「…………」
……何だ?
「…………」
あー……悪い、何が言いたいのか分からん
「…………?」
えっと……腹が減った?
「………!」
違う?じゃあ……あっちに行け?
「……!」
これも違うっぽいな……
「…………」
……あっ!?もしかして……誰か探してんのか?
「………!」
そうか……槌永さん?
「……」
戒野さんか白洲さん?
「……」
じゃあ……錠前さん?
「……!」
ああ……あの人なら自主訓練中だ、多分もうすぐ戻ってくるぞ
「…………」
はいよ、どういたしまして
──────────
────────
──────
おいババア、暫くの間大人しくしててやるから一つ頼みを聞け
「珍しく正面から普通に入ってきたかと思えば………まあ、話だけは聞いてあげましょう」
そうか、なら早速言わせてもらうが────
────手話の勉強したいから本買ってくんね?
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折川酒泉という男は私達がアリウススクワッドと呼ばれるようになる前から既にマダムと行動を共にしていた
何度か見かけたことはあったけど、私から話しかけることは無かった………今は喋る事を禁止されてるから物理的に話しかけられないけど
でも、そんな彼とも任務をこなす事が当たり前になってきた
最初はマダムの指示で共に行動していただけだが、時々彼を観察してみるととても面白い人間だということが分かる
まずは初めて彼と私達が会合した時、まるで憎い敵を見るかのようにサッちゃんのことを睨み付けていたが………私達に迷惑が掛かると言われた瞬間、突然しおらしくなった
それからは無愛想な態度を取ることはあるものの、基本的にはサッちゃんの指示に従っていた
……が、ある日、一つの命令違反を犯した
ある任務の時、偶然私達の存在を知った男を逃がしたのだ………マダムの罰を受けてまで
その時点で彼がアリウスのような組織には向いていないことがハッキリと分かった
次にアズサやヒヨリとの会話、普段の態度が嘘かの様に平然としているところを見ると彼は一度心を許した者に弱いのだろう
雑誌を見ては表の世界への羨望の言葉を口にするヒヨリ、そんなヒヨリに対して「いつか願いを叶えさせてやる」と約束する酒泉
アズサとは元々アリウスに反抗していた者同士で気が合うのだろう、最初から特に何事もなく接していた
そして最後は廃施設の任務での出来事
あの任務の日、ミサキと酒泉は二人で地下の隠し部屋に閉じ込められた
ミサキ達からの連絡が突然途絶えた私達はすぐに二人の探索ルートの方へと向かった
すると埃だらけの部屋の壁から何故か酒泉の声が聞こえ、彼から事情を聞いたサッちゃんが隠し扉に繋がっている天井を押し込むと突然壁が扉のように開いた
警戒しながらその部屋を覗き込んでみると、そこには………
安心したように眠るミサキと、そんなミサキの手を握る酒泉がいた
酒泉は私達の方を見ると申し訳なさそうに軽く頭を下げてミサキを私達に預けようとした
………手を離そうとした時、ミサキが無意識に手を握る力を強めたように見えたのはきっと気のせいではないだろう
私達への態度を見るに、彼は何かしらの理由があってアリウスを憎んでいる………もしくは、憎んでまではいなくても嫌っているのだろう
でも、そんな人達が相手でも何か困っていたら見過ごせない
要するに彼は……
非情になりきれないお人好しなのだ
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ある日、外の訓練場の隅っこに一輪の花が咲いているのを見つけた
特に理由もなく見つめていたが、こんなボロボロな場所で凛としたそれがとても美しく感じ……
───こんな所に居たのか……秤さん、錠前さんが探してたぞ
「………」
そんな時、背後から酒泉に声を掛けられた
欠伸をしながら軽く手招きをしてくる酒泉に〝すぐに行く〟と手話で伝えて………その直後に意味がないことに気がついた
しかし酒泉は何故か得意気にニヤリと笑った
「……?」
今のは分かったぞ……〝すぐに向かう〟とかそんな意味だろ!
「………」
暫く共に行動していた影響だろうか、彼もある程度は私の言いたいことを理解してきた
しかし年相応な表情を見せる彼にちょっとだけイジワルをしたくなり、〝どんな用事なの?〟と手話で尋ねてみる
彼は困った顔をした………かと思えば、ハッと何かを思い出したかのように口を開かせる
「……?」
確か……次の任務の配置の再確認とかだったような……
「……!?」
私の質問に答えたことに驚き、〝分かるの?〟と手話で聞くと、彼はいつもはつけていない黒いウエストポーチから突然本を取り出す
そのまま眉間を寄せながら本を読んでいると、何かに気づいたかのように再び口を開いた
───ああ……まだ完璧に全部理解できるわけじゃないけど、簡単な言葉は分かるようになったぜ
「…………」
そう言ってドヤ顔を決める酒泉、しかし彼の持つ本の表紙をよく見てみると表紙に〝手話〟という文字が見える
………まさか、私の為に勉強してくれたの?
そう聞いてみると、彼は再び本を読んでから答えた
「………?」
……は?い、いや?任務の時とか連携を取れないと不便だから学んだだけだが?
「…………」
大体なんで俺がアリウスなんかの為に勉強しなきゃならな────おい、その笑いを堪えてる様な顔はなんだ
「…………っ」
今笑っただろ!絶対に笑っただろ!?
「……っ…!」
何故か必死に否定する酒泉を見て、思わず笑ってしまいそうになる
顔を赤くしながら恥ずかしがる彼はこちらをジト目で睨み、口をモゴモゴしながらいじけた様にそっぽを向く
マスクの下で未だにニヤけながらも手話で〝ごめん〟と伝える、すると彼はさっきまでの出来事を誤魔化すかのように地面に視線を向ける
───その花見てたのか?
「………」
……好きなのか?
「………?」
〝分からない〟………か、でも興味はあるんだろ?
「………」
アリウスから抜け出せば色んな花を育てられるぞ?
「……!………」
えっと……すまん、何て言ってるか調べるから待っててくれ……
「………」
〝マダムの支配から抜け出さない限りそれはできないし、その後の事も想像がつかない〟
そう伝えたが今の酒泉ではまだ手話の意味が理解できないらしく、焦りながら色んなページを読んで理解しようとしている
私の為に必死にページをめくる彼を見ていると何故か心が温かくなり、それを少しでも長く感じていたかったから敢えてヒントも何も与えなかった
「姫、こんな所に……何をしている?」
結局、サッちゃんが来る前に解読することは叶わず、とても悔しそうな表情で彼は〝次は負けん……!〟と謎の対抗心を燃やしていた
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「酒泉さんが遅刻なんて……珍しいですねぇ……」
「………遅い、もうすぐ訓練始まるよ」
時間には間に合ったんだからいいでしょ、別に………
「ほら、銃もナイフも用意しておいたからさっさと取りに行くよ」
……ありがとうございまっ……ちょっ……ストップ!
「……何?時間無いんだけど?」
いや……手ぇ引っ張らなくても自分で取りに行きますけど……
「……あっそ、じゃあ早く行って」
はぁ……
「………?」
〝ミサキの手の感触、どうだった〟って?んなくだらないこと聞かないでくれ……
「……くだらない?」
あっ……いや、戒野さんに対して言ったわけではなくてですね!?
「………ふーん?」
「………」
「……あの……リーダー?どうしたんですか?」
「……緩めすぎだ」
「え?」
「全員警戒心を……緩めすぎだ」
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訓練を終えた後、マダムからの命令で単独任務に向かったサオリは何事もなく任務を完了してきた
普段なら帰路すらも最大限に警戒するサオリだが、この日ばかりは他の事に気を取られていた
それは最近己の仲間達と距離の近くなった男……折川酒泉のことだ
酒泉がアリウススクワッドと共に行動するようになってからかなりの月日が経ったが、その月日は酒泉がアリウススクワッドのメンバーと打ち解けるには十分だった
しかしサオリはそれを由としない、何故なら折川酒泉という男は危険な〝爆弾〟だからだ
酒泉が暴れればマダムの機嫌を損ね、マダムの機嫌を損ねれば酒泉と共に行動しているサオリ達まで被害を受ける可能性がある
……もっとも、酒泉とマダムの間には酒泉の〝知識〟を利用した取引が行われている為、酒泉が暴れたくらいでサオリ達が巻き込まれることはないのだが……サオリからすればそれだけでは信用できないだろう
(全員折川酒泉に気を許しすぎだ……改めて警戒心を高めるように伝えておくべきか……)
サオリにとってアリウススクワッドとは〝家族〟だ、例え血は繋がっていなくともそこには確かな絆があった
そんな〝家族〟を護ろうと、サオリは固く決心した
(奴が何者なのかも、奴がマダムとどんな関係なのかも分からないが……皆は私が────)
「あっ!やっと見つけた!」
「……っ!?」
……だからこそ、背後から近付いてくる気配に気づかなかったのだろう
咄嗟に後ろを振り向いて銃を構える、しかし声の主は慌てた様に手を上げて戦う意思は無いことをアピールする
「ちょっ……ちょっと待って!私は貴女と戦いにきた訳じゃないの!ただお話がしたくて……」
「話だと?初対面の者と何を話そうと言うんだ?」
「そんなに警戒しなくても………そうだ!きっとお互いにお互いのことを何も知らないから警戒しちゃうんだね!それなら軽く自己紹介でもしよっか!」
「……この状況で自己紹介だと?随分とお気楽な女だな」
「だって、その方が貴女も安心できるでしょ?そうじゃなくても何も情報が無いよりはマシじゃないかな?」
「………いいだろう、名乗ってみろ」
「ありがとう!それじゃあ───」
「───私の名前は聖園ミカ!貴女達と和解したくてここまで来たんだ☆」