突然だが俺は空崎ヒナという女が大嫌いだ
俺より強いし俺より賢いし俺より偉いし俺よりカッコいいし……だが、それらは全て些細な問題だ
俺が空崎ヒナを嫌っている一番の原因は……不良時代の俺を一方的に叩きのめした挙げ句、上から目線で説教しやがったことだ
昔の俺がどんな奴か説明するとそりゃまあ絵に描いたような不良で、異常に発達した視力と長年の不良生活の中で身につけた戦闘能力で気に入らない奴は全員ボコしてきた
自校他校関係なく暴れまわっていたもんで、トリニティで喧嘩を売られた時はあのキャスパリーグとドンパチしたりもしたんだぜ?へへっ(得意気)
……だが、いつも通り気に入らねえ不良をしばいていたらある日、突然風紀委員会の連中がやってきた
どうやら俺が暴れていたのはゲヘナの自治区だったらしく、河川で不良達が喧嘩してるって付近の住民に通報を受けた風紀委員達が俺を連行しにきやがったらしい
だから全員返り討ちにしてやった、よく分からん銀髪の女だけは中々苦戦したが、それ以外の生徒達は全員楽勝だった
……そうして〝もっと強ぇ奴を寄越せ!〟ってイキってたらついにラスボスとご対面、空崎ヒナが救援に駆けつけたって訳だ
正直、初めて目の当たりにした感想は〝こんなちっこいのがゲヘナ最強なのか?〟だった
アビドスもミレニアムもゲヘナもどいつもこいつもチビが最強を名乗ってやがる、そんなことあり得るわけねえだろ
あんなチビに負けるはずがねえ、そんな考えと共に俺は空崎ヒナに襲いかかった
そして────見事に秒殺された
しかもあいつ、俺の事をその辺の石ころを眺めているかのように無機質に見下しやがった
俺と戦ってきた相手は大抵悔しそうにするか怯えるかのどちらかだった、なのにアイツ……何の興味も無さそうに帰りやがった!
男としてのプライドその他諸々傷つけられたままで引き下がれる訳がなかった、次の日から俺は空崎ヒナが出動したという話を聞く度にその現場に突撃するようになった
空崎ヒナが他の不良共を制圧した後に喧嘩を挑み、放課後に喧嘩を挑み、昼食を終えた後に喧嘩を挑み、えとせとらえとせとら……
だが、俺はそれら全ての戦いで敗北した。空崎ヒナと俺の実力差はそれほど大きくかけ離れていた
その度重なる敗北の経験は面倒な過程が大嫌いな俺に空崎ヒナの弱点を調べさせるまでに至った
弱点調査なんてする暇があるなら喧嘩でも売ってくるわと考えていた俺でも流石に今のままじゃ勝てないと気付き、その日から空崎ヒナの後をこそこそと嗅ぎ回る生活を始めた
しかし空崎ヒナが一向に弱点を見せない(戦闘面以外の弱点は発見したが)ことに業を煮やした俺は、もっと近くで空崎ヒナの生活を探る必要があると判断した
「こうして俺は風紀委員会に入ったって訳だ」
「貴方は馬鹿ですか?」
「うるさいハミデヤン」
「ハミデヤン!?」
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「残念だったな委員長ぉ!アンタの仕事は既に終わってるぜえ!?」
呆れているイオリの視線、生暖かいチナツの視線、冷たいアコの視線、それら全てが一人の少年に向けられている
彼の名は折川酒泉、泣く子も黙る不良(自称)らしい
「これで部下に仕事を奪われたアンタの評価は下がるって訳だ!だはははははははー!」
「えっと……ありが……とう……?」
「……まだ礼を言う余裕があるとはな……だが!その余裕も今日までだ!これを見ろ!」
酒泉がヒナに突きつけたのはヒナのデスク内に入っていた仕事用の書類
その中には万魔殿に半ば強制的に押し付けられたものまであった
「アンタが自分の評価を上げる為にコッソリ隠してた仕事も全部終わらせたぞ!これでアンタの評価は暫く上がることはないだろうなぁ!」
「そ、そう……」
「委員長委員長、因みにあの書類全部完璧に記されてましたよ」
「……つまり、私の仕事が減っただけ……?」
「漸く気づいたか!愚か者めぇ!」
少々ズレた方向にドヤる酒泉
この少年の悪事、実は誰かしらにプラスになる様な悪事(笑)ばかりである
不良時代の喧嘩は他の不良にブランコや滑り台を奪われた近所の少年達の為に立ち向かっただけ、河川での喧嘩はその時の恨みをぶつけられただけ
要するに折川酒泉という少年は〝悪〟に憧れている〝ポンコツ〟であった
「……ところで酒泉、さっき風紀委員会に送られてきた〝温泉開発部が教室で暴れてる〟って通報だけど……」
「アンタが来る前に片付けてやったぜ!」
「……その前の通報……美食研究会の件は……」
「奴等から愛清フウカを無理矢理拉致ってやったぜ!あの時の愛清フウカは〝助けてくれてありがとう〟なんて言ってたが……強がってんのがバレバレだったぜ!本当は俺に捕まって怖かったんだろうなぁ!」
「……そう」
「アンタが戦える機会がなくて残念だったなぁ!?これでアンタの身体は鈍りっぱなしってわけだ!」
堂々と勝利宣言を決める折川酒泉(クソバカ)に近づくヒナ
その頬が少々赤らんでいるのを見て酒泉はヒナが泣き出すのを確信した
「……酒泉、ありがとう」
「なっ────」
しかし、返ってきたのは礼の言葉だった
(こいつ……まだそんな強がりを……メンタルすら最強クラスだというのか……!?)
相変わらずのズレた考え、酒泉以外の者なら間違いなく気づくであろう礼を言った理由
だが、折川酒泉にとって打ち倒すべき存在である空崎ヒナの言葉は全て皮肉へと変換される
そうしてワナワナと震えている酒泉を見てくすりと笑ったチナツとイオリは互いに目配せしてからヒナに語りかける
「委員長、せっかく溜まっていた業務が片付いたことですし今日はもう御帰宅されては?」
「……でも、皆がまだ働いてるのに……」
「委員長は普段から他の者達より多くの仕事をこなしてますよね?ですから偶の早期退勤ぐらいは当然の権利かと……そうだ、この際お仕事を手伝ってくれた酒泉君もご一緒にどうですか?」
「はぁ!?チナツ、貴女は何を勝手な事を────もごぉ!?」
「はいはい、アコちゃんは私と一緒にパトロールに行こうねー」
イオリにハンカチで口を塞がれ、そのまま無理矢理身体を引っ張られて退出させられるアコ
チナツはファインプレーを決めた扉越しのイオリに親指を立ててナイス!と送った……が、その直後に折川酒泉の余計な一言が発せられる
「やだよ、何で俺が一緒に帰らないといけないんだよ……友達でもねーのに」
「うっ……」
「……ですが、酒泉君は委員長の弱点を探る為に風紀委員会に入ったんですよね?でしたら帰りも委員長と共に行動することで何か新しい発見があるかもしれませんよ?」
「……確かに」
「……!」
「まあ、最終的に決めるのは酒泉君なので無理強いはしませんが……」
表情を暗くしたり明るくしたりと忙しないヒナの隣で酒泉が納得した様に頷く
それを見たチナツは用は済んだとばかりに部屋を出ようとする
「頑張ってくださいね、委員長」
「……うん、ありがとう」
……ヒナの隣を横切る際、しっかりと小声でエールを送ることも忘れずに
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「………」
「……ね、ねえ酒泉」
「あん?」
「どうして私の顔をジロジロ見てるの?」
「そりゃあ……弱点を探る為だろ」
「……で、でも……そんなに見られると……流石に恥ずかしいというか……」
「成る程な……空崎ヒナの新弱点その一・人にジロジロ見られるのが苦手と……」
「ぅ……」
小学生程の身長の少女の周囲を歩きながらジロジロと見つめる男子高校生
一見不審者にも見えるその少年は至って真剣に空崎ヒナの弱点を探っていた
(……こっちの気も知らないで……)
そんな不審者要素50%の少年でも空崎ヒナにとっては大切な人間だった……勿論、大切というのは〝想い人〟という意味で
理由はどうあれ、折川酒泉という少年はヒナの膨大な仕事を減らしたりヒナの代わりに戦場に赴いたりとヒナの疲労を軽減させる行動ばかり取っている
初めて与えられた無償の愛(酒泉にとってはライバル心)はヒナの心を沼の様に沈めていった……が、残念ながら少年がその心に気づいたことは一度も無かった
(……酒泉にとって私は〝越えるべき壁〟でしかないの?)
顔を伏せて落ち込むヒナ
結局、少年にとって空崎ヒナという女は恋愛対象にはなり得ないのだろう
だというのに当人はお構い無しに〝これは空崎ヒナを倒す為だ〟と考えながらこれからも無責任で無償な愛を与え続けるだろう────
(……私を倒すため?)
瞬間、ヒナの脳裏に一つの考えが過る
ヒナを倒す為にヒナを休ませるような真似をしてきた酒泉、それほどまでに彼は馬鹿……失礼、純粋過ぎた
ならば、その建前を最大限活用できれば今よりも関係を深めることができるのでは?ヒナはそんな考えの下、オズオズと酒泉に話しかける
「……ね、ねえ……酒泉」
「……なんだ?俺は今、アンタの弱点を探るので忙しいんだが?」
「その弱点なんだけどさ……その……実は私、男の子に頭を撫でられると一時的に力が落ちるの」
「……は?」
流石に無理があるか、ヒナの頭は一瞬で冷静になった
そもそもどうしてこんな事を言ってしまったのか、珍しく彼と二人きりで帰ることができたから無意識に舞い上がってしまっていたのか
頭の中でぐるぐると思考が回るヒナに酒泉がくつくつと笑いながら口を開く
「くっくっく……はーはっはっはあ!!!まさか自分から弱点を晒してしまうほど余裕があるとはなぁ!?いいだろう!その余裕、お望み通り崩してやるよぉ!?」
次の瞬間、酒泉の手がぐわっ!とヒナの頭に襲いかかる!……因みに本人は襲ってるつもりだが実際には優しく手を置いてるだけである
そして酒泉はその手でぐわしぐわしと髪を撫で回す
「……え?あ、あの……酒泉?な、何を……」
「何をって……アンタが自分で言ったんだろ?撫でられると一時的に力が落ちるって」
「……そ、そうだけど……」
まさか本当にやるとは、そんな事を考えながらもヒナの頬はほんの少し緩んでいた
「それで?」
「え?」
「だから今のでアンタの力は……空崎パワーはどれぐらい落ちたんだ?」
「え……えっと……90%ぐらい?」
「それは90%残ってるって意味か?」
「う、うん……」
「そうか……それならまだ撫で回さないとな……」
これだけじゃ終わらない、たった一回の出来事ではなかった
こんな時間がまだ続くのか、続いてくれるのか
歓喜なのか羞恥なのか分からないぐちゃぐちゃに入り交じった感情はヒナの冷静さを奪い、どこか遠慮がちに避けていたその一線を少しずつ越えさせていった
「あ、あの!それなら……私と手を繋げばいいと思う……そ、そうすれば空崎パワーが落ちていくから!」
「ほう……?また自分から弱点を……つまりまだまだ余裕だという訳だな?────舐めやがってえ!!!」
狂暴な言葉遣いからは考えられないほどキュッと優しく握られる手、そこからヒナの身体全体に酒泉の体温が渡ってくる
ヒナの頬が過去一赤いのはその体温のせいか、それとも別の理由か
「それで?今は何%だ?」
「……こ、これで80%ぐらい……だと思う」
「くっ……まだそんなもんか……!」
「……ハ、ハグとかの方が効果が────」
「何ぃ!?そういうことはもっと先に言え!」
「あぅっ」
言葉を最後まで言い切る前にヒナに抱きつく酒泉
もはや通行人達のバカップルを見るような目も気にならないのだろう
「これでどうだ!?」
「ま、まだ70%……かな……」
「くそっ……!これじゃいつまで経っても越えられねえじゃねえか……!」
「……っ!」
悔しそうに歯噛みする酒泉、今ならもっと過激な事でも簡単に受け入れてくれるだろう
そんな悪魔の囁きに耳を傾けたヒナはついに勝負に出た
「……ね、ねえ酒泉。実は私の空崎パワーを0%にする方法があるのだけど……」
「何!?そんな方法があるのか!?それはなんだ!?俺は何をすればいい!?」
「じ、実は空崎パワーというのは誰かが私の隣に長く居座ると勝手にその人の所にまで流れてしまうっていう弱点があるの…………だ、だからっ!酒泉が……その……私と長く一緒に居れば空崎パワーは完全に消えるからっ!」
「……要するに俺はどうすればいいんだ?」
「つまり……そ、その……酒泉が……しゅせんが……!」
「わ、わたしと付き合ってずっと隣に居ればいいのっ!」
「……ほう?」
「……あ、いや……今のは……その……!」
幸いにも通行人は去った後、不幸にもトチ狂った考えを口にしてしまった後
アワアワと言い訳する様に手を降りながら何かを否定しようとするヒナ
頬は赤いのに青ざめた表情をしながら混乱する少女の手を少年は両手で包んだ
「いいだろう!なら付き合うぞ!」
「へ?」
あまりにも堂々とした返答に何故か告白したヒナの方が困惑してしまった
「その……良いの?本当に私と付き合うの?付き合ってくれるの?」
「良いも何もアンタが自分から言い出したんだろう?〝私と付き合えば私は弱体化する〟って」
「そ、そうだけど……でも、本当に信じるなんて……!」
それは半ば騙す様な形で告白してしまった事への罪悪感か、それとも単純に状況に対して心が追い付いてないだけか
「言っておくが今更〝やっぱ嘘でーす〟ってのは無しだからな!?悪いがアンタには死ぬまで……いや!死んでも付き合ってもらうぞ!」
ガハハハとテンプレ的な小物の様な笑い声を上げる酒泉
〝死ぬまで付き合う〟を越えた〝死んでも付き合う〟
その言葉を正面から食らったヒナは罪悪感も羞恥心も何もかもが吹き飛ばされた
「うん……うんっ!付き合う!わたしっ、酒泉と付き合う!」
「ああん?随分と余裕そうじゃねえか……これから一生空崎パワーを奪われ続けるってのによぉ!?」
「うん!一生奪って!」
「へぇ……?一生奪い続けたとしても俺ごときじゃ相手にならねーってことか?……上等だゴルァ!?」
「ふふっ……そんな酒泉にもう一つ良いことを教えてあげる」
「……あん?良いことだぁ?」
「空崎パワーはね?幸せになればなるほど下がっていくの」
「ッッッッッシャア!!!なら一生かけてでも幸せにしてやるぜええええええええ!!!」
以下オマケ
小鳥遊ホシノが初めて空崎ヒナに出会った時の感想は〝強そうな子〟程度の認識だった
実際に戦えばそれなりに苦戦するだろうが、本気で戦えばまあ勝てるだろう……心のどこかではそう思っていたのかもしれない
「がはっ……ぐっ……!」
「もう終わり?なら大人しく降参して」
それがどうだ、今ではすっかり〝強そうな子〟から〝化け物〟へとランクが上がっているではないか
ボロボロで片膝をつくホシノ、無傷のヒナ
期間としてはまだ一年も経っていないのにどこでこんなに成長したのか、それとも自分が実力を見誤っていただけか
少しでも呼吸を整える時間を稼ぐ為にホシノはヒナに話しかける
「初めて会った時はこんなに突き離されてはいなかった筈なんだけどなぁ……君、どこでそんな強くなったの?それとも真の実力を隠してたみたいな漫画でよく見るパターン?」
一秒でも長く会話を続け、少しでも早く態勢を立て直す
使える手段を全て使って必死に食らい付こうとするホシノに対し、ヒナはクールに答える
「あら……知らないの?よく言うでしょ?〝母は強し〟って」
「……母?」
「……そういえば〝新しい方の自己紹介〟はまだだったわね」
誰が誰の母か、そんな事を疑問に思うホシノ
次の瞬間、彼女の耳に衝撃的な情報が届いた
「三ヶ月後に〝折川〟になる〝折川ヒナ〟よ、よろしく」
「えっ」
「その頃にはお腹の中のこの子も少しは大きくなってると思うわ」
「えっ」
因みにテラー化した暁のホルスはヒナがボコった
原作知識無し性知識皆無酒泉君「くそっ!〝夜の戦術対抗戦〟とかいうバトルでも勝てねえ!……つーかこれって全裸になる意味あんのか?」