主人公が勝って、敵が負ける
世界が救われて、めでたしめでたし
幼い頃はそんな単純なストーリーに憧れていた、皆が幸せになれるハッピーエンドに
でも、それは物語の中の話。現実ではそう簡単に上手くいくとは限らない
主人公が敵を倒してる裏で仲間が倒れ、世界が完全に救われる事もなくどこかしら必ず傷ついている
……分かっていた、こうなる可能性は俺だって考えていた
それでもどこか油断していたのかもしれない、先生がいれば大丈夫だと、皆で力を合わせれば必ず勝てると
この世界は物語じゃないのに、辛い現実を見せられる可能性だってあるのに
自分がそんな覚悟も持ち合わせていなかった事に気づいたのは、俺達がシロコテラーに敗北した後だった
『……大丈夫、生徒は私が守るからね』
ウトナピシュティムの搭乗員を地上に送った先生は大人のカードとシッテムの箱を使い、最後の力を振り絞ってアトラ・ハシースのエネルギーを抑えた────それでも、虚妄のサンクトゥムの再出現だけは止められなかった
『あ、はは……私、なんかの……心配を、する、なんて……酒泉君、らしく……ない、じゃんね?』
先生が命を落とし、冷静さを失って怒りと憎しみのまま戦っていた俺を敵の攻撃から庇ったのは聖園さんだった
『私は分かっているわ、貴方なら必ず立ち直ってくれるって……だって、私は貴方の理解者だから』
キヴォトス全体の電気設備がアトラ・ハシースにハッキングされそうになった時、それを食い止める為のプログラムを敵に狙われながらも命懸けで完成させた調月さんは俺の腕の中で出血死した
『安心しろ、お前が戦えないのなら────私が、お前の銃になろう』
多くの仲間を失って心が折れた、そんな俺の代わりに戦場に向かった錠前さんはゲヘナとトリニティの生徒達が避難する為の時間を稼ぎ、戦死した
『アリス、漸く自分の生まれた意味が理解できました!アリスはきっと、この瞬間の為に作られたんです!』
『……さっさと涙を拭きなさい、折川酒泉。私と王女の前で辛気臭い顔を見せることは許しませんよ』
天童さんとケイさんは今度こそ完全にアトラ・ハシースを落とす為に、壊れかけのその身をリソースに強化されたスーパーノヴァを放った
皆が、皆が死んでいった
強い人も弱い人も、戦闘員も非戦闘員も
俺の知ってる人も、知らない人も、全員に平等に死が与えられた
それでも歩みを止める訳にはいかなかった
地上に落下したアトラ・ハシースに向かう多くの生徒達、これが最後のチャンスだった
虚妄のサンクトゥムから放たれる怪物達を食い止める為に各エリアの仲間達がその身を張って足止めしてくれた
敵の注意を引き付ける為に民間人まで旗を掲げてくれた
怪我人の手当ての為に保護した人達まで戦場に駆けつけてくれた
生徒、獣人、鳥人、機械人、そしてカイザーまでも
各々が生きる為に戦った、赤い空の下を走り、死体を飛び越え、未だにしぶとく動き続けるアトラ・ハシースにトドメを刺す為に
そうして目的地に辿り着いた時、俺達の目の前に立ち塞がったのは顔が黒く染まったシロコテラーだった
ああ────もう、この人は自分でも止められないんだな
彼女達はシロコテラーとプレナパテスではなく〝色彩〟なのだと直感で理解した
元より話し合いをするつもりはなかった、ここまで被害が大きくなってしまってはもはやその余地は無かっただろうから
そこからはひたすら目の前の命を刈り取る事だけを考えて戦っていた
何の反応も示さなくなったプレナパテスと望まぬ結末を招いてしまったシロコテラーへの同情も感じず、ただひたすら自分達が生きる為だけに鉛弾を撃ち続けた
その間にも多くの仲間が倒れていった、それでも引き金を引き続ける
血で濡れた土を踏みつけ、仲間の死体を盾にし、無我夢中で抗った
抗って抗って抗い続け、そして────気づけばシロコテラーは倒れ伏し、プレナパテスの身体は崩れ、空は青くなっていた
『やった……』
勝った……勝ったんだ!
赤く閉ざされた空は開かれ、漸く地獄のような光景から抜け出せた
失ったものは多い、けどこれ以上奪われることはない
この喜びを分かち合おうと俺はすぐに後ろで戦っていた空崎さんの方を向いた
『やりましたよ!勝ちましたよ!空崎さ────』
空崎さんの胸にぽっかり空いた穴、それは俺の言葉を詰まらせるのに十分だった
それもそのはず、空崎さんは色彩に染められたデカグラマトンの相手をしてくれていた……それも複数体
致命傷を負っても弱音を吐かず悲鳴も上げずひたすら戦闘に徹したのは俺の意識を逸らさない為、それは明白だった
『酒泉……勝った、の?』
『────っ!空崎さん!』
力なく前のめりに倒れそうになる空崎さんの身体を即座に支え、身体の状態をその手で確かめる
傷は深い、血は止まらない、意識は朦朧としている、すぐに応急手当てをしないと────否、しても助かる可能性は極僅かである事は分かっていた
それでも、俺は叫んだ
『誰か……誰か!空崎さんの手当てを────』
気づいた、俺の周りには誰も立っていない事を
ここまで辿り着いた仲間達は全員とっくに限界を迎えていたと
『ぁ……あぁ……』
そして、今度は空崎さんまでその人達と同じになろうとしている事を
『な……なん、で……みんな……!』
『しゅ、せん』
『────!』
弱々しい声が聞こえた瞬間、すぐに空崎さんを背負って歩き出した
もう少し歩けば人がいる、その中に医療班が残っていれば空崎さんの応急手当てができるかもしれない────分かっている、胸に穴が空いて助かる筈がないと
そのまま俺達の拠点まで運べばちゃんとした治療を受けられる────分かっている、そこまで保てる筈がないと
『酒泉』
『大丈夫ですよ空崎さん!戦いは終わったんです!後は傷を癒してから長い時間を掛けてキヴォトスを復旧させるだけ────っ、ぐぅ!?』
空崎さんの声を無視して歩き続ける……が、限界を迎えた俺の足が膝から崩れ落ちる
それでも背中に空崎さんを乗せたまま這い続け、腕だけで無理矢理前に進む
『まだ、だ……まだ、助けられる……!』
『……酒泉』
『俺達は勝ったんだ……これでやっと日常に戻れるんだ……!』
『酒泉』
『空崎さんはキヴォトスの復旧が完了したら何をしたいですか?俺は────』
『酒泉、もういいから』
ごろん、と俺の背から降りた空崎さんの両手が俺の頬に当てられる
手を動かせているだけでも奇跡なのに、空崎さんは口を動かして喋り続ける
『自分の身体の事は自分が一番理解しているわ……というよりも、酒泉だって分かっている筈よ』
『……嫌です』
『私はもう、助からないってことくらい────』
『嫌だっ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!』
自分でも驚いた、俺がこんな聞き分けの悪い子供みたいな拒絶の仕方をするなんて
そんな事をしても空崎さんは助からないというのに
『嫌だ!絶対に嫌だ!空崎さんは死なない!空崎さんは助かるんだ!だって、空崎さんは強くて、俺の憧れで……!』
『ふふっ……こんな時まで女の子を口説くような事を言って…………ねえ、酒泉』
『だから!だから空崎さんは俺と一緒に帰って……これからも一緒にゲヘナで過ごして────』
聞き分けの悪い俺の口が閉ざされ、数秒後には口の中全体に血の味が広がった
空崎さんの顔はいつの間にか俺の顔に近づいており、鼻先と鼻先はちょん、とくっついていた
『ぁ……え……?』
『酒泉、私ね?ずっと酒泉の事が好きだったの』
その言葉と同時に漸く自分がキスされて事に気がついた
『私の為なら簡単に命を懸けちゃう無茶なところも、私のお願いなら何でも聞こうとしちゃう一途なところも、私を支えてほしいっていうお願いを本当に受け入れてくれるところも、全部全部大好き』
『そら、さき……さっ……』
『そんな貴方と結ばれて、愛し合って、子を成して、このキヴォトスでいつまでもずっと一緒に暮らしていたかった』
初めて聞いた空崎さんの胸の内、俺の憧れの人は俺にずっと恋慕を向けてくれていた
『ねえ、酒泉は?私のこと……好き?』
俺が空崎さんに向けていた感情に恋愛の情は無い────そう思っていた
でも、改めて恋愛の対象として見ていたかと問われればそこに疑問が生じる
最初に思い浮かんだのは調印式での行動、幾ら前世で〝推し〟だったとはいえ、そう簡単に推しの為に命を投げ捨てられるほど俺の前世の価値観は壊れているのか?
否、あり得ない。たったそれだけで俺が……前世は普通の人間だった俺が命を懸けられる筈がない
だとすれば考えられる理由は────調印式の時点で既に俺にとって空崎ヒナという少女が自分の命より大切な存在になっていたという事だ
そこまで整理できれば導き出される答えも単純だった、後はその思いを伝えるだけ
『っ、空崎さん!俺、今更だけど空崎さんのこと……が………?』
死の直前に想いを想い人に伝える、物語では在り来たりなシーン
でも、ここは現実だ。悔いを残さず全て伝えられる事もあれば────
『……ぅ、あ……あ……』
────想いを伝える前に、別れが訪れる事もある
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!』
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「貴方は……酒泉の師匠の……」
「……空崎さ……空崎ヒナか」
風紀委員室に向かう途中、曲がり角で人の気配を感じた真水はその足を止める
それから一秒後に姿を現したのは酒泉の上司である空崎ヒナだった
「こんにちは、真水さん……ゲヘナに寄るって教えてくれたら迎えを寄越したのに」
「そこまで気を遣う必要はない、ただ馬鹿弟子の忘れ物を届けにきただけだからな」
そう言って鞄から取り出したのは風呂敷に包まれた二段弁当、真水は溜め息を吐きながらその風呂敷をぶらぶらと揺らした
「あの馬鹿弟子、朝の特訓で疲れていたせいか弁当忘れたまま登校しやがってな……こうして直接届けにきたんだ」
「え?……そ、そう……だったのね……」
「ああ、これ渡したらすぐに帰るからアイツの居場所を……ん?」
そのまま会話の流れで酒泉の居場所を教えてもらおうとした真水だったが、直後にヒナの様子がおかしい事に気がつく
たった今、ヒナが背の後ろに隠した箱は弁当箱と同じくらいのサイズであり、更にはそれを包んでいる風呂敷には箸が二つ付けられていた
……そして、真水はその風呂敷と弁当箱に懐かしさを覚えた
何故なら〝それ〟はかつての彼も経験した事があるからだ
「あー……空崎ヒナ、もしかして酒泉と二人で弁当を食べようとしてたのか?」
「なっ!?どうしてそれを……!」
「いや、なんかアイツに弁当届けようとしたら露骨に落ち込んだし……箸二つ用意してたり俺の話を聞いた途端に弁当隠したりしてたし……」
真水の考えが当たっていたのか、ヒナは顔を赤らめながら無言で頷く
真水は〝やっぱりな〟と呟くと微笑ましそうな目でヒナを見つめ、小さく縮こまったその肩をぽんと叩いた
「これは俺からのアドバイスだがな……お前も知っての通り、アイツはクソボケだ」
「周知の事実ね」
「そうだ、周知の事実だ……こほん!つまり、遠回しにアピールするだけじゃあのクソボケは自分に向けられてる感情に一生気づかないぞ」
「それはつまり……こ、告白しろと言ってるの……?」
「いや、すぐに告白する必要はない……先ずは〝異性〟として意識してもらえ、アイツに〝憧れの人〟以上の感情を抱かせられない限りお前に勝ち目はないぞ」
「異性として?……で、でも……私の身体じゃ……その……」
「別に異性として意識してもらうのにスタイルは関係ない、料理やオシャレといった女子力でアピールしていけばいいだけだ……安心しろ、俺のアドバイスを聞けば絶対に上手くいくはずだ。なんせ────」
「俺以上に折川酒泉の好みに詳しい人間は存在しないからな」