『……ねえ、君。大丈夫?』
孤児院の人間が俺を変な連中に売ろうとしていたのを知ったのは引き渡し日当日だった
突然だったもんで金も何も用意せずに走り続けた俺は道中であっさりと体力が尽き、途中よく分からん小道で倒れ伏してしまった
……そして、上記の言葉はそんな俺に声を掛けてくれた優しいお姉さんの台詞である
その人は俺に食事を与え、更には体力が回復するまでの寝床まで提供してくれた……俺はそんなお姉さんに〝お礼がしたい〟と伝えた
今すぐには無理でも自分が居場所を手に入れて安定した生活や収入源を得たら必ずお礼をしに行くと、しかしお姉さんはそんな俺に対して〝今すぐできるお礼がある〟と言ってきた
俺はそれに対し全力で首を縦に振って頷いた、だってこの人には命を救われた様なもんだし、そんな恩人に借りを返せるのなら何も断る理由はない
『じゃあさ……お姉さんとちょっとだけイケないことしない?』
……って思ったけど流石にこれは俺も考え込んだ
しかしまあ、俺は恩人からぐいぐいと来られると断りづらいタイプだったみたいで滅茶苦茶悩みに悩み抜いた末に再び首を縦に落とした
イケないことと言っても子供相手にドギツイ事はしないだろう、そう思いながら了承したが────その考えは甘かった
飢えた獣の様な表情で俺の上に股がるお姉さん……はい、バリバリ食われました
その時は人生2週目だったにも関わらず〝やめて〟とか〝やだ〟とか情けない言葉ばかり吐いていた気がする……あ?しゃーねえだろ精神年齢は高校生で止まってんだからよ
そんで、まあ……行為を終えた俺は漸く解放された事とお姉さんに恩を返せた事への2つの安心感を抱きながら、疲れ果てた身体を癒す為に眠りに落ちようとし────直後、枕元に万札が4枚程置かれた
『またお願いね?』
クスクスと笑いながら見つめてくるお姉さん
俺は蛇に睨まれた蛙の様に身体が固まり────そんな状況だというのに、頭の中では〝あれ?これ楽に稼げんじゃね?〟なんてことを考えてしまっていた
傭兵稼業、ブラックマーケットの裏バイト、手段さえ選ばなければ稼ぐ手段なんて幾らでもあるキヴォトスだが、それらは弾丸が飛び交うこの街では(俺の身体にとっては)非常に危険な仕事だった
でも、こうして危険な場所に飛び込まず身体を売るだけだったら?当時とにかく金を欲していた俺にとってそれはとても魅力的な誘惑だった
金を欲していた理由?それはまあ、最低限の自衛の為の銃の購入だったり独り暮らしする為に必要だったり……まあ、色々だ
それにそうして交わっているとなんか愛されてる気もするし……何よりこの世界に両親はいないし〝親から貰った身体を傷つけた〟って罪悪感も沸かなかった
ただ、俺だってずっと身体を売り続けるつもりはなかったから最低限生活が安定するまでという線引きはしていた
だからこれは一時的なもの、仕方ない仕方ない
自分にそう言い聞かせながら俺はお姉さんの家で身体を売ることにした
仕事で疲れてクタクタな状態で帰って来たお姉さんを(身体で)癒し、時には休日の朝っぱらから盛ったり……
しかしそんな生活を繰り返していればお姉さんが金欠になるタイミングも何度か訪れる訳で、そういう時はお姉さんにバレないようにこっそり抜け出してネカフェで掲示板にアクセスし、適当に〝そういう趣味〟の人を探して会っていた
そんな爛れた生活を繰り返してく内に資金は貯まり、お姉さんとお別れの時が来た
この世界はペーパーカンパニーとはいえ学生だけで会社を立ち上げる事ができる世界、つまり子供だけで借りられるアパートだって当然存在する……まあ、外装も内装もお察しのクオリティだが
俺は中坊になると同時に何となくお姉さんに内緒でそんなアパートを借り、そこを拠点に学生生活を満喫しながら………また身体を売っていた
それは俺が身体を売っていた過去を現在通っている学園にバラ撒こうとしてきた奴の口を封じる為だったり、単純にお姉さんに〝いいでしょ?だって私、貴方の命の恩人なんでしょ?〟と断りづらい理由で責められたり
そんなこんなで結局色んな客を相手にし続け、金が数十万貯まったところでそれらを持って俺を脅してきた人達に対して〝この金で勘弁してください〟と許しを乞うた
幸いにも金を受け取っても尚脅してくるような人は存在せず、これで今度こそ俺は普通の学生になることができたとさ、めでたしめでたし
……ん?どうしてそんな話をするのか……だって?
まあ、要するに俺が何を言いたいのかというと、後ろめたい事をしていた人間はいつか必ずその過去と向き合わなければいけない日が来る訳で────
「酒泉、これはどういう事?」
俺にとっては〝その日〟が今日だった
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「とある女性実業家がゲヘナの生徒と怪しい取引をしているという情報が入って、昨日その人の自宅に捜査が入ったの」
そう言って1枚の紙を俺の前に置いてくる空崎さん
その紙に載っている写真の女性は俺を拾ってくれた人とは別人だったものの、過去に俺が〝お世話になった〟人の顔と同じ顔だった
「その人の自宅の棚裏にはこんなビデオテープとメモ用紙が置かれていたわ」
1本のビデオテープ、そして〝折川酒泉〟と書かれたメモ用紙
これは……コッソリ隠し撮りでもされてたか?昔の俺はまだまだ未熟だったからカメラとかが隠されてそうな場所にも気づけなかったんだな
……撮影はNGっつってたのになぁ
「勿論内容も確認した……私だけで」
良かった、これを見たのが全風紀委員だったら今すぐ自分の頭部を撃ち抜いていたかもしれない
……まあ、空崎さんに知られただけでもかなり絶望したけど
「……こういう事はどれくらいの期間やっていたの?」
────11くらいから……14歳くらいまで?
「……そう」
何とも言えない表情で空崎さんは俯く……そりゃそうだ、部下が売春してましたって知ったらそんな反応するわな
……やっぱりこういうのってどこかで必ずバレるもんなのかねぇ
────もしかして……風紀委員クビにされたり……?
「まだゲヘナ学園に通ってすらいない時の過去のゴタゴタを責めるつもりはないわ……あと、この件は誰にも言わないから」
それは良かった、俺個人としては風紀委員な皆は大好きだし出来ればここを離れたくなかった
……まあ、クビにされたとしても当然の事をしていた自覚はあるし、もしそうなってたらそれはそれで納得してどっか行ってただろうな
「……どうして身体を売っていたの?」
────それは……まあ……当時からお金が欲しくて……
「……そんなに切羽詰まっていたの?」
そう問われると素直に頷くことができない、だって当時の俺にはヴァルキューレを頼るという手段もあった筈なのだから
……当時からヴァルキューレの上層部が腐敗していたのなら普俺を引き取ろうとしていた謎の研究施設に普通に買収される可能性もあるけど
だとしても、ヴァルキューレを頼るより身体を売ることを優先したという事は……結局俺は金の誘惑に負けたんだろうな
「……答えられないなら無理に答えなくていいから」
────……すいません
「うん……でも今からする質問には覚えている限りでいいから経歴確認の為に正直に答えて」
空崎さんは報告書の様な書類を取り出すとそこに俺の名前をスラスラと書き記す
そして───一息吐いてから覚悟を決めたように口を開く
「……今まで関係を持ってきた女性の人数は?」
────……すいません、あんま正確な数はあまり……多分、11人程度……だった気がします
「そんなに……じゃあ次の質問に────」
────それで男性は5人ですね、こっちは数が少なかったんで覚えてます
「……は?」
ペンを動かしていた空崎さんの手がピタリと止まる
なんだ?何か不味いことでも────あ、やっべ
「……男の人とも……関係を持っていたの……?」
────……えっと……はい
「………」
〝女性は〟って聞かれた後だったから次は男性経験の方を聞かれるかと思ってつい喋ってしまった
なんで男に抱かれたのかと聞かれれば……まあ……高い金で買ってくれるからってだけだ、キヴォトスだと人間の男子生徒は見掛けないし希少だったんだろうな
因みに大体抱かれる側だった……この情報いらねえか
「……幾ら?」
────え?
「一番高くて幾らで買われたの?」
────えっと……12万くらい?
「……分かった、一先ず聞きたい事は大体聞けたから……今日はもう帰っていいよ、続きはまた今度聞かせてもらうから」
それだけ言うと空崎さんは黙って部屋を出ていってしまった
軽蔑しただろうか、失望されたのだろうか、どちらにせよ……今まで通りの関係を続けるのは難しそうだ
……本当にあの人にだけは知られたくなかったなぁ
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信じられなかった、信じたくなかった、酒泉が身体を売っていたなんて
私じゃないどころか、私以外の彼を好いている人ですらないなんて……そこらの赤の他人に抱かれていたなんて
上手く思考が纏まらない頭で必死に考える
酒泉の身体はもう何人にも汚されている、その事実はもう変わらない
……そう、変わることはない……でも────上書きする事はできる
他の人達より多くのお金を、他の人達より激しい行為を────
「……こんな遅くにごめんなさい」
────いえ……どうせ明日は休みなんで
夜中の9時、インターホンを鳴らした来客は空崎さんだった
続きはまた今度と言っていたけどこうして当日中に家に来たということは何か重大な話でもあるのか……やっぱりクビかなぁ
「……酒泉、もう一度確認するけど数年前に身体を売るのはやめたのよね?」
────はい、それは確かです
「じゃあ……聖園ミカにも調月リオにも、アリウスの誰にも身体は売ってないのよね?」
その言葉に頷くと空崎さんは心底安心したかのように息を吐いた
そして暫く黙り込んでから数十秒後、テーブルの上に分厚い封筒を置いた
中身は────金!?これ、数十万はあるぞ!?
────あ、あの……これは一体どういう……!
「見れば分かるでしょう?酒泉を買いに来たのよ」
さも当然の事のように答える空崎さん
その瞳はどろどろと濁り、そしてギラギラと輝いていた
「もっとハッキリ言ってあげないと分からない?それなら今度こそ理解できるように言ってあげる────」
「私、酒泉を抱きにきたのよ」
────……抱かれるじゃなくて?
「お望みならどちらでも」