「早速状況を整理するけどここはアリウス自治区、敵の懐………つまり私達が敵を潰すチャンスでもあり、敵が私達を潰すチャンスでもあるってわけだね☆」
「敵を倒すにしてもここから逃げるにしても、不利な状況で相手にすることになっちゃうね」
「更にはカタコンベにも戦力を送っているはずだろうし………」
「あっ!それと酒泉君から追加情報!どうやらマダムは………彼女自身も戦えるらしいよ?」
「その上で聞くけど………マダムを倒して主を失ったアリウス生達が降参するのを祈るのと、背後から追ってくる敵と前方のカタコンベを塞ぐ敵を全員倒して脱出するの………どっちがいい?私的には酒泉君を一度トリニティに置いていきたいんだけど……」
俺をここに置いて先に脱出────「っていうのは当然無しね☆」
………俺が一人でマダムを倒しに────「それも駄目だよ☆」
………ここは全員で一旦引きましょう、でも直接マダムが立ち塞がったその時は………ぶっ倒す
「うん、私も同意見。アリウスの生徒達を解放してあげないと全員と和解することはできなさそうだし………でも、酒泉君がやっていいのは最低限の援護だけだよ?」
それでもいいので戦わせてください
「……うん!いい返事だね☆」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
瓦礫や廃墟の間を複数の人影が駆け抜ける
夜の闇に紛れて行動してはいるものの、ここが敵の本拠地………アリウス自治区である以上、少しでも迂闊な行動を取れば一瞬で見つかってしまうだろう
しかし酒泉には自慢の武器がある、その〝目〟で周囲を凝視すれば暗闇の中の敵の監視など問題無い……以前までは
右目を失った今の酒泉は単純計算でも視覚情報が半減している、その分の埋め合わせはどうしても必要になってくる
────っ!
「………大丈夫か」
………………ありがとうございます
「………元はと言えば私のせいだからな」
右側に落ちていた瓦礫に足を引っ掛け、酒泉が転びそうになるのをサオリが支える
酒泉は少し黙り込んでから礼を言うが、サオリの方も複雑そうな表情で答える
周りには少しだけ………本当に少しだけだが、サオリに対する酒泉の当たりが柔らかくなったように見えた
それでもサオリに対する恨みが消えた訳ではない、未だに心の中では憎悪がどす黒く燃え上がっているだろう
しかし────
『うん、だからね………サッちゃんの代わりに私のことを恨んでほしいな』
────自分が誰かを恨めば、その周りの人達まで巻き込んでしまう……酒泉はそれを理解していた
酒泉がサオリに憎悪をぶつければ、他の者も責任を感じて自分自身を責め立ててしまうかもしれない
心に秘めていた思いをさらけ出し、漸く本当の意味で分かり合うことができた。そんな家族の仲に水を差してまで堂々と憎悪をぶつけることなど酒泉にはできなかった
勿論アツコがそれを狙っていた訳ではないことぐらい理解している。心の底から責任を感じているからこそ、口から出てきた発言だということも……
だが、それを素直に飲み込めるほど折川酒泉は大人ではなかった
「……酒泉、一つだけ頼みがある」
………今更ですか
「………この戦いが終わったら、少しだけでもいいから話がしたい」
俺は何も話すことはありません
「そう、か………いや、当然だな……」
………………その時の気分が良ければ、一言二言ぐらいは聞いてあげますよ
「…………すまない、恩に着る」
酒泉も何か思うところがあるのか、ほんの少しだけ譲歩したような言い方をする
しかしすぐに自身を支えていたサオリの肩から離れ、一歩前を進んでいく
「あ、あの二人……大丈夫ですかね……?」
「………さあ」
「〝さあ〟って……」
「私達に解決できるような問題じゃないでしょ、あれは……」
「そうですけど……」
二人の会話を少し離れた場所から見守る他のメンバー達
これから敵陣から抜け出そうというのに、二人の間に流れている空気は最悪だった
「……待って、近くに見張りがいる」
「まだカタコンベから離れてるのに……」
先頭を歩いていたアズサとアツコがピタリと止まると、後ろの者達を手で制止する
「当たりを付けられてる……?」
「というよりも、最初から逃げ切れてなかっただけだと思う」
………あの女のことです、どうせ〝お前等は私の支配から逃れることはできない〟とでも言いたいんでしょうよ
「ふーん……随分と余裕があるんだね?あの女」
腹立たしそうに小さく呟くミカ、しかし実際に敵側の方が余裕なのは間違いない
「どうしよっか……少し遠回りしていく?」
「うん、大体の位置は掴まれているだろうけど、少しでも戦いを避けるに越したことは─────っ!皆!避けて!」
アズサはミカの提案に返事を返そうと後ろを振り向いた瞬間、遠くで筒のような物を構える人影を見つけた
各自それぞれが最善の回避行動を取ると、さっきまでアズサ達が潜んでいた場所にロケット弾が飛んできた
衝撃と共に爆風が襲いかかり、直撃まではしなかったものの多少の傷を負う
「……大体の位置どころか、細かい場所まで特定されてそうだね」
「……甘く見すぎていた」
「ここまで来たら強行突破しかないか……仕方ない」
ミサキがミサイルを上空に打ち上げるのを合図に、全員で一斉にカタコンベ方面へと走り出した
少し遅れて走る酒泉をサオリが援護するが、敵が前方にも現れた為に前からも足止めを食らう
「っ!少しもカタコンベに近寄らせないつもりか!」
「酒泉!サオリ!」
分断されそうになる二人を援護しようとアズサが下がってくるが、前と同じ手は食らわないとでも言うかのように屋根から狙撃手がアズサの足元を狙い撃とうとする
アツコがドローンを飛ばして援護しようとしても、ミサキが次弾の準備をしようとしても、それらの行動を妨害してくる
「敵の手を分かってるのはこっちだけじゃないって事だね……!」
ミカが敵の一人の腕を掴むと、そのまま酒泉達を足止めしている者達に向かって強引に投げ飛ばす
その隙に仲間達と合流するが、路地裏から突然現れた増援も加わり、すぐに囲まれてしまう
「皆さん、ご苦労様です」
酒泉達の耳に聞きなれた声が響く
ある者にとっては恐怖の対象、ある者にとっては憎悪の対象
その者はゆっくりと歩みを進めると、やがて酒泉達を見下すような視線を向けながら立ち止まった
「まさか貴女まで下らない戯れ言に乗せられるとは……失望しましたよ、サオリ」
「……マダム」
マダムは呆れながら溜め息を吐くと、今度は視線をミカに移す
「折川酒泉は一度サオリの説得に失敗しています、となると……貴女が原因ですか?聖園ミカ」
「……だったら何?文句があるなら直接来れば?」
「やはり貴女には野蛮という言葉が似合いますね……ですが、今回ばかりは同意見です」
マダムが腕を前に突き出すと、そこから枝分かれするかのように腕が広がっていく
身体は前よりも大きく、足は木の根のように地面に刺さる
顔は花が咲くように広がり、背には赤い光輪が展開される
「貴女達ごときに無駄な時間を使うつもりはありません、私自らの手で葬ってあげましょう」
「………わーお」
流石のミカもこの事態は想定していなかったのか、思わず口を開けてしまう
「こ、これがマダムの本当の姿ですか!?唯でさえ恐ろしい姿でしたのに……」
「……今まであんな怪物に従っていたんだ」
ヒヨリは自身の元主である存在の真の姿を目の当たりにし、身体を震わせる
ミサキも底知れぬ恐怖を感じるが、元より感情を荒立たせることが少ない為、すぐに戦闘態勢に入る
「サッちゃん、私達も────サッちゃん?」
「……どうしたの?サオリ」
自分等のリーダーに指示を仰ごうとアズサとアツコがサオリに声をかけるが、その直後に異変に気づく
「……っ、いや……大丈夫だ」
平静を装ってはいるが、サオリの様子がおかしいことは誰の目から見ても明らかだった
目はマダムの頭部……より少し下に向け、銃を握る手はヒヨリ以上に震えている
……サオリが感じているもの、それは〝恐怖〟だ
自分一人でマダムに相対したのならそこまで影響はなかっただろう………が、ここにはサオリの家族がいる
自分の身をマダムに捧げてまで護ってきた大切な家族、もしここでしくじればそんな彼女達まで傷付くことになってしまう
……いや、最悪の場合、アツコ以外殺されるかもしれないし、そのアツコもいずれはマダムの犠牲になるだろう
失うことへの恐怖、それがサオリを縛り付けていた
(……覚悟はしていたつもりだったが)
多少は落ち着きを取り戻したものの、未だに佇みながら冷や汗を流すサオリ
「……どうしたのですか?早く貴女達も戦闘を始めなさい」
「……り、了解ですっ!」
しかし敵は待ってくれない
味方であるはずの自分達にすら知らされていなかったマダムの姿を見て身体が固まっていたアリウス生達
ギロリと睨まれると、まるで何かに追われるかのように直様行動を開始する
「っ!全員散れ!一ヶ所に留まるな!」
そこまで来て漸く指示を出すサオリ
「酒泉!お前は私から離れるなよ!」
───分かってるよちくしょうっ!
「ならいい!最低限の援護だけ頼む!」
酒泉にとっては今すぐにでも突っぱねたい頼みだったが、緊急時であることを理解していたため渋々と下がりながら左手のアサルトライフルで周囲の敵を撃つ
元より片手での狙撃が得意だった酒泉は的確に撃ち抜いていくが、右側の敵だけ撃ち漏らしてしまう
「……っ、私がやる!」
顔を歪めながらもカバーするサオリ、その行動は罪悪感に駆られてのものでもあった
……戦闘中にそんなことを考えていたのがいけなかったのだろう、サオリはマダムが指を向けてきている事に気づかなかった
「リ、リーダー!」
マダムの指から赤い光線が放たれるが、ヒヨリが咄嗟に放った一撃により射線は外れた
マダムは苛立たしげにヒヨリを睨むが、視覚外からミカが飛び出してくる
そのまま脚に力を込めて一気に顔に近づこうとするが、何かを切り裂くような鋭い音と共に枝分かれしたような指がミカに襲いかかる
ミカは後ろに下がって回避し、今度は横から回り込むように駆け出す
「サオリは足手まといの御守、他のスクワッドメンバーは取るに足らない、なら……貴女を倒せばそれで終わりですっ!」
マダムの未知のエネルギーによる攻撃が苛烈さを増す
全ての攻撃がミカに襲いかかり、ミカも致命傷になりそうな攻撃は避けているものの、少しずつ切り傷が増えていく
「……アズサ、あの女の援護してきて」
私が道を作るから、そう言うとミサキは普段よりも少しだけ射角を下げてミサイルを放つ
ホースから流れ出る水のような軌道で敵に降り注ぐと、がら空きになった中央をアズサが駆け抜ける
そのままマダムの腕に向かって手榴弾を投擲すると、爆発によって腕が大きく弾かれる
「チッ……鬱陶しいっ!」
アズサとミカを二人纏めて貫こうとするが、気が逸らされた隙に煙幕を張られ二人を見失う
「この煙幕……ロイヤルブラッドめ、小賢しい真似を……!」
マダムは四方八方に光線を撒き散らして無理やり煙を払うが、既に二人の姿はなく────
「……っ!」
───代わりに、通常のスナイパーライフルよりも破壊力に特化したヒヨリの銃による狙撃が顔面に直撃する
これだけでは致命傷にはならないものの、隙を作るには十分だった
ミカが、アズサが、サオリが銃を構えてマダムに接近する
酒泉が、ミサキが、アツコが、前衛の三人を護ろうと周囲の敵の意識を刈り取る
ヒヨリがトドメの一撃に備えて弾を装填する
全員がこれで決着をつけるつもりでいた────そして、その中で真っ先に異変に気づいたのはミカとサオリだった
マダムがニタリと笑った瞬間────
────顔前に突然現れた赤い球体が、敵も味方も関係なく全てを吹き飛ばした
──────────
────────
──────
「……まさか、味方ごとやるなんてね」
「味方?ここにあるのは全て私の道具ですよ?」
身体についた砂埃を払いながらボロボロの身体で立ち上がるミカ、膨大な威力の攻撃を食らっても尚動けるのは彼女持ち前の頑丈さが理由だろう
ミカは周囲の状況を見渡しながら少しずつ下がる
……仲間は全員意識はあるものの、それぞれ傷口を抑えて痛みに耐えている
その場にいたアリウス生は全員気絶している……が、増援の生徒達がこの場の惨状に困惑しながらも遠くから近づいてくる
「随分と余裕が無くなってきましたね、聖園ミカ?」
反対に優位に立ったことで余裕が態度に現れるマダム
先程からずっと自身を小馬鹿にし続けてきたミカを見下すような目で見つめる
────余裕が無いのはテメエの方だろ、ババア
「………何?」
が、今度は瓦礫を退かしながら姿を表した酒泉に煽られる
「私の方が余裕が無い?貴方は周りの状況が見えていないのですか?」
アンタは秤さんも錠前さんも逃がす訳にはいかないからこうして直接出向いて来たんだろ?内心、結構焦ってただろ
「……折川酒泉、貴方は自分の立場が分かっていないようですね、私には今すぐその口を引きちぎる事だってできるのですよ?」
────ハッ!今まで直接戦う度胸も無かった奴にそんな事ができるとは思えねえなぁ!?
「……私の温情で生き永らえていただけの存在が、随分と大きな口を叩きますね」
その温情も、もう必要ないけどな………アンタがさっきの一撃で腕輪を壊してくれたおかげでなぁ!?
「腕輪など無くとも、今の貴方を始末することぐらい容易いのですよ」
マダムと罵り合いながらも、視線をミカに向ける酒泉
その瞬間、ミカは理解した………酒泉はマダムの気を自分に向けさせようとしているのだと
時間を稼いでいる間に態勢を立て直す準備をさせようと、必死にマダムを煽っている
……本当に余裕が無いのは酒泉の方だった
「……貴方は口を開けば開くほど人を不愉快にさせますね」
これ以上会話を続けても時間の無駄だと判断したのか、マダムが酒泉の方へと手をかざす
その中央には赤いエネルギーが集まり、別れの一言すら発さずにそれを解き放つ
エネルギーは一直線に酒泉の心臓目掛けて飛んでいき、そして────
────横から割り込んできたサオリの背中に直撃した
サオリが口から血を吐き出し、力なく倒れる
それに巻き込まれた酒泉も押し倒される形で地に背をつけるが、そんな事よりも酒泉の表情は怒りと困惑で溢れていた
────なん、で……なんで今更庇うんだよっ!?
「………これは、私が自分で選んだ答えだ」
はぁ!?何を訳の分からないことを……!
「誰かに命令されてではなく、自分の意思で決めたんだ……〝お前を助ける〟と」
………そんなことされても、俺の目はもう戻らねえんだよ!アンタの自己満足に俺を利用すんじゃねえ!
「そうだ、これは自己満足だ……お前の言う通り、今更何をしたところで私の罪は消えないし、お前の目も戻らない」
だったらこんな下らないこと……!
「お前だって無理やり皆を助けようとしていただろう、それと同じ事をしたまでだ。それに………約束を違えられては困るからな」
約束……?
「マダムを打ち倒して皆を解放してくれるのだろう?」
「………サオリ、貴女は救いようのない子ですね」
二人の会話を聞いていたマダムが失望の眼差しと共にサオリに語りかける
膝をつきながらも何とか態勢を立て直そうとするサオリ、そんな彼女の心を折ろうとマダムが圧を掛ける
「これまで散々私の命令に従い、皆をアリウスに縛り付け、折川酒泉の目を奪った……それなのに今更善人面ですか?」
「……その通りだ、私が今更何を喋ろうと、全て都合の良い言葉にしかならないのだろう」
「自覚しているのにも関わらず開き直っているのだとしたら、尚更質が悪いですね。」
「………それでも、こんな所で終わる訳にはいかないんだ」
マダムは違和感を覚える
こいつの目はこんなに光を灯していたかと、こいつの心はこんなに強かったかと
……いや、心は何度も折れているのだろう。それでもサオリが立ち向かえるのは〝家族〟という支えがあるからだろう
今までのように一方的に庇護下に置くのではなく、互いに心の奥底を打ち明けた上で家族を救うとサオリは誓った
……そして、その答えに辿り着くまでに犯してしまった罪の罰を受けることも
約束と罰、その二つが今のサオリの原動力だった
「今までの間違いや犯してきた罪を無かったことにしない為にも!ここで立ち止まる訳にはいかないんだ!」
痛みで脚を震わせながらも立ち上がるサオリ
「お願い、サッちゃん!」
「……ああ!」
サオリが駆け出すと同時に上空からアツコのドローンが煙幕を張る、しかし先程と同じ手と侮ったマダムは冷静に敵が出てくるのを待つ
煙幕の中から何かが飛び込んでくるのを視認したマダムは、腕でその〝何か〟を振り払う
「……これは……ドローン!?」
アツコが任務の時に使用する、特に何の武装も施されていない偵察用ドローン………それが地面に叩きつけられる
「こんなブラフで────っ!?」
「ナイスだよ、姫」
腕を振ったせいで無防備になったマダムの顔にミサキの放ったミサイルが直撃する
「この程度のダメージで私を倒せるとでも……っ!」
ミサイルによる爆風の中から現れたサオリを仕留めようとマダムが赤いエネルギーを鋭い槍のように変形させる
「さ……させません!」
「サオリ!そのまま走って!」
ヒヨリはマダムの手元を、アズサはマダムの胴体を狙ってバランスを崩させる
投擲された槍はサオリの一歩手前に突き刺さり、マダムは舌打ちする
サオリはそのままマダムの懐に潜り込むと、一本のナイフを顔に向かって投げつける
「どこを狙っているっ!」
しかし、最初から自身に当たることはないと分かっていたマダムは顔を一切動かさずに次の攻撃の準備をする
実際にナイフはマダムの顔の横を通りすぎ、下に落下していく
そして────
「……っ!?気配!?」
────その背後から接近していた酒泉の手に渡る
瓦礫を、崩れかけの屋根を、あらゆる物を利用してマダムの顔に近づく酒泉
「余所見するなんて甘いんじゃないっ!?」
「ぐっ……!?」
それに気を取られたのがいけなかったのだろう、いつの間にか高く跳び上がっていたミカがマダムの頭を勢いよく殴り付ける
身体は前のめりになり、顔は酒泉に近づく
その隙を酒泉は見逃さず、自身もマダムの顔に近づこうと普通の肉体の人間に出せる限りの力を絞り出し、跳び上がる
─────全部……!
ナイフを握る左手に力を込め、そのままマダムの顔に突き刺す
そのナイフの威力は、ミサイルでダメージを受けたその顔を裂くには十分だった
─────全部テメエのせいだああああああ!!!
ぐちゅりと音を立てながら、マダムの顔にナイフが入り込む
人間で言うところの右目に位置するであろう、その異形の顔は突如として崩れ去っていく
巨大な身体は力を失ったかのように小さくなり、枝のように別れた腕が一つに纏まっていく
その中心部には人間に似た姿に戻っているマダムがいた
「ぐぅ……っ……あああああっ!!!」
右目にはナイフが刺さったままの状態で、マダムは悲鳴を上げながら無理やり目から引き抜く
「ふざ……けるな……!子供の分際で!大人に逆らうなど……!」
「マ……マダム!大丈夫ですか───」
「何をしているっ!さっさとあの者達を排除しなさいっ!」
自身を気遣う生徒にすら怒りをぶつけ、敵を排除しろと命令するマダム
アリウス生達も恐怖を覚えながらも逆らうことができず、酒泉達に銃口を向ける
「まだ戦うの?貴女達の主はとっくに負けたんだよ?」
「黙れっ!マダムの命令は絶対だ!」
「………その女は貴女達のことを便利な道具としか思ってないよ」
「それがどうした!?私達はマダムの道具だ!」
説得など全く意に介さずに殺意を向けてくる生徒達
これほどまでに深く洗脳教育が刷り込まれていることを改めて実感したミカは、どうすることもできない歯痒さを感じる
「敵は疲労している!態勢を立て直される前に始末するぞ!」
敵の一人がロケットランチャーを構え、狙いを定める
そして敵を葬らんと引き金を引こうとする
────その瞬間、酒泉達の背後からスナイパーライフルによる狙撃が彼女の頭に直撃する
狙いのズレた弾は見当違いの場所へ飛んでいき、直撃と同時に爆発する
「よ、良かった……間に合いました……!」
「っ!?誰!?」
アズサが咄嗟に後ろを振り向くと、黒い制服を着た大勢の少女達が此方に向かってきていた
「無事だったんですね、ミカ様!………ところで、ミカ様と一緒にいるアリウスの方々は味方……でいいんですよね?」
「貴女達は……正義実現委員会の子達?なんでこんな所に……」
「えっと……ティーパーティーの御二方に要請されたんです、ミカ様を救出するようにと……」
「……え?ナギちゃんとセイアちゃんが────」
「キヘエエエエエエエエッッッ!!!」
「え!?なに!?新しい敵!?」
ミカが困惑しているところに、更にとんでもない形相の少女が乱入してくる
チラッと一瞬だけアリウススクワッド達に視線を向けると、そのまま敵の方へと突っ込んでいった
「なんだこの女は!?」
「撃て!勢いに任せて暴れているだけの者などすぐに……なっ!?止まる気配がないぞ!?」
手榴弾を投げられようと、弾丸が直撃しようとも全く止まらないツルギに翻弄されるアリウス生達
必死に迎撃しようとしてる間にも一人また一人と沈められていく
「……もう始めてしまったのですね」
唖然としているミカの背後からまた別の生徒が近づく
その生徒は手にスナイパーライフルを構えると、ツルギから離れている敵を狙い撃つ
「……ハスミちゃん」
「既にお聞きになったかと思いますが、ティーパーティーの要請でここまで救援に来ました」
「……よくカタコンベのルートが分かったね」
ミサキが疑問を口にすると、ハスミは当然のように答えた
「何名かのアリウス生がカタコンベ内に居ましたので、そこを辿って進みました……まあ、敵の姿が無くてもここまで辿り着けたと思いますが」
「ず、随分自信がありますね……?」
「ええ、だって………カタコンベのルートの幾つかが何者かによって破壊されていましたから、必然的にここに来ることになると思いますよ?」
「え?それって……」
「私達がカタコンベの入り口に到着した頃には既に中はボロボロだった……ということは……」
「………あっ」
アツコの推理を聞いたヒヨリが視線を前に向けると、何故かミカが気まずそうな顔で視線を逸らした
「………そんなに暴れてたんだ」
「し……仕方ないじゃん!急いでいたんだし!」
手をぶんぶんと振りながら誤魔化すミカ
……それでも銃は手放していないため、一応ここが戦場であることを忘れてはいないようだ
「面倒な連中が……!………っ各自、撤退を!倒れている者共は置いていきなさい!」
歯軋りをしながらもアリウス生達に撤退の指示を出すマダム
逃げようとしている間にも次々とツルギの手によって仲間の意識が刈り取られていくが、そんなことなどお構い無しに退いていく
サオリはその光景を息を整えながら眺めていると、突如脚の力が抜け、ガクッと膝をつく
頭を下げて俯いていると、何者かに手を差し伸べられる
顔を上げてみると、微笑みかけてきながら手を伸ばしているアズサが視界に映った
サオリもフッと笑い返し、その手を取って立ち上がる
「これは……勝ちでいいの?」
「……ああ、私達の勝利だ。私達はやっと────」
「────マダムの支配から抜け出せたんだ」
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あの後、アリウス生は大勢捕まったものの肝心のマダム本人は発見できなかった………また、自治区内には痕跡も何も残っていなかった
突然アリウス自治区から消えたとしか思えないような方法で彼女は姿を消した
……何者かの手助けがあったであろうことは、原作の知識を持つ酒泉だけが知っている
「随分とボロボロになったじゃないか、我儘お姫様?」
「……無事で何よりです」
多くの生徒と共にカタコンベを抜けると、外ではナギサとセイアが待っていた
……ナギサに関しては何故か愛用の椅子を持ってきていたが
「ナギちゃんにセイアちゃん……なんで……?」
「その〝なんで〟という言葉が何に対してなのかは分からないが………私はただ、ティーパーティーの一人が会議をすっぽかして突然行方を眩ましたから探索隊を出しただけだが?」
何もおかしい事などないだろう?と堂々と返すセイア、しかしそれはミカを心配しているが故の行動だという事はその場にいる全員が理解していた
普段からぶつかり合っていた相手からの思いもよらぬ心遣いにミカは目頭が熱くなった
「全く……君の動向を調べてみれば、こんな危険な所に通っていたとはな……」
「………二人とも、ありがとね」
「……………」
「………ナギちゃん?」
ミカは二人に礼を言うが、ナギサは返事も返さず無言でミカに近寄る
何やら不穏な空気を感じ取ったミカは咄嗟に離れようとする
「フンッッッ!!!」
「モゴッッッ!?!?」
その瞬間、ミカの口に腕程の長さのロールケーキがぶちこまれる
一体どこから取り出したのか……そもそもどうやって隠していたのか……あっ、これナギちゃんの手作りだ美味しい……等の疑問が溢れる中、必死に胃に収めようと頬張る
「んぐぐぐぐ………っはぁ……いきなり何するの!?ナギちゃん!」
「一人で勝手に突っ走った罰です、むしろ一本だけで済んだのは私の優しさだと思ってください」
「ナ、ナギちゃん……?なんだか雰囲気が怖いよ……?」
目を伏せながら静かに語るナギサ、しかし直後にミカの肩を掴んで視線を合わせる
「……心配したんですよ」
「……え?」
「私にも何も伝えてくれず、一人でアリウス自治区に乗り込んで……もし、もしミカさんに何か起きたら……私は……」
「……ごめん、ナギちゃん」
互いに抱きしめ合う二人……そんな中、セイアはゴホンと咳払いをして話を再開させようとする
「友情を確かめあっているところ申し訳ないが……そろそろ彼女達をトリニティまで連れていってもいいかい?」
「……あっ!?ご、ごめん!」
そう言って少し離れた所で手当てを受けているアリウススクワッド達に視線を向けると、そのまま彼女達に近づく
「……聖園ミカ」
「えっと……これから貴女達を連れていくけど、特に変なことをするわけじゃないから安心してね?」
「……何から何まで世話になってしまったな、私はお前を裏切ろうとしたというのに……」
「ん?何のこと?」
「……酒泉やアズサから話は聞いているんだろう?」
「貴女達はアリウスを裏切ってまでマダムの計画からトリニティを守ってくれた英雄だよ?」
あっけらかんと言い返すミカに目を見開くサオリ
ミカはそんな彼女を置いて話を進める
「貴女達を保護した後はアリウス自治区でのお話を聞かせてもらったりメンタルケアしたりと色々あると思うけど………でも、最後にはまた皆で一緒に生活できるようになるからね!」
「……ありがとう」
「あの~……一つお尋ねしたい事があるんですけど……」
二人の会話を聞いていたヒヨリが恐る恐る口を開くと、えへへと笑いながらどこか期待したような視線を向けてくる
「食事とかは……その、どんなものが出されるのでしょうか……?」
「……真っ先に聞くことがそれ?」
「ヒヨリらしいけどね」
「あはは!大丈夫だよ!アリウス自治区にいた頃よりマトモな食事が出るのは確かだから!」
呆れるミサキとくすりと笑うアツコ、少し前まではこんな光景など想像もしていなかったサオリは自身でも気づかぬうちに微笑んでいた
「良かったね、サオリ」
「……アズサ、お前の考えは間違っていなかったな」
「……何が?」
「〝たとえ全てが虚しいものだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない〟………私には、それが理解できなかった」
「……ただ抗うだけだった私と色んな物を背負っていたサオリじゃ立場が違うし、仕方ないと思う」
「確かにこの世界は虚しい……でも、抗い続ければそんな世界の中でも微かな光を見つけ出すことができるんだな………その答えに辿り着くまでに多くの者達を裏切り、汚し、傷つけてしまったがな」
そう言って少し離れた場所に立っている酒泉に視線を向けるサオリ
彼の近くには救護班の生徒達が集まっていた
「貴方の手当てもしますので、服を脱いでくれますか?」
────……
「……えっと、もしかして自分では脱げないほどダメージを負っているんですか?でしたら私達が脱がしますので」
………
「……その、失礼しますね?」
「………先輩、その……」
「この人、立ったまま気絶してます……」
数日間が空いてしまって申し訳ございません
軽装備シロクロいんさねをアズサとサオリでいじめてました、水おじ最強!水おじ最強!