「……ここが情報にあった場所か」
「あれ?緊張してるの?サオリ」
今、私の目の前にはボロボロのアパートが建っている
事前情報がなければ人が住んでいるとは思いもしないような、それほど見た目が廃れていた
……酒泉が姿を消してから二ヶ月と数週間が経った
最初はティーパーティーの力を借りてトリニティ総合学園付近を探し回ったが、手掛かりすら見つからなかった
しかし捜索範囲をそこから更に離してみると、トリニティの最寄り駅から二駅程離れた場所から少しずつ目撃情報が出てきた
その辺りを全員で調べ上げると、〝キヴォトスでは珍しい人間の男がいる〟という噂を耳にした
……よく今日まで隠し通せたな
何とか居場所を突き止めた私達は酒泉に会いに行こうとした
だが、全員で会いに行けば下手に刺激してしまうかもしれないという話になり、ミカの同伴の下、誰か一人が代表で会いに行くことにした
そして、その代表に選ばれたのが私だ
………いや、選ばれたというのは少し違う
私が必死に頼み込んだ結果、渋々と出番を譲ってくれたんだ
……これは私自身が背負わなければならない問題なんだ、他の者達に押し付ける訳にはいかない
「……本当に良いんだね?」
ミカが私の目を見据えて語りかけてくる
「彼の貴女に対する恨みはまだ消えてないと思うけど……」
「……何を言われても、そして何をされても全て受け止める。私にできることはそれだけだ」
階段を上がる度に外壁の塗装の剥がれが目立つようになってくる、それでもアリウス自治区の環境に比べればマシな方だが
……本来なら酒泉もこんな所ではなくトリニティで暮らせるはずだったんだ、それを捨ててまでこんな場所を選んだ理由は────
───っ……やめ……ろ……
「………あれ?今の声って……」
「……酒泉か?」
微かにだが聞き慣れた声が聞こえてきた……が、声色がどこかおかしい
焦っているような、苦しんでいるような……そんな声がする
目的の部屋に近づくに連れ、その声が大きくなっていく
扉の前に立ち、警戒しながら耳を近づける
────今すぐ……離れろ……!
「───っ!サオリ!」
「ああ!」
次の瞬間、ミカが扉を強引に蹴破る
それと同時に私も銃を構えて突撃する
今の酒泉の言葉……何者かに襲われているのか!?
誰が何の目的で酒泉を襲ったのか、そんなことを考える間もなくすぐに部屋の中に入る
そこには………
「……あれ?酒泉君以外誰もいないね?」
「………罠は無さそうだ、人の気配もしない」
敵だと思わしき者は一人も居なかった
……代わりに、部屋に敷かれている布団の上で魘されている酒泉が居た
「……とりあえず襲われてる訳じゃなくて良かったね」
そう言いながら酒泉に近づき、頬を軽く叩くミカ
「もしもーし?もうお昼だよー?土曜日だからって寝すぎじゃない?」
………っ……
「もう……女の子が二人も遊びに来たっていうのにほったらかしにするのは酷くない?………そうだ!」
何かを思い付いたように手を叩き、息を大きく吸って酒泉の耳元に顔を近づけるミカ
嫌な予感がして止めようとしたが、当然間に合わず………
「おっはよー!逃亡者君☆」
─────△✕!?○!!?>□
………騒がしいアラームの音と共に飛び起きた
──────────
────────
──────
「大丈夫?相当魘されていたみたいだけど……」
「………まさか、右目が痛むのか!?」
───っ……いえ、ちょっとアリウス時代に拷問されていた時の夢を見てしまっただけなんで気にしないでください
「それも相当辛い事だと思うんだけど……」
それよりも……鍵かけてたはずなんですけど、どうやって入ってきたんですか?
「それは……すまない」
「………あはっ☆」
状況を察したのか酒泉は頭を抱えるが、それ以上何かを言うことはなかった
「ごめんね?後日修理費を送るからさ……」
いえ、元々ぶっ壊れてたのを無理やり使えるようにしてただけなんで………また同じように直しますよ
「そう?……って、そうじゃなくて!私達は酒泉君を連れ戻しに来たんだよ!」
本来の目的を忘れてしまいそうになり、すぐに頭を横に振るミカ
しかし、肝心の酒泉はあまり浮かない顔をしている
「……皆待っているぞ、酒泉」
……別に俺の勝手でしょ
「……ミカも時間を削ってまで力を貸してくれたんだ」
恩人であるミカを騙してしまったことに関しては罪悪感を抱いているのか、名前を出すと少しだけ反応した
……今のは少し卑怯だったか?
───っ……すいませんでした、聖園さん
「ううん、無事でいてくれたなら何よりだよ………それで、どうしてトリニティから抜け出したのかな?」
えっと……その……実は一人暮らししたくて……
「嘘」
………トリニティの保護下から抜け出したくて……
「それも嘘、たったそれだけの理由で誰にも相談もせずに突然姿を消すなんてあり得ないよ」
酒泉の言葉を全て切り捨てるミカ
酒泉もこれ以上言い訳が思い浮かばなかったのか、黙りとしてしまう
「……私のせいだろう、酒泉」
………別に、錠前さんは関係────
「気を遣わなくてもいい、私と共にいるとそのうち憎しみを抑えられなくなると思った………だから施設から抜け出したんだろう?」
何ともないように振る舞っているが、酒泉の表情が一瞬だけ歪んだのを見逃さなかった
……やはりか
「……私が居なくなれば、お前は皆の所に戻ってくれるのか?」
「えっ!?な……何を言ってるの!?」
………他の皆を置いていくつもりですか?
「私がいなくても、お前が代わりに皆を───」
────代わりに導けと?またあの戦いの時と同じ事を言うつもりですか?
「……すまない、今のは軽率だったな」
代わりに導け……あの時の言葉は自分の進むべき道が分からなくなってしまったが故に出てきてしまった言葉だったが、今回のは酒泉を連れ戻す為にと目的がハッキリしていた
……が、酒泉はそれを受け入れなかった
「えっと……とりあえず重い話は置いといてさ、一旦トリニティに戻らない?」
重くなった空気を晴らすようにミカが手を上げて提案する
「酒泉君だってこんな所でずっと暮らしてるのも辛いでしょ?お金だって無駄に掛かっちゃうし……」
……このアパートは格安ですし、俺も働いてるんでその辺は大丈夫です
「え?そうなの?」
はい、知り合いのジャンク屋の人が俺のことを雇ってくれまして……このアパートもその人が紹介してくれたんです
「そ、そうなんだ………でも、ほら!ここはやっぱり一度話し合った方がいいんじゃ……」
………聖園さん、俺達のことを助けてくれてありがとうございます。貴女は俺達の命の恩人です、そんな聖園さんの頼みなら俺だって聞き入れたいんです
「そ、それなら今からでも────」
────けどっ!どうしても抑えられないんですよ……自分の感情を……
俺個人の心の問題で他の人達にまで迷惑をかけたくないんですよ……!
「……ちょっとぐらい愚痴が出てくるのも仕方ないんじゃないの?」
……それがドス黒い憎悪だとしても?
「………っ」
そう言いながら此方を睨みつける酒泉
その目はまるで、あの戦いで右目を奪った直後と同じような感情を帯びていた
「……どうしても意思は変わらないの?」
………お願いします、俺はもう憎しみに囚われたくないんです
もう二度と────俺を説得しに来ないでください
辛そうに、そして申し訳なさそうにミカに頭を下げる酒泉
暫くしてミカは部屋の床から立ち上がった
「……酒泉君、私の個人用の電話番号、まだ持ってる?」
……はい
「今日のところは引くけど……もしも何か困った事が起きたらいつでも連絡してね?出来る限り力になるからね☆」
でも……
「もう……それくらいはさせてって言ってるの!」
………ありがとうございます
「……酒泉君、私ね……貴方が私の手を取ってくれて嬉しかったんだ。そのお陰でこうしてアリウスとトリニティの和解に一歩近づけたんだし、私自身もマダムに利用される前に助けてもらっちゃったし、でもね………」
「そのアリウスとトリニティの輪の中に酒泉君がいないのは………寂しいな」
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「……やっぱり駄目だったんだ」
「………すまない」
重苦しい空気の中、結果が分かりきっていたかの様に語るミサキ
「最初に言ったはずだよ……今、会いに行っても事態が悪化するかもしれないって」
「で、でしたら私が説得しに行くのは……」
「いや、多分誰が会いに行っても結果は変わらなかったと思うよ。話を聞く限り、今の酒泉が一番恐れているのは〝サオリ姉さんに憎悪をぶつけてしまうこと〟だと思うから………トリニティで保護される以上は嫌でも顔を合わせることになるし」
ヒヨリの提案をバッサリと切り捨てるミサキ
誰が会いに行っても大して結果は変わらないとなると、説得することは不可能か……全員がそんな考えに陥った
「……私のせいだ」
そんな中、アツコがポツリと呟く
「〝サッちゃんの代わりに私を恨んでほしい〟………私がそう言ったせいで逆に酒泉の怒りの矛先を奪ってしまったんだとしたら………」
「……いや、そもそも私が恨まれるようなことをしなければ良かっただけの話だ」
深く後悔しながらも今更どうすることもできない歯痒さを感じる二人
あの時の戦いに関しては今までサオリとあまり向き合おうとしなかった酒泉自身にも非があり、本人もそのことは後々自覚している
しかし、サオリは自分の手で直接目を奪ってしまったことでその罪悪感に押し潰され、全ての非は自分にあると酒泉の分の責まで背負おうとしてしまっている
「じゃ、じゃあ……どうするんですか?」
「……さあ?」
「〝さあ〟って……ミサキちゃんはどうでもいいんですか?」
「そんな訳ないでしょ………外に出たら苦痛を上書きするほどの幸せを教えてくれるって約束したくせに」
各々が思い悩む中、アズサだけが堂々とした表情で言い放つ
「それでも私は諦めたくない、あれだけ必死に抗っていた酒泉だけがこの場にいないなんて………そんなの認められない」
「でも、その酒泉さん本人が拒んでるんですよね……」
「どうする?もういっそのこと縄で縛って犬小屋にでもくくりつけておく?」
「ミ、ミサキちゃん?なんかイライラしてませんか?」
最早説得すら諦めて強行策を提案するミサキ、勿論そんなことをすれば問題は余計に拗れるだろう
「私とサッちゃんが行っても結果は分かりきってるし……」
「うぅ……もう打つ手は無いんですかねぇ……」
「時間が経てば多少はマシになるんじゃない?」
「時間って……どれくらいでしょうか……?」
「案外アッサリと解決するかもしれないし、一生かかっても解決しないかもね」
私に分かるわけないでしょと平然と言い残し、ミサキは席を立った
しかし、彼女自身も何も思っていない訳ではなく、幾つかの可能性を口にする
「まあ、方法が全く無い訳じゃないけど………酒泉の良心を利用してひたすら聖園ミカに説得してもらうとかさ」
「そ、それはお二人に申し訳ないといいますか……」
「それくらい強引な手を使わないとすぐに解決なんてできないでしょ、だからさっき〝時間が経てば〟って話したのに………あとは酒泉が突然心変わりするとか?」
「強引な手……か」
サオリがボソッと呟くと、ミサキが訝しむような視線を向ける
しかし、その事を問い質す前にヒヨリが悩みながら口を開く
「……どうやってですか?私達が説得しても全く響かなさそうですけど……」
「さあ?それこそさっき言った〝聖園ミカに説得してもらう〟って方法しかないんじゃない?それか……」
「酒泉が恩を感じている、聖園ミカ以外の第三者とか?」
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買い物に行こうと玄関を開けた酒泉は呆れたような顔をした
それも当然だろう、数日前に散々拒絶した相手が目の前に立っているのだから
……この前の会話、忘れちゃったんですか?
「………」
……何か言ってくださいよ
「………」
こうして尋ねてみてもサオリは何も答えない………かと思えば、口をモゴモゴとさせて何かを喋ろうとしている
煮え切らない態度にイライラしながらも、それを堪えてサオリを退かそうとする酒泉
しかし、酒泉が手を伸ばした段階で漸く口を開く
「……何か私にできることはないか」
………はい?
「いや、私に対してしたい事でもいい、頑丈さだけが取り柄のこの身体ならどれ程痛め付けられても耐えられるだろう」
待ってください、一体何の話をしてるんですか?
「金が必要なら稼いでこよう、ストレスが溜まっているのなら私にぶつければいい、恨みを抑え切れないのなら遠慮せずに私の両目を裂いてくれて構わない………いや、お前の手を汚すわけにはいかないな、自分で裂こう」
………おい、それ以上その口を────
「どうすれば……どうすればお前は戻ってくる?」
────ッ!
次の瞬間、酒泉は怒りの表情を隠さずサオリに掴みかかった
歯を必死に食いしばり、拳をサオリの顔に当てる直前でギリギリ止まった
「……そのまま殴ってくれ、お前にはその権利がある」
………今までの当たりが嘘のように殊勝な心掛けじゃねえか、何故突然あんな事を言い出した?
「………私は、皆から幸せを奪ってしまった」
幸せ?
「お前が姿を消したあの日から皆、どこか心苦しさを感じていた………アツコはお前に放った言葉を後悔し、ミサキはアリウス自治区にいた頃のような虚しそうな表情をすることが増え、ヒヨリも食事の時間中に楽しそうに語ることが少なくなってしまった」
あの人達が……?
「アズサも諦めずにお前を連れ戻す方法を考え続けてはいるが……無理をしているのが目に見えて分かる」
っ……それで?
「だが、私が一番幸せを奪ってしまった相手はやはり………お前だろう、酒泉」
………
「マダムとの戦いが終われば何も辛い思いをせずに皆で普通の生活を送ることができたはずだ………その右目の怪我さえ無ければ」
……ええ、その通りですよ
「……だが、今更何を言ったところでお前の怪我を治すことも過去に戻ることもできない……なら、私にできることは……」
………俺の怒りの捌け口になって、気の済むまで要求を飲み続けることだと?
「…………ああ」
酒泉はサオリの胸ぐらから手を離したかと思えば、今度は溜め息を吐いてサオリの目を見据える
────もし、俺を説得しにきた理由が罪滅ぼしだけだったら今すぐ追い出してました
けど、俺達二人だけの問題に他の人達まで巻き込んでしまってるのなら………仕方ないですね
「……っ!本当か!?それなら────」
勘違いしないでください、俺は戻るなんて一言も言ってませんよ?ただチャンスを与えるだけですから
「チャンス……?」
俺はこれからもアンタを突き放します。これからも罵り続けますし、どれだけ傷付こうと容赦なく心を抉ります
それらを全部耐えて俺のことを説得できたら素直にトリニティに戻ってあげますよ
「それは………」
どうせ不可能だろうと言いたげな目でサオリを見る酒泉
最早答えなど分かり切っているかのように外出の準備を始める
どうです?それができないなら大人しく帰「分かった、成し遂げてみせよう」って……………………はい?
「成し遂げてみせると言ったんだ」
唖然とした表情で口を開ける酒泉
……恐らく彼は無理難題を押し付けて自分のことを見限らせようとしたのだろう
しかし酒泉は忘れていた………良くも悪くも、サオリは家族の為ならばそう簡単には自身の意思を曲げないことを
「ありがとう、酒泉……こんな私にチャンスを与えてくれて」
───………ちょっと待ってください、冗談ですよね?
「お前から言ったことだろう……とにかく、言質は取ったからな」
しょっ……正気ですか!?どう考えても断る流れでしょう!?
「お前が与えてくれたチャンスを無駄にしない為にも、何としてでも説得してみせよう」
人の話聞いてます!?
「そして必ず恩を返し、罰を受ける………今日のところは失礼する、また来るぞ」
静止の言葉を全て無視してそのまま引き返すサオリ
……酒泉のミスはたった一つ、他のアリウススクワッドのメンバーへの罪悪感など無視して最初から〝全員二度と俺に関わるな〟とハッキリ拒絶すればよかったのだ
この日からサオリと酒泉の奇妙な関係が始まった
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サオリが会いに行けば顔を見ただけで罵られ、罵ってる酒泉本人もばつの悪そうな顔をする
サオリが説得を始めればあの戦いの時の事を責め立てられ、結局責め立てた酒泉本人も自身の非を認める
そんなちぐはぐな日々が続いていた
……しかし、未だに酒泉の心は開かない
話だけは聞くようになっても、トリニティに戻らないという意思は一向に変わっていない
それでもサオリは諦めない、例え全てが無駄だったとしても………
それが最善を尽くさない理由にはならないのだから
──────────
────────
──────
「…い……おい……」
っ……ぅ……
「……りしろ……さませ……」
誰……だ………
「起きろっ!酒泉っ!」
顔近っ!?
「あっ……す、すまない……」
……で?何で錠前さんがここに居るんですか?
「……家の中に酒泉の気配があるのにも関わらず、中々出てこなかったからまた魘されていたのかと思ってな」
いや、そもそも玄関に鍵掛けてたはずですけど
「……………すまない」
………まあ、いいや
「それで、その………大丈夫だったか?」
ああー……それは……
「……また拷問されていた時の夢か?」
……別に大したもんじゃないっすよ
「……酒泉、今からでも私達の所に……トリニティに来ないか?皆、お前のことを待っているぞ」
……遠慮しておきます、今は仕事が忙しいんで
「………ジャンク屋か」
あの人にはよくお世話になってるんで……
「………なあ、頼む。少しでもいいから私に何か恩返しをさせてくれないか?」
はぁ……またその話ですか?
「お前が認めてくれるまで何度でも言うぞ。私はベアトリーチェの支配から解放してもらった恩をお前に返せていないし、それに────」
「………お前の右目を奪った罰もまだ受けていない」
………もう戻らないんでいいですよ、別に
そろそろ終わります