酒泉が右目を押さえて苦しんでいる
右腕も重傷を負っているはずなのに、両手で必死に押さえている
普段の様子からは想像できないような悲鳴を上げながら、倒れ伏して
そしてこれをやったのは────私
「……ぁ……」
違う、私はただ、私を終わらせてほしくて
「ぁ……ぁぁ……」
言い訳をするな、やったのはお前だ、錠前サオリ
「だって……もう、どうしようもなくて……!」
どうしようもないだと?アズサや酒泉だって抗っていたぞ?お前はただ──────
マダムに従っている方が楽だったから抗わなかっただけだろう?
「私は……逃げていただけなのか……?」
〝家族を護る為〟という口実に皆を利用し、自分で考えることを諦めてしまった
その事実だけが心に突き刺さり、自分の中の大事な何かが崩れ去る音が聞こえた気がした
────っ……ぅぁ……!
「っ……!」
ふらつきながらも身体を起こす酒泉と目が合う
片目だけ開けて私を睨み付ける目には怒りや憎しみだけでなく、他の何かも混ざっているように感じた
「……っ……酒泉、私は……」
〝私は〟?何を言おうとしているんだ?言い訳でも口にするのか?
「私……は……」
────もう……っ、いいです……
「……え?」
……アンタも連れていこうとしたのが……間違いだったんだ……っ!
最初から切り捨てるべきだった……!
「………っ」
今までとは比べ物にならない程の激しい憎悪を向けられる
その目を直視することができずに、私は目を逸らしてしまう
────マダムは俺が倒す、アンタはもう邪魔しないで……っぐ!
「ま、待て!その怪我で戦うのは無茶だ!」
どの口が……っ!
何故か身体に力が入らない私を置いて酒泉が壁に手をつきながら歩き出す
私はそれをただ眺めることしかできず────
「何をしているのですか、サオリ。早くトドメを刺しなさい」
「っ!?」
視線を声のした方へ向けると、そこには複数人の生徒に護られながら此方を見下すマダムが立っていた
マダムのことを睨み付けている酒泉のことを無視し、私にだけ語りかけてくる
「目を奪った隙に追撃すれば良かったものを……まだ甘さが残っているようですね」
「マ、マダム!酒泉はもう私達に抵抗できる身体ではありません!再び捕らえて再指導を……!」
「サオリ、私は酒泉を殺すように言ったはずですが?」
「……っ、彼の戦闘能力は私達にとっても有用です!ここは殺すよりも再び縛り付けた方が───」
「彼の武器である目を失っていても、未だ有用だと?」
「それ……は……」
「………サオリ、やはり貴女は中途半端ですね。折川酒泉を殺す為に動いたかと思えば、いざ怪我を負わせてしまえば寸前で後悔したりと」
呆れたような目を向けられるが、最早何も反論できない
この惨劇を引き起こしたのも、それを選んだのも、全部私が思考放棄したから────
「貴女にはまだ早かったみたいですね………仕方ありません、サオリの代わりに彼を処分しておいてください」
「了解です」
マダムの指示を受けた生徒達が酒泉に銃口を向ける
絶体絶命の状況にも関わらず、酒泉はそれでもマダムを睨み続ける
だが生徒達は無慈悲にも引き金にかけた指に力を込め、そして────
────突如、酒泉の近くの壁が吹き飛んだ
「……っ!何事ですか!」
歪な形に穴の空いた壁から人影が飛び出し、そのまま酒泉に銃口を向けていた生徒達を殴り飛ばす
それから後ろにトンッと軽く飛び退くと、酒泉を護るかのように立ち塞がる
「手紙を読んだ時から覚悟はしてたけどさ~……まさかここまで酷い環境だったなんてね」
私は彼女を知っている
善意で私達に手を差し伸べ、それを利用しようとした張本人なのだから
「貴女を招待した覚えはありませんよ───聖園ミカ」
「貴女がマダムかな?招待状なら貰ったよ?ほら!」
そう言って手紙をヒラヒラと見せつけるようにはためかせるミカ
マダムはそんな彼女に不愉快そうに問いかける
「何故ここまで辿り着けたのですか?貴女一人でカタコンベを抜けるのは不可能なはずです」
「うん?ただ正解のルートを見つけるまでひたすら走り回ってただけだよ?あっ、あとハズレのルートを壊したりしてね☆」
「………なんて野蛮な」
強引すぎる解決法に眉間を寄せるマダム
しかしミカはそんな彼女を無視して後ろの酒泉に語りかける
「えっと……貴方が酒泉君で合ってるかな?まあ、キヴォトスで人間の男の子が居ること自体珍しいし、間違いないと思うけど……」
───聖園……さん……っ?
「……え!?貴方、目が……それに右腕のその怪我って……!」
酒泉の身体の状態を見て愕然とするミカ
それも当然だろう、本来なら意識を保っていることすら奇跡なのだから
「そっか……一人で頑張ってたんだね。ごめんね、遅くなっちゃって」
……来てくれたんですね
「当然だよ、だって私はアリウスと和解したくてここまで来たんだもん………といっても、他の人達の協力は得られなかったけどね」
………え?
「あはは……期待を裏切っちゃったかな?でも大丈夫!実は私ってとっても強いんだよ!」
いや、そうじゃなくて………一人なのに駆けつけてくれたんですか?
「……?うん、それがどうかしたの?」
………ありがとうございます
「お礼を言うのはまだ早いよ?まずはあの女を……マダムを倒さないと」
自身の銃を構え、マダムに銃口を向けるミカ
マダムを護る為に生徒達が壁の様に立ち塞がるが、ミカは何故か銃をしまい……
「でも、その前に一旦引かないと……ねっ!」
ボロボロの酒泉を抱えて全速力で逃げ出した
「……今すぐ追いなさい、カタコンベ付近にも戦力の配置を」
「了解しました………おい!今すぐ西区側の奴等を呼び戻せ!」
「我々は聖園ミカと折川酒泉の追跡を!」
すぐに逃亡者を追おうと各部隊に連絡を取る生徒達
そんな中、私一人だけが何もできずに佇んでいた
「サオリ、貴女も追跡隊に加わりなさい」
「………」
「……貴女はもう引き返せませんよ、それくらい理解しているでしょう?」
「……了解……しました」
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「困ったなぁ……これじゃ迂闊に出られないなぁ……」
マダム達からある程度距離の離れた所でミカが身を潜めながら周囲を警戒する
何とか敵を撒いて廃墟に隠れることができたものの、ここがマダムのテリトリー内である以上、見つかるのも時間の問題だろう
「とりあえずマダムと戦う前に酒泉君をここから逃がしたいんだけど……」
ミカは隣で気を失っている酒泉の手当てをしながら頭を悩ませる
……が、流石に目を失う程の重傷は想定していなかった為、必要最低限の止血程度しかできなかった
「……酒泉君やアズサちゃんがいなかったら騙されていたかもしれないんだよね、私」
酒泉の頬に垂れている血を拭いながら一人呟く
「……でも、アリウス側にも和解を望んでいる子がいて嬉しかったなぁ」
自身の思いや努力は無駄ではなかったという事実がミカの心を安堵させる
しかし、この状況を抜け出さなければその努力も無駄になってしまう
「けど……そう簡単にはいかないよね」
ミカには二つの選択肢がある
一つ目は酒泉を連れてアリウス自治区を抜け出すこと
しかし、酒泉を抱えたまま敵の攻撃から逃れるのは容易ではない
仮にミカが敵の攻撃を全て耐えたとしても酒泉にまで被弾する可能性が高い………いや、確実に被弾するだろう
二つ目は酒泉をこの場に置いてマダムを倒しにいくこと
敵組織のリーダーを潰し、相手の戦力を撤退させる
………が、この作戦も上手くいくとは限らない
マダムを倒されて尚、アリウス生達が戦い続けることを選んだ場合、酒泉をこの場に置き去りにして危険に晒しただけになってしまう
「せめてもう少し戦力があれば────っ!」
突如、近づいてくる気配を感じたミカが息を潜める
完全に窓ガラスの存在しなくなった部分からコッソリと外の様子を覗くと、アリウス生の制服が見えた
「反対側の部隊からは〝見つからなかった〟と連絡が来た」
「となれば……あとはこの辺りだけか」
「各員、散れ」
リーダー格の声と共に廃墟に近づく生徒達
(やるしかない……か)
ミカも銃を構え、迎撃の態勢に入る
未だ解決策が見えぬまま戦うことになってしまったがやむなしと割り切って立ち上がる
そして先手を打つために自分から飛び出そうとした
「……待て、カタコンベ付近の部隊から連絡だ」
しかし〝カタコンベ〟という言葉を聞いた瞬間にピタリと動きが止まる
「どうした、そちらの方で何か動きが────待て、戦闘中か?騒がしいぞ」
「すぐに援護に向かう、それまで持ちこたえて………何?裏切りだと?一体誰が……」
「………アリウススクワッドだと?」
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「うわあああああん!本当にやっちゃいましたあああああ!」
「騒いでる暇があるならもっと早く走って」
気絶している敵の横を駆け抜ける四人
任務を放棄して帰って来た彼女達はカタコンベの入り口で拘束されそうになったが、武力行使で強引に突破してきた
「……アツコはどうして一緒に来てくれたの?」
先頭のアズサが同じく隣を走るアツコに問う
「………私がサッちゃんを縛っていたから、かな」
「……アツコが?」
「サッちゃんは今までずっと私を護る為にマダムに従ってきた、だけど………もし私がもっと早く〝逃げ出したい〟って言ってたなら、今頃こんな事にはならずに済んだのかなって」
「……大丈夫、今からでも遅くない。この戦いが終わったらまた皆で笑い合える」
「ありがとう………そういえば、二人もついてきちゃって良かったの?」
アツコが後ろに視線を向けてそう言うと、ヒヨリが息を切らしながら答える
「わ、私は皆さんに従うといいますか……サオリ姉さんや酒泉さんがいない世界は嫌ですし……私としてはミサキちゃんの方が気になるんですけど……」
「………私?」
「はい、ミサキちゃんの性格的にてっきり〝そんな事しても余計に苦しむだけ〟とか言って断ると思ってたんですけど……」
「……そうだね、確かにこんな面倒なこと今すぐ止めたいよ」
「で、ではどうして……?」
「………今度こそちゃんと答えてほしいから……かな」
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───っ……ぃづ……ぅ……
「……あっ!目を覚ました!」
酒泉が片目を開けると、いきなり目の前にミカの顔があった
ゆっくりと身体を起こしてから周囲を見渡すと、辺りには割れたガラスやボロボロの商品棚があった
「勝手にこのお店使わせてもらっちゃったけど……多分、とっくの昔に潰れちゃってると思うし問題ないよね?」
経年劣化している内壁を見るに、人が働くような場所ではないことは明らかだった
「マダムと出会った場所からそこそこ離れたし、そう簡単に見つかることはないと思うけど……一応、静かにね?」
……すいません、初対面なのにいきなり足引っ張ってしまって
「ううん、むしろお礼を言いたいぐらいだよ」
……礼?
「だって……私のことを助けてくれたでしょ?」
え?別に何もしてませんし、なんなら助けられっぱなしですけど……
「ほら、手紙で私が騙されてること教えてくれたでしょ?」
笑顔で手紙を取り出すミカ、酒泉はそこまで言われて漸く理解した
「それに、アリウスの子がトリニティの私を頼ってくれたことも嬉しかったんだ」
………この時の聖園さんってこんなに優しい人だったのか
「ん?何か言った?」
いえ、何も……そうだ!状況は?
「とりあえず酒泉君を連れてここまで逃げてきたけど……カタコンベ付近で何かあったって事ぐらいしか分からないかな」
……カタコンベで?
「うん、アリウスの生徒が通信機で何か伝えているのを盗み聞きしたんだけど………裏切りがどうのこうのって」
酒泉は自分のことを言ってるのかと思ったが、だとすれば今更すぎるとすぐに頭の中で否定した
残る可能性はアズサだが……
────っ、まさか白洲さん………もう戻ってきちまったのか……?
「アズサちゃんが?」
ヤバい……早く合流しないと……!
「だ、駄目だよ!その怪我じゃまたすぐに倒れちゃうよ!」
目を押さえながら立ち上がろうとする酒泉
ミカはそれを止めようとするが────
「見つけたぞ!聖園ミカと折川酒泉だ!」
「……っ!」
────建物内がライトで照らされると同時に銃口を向けられる
敵は二人しかいないが、すぐにでも無線機で増援を呼ばれてしまうだろう
「面倒な事になる前に……!」
その前に敵を鎮めようとミカが一気に駆け出す
敵は弾丸を無視して一直線に突っ込んでくるミカに驚愕し、その隙に一人目を頭から地面に叩きつけられて腹部に銃を突きつけられる
ミカが引き金を引くと、その生徒は一瞬だけ悲鳴を上げそうになるが、その直後に口を押さえつけられる
ミカはそのままもう一人の生徒も鎮めようと隣に視線を向ける
「ぐぁ……っ!」
……が、ミカが銃を向けるよりも先に、十数発の発砲音と共にその生徒が倒れる
ミカは突然の事態に気を取られるものの、すぐに発砲音のした方へ視線を向ける
「……サオリ」
そこにはアサルトライフルを撃った後であろうサオリが立っていた
サオリはそのまま酒泉に近づこうとするが、ミカがその前に立ち塞がる
しかし、サオリはミカの背後で殺気を飛ばしてくる酒泉を見ながら口を開く
「……分からないんだ」
「……え?」
何の事だ、ミカがそう問おうとするよりも前にサオリが力が抜けたかのように手から銃を離す
ミカが目の前に立ち塞がっているにも関わらず、サオリは身体を震わせながら酒泉に近づく
「もう………自分が何をしたいのかすら分からないんだ」