「うぅ……相変わらず味が薄いですね……このレーション……」
「…………」
「………ヒヨリ、姫が〝また口にソースついてる〟って」
「えっ?……あっ、本当です」
「あとついでに頬にもついてるよ」
「……取れません、どこですか?」
「面倒だから自分で探して」
「そんな!?うぅ………リ、リーダー……どこについてるか教えてくれませんか……?」
「ああ………」
「………リーダー?」
「…………」
「〝ソースつけたまま訓練に参加してみれば?〟だって」
「そんなことしたら怒られちゃいますよ……うぅ……もういいです……酒泉さんに教えてもらいますから……」
おお……
「……しゅ、酒泉さん?聞いてましたか?」
おお……
「そんな……酒泉さんまで……」
「ヒヨリ、私が拭こう」
「あ、ありがとうございます!アズサちゃん!私の味方はもうアズサちゃんしかいません……」
「そんな大袈裟な………それよりも一つ気になることがあるんだけども……」
「気になること?」
「うん……サオリ、何かあった?」
「………私か?」
「うん、何だか様子が変だったから……それに、酒泉も何かいつもと違う気がする」
俺はちょっと考え事してただけですけど……
「私は……」
「……サオリ?」
「…………アズサ、この後の訓練が終わったらお前に伝えることがある」
「私に?」
「ああ……安心しろ、すぐに終わる」
「うん、分かった」
「………先に訓練の準備をしておく」
「あれ?まだ残ってますよ?」
「………行っちゃった」
………そろそろか?
「……?」
ああ、気にしないでください秤さん……ただの独り言なんで
「……心配だからちょっと追いかけてくる」
……白洲さん、それならこのクラッカーもついでに持っていってくれませんか?
せめてそれだけでも食わせてきてください
「うん、分かった………じゃあ、行ってくる」
………お願いします
──────────
────────
──────
「もう姿が見えない……そんなに急いでいたんだ」
「でも……流石にあれは食べなさすぎだ、ちょっとでも何か口に入れておかないと午後の訓練が────」
「…………?クラッカーの袋の中に……何か紙が……」
「………酒泉から?それに……私宛?」
「………これは」
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───槌永さんってさ、もしもある日突然アリウスから解放されたらどうする?
「か……解放……ですか?」
ある日、酒泉さんが突然よく分からない事を聞いてきました
いえ、言葉の意味は理解できるのですが……何故そのようなことを聞くのかが理解できませんでした
「ど……どうしてそんな質問を……?」
いや、 何となくだけど……
「そう、ですか………」
正直、いきなりそんなことを聞かれても答えられないというか……想像したことすら無いといいますか……
〝アレを食べてみたい〟とか〝アレが欲しい〟とかは考えたことがありますが、実際にアリウスを抜け出した後の生活なんて………
「うぅ……すいません……」
何で謝るんですか……じゃあ質問をちょっと変えよう、もしアリウスの外で暮らすことができたら嬉しいか?
「それは……多分、嬉しいんじゃないですかね?こことは違って美味しいご飯も暖かいお風呂もありますし……えへへ……」
じゃあ……さ、もし俺がアリウスを────
「それに皆さんもいますし……サオリ姉さんもミサキちゃんも姫ちゃんも、勿論アズサちゃんや酒泉さんも一緒に暮らせるんだとしたら……それ以上に幸せなことなんて無いと思います」
……っ
「あっ!でも一度やってみたいことがありまして……皆で〝鍋を囲む〟ということを……」
あれ、ずっと気になってたんですよねぇ……もし酒泉さんの言った通りになったらそんな事も沢山できるのでしょうか……
あっ、でも……
「海にも行ってみたいです……海で食べると焼きそばが凄く美味しいと雑誌で読んだことが……」
泳ぐんじゃなくてそっちが目的なのか……
「他にもお祭りにも参加してみたいですし、浴衣も着てみたいですし……」
おお、珍しく───
「あと……屋台の料理を全部食べてみたいです」
……ああ、やっぱりな
「でも、きっとそんな未来は訪れませんよね……うぅ……理想と現実のギャップがあまりにも悲惨すぎて辛くなってきました……苦しいです……」
……大丈夫だ、そのうち今の願いが叶うようになるよ
「無理ですよ……こんな世界じゃ……」
心配するな、俺が必ず叶えさせてやる……多少強引な手を使ってでもな
「……はい?」
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───戒野さんってアリウスから出たら何かやりたい事とかあります?
「は?」
銃の整備をしながら世間話でもするかのように話しかけてくる隣の酒泉に、思わずジト目で睨み付けてしまう
「……何でそんなこと聞くの?」
いや、何となく……暇ですし
「暇潰しの相手に選ばれても困るんだけど」
素っ気なくそう答えると、どこか落ち込んだような表情で顔を俯かせて銃の整備を再開する酒泉
……仕方ないな
「この肉体がある限り私は苦しみ続ける……それならアリウスに居ようと外に出ようと大して変わらないでしょ」
───あっ、本当に答えてくれた
「………落ち込んだフリしてたの?」
〝こうすればミサキは口を聞いてくれるよ〟って秤さんに教えてもらったことがあったので……
「姫……余計な事を……」
この男に一杯食わされたことに対して少々苛立ちを感じるが、すぐに誤魔化すかのように話を再開してきた
───で?その〝肉体があると苦しい〟ってのは?
「別に、そのままの意味だけど……痛みを感じるし苦しみも感じるし寒さも飢えも息苦しさも感じるし花粉症とか面倒だし───」
最後らへんだけ戒野さん個人の愚痴になってません?
「───………とにかく、どこに居ようとそんな思いをするぐらいなら別にアリウスから出なくても同じこと」
そうですかねぇ……少なくとも表の世界の方がマシだと思いますけど……
「そもそも、こうして生きているだけでも辛いのに………どうしてそれ以上の事を求めるの?」
そう、この世界には希望なんて何一つ存在しない
どれだけ足掻こうと……どれだけ光を求めようと〝痛み〟や〝苦しみ〟からは決して逃れることはできない
それならばいっそ、これ以上苦しむ前に生を諦めて楽に終えた方が良い
……けど、サオリ姉さんはそれを許してくれない
私の事を無理やりこの世に縛り付けるくせに、苦痛に耐えながらも惨めに生き続けなければならない理由を何も教えてくれない
いや……本当はサオリ姉さんも気づいているのだろう、こんな世界で生きていく理由など無いと
結局のところ、私達が幸せになるにはこの〝苦痛〟から解放されるしかない
────んー……生きる上で経験することになる〝苦痛〟よりも最終的に得られる〝メリット〟の方が多いし大きいからじゃないですか?
「……メリット?」
そんな事を考えていた私に返ってきたのは、意外と現実的な答えだった
「……どういうこと?」
確かに人生って辛い事も苦しい事もあるでしょうけど……それを上回る〝幸せ〟を持ってるから皆生きてるんじゃないかなーって………別に理由が無くても生きてる人なんていくらでもいますけどね
「だったら尚更私には関係無い話だね」
そうですか?でもそれって戒野さんが表の世界の事を何も知らないからじゃないですか?
「……何?マウントってやつ?」
いや、そういうつもりじゃないんですけど……例えば戒野さんが表の世界で夢中になれる〝何か〟を見つけたとするじゃないですか
その〝何か〟によって得られる幸せの為に、苦痛を耐えて生きていく………とかなんとか
「……曖昧すぎない?」
俺もなんて説明すればいいのか分からないんですよ……えっと……そう!上書き!
「上書き?」
苦痛を幸せとかで上書きするんですよ!
「………よく分からないんだけど」
だったら俺が実際に分からせてあげますよ、アリウスの外に連れ出して!
「はぁ……」
物凄く強引な理論で押し通してきた気がする、けど……
「……まあ、あまり期待せずに待ってる」
……意外ですね、てっきり〝絶対に不可能〟ぐらい言われると思ってたんですけど
「別に幸せになるだけなら何も悪いことじゃないし、それに……」
「これで皆に………特にサオリ姉さんに迷惑を掛けずに済むならそれに越したことはないし」
……錠前さん、か
「……どうかしたの?」
……いえ、なんでも
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───秤さんは皆でアリウスを抜け出したいって思わないのか?
「………?」
前に見つけた訓練場の花を見つめていると、酒泉が手話の本を読みながら話しかけてきた
今の酒泉なら大体の手話なら伝わる為、こちらもスムーズに手話で返事をする
《どうしてそんな事を聞くの?》
……いや、自分が生け贄にされることになんの不満も無いのかなって思って……
《……よく分からない、昔からそうだったから》
そう、私はマダムによってずっと〝生け贄〟として育てられてきた
何を不満に思えばいいのかも、何をしたいのかも分からない………自分自身の事なのに
でも……
《皆と一緒に居たいとは思う》
お?
《私が生け贄である以上、叶わない夢だっていうのは分かってるけど……それでも……》
……叶うさ
《……?》
あのババアの支配から抜け出してアリウスを離れれば皆と一緒に居られるぞ?
《……それは多分、不可能だから》
……じゃあ、もし奇跡的に表の世界で暮らせるようになったとしたら?
《その時は……〝自分のやりたい事〟を探してみたい、皆と一緒に……》
………皆、か……そうだよな、錠前さんも……
《……酒泉?》
意を決したように一人で頷く酒泉、彼の様子が気になって〝何かあったのか〟と聞こうとした
しかし、彼は突然立ち上がると〝ありがとう〟とだけ言い残して走り去っていった
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「……見つけたぞ、酒泉」
……任務ですか?
「いや、個人的に用があって声をかけただけだ」
……奇遇ですね、俺も錠前さんに聞きたいことがあったんですよ
「……何だ?」
いえ、そっちからどうぞ
「そうか、なら遠慮無く言わせてもらうが────」
「────皆に無意味に希望を与えようとするのは止めろ」
…………は?
「アリウスの教えに反することがあればマダムの怒りを買うことになる、その時ばかりは流石に張本人達に罰が与えられるかもしれない」
………
「……お前の勝手な行動のせいで皆を危険に晒すわけにはいかない、今回ばかりは指示に従ってくれ」
……そんなに危険な目に遭いたくなければ皆を連れてアリウス自治区を抜け出せばいいんじゃないですか?
「無駄だ、汚れきった私達に居場所など無い」
試してもいないのに何で決めつけるんですか
「アリウスの外のことなど私達は何も知らない、そんな危険な世界に皆を連れていく訳にはいかない」
外のことが分からないなら危険かどうかも分からないじゃないですか
俺は外の世界のことを知ってますよ、あのババアとは違ってちゃんと俺達〝子供〟の味方になってくれる〝大人〟が存在することだって知ってます
「………マダムに逆らうお前の言葉は信用できない」
俺の言葉は、か………じゃあ、もしもアンタの家族達が〝アリウスを抜け出したい〟と言ったら?
「……そんな事は起こり得ない」
……ああ、そうかよ
「………私が伝えたかったことはこれだけだ、お前の方は」
……いえ、やっぱり何でもないです
「………明日は訓練以外何もないが、代わりに訓練時間が長引く。しっかり準備しておけよ」
はい……また明日……
仕方ない……錠前さん抜きで────いや、スクワッド抜きで戦うことも想定しておかないとな……