〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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ただいま(そして尊厳よ、さようなら)

 

 

 

 

「この人も一緒に連れていこう、こっちの世界の先生に頼んでどこか静かに眠れる場所を探してもらって……いや、逆にそこら中から生徒達の声が聞こえるくらい騒がしい場所の方がいいか?」

 

「………」

 

「でも、そういう場所って喧嘩が起きるかもしれないからな………墓に銃弾が直撃するって罰当たりな事態は避けたいしな」

 

「………うん」

 

「……とりあえず皆の所に帰るか」

 

「……っ」

 

「………どうした?」

 

「……私、は…」

 

「……もしかして……先生やアビドスの皆に会うのが気まずい……とか?」

 

「私は……皆を傷つけたから……」

 

「今更すぎんだろ……この鉛弾が飛び交うキヴォトスで誰かを傷つけた事が1度も無い生徒なんて存在しないと思うぞ」

 

「……でも……私はそれよりもっと大きい規模で……」

 

「だからといって誰にも会わず1人で生きていくって訳にはいかないだろ?家も金も身分を証明できる物も何もないのに………ブラックマーケットで仕事を紹介してもらうのも危険だしな、逆に表の世界だと履歴書とか無しで出来る仕事は限られてくるし」

 

「……私は……強い、から……」

 

「先生と〝幸せになる〟って約束したのに自分から危険に飛び込んでどうすんだよ………大人しくこっちの世界の先生を頼っとけ、絶対に力になってくれるだろうからよ」

 

「………」

 

「……立場上仕方ないとはいえ、最初は敵対してたし連邦生徒会と色々面倒な取引をしないといけないと思うけど………別にあの人達だって鬼じゃない、アンタに何があったのか事細かく説明すればある程度の譲歩はしてくれるはずだ」

 

「………本当に?先生やホシノ先輩達をこの世界ごと消そうとした私が……受け入れてもらえるの?」

 

「まーだ言うか……本人達は気にしてないと思うけどな……」

 

「……」

 

「……………………あー……いや………流石にない、か?………でも先生に託されたしな……背負うとも言ったし………いやいやいや、それでもこれは流石に…………………でも、約束……したしなぁ………」

 

「………?」

 

「…………あー……シロコテラー………別に嫌なら断ってくれても構わないけどさ、もし許可が下りたら────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……っ…何処だ……何処に居るんだ、酒泉……!」

 

『熱源反応の落下地点はこの辺りだった、地上に戻っているとしたら間違いなくここだよ』

 

 

 

生きていれば、そんな言葉を胸の奥にしまってチヒロが現地のメンバーをナビゲートする

折川酒泉を知る者は一筋の光に縋る様に一心不乱に、折川酒泉を知らぬ者は最悪の可能性を頭に浮かべながら捜索を続ける

 

 

「……っ、違う……こっちにもいない……もう!こんな時に給食部の車さえ残っていればもっと早く探せるのに……!」

 

「………落ち着いてください、フウカさん。いつも私達を下して貴女を助け出している酒泉さんがこの程度で死ぬはずがありませんわ」

 

「……その励まし方、嫌なんだけど」

 

 

 

ふらふらの状態で探し回るフウカを心配してその後ろをついてきたハルナが励ましの言葉を呟く

 

ゲヘナの生徒なら当然のように知っている折川酒泉の実力や活躍、それはハルナ達美食研究会も例に漏れず

 

だからこそ敵でありながら〝簡単には死なない〟という信頼感があった

 

 

 

(……尤も、私がそう信じたいだけなのかもしれませんが)

 

 

だが、今回に関してはそうも言い切れない

 

本人の実力など関係のない、数十数百なんて高さではない、遥か上空からの落下

 

頼りになるのは〝折川酒泉には脱出方法がある〟という情報のみ

 

 

「しゅせーん!どこにいるのー!?たくさん戦ってお腹空いたでしょー!?チーズチョコレートバーガーあるよー!?他にも秋刀魚アップルパイとか味噌カツクリームパンとか……」

 

「やめてよ!トドメを刺すつもりなの!?」

 

「空腹状態ならきっと彼も美味しく頂いてくれますよ☆」

 

 

 

背後で酒泉の名を叫びながら懸命に探し続ける仲間達を見つめてハルナは呟いた

 

 

 

「………こんな後味の悪い終わり方、流石の私達でも頂くつもりはありませんわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あのクソボケは……また私達を不安にさせて……!」

 

キョロキョロと辺りを見渡し、愚痴を吐きながら足早に進むアコ

 

ずっとぶつくさ文句を言い続ける彼女をカヨコが呆れた目で見流す

 

 

「……それ、何度目?」

 

「何度でも言いたくなりますし何度でも言ってやりますよ!彼はクソボケすぎるんです!他人のことも自分のことも!」

 

 

更に声量が上がり、表情を怒りで歪ませる

 

 

「ちょっと弾が当たっただけですぐ死にかける様な身体のくせに!そんなこと気にもせず勝手に飛び出してっ!」

 

「……」

 

「訳の分からない問題をすぐに持ってきたり!少し目を離せばいつの間に他校間を犬みたいに駆け回ってたりっ!」

 

「最後だけはあまり関係無いんじゃ………」

 

 

日頃からの愚痴まで溢れ出してきたアコを見て〝余計な事に触れてしまった〟と頭を抱えるカヨコ

 

だが、少しずつ声を震わしていく彼女の様子に気づいてその言葉が少年を本気で心配しているからこそのものだと理解した

 

 

「はぁ……はぁ……!これで死んでたら絶対に許しませんよ……首輪を着けて一生風紀委員会で飼い慣らしてやるんですから……!」

 

「死んでたら飼い慣らせられないでしょ………それとアコ」

 

「……はい?」

 

「そっちはもう探した後だよ」

 

「……そうでしたね」

気づけば同じ場所を何度も歩き回っていたことにアコは自身の焦り具合を感じる

 

そして、それを自覚できない程に追い詰められている彼女の背中を見てカヨコが複雑そうに顔を歪める

 

 

(……はぁ……依頼人が居なくなったら誰が私達に依頼料を払うの?)

 

 

風紀の番人でありながら時には便利屋に協力を仰ぐ風紀委員

 

彼の事を自分達の社長に尋ねたら〝敵〟ではなく〝ライバル〟と答えるであろうその少年の姿を思い浮かべながら、カヨコはポツリと呟いた

 

 

「……社長達がお腹空かせて待ってるんだから……早く帰ってきてよ?酒泉」

 

 

そして自身も捜索を再開しようとし────

 

 

「……カヨコさん、そちらもとっくに探した後ですよ?焦りすぎでは?」

 

「……念のためだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、エンジニア部の皆さんも此方に向かっているようです」

 

「……うん、報告ありがとうリンちゃん」

 

 

近くの者には聞こえる程度の小さな声で礼を言う先生

 

それを眺めていた生徒達には今まで何度も自分達を導いてくれたその背中がとても小さく見えていた

 

「……あんな先生、今まで一度も見たことがありません」

 

「それほどまでに折川酒泉という少年の存在が先生の心の中の大半を占めていた……という事なのかもしれませんね」

 

 

ボソリと独り言のつもりで呟いたアヤネの言葉にハナコが答える

 

 

「脆い肉体にも関わらず自分の命を平気で懸けて、その身を傷つけて、周りの人達に心配を掛ける………この行動って誰かに似てると思いませんか?」

 

「……先生、ですか?」

 

「そんな行動を自分ではなく生徒が行ったら当然……」

 

「……気が気じゃない……ですよね」

 

「皆さんの会話を聞く限り、それを度々繰り返しているみたいですし………もしかしたら先生にとっては一番放っておけない生徒だったのかもしれませんね」

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……酒泉君ったら、先生を置いて何をやってるのよ……」

 

 

皆とは少々離れた場所で1人呟く少女

 

 

「大切な人にあんな顔させちゃって………もう」

 

 

平常時はミレニアムの財政を支えられる程の優秀さを誇るが、極稀にポンコツを発揮するセミナーの会計

 

その名も早瀬ユウカ

 

彼女はそのポンコツを最悪なタイミングで発揮した結果、今日この日までずっと〝先生と折川酒泉が付き合っている〟というとんでもない勘違いをし続けてきたという経緯を持つ

 

つまり、折川酒泉を知らない者達が先生の取り乱しっぷりを見て〝そんなに先生と親しかったのか〟と考える中、彼女だけは後方理解者面をしながら酒泉を探し続けていた

 

こんな状況なのに1人だけギャグ時空みたいな勘違いをしている少女は、誰にも聞こえない声で再び呟く

 

 

「……本当にこの辺りにいるのかしら?」

 

「うーっす、どうかしました?なんか探してるんすか?」

 

「ああ、酒泉君……丁度良かったわ!実は私達、この辺りに落ちてきたはずの酒泉君を探しているんだけど………何か知らない?」

 

「んー……すいません、俺には見つけらんないっすね。鏡でもあれば話は別ですけど」

 

「そうよね……時間取っちゃってごめんね?」

 

背後から聞こえてくる声に謝罪しながら捜索を続けるユウカ

 

その表情には焦りが見えていた

 

(不味いわね……これ以上奥を探すとなると、落下地点から離れていく事になるし……そうなると本格的に────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?酒泉君?」

 

 

 

 

あまりにもアッサリしすぎていたせいで大して気にも留めなかった少し前の会話に違和感を覚え、ゆっくりと振り向く

 

 

「よっ」

 

 

そこには片腕で2つのシッテムの箱を抱え、もう片方の腕でシロコテラーと共にプレナパテスを支えている酒泉が立っていた

 

 

クソマズコーヒーしか淹れられないどこぞの星狩り族のように軽い挨拶をしてきた少年を発見したユウカは、ワナワナと身体を震わせながら大声で叫んだ

 

 

「……かっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確保おおお─────ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《先生!ただいま戻りました!》

 

「っ……アロナ!」

 

《酒泉さんも私達も無事です!》

 

 

シッテムの箱から少女の声が響き渡ると、酒泉は無言でそれを先生に差し出す

 

色々と言いたい事を抑えながらも先生はシッテムの箱を受け取り、心底安心した様に息を吐いた

 

 

 

「アロナ……それとそっちのA.R.O.N.Aもよく無事に戻ってきてくれた!!」

 

《私達は現実空間に肉体が無いので多少の無理は利きますが……でも、酒泉さんはそうはいきません。酒泉さんが無事だったのはA.R.O.N.Aちゃんの助力のお陰です!》

 

《……私は……別に……》

 

「そっか……ありがとねA.R.O.N.A、酒泉を守ってくれて」

 

《……っ》

 

 

 

プレナパテスに撫でられた時と同じ手つきで画面の向こうのA.R.O.N.Aの頭を撫でる先生

 

懐かしさと共に自分の中に湧き上がる何かを堪える様にその手を受け入れ、A.R.O.N.Aは静かに目を閉じた

 

 

「……さて、そっちでは色々とあったみたいだけど……まずは────酒泉」

 

 

悲しそうな瞳でプレナパテスとシロコテラーを見つめてから、その視線を酒泉に移す先生

 

その表情は今まで一度も見たことがないほど怒りに染まっていた

 

 

「ぁ……せ、先生。彼は……その……」

 

「シロコテラー、いいんだ………そっちの砂狼さん、悪いけどシロコテラーと一緒にプレナパテスを支えててくれないか?」

 

「……ん、わかった」

 

 

酒泉を庇おうとシロコテラーが何かを言いかけるが、酒泉は片腕を彼女の前に伸ばすことでその行動を止める

 

その後プレナパテスの肩をシロコに任せてから一歩前に踏み出し、そのままシロコテラーの方へと振り向き軽く微笑んでから先生に近づいた

 

 

「……酒泉、私が何を言いたいのか………分かっているよね?」

 

 

本当は生徒が無事に戻ってきた事を素直に喜んであげたかった、誰かの為に動いた事を手放しに褒めてあげたかった

 

だけど、先生にはその前に言わなければならない事がある

 

 

「酒泉が間違ったことをした………なんて思わない、酒泉の行動を否定するつもりもない。だけど……せめて一言、私に相談してほしかったな」

 

「君を失ったキヴォトスが本当にハッピーエンドを迎えられると?君を失った人達が本当に幸せになれると思うのかい?」

 

「……私も、君を慕う皆も……そんな世界は願い下げだよ」

 

「……だから……っ…ああ、もう……!私は……!」

 

 

この瞬間まで心の中で湧き上がり、そのまま溜め込んできた感情が先生の中でぐちゃぐちゃに交ざり合う

 

伝えたい言葉が次から次へと浮かび上がり、どれから処理すべきか頭を抱える

 

 

「先生」

 

 

その場にいる全ての生徒の動きが止まる

 

たった一言、先生が少年から呼ばれただけ

 

だけど、その声は今まで聞いたことがないほど清々しい声色だった

 

 

「俺、キヴォトスで幸せになろうと思います」

 

 

 

怒ろうとした、最後に騙してきたことを

 

抱きしめようとした、酷く心配したことを伝えながら

 

だけど、それらの感情が先生の中で一気に静められていく

 

 

「………決めるのが遅すぎるよ、酒泉」

 

「すいません」

 

 

この短時間で何があったのか、プレナパテスとどんな会話をしたのか

 

彼がどこか吹っ切れた様に見えるのはその会話が理由なのか

 

だけど、不思議とそんな事が気にならなくなるぐらい先生の心は満たされていた

 

酒泉の頭を撫でながら微笑む、そんな先生に対して酒泉もニッと子供らしい笑みを浮かべる

 

 

「……はぁ……本当はおじさんからも色々言おうとしたけど……この空気を壊すわけにはいかないし、それはまた今度にしよっかな」

 

「……言いたいこと?」

 

「それは今度時間が出来た時にたっぷり言い聞かせるから、とりあえず今は………あの子の所に行ってあげなよ」

 

 

ポリポリと頬をかきながら欠伸をするホシノ

 

そんな彼女が目を開けて見つめた先には────

 

 

 

「………酒泉」

 

「空崎さん、また心配掛けちゃいましたね………これを言うのも何度目になるんですかね」

 

「……本当よ……馬鹿……」

 

 

ボロボロの格好の酒泉の胸ぐらを下から掴み、その顔を自身に寄せるヒナ

 

ピトリと、互いの頬が触れ合う

 

 

「やっぱり酒泉は何も変わらない……自分の身体ばかり傷つけて………1人で無茶をして……」

 

「はい」

 

「誰にも相談しないで……すぐに駆け出して……」

 

「…………はい」

 

「今回も結局死にそうになって……でも────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────最後には……こうして帰ってきてくれる」

 

 

 

ふわり、とヒナの羽が酒泉を包む

 

 

 

「怖かった……!信じてたけど、それでも怖かったの……!」

 

「今度こそ死んじゃうんじゃないかって……何もいって゛くれないか゛ら……!ほんどうに…っ……しぬつもりだっだんじゃないかって……!」

 

「わたしの手のとどかない゛ところで……そのままいなくなるんじゃないかっで!!」

 

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を胸元に押し付ける少女を、酒泉はその両手で力強く抱きしめる

 

少年の目からは誰よりも格好良く見えていたその立ち姿も、この瞬間だけは誰よりも弱く幼く見えていた

 

「酒泉はまた約束をやぶった!!また勝手にきずついてかえってきた!!」

 

「……ごめんなさい」

 

「うそつきっ!ばか!」

 

「………その通りです」

 

「おおばか!おんなたらし!」

 

「すいませ────えっ」

 

「くそぼけっ!!うわきものっ!!」

 

「え……冤罪!!後半に関しては冤罪です!!」

 

 

泣きじゃくるヒナの言葉にぎょっとしながら必死に否定するが、もはや酒泉の言い訳など彼女の耳に届いていなかった

 

ずずっと鼻をすする音を鳴らしながらより深く酒泉の胸元に顔を埋めると、ヒナはか細く声を出した

 

 

「……もし……次やくそくをやぶったら……」

 

「……破ったら?」

 

「くびわをつけて手足をしばってずっと私のいえにとじこめるから………」

 

「想像以上に罰が重かった」

 

「ごはんもおふろもトイレも……ぜんぶ私がやるから……」

 

「どうしよう、今すぐ逃げ出したくなってきた」

 

「にげたら………」

 

「に、逃げたら……?」

 

「しゅせんのいえの棚裏の〝コレクション〟を風紀委員会でさらすから……」

 

「やり方が陰湿────待って?なんで俺のコレクションの場所を空崎さんが知ってるの?」

 

「………だから……もう、どこにもいっちゃ……だめ、だから……」

 

 

小さな手で酒泉のズボンのボロボロのズボンをギュッと握りヒナ

 

酒泉はその手を自身の両手で包み込み、ヒナの目を合わせる

 

 

「……まあ、俺のコレクションのことは後で聞くとして………大丈夫ですよ空崎さん、俺はもう何処にも行きませんから」

 

「……ほんとう?ぜったいにいなくならない?」

 

「知らないんですか?俺って実は〝不死身のアルコール〟とか〝不可能を可能にする男〟とか呼ばれてるんですよ?」

 

「……うそ……しゅせんの異名なんて〝クソボケ〟いがいきいたことがない……」

 

「共通認識だったの……?」

 

 

自身の服の袖で顔を拭うと、ヒナは酒泉の目をジッと見つめながら静かに何かを待つ

 

 

「………ねえ、まだ〝あの言葉〟言ってない」

 

「……ああ、確かにそうでしたね………」

 

 

 

互いに手を離し、一歩だけ後ろに下がる

 

周りの者達に見守られながら酒泉はヒナの両肩に手を置いて口を開いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 

 

 

 

 

 

たった4文字

 

それだけの言葉をゆっくりと噛みしめながらヒナは酒泉の胸にもたれ掛かろうとし─────

 

 

 

 

「はあああああい!!はいはいはい!!貴方はいつまでヒナ委員長を独占するつもりですか!?」

 

 

 

 

────ヒナの顔は横から割り込んできたアコの胸にぽすん、と埋まった

 

 

 

「あ、そうだ。卒業証書ありがとうございました、天雨さん。多分ですけどあの水筒も筒代わり……ですよね?最高な気の利かせ方でした」

 

「いえいえ、それほどでも────じゃないですよ!!何を勝手な事をしてやがるんですか!?ヒナ委員長がどれだけ貴方を心配してたのか分かってます!?」

 

「うっ……は、はい……丁度今思い知らされました……」

 

「貴方がヒナ委員長に心労を掛けるのはこれで何回目だと思ってるんですか!?私は全部覚えてますからね!?まず最初は中等部時代に情報部の生徒と2人で偽装カップルを演じて情報を集めようとした時に1回!2回目は……」

 

「アコ……」

 

「委員長!ここは私に任せてください!言っても聞かないこのクソボケに自分の立場をわからせて────」

 

「私、今のでアコが嫌いになったかも」

 

「闇に堕ちろ……折川酒泉……!」

 

「なんでこの流れで俺に当たるの?」

 

 

 

恋愛漫画でよくある告白シーンの様な雰囲気から一転

 

ギャーギャー騒ぐアコを全員がジト目で見る………一部の者はほんの一瞬、ガッツポーズをしていたが

 

 

「……ねえ、そろそろ私も彼と会話しても良いかしら?」

 

「……調月リオ、酒泉はまだ私と話してる」

 

「それを決めるのは彼よ」

 

 

リオは下から睨むヒナを無視して酒泉に近づくと、その両の頬に手を当てる

 

その手に体温を感じさせ、目を伏せる

 

 

「……よかった……本当に生きてる」

 

「じゃないとこうして喋ったりしませんよ?」

 

「……ごめんなさい、私がもう1つ脱出シーケンスを用意しておけば……」

 

「いや、途中で計画変更したのは俺ですから……それに23個用意するのでもギリギリだったんでしょ?」

 

「……そうね、今はとにかく貴方がこうして無事に帰って来たことを素直に喜んでおきましょう」

 

 

リオは自分の手を酒泉の頬から離れさせると、丸めた状態のオペレーター服をヒマリから回収する

 

 

「それにしても酒泉に言われて用意したけど……この服は結局何に使うのかしら」

 

「じゃないですよ、何を勝手に私を荷物持ちにしてるんですか下水道女」

 

「……?私は確かに貴女にお願いしたはずだけど……」

 

「〝これをお願い〟しか言われてませんが!?しかも私の返事を待たずに勝手に酒泉の所まで歩いて!!」

 

 

車椅子に座ったまま叫び散らかすヒマリ

 

そんな彼女をリオは憐れむように見つめる

 

 

「……そう、だったのね……」

 

「……はい?なんですか?その目は」

 

「貴女、とうとう服を持つことすら出来ないほど身体が病弱に………ごめんなさい、そうとは知らず一方的に任せてしまって」

 

「は……はぁ!?」

 

「幾ら彼の生存が確認できて気持ちが舞い上がっていたとはいえ、貴女のこともちゃんと気遣うべきだったわ」

 

「誰もそんなこと言ってませんが!?いいですか!?私は貴女の荷物持ちにされたという事実が────聞きなさいっ!!!」

 

リオは後ろから聞こえてくるヒマリの声をスルーし、服を持って再び酒泉に近づく

 

 

「……それで?これはどうするの?」

 

「あー……実はそれ、上空から落下する際の影響で服が燃えた時の為に腰巻き用として持ってきてもらったんですけど……」

 

「そう、ならこれはもう必要無いわね………さあ、帰りましょう」

 

 

そう言ってリオは酒泉の手を握って足を進める

 

……が、酒泉の身体は一歩も動かない

 

 

「………調月リオ、何のつもり?」

 

 

酒泉の顔から下に視線を逸らせば、そこには目を腫らしたまま酒泉のズボンを強く掴むヒナの姿が

 

彼女はその目に敵意を込めてリオを睨んでいた

 

………この時、ヒナはあることを忘れていた

 

酒泉の身体の状態はボロボロ………ならばヒナが今、力強く掴んでいるズボンも当然ボロボロであることを

 

 

「……私は疲労困憊の彼に肩を貸そうとしているだけよ?」

 

「その役目は私1人で十分だから」

 

酒泉の腕を掴んで自らの肩に掛けようとするリオ、そんな酒泉のズボンの腰回りを掴んで引き留めるヒナ

 

1人の男を取り合うように互いに手に力を込める

 

 

「その身体の大きさじゃ彼だって歩きにくいはずよ」

 

「なら背負っていくから」

 

 

バチバチと火花が散る……ような幻覚を見る一同

 

通常であれば一瞬で決着がつく筈のヒナとリオの力比べも、ヒナが疲労困憊状態であることから拮抗状態へと陥っていた

 

 

「まあまあ……ここは間を取って彼本人に決めてもらったら~?」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながらホシノが発した一言、それは折川酒泉に修羅場を味わわせるのに十分だった

 

「……そうね、ここは本人に決めてもらいましょう」

 

「酒泉は当然私を選ぶよね?」

 

「身体のサイズを考えたら私が支えた方が安定するわ」

 

「力なら私の方がある」

 

 

更に手に力が込められ、そのまま引っ張り合うような形に至る

 

リオは服を、ヒナはズボンを力強く握る

 

すると、酒泉は若干身体に痛みを感じながらも2人を止めようと口を開く

 

 

 

「あの……俺は1人でも大丈夫なんで────」

 

 

ビリッ!!!

 

 

「────体力が余ってる人がいたら誰かシロコテラーとプレナパテスに……肩……を……………?」

 

 

何かが破けるような音が上半身と下半身から聞こえ、酒泉は首を傾げながら自分の服を見つめる

 

しまった、というリオの表情と共にハラリと地面に落ちる布切れ

 

それが自分の服の一部だと理解するのに大して時間は掛からなかった………が、それだけならまだ良かった

 

女性だらけの空間で上半身裸になるのは多少の恥ずかしさはあるものの、彼は風紀委員としての活動後チナツに手当てをしてもらう時なども服を脱いでいるのでそこまで抵抗はなかった

 

だが、それは〝上〟だけの場合の話だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員の視線が1ヶ所に集まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七神リンを筆頭に、この戦いで各メンバーのサポートを勤めた連邦生徒会の面々も

 

 

2人のシロコを通じて多少の縁が出来たアビドスの生徒達も

 

 

服を破いた張本人である元セミナーの会長や、未だに先生と酒泉の仲を勘違いしているセミナーの会計も

 

 

ミレニアム最高の頭脳を持つ全知の少女も、そんな彼女を裏で支えていた通信機の向こうのヴェリタスの少女達も

 

 

ある時は敵、ある時は味方として彼に関わってきた便利屋の少女や美食研究会の少女達も

 

 

その身を何度も助けられてきた給食部の少女も

 

 

今回の戦いにオペレーターとして参加したトリニティの天才も

 

 

シッテムの箱の中から2人揃って身体を固まらせる少女達も

 

 

酒泉と互いに銃口を向けあったプレナパテスの教え子も、この世界の先生も

 

 

今日この日まで共に歩み続けてきた風紀委員の行政官と風紀委員長も

 

 

 

「お待たせしました!酒泉さんを探す為……の……発明品……を…………」

 

「え?なんで酒泉が……そ、それよりも………な、なん……で……はだ……か?」

 

「大きいはロマン……だが………こ、この大きさは流石に……」

 

 

 

新たに参戦した、人探しに役立ちそうな発明品を持って現場に駆けつけたエンジニア部の3人の少女も

 

 

 

折川酒泉と深い関わりのある者も、折川酒泉と殆ど関わりのない者も

 

もしくは今日関わったばかりの者も

 

 

 

全てが、1人の少年の下半身を見つめる

 

 

 

そこに聳え立つは天上天下唯我独尊、キヴォトスの現代最強

 

 

二度の黒閃でボルテージが上がっていなくとも十分すぎる程のサイズを誇る特級呪物────下川酒泉

 

 

ある者は声を出すことができず、ある者は固まり、ある者は無意識に釘付けに

 

ある者は赤らめた顔を手で覆いながらも指の隙間からチラチラと覗き、ある者は普通にガン見

 

ある者は「あんなものが先生に……!?」と誤解を更に深め、ある者は対抗して何故かオペレーター服の下に着ていた水着を脱いで自らも全裸になろうとする

 

 

 

 

「リ……リオ……酒泉に服を……」

 

「………」

 

「………リオ?」

 

「……っ!?え、ええ……分かっているわ」

 

 

 

二度目の呼び掛けで先生の声に反応したリオ

 

そのまま手に持っていたオペレーター服を酒泉に手渡そうとゆっくりと近づく………時々視線をさりげなく下に向けながら

 

 

 

「そ、その……とりあえず着替えましょう、酒泉。女性物の服でも腰に巻く分には問題無いし……」

 

「………」

 

「……わ、私は……気にしないわ……貴方のがどれだけ大き───じゃなくて……………偉大な男性だったとしても、私は……その……貴方の理解者、だから……」

 

「……うへ……まあ、お説教はまた今度ってことで………大丈夫大丈夫、若い時は失敗なんて幾らでもあるだろうからさ?おじさんも大して気にしてないからね?」

 

《あ、あわわわわわ……A.R.O.N.Aちゃんは見ちゃ駄目です!》

 

《理解、不能………理解不能理解不能理解不能》

 

「……酒泉……その……私の身体は小さいけど……でも………が、頑張れば……なんとか……」

 

 

 

なんとか意識を取り戻した各々が慰めの言葉を掛けてくれるが、逆にそれが折川酒泉の心に突き刺さる

 

そして、同性だからこそその気まずさを感じ取れてしまった先生の一言が折川酒泉にトドメを刺した

 

 

「……ド、ドンマイ?」

 

 

リオから受け取った服を腰に巻き終え、無言で佇む酒泉

 

彼はその場に居る全ての生徒に微笑みかけ、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「酒泉っ!?」

 

 

 

 

背を向けて無言で逃走した

 

 

もはや力など残っていないはずなのに、キヴォトス人の誰よりも早く走り続ける少年

 

 

その背には度重なる戦いの日々によって作り上げられた数多の傷痕があった

 

だが、その背の傷は恥じるべきものではない

 

何故ならその傷痕の数だけ彼の救った人間が存在するということだからだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに隠しているのは前だけなので尻は丸出しだった

 

 







どっかしらでこの章で終わりと言いましたが、酒泉君が関わってきた各学園を回っていく話を数話程度書いてから終わりにしようと思います

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