血が流れてる
彼女を護る為のマスクがひび割れ、眼は光を無くしている
その死体を囲む様に三人の少女達が必死に声をかけている
「酒泉……?」
……その一方で、後ろの少女達を全く気にも留めずこちらに駆け寄ってくる少女もいた
「酒泉……酒泉……!」
彼女はそのまま俺に抱きついてきた
「良かった……!目を覚ましてくれたんだ……!」
泣きながら必死に「酒泉」と名前を呼んでくれる彼女
彼女はそのまま俺を抱きしめる腕に力を込める……誰かの血で塗れた身体で
「酒泉……私、やったよ?酒泉を傷付けた人達を倒したよ?」
「アツコ……頼む……目を覚ましてくれ……」
「………もう無理だよ、リーダー」
「ひ、姫ちゃん!嘘ですよね!?何かの間違いですよね!?」
駄目だ、意識が、遠退く
「酒泉……?大丈夫!?しっかりして!?」
現実を見たくない
何も考えたくない
「アツコ……頼む、アツコ……」
「待ってて、酒泉!今すぐ病院に連れていくから!」
俺は
俺は間に合わなかったのか?
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「……騒動の鎮圧は?」
「イオリが向かってくれました、まもなく帰ってくるかと……」
「……そうですか」
「申し訳ありません、私がもっと戦えれば……」
「いえ、チナツはよくやってくれてますよ……それに、あまり戦えないのは私も同じですから」
「………前よりも書類仕事が減っているのがせめてもの救いですね」
「原因の大半を占めていた万魔殿が崩壊しましたからね」
「………ヒナ委員長、一体どんな手を使ってマコトさんを追い詰めたのでしょうか」
「………かなり強引な手を使ったらしいですよ、具体的な事は何も教えてくれませんでしたが」
「そう……ですか……」
「ただいま………ごめんアコちゃん、チナツ、ちょっと遅れた」
「お帰りなさい、イオリ………大丈夫です、時間通りですよ」
「……やっぱり委員長みたいにはいかないな」
「…………ヒナ委員長、戻ってくるのでしょうか」
「恐らく、可能性は絶望的かと」
「……そうですよね」
「……ここも静かになっちゃったね」
「……それも当然でしょう、だって────」
「────ヒナ委員長が酒泉を連れて風紀委員会を辞めてしまいましたからね………」
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キッチンの方からジュージューと音が聞こえてくる
食欲をそそらせる匂いと共に寝起きでぼんやりとしていた意識が覚醒する
……実は起きた時に手伝おうとしたのだが、空崎さん本人に断られてしまった
とりあえずテレビでも見てようと思ってリモコンのボタンを押す
何か面白い番組でもやってないかと適当にザッピングしていく────
《また、この襲撃によって調印式は中止となり、トリニティ総合学園側の一部生徒がアリウスと繋がっていた事が後に判明した為、ゲヘナ学園との確執がより深まる形となってしまいました》
────すると、今一番見たくないものが見えてしまった
覚えている、思い出してしまう、あの時の光景を、あの時の自分の無力感を
俺は……俺は何の為に今日まで生きて───
「酒泉、ご飯出来たよ」
テーブルの上にわざと音を立てるように皿が置かれる
皿に盛り付けられた野菜炒めとご飯、そして今の衝撃で少しこぼれた味噌汁
震える身体で空崎さんを見つめると、そのまま抱きしめられた
「大丈夫だよ酒泉、もう誰も酒泉を傷付けることはできないからね。テロリストのアリウスも、そいつらと結託していたトリニティも………同じゲヘナのマコトも」
……ごめん……なさい
「……どうしたの?」
空崎さんの手を汚させてしまって……ごめんなさい……!
「……?ああ、そんな事気にしてたんだ。別にアリウスを直接殺しちゃったことくらい気にしなくてもいいのに」
でも……俺のせいで……!
「ふふっ……そんなに私のことを考えてくれてたんだ……」
……当然ですよ、だって……全て俺の責任なんですから
「………そんなに責任を感じてるなら、酒泉にお願いがあるの」
……俺にできる事なら何だってしますよ
「じゃあ……これからはずっと私と一緒に居てほしい」
それは………
「私がどんな我儘を言ってるのかは理解できてる、けど………それでも、私は酒泉と離れたくない」
「酒泉が死にかけて初めて気づいたの、私にとって酒泉がどれ程大きな存在だったのかを……」
「もう大切な人が傷付くのは嫌なの、だから………」
「もう居なくならないで」
「もう戦わないで」
「もう………二度と離れないで」
そう言いながら空崎さんは俺の顔を両手で挟み、ゆっくりと顔を近づけ─────
「………っ!誰……こんな時に」
─────ようとした時、インターホンが鳴る
空崎さんは少しイラついた様な表情で玄関モニターを確認しに行った
「……この人は」
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「………」
「……出て来てくれたんだね」
「どうせ家の場所はバレてるんだし、何度もしつこく来られるよりもハッキリと断った方が良いと思っただけ」
「それでも嬉しいよ、こうして話し合いの機会を与えてもらえるだけね」
「………それで?一体何の用?」
「先生」
「………酒泉がどうしてるのか気になってね」
「それなら心配しないで、彼は元気にやってるから」
「………一度だけで良いから本人と話をさせてくれないかな?」
「何か伝えたいことがあるなら私から伝えるわ」
「私の口から直接伝えないと意味が無いんだ、だから────」
「何を伝えるつもり?」
「───それは……」
「酒泉を外に連れ出すつもり?また危険な目に遭わせるの?また彼を戦わせるの?」
「違う、そんなつもりはないよ」
「今度はシャーレが酒泉を狙うの?それともどこかの学校の生徒にお願いされたの?またアリウス?それともトリニティ?それとも………潰し損ねた万魔殿の奴等?」
「っ……待ってくれヒナ、それは誤解だ。私はただ君達のことが心配で……」
「…………先生、私だって何も調べてない訳じゃないの」
「……ヒナ?」
「先生、貴方────」
「────アリウススクワッドを助けようとしてるでしょ?」
「…………」
「先生にとっては彼女達も大切な生徒だもん、見捨てられる訳ないよね」
「……うん、そうだよ」
「でも私にとって彼女達は酒泉のことを殺そうとした大罪人、そんな人達を救おうとしてる大人なんか信用できない」
「ヒナの言うことは正しいよ、確かに彼女達は罪人だ………でも、アズサの話によるとそれを裏で支配していた大人がいるはずなんだ」
「……だから何?アリウススクワッドは悪くないって言いたいの?そもそも白洲アズサだってアリウスの人間でしょ?」
「………そこまで調べていたんだ」
「当然でしょ、アリウスのことは徹底的に調べ上げたから………酒泉を護る為に」
「……ヒナ、私は今の君達を放っておけないんだ。このまま二人だけの世界に閉じ籠ってしまったら君達は───」
「……とにかく、酒泉には会わせないから」
「───っ!待ってくれ、ヒナ!酒泉が望んでいたのはきっと、全員で幸せに……!」
「………駄目、だったか……また来るよ」
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「しゅせん……どこ?どこにいるの?」
……言われた通り、ずっと隣で寝てましたよ
「ほんとうに?ほんものだよね?いきてるよね?」
死人が喋るわけないですよ
「……だきしめて」
……はい
「……あったかい、ほんものだ」
……もういいですか?
「だめ、もっと」
………はいはい
「えへへ……つつまれてる……」
空崎さんの精神が幼児退行するようになったのは、俺が死にかけたあの事件が原因だった
いつ身近な人間を失うか分からないという恐怖が彼女の心を蝕み、精神を追い詰めていった
そしてその心の奥底に溜め込まれた感情はこうして夜中に吐き出される
……精神科の専門医でも具体的な解決方法が分からなかったのに、俺なんかに空崎さんの心を治すことなんてできない
俺にできる事なんて、精々空崎さんの言うことを可能な範囲内で聞いてあげることぐらいだ
………それが、空崎さんの手を汚してしまった俺の償いだから