋がりを確信したリオはそれを途絶えさせまいと咄嗟に酒泉に呼び掛ける
酒泉は真咲の手を正面から握り、そのまま押し返そうと力を込める。キヴォトスに来て更に身体が鍛えられた酒泉に力比べで勝てる訳もなく、当然の様に真咲の手が押し返されていく
「オラァ!さっさと帰れゴルァ!」
『あー!?先輩いけないんだー!乙女の手勝手に握ってるー!』
「お前がさっさと帰ればいいだけの……ん?なんか手ぇベトベトしてね?」
『え゛』
「髪もなんかボサボサだし……お前ちゃんと風呂入ってんのか?」
『……し、仕方ないじゃないですか!先輩が死んでから引きこもりっぽくなってたんだから!そりゃ部屋から出る頻度も減るもん!』
「そ、それは……本当にすまん────危なっ!?急に力を籠めるな!?」
『ふぐぐぐぐっ……罪悪感につけこむ作戦がぁ……!』
「このっ……お母さんの言うことを聞きなさい!」
『きゃあ!?』
何を見せられてるんだ私達はという視線を実験協力者達にぶつけられながらも激しい攻防戦(と言いつつ終始酒泉有利)を繰り広げる二人
やがて堪忍袋の緒がキレたのか、酒泉は一瞬だけ力を込めて真咲を全力で押し返した
すると此方側にはみ出ていた真咲の手が完全にポータルの奥に引っ込み、その衝撃で仰け反った真咲がうっかりスマホを落とし、そして────
「えっ」
ブツン、とポータルが消えた
静まり返る場の空気、風が吹き抜ける音のみが工場内に響き渡る中、チヒロがぽつりと呟く
「反応消失、振動波も熱源も感知器を見る限り全部ポータル出現前の状態に戻ってるね」
「ポータル出現地点からも一切音は聞こえてきません、勿論音振動センサーも反応無しです」
「……えい」
ハレが試しにポータルの出現地点に妖怪MAXの空き缶を投げてみる
カラン、と寂しげな音が鳴るだけ……当然何も起きずただ地面に空き缶が落下しただけだった
「うん、見えなくなっただけとかじゃなくて完全に消えてるね」
「え?じゃあ……酒泉が消しちゃったってこと?」
マキが放った悪気無しの一言、それと同時に折川酒泉に視線が集まる
完全にやらかしたであろう当の本人は暫く口を半開きにして立ち尽くした後、こほんと咳払いをして場の空気を整えようとした
「まあ落ち着いてくださいよ、こういうプロジェクトってチームで取り組むものでしょう?ほら!ここは連帯責任って事で!一人は皆の為に!皆は一人の為に!」
「先輩、そういうのは失敗した人を他の人が慰める時に使う言葉です。少なくとも失敗した側が使う言葉ではありませんよ」
「…………ごべええええええん!!!俺が悪がっだあああああああああ!!!」
閉じたポータルの向こう側に土下座する酒泉、無駄な動きを一切省いた最速最高の姿勢に思わずその場の全員が見惚れる
ただ唯一残念なのが先輩の土下座という懐かしき姿を後輩の妹がその眼に収められなかった事か
「さっき帰れって言ったけど!!!あれ取り消すわけにはいかねえかなあああああああ!?」
「やめてください先輩、ただでさえ安い先輩の土下座がもっと安くなりますよ」
「もう一度俺を仲間に『あっ!?出たぁ!』しゃあっ!バトルドーム!」
酒泉の願いに呼応するかの様に再びポータルが開かれ、その奥から真咲の声が聞こえてくる
酒泉が安い頭を上げればその先で真咲が冷や汗を腕で拭っていた
「よ、よかった……ほら!開きましたよ!さっき俺を睨んできた皆さん!これでいいんでしょ!?」
「誰も睨んでませんよ……ていうか何逆ギレしてるんですか情けない」
『よかったー……スマホまた持ち上げたら開いてくれた……』
「……スマホ?」
「……そういえば酒泉の過去話が衝撃的すぎてそのポータルをどうやって開いたのかまだ聞いてませんでしたね。真咲さん、詳しく事情をお聞きしても?」
『え?えっと、詳しくって言われても特に変わった事はしてなくて……ただ〝少しでも行方不明になったお姉ちゃんに繋がる手掛かりを見つけられるといいなー〟って思いながらお姉ちゃんのスマホを起動したら……こうなりました、はい』
「つまり美咲さんの事を考えながら美咲さんのスマホを起動させたら本当に会えた、と……美咲さん、貴女もこちらの世界に来る前に御自身のスマホに触ったりしていましたか?」
「……はい、先輩と撮った写真をフォルダで見つけて……〝また会いたいな〟って思いながら眠りました」
より具体的に説明するなら〝ブルーアーカイブというゲームを起動した〟と言うべきだが、先程の酒泉からの頼みもあって姉妹はその話題を避けた
二人から状況を説明してもらったヒマリはある可能性を頭に過らせ、確証を得てはいないもののその考えを口にする
「……もしかしたら美咲さんのスマホが此方の世界との架け橋になっているのかもしれませんね」
「……私のスマホが?」
「考えられる条件は二つ……キヴォトスに存在する人に〝会いたい〟と強く願う、またはその人との繋がりを強く願うことです」
「……成る程、確かにそれなら二人がポータルを開いた時の状況と一致するわね。美咲さんがいつの間にか転移していたのもおそらく条件を満たした際にスマホを起動したまま睡眠状態に陥ってしまったからね」
「あれに……そんな力が……」
不可能だと理解していても、それでも何度も死者に〝会いたい〟と願ってきた美咲
そんな彼女の私物にそれを叶える力が籠められていた……もしくは────
(宿ったなんて、それは流石にあり得な────いや)
強い想いは次元を越えるだなんてそんなアニメみたいな出来事ある訳が、そう否定しようとしたところで美咲は今自分が置かれている状況事態アニメみたいなものだったなと即座に考えを改める
〝あり得ない〟が〝あり得る〟に成った今、そういう現象が起きる事もあるのだろうと無茶苦茶な考えを飲み込んだ
「出現地点はおそらくこの場に固定されてるでしょうね、会いたいと願った対象の元に転移できるのなら美咲さんは酒泉の元に転移してる筈よ」
「そうですね……真咲さん、一つお願いしたい事が。そちらのスマホですが電源を落とさないように常に充電機器と繋いでいてもらえませんか?電源を点け直したところでまたポータルが出現するという保証も無いので……」
『はーい……あの、やっぱり私もそっちに行くことって……』
「申し訳ありませんが今はまだ何とも言えません。そのスマホ無しでポータルを開ける手段が見つかってませんし、スマホがあったとしても此方からポータルを開けるとも限りませんので」
「真咲、我儘言わないで。皆私達の為に頑張ってくれてるんだから」
『わ、分かってるって!ただちょっと聞いてみただけだもん……』
もう二度と触れ合えない筈だった愛しい者と再び触れ合えた事でテンションが上がっていた真咲だったが、直接会うことはまだ出来ないと告げられた瞬間にとんでもない落差を生み出す程の落ち込みっぷりを見せた
「ところで真咲、今そっちでは私が居なくなってから何日経ってるの?パパとママの様子も気になるんだけど」
「ああ、そういえばこっちの世界と時間の流れが違うんだったな……えっと?とりあえずこっちで俺が生きた16年を日数に直す為に×365して……5840、向こうで365日経ってる間にこっちでは5840日経ってる事になる……のか?えっと、だからそっちの1日はこっちだと大体16日って事に……分かったぞ!こっちで二ヶ月くらい経過してるって事はそっちの世界だと4日くらい経過してるな!?凄いだろ!さいっこうだろ!てんっさいだろ!?」
『え?余裕で8日経ってますけど?』
「……わっつ?」
桁が大きくなっただけな小学生レベルの計算を終えた酒泉はドヤ顔で答えるが、直後に前提を崩されてぽかんと間抜け面を晒す
すると話を聞いていたリオが無表情から一転、険しそうな表情でポータルを睨んだ
「えっと、そっちが8日でこっちが60日経過してるとなると……そっちの1日が大体こっちの7か8日くらいで……あれ?でも365×8だと……2920か?これだと俺が生きてきた16年分経ってないな……」
「……不味いわね、もし時間の流れの違いに規則性が無いのだとしたら最悪の事態が起こるかもしれないわ」
「最悪の自体?」
「そうよ、例えば……逆に此方の世界の方が時間の流れが遅くなり、美咲さんが向こうに帰った時には既に数十年経過していたとか」
「……浦島太郎って事ですか」
「貴女の世界にもその話はあるのね……その通りよ、それが一番分かりやすいわね」
「…………」
互いの世界の時間の流れ、その差異が大きければ大きい程美咲の今後に影響が出てくる
仮に美咲が酒泉を連れ帰る事に成功したとしても、酒泉に会わせたい人達がとっくに寿命で死んでいては意味がない
酒泉と一緒に帰る美咲にとっては時間の流れの差異など大した問題ではないのだが、かと言って自分の家族や酒泉の家族が居ない世界で心の底から喜べるほど狂愛を向けている訳でもない
「早急に美咲さんを帰す為の実験を行った方が良さそうですね、先ずは幾つかあの空間に物を投げ入れてそれが無事に形を保っていられるか試してみましょう。まあ、先程真咲さんが腕をポータルに突っ込んだ際は何事も起きなかったので問題無いとは思いますが……」
「真咲さん、何でもいいからそちらからも何か投げ入れてくれるかしら。画面から見切れてるそのゴミ袋でも構わないわ」
『えっ!?み、みえてるんですか!?』
「真咲……掃除くらいしておきなさいよ」
「お前……そんなだらしなくなってたのか……」
『う、うるさいなぁ!ていうか元はと言えば勝手に死んだ先輩のせいでもあるんですからね!おりゃ!』
「うおっ!?きったね!?」
真咲が怒りに身を任せてゴミ袋を投げ込むとポータルからゴミ袋が酒泉の顔面目掛けて飛来してくる
それを咄嗟に避けた酒泉は〝なんてガサツな〟と呟きながらも様々な物が混入したゴミ袋を拾い上げる
「見た感じどこも異変は無さそうっすね……念のため中身全部出して隅々まで調べてみます?」
『……別にいいですけど、でも先輩だけは絶対に触らないでくださいね!?』
「は?なんでだよ」
「先輩、そんなに真咲のゴミを漁りたいんですか?」
「……はっ!?ち、ちげえよ!俺はただ実験の為に言っただけだ!断じて邪な気持ちがあった訳じゃない!」
酒泉が誤解するな叫びながら即座にその場から飛び退いてゴミ袋から距離を取ると、真咲がゴミを漁られても一番恥ずかしくないであろう相手である美咲に目配せしてその役目を代わりに任せた
中から出てきたのは菓子の袋や空になったカップ麺の容疑、そしてティッシュ等。妹の食生活が乱れ切っていることを改めて思い知らされながら、特に異常が無いことを周囲に告げる
「……中身も問題無いですね」
「じゃあ次はこっちから投げ入れてみましょう。チーちゃん、妖怪MAXの空き缶をポータルの中に……おや?」
ヒマリがポータルを指差しながらチヒロに命じるが、その途中で言葉が止まった
空中に浮いていた筈の黒い空間、それが跡形も無く姿を失くしていた
「ポータル、消えてるね」
「……消えてますね」
しんと再び静まり返る空気、聞こえなくなった真咲の声
だが先程真咲がスマホを落として同じ現象が起きた時は真咲がスマホを拾い上げるだけで再びポータルが出現した、だから今度も同じパターンだろうと特に誰も危機感を抱いてなかった
「……」
「……開きませんね」
一秒、十秒、一分経過
ポータルは開くことなく、無言で待機していた全員が揃って首を傾げる
「……おーい?真咲ー?ちょっとー?聞こえてるかー?」
「出番かい?私達の発明品の出番かい?」
「無駄骨にならなくてよかった……」
「まずはこの〝重力発生部屋・遠心力マシマシバージョン〟で空間の歪みを……!」
「ちょいちょい、暫く出番無かったからって興奮しないでくださいよ白石さん……ていうか何ですかその某摩訶不思議アドベンチャーに出てきそうな装置は、外見完全に個室トイレのちょっと大きいバージョンですけど」
「説明しましょう!重力波発生装置というのはウタハ先輩が某摩訶不思議アドベンチャーに出てくる修行シーンを読んで思い付いたトレーニング用の発明品です!ネル先輩からは好評でした!」
「ただ〝これ以上重力乗せられるとチビになりそうだからやらねぇ〟って二回目以降は断られちゃったけど……」
「本当にアレ読んで作ったのかよ……ていうかあの人は元々小さ────なんでもないです」
特に誰に何を言われたでもなく自ら言葉を止める酒泉、何故か感じる出所不明の殺気に寒気を覚えながらポータルが現れるのを待っている
一分、二分、三分、五分経過
「……真咲、出てこないな」
「出てきませんね」
「部長ー、暑くなってきたから脱いでもいいー?」
最早実験中というより休憩時間の様な空気になりかけている中、ずっとポータルがあった場所を見つめていた先生がポツリと呟く
「……もしかして、あのポータルって時間制限あったりする?それかスマホのバッテリーが空になったとか」
「バッテリーに関しては先程充電するようにお願いしたので気付かなかったなんて事はないと思いますが……確かに、時間制限の説は考えられますね」
「……あの、回数制限の可能性は?」
「かもしれないわ」
「…………日付が変わったら回数制限もリセットされたりとかは?」
「……かもしれないわ」
心底気まずそうに呟くリオに対して酒泉が口元を震わせながら問いかける
自分の予想が外れていますように、どうかただの素人意見でありますようにと願いながら
「じゃあ…………もしかしてこれが最後のチャンスだった可能性も?」
「……………………かもしれないわ」
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「はっ!?えっ!?なんで!?なんで急にあの黒いの消えちゃったの!?私電源落としてないよ!?機内モードとかにもしてないし!」
「そ、そうだ!またあのアプリを開けば……起動しない!?なんで!?折角先輩とお姉ちゃんに会えたのに、これじゃあ────そうだ!?お姉ちゃんに会えたことパパとママに言わなきゃ!?」
「おーい!パパーママー!アプリっていう世界開いたらその先輩にブルアカとお姉ちゃんが居たー!……じゃなくて!ブルアカっていうアプリ開いたらその世界に先輩とお姉ちゃん居たー!」
「え?〝私達を慰める為に無理に元気になったフリをしなくていい?〟……ち、違うって!本当にお姉ちゃんと先輩が居たの!……どの先輩って……そんなの酒泉先輩に決まってんじゃん!」
「……いや病んだ訳じゃないから!?先輩に続いてお姉ちゃんまで消えて心が壊れちゃった訳じゃないからぁ!?幻覚じゃないもん!〝御遺体は見送っただろう〟って?そ、それはそうなんだけど……でも確かにこのアプリに……い、いや……今は何故か開かないけど……」
「もぉー!?なんで信じてくれないのさー!?本当に酒泉先輩生きてたもん!お姉ちゃんだってこのゲームの中に居たし!……いやいやいや行かないから!?病院なんて行くつもりないから!?」
「カウンセリングなんて要らないから!はーなーしーてー!?あーもう!なんで急に起動しなくなっちゃったのさー!?」