「……むっ?」
「ああ、駄目だ……このままじゃ写真が完成しない……!」
ある日のトリニティ
久しぶりに取れた休暇をランニングという己の鍛練に費やしたサオリはその帰り道に踞っている犬の獣人を見かける
そのただならぬ様子に事件でも起きたかと危惧したサオリは大事になる前に火種を消そうとその獣人に声を掛けた
「どうした、何か事件でもあったのか?」
「い、いや……そういう訳じゃないんだ……ただの悩み事だから気にしないでくれ……ぐぎぎぎぎぎ……!」
「……ただの悩み事とは思えない困り様だが」
目をかっぴらき、歯を食い縛り、息を荒くするその姿は紛う事なき不審者
流石にこれを放置しては一般市民の方々も困るだろうと考えたサオリは事態の解決に乗り出した
「私で良ければ相談に乗るが……」
「じ……実は私、とある出版社で働いているのですが今度〝ウェディング特集〟という結婚に関する記事を載せる事になりまして……少しでも注目を集める為に有名なモデルの方を呼んでウェディングドレスを着てもらう予定だったのですが……なんとその方が急に発熱してしまいまして……」
「発熱か……なら仕方ないな」
「はい、こちらとしても無理をさせる訳にはいかないのでそれは構わないのですが……代わりの者も用意していなかったのでウェディングドレスの写真を撮ることができないんですよ……」
「……それは……残念だったな」
「はぁ……どこかにあのモデルの人と同じくらいスタイルが良くて綺麗な人がいればなー……でもそんな都合の良い展開がある訳────ん?」
諦めの感情と共に顔を上げる獣人、彼の視線の先にはサオリの姿が
獣人は素早く立ち上がってサオリの周りをぐるぐると歩き始めると、まるで見定めるかの様に身体のあらゆるパーツを注視した
そして数秒後────
「居たあああああああああああああ!!!」
「お待たせしましたー」
「おおおおおおおっ!バッチリだ!」
「……」
撮影スタジオにて女性スタッフに案内されるがままに移動し、そこで着替えを手伝ってもらってサオリ
その身にはアリウス時代によく羽織っていた白いコートよりもっと白い、純白のウェディングドレスが纏われていた
「モデル顔負けのそのスタイル!美しさと可愛さとかっこよさを兼ね備えたその面!どれを取っても一流だねぇ!」
「……そうか?」
「しかも自分の容姿の良さに気づいてないときたか!今まで寄る男共も黙ってなかっただろうに!」
「……いや、そんな機会は無かったな」
「またまた~!謙遜しちゃって~!」
先程の落ち込み切った様子から一転、事態が解決したからか妙にテンションの高くなった獣人から褒め称えられるサオリ
そもそもサオリはアリウス自治区を抜け出すまで異性との触れ合いどころか異性と親密な関係になった事すらないのだが、そんな事も露知らぬ獣人はサオリのことを〝間違いなく恋愛事に置けるカースト上位の生徒だろう〟と評価した
……ちなみに、彼が〝錠前サオリは元テログループのリーダーである〟という話を知るのは全てが終わった後だったとか
「それじゃあ早速撮影しちゃおっか!照明さんお願いしまーす!」
「はーい」
(……これも償いの為の一歩だ)
天井のライトが光り、撮影が開始される
調印式の件とは無関係だが、それでも〝困っている人を助ける事で少しでも贖罪の道に近づけるのなら〟と引き受けた今回の案件
全ては皆を導くに相応しい〝サオリ姉さん〟になる為に、そして────いつか堂々と〝彼〟に会いに行けるようになる為に、サオリはアリウスの闇とは正反対の眩しすぎる光を受け入れた
「じゃあまずは笑ってみようか!」
「笑う……こうか?」
「……ちょ、ちょっと怖いかなー?」
「むっ……すまない、こうか?」
「さっきよりはマシだけど……それもちょっと違うかなー」
酒泉が見ていたら間違いなくエデン条約編の飛行船爆発のスチルを思い浮かべるであろう不敵な笑み、サオリの浮かべた笑顔は悪者のそれに近かった
引き吊った笑みを浮かべたまま〝笑顔笑顔!〟と再度笑う事を要求する獣人、次にサオリが浮かべたのはあまりにもぎこちなさすぎる機械の様な笑みだった
「……笑うというのは難しいな」
「そんな難しく考えなくていいんだよ?友達と遊んでる時みたいに軽く笑ってくれればそれでさ!」
「友達などいない」
「あー……うん、ごめん……じゃ、じゃあさ!ここ最近で自分が一番笑ったタイミングを思い出してよ!その時と同じ笑い方をしてくれたらそれでいいから!」
「ここ最近で笑ったこと……か」
悲しすぎるサオリの発言に気を遣ってか咄嗟に別の提案をする獣人、その言葉に従ってサオリは己の過去の記憶を遡る
確か、ここ最近で一番笑ったのは偶然会った酒泉と雑談している時に急に────
《錠前さん!すっげーギャグ思い付いた!……所詮は酒泉も守銭奴か!はい!酒泉じゃー?ないとー!》
「ぐっ……く……ふ……ぅう……ふふふ……!」
「あ、あのー……そういう笑い方じゃなくてもう少し微笑む感じで……」
「す、すまな……くっ……ふ……!」
若干ズレた方向性の笑いを見せるサオリにドン引きする場のカメラマン達、この時点で漸くサオリが世間からも若干ズレている事を勘づく
しかしカメラマン一同は撮影の続行を決意、多少……否、大分ぎこちない笑みでも彼女にはそれを誤魔化せる程の美貌があるのだから
「じゃあサオリちゃん!二回目の時の笑顔と同じのをくれるかなー?」
「了解した」
──────────
────────
──────
「いやー良い写真いっぱい撮れたねー」
「サオリちゃんさあ、このままウチの専属になってみない?」
撮影開始から三十分が経過、カメラマン達の予想通り……いや、予想以上と言ってもいい出来の写真が完成していた
サオリ自身も途中から慣れてきたのか、ぎこちない笑顔も少しずつ自然体へと変化していた
「うーん……」
わいわいと喜びながらウェディング特集の成功を確信する一同、しかしその中で唯一サオリをスカウトした獣人だけが渋そうな顔をしていた
「あれ?先輩どうかしました?そんな顔しちゃうなんて」
「……どこか不手際があっただろうか」
「いや、違うんだ!君の働きは完璧だよ!完璧……なんだけど……うーん、何か足りないような……」
容姿は最高、ドレスも最高級の純白を用意した、カメラマン達の技量も十二分、だというのに何かが引っ掛かっている
あと一つ味付けが足りないような、パズルのラスト1ピースが見つからないような、テレビのリモコンにギリギリ手が届かないような、奥歯に食べカスが挟まったような
そんな何とも言えないもどかしさが彼の中で────
「そうだ!新郎だ!」
「…………ああ!?」
────見つけた、最後のピースを
新郎新婦の〝新郎〟の方をすっかり忘れていた一同、これではウェディング特集ではなくただのウェディングドレス特集になってしまう
どうするかと一人が頭を抱えると、全員が釣られるように同時に項垂れてしまう
「ど、どうしましょう!?新郎役なんて用意してませんよ!?」
「ばっかもーん!?なんで企画段階で誰も気づかなかったんだ!?」
「それを言うなら先輩だって!新婦役連れてこられたんなら新郎役も探しといてくださいよ!?」
「し、仕方ないだろ!?最高級のモデルが見つかってテンション上がっちゃってたんだから!」
ギャーギャーと言い合いに発展するカメラマン達、しかしこのまま喧嘩を続けても何の解決にも至らないと判断した彼等は即座に事態の好転に挑む
「ど、どうする!?そもそも新郎のスーツは用意できてるのか!?」
「はい!そっちはバッチリ……なんでスーツがあるのに新郎の方を忘れてるのよ!?」
「こ、こうなったらサオリちゃんに新郎役もやってもらう……?」
「あ、それいいかも!あの子イケメン属性もあるし……」
「……いや、待て!サオリちゃんほどの美女ならきっと知り合いも美男美女が多いに違いない!その中でとびっきりかっこいい子を連れてきてもらうんだ!」
「────という訳でサオリちゃん!誰か新郎役が合いそうな子紹介してもらえないかな!?出来ればスーツが似合うイケメンで!」
ばっ!と同時にサオリを見つめるカメラマン達、その表情はまるで神に救いを求める子羊の様だった
しかし〝イケメンを用意しろ〟と言われてもサオリの価値観ではそのイケメンの基準が分からず、ただ謝罪の言葉を口にすることしかできなかった
「……すまない、私には容姿の善し悪しを測れるだけの常識が無いんだ。だからイケメン?とやらを紹介してくれと言われても……その……」
「そんな万人受けする様な子じゃなくていいから!サオリちゃんが〝かっこいいなー〟って思う子でいいからさ!」
「……私が思う……」
この時、カメラマンがイメージしたのは少女漫画に出てくる様な爽やか系の……所謂〝王子様系〟だった
しかしサオリが思い浮かべたのは全く正反対の少年、泥臭く汗臭く血生臭く少女漫画に出てくる王子様とは程遠いお世辞にも爽やかとは言い難い存在
だが、確かに救ってくれた。王子様どころか軍兵でしかないにも関わらず命を懸けて自分達を守ってくれた、そこらの王子様より格好良い傷だらけの男
「……それなら、適任がいる」
それが、サオリが無意識に抱いた〝かっこいい〟だった
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「う、うーん……確かに悪くはないんだけど……ちょっとモブ感あるかな……あ、でも磨けば光りそうな素質は感じるような……いや、やっぱ……うーん……」
「なあ錠前さん、こいつ殺していいのか?」
「落ち着け」
サオリがモモトークを送ってから二時間後、偶々休みだった酒泉が撮影スタジオに到着するとそこには微妙そうな顔をしたカメラマン一同が待機していた
あんまりな反応に思わず殺意と殺意と殺意と殺意と殺意だけでラーニング5しかけたが、酒泉は自身を紹介したサオリの面子を汚さない為に辛うじて感情を押し殺した
「……多分大丈夫だ!モテそうにもない凡人みたいな顔してるけどウチのメイクさんにかかればとびっきりの美男子に大変身できる筈だから!モテそうにもない凡人みたいな顔してるけど!」
「ははは……なんだとお前────ッッッ!!!」
「酒泉、落ち着け!怒りに囚われるな!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!ウチの先輩、ちょっと正直すぎるところがあって……!」
「す、すみません……悪気がある訳ではなくてですね……」
サオリに羽交い締めにされながら暴れる酒泉、しかし心底申し訳なさそうに頭を下げるカメラマン達を見て渋々と引き下がる
「ふー……ふー……それで?錠前さんから事情は聞きましたけど本当に俺がモデルで良いんですか?モテそうにない凡人みたいな面してる俺なんかでねぇ!?」
「(根に持たれた……)まあ、そこはサオリちゃんからのリクエストって事で!それに普通の面って事はどういう方向にでもかっこ良くできるからね!」
「取って付けた様な糞みてえな励まし方しやがってよぉ……まあいいっすよ、他ならぬ錠前さんからの頼みなんで今回はアンタらに協力してやりますよ」
「ありがとう!それじゃあ早速向こうの更衣室でスーツに着替えてきてくれるかな?……あ、それとサオリちゃんももう一回着替えてもらってもいいかな?」
「私もか?」
「……え?」
「当たり前でしょー?ウェディング特集なんだから新郎新婦セットで撮るに決まってるじゃん!」
同時に首を傾げる二人、酒泉がサオリから聞かされたのは〝新郎役の撮影に協力してほしい〟という旨だった為にてっきり自分の分だけ撮影するものかと思い込んでいた
しかし二人共にとなると話が変わってくる、酒泉は良くてもサオリの方が酒泉と〝そういう関係〟になるのを嫌がる可能性があるのだから
「分かった、すぐに着替えてこよう」
「はーい、じゃあまたお着替えの手伝いしてきますねー」
「よろしくー」
「……あれ?」
しかしそんな酒泉の心配とは裏腹にあっさりと撮影の話を受け入れるサオリ
酒泉は妙に落ち着いているサオリの様子に困惑するが、そもそも彼女が育った環境的に男女のあれこれに関する恥じらいや嫌悪といった感情を育む余裕が無かったのかと一人納得した
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「ひゅー!サオリちゃん相変わらず似合ってるねー!酒泉君もさっきと見違えてキリッとしてるね!」
「どういう意味だおい」
再び純白のウェディングドレスを纏うサオリ、今度は隣に新郎を添えて
特に気にしていない様子のサオリと比べて酒泉だけが妙な気まずさを感じているが、撮影が始まれば自然と慣れていくだろうと願望にも近い予想を立ててカメラマン達の前に立った
「で?俺達は何をすればいいんです?」
「そうだね、じゃあまずは二人で腕を組んでくれるかな?」
「は?いや、それは急すぎるんじゃ……もうちょい緊張ほぐしてからにしてください────YO!?」
「これでいいのか?」
まさかいきなり腕を組まされるなんて考えてもみなかった酒泉はカメラマン達に抗議しようと一歩前に踏み出す……と、同時にサオリに腕を引っ張られて強制的に腕を組まされる
酒泉は自分と違って緊張の〝き〟の字も感じさせないサオリに感心しつつ、そこまでやれとは言われていないにも関わらず肩をぴったりとくっつけてくるサオリにドギマギしてしまった
「ちょっ……錠前さん!?これはちょっと近すぎるんじゃ……!」
「いやいやいや!むしろもっとくっついても良いぐらいだよ!二人は新郎新婦って設定なんだからさ!」
「もっとくっつく……これぐらいか?」
「ふぉおっ!?」
「そうそう!その調子!」
距離感が近すぎる恋人同士の様に頭から足の爪先までぴったりとくっつくサオリ、ウェディングドレスで身を包んでいるのもあってその破壊力は図り知れず
しかしそこは漢折川、困った時の必殺技〝脳内にベアトリーチェと羽沼マコトを思い浮かべて殺意で煩悩をかき消す〟によってなんとか理性を保つ事に成功した
「いいよいいよー!二人ともラブラブ新婚っぽいよー!」
「新婚……そ、そうか?」
「……おや?」
相変わらずハイテンションで写真を撮る獣人、彼はサオリの僅かな変化を見逃さなかった
一人で撮影していた時には見せなかった照れくさそうな笑顔、それをこの少年の隣で見せ、尚且つ嫌がる素振りを見せなかったという事はつまり────
「なるほどねぇ……よーし!サオリちゃん!酒泉君!今度は二人で抱き合ってみよっか!」
「……はっ!?なに言ってんだよアンタ!?流石にそれはライン越えてないか!?それに錠前さんの意思を無視してそんな事をするなんて────」
「私は別に構わないぞ」
「ほら!錠前さんだって構わないって言って構わない!?」
流石にそれは撮影の域を越えているだろうと声を大にして止めようとする酒泉、意外な事にそんな彼の言葉を遮ったのは隣で腕を組んでいるサオリだった
「じょ、錠前さん!?正気ですか!?理解してます!?二人の男女が正面向いて抱き合うんですよ!?ボディとボディが!!!くっつくんですよ!?」
「身体なら今もくっついているだろう」
「これに関しちゃ腕を組むどころの話じゃないですよ!だって……その……む……」
「む?」
「いや、だから……だからぁ……!」
「……よく分からないが、お前は私と抱き合いたくないのか?」
「え?いや……その……」
「────私は……お前になら身体を預けてもいいと思っている」
一切の邪を感じさせない純粋な視線が酒泉を射抜く
その瞳に込められているのは兵士として育てられた少女が武器も警戒心も何もかもをも投げ出して身を預けてもいいと思えるほどの大きな信頼
……もしかしたら、無自覚な好意もちょっぴり混じっているかもしれないが
「……嫌、か?」
しかしそんな瞳も返事をしない酒泉に怯えてか、少しずつ不安を帯びていく
当然それをただ眺めているだけの男ではなく、酒泉は咄嗟にサオリの両肩を掴んで勢い良く叫んだ
「────っ、嫌じゃないです!抱かせてください!錠前さん!」
事情を知らぬ者が聞けば間違いなく誤解される、そして聞いた者によっては間違いなく脳が破壊される発言
だが、周囲のカメラマンは空気を呼んで突っ込むことはせず〝よくぞ言った!〟とばかりに指笛を吹いて撮影の体勢に入った
「いいねぇ酒泉君!男の子ならそれぐらいの甲斐性を見せないとねぇ!そら!抱ーけ!抱ーけ!抱ーけ!」
「せ、急かさないでくださいよ!?言われなくてもちゃんと抱きますから────」
両手を恐る恐るとサオリの背に回していた酒泉だが、それより先に身体が抱き締められる
先手必勝、酒泉がモタモタしている隙にサオリは既に酒泉を抱き締め終えていた
(ふ……ふぉおおおおおおおおおっ!?)
それに気付いた時には既に遅く────酒泉は胸元に襲い来る二つの戦術兵器での奇襲をダイレクトにくらってしまった
デカくて説明不要なそれは男子高校生には刺激が強く、その威力は人生二週目である酒泉ですら辛うじて意識を保つのがやっとな程だった
「……どうした?お前も抱き締め返さないのか?」
「あ……ぁあ……あぁあ……」
絶望した某野菜人の息子みたいな声を出しながらサオリをぎゅっと抱き締める酒泉
その瞳に映っているのは僅かに頬を染めながらも穏やかな笑みを浮かべている少女の姿だった
「ふふっ……お前の身体は暖かいな、酒泉」
「ミ゜」
「不思議だな……少し前までは互いに銃を向け合っていた私達が、今はこうして密着しているなんて……」
こんな関係になるなんてあの時は想像もしてなかったと過去に思いを馳せるサオリ
だが、銃なんかよりとんでもない物を向けられ続けている酒泉は己の本能を抑えるのに精一杯でそれどころではなかった
「……このスーツの内側には私が付けた傷が残っている、手術を受けた後でもそうだというのなら……現代の医療技術では全ての傷痕を完璧に消す事ができなかったという事だ」
「あっあっあっ」
「お前を撃ったという過去を消す術はない、私に出来る唯一の償いは……これ以上傷を増やさない為にお前を守る事だけだ。無論、それで償いきれるとは思っていないが」
「あっあっあっ」
「……今はまだ自由の身とは言い切れない立場だが、いつか必ずお前のすぐ隣でお前の人生を守りに行くと誓う。だから……私の前から居なくならないでくれ、酒泉」
並々ならぬ想いをぶつけるサオリ、一方で物理的な意味で並々ならぬモノをぶつけられる酒泉
その感触はサオリがより強く抱き締めてきた事で更にダイレクトに酒泉の身体に伝わる
何度も言うが彼は男子高校生、幾らクラスメイトに〝F〟を押し付けてくる構われたガールが存在するとはいえ、その感触に慣れる事は永遠に無いだろう
何故なら彼は、折川酒泉とはそういう生き物だから
(心頭滅却!煩悩退散!激凍心火!大義晩成!完全無欠!極熱筋肉!銀河無敵!)
そんな己の悲しき性に打ち勝とうと必死に煩悩を殺そうとする酒泉、それを知ってか知らずかカメラマン達は次々と新たなポーズを要求してくる
「じゃあ酒泉君!今度は向こうの椅子で抱き合ってみよっか!……あ、サオリちゃんは正面向いたまま酒泉君の膝に乗る感じでね!」
「はぁ!?それだと余計にマズイ事に───「了解した」───早っ!?」
半ば強引に椅子まで引っ張られる酒泉、一人で撮影してる時より今の方がサオリのノリが若干良くなっているのは本人も自覚していなかった
というよりそんな事を気にしている余裕など今の酒泉には無い、だって全く別の事を考えていたのだから
サオリが正面向いたまま酒泉の膝に乗る、それ即ち───
「これでいいか?」
(デッッッ───!?)
───酒泉の顔辺りに二つのお山が聳え立つということ
男の子なら鼻の下を伸ばして喜ぶべきな案件だが、しかし紳士(笑)である酒泉はそんな己の欲望を恥じるかの様に自身の感情を隠そうとした
「いいよー!そのまま抱きついちゃって!」
「わかった」
「はっ!?錠前さん!それやるともがぁ!?」
「んっ……すまない、胸元がくすぐったいから少しの間だけ喋らないでくれるか?」
サオリのプリンカスタムに埋もれる酒泉の顔面、これに耐えられる青少年など存在しない
しかし彼は唯一の例外、折川酒泉は己のクソボケ力の高さを(意図せず)活かして様々な女性からのアプローチをかわしてきた男だった
「───っ、駄目ですよ錠前さん!こういうのは身体を許せる相手とかにやらないと!」
「……?私は別にお前になら───」
「はいナイスショット!それじゃ次はまた向こうに立ってもらっていいかな!?」
早めに望んでいた物が撮れたのか、新しい玩具を欲しがる子供の様に急かすカメラマン
彼等の頭の中には錠前サオリという最高級の食材と、彼女の味をより際立たせる折川酒泉という調味料をどう活かすかで頭がいっぱいだった
そんな彼等は遠慮なく次々と注文を頼んでいった
──────────
「酒泉君!ちょっとサオリちゃんをお姫様抱っこしてみよっか!」
「さっきよりはマシだけど……でも一応錠前さんに聞いてから────」
「了解した」
「……早いですって」
──────────
「今度は二人でケーキ入刀してもらうよ!はいサンプル用のケーキ!」
「錠前さん、手握っても大丈夫「了解した」……だから早いですって」
──────────
「次はあすなろ抱き!酒泉君が後ろね!」
「……錠前さ「了解した」……っす」
──────────
「次は指輪をはめるシーンね!酒泉君よろしくぅ!」
「……あの「了解した」あ、はい」
「ちなみにそれ本物の指輪だから!三十万円する奴だから大事に扱ってね!」
「緊張させる様なこと言わないでくださいよ……三十万を投げるなぁ!?」
値段の割に雑にぽいっと投げ渡された指輪をキャッチすると、酒泉はその指輪のデザインを品定めする様に見つめる
装飾ゴテゴテでギラギラとした下品な輝き方ではなく、特に飾り気も無いシンプルなシルバーリング
結婚指輪に触れたのは前世で母親のを触らせてもらった時以来か、そんな懐かしい記憶と共に指輪を撫でる酒泉
(あの時は〝大人になるまで嵌める事は無いだろう〟て思ってたし、なんなら〝一生機会が訪れないかも〟なんて思ったりもしたけど……)
まさか二度目の生では学生の内から本物の結婚指輪を嵌める事になるとは、そんな驚きと同時に少々困った様に顔を歪ませる
「……なあ、錠前さん。やっぱ指輪だけはやめにしません?」
「何故だ?何か困る事でもあるのか?」
「いや、俺は困らないけど……でも、もし将来錠前さんと結婚する人が現れるかもしれないって考えるとその人に申し訳ないから……」
「……そんな物好きが存在するのだろうか」
「います、絶対にいます。錠前さんの可愛いところや頑張り屋さんなところを見つけてくれる人は必ず世界中のどこかに存在します、だから俺はその人の為に錠前さんの初めてを奪う訳にはいきません」
結婚指輪を嵌める男第一号が婚約者でも無い自分で第二号が婚約者本人、それは可笑しな話だろうと感じた酒泉は指輪を持つ手を引っ込める
勿論、これはただの撮影であって本当に二人が結婚する訳ではない、それは酒泉だって理解している
ただ、それでも尚後ろめたい気持ちが残ってしまう程に彼は変なところで誠実な男だったというだけの話だ
「ならその時はその時に考えればいい、私は今酒泉から指輪を貰いたいんだ」
「……本当に良いんですか?あの女の支配下にいた時じゃ想像も出来なかったであろう貴重な初体験なんですよ?それを俺なんかで消費しちゃっていいんですか?」
「……違う。酒泉でいいんじゃない、酒泉〝が〟いいんだ」
「…………はい?」
「……さっきの話を聞いて自分が誰かに指輪を嵌めてもらう想像をした時、真っ先に浮かんだのが酒泉の顔だった。つまり現時点ではお前が私の中で一番気を許せる相手という事になる」
「……」
「どうだ、これでもまだ納得できないか?」
「……分かりましたよ、俺だって男です……女性にそこまで言わせて逃げる訳にはいきませんから」
「話は纏まったかい?じゃあ早速……アクションッッッ!!!」
何一つ包み隠さないサオリの率直な言葉を受けていよいよ覚悟を決める酒泉、映画監督の真似事をするカメラマンが合図を出すと同時に指輪を取り出す
まるで姫に従える騎士の様に片膝を着いてからサオリの左手をそっと引き寄せると、銀色の指輪を彼女の左手の薬指にゆっくり嵌めていく
数秒、たった数秒の出来事、にも関わらず緊張のせいか永遠にも感じられる
「────ッッッッ!!!はいオッケー!!!」
そして、ついに指輪が薬指の奥に辿り着いた
「いいよぉ!今日イチの笑顔だったよサオリちゃあん!」
「そ、そう……か?」
「そうだよそうだよ!ほら!これ見てみ!?」
カメラマンが撮った写真をサオリの目前まで持ってくる獣人、そこにはサオリ自身ですら信じられないくらいの満面の笑みを浮かべている少女の姿が写っていた
写真を何度見ても少女兵の頃の面影は無く、そこに立っているのは紛れもなく〝お嫁さん〟という女の子の憧れを叶えただけの普通の少女だった
「これが……私……なのか?」
「よしっ!この調子で最後は誓いのキスを────」
「やらせねえよ!?」
「ラップ越し!ラップ越しのキスでいいから!」
「……了解しt「言わせねえよ!?」
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「つ、疲れた……身体はそんな疲弊してない筈なのに何故かめちゃくちゃ疲れた……!」
「……すまない、やはり迷惑だったか」
「い、いや!全然そんな事ないっすよ!むしろ珍しく錠前さんの方から頼ってくれたんで嬉しかったっていうか……それにほら!謝礼まで貰えちゃいましたし!?」
申し訳なさそうにするサオリを咄嗟に気遣おうと封筒を取り出す酒泉、その中には万札が四枚入っていた
謝礼はサオリにも配られており、そちらにも同様に万札が……
「……?なんだ?何か入って……」
《今日はありがとねサオリちゃん!また機会があればその時は他のかわいこちゃん達も紹介してよ!》
一枚のメモ用紙を取り出して読んでみるとそこには礼の言葉が書かれていた
出会った当初のテンションとは打って変わり、別れの瞬間までハイテンションだった獣人の顔を思い浮かべながらサオリは頷く
「……そうだな、機会があれば是非とも姫達にもウェディングドレスを着せてやりたいな」
「でも戒野さんだけ嫌がりそうじゃないっすか?性格的に」
「いや、ああ見えてミサキは可愛い物が大好きだからな。きっと喜んで協力してくれる筈だ」
「そういえばそうでしたね……でもアリウススクワッド全員がモデルになるとしたらカメラマンさんも大変ですよね、全員の可愛さに見合うレベルの新郎役を用意しないといけないんですから」
「……どうして用意し直す必要があるんだ?」
「……?」
「?」
イマイチ噛み合わない会話、互いに首を傾げながら歩いているとバス停の方からバスの扉が開く音が
今日は歩いて駅まで行くつもりだった酒泉だが、臨時収入もあった事だしそれを使わない手は無いだろうと交通費を気にせず楽する道を選んだ
「じゃあ錠前さん、俺今日はバスで駅まで行くんで」
「……待て、帰る前に私の分の謝礼も受け取ってくれ。今日はお前に頼りすぎてしまったからな、それの詫びも含めて……」
「いやいや、流石に受け取れませんよ。それは錠前さんが働いて稼いだ分なんですから錠前さんが持っててください」
「だが……」
「どうしても礼がしたいってんならその金使って家族孝行でもしてください、どんな楽しい事をしたのか後で聞かせてくれたらそれが俺への礼になるんで……つー訳でそれじゃっ!!」
「あ……」
サオリから差し出された封筒を押し退けてバスの奥に入ってしまう酒泉、その後運転手はサオリが乗ってこない事を確認するとバスの扉を閉めて発進した
「……相変わらず忙しい奴だな」
思えば、調印式の日からずっと助けられてばかり
それを気にしていたからこそサオリはせめてもの礼にと現金を渡そうとしたのだが、酒泉はそれを自分達の為に使えと突っぱねてしまった
ならば残された使い道は先程酒泉が言ったように家族の為に使うしかない
「さて、何が欲しいか聞いてみるか……この時間帯なら全員任務を終えている筈だろうし────」
途中で言葉を止めたサオリは数秒間を置いてから〝しまった〟と呟く
そう、彼女は肝心な事を忘れていた
「……監視の者達に今回の件を伝えていなかったな」
今回、サオリと酒泉で撮った写真はあの獣人が働いている出版社の雑誌に掲載される
保護兼監視を受けている身でありながら無許可でそんな真似をしてもいいのか、それを危惧したサオリは今からじゃ手遅れでもせめて事前に説明ぐらいはしておこうと監視係の生徒に通話を掛けた
そう、雑誌に掲載されるのである
胸を押し付けて抱き合ってる写真も、お姫様抱っこしてる写真も、指輪を嵌めた時の写真も
トリニティで、ミレニアムで、ゲヘナで、様々な場所で見かける雑誌におもいっきり載せられるのである
それを発見したクソボケ被害者達がどんな反応をしたか、そして今回の件を後から知ったロイヤルガールと厚かましガールと自称道具が自分達の姉さんにどんな視線を向けたか
それは神のみぞ知る
誰かさんに胸を揉まれた事がある一般美食研究会部長と誰かさんに胸を揉まれた事がある一般給食部部員「…………ちょっとお時間頂きますね?」