『お嬢様……暗くなってきましたしそろそろ帰りません?流石にお父様への報告を誤魔化すのもキツくなってきたんですけど……』
恐る恐るそう提案してくる貴方に〝もう少しだけ〟と何度も我が儘を言ってきた、その記憶は今でもずっと頭の中に残っています
貴方は私が〝お願い〟をする度にあの手この手で何とか叶えようと尽力してくれました
夏祭りがあったあの日、興奮してずっと外で花火が上がるのを待っていたせいで夏バテしてしまった私の代わりに現地まで行ってスマホで動画を繋げてくれたのは貴方でした
海に遊びに行こうとしたあの日、突然の大雨のせいで中止になった遊泳を何とか体験させようと大型のビニールプールをお風呂場に敷いて一緒に泳いでくれましたよね
お花見がしたくて急に〝お弁当を作ってほしい〟と頼めば、貴方は私の好物を沢山詰め込んだお弁当を用意して一緒に桜の木の下まで歩いてくれました
〝危険だから〟という理由で禁止されていた雪合戦も貴方は付き合ってくれました!……途中からは貴方の負けず嫌いが発揮してしまったせいで夕方まで長引いてしまいましたけど
他にもお勉強が嫌になった時は一緒にゲームをして遊んでくれたり、怖い番組を観てしまった夜はお手洗いの前までついてきてもらったり、苦手な食べ物が出てきた時は半分だけ食べてくれたり
小学校に入学したての幼い時から、中学校を卒業する年齢になった時まで
貴方は嫌な顔も拒絶の言葉も出さずにずっと私のことを支え続けてくれました
今でも後悔している事があります
それは、太陽の様に暖かい優しさを与えてくれる貴方を裏切ってしまったこと
アビドスへの償いの道か貴方と歩む幸せの道、どちらか選べとお父様に天秤にかけられ、償いという名の自己満足を選んでしまったこと
ただそれだけが、今も私の心に────
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折川酒泉の朝は陽の光と共に始まる
こんなオンボロアパートでも陽当たりだけは最高で、ちょっとカーテンを開けるだけで心地好い光が俺の顔に浴びせられる
────んん~、実に素晴らしい朝だ
仕事は休み、しかも二連休
休み明けはゲヘナの馬鹿共が乗る列車を相手しなければならないと思うと少し憂鬱になるが……まあ、今日ぐらいそんな事は忘れて優雅な一日を────
《ピンポンピンポンピンポーン》
……優雅な一日を────
《ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン》
…………優雅……な……一日……を────
《ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン────》
────死ぬか?
「あ、出てきた」
「おっそーい!」
くっっっっっっそうるせぇチャイムが鳴らされた時点で誰が来たのか薄々察していた
特にその予想が外れることもなく、玄関を開けると予想通りシュポガキ改めて橘ヒカリと橘ノゾミが立っていた
「なーんだ、出なかったら出なかったでピンポン百連打チャレンジしようと思ってたのに……」
「ざんねーん」
────奇遇だな、俺はお前らが来て残念だったよ
何故か俺に纏わりついてくるシュポガキ共に心底嫌そうな溜め息をお見舞いするが、そんな事などお構い無しにシュポガキ共はインターホンに手を……おい待てもうピンポンする必要無いだろやめろ
俺が住んでる部屋の隣は空き部屋だしこの部屋の階層も一階だしでアパートトラブルを引き起こす心配は無さそうだが、そもそも俺本人に迷惑が掛かっているので騒ぐのは勘弁してほしい
────……んで?お前ら今日は何しに来たんだよ
「暇だから遊びにきたー」
────そんな雑な理由で寄られても「お邪魔しまーす!」お前らって耳付いてる?
「ちゃんとあるもん」
「触ってみる?」
────……エンリョサセテモライマス
皮肉を言ったつもりが平然と答えられ、なんなら耳をくいっと近付けられる
正直、その尖ったエルフ耳はちょっと触ってみたかったけど無闇矢鱈に触れるのも悪い気がしたので遠慮しておいた
こんな生意気なクソガキ改めシュポガキでも〝一応〟は女の子なのだ、レディには優しく接しないと────
「あー!冷蔵庫にケーキ入ってるー!いっただっきま────痛たたたたたたたたっ!?」
「耳引っ張らないでよー!?」
俺の朝食後のデザートを勝手に食おうとしたクソガキ二匹の耳を強めに引っ張る、俺から糖分を奪うという事は俺の全てを奪う事と同義だ
「ケチ!ちょっとくらい食べてもいいじゃん!」
「意地悪酒泉……」
────なんで俺が悪いみたいな空気になってんだよ……どう考えても人んちの冷蔵庫勝手に漁る方が悪いだろ。ったく、折角朝飯食ってからケーキ堪能しようと思ってたのに……
「朝ごはん?何食べるの?」
────鯖の味噌煮、つー訳で俺は今から料理に勤しむので帰れ
これが平日とかならベーコンエッグとか簡単な物にするけど、今日は休日だし調理時間を気にする必要はない
仕事が無い休日の朝から食いたいもんを食い、最後に大好物の糖分を摂取する、この王道ムーブで優勝していく事にするわね……
「ふーん?じゃあ私達の分もお願いねー」
「私味噌汁飲みたいー」
────……は?なんでお前らの分も作んなきゃならねえんだよ
「待ってる間暇だしあそこに置いてるゲームでもやる?」
「やるー」
────いや勝手に家の物触んな、つーかさらっと自分達の分まで作ってもらえる事前提で話を進めてるけどなぁ……
「カセットどれ?」
「これにする?〝大激突!スカッシュシスターズ〟だってさ」
────おーい聞いてんのかー?お前らの分は作らんからなー?
「あ、キヴォトス電鉄あった~」
「パヒャヒャ!いいね!それやろうよ!相手の名前〝酒泉〟に変えて借金地獄味わわせちゃお!」
────……駄目だ、聞いてねえ
家主の言う事を全く聞かないガキ共の背中に冷たい視線をぶつけてみるも効果は無く、奴等は我が家で寛ぐかの様にだらだらと横になり始めた
もういい、こうなったら自分の分だけ勝手に作ろう。いちいち奴等の相手をしていたら折角の休日が無駄になってしまう
残念だったな、お前達はこれから腹を空かせて帰る事になるのだよ
「みっそにーみっそにーみっそっにー♪」
「みそにーみそにーみそにー、みそにーをーたべーるとー」
……ま、まあ……おかわりの分も考慮して多めに作っておくか
米も三人分以上炊いた方が良いかもしれないな……ほら、俺って結構食うタイプだし?念の為な?
──────────
────────
──────
「酒泉って料理得意だったんだー……いがーい」
「人は見掛けによらず……」
余計な一言を付け足すクソガキ姉妹を外に放り投げてやろうかと思ったが、食事中は素直に〝美味しい〟とか〝最高〟とか喜んでくれてたので渋々怒りを引っ込める
勝手に居座られて食材まで無駄に使わされたのは少々腹が立つが……まあ、久しぶりに誰かの為に料理を作る事の楽しさを思い出せたので良しとしよう
「料理学校とか通ってたの?手際も良かったし」
「プロみたいだったー」
────んな味噌煮ぐらいで大袈裟な……
別に学校とかに通ってた訳ではない、ただ孤児だった俺を引き取ってくれた主人様やその専属の家政婦さん達に色々と叩き込まれただけだ……全部〝お嬢様の許嫁として相応しい男になる為に〟って理由だけどな
料理に掃除にお偉いさんの持て成し方、テーブルマナーに佇まいにその他諸々、そうした経験の幾つかはこうして独り暮らしを始めた後でも役に立っている
お嬢様が何も言わず家を出て俺のお役が御免になった時は〝俺の人生はなんだったんだ〟ってちょっと荒れてた時期もあったけど、結果的に自分の生活力アップに繋がった訳だし結果オーライだろう
「あー!酒泉が冷蔵庫からケーキ取り出してるー!」
「抜け駆けずるーい」
────……チィッ!
そんな自分語りを脳内でしながら然り気無く冷蔵庫を開けると、お腹をぽんぽん叩きながら休んでいたシュポガキに感付かれた
俺が買ったケーキはイチゴ、チョコ、チーズの三種詰め合わせセット、つまりこいつらにも食べさせると完全に無くなってしまう
────つーわけでこのケーキは全部俺のだ、お前達にはやら……ぬおお!?
「私チョコがいいー!」
「ずるいー!ヒカリもー!」
此方の返答も待たずにノゾミが背中に飛び掛かり、それに続く様にヒカリが腕に組みついてきた
俺がケーキを落とさないように何とかバランスを保とうとしている事もお構い無しにノゾミは俺の背中から俺の頭を、ヒカリは横から俺の腕をぐらぐらと揺らしてくる
「早く早くー!」
「ヒカリのぶんも!ヒカリのぶんもー!」
────だーもう!わかった!わかったから一旦離れろ!ケーキが落ちる!
「「わーい!」」
こいつら二人にケーキを食わせるのは癪だったが、それ以上にこのままケーキを落として台無しにしてしまう方がもっと嫌なので仕方なーく食わせてやる事にした
ああ、俺の折角の休日がこんなガキンチョ共に台無しにされて……なんだってこいつらは俺ばかりピンポイントで狙って絡んでくるんだ
「あ、ヒカリも牛乳飲むー」
「三人分ねー」
────お前ら本当に厚かましいな……まあ良いけど
ミスターニコライの絵が描かれているコップとスカルマンの絵が描かれているコップに牛乳を注いでテーブルに置くとその時点で自分用のコップが無くなってしまった
以前住んでいたところから持ってきた生活用品はいずれも二人分ばかり、独り暮らしならそれで十分だと思っていたが……来客用にもっと買っておけばよかったな
────おら、さっさと座れー
「ヒカリここに座るー」
「じゃあ私こっちー」
────おい待てェ、何かおかしいだろォ
「「?」」
ヒカリが自然な動きで俺の膝に座り、ノゾミに関しちゃ座る事すらせず後ろから羽織の様に背中から倒れ込んできた
明らかに可笑しな状況、にも関わらずそれを指摘されたシュポガキ姉妹は首を傾げるのみ
────俺は座れつったんだよ、なんで座ってねーんだよお前は
「別に立ったまま食べてもよくなーい?」
「ヒカリはちゃんと座ってるよー?」
────俺の上にな、頼むから普通に床に座ってくれ
「硬いからやだー」
────カーペット敷いてるだろ……
「酒泉の膝の方が座り心地良いもーん」
もーんじゃねえよもーんじゃ、つーかノゾミはお前どうやってその状態でケーキ食うんだよ、俺の背中越しじゃテーブルの上のフォークまで手が届かないだろ
────そら、退いた退いた
「きゃっ……」
────馬鹿な事やってないでさっさと食え、そんで帰れ
膝に座るヒカリを優しく横に倒すとそのままバランスを崩してこてんと横たわった
少しでも貴重な休日を取り戻す為にさっさと食わしてさっさと帰そうと二人を急かす……が、ヒカリは何の反応も示さず横になったまま
不貞腐れたかと思って〝おい〟と声を掛けてみると、次に聞こえてきたのはぐずりという鼻をすする様な音だった
「うっ……えぅ……ぐすっ……」
「あー!酒泉いけないんだー!ヒカリのこと泣かせたー!」
────……は!?え、いや……はぁ!?俺そんな強く倒してないはずだけど!?なんで!?
「うぇえ……うぅ……うえええ……!酒泉に押されたぁ……膝に乗ってただけなのにぃ……!」
此方に顔を向けずただ泣きわめくだけのヒカリ、正直たったあれだけの事で泣くとは思ってなかった
普通の人ですら痛みを感じないほど優しく押したつもりだったし、キヴォトス人なら尚更痛みを感じる事はないと思ったのだが……もしかしてあれか?他者から拒絶された事による精神的なショックとかか?
もしそうなら……その……申し訳無い事をしたな。俺だって誰かに捨てられる痛みは知ってる筈なのに、それを誰かに与えてしまうなんて……
────あー、えっと……悪かったよ、ヒカリ。ほら、また膝に乗ってもいいから
「……ぐすん……ヒカリのお願い聞いてくれるなら許す……」
────分かったよ、とりあえず何でも言うこと聞いてやるから泣き止んでくれ
「……本当?」
────本当本当、男に二言は無「わかったー泣き止むー」テメェ嘘泣きかよざけんな
此方が謝罪した途端に顔を上げ、けろっとした表情で何事も無かったかの様に再び膝に乗るヒカリ
後ろでパヒャパヒャ笑ってるノゾミも恐らく始めから気付いていたのだろう、やっぱ生意気だなこいつら
「ねえねえ、早くケーキ食べさせてよー」
────はぁ?なんでそんな事を俺が……
「……さっき何でも言うこと聞くって言ったのに」
────ぐっ……わかったよ……そら、あーん
「あーん」
頬を膨らませながらムッとした上目遣いで睨んでくるヒカリ、ここで約束を破って無視しようものなら面倒な事態になりかねないと判断して命令に従う事にした
フォークでチーズケーキを切り分け、それを口元まで運ぶとヒカリはパクっと飛び付いてご満悦顔で堪能し始めた
「んむんむ……おいひー」
────これで満足したか?じゃあそろそろ膝から降りて……
「次はチョコがいいー」
────そっちも食うのかよ!?ったく……ほら、あーん
「あー……」
「あーん!」
「あ」
またはヒカリの口元までチョコケーキを運ぼうとするが、突如背後から手を引っ張られ無理矢理進行方向を変えられる
なんだなんだと思いながら後ろを向こうとすると、ノゾミが背後から俺の右肩に顔を乗せてそのままパクっとチョコケーキを食べてしまった
「これ美味しいね、酒泉にしては良いセンスしてるじゃん!」
────いや、お前……食いたきゃ自分で────顔がちけぇ!?
真横にノゾミの顔があるせいで一瞬こんなクソガキにドキッとしてしまった、するとそんな俺の驚愕に気づいたのかノゾミがニヤニヤしながら耳元で囁いてきた
「えー?もしかして今……意識しちゃった感じ~?」
────は……はぁ!?お前みたいなちんちくりん、意識する訳ないだろ!?俺はなぁ!お子様体型に興味ねえんだよ!
「パヒャヒャ!じゃあこのままでもいいよねー!」
────い、いや……それとこれとは話が違うっつーか……
「ふーん、やっぱ意識しちゃったんだ~♡」
────やってやろうじゃねえかこの野郎!
野郎じゃないけど、女の子だけど、それでもこんなガキには野郎呼ばわりで十分だ
折川酒泉はロリコン疑惑立てられて大変よな。漢酒泉、動きます
ここでシュポガキ共との勝負に打ち勝ち、最近ご近所にまで流れ出したロリコン疑惑に終止符を打つ!
「ねえねえ!ヒカリのケーキまだー?」
────分かってるって……ほらよ
「あーん」
「私、今度はチーズケーキがいいなー」
────……ほら
「あーん」
「ヒカリ、今度はイチゴがいいー」
────……なあ、お前らのせいで俺がケーキ食えないんだけど
ただでさえ俺の分のケーキを減らされたってのに、俺が食う時間まで奪われている気がする
ていうかこのまま続けると俺の分が完全にこいつらの胃袋に納められる気がしてきた、なんでこんな生意気なガキ共にここまで親身にしてやらにゃいかんのだ
「えー?酒泉も食べたいのー?」
「しょうがない~」
────それ元々俺のケーキだからな?分かってるよなぁ?
「「はい、あーん」」
────……あ?
フォークも二人分しか無かったのでスプーンでケーキを食おうとしたところ、その前に俺の顔の下と横からケーキが近付いてきた
視線を横にずらせば身体を前のめりにしてちょっと手を伸ばしたノゾミがフォークでチーズケーキを切り分けてそれを俺の口に、次に視線を下に向けるとチョコケーキを切り分けたヒカリがそれを俺の口に
つまるところ、下と右の二方向から〝あーん〟をされていた
「食べる暇が無いんでしょ?」
「じゃあヒカリ達が食べさせてあげるー」
「私達ってばやっさし~!」
────……いや、自分で食え「「えい!」」もるすぁ!?
口に突っ込まれると同時に広がるチーズとチョコの味、うーん実に美味
でも良い子の皆はフォークを急に人の口に突き出すのは危険だからやめようね!お兄さんとの約束だぞ!
「どう?美味しい?」
────ごくん……うん、美味い、美味いけど急に人の口に「もう一口あげるー」────まるくとっ!?
「あー!私も餌やりするー!」
────ごくん……いや誰が餌やりじゃ「はい!あーん!」────あいん!?
「ヒカリ特製のチョコチーズイチゴケーキもどうぞー」
────んぐぐぐっ……いやだから口に突っ込むんじゃ「えいっ」────そふ!?
「牛乳も飲ませてあげるー!」
────いやそれは無理がある「はい!どーぞ!」────おうるるるるるるる!?
固形物から液体まで、あらゆる物を強制的に流し込まれた口から訳の分からない悲鳴があがる
楽しい筈だったスイーツタイムはすっかり拷問の時間に、ケーキ自体は美味しかっただけになんとも残念だった
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────────
──────
「いっけー!酒泉の特急カード破っちゃえー!」
「キングビンボーの力をみよー」
────ヤバい手ぇ出しそう
パーティーゲームで一人を狙い打ちするとろくな事にならない、特に桃鉄とかああいう系のゲームは最悪死人が出る可能性もある
卑劣な姉妹の手に堕ちた俺はすっかりボコボコにされてしまい、ゲーム開始からたったの一時間半で150億もの借金を背負わされてしまった
これがマリパ系のゲームだったら逆に叩きのめしてやったのによぉ!
「あ、ミニビンボーに戻っちゃった」
「つまんない~!」
────なあ、俺の物件全部吹き飛ばされた上にカードまで破られて挙げ句借金まで残ったんだけどそれでもまだ足りないのか?
「たりない~!」
「もっと酒泉の全部奪いたいー!」
可愛い顔してとんでもない発言しやがったよこの畜生姉妹、頼むから荒いのはドリフトだけにしてくれ
────ええい!キヴォ鉄はもう終わりだ!二対一で勝てるわけねぇだろうが!
「えー?もう辞めちゃうのー?」
「じゃあ次はどれやるー?」
シュポガキ改めクソガキ改め畜生姉妹はまたもや勝手にテレビ横のタンスを漁りだし、ぽいぽいと中身を放り始めた
今度こそ本当に追い出してやろうかとも思ったが、流石にやられっぱなしで帰すのは精神衛生上よろしくないのでせめて対戦ゲームでボコしてから追い出そうと床から立ち上がった
確かさっき〝大激突!スカッシュシスターズ〟のカセットがベッドに放り投げられてたような……
「あれ?なにこれー?」
「……指輪?」
二人の声に反応して後ろを振り向く、するとタンスから投げ捨てられた古着やらタオルやらに囲まれながら二人が小さな箱を開けていた
中に入っていたのは銀色の指輪、それが二つ……ああ、そういえばそこに仕舞ってたっけ
「……なんか結婚指輪みたいー」
「……ねえ、これ誰かに渡すの?」
────んな訳無いだろ、なんかのパーティーに行った時に参加したビンゴ大会で貰った景品だよ
「……それ嘘でしょ、こんな高そうな指輪が景品で貰えるわけないじゃん」
「……うそつき」
────嘘じゃねえよ……商店街のからから回すやつとかの景品でハワイ旅行券が貰える事だってあるだろ?それと一緒だよ
まあ嘘だけど、本当はお屋敷で働いてた時に買った給料三ヶ月分の指輪だけど
その時が来たら二人で嵌めようと約束していたが今となっちゃ渡す相手が居なくなった……俺と同じで〝役目が失くなった〟可哀想な指輪だ
────もし嘘だと思うんなら捨ててきていいぜそれ、どうせ使わんし……あ、なんならそれやろうか?
「「……え?」」
────ファッションで着けるも売り飛ばすも自由だ
こうすれば疑われる事はないだろうと考えて興味無いですよアピールをこれでもかと言うほど見せてみる
するとヒカリはいつものマイペースな調子を崩し、ノゾミもいつもの人をおちょくる様な笑顔を潜ませてモジモジと縮こまり始めた
「……じゃあ、もらう……」
「せ、折角だし貰ってあげよっかなー……なんて……」
────おう、好きにしてくれ
「……これ、さ。どこに嵌めればいいの?」
────どこにって……指輪なんだから指に決まってんだろ?
「そ、そうじゃなくて!こういうのってさ……どこの指に嵌めるとかって決まってるんじゃないの?」
────さあ……適当でいいんじゃね?
結婚式とかで嵌めるんならちゃんとした手順とかがあるのかもしれないが、そうでないならどこに嵌めようと意味は大して変わらんだろ
……と思うのだが、何故かノゾミとヒカリはただ指輪を見つめたままそれを仕舞おうとも嵌めようともしない
────どうしたー?要らないなら戻しとけよー
「……ねえねえ、この指輪持っててー」
────別にいいけど……結局要らないのか?
「……!ねえ!私の指輪も持ってて!」
────お前も?……まあ、別にいいけどよ
「それ、両手で持って二つともこっちに向けてー」
────は?……こうか?
ヒカリに頼まれて指を持つとそれに続いてノゾミまで俺に指輪を持たせてくる
お気に召さなかったかと思いながら質屋にでも入れようかと考えていると、ヒカリが何を目的にしたのか不明な要求をしてきた
特に断る理由も無かったのでヒカリに言われた通り輪が正面を向く様に二人に向けると、二人は互いに頷いた後同時に近づいて左手を近づけてきた
「「せーの……えい!」」
────……はぁ?
そして、俺が持っていた指輪にそれぞれ薬指を通した
……なにやってんだこいつら
「むふふー……指輪貰っちゃったー……」
「酒泉ってば仕方ないなー……そんなに私達に受け取ってほしかったんだー?」
────いや、別に誰でもよかったけど……
「ほぁあ……」
「指輪……」
────……聞いてねえ
俺の言葉に耳も貸さず指輪を天井の明かりに翳して呆けてる二人を見るにどうやら気に入ってもらえたようだ
どうせ使い道の無かった物だし、こうして誰かを喜ばせるのに役立てたのなら指輪君だって満足だろう……さて
────飯も食ってゲームもして指輪まで貰ったんだ、もう十分暇潰しにはなっただろう?帰った帰った
「え?帰らないよ?」
────なんだ?まだ遊び足りないのか?
「うん、ていうか今日は泊まるつもりで来たし」
「私達の寮、お風呂壊れちゃったんだー」
────……は?
泊まる?俺の家に?こいつらが?
────バッッッッッッッッッカじゃねえの!!?!?
脳が言葉を理解した瞬間、俺の口が勝手に叫んでしまっていた
────泊まるってお前ら正気か!?なんで風呂が壊れただけで俺の家に泊まるって話になる!?風呂が壊れたから風呂を貸せっていうならまだ理解できるが……いやそれでもやっぱ理解できねえよ!?そこは普通異性じゃなくて同性頼るだろぉ!?
「ええー?だって他の人に迷惑描けたくないしー」
「お風呂上がったばっかで帰るのもやだー」
「夜中は外寒いもんねー」
駄目だ、なんかもう言いたい事が多過ぎて何から言えばいいのやら
まず俺になら迷惑掛けてもいいって思ってる事がムカつくし、夜は寒くなるからって理由だけで泊まろうとするのがおかしいし、自分家のシャワーで我慢しようとしないのもこれまたムカつくし、何より……
────……女の子が気軽に男の家に泊まろうとするな、もっと自分の身を大事にしろ
明らかに距離感を間違えてる二人にそう忠告すると、それを聞いたノゾミがどこか不敵な笑みを浮かべながら俺を見上げてきた
「……へー?ガキだのなんだの言っておきながら私達のこと〝女〟として見ちゃってるんだー?」
「やっぱり意識してるー」
────ああ!?んなわけねえだろ!何度でも言ってやるがなぁ!?俺はお前らみたいなちんちくりんに興味ねえんだよ!
「じゃあ別に泊まってもいいよねー?私達のこと子供としてしか見てないなら親戚の子供が泊まりにきただけみたいなもんだし」
「そうだそうだー」
それっぽい屁理屈を垂れながら泊まらせろと抗議してくる二人、正直ここで断るのは非常に簡単ではある
……が、それはそれとしてこんなクソガキ共を意識しちゃってると思われたまま帰られるのは癪だし、何より本当に風呂がぶっ壊れてるのだとしたら困ってるところを見過ごす訳にはいかないし
仕方ないからここは……いや待て、そんな事をしたら益々ロリコン疑惑が加速するかも……いや、こいつらが誰にも話さなければ別に問題は……
「あ、ちなみに着替えとか歯ブラシとかはちゃんと持ってきてるから」
「グレープあじの歯磨き粉~」
だが、ここで甘やかすとまたつけあがるだろうし……いやでも困ってるのは多分本当なんだよな……いやでもやっぱ女が男の家に泊まるのは……いや別に女として意識してる訳じゃないけど……うごごごごごごご……!
「これとこれ……あとこれも!」
「キョットカットもいれちゃおー」
────おいガキ共……夕飯の買い出しに行くだけつったよな……?
買い物籠の中に勝手にお菓子を投げ入れるクソガキ共に怒りをぶつけるも、こいつらは俺が額に浮かべる青筋に気づかずただはしゃぎまわっているのみ
お前ら本当に高校生なんだよな?俺は幼稚園児の子守りをしてる訳じゃないんだよな?
「今日の夕飯何にするの?」
────ビーフシチュー、泊まらせてやるんだから我儘言うなよ
「私お肉多めがいいー」
────我儘言うなつったばっかだよな……?
「リクエストだもーん」
こいつらは俺の事を専属のシェフか何かと勘違いしてはいないだろうか、一度甘やかす度にどんどん遠慮が無くなってきている……そしてそのついでとでも言うかの様に距離感もバグってきている
買い物籠を持っている俺の右腕にヒカリが、スマホのメモを開いている左腕の方にノゾミがくっついて鬱陶しいったらありゃしない
離れろと伝えれば〝やっぱ私達のこと意識してるんだー〟の一言で返され、未だ捨て切れない子供特有の反抗心全開で〝はあ!?そんなわけ無いんだが!?〟と返せば〝じゃあいいよね〟で済まされる
良い感じに手玉に取られている気がしてならない……情けない奴!(自虐)
「お風呂上がりのデザートも欲しいなー」
「ヒカリ冷凍ミカンたべたいー」
────冷蔵庫にバニラカップ入ってるからそれで我慢しなさい
わーいと喜ぶ左右二人に身体を揺らすなと文句を言う、身長差もあって我が子の面倒を見る親の気分になってしまう
前世で俺が子供だった時もこんな風に迷惑を掛けていたのだろうか……だとしたら尚の事親孝行したかったな、本当に悔やみ切れない
「あー、酒泉ってばまた寂しそうな顔してるー」
────あ?別にそんな顔……おい待て、またってなんだよ
「自覚してないの?酒泉って時々そういう顔してる時あるんだよ?私達と一緒に居る癖に贅沢すぎるよねー!」
「なまいき~」
肘で脇腹をぐりぐりするという地味ーな攻撃をくらい、痛みと僅かなくすぐったさが身体を襲ってきた
……こいつらと一緒に居る事によって生じる唯一のメリット、それは寂しさを感じる暇も無いほど忙しくなる事だ
ムカつくぐらい底抜けなこいつらの明るさが、新たな人生を歩もうという俺の決心を後押ししてくれた部分もあるのだろう
誰かに捨てられようと、誰かに置いてかれようと、長年の役目を突然失おうと、俺の人生にはそれ以外の別れ道が沢山あるのだから
ほんのちょっと躓いたからってなんだ、ちょっと泣いてまた歩けばいいだけだ
「あー、今度は笑ってるー」
「なに?良いことでもあったの?」
────いいや?こんなガキ共に絡まれる己の人生を嘲笑ってただけさ
「ふーん、そういうこと言っちゃうんだー……ヒカリ!あれやるよ!」
「ひっさーつ!ピンポンダッシュ64連打!人体ばーじょん!」
────それピンポンダッシュじゃなっ……くすぐったい!?地味にくすぐったい!?
……まあ、ちょっと明るすぎて目眩がする時もあるけど
少なくともこいつらのおかげで〝捨て子〟でも〝許嫁〟でもない〝ハイランダーの折川酒泉〟になれた訳だし、そこは感謝してやらんでもない
……肉、多めにしてやるか
シュポ川酒泉の続きです