「挨拶回りはこの教室が最後だな、遅くなってすまない」
いつも通り登校して、いつも通りBDで授業を受けて、いつも通り昼飯を食って、いつも通りまた授業を受けて、いつも通り風紀委員会の業務に励む
奴はそんな〝いつも通り〟の昼食前の時間にやってきた
「本日からこの学園の教職に就く事になった錠m……鍵前シオリだ、よろしく頼む」
前世で聞き覚えのある声、前世で見覚えのある容姿、それと他の生徒からしたら〝なんか浮かんでるなー〟程度の認識であろう前世で見覚えのあるヘイロー
そしてどこかポンコツ味を感じさせる下手くそすぎる偽名と口調の誤魔化し方……間違いない、容姿が若干大人びている様に見えるが奴の正体は十中八九錠前サオリだろう
錠前サオリ───それは忌むべき名、俺が一方的に敵視している女の名前だ
これより先の未来、奴を……先生や空崎さんに害を与えようとするアリウススクワッドを潰せるかどうかでこの世界の運命が決まる
(───なんで、そんな奴がゲヘナ学園専属の教師として来てやがる……!?)
有り得ない、有り得ない、有り得ない
まさかスパイ活動のつもりか?こんな御粗末な変装をする奴をベアトリーチェのババアが送りつけてくる訳がない、だとすれば……奴個人の判断?
どうする、今すぐ奴の正体を明かして問い詰めるべきか?それをした場合、今後俺は同じクラスの生徒達に〝証拠も根拠もないのに急に新任教師に汚名をおっ被せて喧嘩を売り付けた不良生徒〟の烙印を押される事になる
それに風紀委員の俺がそんな行動を取れば万魔殿のタヌキ共に何を言われるか……
「はい!先生は今何歳ですか!」
「年齢は23だ」
「はいはーい!趣味はなんですかー!」
「趣味は……その、可愛い系の服を集めるのが……」
「ええっ!?意外!」
「イケメン系の感じあるのに!……でも、結構良いかも?」
「ギャップ萌えってやつ?」
「せんせせんせー!彼氏はいるんですかー!」
「かっ……彼氏!?それは……まだ、だが……」
「聞いた聞いた!?〝まだ〟だって!」
「それじゃあいずれそうなる相手が────」
(……一先ず静観、か)
数秒の間だけでも学友達をこんな危険人物の前に晒す選択をした自分に嫌悪感を覚えながら、生徒達に質問責めされている先生の様子を観察する
次々に質問を投げ掛けられて慌てふためいているその姿は俺の眼から見ても演技には見えなかった、だからといってすぐに信用する訳ではないが
……もしこれで本当に別人だったら幾ら謝っても謝りきれない。ただ、もし奴が本当に錠前サオリだったら……学業がある日はずっと同じ空間に……
「……ん?酒泉、急に立ち上がってどうした?」
────……体調悪いんで保健室に行ってきます
「何?本当か?……なら、私も付き添いを────」
────必要無いです、一人で行けますから
「……そ、そうか」
素っ気なく答えると鍵前先生(一応今はそう呼んでおく)は落ち込んだように眉を下げた
それを見た他の生徒達が意外な物を見た様な表情で此方に視線を向けてきた
「ちょいちょい、今のはちょっと冷たいんじゃないのー?らしくないよー?」
「えっと……もしかして結構体調キツイ感じ……?」
「むっ?さては私の嫌がらせ攻撃が効いてきたか?」
「アンタのはただの構え攻撃でしょ」
俺だってまだまだ高校生のクソガキだ、奴に隙を見せまいとなるべく平静を装ってはいるが内心はパニック状態……一旦心を落ち着ける時間が欲しい
普段からの俺を知っている友人達に〝悪い〟とだけ言い残し、鍵前先生には構わずそのまま教室を出ようとする
……いや、その前に一つだけ聞き忘れた事があったな
────鍵前先生
「なんだ?」
────俺、鍵前先生に名前教えましたっけ
「…クラス名簿に名前が乗っていたのを覚えていただけだ、ここでは人間の男子生徒なんて珍しいだろう?」
────……そうですね、失礼しました
用は済んだとばかりに、これまた素っ気なく返事をして教室を出る
……今の奴の回答は特に何も不自然ではない、十二分に有り得る普通の回答だった
それでも俺は聞き逃さなかった、奴が返答するのに僅かな〝間〟があったのを
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前世の頃からどうにもアリウスの生徒が苦手だった
それは単純に俺の推しに手を出したからという理由もあるが、それ以上に簡単に人を殺そうとしてしまえるその性根が……〝奴等の背景〟を知っていても尚受け入れられなかった
前世の俺にとってはあくまで〝苦手〟止まりでしかなかったその悪感情も、こうして転生して実際に推しやその仲間達と触れ合う度に〝憎悪〟に変わっていった
俺が今こうして話してる風紀委員の仲間達も、いつかあの女達に傷つけられてしまうのかと
それを思う度に俺の〝アリウスを潰す〟という考えはより一層深まり、同時にアリウスへの嫌悪感が高まるのも必然だった
(そんな相手が、まさか直接俺の目の前に)
しかも、キヴォトスで〝2人目の先生〟として
奴は自分の名前を鍵前シオリだと名乗っていたが……その直前に錠前という名字を言い掛けていたし、そもそも偽名の方も錠前サオリという名にそっくりだ
声も、容姿も、ヘイローだって見間違うものか、あれは間違いなく脳と身体の半分が〝ゔぁにたす〟に犯されている虚無虚無プリン野郎だ
……と、断定するには大人として成長しているあの姿がノイズではあるが
(本来の歴史より早く錠前サオリが生まれてきた……とか?)
今のところ原作との相違点と言えば俺の存在そのものぐらいだが、一つでも前例がある以上〝原作ブレイク〟が既に起きている可能性も考慮すべきだろう
さて、今後はどうするべきか……あの女の情報を探るとして何処から調べるべきか
原作で繋がっていた事を考えると雇ったのは恐らく万魔殿で間違いない筈、となれば先ずは何とか奴等の腹の内を弄るところからか
────……ああもう、やる事増やすんじゃねえよ
ぼそりと愚痴を溢しながら救急医学部室のベッドで寝返りを打つ
どうしてこんな時期に面倒事が───いや、むしろこんな時期だからこそ面倒事が増えたのか?
エデン条約が近づいたこの時期だからこそアリウスの行動が活発になったとか────
「……誰か居るか?」
────っ!?
考え事に耽ていたせいか直前までドアの前に立っている人の気配に気付けず、コンコンというノックの音で漸く身体がびくりと反応した
声の主からして正体は自称〝鍵前シオリ先生〟だ、氷室さんに挨拶でもしに……いや、さっき挨拶回りは俺の教室で最後つってたしな
「……すまない、勝手に失礼させてもらう」
此方が返事をするか否か迷っている間に鍵前先生が勝手にドアを開き始めたので咄嗟に毛布を被って顔を合わせないようにする
毛布で遮られた俺の視界、唯一得られた情報は耳に聞こえてくる静かな足音とカチャリと何かを置く音だけ……馬鹿か俺は、警戒すべき相手の前で自ら〝眼〟を封じる様な真似をするなんて
アリウスの前でこの体たらくを晒すなんて、これでは〝どうぞ殺してください〟と言っているようなもの
その事実に気付いて恐る恐る顔を毛布から出してみる
────……は?お粥?
「……なんだ、起きていたのか」
すると、真っ先に視界に入ったのはすぐ傍のテーブルに置かれている玉子粥だった
────あの、これは?
「先程〝体調が悪い〟と言っていたから食堂を借りて食べやすそうなものを作ってきたんだが……」
────……作ってきた?愛清さんに頼んで作ってもらったとかじゃなくて?
「時間帯的にまだ生徒達は授業中だったからな、書き置きだけ残して勝手に使わせてもらった」
後で謝罪しに行かなければなと呟く鍵前先生、これすら演技なのだとしたら大した役者だろう
一体何を企んでいるのやらと警戒心を高めていると、鍵前先生は木製のスプーンで粥を掬って口元まで運んできた
「一口味見してみてくれ、もし気に入らなければ味の調整をしてくるから」
平然と話を進める鍵前先生、しかし此方としてはその気にはなれなかった
んな馬鹿な、あの錠前サオリが……虚しい以外の言葉を知らない様なアリウス生が、ゲヘナ生の為に粥を作るだと?
何が目的だ?信頼度稼ぎか?風紀委員である俺から情報を引き出す為に……いや、それか単純な毒殺?
そうだ、きっとそうに違いない、でなければ錠前サオリがゲヘナの生徒を看病しに来るなんて有り得ない、どうせこの粥の中に変なもんでも……入ってる……様子……は、なさそうだな……
「どうした?何をぼーっとして……ああ、そうか。すまない、気が利いてなかったな」
────……は?
「ふー……ふー……よし、これでどうだ」
俺が粥を食べようとしない理由を誤解したのか、錠前サオリはスプーンに乗った粥をふーふーと冷ましてから再び差し出してきた
駄目だ、本格的に頭がこんがらがってきた……何だこいつは、お粥をふーふーしてあげれば簡単にゲヘナ生の信頼を得ることが出来ますよとベアトリーチェにでも習ったのか?
「……もしかして、玉子粥なのが気に入らないのか?それなら作り直してくるが……」
────……すみません、実は粥も食べられそうにない程調子が悪くて
「そ、そうなのか?すまない……まさかそこまで酷いとは……」
思わなかったってか?当然だろう、その素振りも見せてないし実際にはただの仮病なのだから
どうせその心配する様な表情だって演技なんだろ?そのトレーに置かれている薬だってどうせろくでもない代物に違いない、俺は絶対に騙されんぞ
……例え俺自身の〝眼〟が〝錠前サオリは本心から心配している〟と訴えかけたとしても絶対に、だ
「……何か私に出来る事はないか?」
────お気遣いありがとうございます……でも、今は気持ちだけで十分です
「しかし……」
必要無いと言っているのに献身的に力になろうとしてくる鍵前先生、俺としてはさっさとどっか行ってくれた方が気が楽になるのだが
……待てよ?これは逆に俺にとってもチャンスなのでは?鍵前先生が錠前サオリであるという確証を得る為の絶好の
どうする?単刀直入にアリウスの話題を切り出すか?いや、それで正体に気付かれたかもと勘繰られでもされたら次の日にはいきなり転勤しているかもしれない
得られる情報によっちゃ万魔殿まで引きずり下ろす事が可能かもしれない、ここは慎重に……だが、どうやって話を切り出す?〝貴方はアリウススクワッドの錠前サオリですか〟と馬鹿正直に尋ねる訳にもいかないし
……そうだな、ここは────
────じゃあ、そこまで言ってくれるならお言葉に甘えてちょっと助けてもらってもいいですかね?……つっても、ちょっとした相談事をしたいだけですけど
「相談事?……ああ、構わない、それでお前の気が楽になるのであればな」
頼ってもらえた事が余程嬉しいのか、鍵前先生は優しい笑みを浮かべながら背筋を伸ばした
……惑わされるなよ、折川酒泉
────実は最近あるゲームにハマってしまいまして……これが本当に面白くて3日で最終ステージまで進めちゃったんですよ
────んで、そのゲームの内容ってのが大魔王に呪いを掛けられた妹を救う為に大魔王を倒しに行くって内容なんですけど、実はその大魔王が呪いを振り撒いたのは娘を救う為だったんですよね
────薬草や呪文でも決して浄化する事のできない、他人に移す事でしか逃れる事ができない短命の呪い……大魔王に勝利した主人公は最後、その呪いを魔王の娘に返すかどうかの選択を迫られるんですよ
「………まさか、相談事というのはゲームの攻略の話か?すまない、私はその手の話題はあまり……」
────いやいや、そうじゃなくて……鍵前さんにはちょっとだけ意見を聞かせてほしいんですよ
「……意見?」
────このゲーム、大魔王っていう敵キャラが魅力的過ぎましてね。ネットでもよく〝仕方なく手を汚すしかなかった家族思いの善人〟って擁護するファンが沸くほど人気なキャラなんですけど……俺にはどうもそうは思えなくて
「……」
────〝一言も交わさず勝手に呪い掛けんじゃねえ〟とか〝主人公に助けを求めてりゃ他に解決策が見つかったかもしんねえだろ〟とかそんな事ばっかり思っちゃうんすよね……でもネット上だと全然そんな意見見掛けないから俺の意見って少数派なのかなって
────……そこで、ちょっと聞きたいんすけど
勿論、この言葉は全て嘘
そんなゲームを遊んだ覚えはないしそんな感想を抱いたこともない
────もし、鍵前さんが大魔王の立場だったら……自分の家族を救う為なら、何の迷いもなく平気で誰かの大切な人を殺す事ができますか?
俺はただ、錠前サオリという女の選択を知りたいだけだ
……無論、こんな質問一つでその人の全てを計れる訳ではないのは百も承知だが
「ああ、自分の大切な者を守る為ならば殺せるだろうな」
やはり、と言うべきか
一瞬も考える素振りをせず、一切の迷いもなく、目の前の殺人者候補は堂々と言い放った
────……即答っすね、ちょっとは悩んだりしないんすか?
「しないな、そうしている間にも己の大切な者が命の危機に晒されてしまうというのなら尚更だ」
────おお、流石は大人っすね……俺は鍵前先生の様には成れなさそうっすよ
勿論、悪い意味で
正直安心したよ、アンタがあそこまでキッパリ否定してくれたお陰で俺はアンタを〝錠前サオリ〟として見る事が出来る
いやぁ、本当に────畜生のままでよかったよ、これで心置きなく潰せる
「そうだ、お前はお前のままでいい……それで?少しは気も晴れたか?」
────はい、やっと心のモヤモヤが無くなった気がします……いやー、どうにも俺ってゲームとかに感情移入しやすいタイプなんすよねー!くだらねー事で悩むなっつーの!
「そんな事はないさ、この世界の赤の他人どころかこの次元に存在しない赤の他人の為に思い悩む事が出来るのはそれだけお前が優しいという事だからな」
────ははっ、ありがとうございます
アンタらはこれからその優しい人間に潰される事になるんだがな
そんな言葉を飲み込みながら、未だに自分の正体を知られていないと思い込んでいるセンセイモドキに頭を下げた
いつか必ず万魔殿ごとアンタを追い詰めてやる、だからそれまでは鼠らしく精々ゲヘナでこそこそ動き回ってればいいさ
だからそれまでは……まあ、アンタの教師ごっこには付き合ってやるよ────錠前サオリ
「嘘……なんで……」
「サッ……ちゃん……?」
「で、ですが少し……違うような……」
そう思っていた筈なのに
「……貴様、何者だ」
「……ただの時間旅行者だ、そして……」
なんで、俺が殺されかけた錠前サオリとは別に
俺が散々疑ってきたアンタが、俺が内心で散々罵ってきたアンタが存在しているんだ
「今後、貴様が最も殺したくなるであろう女でもある」
「……なんだと?」
……なんで
なんでアンタなんかが俺を守ろうとするんだ────鍵前シオリ
(酒泉、私には殺したい奴が二人居る)
(一人は黙示録の天使の攻撃から庇わせ、お前の命を奪ってしまった弱い私)
(もう一人はお前に何度も鉛弾を埋め込んだ過去の私)
(……そうだ、私は殺す事ができる)
(大切な人を……酒泉、お前を守る為ならば私は────過去の私だって殺してみせよう)
次回!アリウス潰すゾ!
「錠前サオリ!貴様が!貴様が酒泉を殺し、そして家族まで不幸へと誘った!貴様は疫病神だ!」
「黙れ!貴様に何が分かる!アリウスの血塗られた歴史を知らない貴様に!私の何が!」
「知っているさ!その上で言わせてもらう───お前だけは生かしてはおけない!この世界の酒泉も!アリウスも!全て私が守る!」
「なっ……」
「不要なのだ!この世界にとって!貴様の様な存在は!」
自分への怒り!加速する憎しみ!
────俺が間違ってた……怒りだけで何かを成し遂げるのなんて不可能だったんだ……!
「酒泉……」
────頼む、空崎さん……鍵前先生を止めてくれ……!
「……ハッキリ言うけど、彼女を止めるのは私一人じゃ厳しい……いえ、殆ど不可能よ」
────っ……
「でも、私達なら……貴方の〝眼〟と私の身体があれば、不可能なんて何一つ無いわ」
少年の懺悔!救いの手は何処に!
「邪魔を……するな!」
「鍵前先生、貴女を止められるのはただ二人────」
「────俺達だ!」
第XX話・青空の彼方に
掴め!最高のハッチャ!
※続きません