元は、一つの火種が原因だった
キヴォトスの歪んだ法が、価値観が、倫理観が、全てが最悪な形で擦れ合った結果産み出されただけの小さな火種
そんな小さな物に世界を焼き付くすだけの力などない、この学園都市の何処かでたかが生徒一人拐われようと、この学園都市の何処かで過去の憎悪に囚われている生徒達が居ようと、この学園都市の何処かで一つの兵器が役目を果たそうと
それが世界全体に広がる筈はない────そもそもそんな事すら考えようとせず、世界中の人々が呑気に暮らしている筈だった
しかし一人の少年だけは知っていた、この世界は火種一つで崩壊してしまうほど脆い物だと、たった一人絶望しただけで全てが〝色〟で塗り潰されてしまう事を
そして────それすら乗り越えたとして、どうせ新たな脅威が迫る事を
どうせこれからもキヴォトスの何処かで良からぬ事が起き続けるのだろう、どうせそれらの事件一つ一つに絶望が潜んでいるのだろう
予言の大天使でなくとも分かる、何故ならここは〝そういう世界〟だから
故に、少年は一つの仮説を立て、ある計画を実行した
どの学園にも属さず、誰とも馴れ合わず、一切の情を捨て、全てと敵対する為に────
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「────俺は、キヴォトスを支配する」
一人の少年がキヴォトスに喧嘩を売った、その記事は瞬く間にキヴォトス中に広まった
ある日の午前、クロノスの報道を電波ジャックして突如始まった短すぎる演説
両の目の部分だけ空いている真っ白な面、顔の見えない少年が宣言したのは上記の言葉に加えて〝そして、真の平和を実現する〟の二言のみだった
最初は誰もが鼻で笑った、所詮は学生の悪戯だと、それか承認欲求の塊に自我が芽生えただけだろうと
『きっ……緊急速報です!〝D.U.地区〟中央に〝未知の〝機械〟が出現しました!』
その嘲笑に綻びを入れたのは少年が起こした一つ目の事件だった
D.U.地区に現れた〝未知の機械〟は多数の機械兵を生み出し、手当たり次第に周囲の建物を攻撃し始めた
ミレニアムに在学する特異現象の専門家はこの機械をケセドと呼称、シャーレ指揮の下直に人員を派遣し、戦闘を開始した
ケセドを破壊寸前のところまで追い詰めた結果、ケセドは何処かに転移したかの様に突如姿を消失
場に残っているのは建物の残骸や役目を果たした薬莢、それと現場に居た者の目撃証言と無事だった防犯カメラの映像のみ
その結果判明したのは────ケセドが突如姿を現したその瞬間、一人の少年も共に姿を現していた事だった
ケセドが少年に攻撃する様子もなく、それを映像で確認したミレニアムはその少年が犯人だと断定……してから間も無く、再びクロノスが電波ジャックされた
『今回のはただの挨拶代わりだ……挨拶にしては遅れすぎたがな』
例の未知の機械の事を指しているのだろう、と
D.Uで起きた事件の報道中に放たれた少年の一言は全ての者達にそれを想起させた
同時に、全ての人々が思った────彼は本気だ、と
本気でキヴォトスを、全ての学園を、組織を、敵に回すつもりなのだと
その日を皮切りに、キヴォトスの各地で脅威的な力を持つ機械の軍勢が暴れ始める
ゲヘナに、トリニティに、ミレニアムに、滅ぼす価値があるのかすら分からないアビドスに、復興したてのアリウスに
少年に取引を持ち掛けようとしたカイザーにすら、ありとあらゆる存在にその鋭すぎる牙が剥かれた
ケセドにも引けを取らない、或いはそれ以上の力を誇る未知の機械、その強大すぎる戦力を前に各学園は自然と一つになっていった
虚妄のサンクトゥムが発生した時とは違い、シャーレ有りきではない真の意味での連合が組まれる
トリニティのティーパーティーホスト・桐藤ナギサ
ゲヘナの議長・羽沼マコト
そして────アリウスの生徒会長・秤アツコ
嘗て憎しみをぶつけ合ってきた三校によるエデン条約締結も効果があったのか、学園間での繋がりを強くする事に不満を抱く者など一人も存在しなかった
派閥も何も関係なく、今は全ての者達が一つになる時。政治的理由にも過去の因縁にも囚われる必要は無い
そうして出来たキヴォトスの〝全学園〟で構成された連合軍、彼女達は指揮官である先生のサポートを受けながら機械の兵団に果敢に突撃していった
大人のカードを使う度に身体中に走る痛み、シッテムの箱に守られていても防ぎ切れない攻撃の数々、それでも先生も生徒達と共に走り続けた
先生には────彼女には、救わなければならない生徒が居たから
顔を面で隠しながらも、悲しみと怒りに満ちたその眼だけは隠せていなかったあの少年を
彼女にとっては、世界の敵ですら〝生徒〟だった
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「……もう、終わりにしよう」
少年の前に先生が、そして生徒達が立ちはだかる
空崎ヒナが、小鳥遊ホシノが、剣先ツルギが、美甘ネルが
各学園の名だたる〝最強〟が、それに近しい実力を持つ生徒達が、それすらも越えた力を持つ死の神や勇者達が銃口を向けている
「今、こうして話している間にもデカグラマトンの予言者達は破壊されていってる」
先生達が敵の本拠地に乗り込む為に、多くの生徒がその身体で機械の軍勢を足止めしている
まるで無限にリソースが存在しているかの様に送られ続ける敵の増援、本体を叩かねば永遠に終わらない戦争を終わらせるべく、先生もまた自らの身体を矛として突き進んできた
「……君が何者なのか、何が目的でこんな事を仕出かしたのか、それは分からない。でも、これだけは言わせてほしい」
唯一確かなのは彼も生徒であるという事だけ、ならば先生はその事実を優先して行動する
きっとそうせざるを得ない事情があるのだろう、私達には話せないような深い悩みがあったのだろう
もしもっと早く彼の存在に気付いてあげられたら、もし今からでも〝先生〟として〝生徒〟の力になれるのなら
「もう、一人で苦しまなくて────」
「何をもって終戦と決めつける」
ゾワリと、その場に居た全員の背筋が震え上がる
数多の修羅場を乗り越えてきた最強達ですら、身が固まる程の声が機械の砦に響く
「敵を説得出来ればそれで終わりか?全員で手を繋げればそれで終わりか?」
「っ、先生!」
「下がれ!」
ゆらりと歩み寄る少年に不気味さを感じたミカとサオリが左右からクロスするように弾丸を放つ
それぞれ複数発はある鉛の雨────それを少年は、僅かに身体を逸らすだけで全て回避した
「違う、俺にとっての終わりとは幸せな結末を迎える事でも残酷な結末を迎える事でもない」
「近付くんじゃねえよ!クソガキ!」
「ぶっ壊れろ……!」
ツルギのショットガンの銃口から逸れる事で射線を誘導する少年
二丁による攻撃が少年の背後に回っていたネルの両腕に直撃し、そのネルの銃口すら逸らさせた
「っ、この────」
先生を守るべく広範囲の掃射を仕掛けようとデストロイヤーを構えるヒナ
絶対回避の一撃を何撃も与える為に────その矛先は、瞬き一つした瞬間に少年に握られていた
「なっ……」
「俺にとっての〝終わり〟とは〝何事も起きない平和な未来〟だ。創造主共に弄ばれる事のない、子供達が残酷な運命を背負わされる事もない、そんな平和な未来だ」
「ヒナちゃん!」
何を言っている、そんな疑問を口にするより先にホシノが少年の頭に向かって盾を振るう
飛び退く少年、そんな彼の回避先を予測したハンドガンの一撃はナイフで防がれる
しかしそれすら予測していたホシノは盾を手放してから一秒も経たぬ動きで背負っていたショットガンを構えて空中の少年に発砲しようとし────更にその先を読んでいた少年のスナイパーライフルで手の甲を撃たれ、銃の向きを逸らされる
「……っ、何あの動き……未来でもみえてんの……!?」
周囲の毒気を抜くような呑気な態度、それを取り繕う余裕すら忘れてしまう程に驚愕したホシノが吐き捨てる
「未来ならずっと視ているさ。奴等の支配から解放された、誰の心も曇らされる事の無い幸せな未来をな」
「あーもう!だから……奴等ってなんなの!?さっきから創造主だとか運命だとか意味わかんないことばかり言って!」
「教えるつもりはない、教えたところで理解できないだろうし理解してもらいたくもない」
直前まで感じていた不気味さを強引に掻き消す様に叫ぶミカを一瞥してから空を見上げる少年
何もない、ただの青い空────だのに少年は、誰もいない筈のその空に殺意を込めて睨み付けた
「────始めろ、マルクト」
仲間への呼び掛けと同時、突如激しく揺れ動く大地
《せ、先生!大変です!〝鋼鉄大陸〟が物凄いスピードで侵食してきています!》
《このままでは約三時間後にはキヴォトス全域が侵食されてしまいます》
「三時間後……!?」
アロナとプラナの悲痛な声がタブレットから響く
「俺はこの地を機械で染め上げ、キヴォトスで生ける全ての者達の行動を監視し続ける」
「ああ!?自由を奪おうってんのか!?独裁者かテメーは!」
「そうだ。これより先、キヴォトスに真の意味での自由が訪れる事はない。些細な悪事も幼子の下らぬ悪戯も一切を許さない、キヴォトスは〝俺達〟で管理する」
「……アリス、そんな世界は認められません!今のアリス達は沢山の経験を得て築き上げられた存在です!喧嘩する自由も、冒険する自由も無い世界なんて嫌です!」
「お前達の許可は必要無い」
土を、葉を、微生物を、全てを侵す鉄の大地
彼の作る世界には一切の自由が無く、虚しさを感じる事すら出来ない程の息苦しさだけが待っている
「それでいい」
あらゆる火種を監視し続け、ほんの僅かでも事件への兆しが見えたらそれを潰す
ただの輩同士の喧嘩も、大勢を巻き込む企みも、全てを平等に潰し続ける
「俺は、永遠にこの世界の支配者として君臨し続ける」
そうする事で少年は────
「もう二度と新たな支配者なんて誕生させはしない、新たな悲劇だって芽生えさせはしない」
理不尽な定めをこの世界とそこに生きる子供達に押し付けてくる創造主への反抗
これはこの世界の異分子である自分にしか出来ない仕事だと、少年は再び空を見上げて不敵に笑った
「やはり空は晴れてるに限る……曇らせは嫌いなんでね」
己を絶対悪と定め続ける事で新たな悪を降りさせない、それこそが彼の計画
キヴォトスの外に創造主や嘗ての自分自身が存在する事をただ一人知っている少年は、世界の運命を背負わされた憐れな被害者に語り掛けた
「先生、もし俺を止めたいのなら殺すつもりで掛かってこい。なに、俺はアンタの生徒じゃなければ救うべき対象でもないんだ、何も遠慮する事はない……と言っても、本気を出すにしてももう手遅れだけどな」
一度閉じ、うっすらと開かれる眼
赤く光るその眼で一瞥された瞬間、直前まで攻撃行動を取ろうとしていた生徒達の足が止まる
それは驚愕か戦慄か、確かなのは────最強達が理解できたのは、目の前の相手が格上であるという事だけだった
「アンタは俺をさっさと殺しに掛かるべきだった、そのせいで……いや、そのお陰で────漸く本当の意味で目覚めたこの〝眼〟にも慣れてきた」
「っ……先生、指示を出して。あれは説得しながら戦えるような相手じゃない」
「……わたしは、それでも────」
生徒を諦められない、先生が吐こうとした言葉を読み取ったシロコテラーが俯く
「ああ……なんて良い眼だ」
もし、もっと早く出会っていれば、言葉を交わしていれば、友達になれていれば
その〝眼〟は自分達の側で、誰かを守る為に覚醒していたかもしれない
「────この眼は未来が……よく視える」
そんな己の可能性にも気付かず、少年はただ目の前の障害物を潰す為だけに眼を見開いた
ちょっと厨二チックにしてみました