「ほらほらー、早く反撃しないと死んじゃうよー?」
爆発するコンテナ、吹き飛ぶ破片、漂う火薬の臭い
私の標的はたった一人の少年、しかもヘイローなし。そんな相手を始末するにしては少々過剰火力かと思われるだろう……何も知らない奴等からすれば
「……お、きたきた」
砂煙の中を一人分の影が走り抜ける
ほら、やっぱり。あの程度の火力では彼ならあの手この手で平然とやり過ごしてくるだろう、それどころか全然火力が足りないまである
そんなことも理解できない人達には申し訳ないけど私と彼の世界に入ってこないでほしい
「やっぱそう簡単には終わんないよねぇ────酒泉君!」
「終わったら死ぬだろうがぁ!?」
縦に振られるナイフをシールドで防ぎ、片手のショットガンで同時に反撃する
しかしもう片方の手によって放たれたスナイパーライフルの弾がショットガンの射線をずらして私の狙いを逸らさせる
「さっすが!……じゃあ、こっちはどう?」
シールドを離して胸元のアーマーに装着していたハンドガンを取り出す
狙いは当然────彼の額、死んだらその程度だったというだけだ
しかし彼は命の危機だというのに一切の焦りを見せず、私が地面に落とした落下中の盾を蹴りあげてハンドガンの射線すら逸らしてみせた
「おおー……お見事!ご褒美に────これあーげる」
ぽいっと上空に投げたグレネード、同時に両手の武器を手放して彼の身体に抱きつく
私は負傷する程度で済むだろうけど彼は死んじゃうかもしれない、それでも絶対に逃がしてあげないけどね
彼は私が殺してあげたい、でもこんなところで死ぬのは許さない
彼に死んでほしくない、でも激闘の末に殺し切った時の快感はきっと素晴らしいものなのだろう
「要らねぇ……よっ!」
酒泉君が仰向けに倒れながらナイフを空中に投げる、バランスを崩しながらでも命中させたのは流石というべきか
そのまま落下地点のずれたグレネードは数秒後に爆発し、その衝撃を利用して酒泉君は私の手を振りほどきながら後方に転がっていった
恐らく力が抜けたほんの一瞬の隙を突かれたか
「今のも駄目だったかー、結構本気で仕止めるつもりだったんだけどなー?」
彼は強い、私の暴走を止められるくらい強くて、私を傷つけられるくらい強い
こんな戦いができる相手なんて限られている、ここは出し惜しみせず一気に────
「待て!ストップ!時間!とっくに時間過ぎてるから!?」
「うへ?……あ、ほんとだ」
彼が付けていた腕時計(キヴォトス仕様の頑丈なやつ)を見せつけてくる、いつの間にか当初〝約束〟していた時間をとっくに過ぎていた
一日三十分、それが彼が定めたタイムリミットだった
……列車砲を破壊しようと暴走したあの日、私は酒泉君の〝全力〟に負けた
それでも尚狂ったように列車砲に向かおうとしてた私に対して酒泉君は〝どうすれば止まってくれる〟と尋ねてきた
それに対して私は〝定期的に私と本気で戦ってほしい〟とお願いした……今じゃ私の我儘で不定期になってるんだけどね!
でも私にとっての〝本気の戦い〟の定義は彼にとっての〝本気の戦い〟の定義とは違っていたみたいで……まあ、要するに彼は命のやり取りまでするとは思ってなかったみたい
それでもなんだかんだ付き合ってくれているのは私が他の人に喧嘩を売らないように見張る為でもあるのだろう
「えー?もう終わりなの?」
「むしろ十分くらいオーバーしてますよ……ったく、こっちはこの後予定あるんですからね!?」
「……ねえねえ酒泉君、やっぱり戦闘時間一日一時間までに延長しない?」
「んなことしたら間違いなく俺が死にますけど」
「だいじょぶだいじょぶ!あの時みたいにきっと急に〝眼〟がパワーアップしてなんとかなるって!」
「命がけのギャンブルやらせようとしないでくれます?」
「むぅ……ケチ」
酒泉君はよく私に意地悪な事を言ってくる、偶には優しくしてくれても罰は当たらないと思うのに
しかしここで必要以上に駄々をこねると失望されて見捨てられる可能性があるので大人しく引き下がっておく
「で?おじさんより大切な予定ってなんなのさ」
「実はここ最近勢力を拡大させている不良グループを監視してましてね、そいつらが風紀委員会に戦争仕掛けようとしてるって情報が入ってきたんで先にこっちから捕まえにいこうって話になったんですよ」
「……へぇ」
そいつらか、私と酒泉君の時間を奪った三下共は
本当に面倒な事をしてくれるねー………………私の傷を癒してくれるのは彼しかいないってのに
昔から……ユメ先輩を失ったあの日からそうだった、あの事件はずっと私の心を抉り続けていた。そんな私が休めるタイミングは意識が完全に堕ちている時と────戦っている時だけだ
身体の痛みが大きければ大きいほど心の痛みを誤魔化せる、傷口を別の傷口で塞ぐように自ら敵の群れに突撃するのを何度繰り返してきたか
アビドスを狙う連中が沢山居た頃は相手に困らなかった。だけどそんな事を続けている内に私の身体も実力も上がってしまい、途中からは中途半端な相手じゃ満足できなくなってしまった
そうして晴れないモヤモヤを抱えたまま戦っている内に守るべきものや背負うべき責任も増え、かといって私の戦闘欲が完全に消えた訳でもなくそれらは私の中でいつまでもいつまでも残り続けた
そんな私を満足させてくれる数少ない人物を……酒泉君を奪うっていうことは、その子達が代わりに私の相手をしてくれるのかなぁ?
「……あ、そうだ。それじゃあおじさんが代わりにその不良グループ倒してきてあげよっか?それなら酒泉君も体力を残した上で私と戦えるだろうし」
「んなことしたら空崎さんに質問責めされますよ……今だって小鳥遊さんとの関係をなんとか誤魔化しているってのに」
「ええー?いい案だと思ったんだけどなー」
「とにかく、またいつか相手してあげますんでそれまでは大人しく待っててください」
素っ気なくその場を立ち去ろうとする酒泉君、その背に銃口を突きつけたくなる衝動に襲われながらも何とか〝またねー〟と送り出す
(……ま、どうせ撃とうとしても避けられるだろうけど)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ありゃ?ノノミちゃん?こんな所でどしたの?」
「……」
アビドスへ戻る道中、目の前に気配を感じたホシノが顔を上げるとそこには自らの後輩が立っていた
しかし表情は明るい訳ではなく怒り、悲しみ、その他の感情が入り交じった何とも言えない表情に染まっていた
「もしかして〝また〟お迎え?」
「……はい」
「もぉ……心配性だな~ノノミちゃんは、彼なら大丈夫だって言ってるのに」
ノノミがホシノを迎えに行ったのは一度や二度の話ではない……どころか、他の生徒会メンバーもホシノが姿を一向に現さないことに気付いた者から順に心当たりのありそうな場所まで探しにいく
だとしても彼女達がホシノを発見するのはいつも戦闘終了後、大体が手遅れなタイミングだった
「やっぱり今日も酒泉君のところに行ってたんですね」
「そそ、ちょっと彼と遊んできただけだからさ……だから皆もそんなに心配しないでよ」
「……彼を殺すつもりで戦っていたのに?」
「大丈夫だよ、あの子死なないもん」
歪んだ感情から生み出されるある種の信頼、ホシノの言葉はノノミは顔を暗くしながら呟いた
「……私達では駄目なんですか?」
「うぇ?ノノミちゃん達?」
「私達なら酒泉君と違って万が一の被弾があっても簡単には死にません!」
「え、えーっと……まあ、それでもいいんだけどさ……でも、さ……その……」
遠慮するように何かを言い淀むホシノ、その姿を見たノノミは薄々と自分の考えが合っている事を察していた
彼女が自分達を相手に選ばないのは列車砲の件で暴走を止める事も叶わず敗北したから、つまり────
「……私達が……弱いから、ですか?」
「……ごめんね?」
小鳥遊ホシノは心の傷を埋められるほどの強者との戦闘を求めているが、かといってそれ以外の感情を何も持ち合わせていない訳ではない
だからこそこうして謝罪の言葉を口にした……が、むしろその謝罪はノノミの言葉を肯定してしまっていた
「……どうして酒泉君なんですか?ゲヘナには風紀委員長さんだっていましたよね?」
「え?」
「失礼な事を言ってしまうようですが……その……彼がホシノ先輩や風紀委員長さんと同じくらい強いとは……」
「どうしても思えないって?」
無言で頷くノノミ
確かに折川酒泉が小鳥遊ホシノを止めたという話は聞いたが、その時のホシノは事前に多くの敵と交戦して疲弊していた上に、酒泉側は万全の状態で挑めていたが故に辿り着いた結果だった
もし最初から全快の状態でもう一度戦えと言われれば同じ結果にはならないだろう
「……まあ、そうだね。少なくとも〝今は〟まだ私や風紀委員長ちゃんの方が強いだろうね」
「〝今は〟……ですか」
「一年生の時点であの実力なんだよ?もう将来どんな男の子になるのか楽しみでしょうがないよねー」
その前に死ななければ、その言葉を飲み込んだホシノは〝それにさ〟と続けて空を見上げる
思い浮かぶは先生やヒナ、そしてアビドスの生徒達の顔
「ヒナちゃんってなんだかんだ優しいでしょ?私の事情を知ったあの子が本気で私を潰す為に戦ってくれるとは思えないんだよね、先生も自分の力を生徒を倒す為だけに使ってくれるような性格じゃないし……もう一人のシロコちゃんはメンタル的に駄目そうだし」
「……では、酒泉君なら遠慮なく戦ってくれると?」
「いや?あの子も最初は私を止める為にしか戦ってくれなかったよ?」
「……じゃあ、なんで……」
「なんでって、そりゃあ────」
瞬間、ホシノの脳裏に鮮明に浮かび上がる戦闘中の記憶
説得の言葉も怒りの眼差しも全てを捨て、ただ目の前の敵を倒す為だけの物へと戦闘中に進化したあの〝眼〟を
最適なタイミングで最適な行動を選び続け、未来を見通すかのような攻撃で自身を圧倒してきたあの動きを
「……うへ」
「……ホシノ先輩?」
思い出すだけでも身体が疼く、口角が上がる
己の臍下辺りがむず痒くなるような感覚を覚えながらも何とか取り繕おうとする
(ああ、駄目だ。抑えられないや)
口元のにやつきを抑えきれず、両腕で身体を抱き締めても震えが抑えきれず、火照った頬はノノミの目にハッキリと捉えられていた
「うへ、えへへ……」
「……そう、ですか。私達じゃもう────」
自分達の声が届かない、それはもう何度も経験してきた
しかし今はそれだけではない、自分達の声が届かない上にその耳と目は他校の生徒にしか向けられていない
そんな事実に直面したノノミは酒泉に対して嫉妬混じりの複雑な思いを抱くと同時に、ホシノの事を押し付ける形になってしまった罪悪感で心が埋め尽くされた
「次はどんな武器を持ってこっかな、場所もちゃんと考えて選ばないと。そうだ、さっきの酒泉君の動きもちゃんと頭の中でシミュレーションしとかないと……ああ、早く会いたいなぁ」
恋する少女が意中の男性とのデートプランを考えるかのように、後ろで纏めていたポニーテールを弄りながら想像を膨らませるホシノ
(……ごめんなさい、酒泉君)
そこに他者が介入する余地はなく、二人だけの世界が既に構築されていた
「……は?暫く会えない...?」
「調っ……ミレニアムの人に呼ばれてましてね、ちょっと氷山の方まで散歩してくる事になったんですよ」
いつものように戦闘終了後、珍しく酒泉の方から〝話がある〟と切り出されたホシノ
しかし開幕の一言でいきなり頭にクリーンヒットを食らったかの様に唖然と立ち尽くす
「結構大掛かりな調査になる可能性もあるんで、そこら辺も考えて纏めて休みもらったんですよ……空崎さんに」
「……ふ、ふーん?でもあの風紀委員長ちゃんもよく許可なんて出してくれたよね?」
「あー……〝その代わり私も同行するから〟って条件付きで許してもらったんですよ、その間のゲヘナの風紀がヤバいことになりそうですけど……そこは調月さんがAMASを貸してくれるってことで何とかなりました」
「……そっかー」
なるべく平静を取り繕いながら会話を続けるホシノ、しかしその胸の内は久方ぶりのご馳走をお預けにされた子供の様に酷く落ち込んでいた
「……わ、私も一緒に行ってあげよっか?」
「嫌ですよ、アンタ暴走しそうだし……それに俺との関係を空崎さんにバレたくないし」
「…………」
「まあ、帰ってきたら真っ先に連絡してあげるんでそれまでは我慢するかそこらのヘルメット団でも相手にしててください」
ホシノの表情すら見ることなくその場を立ち去ろうとする酒泉
彼の頭の中はとっくに新たな戦いの予兆に対する危機感で一杯だった
(俺の原作知識の中で役立ちそうな物はもう残ってないし、調月さんに助力を求められても大して……まあ、戦闘員ぐらいにはなれる────ッ!?)
突如絶ち切られる思考、背後から刺される殺気
咄嗟に横に飛び退くと酒泉が立っていたその場にはショットガンの弾が着弾した
「急に何を────っ!」
ホシノはショットガンと盾を捨てて酒泉に飛び掛かり、その両手を酒泉の首元へと伸ばそうとする
だが、酒泉は押し倒されつつも直前に自身の両手でホシノの両手を握ったことで首を絞められるような事態は避けられた
「さっきの話聞いてたか!?俺はアンタと戦うつもりはないんだって!」
「…………」
「……っ、おい!聞いてんのか────」
「酒泉君、それはちょっと狡くないかな?」
「……は?」
やっと返ってきた言葉、しかし声色は恐ろしいほどに冷たくて静かだった
「私はもう酒泉君じゃないと満足できないってのに、酒泉君は誰が相手でもいいってさ……ちょっと不公平だよね?」
「誤解を招く言い方を……っ!?」
「そうやってあの時と同じ〝眼〟を今度は他の人にも晒すのかな?……ああいや、もう一人のシロコちゃんは私より先に見てたんだっけ」
ずいっと近づけられる顔面、ホシノの眼はハッキリと見開いて酒泉の瞳を覗き込んでいた
宝物に夢中になっているかのように釘付けにされているその眼はどこかぐるぐると渦巻いているようにも見え、酒泉に背筋が凍てつくような感覚と少しの動揺を与えていた
「そっかー、今更気付いたよ……酒泉君にとってはおじさんが初めてじゃなかったんだね?もっと前からあの〝眼〟を他の人に見せてたなんてちょっと……いや、かなり嫉妬しちゃうな」
正面からの力比べでは勝てない、いずれこの両手も酒泉の首元に届くだろう
しかし抵抗できない訳ではない、敢えて自分から力を抜いて体勢を崩せば────そんな酒泉の考えとは裏腹にホシノは首元へとこれ以上手を伸ばすことなく、酒泉の耳元に顔を近づける
「ね、ね、あの時の眼……もっかい見せてよ────」
「いいえ、貴女が見ることになるのは病室の天井よ」
紫の光がホシノだけを貫く位置で飛び込む
咄嗟に酒泉の上から飛び退いたホシノは先程手放したショットガンを即座に拾い直して銃口を正面に向ける
「……おかしいなー?酒泉君は〝バレてない〟って言ってたはずなんだけどなー」
視界に映るはゲヘナの風紀を統べる小さき長の姿、彼女は酒泉の前に立つとその視線をホシノ……ではなく真下の少年に向けた
「……随分距離感が近かったね……酒泉?」
「そ、空崎さん!もしかして助けに────」
「私に内緒で小鳥遊ホシノとイチャイチャできて楽しかった?」
「ひえっ……」