訓練場に射撃音が鳴り響く
的の上部───人間で言うところの頭部を撃ち抜き、また別の的に銃口を向ける
その的の上部も狙い撃ち、その横に設置されている的も連続で上部を撃ち抜く
撃つ、当たる、撃つ、当たる、撃つ───外れる
「………っ」
……駄目だ、集中力が落ちている
原因は分かっている……あの日のミサキの問いだ
私はあの問いに対して何も答えることができなかった、昔と同じようにただ立ち尽くすことしか……
《またあの時みたいに黙り込むんだ……酒泉は答えてくれたのに》
あの後放たれたミサキの言葉が私の心に突き刺さる
「……何が違う」
私とあの男の違いは何だ
決して折れることのない心の強さか?それとも自らを縛ろうとする者達に抗えるほどの実戦的な強さか?
私には何が足りない?私には何ができる?
アリウスを抜け出せばよかったのか?教えを否定すればよかったのか?マダムに反抗すればよかったのか?
何故だ……私と酒泉は同じアリウス生のはず、それなのに何故────
「〝何故、皆あの男に引き寄せられるのか〟………そう言いたいのですか?」
「……っ!?マダム!?どうしてこんな所に」
背後から声が聞こえた瞬間、身体が一瞬で凍りつく
私達を支配し、恐怖心を膨れ上がらせる声が……
しかし未だに震える私のことなど気にせずマダムが話を続ける
「最近、折川酒泉が怪しげな行動を取っています。彼が事を起こすならそろそろだと私は予測していますが………敢えて捕らえずに見逃そうと思います」
「……よろしいのですか?」
「ええ、此方から隙を見せれば向こうも乗ってくるでしょうからね」
「……隙、というのは」
「次の任務は酒泉以外のスクワッド全員で行ってもらいます……が、貴女だけ内密に自治区内に残っていなさい。他の者達には〝先に向かわせたからそこで合流しろ〟と伝えておきましょう」
「………」
「アリウススクワッドという厄介な戦力が自治区から離れている状況……彼ならこの隙を見逃さないでしょう、そして彼が出てきたところを貴女に叩いてもらいます」
「それはつまり……」
「ええ───」
「────折川酒泉を殺害しなさい」
マダムの言葉に愕然としてしまう……が、ハッとする暇もなく私の心を支配するかのように次々と言葉を発する
「ただ殺すだけなら今すぐ〝腕輪〟を起動させればいいだけですが、念のため彼以外の裏切り者も炙り出しておきたいですからね………もっとも、あの男の下らない思想に共感する者など殆ど存在しないと思いますが」
「あの男から得られる情報の質や量もそろそろ落ちてきましたからね………もう十分でしょう。それにサオリ、これは貴女の為でもあるのです」
「冷静に考えてみてください……彼は貴女の家族を誑かし、唆して何があるのかも分からない未知の世界へ連れていこうとしているのですよ?」
「頼れる者も存在せず、誰を信じればいいのかも分からない、そんな世界に……」
「根拠の無い希望を与え、それを餌にアリウススクワッドを言い丸める………まるで汚い大人のやり口そのものではありませんか」
「いいですか、サオリ。彼は貴女達を不幸に誘う存在です」
「貴女から家族を奪い、そのまま何処かも分からぬ場所へ連れ去り、貴女を孤独にする………そう、彼は正しく────」
「────周囲の全てに苦痛を撒き散らす疫病神です」
「疫病神……」
「サオリ、アリウススクワッドを……家族を取り戻しなさい」
「家族を……」
「ええ、貴女の家族を護れるのは……サオリ、貴女だけです」
「私が……皆を……」
「大丈夫ですよ、サオリ。家族を護る為に何かを奪うのは決して間違った事ではありません、今回はそれが偶々あの男の命だっただけの話です」
「………」
「やれますね?サオリ」
「……了解しました」
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「酒泉、サオリから次の任務の話聞いた?」
はい……チャンスですね
「……でも、その時は私もいないけど」
アリウススクワッドっていう一番戦いたくない相手が自治区からいなくなってくれるんで、プラマイゼロですよ
「………戦いたくないっていうのは実力的な意味で?それとも……」
……ノーコメントで
「……本当に一人でやるの?やっぱり私が残ってる時にやった方がいいんじゃ……」
こんなチャンス、次はいつ来るか分かりませんから……それに時間が経てばその分、此方の計画がバレる危険性がありますので
「………分かった、でも最悪の場合は私も一緒に戦うから」
それだとアリウススクワッドも一緒に戻ってきちゃいません?
「………説得する」
それこそ無謀では………
「………そういえば話は変わるけど、どうやって聖園ミカに計画実行の日を伝えるの?」
俺達がカタコンベを抜けた後、いつも通る道があるじゃないですか
そこの草陰にこの水筒でも投げ捨てておいてください、それが〝目印〟になるはずなんで
「でも、聖園ミカが計画の日にカタコンベ付近まで来ない可能性だってある」
……そこはあの人に賭けるしかないですね
「……賭け?」
あの手紙には〝毎日〟カタコンベの周りを確認するように書いておきました
「毎日?でも彼女はティーパーティーの一人、そう簡単に行動できないはず……それに時間が合わない可能性だってある、私が水筒を置くのが遅れても彼女が早く来すぎても駄目だ」
ええ、だからこれは賭けなんです……例え彼女が本気でアリウスを救う為に俺の指示に従ってくれたとしても、その後は結局運なんですよ
「………やっぱり無謀すぎる」
けど、その無謀に賭けないとマダムに挑むことすらできないんです
……まあ、仮に聖園さんが間に合わなくてもアリウスの現状を伝えることができただけでも十分儲け物ですよ
「……ねえ、今からでもサオリ達を説得しない?」
他の三人はともかく、錠前さんが頷くとは思えません
〝今の〟錠前さんじゃ……ね
「……今の?」
それと一つだけ白洲さんに言いたいことがあります、もし俺の計画が失敗したら、その時は………白洲さんだけでもトリニティに逃げて────
「断る、私も戦う」
────早いですって、少しは悩んでくださいよ……
「それなら逆に聞くけど、酒泉が私の立場だったらどうする?」
一緒に戦います
「少しも悩まないんだ」
……あっ
「これで分かった?私達はもう後戻りできない、酒泉が戦う時は私も戦う時、酒泉が死ぬ時は……私も死ぬ時」
……じゃあ、絶対に死ぬ訳にはいきませんね
「……うん」
──────────
────────
──────
「うぅ……やっぱり何度食べても味が薄いです……」
「………」
「……それ前も言ってたよね、姫も呆れてるよ」
食べ慣れてしまったあまり美味しくないレーションを手に取り、文句を言いながらも口に入れるヒヨリ
「………?」
「……気にしないでくれ、姫。明日の作戦の事で少し考え事をしていただけだ」
いつもなら他の生徒達に聞かれることを警戒して注意するサオリだが、この日は何故か何も言わなかった
「あっ……でも、この豆料理だけは美味しいですね……こんな幸せなこともあるんですねぇ……」
「……チョロい」
……槌永さん、そんなにこれ気に入ったなら残った分やろうか?
「えっ?いいんですか!?」
「……酒泉、ちょっとヒヨリを甘やかしすぎ。これで舌が肥えたらどうするの」
まあまあ、今日ぐらいは……ね?
「……何が?」
どこか寂しげに笑う酒泉を見て違和感を感じるが、酒泉本人がすぐに普段通りの表情に戻ったことでその事を問い質すような真似はしなかった
「で、では……お言葉に甘えて……あーん」
あーん───
「……待って、何で酒泉が食べさせてるの?ヒヨリもヒヨリで自分から口を開けてるし……」
───え?
「え?」
「〝え?〟じゃなくて……私の言ってることってそんなにおかしい?」
「………!」
「〝ミサキも食べさせてほしいんだ〟?……あっ、そうだったんですね………えへへ」
「は?そんな訳ないでしょ、姫も悪乗りしないでよ……」
……へえ?
「………何ニヤニヤしてるの、気持ち悪い」
そっかー……戒野さんも〝あーん〟してほしいんだー……へえー?
「………絶対にからかってるでしょ」
それなら俺が食わせてあげましょうか?なーんちゃって────
「……なら食べさせてよ」
────え゛っ
「どうしたの?食べさせてくれるんでしょ?早くしてよ」
………や、やっぱり無しで
「………ふん」
相手から反撃を食らうや否や即座に退散する酒泉
彼は向こうから攻め込まれると弱い、これまで共に行動してきたミサキにはそれが分かっていた
「……ねえ、サオリ」
「……なんだ、お前の方から話しかけてくるなんて珍しいな」
そんな光景を無言で眺めているサオリにアズサが声をかける
「ずっとこんな日を過ごすことができたらいいのにね」
「……いきなりだな」
「無理やり訓練させられることも理不尽な暴力を受けることもない、皆で笑いながらこうして食事を囲共にする……そんな日々を」
サオリには何故このタイミングでそんな話をしてきたのか分からなかった
……が、アズサなりに歩み寄ろうとしたであろうことだけは理解できた
「……これからも何も変わらないさ、私達はマダムに従っていればそれでいい」
「………」
「そうすればいつも通りに……皆で……」
「……サオリ?」
まるで自分に〝何か〟を言い聞かせるかの様にブツブツと独り言を呟くサオリ
「………明日も早い、さっさと食事を済ませるぞ」
結局、アズサがそれを尋ねる前に誤魔化されてしまった
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「予定通り、リーダーは先に現地に向かってある程度地形を調べているらしい」
「後から私達も合流……ですね、でもなんで私達だけ別行動なんでしょうか……」
「………」
「複数人で行動するよりも単独の方が誰かに気づかれにくいから……とかじゃない?」
任務当日、ミサキ達は酒泉を置いて指示された場所へ向かっていた
しかし道中、何か考え事をしているようなミサキの服をアツコがクイッと摘まむ
「………」
「姫?………別に、気にしないで」
「……ミサキちゃん、何か考え事ですか?今回の任務の事とか……」
「間接的にだけど……私達アリウスって誰にも見つからないように行動してるでしょ」
「えっと……それがどうかしたんですか?」
「それなのに、最近自治区外の任務がやけに多い……存在がバレちゃいけないなら、そんな任務自体滅多に与えないはず……」
確かにと首を傾げるヒヨリ、しかし疑問を口にしたミサキ張本人が「まあ、私が考える必要はないか」とすぐに切り替えてしまう
今回の任務の目的が酒泉を……裏切り者を炙り出す為の囮だという事を知っている者は、今はこの場にいないサオリだけだ
「………お願い、酒泉。どうか無事で……」
「アズサちゃん?どうかしましたか?」
「………ううん、なんでもない」
そんな事など露知らず、アズサはただ祈り続ける
──────────
────────
──────
「……折川酒泉、何故貴様がここにいる」
「待機命令はどうした」
アリウス自治区にて、酒泉が何人かの生徒に銃を突きつけられている
それも当然だろう、本来ならマダムの命令によって指定された部屋に閉じ込められているはずの男が何故か外に出ているのだから
「命令違反か?見張りはどうした?」
「すぐにマダムの元に────待て、その腕はどうした」
アリウス生の一人が酒泉の右腕に視線を向ける
酒泉は右腕につけられている腕輪によって行動を制限されている
もしもアリウス自治区から逃げ出すような事があれば、即座に腕輪の内側に存在する発射口から酒泉の腕に毒針が突き刺さる
……が、その発射口に接触しているはずの腕の部分がまるで削ぎ落とされたかのように抉られており、怪我と腕輪の間に小さな鉄の板を挟んで無理やり紐で縛っている
目には涙痕を残し、腕からは血をダラダラと流しながらも無言で佇む酒泉、アリウス生達は警戒しながら近づこうとする─────
─────瞬間、アリウス自治区の各地で爆発が起きた