サオリの言葉を聞いた瞬間、酒泉の殺気が強くなる
しかし怒りをぶつけそうになるのを抑えて次の言葉を待つ
「最初は家族を護りたいだけだった、その為ならば手を汚すことになっても構わなかった」
「だが……その結果、私は皆に苦痛を強いてしまった。地獄のより深い所まで連れてきてしまった」
「外の世界に怯え、皆を閉じ込め、お前の目を奪った」
「罪を重ね続けた私は何をすればいい?手の汚れきった私ではもう皆の手を引くことはできないのか?」
「今まで私のやってきた事は全て無意味だったのか?だとしたら……私は────」
「─────私は何故、戦っていたんだ?」
虚ろな瞳で問うサオリ、酒泉は拳を強く握りしめながら口を開こうとして─────言葉が出なかった
残念ながら酒泉はサオリの問いに対する答えを持ち合わせていなかった
どれだけ抗う意思を持っていても、どれだけ強かろうと、折川酒泉という男は〝子供〟だ
もし、サオリの目の前にいる者が〝子供〟が間違った道へ進まないように導いてくれる存在………それこそ〝先生〟のような役割を持った〝大人〟ならば何か答えてくれたのかもしれない
しかし、折川酒泉は〝子供〟だ
自身の目を奪った者を受け入れられる心の余裕も、憎しみを抑えられるような心の強さも持ち合わせていないのだ
─────っ……ふざけるなよ……何の為に戦ってるのかすら分からない奴に俺の目は奪われたってのか!?
「………」
さっきからなんだよ!アンタの態度は!?せめて開き直ってくれれば思いっきり怒りをぶつけられるのによ!?
「……………すまない」
……っ!もういい!もう一度アンタを────
「はい!ストップ!」
サオリの胸ぐらを掴んでそのまま壁に押し付ける酒泉、しかしミカが酒泉の腕を掴んで動きを止める
「色々と思うことはあるんだろうけど、こんな所で喧嘩してると纏めてマダムに捕まっちゃうよ?」
……っ、すいません
「うんうん、お利口さんだね☆」
酒泉がサオリから手を放すと、今度はミカが正面から向き合う
「ねえ、サオリ」
「何だ、私に何か聞きたいことでも…………ああ、そうか。私はお前を騙そうとしていたからな、言いたいことなど山程────」
「私達に協力してくれないかな?」
「────は?」
唐突に共闘を提案されたサオリは口を開けてポカンとする
理解できないものを見るような目でミカを睨むと、その理由を問おうとする
「……何故私に共闘を持ちかける?私はお前のことを裏切ろうとしたんだぞ?」
「勿論、私達にメリットがあるからだよ?」
「………メリット?」
「この戦いを切り抜けるには私と重傷を負っている酒泉君の二人だけじゃ厳しい………けど、せめて私がフリーで動ける状況さえ作ることができればちょっとは楽になると思うんだ☆」
────は?それってつまり……
「………私が酒泉を護る……という事か」
「ここから抜け出した後も貴女達アリウススクワッドを纏めて保護できるし、そのまま貴女達をトリニティで生活させて問題無しって判断されたらより和解に近づくと思うんだ!」
「………皆を助けてくれるのか?」
「貴女は理由の無い善意は信用できないんだろうけど………こうして理由のある善意ならどう?いいでしょ?」
「……私は構わない、しかし……」
……っ……俺も……構いません……
「そっか!ありがとね酒泉君、私の顔を立ててくれて!」
命の恩人であるミカの提案を無下にする訳にはいかず、酒泉は仕方なく了承する
「偉い偉い☆」と頭を撫でられるが、酒泉の顔はかなり複雑そうだ
「あっ……そういえばサオリに聞きたいことがあるんだけど……カタコンベ付近で何があったのか知らない?」
「カタコンベで?」
「うん、なんか〝裏切りがどうのこうの〟って無線機で話してたところを偶然聞いたんだけど………」
「……いや、私の方には何も連絡は来ていない」
「そっかー……サオリに聞いたら何か分かると思ったんだけど────」
そこまで言いかけた時、遠くから複数の足音が聞こえてきた
複数の人物が地を駆けるような足音が少しずつ近づいていき、各自が警戒するに連れて気配が濃厚になってきた
「────なるほどね……サオリの方に連絡が行かなかった理由が分かったよ」
「………最初から裏切る可能性を考慮していたのか」
やがて気配だけでなく姿がハッキリと見えるようになると、その足音の主達────アリウス生達が三人を取り囲む
「……錠前サオリ、マダムの命により貴様を拘束する」
「……拘束?殺害ではないのか?」
「貴様の質問に答える必要はない……やれ」
主を裏切ったにも関わらず拘束止まりで済んでいる事に疑問を感じるサオリ
……〝とある目的〟のサブプランの為に生かそうとしている事を知っているのは酒泉だけだった
しかし今はそんな事情など関係なく、酒泉達が考えなければならないのはこの場を切り抜ける事だけだ
「……サオリ!酒泉君のことよろしくねっ!殿は私が務めるから!」
「ああ………抱えるぞ、酒泉」
………今だけは我慢してやるよ
「………すまない」
ミカが前に飛び出して敵の視線を集め、その隙にサオリが酒泉を抱えて移動する
背後から弾丸が飛んでくるが、瓦礫や物陰を利用してそれを防ぐ
既に敵を何人か倒したミカもすぐに援護に向かおうとするが、それを阻むように増援が割り込んでくる
サオリも離れた所からミカを援護しようとするが、酒泉を抱えながらではまともに戦うことができない
………それどころか、敵の弾丸から酒泉を庇っているせいで無駄にダメージを受けている
「……っ!各地の部隊が集まってきているのか……!」
────錠前さん、俺を置いて聖園さんの援護に向かってくれ
「しかし……」
今更アンタに助けられるくらいなら死んだ方がマシだ
「……っ」
……今のは俺の言い方に問題があった、悪い
自分の身は自分で護るからさっさと敵を殲滅してきてくれ、その方が効率が良い
「………駄目だ、今のお前ではすぐに被弾してしまう」
その原因を作った張本人であるサオリは自身でも「どの口が」と思うが、ミカに任された以上放っておく訳にはいかない
しかし、このまま酒泉を護りながら戦いに時間を掛ければ敵の戦力が集まってきてしまうのも事実
どうするべきかと瓦礫の裏に隠れながら思考を巡らせるサオリ、その間にも敵が集まっていき────
────その中心部に上からミサイルが降り注いだ
「……っ!?」
これって……
「え?何?知ってるの?」
ミカは突然の援護に困惑したが、サオリと酒泉は見覚えのあるその攻撃に驚愕した
「一体何が……ぐっ!?」
「狙撃だと!?何処から……っ!」
敵が混乱している間にも今度は予期せぬ方向から弾丸が飛んでくる
ズドンッ!と通常のスナイパーライフルの狙撃では鳴らないような音と共に敵が倒れていく
「まさか……あいつらが────」
「皆!こっちだ!」
「逃走ルートは確保してるよ」
「────っ!アズサ!姫!何でこんな所に……!」
銃撃で背後から敵を倒しながら現れた二人を見てサオリの動きが止まるが、アツコが咄嗟にサオリの腕を引っ張って走り出す
アズサもミカが自分達のラインまで下がるのを援護しながらサオリと酒泉を護る
「ナイスタイミングだよ!アズサちゃん!」
敵も酒泉達を追おうとするが、アリウススクワッド本来の連携を取り戻した彼女達は生半可ではなく……
これ以上深追いしても無駄に戦力を削られるだけと判断し、態勢を立て直す為に一時撤退した
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「ぶ、無事でなによりです………」
「……一人だけ大怪我してるけどね」
道中でミサキと合流した酒泉達は、ヒヨリの狙撃地点まで移動していた
各々息を整えながらも、いつでも戦えるように警戒している
「……何故お前達がここにいる」
「アズサから話を聞いたから」
……白洲さんから?
「……ごめん、話してしまった」
「安心して、別に敵として来た訳じゃないから」
アツコの言葉にホッと胸を撫で下ろす……が、そもそもアツコが喋っていること自体に酒泉は驚く
「……酒泉、一つ聞きたいことがあるんだけど」
が、その事について問う前にミサキが酒泉に話しかける
……何ですか?
「腕の怪我は何となく察しがつくんだけどさ────」
「────その目、どうしたの?」
右目に被せている血で滲んだ布を見てミサキが問う
酒泉はなんて答えればいいのか分からず、気まずそうにする
「………私がやった」
……が、酒泉が口を開くよりも先にサオリが答えた
「……は?」
「リ、リーダーがですか!?」
実の姉同然の存在が仲間の目を奪ったと思いもしていなかったのだろう、ヒヨリが信じられない事を聞いたような反応をする
しかしサオリはそれでも口を止めることはなく語り続ける
「お前達を解放する為に戦い、私にすら手を差し伸べようとしたところをナイフで切り裂いた」
「……どうして手を取らなかったの?」
「………逃げ出そうとしたからだ」
「逃げ出す?何から?」
「全てからだ………本当にこれで良かったのか、他に方法は無いのか、それらの考えを全て放棄し、お前達をマダムに従う為の言い訳に利用した」
「そ、そんな……言い訳なんかじゃないですよ!サオリ姉さんはいつだって私達を護ってくれましたし、それに……!」
「………外の世界にはミカのような純粋な善意で手を差し伸べてくれるような者もいた。もし私が人の善意を信じて任務の時にお前達を外に連れ出していれば……今頃こんな環境には居なかったかもしれない」
「……で、でも……自治区外にどんな人がいるのかなんて、実際に会ってみないと分からないですし……」
自身の罪を懺悔するかのように仲間達に悔いるサオリ
そんな彼女の前にアツコが立ち、酒泉とサオリに視線を向ける
サオリは恨み言を言われることを覚悟していた、当然手を出されることも
しかし予想に反してアツコは酒泉とサオリに頭を下げた
「……ごめんね、二人とも」
「……姫?何故謝る?どう考えても悪いのは私一人だ」
「ううん、悪いのは私だよ。だって……サッちゃんはずっと私を護る為に動いてくれてたんだから」
「……っ、違う!それだって結局は皆を苦しめることに繋がって────」
「違う、私がもっと自分の気持ちに正直に向き合うべきだったんだ」
「……自分の……気持ちに……?」
アツコはサオリの手を自身の両手で包み込み、下から覗き込むように顔を近づける
「私が〝皆とここから抜け出したい〟ってもっと早く伝えていたら……きっとサッちゃんはこんな所に縛り付けられていなかったはずだから」
「……違うんだ、最初から私にそんな勇気なんて無かったんだ。外の世界に怯え、〝皆を護るためなら仕方ない〟と諦めることしかできなかったんだ、私は……」
「でも、そのおかげで私達は今日まで生きてこれたよ?」
そう言ってサオリから手を離すと、今度は酒泉の方に向き直る
「酒泉もごめんね、私の判断が遅かったばかりに二人を戦わせることになっちゃって……」
……別に秤さんが悪い訳じゃないだろ
「さっきも言ったけど、これは私が背負うべき責任だから」
………責任?
「うん、サッちゃん一人に全てを押し付けてしまった責任………酒泉、サッちゃんのこと許せない?」
それは………
「当然だよね、失った目はもう戻らないし……」
……そうだよ、そんな分かりきったこと聞く必要ないだろ?
「うん、だからね………サッちゃんの代わりに私のことを恨んでほしいな」
……は?
「滅茶苦茶な事を言ってるのは分かってる、けど……私にも二人を傷つけ合わせてしまった罰がほしい」
アツコの言葉に愕然とする酒泉、何を馬鹿な事をと否定するのは容易い
しかし、アツコの全てを見透かすような瞳がそれを許してくれなかった
「……待ってよ、まだ肝心な事を聞いてないんだけど」
周りの空気が重くなる中、今度はミサキがサオリの前に立つ
「なんだ……お前も知っての通り、私に答えられることなんて何も────」
「別にそんな難しいことは聞かないよ……前と同じ質問をするだけ」
「………前と?」
「サオリ姉さんは皆と一緒にいたいのか、それとも皆を縛り付けたいのか………そう聞いたでしょ」
「……ああ」
「……こうしてマダムに逆らった今なら答えられる?」
今度は逃がさないとでも言うかのようにサオリをジッと見つめるミサキ
サオリは浮かない表情のままポツリと呟く
「……私は、自分の意思で反逆を決意できた訳ではない。ミカに提案されてようやく動くことができた」
「……それで?」
「未だに何をすればいいのかも分からず、この手もとっくに汚れてしまった。だが………それでも、こんな私の感情を吐き出すことが許されるのなら────」
「────私は……皆と一緒にいたい……っ!」
「アツコをこんな場所から連れ出したい!」
「ミサキにもこんな苦痛だらけの世界でも生きていてほしい!私の我儘でっ!」
「ヒヨリにだって欲しがってる物を与えたいし、こんな私に歩み寄ってくれたアズサにも応えたい!」
「だけど……私は酒泉の目を……!他人の人生を壊しておいて、私だけが夢を叶えるなんて……そんな事が許されるわけがない!」
周囲の警戒など忘れ、息を切らして溜め込んでいたものを吐き出す
その手は今にも血が出そうなほど強く握りしめており、その顔は表情が見えないほど俯いていた
「……ありがとう、サオリ姉さん。答えてくれて」
「………むしろ遅すぎたくらいだ」
「………多分だけど、私はこれからも自分の身体を傷つけるかもしれないしその度に皆に迷惑を掛けるかもしれない」
「………」
「けど、まあ……サオリ姉さんがそこまで言うんなら……ちょっとだけ頑張ってみる…………かもしれない」
「……そこは断言してほしかったな」
「………無茶言わないで」
口数こと少なくなるものの、ほんの僅かにだが久方ぶりに微笑んだサオリ
ミサキも慣れないことをしたせいか、どこか居心地悪そうにして─────
「えっと……そろそろ良いかな?」
全員がハッとしてミカの方を見ると、彼女は申し訳なさそうに頭を軽く下げる
「ごめんね、邪魔しちゃって……でもこの後のことについて話し合わないといけないからさ……」
「……いや、すまない。私の方も長話しすぎた」
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「……酒泉、そろそろ出発するって」
………そうですか
「……怪我、大丈夫?」
聖園さんのおかげで何とか………ちょっと血を出しすぎた感もありますけど
「………ごめん、間に合わなくて」
白洲さんが謝る必要は無いですよ
「でも……」
……ねえ、白洲さん。俺って何をやってたんでしょうね?
「え?」
ここまで拗らせてようやく気づいたことがあるんですよ
錠前さんは皆の命を背負って戦ってた……つまり責任を背負ってたんです、マダムの暴力や恐怖に耐えながらも……ね
一方の俺は直接的に誰かの命を背負ってる訳じゃなかった、自分のやりたい事を自分の意思のままにやってきただけです
つまり俺は、錠前さんと違って──────
─────今まで何も背負わずに戦ってたんですよ