「ぱいせーん、今日暇ー?」
────すまん、バイトだわ
さっさと教室を出ようと教科書やノートをスクールバッグに仕舞っていたら一年の後輩が教室の扉からひょっこりと顔を覗かせてきた
なんだなんだと何人かのクラスメイトがそいつの方に視線を向けるが、その後輩……杏山は気にせず話を続ける
「ええー?今日はパイセンに用があったのに……」
────……用?何の?
「うぇ?それは……ほら……忘れ物取りに行きたいっていうか……」
忘れ物……ああ、もしかして先週置いてった上着の事か?しかし家に上げたいのは山々だが俺はこの後すぐバイトの予定が入っている
俺を育ててくれた施設の人達に仕送りする為の金を稼がんといかんし、お兄ちゃんお兄ちゃんと慕ってくれている施設のガキンチョ共にお菓子も買ってやらねばならない
……あ、そうだ
────おい杏山、これ貸してやる
「うわっ!?いきなり鍵投げないでよ!?……ていうか何の鍵?」
────俺の寮部屋の合鍵、それ使って鍵開けていいから勝手に上着持って帰ってくれ
「………………はあ!?合鍵ぃ!?」
うるさっ、先輩の教室で大声を出すんじゃない目立つでしょうが
案の定、先程以上にクラスメイトの視線を集めてしまっている
「パ、パイセン!?なに考えてんの!?」
────いや、だって……俺今日はバイトで帰りが遅れるしそれまで待たせてる訳にもいかないからさ
「だからって普通人目のあるところで平然と渡す!?」
何言ってんだコイツ、別に今回みたいなパターンなら割と普通にある選択だろ
阿慈谷と遊ぶ約束しててバイトが終わんの遅くなりそうな日とかよく貸し出してるし、外で待たせるより中で待っててくれた方がこっちも気が楽なのよね
「……ねぇ、あの子……今合鍵……」
「もしかして……彼女……」
「確か……一年……」
「ほらぁ!?案の定変な噂生まれちゃったじゃん!?同学年の奴等にすら噂されてるのにぃ!」
────……ああ、そういう事か
周りのひそひそ話を聞いて杏山が何を危惧していたのか漸く理解できた
つまりアレだ、俺と付き合ってると勘違いされるのが嫌だったって訳だ
────安心しろ、後でクラスの連中には〝アイツに恋愛感情なんか持っちゃいないし今後絶対にそういう関係にもならないだろう〟ってちゃんと説明しておくから
「フンッッッッッ!!!」
────暴力反対!?
元キャスパリーグが持つ黄金の右手によるストレート、身を屈めるのがあと一秒遅かったら今頃アンパンマン(顔をチェンジする直前の姿)になるところだった
やめてよね、本気で喧嘩したら僕みたいな一般人がキヴォトス人に勝てるはずないだろ
「避けんな!」
────あまり強い拳を振るなよ、俺が死ぬぞ
「上から目線で情けないこと言わないでよ……」
女子の機嫌を損ねると男子の社会的地位は死ぬ、酒泉覚えた
ちなみにこの世界だと物理的にも死ぬ、酒泉覚えたくなかった
「はぁ……パイセンは本当に相変わらずだね……」
────そういうお前は随分変わったけどな
「昔の話したら……分かってるよね?」
────違うんです随分綺麗になったなって意味で言ったんです信じてください
「……ふ、ふーん?まあ……それなら……」
危ねえ、返答次第ではもう一度転生させられるところだった
俺みたいな普通の人間は何も無い場所で一対一の正面衝突になった場合、杏山クラスの実力者には絶対に勝てない
そうなったら昔キャスパリーグを封殺した〝腰とんとん攻撃〟に全てを懸けるしかなくなる……そういや猫ってなんで腰とんとんに弱いのだろうか、あんま興味なくてその辺調べたことなかったな
「と、とりあえずこの合鍵は借りとくね。後でパイセンの寮まで……その……お……お邪魔……します……」
なんて事を考えてると杏山は合鍵をしっかり握って教室からそそくさと去ってしまった
最後の方は小声すぎて何を言ってるのか聞き取れなかったけど……まあ、大した事じゃないだろう
────さーて、俺もそろそろバイトに行いいいいいいいいいいいいいい!!?
「…………」
スクールバッグを持って教室を出ようとする……と、何故か阿慈谷が俺の真後ろに無言で立っていた
普通に暗殺者かと見間違えてしまうのでやめてほしい……え?殺される理由?今まで散々ペロペロ様をボロクソに貶してきた事くらいしか心当たりないなぁ~(3アウト)
「……」
────あ、あの……阿慈谷さーん?どうして何も喋らないんですかー?
「……え?」
────いや、え?じゃなくて……なんで俺の後ろに立ってんの?
「……ど、どうしてでしょうか?」
俺にそれを聞かれても困る、俺だって分からないから聞いたのに
さてはあれか、阿慈谷とは別にファウストとしての人格が生まれてしまったのか、それで無意識下に行動しちまったとか
これからはペペロンチーノ様をあまり馬鹿にしない方がいいかもしれない、朝起きたらコンクリートに埋められてるなんて事態に陥るかもしれんし
「あ、あの……酒泉君は今の方とどのような関係で……?」
────ん?……ああ、ただの後輩だよ
「合鍵を渡していましたが……その、彼女さんとかでは……ないんです……よね?」
────合鍵渡しただけでそんな関係になるなら俺とお前はとっくに恋人だっつーの……でもそうはなってない、俺とお前はずっとただの友達だろ?
「え!?あ、あはは……そ、そうですよね!ずっとお友達……です、よね……」
今更そんなこと気にする関係でもあるまいし、あらぬ誤解を生むのはやめていただきたい
俺と杏山はただ互いに気安く接することができる先輩と後輩ってだけ、それ以上でもそれ以下でもない
杏山も言ってたけど変な噂が流れると本人にも迷惑が掛かるしハッキリ否定しておかなければ
「じゃ……じゃあ私、補習授業部の方に行ってきますね!」
まるで脱兎の如く教室を飛び出した阿慈谷、あんな急いでるなんて実は結構時間が押していたのだろうか
……まあいいや、俺もさっさとバイトに……
────……ん?
ふと視界に映る、阿慈谷の席に置かれている授業用のノート
おいおい……これから勉強するってのに大事なもん忘れてんじゃねえか
ひょこっと廊下に顔を出してみるが阿慈谷の姿はもうない、多分すぐに階段を降りたのだろう……あんな急いでるところを見るに忘れ物に気付いて戻ってくるって事も無さそうだ
補習授業部の教室の場所は……確か……阿慈谷との雑談の中で出てきたのはうっすらと覚えている
────……しゃーない、届けてやるか
もう少し遅れてもバイトに遅刻するような時間ではないし、ちょっとだけ寄り道する様な感覚で歩いていこう
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補習授業部、それは桐藤ナギサが裏切り者を炙り出す為に設立した部……だったよな?補習授業部に関してはそれぐらいしか原作知識なんざ残ってないぞ、後は精々部員のちょっとした情報ぐらいしか残ってない
しかし成る程、少々強引だが中々良い手だとは思っている。仮に裏切り者が存在していた場合、その正体が掴めなくても四人纏めて退学させればいいだけなのだから
その決断を下した場合、恐らくもっと強引な手を使って退学に追い込んでくるだろう。例えば勉強に集中できないような何かを仕掛けたり、もしくは……試験を受けられないように無理矢理妨害してくるか
阿慈谷とは長年の付き合い、そのまま見過ごすのは流石に胸糞悪いので俺は桐藤ナギサに協力する振りをしつつ補習授業部の手助けをしてやろうと思っている……勿論、バレないように
現状、思い付く手段は二つ
作戦その一、聖園ミカが黒幕である証拠を集めて桐藤ナギサに突き付ける……却下、今まで関わった事の無い赤の他人と幼馴染み、どちらを優先するかなんて答えは決まり切っている、そもそも集められる気がしない、むしろ俺が罪を押し付けようとしてるのではと疑われてしまう
誰だってそーする、俺もそーする
そして作戦その二……上記の作戦を実行して失敗し、わざと〝折川酒泉は私の幼馴染みに罪を押し付けようとしている〟と考えさせる
つまり俺を疑わせる、ですね
一見自殺行為にも見えるこの作戦、実は大きなメリットがある
俺に疑いの目が集中される……逆に言えば俺が犯人として有力候補に上げられ、それ以外の生徒は第二候補止まりになる
そうなる事によって補習授業部に対する妨害や監視も多少マシになり、普通にテストを受けて普通に合格できる可能性も高まる(この辺は本人達の学力次第だけど)
もしそうならなかったとしても桐藤ナギサの中での犯人有力候補は折川酒泉でほぼ固定されるはず、そこから少しずつ俺がわざとボロを出して補習授業部の疑いを晴らしていけばいい
その後の事は知らんが……聖園ミカはどうせこの章の主人公チームに負けるだろうし何とかなるだろう
その展開に到達する前に百合園セイア殺害の証拠を見つけられなかった桐藤ナギサが俺を強引に退学させてくるかもしれないが……まあ、その時は補習授業部に対する疑いも晴れてるだろうし問題無いだろう
俺も学園には大して拘りもないし退学させられたらさせられたでどっか別の学園に通えばいいだけの話……施設の人達にはちと迷惑掛けちゃうかもしれんけど
さーて、今の内に各校のパンフレットでも集めておきますかねー……あ、別の作戦も思い付いたわ
作戦その三……補習授業部の四人に合いそうな学園を今の内に調べておく、もういっそ転校しちゃうのもありだと思うんだよね
こんな政治の糸で絡まったような学園よりゲヘナみたいな自由な学園とかミレニアムのような比較的平和な学園の方が断然魅力的だろう
あーほんと終わってんなトリニティ、中坊ん時になんちゃら分派の何とかさんの誘いを断っといてよかった
もしあれに頷いていたら今頃俺も政治的なあれこれを考えないといけない立場だったかも────
────っと、すいません
「きゃっ……いえ、私こそちゃんと前を────」
考え事をしながら歩いていると廊下の曲がり角の直前で人影が見えたため咄嗟に足を止める
予想通り曲がり角の死角から生徒が姿を現し、ギリギリで衝突を回避する
本当にうっすらとだけ残っている原作の記憶、それに登場するであろう少女にあえて触れずに謝罪の言葉を伝えてから俺はまた阿慈谷が勉強しているであろう教室を目指して────「あの……」
────……ん?なんすか?
「それ、ヒフミちゃんのノートですよね?」
ピンク髪の女子生徒が指差したのは俺が持っているペロペロ様のシールが貼ってある誰のか丸分かりのノート
確かこの人も補習授業部……だったよな?合ってるよな?……あんま自信無いけどきっとそうだ、多分記憶通りだろう、間違ってても誰も文句言うなよ
うん、よし、決めた
このノートはこの人に届けてもらおう
────そうなんだよ、アイツ急ぎすぎるあまり大事なノートを置いてっちまったんだよ……確かアンタも阿慈谷と同じく補習授業部の生徒だったよな?急にパシるようで悪いんだけどさ、この後教室に戻るならこのノートもついでに渡しといてもらえないか?
「……ええ、構いませんよ」
〝さんきゅ〟と呟きながらノートを目の前の生徒に渡す、その際何か見定めるような目で見つめられた気がするが……まあ、態々問い質す必要はないだろう
ここは礼を言って大人しくこの場を立ち去ろう、あまり長居しすぎると桐藤ナギサにまた有らぬ疑いを掛けられるかもしれないから
俺一人が疑われるならさっき言った計画その二を実行できるから構わないが、俺と補習授業部の両方が疑われてしまえばそれもできなくなってしまうからな
────んじゃ、改めてありがとな。浦和さん……だった、よな?
「はい、合ってますよ」
……そういや今更だけどなんでこの人水着なんだ?
普通川君メモ
・この世界では普通に優しい大人達に拾われた、孤児院のガキンチョ達の兄ちゃんポジション
・退学させられたらそれはそれでしゃーない、切り替えてこ
・ピンク髪の水着少女に向けられた視線の中に嫉妬かそれに近い感情が込められていた……ような気がしたけど(あれ?なんか知らんけど嫌われてる?)と普通にあんま気にしてない
・トリニティ?良い学園だよね、他者を平然と傷付ける事に罪悪感を覚えず平気で他者を陥れることができる人にとっては天国みたいな環境だと思うよ(皮肉マシマシアブラオオメ)……え?俺?ミレニアムは勉強が面倒そうだしゲヘナは普通に治安悪いから消去法で選んだだけだけど?あと他の学園と比べて施設から一番近い学園でもあったし
・バ先は喫茶店、賄いのデザートのイチゴシャーベットが気に入って選んだ
・「お……久し振り、どした?仕事帰りか?」「っすね、ちょっと顔出してこっかなって」「そうかそうか、随分疲れてる顔してるなって思ったらそうだったか」「どっかの誰かさんが抜けてからは私が戦略担当を勤める機会が増えたっすからね、頭を使う機会も増えて大変っすよ……ほんと」「そりゃ大変だな」「そっちはどうなんすか?」「ん?まあ、バイトしながら適当に過ごしてるよ」「相変わらずっすね……今もまだやってんすか?」「何が?」「ギター」「暫く触ってないな」「……私もまだ持ってるっすよ、一緒に買ったギター」「………」「ハスミ先輩、最近体重で悩むことが多くなっちゃったんすよ。誰かさんが抜けてストッパーがいなくなった事と何か関係あるんすかね?」「さあ……それで?注文は?」