『───でな?外の世界にはもっと沢山のキラキラした建物が建てられてるんだよ。食事だってこんな味気の無い安物レーションじゃなくてしっかり味付けされた物ばかりだし、それに加えてデザートまでついてくるんだ。服もこんな軍服や使い古しのボロ切れじゃなくて、もっとキラキラした明るい服ばかりで……』
私達のリーダーはとても優しい人だった
訓練中は厳しいけどそれが終わるとこっそり労ってくれて、マダムや厳しい上官が居ない時は皆を集めて外の世界のお話を聞かせてくれて
『水だって飲み放題だ。夏だろうが冬だろうが好きな温度の水を好きな時に飲めて、ちょっとお金を使えばあまーい味がついた飲料も飲めちまう。信じられるか?訓練で良い成績を残せなくてもそんな生活が保障されてる……それが外の世界の〝普通〟なんだ』
アリウスから抜け出した事なんて無いのに、まるで見てきたかの様に語るリーダー
でも、その言葉を疑う者は一人も居なかった。外の世界を教えてくれてる時のリーダーはとっても楽しそうで希望に満ち溢れていたから
そんなリーダーはお話の最後に決まってこう言う
『いつか、皆で外の世界に行こう』
何度も、何度も、私達が外への希望を忘れないように
最初の頃はお話を聞いていた皆も〝無理だ〟って思ってたけど、次第に〝もしかしたら〟って思うようになって、最後には〝外に出たい〟って明確に願うようになった
多分、リーダーは私達に教えたかったんだと思う。全ては虚しくなんかないって、ちょっとした小さな夢を一つ持つだけで世界は色付くんだって
『余計な事を教えるな、折川酒泉。マダムの教えを忘れたのか?外の世界に希望など無い……有るのは怒りと憎しみだけだ』
『……〝外〟で暮らした事もない癖に知った様な口を利くなよ、錠前サオリ』
『それは貴様だって同じだろう、下らない妄言を吐いて有りもしない希望を部下に植え付けるな……無駄な感情が芽生えたらどうする』
『……じゃあなんだ?俺よりアンタの教育の方が正しいってのか?何でもかんでも虚しい虚しい言い続けて人生諦めさせるのが最善だって?俺達アリウスは夢を視る事すら許されないのか?』
『そうだ、叶いもしない夢を語るなと言っている。私達はアリウスで生き、アリウスで死ぬ……それ以外に道は無い』
『……そうか、そこまで言うんだったら最後まで責任を持つんだよな?アンタとババアが植え付けた思想に支配された部下達を置いていくことなく、スクワッドだけで逃げ出す事なく、最後までこんなクソッタレな学園で生き抜くって事で良いんだよなぁ!?』
『当然だ、私達にアリウス以外の居場所など無いのだからな』
『……ああそうか!それを聞いて安心したよ!だったら最後まで面倒見やがれよ虚無女!』
……アリウスじゃ異端なその考え方のせいでリーダーを敵視する人達も沢山居た
リーダーを嫌っているのは主に上官の人達だった、部下達に余計な思想を植え付けられると育てる手間が掛かるって
だから皆がリーダーの口を閉ざそうと痛め付けた、マダムも、上官も
でも、リーダーは決して口を閉じなかった。攻撃されたら必ず反撃したし、総出で掛かっても意識を失うその瞬間まで抵抗を止めなかった
マダムに拷問されても、他の人達から蔑まされても、ずっと屈しなかった
『ごめん……ごめんなぁ……!』
涙を流しながら私達を抱き締めるリーダー
……彼は、ある日を境に外の世界の話をしなくなった
リーダーを痛め付けても何の意味も無い、それに気づいたマダムが狙ったのは私達だった
他人の痛みには敏感なのに自分の痛みには鈍感なリーダー、マダムの狙いは効果覿面だった
『俺が……俺が馬鹿な事を口走ったから……!』
違う、違うんですリーダー、確かにマダムが私達に狙いをつけたのはリーダーを黙らせる為でした
でも、本当はすぐに終わる拷問だった筈なんです、それが長引いたのは私達が〝外を見てみたい〟って我が儘を言ったからなんです
『待ってください、そいつらの訓練を担当したのは俺です。何か至らないところがあったとすればその責任は俺にあります』
リーダー、私達のリーダー
暴力と恐怖で支配しようとしてくる人達から庇ってくれたリーダー
『ん?この火傷?……ああ、大丈夫大丈夫。ちょっとあの行き遅れババアの相手してきただけだよ、あいつ若い男に飢えてるからさ』
マダムにも臆せず立ち向かい、ずっと私達を守ってくれたリーダー
私達は貴方のお話が大好きでした、貴方が教えてくれる外の世界のお話が、ずっと虚しさに支配されていた私達の心を動かしたんです
リーダー
『……前にも言ったろ?もう外の話はしないって』
ああ、リーダー
『ほら、さっさと寝ろ……明日も早い、寝坊するとあのババアに怒鳴られるぞ』
お願いしますリーダー、また私達にお話を聞かせてください
私達は暴力なんて幾らでも耐えられます、身体を焼かれようと、ヘイローが砕けようと、耐えてみせます
私達はただ、ただ───
『……外の事はもう忘れろ、あの頃の俺は青すぎたんだ』
───貴方の笑顔を見られない事が、一番辛いんです
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「お前らなぁ……何やらかしたか言ってみ?」
「はい!ティーパーティーからの使者を追い返しました!」
「……理由は?」
「トリニティで暮らさないかって言われたからです!」
「それとしつこかったからです!」
「このバカヤロウ!!!!!」
俺の心の中でアスランが叫んだ
こいつらマジで何やってるんだ?折角アリウスを抜け出して外の世界の〝普通〟を手に入れるチャンスだったというのに、それを自ら手放す……どころか威嚇射撃もついでに食らわすなんて
そりゃあ始めの内は新しい環境に慣れるまで色々苦労するだろうけど、それでもこんなオンボロ学園に残り続けるよりかは遥かに幸せに近いだろうに
「馬鹿じゃないです!私達が自分の意思で決めた事です!」
「……何でだよ、お前らあれだけ外の世界に憧れていただろうが。それを口にしても、実際に行動に移しても、文句を言ってくる奴はもう誰も居ないんだぞ?なのになんで───」
「私達が憧れていたのは〝皆で外の世界に行く事〟です!」
「リーダーがアリウスに残るというのなら私達もアリウスに残ります!」
「わ……私もリーダーが一緒じゃないと嫌です!」
「……何度も言うが俺はアリウスを離れる気はないぞ」
全員が真剣な表情で真っ直ぐ見つめてくるが、正直ここまで懐かれるような事をした覚えがない
白洲アズサを通してこっそり巡航ミサイルの件やアリウスが羽沼マコトと手を組もうとしている件も文で伝えたが、最終的にベアトリーチェを倒してアリウス生を解放したのは無関係な先生と散々虚しさを語っていたアリウススクワッドだ
……俺が出来た事なんて、精々青臭い夢を語る事だけだった
「リーダーはどうしてアリウスを離れようとしないんですか?」
「……アリウスは今、マダムやスクワッドという二つの司令塔を失って混乱している。これからのアリウスの在り方やライフラインを手探りで探している状況下で見捨てる訳にはいかないだろ。少なくともアリウスが安定するまで俺はここを動けない」
「……そこまでする必要があるのですか?」
「……何?」
「今、外の世界に出る事を拒んでアリウスに残っている連中は大半がリーダーの夢を嗤った奴等です!中にはリーダーを拷問した事のある奴だって居るのに、そんな奴等の為にリーダーがここに残り続ける必要なんて───」
「……俺な、土台が作りたいんだ」
「……は、はい?土台……ですか?」
何も全員が全員意地を張っている訳ではない、アリウスに残っている者の中には一度外に出てみた生徒だっている
その上で〝環境に適応出来ず戻ってきた者〟や〝自分には眩しすぎる世界に耐えきれず戻ってきた者〟など様々な人物が在学しているのだ
……俺は、そんな生徒達を送り届ける為の土台を作りたい
「アリウスの外に出たい生徒にはまず外の世界基準での最低限の常識や学力を身に付けさせ、生活を支える収入源となる仕事先を見つけてから送り出す……まあ、要するに学校兼職業訓練所ってところか?」
「……しょくぎょーくんれんじょ?」
「当然、アリウス自治区に残りたいって生徒も存在するだろうけどな。そういった生徒を助ける為には最低限の生活インフラを用意してアリウスそのものを建て直すしかない」
「……でも、そういうのってお金が必要なんじゃ」
「その通り、だからこそ色々模索してるんだけどなぁ……お前達も知っての通りアリウスの悪評を聞いても尚仕事を任せてくれる会社なんて大抵が裏社会絡みの物騒な会社しかなくてな、今はそういった連中と絡んで梯と一緒に小銭稼ぎしてるよ」
汚い金で生徒達を食わせる事に抵抗が無いのかと聞かれたら……まあ、あるにはあるな
だが結局のところ人間飯を食わなきゃ生きていけんし、綺麗事を言うのはもう少し余裕が出来たからでもいいかなと思って日々労働に勤しんでいる
「……わ、私も一緒に働きます!」
「駄目だ、こういう仕事は俺と梯に任せとけ」
「私も!隙あらば仕事終わりに頭なでなでしてほしいです!」
「なでなではしてやるから大人しくしとけ」
「わ、私もお仕事頑張ります!だから久しぶりに腕枕してほしいです!」
「私は……ま、またお外の話が聞きたいです!」
「仕事はしなくていい、腕枕はしてやる、外の話は……自分の目で確かめた方が早い、だから今からでもティーパーティーの使いに会ってこい」
「私は……偶々アリウスの地下水路に流れ着いた漫画に載ってた〝きんた枕〟っていうのをやってほしい」
「それは本当に駄目なやつだ」
「私はまたレーションを〝あーん〟してほしいです!」
「私は昔怖い夢見ちゃった時みたいに子守唄を歌ってほしいです!」
「わ……私は今でもマダムが居た頃の悪夢を視てしまうので……その、また抱き締めながら一緒に寝てほしいです」
「待て待て待て、お前らただしてほしい事を言ってるだけになってるぞ」
この世界で唯一の繋がりだからと妹の様に甘やかしてきたのがいけなかったのか少しだけ我が儘に育ってしまった
だが、ベアトリーチェの支配下にあったもその感性を持ち続けられたのはコイツらの強さ故かもしれない
「とにかく、俺は外には出ないからな。俺が外に出る事があるとすればそれはアリウスから完全に人が居なくなった時だけだ」
「分かりました!なら私達もリーダーがアリウスを離れるまで外の世界には行きません!」
「……ティーパーティーからの招待なら、少なくとも自分の身一つで外に出てった奴等よりかはまともな暮らしが出来るぞ。屋根付きの寮でベッドに寝そべりながら漫画だって読める、しかも三回の食事付きだ」
「リーダー!お言葉ですが屋根付きだけどリーダーが居ない寮とリーダー付きだけど屋根の無い廃墟のどちらかを選べと問われたら、私は間違いなく後者を選びます!」
「人をオプションみたいに扱うんじゃない」
「わ、私もふかふかのベッドで寝るよりリーダーと一緒にボロシーツの上で寝たいです!」
「私も漫画を読むよりリーダーの話が聞きたいです!」
「わ……わたしも!リーダーがご飯を〝あーん〟してくれるならどんな物も美味しく食べられます!」
「私も!」
「私だって!」
「わ、私は……また一緒にドラム缶のお風呂に入れたらそれで……」
「何!?そんな話知らないぞ!?」
「またってどういう事だ!?」
リーダー!リーダー!リーダー!とぞろぞろ集まってくるアリウス生達、このままリーダーリーダー言われ続けたらニューリーダー様になってしまいそうだ
大体なぁ、お前らだっていつかは自立しなくちゃいけないんだから一緒に寝るだの一緒にお風呂だのそろそろ卒業して────ええい!叫ぶな掴むな揺らすな引っ張るな纏わりつくな暑苦しい!
「リーダー!」
「リーダー!」
「リーダー!」
「ぐぎぎぎぎぎぎっ……くそぉ!このわからず屋共めぇ!」
「あっ!?リーダー逃げた!」
「追いかけろー!」
この鬼ごっこは約一時間程続く事になった
可愛い部下達に反撃する訳にもいかず、ただ逃げの一手に徹するしかない俺はスタミナが切れたところを見事に捕獲され、彼女達の安眠道具として寝床に連れ込まれてしまった
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「……リーダー寝た?」
「うん、ぐっすり」
抵抗する体力が無くなった途端、三分も経たない内に眠りに落ちたリーダーを見て私達は安堵した
逃げる時のキレがいつもより悪いと感じたけど……どうやら〝お仕事〟の疲れが溜まっていたらしい、やっぱり杞憂じゃなかった
「……リーダー、今日も頷いてくれなかったね」
「……うん」
「私、リーダーと外に出たいな……」
マダムが居なくなってリーダーもまた〝外の世界〟の話をするようになった、でも……その代わり〝自分は行かない〟って口酸っぱく言うようになってしまった
理由は教えてくれないけど大体の見当はついてる、それはきっとアリウスを裏切った罪悪感からだ
リーダーはバレてないと思ってるけどリーダーを慕ってる私達だけは気づいている、リーダーが調印式襲撃の情報を外に流した事を
今のアリウスを取り巻く状況を作ってしまった原因の一人として、責任を持ってアリウスを導こうとしている
「リーダーがトリニティに来ないなら私も行かない……」
「私、リーダーと一緒に〝ぱんけーき〟食べたいなぁ……」
「私はリーダーと〝海〟で泳ぎたい!」
「海?なにそれ?」
「えっ!?知らないの!?海っていうのはしょっぱい水が広がっててね?それで……」
ねえリーダー、気づいてますか?私達、リーダーの事が大好きなんですよ?
リーダーの幸せが私達の幸せなんです、私達だけ外の世界に行ったところで私達は幸せにはなれないんです
だから……
「いつか、皆で外の世界に行きましょうね……リーダー」