錠前サオリに手を差し伸べる自分の姿が見える
────止めろ
自分の説得を聞いた彼女は俯いている
────見捨てろ
暫くして彼女も手を伸ばし、互いに手を取り合うかと思った
────その女から離れろ
しかし彼女は地面に落ちているナイフを拾い上げ、
────逃げろ
俺の────折川酒泉の目を切り裂いた
………最悪な悪夢だ
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俺達がトリニティに救出されてから三週間程経った
今回の事件は〝悪い大人に洗脳されていた可哀想な子供達がトリニティに被害が出る前に勇気を出して反逆した〟……って感じで処理された
面倒事に巻き込まれたくなかったから右目の怪我とかも全部あのババアに押し付けてやった、ざまあみやがれ
……んで、今の俺達はトリニティの保護施設で暮らしているんだが、もうすぐ俺達を体験入学させるかもって話が聖園さんからきた
普通の学生と同じ生活を経験させることでマダムに無理やり歪まされた価値観を治し、アリウスとトリニティでも分かり合えるということを周りの人達に広く知らしめよう………ということらしい
これに対して反対意見も多少は出ているものの、トリニティ生からの当たりはそこまで強くない
理由としてはアリウスが調印式を襲撃する前だったのと………アリウススクワッドの行動が結果的にトリニティを守ることに繋がったからだろう
ティーパーティーの三人も色々と気を利かせてくれたらしいからな……
あの戦いで逃げ出したマダムに関しても、組織もガタガタになり、戦力の大半を失い、新たな戦力………ユスティナ聖徒会を手に入れる算段をも失った今、そう簡単に行動できない筈だ
やっと終わったんだ、俺達の戦いが
これからは何も心配することはなく、望んだ未来に向かって歩き出せる
………本当にそうか?
本当に何事もなく未来に向かって歩き出せるのか?
本当に?右目を奪われた恨みや憎しみを抑えて?
この三週間、錠前さんの顔を見る度にあの時の戦いを思い出してしまうというのに……
その恨みを錠前さんにぶつけるのか?その結果、他のアリウススクワッドの人達が傷つくかもしれないのに?
けど、俺はこの感情を抑えられる自信がない
それでも皆にはやっと手に入れた日常を何の気兼ねもなく謳歌してほしい
……二つの思いがぐちゃぐちゃにされるような感覚を覚える
このままだと、いずれ自分では感情を制御できずに取り返しのつかない事を言ってしまうかもしれない
俺は………俺はどうすればいいんだ?
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「ああ……今日の昼食もとっても美味しいですねぇ……これまでの生活が嘘のようです……これって夢じゃないですよね?起きたらアリウス自治区に居たなんてことありませんよね!?」
「それ昨日も言ってたよね」
モゴモゴと食事を摂りながら連日同じようなことを言うヒヨリにミサキが呆れたような目を向ける
とはいえ、ヒヨリの言う通りミサキ自身も未だに実感が湧いていない
少し前まで最低限の食事と最低限の寝床しか用意されていなかった地獄のような環境に身を置いていた
だが、今はこうして健康の考えられた食事を摂ることができ、寝る時も安全な場所で眠ることができる
「うぅ……だ、だって……まさに夢のような生活なんですもん……」
「……まあ、確かに突然環境が変わったら戸惑うよね」
「………でも、それはきっと良いことなんだよ」
くすりと笑いながらも、二人を微笑ましげに見つめるアツコ
……マスクをつけずに自分の口で直接会話に参加できるのは、ヒヨリだけじゃなくアツコにとっても夢のような出来事だっただろう
「こうして笑い合いながら皆と一緒に居られるなんて……酒泉の言ってたことは本当だったんだ」
「………何の話だ?」
「〝諦めずに抗い続ければいずれ白洲さんの思いは報われる〟………初めて会話した時、地下牢でそう言ってくれたんだ」
酒泉の名前を聞いた瞬間にピクリと反応したサオリが、アズサに言葉の意味を問う
「……そう、か」
「でも、皆と言っても酒泉さんだけ毎回昼食の時間に来ませんよねぇ………毎回〝予定があるから〟って言って私達が食べ終わって暫くしてからやって来ますし……」
「…………ヒヨリ」
「えっ?……あっ!?ご、ごめんなさい!」
「……すまない」
酒泉がこの場に遅れてくる理由はサオリと顔を合わせると気まずくなってしまうから………それは全員理解しているのだが、ついうっかり溢してしまったヒヨリの言葉を聞いたサオリが申し訳なさそうに俯く
結局、この後も若干の気まずさを残しながら全員食事を終えた
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………あっ
「………酒泉か」
昼食後に軽く運動でもしようとサオリが外に出ると、そこで偶然酒泉と鉢合わせた
互いに気まずそうな顔をし、酒泉の方から先に帰ろうとする
頭を下げながらサオリの横を通り過ぎようとしたが、その直後に肩を掴まれて動きが止まる
「……待ってくれ」
……何ですか?
「戦いが終わったら二人で話がしたいという約束……今、果たせないか?」
………いいですよ、でもその前に俺から伝えたいことがあるんで、こっちから喋ってもいいですか?
「ああ……ありがとう、酒泉」
そう言って肩から手を放すサオリ
自由になった酒泉は少し下がり、そして────
今までキツく当たってしまってすいませんでしたっっっ!!!
「……は?」
────突如、勢い良く頭を下げた
「……何を言っている?お前が謝ることなど何も無いだろう!?」
突然の行動に困惑するサオリ、彼女は酒泉の頭を必死に上げさせようとするがそれでも止まらない
「頼むから止めてくれ!お前の目を奪った私なんかに謝る必要などないだろう!」
………俺は、責任を負う側の立場について何も考えていませんでした
「責任……?」
錠前さんは皆の命を背負っていたんです、なのに俺は………背負ってる物が重すぎて自由に行動できない錠前さんのことを一方的に責め立てました
必ず救える保証があるわけじゃないのに、外の世界のことを殆ど何も知らない皆を連れていこうとして……
「……だが、そのお陰で皆アリウスから逃れることができた」
……でも、それは結果論だ
俺が少しでもしくじれば皆の命はありませんでした、錠前さんはそれを危惧していたんですよね?
「………ああ」
錠前さんは〝護る〟ことを選んだ、でも俺は〝救う〟ことに拘りすぎて、その結果………錠前さんの家族を危険な賭けに引きずり込んだ
そんな俺が錠前さんに否定されるのは当然の事だったんです
「……それがお前の目を奪っていい理由にはならないだろう」
あの時のことは事故みたいなもんですし仕方無いですよ、怪我する覚悟も無かったのに喧嘩を吹っ掛けた俺が悪いのもありますしね……
「だが────」
────お願いします、錠前さん……この話はこれで終わりにしてください
「………っ、分かった……」
真剣な表情で頼み込む酒泉、そんな彼に気圧されたのかサオリも大人しく引き下がる
しかし酒泉は突然表情を変えて今度は世間話でもするかのように軽く喋り始めた
────あっ、そういえばもうすぐ体験入学が始まるじゃないですか
「……ああ、それがどうかしたのか?」
その日なんですけど……俺、ちょっと寄りたい所があるんで先に聖園さんに指定された場所に集まっててください
「……ミカにはちゃんと伝えたのか?」
聖園さんには後で話しておきますので大丈夫ですよ、俺を迎えにきた聖園さんと一緒にそちらに向かいますんで
「……分かった」
〝じゃあ、さようなら〟と手を振って施設内に入っていく酒泉を見送る
……サオリから見た今の酒泉は、自分以外のアリウススクワッドと喋ってる時と同じような接し方だった
それを少し嬉しくも思い、あんな怪我を負わせてしまった事への罪悪感も共に強くなる
……が、それ以上に────
「………なんだ、この違和感は?」
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「い、いよいよ体験入学ですか……緊張しますね……自己紹介で失敗したら、きっとクラスメイト全員から石を投げられて十字架に縛られてそのまま燃やされるんですよね………うぅぅぅぅ………!」
「何それ、物騒すぎでしょ………」
「流石にそれはないと思う」
それから数日後
ヒヨリだけ緊張で身体を震わしている一方で、他の者達はそこまで心配してはいなかった
どんな環境だろうとアリウス自治区に比べればマシだろうからと考えていた
「……ところで、アズサの持っているそれは何?」
「……これ?」
ミサキが隣のアズサに視線を向けると、彼女は黒い身体に白い顔のぬいぐるみを抱きしめていた
「これはスカルマン……らしい」
「らしい?」
「うん、酒泉がくれたの。〝これを持っていればそのうち最高の友達に出会えるはずだ〟って……お守りの代わりらしい」
「どこで手に入れたの?」
「〝聖園さんに頼んだら快く用意してくれた〟って言ってた」
「……へえ?」
「………羨ましいの?ミサキ」
「………べつに」
この先の事など何も心配していないかの様に雑談をする三人を見てヒヨリが目を見開く
「ひ、姫ちゃんは怖くないんですか?酒泉さんもですけど、二人は学年が違うんですよ?私達と同じ学年ですらないんですよ?」
「私は……どちらかといえば心配より楽しみの方が上かな?」
「つ、強いですね……」
儚げな雰囲気とは裏腹に堂々と〝楽しみ〟と口にするアツコ
彼女にとっては周りの目など大した問題ではないのだろう
「さ、サオリ姉さんは?先程からずっと黙りっぱなしですけど……」
「………」
「……サオリ姉さん?」
「……ん、すまない……何だ?」
ヒヨリは一言も発さないサオリが気になり再度声をかけるが、心なしか元気がないように見える
「いえ、ずっと黙りっぱなしだったので、サオリ姉さんも緊張しているのかなと……」
「あ、ああ……その事か……緊張はしていない、私が心配しているのはお前達が馴染めるかどうかだけだ」
「………サオリ姉さんの場合、まず真っ先に自分の心配をした方がいいと思う」
「そうだね、サッちゃんってちょっとズレてるところがあるからね」
「なっ……!?私が!?」
家族を心配しての発言だったが、逆に自身が心配されていることを知ったサオリは肩を落とす
「……私はそんなにズレているのだろうか」
「同じ時期にアリウスから抜け出したのに、何故かサオリ姉さんだけ常識からズレた行動を取るくらいには」
「それになんか騙されやすそうな危うさがあるっていうか……」
「……大人のやり口は散々この身で味わってきた、そう簡単に騙されたりはしないさ」
「本当に?例えば契約書を書く時とか騙されたりしない?」
「当たり前だ、そんな事など起こりはしない」
自信満々に言い放つサオリ、そんな彼女を心配そうな目で三人が見つめる
〝その目はなんだ〟と言おうとしたが、その前に突如サオリの携帯が鳴り響く
保護施設の者から手渡された連絡用の携帯、その画面には〝聖園ミカ〟の名前が表示されていた
何事かと思い、そのまま通話ボタンを押す
『もしもし!?サオリ!?』
「………っ!」
突然の大音量がサオリの耳を襲う
サオリは一瞬だけ顔をしかめるが、ミカの声色から緊急事態と判断し、すぐに返事をする
「……ただ事ではなさそうだが……一体何があった?」
『そっちに酒泉君いる!?もう来てる!?』
「いや、まだ来ていないが………お前と共にここまで来るんじゃなかったのか?」
『……っ!酒泉君、そんなこと言ったの!?』
「あ、ああ……」
『私、そんな約束してないよ!?』
「………何?」
ミカの言葉を聞いた瞬間、サオリの表情がより険しくなる
何故そんな嘘を吐いたのか、何の為に?その目的は?
そんなことを考えている間にもミカが話を続ける
『どうして突然……こんな時に……』
「……酒泉に何かあったのか?」
『酒泉君が………!』
『酒泉君が書き置きだけ残していなくなっちゃったの!』
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感情に任せてノープランでここまで来ちゃったけど……この後どうしよっかなぁ
特に行く当てもないし……今更戻りたくもないし……〝探さないでください〟って書き置きまでしちゃったしなぁ……
……我慢してでもトリニティに残り続けるべきだったか?
………いや、多分どっかで爆発しただろうな
「……ん!?あ……あいつは……!」
はぁ……
「……ーい!おーい!」
腹も減ってきた……せめてバイトで金稼いでから抜け出せばよかった……
「聞こえてないのか?………しゃーない」
ああ、もう嫌だ……なんも考えたくない……
「よお!!!久しぶりだな!!!」
ふおおっ!!?
「おお、良い反応してくれんな………」
いきなり何しやがるんだ!?初対面の人間に対してよぉ!?
「初対面?おいおい……俺のことを忘れちまったのか?」
あん?……っ!?あ、アンタは……まさか……!
…………誰だ?
「はぁ!?マジで忘れちまったのかよ!?」
いや、だって分からないし……
「俺だよ俺!」
オレオレ詐欺?
「そうじゃねえ!ほら、あの廃施設でアンタに命を助けてもらったあの時のジャンク屋!」
……廃施設?ジャンク屋?
「一度戦ったこともあるだろ!?あん時はマスクつけた女も一緒にいただろ!?」
……………あっ、あー……なんとなく思い出してきた……ような……
「ったく……こっちはアンタに恩義を感じてたっつーのによ」
恩義?
「おうよ!あの日から危険な場所を漁りに行くのは自重するようにしたんだぜ!」
自重って……そこは完全に止めてくださいよ……
「にしてもアンタも色々と変わったなぁ、雰囲気とか………その目も」
……まあ、こっちにも事情があるんですよ
「あんな危険そうな場所にいりゃあ、そんな事もあるか………で、アンタは今なにやってんだ?相変わらず物騒な格好であの廃施設漁ってんのか?」
………いや、もうあそこに行くことはないですよ
もう命令を出されることもないですし……
「命令?なんだ、会社でも辞めてきたのか?」
……とにかく危険な場所には近寄らないようにしてくださいね?じゃあ、俺はこれで────
「おいおい、そんな今にも死にそうな顔してどこ行こうってんだよ?どっかで休んだ方が良いんじゃねえか?」
……休める場所なんてどこにもありませんよ
「………何か訳ありって顔してんな、行く当てはあんのか?」
…………
「……よし、あん時の借りを返す時がきたな」
……借り?
「先ずは寝床の確保だ!………つっても、うちも部屋のスペースに余裕がないから泊めてやることはできないけどな」
別に無理しなくてもいいですよ……
「いや、めちゃくちゃボロっちい格安アパートを知ってんだけどアンタ、金はいくら……って、その感じじゃ一銭も無さそうだな……」
……はい
「じゃあ、その前に金銭面の問題をなんとかしねーとな………うしっ!なあ、一つ提案があんだけどよぉ」
提案?
「アンタ、俺んとこで働いてみねーか?」