〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

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彼は〝私〟を見ない

 

 

 

────とりあえずその気持ち悪い演技やめません?────

 

 

それは突然の一言だった

 

ゲヘナの中等部の子達が修学旅行で百鬼夜行に訪れた日、私は丁度その案内役に選ばれていた……選ばれたというよりは半ば強制的に押し付けられた感じだけど

 

それでも周囲からの期待の眼差しに抗えず、結局大衆の波に流された私は修学旅行の日に備えてゲヘナ受けしそうなスポットを事前にリサーチしておいた

 

結果だけ言うと中等部の子達からの評判は非常に良く、我ながらプレゼンも完璧にこなせていたと思う

 

けど、そんな中で一人だけ微妙そうな顔をした子が居た

 

その〝男の子〟は休憩中、周りを気遣ってか一人で別行動を取って自分の顔を他の子に見せないようにしていた

 

 

『ほらほら!なーに辛気臭い顔してるの!そんなんじゃ折角の修学旅行も楽しめないよー?』

 

『え?あ……い、いや……』

 

『それとも何か困り事?だったら私に相談してみない?』

 

『……えーと……別に困っては……』

 

『そう遠慮しないでさー、中等部最後の修学旅行なんでしょ?モヤモヤを抱えたままなんて勿体無いよ!』

 

『……じゃあ、遠慮なく言っちゃいますけど』

 

 

そんな彼を〝私〟皆が求めるアヤメが放っておくはずもなく、彼以外の人の気配がしなくなったタイミングで思い切って話しかけてみた

 

だって私は〝私〟皆が求めるアヤメだから、〝私〟皆が求めるアヤメならきっとそうしていただろうから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『とりあえずその気持ち悪い演技やめません?』

 

『…………え?』

 

 

もはや自分が自分なのかすら分からなくなった頭で〝私〟を演じている私、そんな〝私〟に放たれたのがさっきの一言だった

 

 

『なんていうか、案内中もずっとそんな演技されてるもんで素直に楽しめなくって……いや、案内自体は完璧だったんすけど』

 

 

初めてのことだった、私が〝私〟じゃないと見破られたのは

 

付き合いの長い人達でさえ、それこそナグサでさえ気づけなかった私の秘密を、その男の子はどこか惹かれるような力強い瞳で見破ってきた

 

 

『俺の先輩といいアンタといい、弱音を吐けない人ってのはどこか取り繕ってる様な空気纏ってんすよ。それもかなり親しい人じゃないと気付けないくらいの』

『……』

 

『俺の先輩はよくそうやって疲弊してるのを隠そうとしてたけど、アンタの場合は疲れだけじゃなくて……なんだ?呆れたとかうんざりしたとかそういう感じか?』

 

 

別に誰かに期待されるのが嫌だったわけじゃない、期待を押し付けられるのと私じゃない〝私〟に期待されるのが嫌なだけだ

 

でも、目の前のこの子はずっと〝私〟じゃなくて私を見ている、こうして会話している時も

 

全てを見透かしたような両の目で射抜かれた私はまるで自分が丸裸にされた様な感覚に陥り、いつもの〝私〟を維持できずにいた

 

 

『ぁ……わ、私は……』

 

『……』

 

『……私は……』

 

 

……少しだけ嘘吐いた、正しくは維持しようとすらしてなかった

 

彼に全てをさらけ出している、自分を取り繕わなくてもいい、私をちゃんと見てくれている、そんな時間が心地好くて

 

言える筈の言い訳も出来る筈の演技も全部忘れて、もっと〝私〟を脱がしてほしくて、もっと私を暴いてほしくて、もっと私を見てほしくて、もっと、もっと私を、もっと────

 

 

『あ……い、いや!俺は別にアンタを責めてるわけじゃなくて……すんません、遠慮しなくていいって言っても限度ってのがありますよね』

 

『……え?』

 

『なんでかな、アンタのこと見てると空さ……俺の知り合いのこと思い出しちゃって……』

 

 

あと少し、手を伸ばせば私の心に触れられる距離、なのに彼は思い出したかの様に咄嗟に離れて頭を下げてきた

 

 

『えっと……改めてすみませんでした、初対面の癖に失礼なこと言いまくっちゃって……もしこの修学旅行中にうちの生徒が失礼な事をしたら遠慮なく俺を呼んじゃってください、ゲヘナの問題はゲヘナで解決するように努めますんで────』

 

『アヤメっ!』

 

 

更に彼と私の間に線を引くかのように邪魔な声が響き、足音の鳴る方へ顔を向けると〝私〟皆が求めるアヤメの方の友達であるナグサが駆け寄ってきていた

 

肩で息をするその姿は何か緊急事態が起きた事を容易に想像させ、同時にその安堵したような瞳はまた私に助けを求めてくるであろう事も想像できた

 

 

『ナグサ……どうしたの?そんな焦った顔して』

 

『さ、さっき向こうの売店近くでゲヘナの生徒と百鬼夜行の生徒が喧嘩を始めちゃって……最初は口論だけだったのに、銃を取り出した辺りから雲行きが怪しくなって……!』

 

『……それで?なんでこっちに来たの?』

 

『え?そ、その……喧嘩の仲裁なら口下手な私よりアヤメの方が適任だと思って……』

 

『…………そ』

 

 

たった一言、私が返したのはそれだけ

 

今の時間を邪魔されたのもあってか、私の声は意図せず低くなっていた……にも関わらずナグサは私の変化に気付かない

 

それどころか私の返答を勝手に了解と解釈したのか、まるで心配事が失くなったかのようにほっと胸を撫で下ろした

 

 

『マジか……早速問題発生かよ……すんません、そのゲヘナ生どんな容姿してたか覚えてます?』

 

『容姿?確か……髪が黒髪のポニーテールで、バッテンが入った変な黒マスクもしてたかな……』

 

『うげっ、あのスケバン共かよ……散々暴れんなって注意しといたのに……すんません!すぐ説得しに行くんで!最悪被害出る前に力ずくで止めますから!』

 

『え?で、でも貴方だけだと危険だと思うから────あっ』

 

『……』

 

『行っちゃった……ど、どうする?私達もすぐ行った方がいいかな……?』

 

『…………………………少しは自分で考えなよ』

 

『ア、アヤメ?今なんて言ったの?ちょっと聞き取れなくて……』

 

『……』

 

『……アヤメ?』

 

 

すぐに行く?それを私に聞いてる暇があるならすぐに彼の後を追うべきだろう、なのにどうしてこの子は呑気に私の意見を求めてくるのだろうか

 

そもそも〝危険だと思う〟ならそんな頼みを私にしないでほしい、私なら危険な目に遭ってもいいの?それとも私ならどんな状況でも解決できるって?そもそもまだ委員長じゃない私に、それどころかまだ二年生の私なんかに判断を仰ぐよりもっと頼るべき相手が────

 

 

『……そうだね、怪我人が出る前に助けにいこっか』

 

『う、うん』

 

 

胸に込み上げてくるそんな黒くてぐちゃぐちゃした感情を何とか抑え込み、結局私はいつも通りの〝私〟に戻った

 

赤の他人の彼は気付いてくれたのに、一応は友達である筈の彼女は私が冷めた瞳をしているのにも気付かずただアヤメアヤメと付いてくるだけ

 

私は、私はそんなナグサが……否、私に重荷を押し付けてくる全ての奴等が─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ!待ってよアヤメ!お願いだから────」

 

「〝話を聞いて〟って?ずっと同じことしか言わないよね」

 

 

私が〝私〟である事を思い知らされた悪夢であり、彼と出会えた吉夢でもある、そんな夢を見た日に限ってこの子は特にしつこく食い下がってくる

 

私はもう委員長なんかじゃないのに、立場を全て捨てて自由に過ごしているというのに、未だに百花繚乱なんていう枷を負わせようとしてくる

 

 

「私は百花繚乱には戻らないし辞めた理由を教えるつもりもない……前にもそう言ったはずだけど?」

 

「そ、そんな急に言われても……受け入れられるわけが……!」

 

「あんたの事情なんて知らないよ、私は私で好き勝手するからあんた達もあんた達で好きにすれば?……ほら、これで話は終わり。百蓮だって置いてきたんだしもう私に用は無いでしょ?」

 

 

突き放すつもりでハッキリと告げれば、ナグサは酷く傷付いたように顔を歪めた

 

ああ、本当に────腹が立つ、悲しそうなその表情を見る度に腸が煮えくり返る

 

何を今更、そんな被害者面して、三年になっても何も変わらなかった癖に、周りの人達が誰も気付いてくれないから、誰も変わってくれなかったから、私が変わるしかなかったのに

 

言いたい事は山ほどある、一度吐き出すと自分で抑えが効かなくなりそうで、仕方なく会話を強制的に中断して立ち去ろうとする

 

 

「ま、待って!置いてかないで!アヤメ!」

 

「置いてかないで?……はは、あはははっ!」

 

「ア、アヤメ?なんで……笑ってるの……?」

 

「そりゃ笑っちゃうでしょ……ねえ、ナグサ。置いてかないでとは言うけどさ、あんた────そもそも私に付いてきたことあるの?」

 

「……え?」

 

「あんたは本当に今まで〝七稜アヤメ〟と一緒に居たの?一緒に居たとして、それは本当に本物の〝七稜アヤメ〟だったの?」

 

「なに、いってるの……?」

 

 

私の言葉が理解できなかったナグサは困惑と悲しみが入り交じったようなぐちゃぐちゃな表情で肩を掴んできた

 

何度も何度も揺さぶっては、何度も何度も〝アヤメ〟と名前を呼び掛けてくる……でも彼女が呼んでいる〝アヤメ〟は〝私〟のことであって私のことじゃない

 

 

「最近のアヤメ、少しおかしいよ!急に委員長を辞めて、周りの人にも冷たくなっちゃうし……」

 

「……」

 

「ま、前はあんなに優しかったのに、今は困ってる老人が居ても平気で見捨てて、子供が泣いてても無視して……こ、こんなのアヤメらしくない!お願いだから元のアヤメに戻ってよ!」

 

「…………ははっ」

 

 

彼女の言葉を聞いて思わず渇いた笑いが溢れてしまう

 

別に笑いたいわけじゃない、ただ怒りを通り越してしまっただけだ

 

 

「ねえナグサ、元のアヤメってなに?」

 

「……え?そ、それは……強くて優しくて、皆に慕われてる委員長で────」

 

「じゃあ私が弱かったら私は〝アヤメ〟じゃないんだ」

 

「ち、ちがっ……そういうことじゃ……!」

 

「優しくない私は、慕われてない私は、委員長じゃない私は…………〝アヤメ〟を名乗ることすら許されないんだ」

 

 

もう疲れた、アヤメを演じるのはこれでおしまい、私は〝私〟じゃなくて私になる

 

今の私を見て百鬼夜行の人達は〝おかしくなった〟だの〝変わってしまわれた〟だの言ってくるけど私は何も変わっていない、ただあんた達が私を見ようとしなかっただけだ

 

 

「〝七稜アヤメは死んだ〟……キキョウ達にはそう伝えといて」

 

「な、何を言ってるの!?皆アヤメの事が大好きなのに……そんな悲しませる様なこと言えるわけが……!」

 

「だからその皆が大好きな〝アヤメ〟が死んだって言ってるの……はぁ、お願いだからもう放っておいてよ」

 

 

心底呆れたと、態度だけでもハッキリ伝わるようにわざとらしく大きな溜め息を吐く

 

それでもこの子に私の意図は見えなかったらしく、ナグサは私の腕を掴んで無理矢理止めてきた

 

 

「……聞こえなかったの?放っておいてって」

 

「と、友達が悩んでるのに放っておくなんて……そんな事、私にはできない……!」

 

「……悩んでる?私が?」

 

「だ、だって……アヤメが何の理由もなく皆を混乱させるなんて有り得ないし……本当は委員長を辞めないといけないような理由があるんでしょ!?」

 

 

なんて健気なんだろう、ナグサは未だに〝私〟のことを信じているらしい

 

それはきっと友を思い遣る純粋な心、でも残念ながら────それ以前の問題なんだよね

 

 

「ナグサ、私はあんたを友達と思ったことなんてないから」

 

「────え?」

 

「これで私に構う理由は失くなったよね、だって私達友達じゃないんだからさ」

 

「……う、そ」

 

「本当」

 

 

本当、友達じゃないのも、優しくない私も、冷たい私も、皆の事が大嫌いな私も、全部全部本当

 

嘘だったのは皆が好きなアヤメ、本当の私を知っているのはあの日の彼だけ……ああ、今更だけどお友達になっておけばよかったな

 

「じゃあね、〝アヤメ〟のお友達さん。私には二度と関わらないでね」

 

 

唖然と立ち尽くすナグサを無視して目的もなく歩き出す

 

何者にも縛られていない私の足はとても軽く、今なら何処にでも行けそうな気がした……とはいえ、実際には目的もやりたい事も無いから何処にも行かないんだけど

 

 

「さーて、なにやろっかなー」

 

 

〝私〟がやりたい事は人助けだったけど、私がやりたい事は考えた事がなかったな

 

普通の人は友達と一緒に遊んだりお買い物に行ったりするんだろうけど〝私〟の友達は居ても私の友達は居ないし、そもそも〝私〟しか見てくれなかった人達と今更友達になるというのも────

 

 

「……あ、そうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体が痛む、それだけならまだいい

 

しかし最悪な事に血まで身体中から溢れ出ており、痛みすら曖昧になるレベルで意識が朦朧としてきた

 

 

「計画が狂ってしまったか……まあいい、シャーレの寿命が僅かに伸びただけだ」

 

「ぜ、全身血だらけです……辛そうですねぇ……」

 

「……無駄な抵抗するから」

 

「…………」

 

「分かっているさ、姫。すぐにでも向かうとしよう……こいつを片付けてからな」

 

 

錠前サオリの銃口が此方に向けられる、対して俺の身体は動かない

 

そもそも動いたところで大した抵抗はできないだろうが……まあ、何にせよこの状況じゃ考えるだけ無駄か

 

まあいい、空崎さんも先生も無事だし後は正実と風紀委員会で協力して適当にアリスクをボコってくれるだろう

 

原作を最後まで見届けられなかったのだけは残念だが、何の為に生まれたのかすら分からないこの命で最悪の事態を避ける事ができたのならそれで────

 

 

「ねえ、邪魔」

 

「なっ!?貴様、いつの間に────っ、あ゛!?」

────……は?

 

 

突如、錠前サオリの背後に現れる謎の女

 

そいつが咄嗟の抵抗すら許さず錠前サオリの腹に鉛弾をぶち当て、そのまま勢いよく蹴り飛ばす豪快な姿は浮かびかけていた俺の走馬灯を吹き飛ばすのに十分だった

 

 

「リ、リーダー!」

 

「ぐっ……新手か?いや、それにしては……」

 

「…………」

 

「……だね、制服からしてゲヘナでもトリニティでもないだろうし」

 

……なんだ?何が起きた?今目の前で起きた光景が俺の〝死にたくない〟という願望から生み出された妄想でなければ、恐らく百鬼夜行の物であろう制服を身に纏った生徒が錠前サオリを蹴り飛ばして俺を助けたように見えたが

 

俺の妄想じゃなかったとしても何故百鬼夜行の生徒がここに居るかも何故俺を助けたのかも分からない、沈みかけていた思考が急なトラブルによって無理矢理叩き起こされる

 

 

「貴様……シャーレからの使いか?」

 

「……」

 

「……敵に語る事は無し、か」

 

 

銃口を向けられているにも関わらずアリウススクワッドに背中を向けて此方に歩み寄る謎の女、あまりにも無防備すぎるその姿はまるでアリウススクワッドを意に介していない様だった

 

……あの四人の誰からも気配を悟られてなかったし、実際にそれくらいの実力差があってもおかしくないのかもしれない

 

 

「……」

 

────……なん、だ?あんた、はや、く……はなれた、ほうが……

 

「……」

 

 

謎の女は倒れ伏している俺の前で立ち止まるとゆっくりしゃがみこみ、じっと俺の顔を見下ろしてきた

 

恐らく実力的に問題無いだろうが一応忠告はしておく……が、謎の女は返事をする事なくひたすら俺を見下ろし続け────最初の一言以外発さなかった口が、ついに開かれた

 

 

「ねえ、私の友達になってよ」

 

────え?この状況でそれ言うの?

 

 

 

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