初めて会った時の印象は………マダムの道具って感じだった
命じられるがままに行動し、その結果、調印式で多くの人間を傷付けることになる
そんな錠前さんのことがあまり好きではなかった
……そう、最初はその程度の感情だった
けど、互いの意見がぶつかり合っていくうちにその感情は〝嫌悪〟になり………あの戦いで〝憎悪〟へと至った
罵りあい、傷つけあい、ついには殺しあいにまで発展してしまった
そこまで取り返しのつかないところまで来て漸く気づいた………錠前さんと俺とでは立場も価値観も何もかも違いすぎると
そもそも、自分の命を人質として取られている俺と違って、錠前さんが背負っているのは家族全員の命だ
俺だって前世の両親が人質に取られている状況で信用できない第三者に〝助けてやるから協力しろ〟って言われてもそう簡単に頷けない
………俺は先入観に囚われて〝調印式の加害者〟としてしか錠前さんを見ていなかったのかもしれない
だから今まで気づくことができなかったんだ、錠前さんも〝加害者〟にならざるを得なかった〝被害者〟だということを
背負っている命を護る為に、マダムの手先として動かざるを得なかったのだと
そうすれば最低限の居場所は用意されるから、そうすれば皆を護れるから
………それらの事情を全て無視して錠前さんを一方的に責め立てていたのは俺だ
そんな俺の言葉の一つ一つが錠前さんの心を知らぬ間に追い詰めていたのかもしれない
だから、あの戦いであんな取り乱したように……
………でも、今更そんなことに気づいたとしても手遅れだ
素直に謝りたくても右目の痛みがそれを止めてくる
素直に赦したくても心に根付いた憎悪がそれを邪魔してくる
だから、もう………
どうにもならないんだ
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………朝っぱらから暇なんですか?
「………」
その日は偶々〝例の悪夢〟を見てしまったせいで気分が悪かった
いつも以上に塩対応になっていたのは否めないだろう
「……今日は仕事は休みなのか?」
……何故そんなことを?
「いや、それならより説得に時間を使えると思ってな」
……今日はいつもより早めに出勤する予定です
「……そうか」
……罰を受けるだけの為によく頑張れるな
勿論、家族の為だという理由があることも分かっている。でも……俺が戻ったところで、大して皆が元気になるとは思えない
説得できたところで俺と錠前さんの間に亀裂が走っている以上、状況は全く変わらないだろう
この人はその事を理解しているのだろうか
「……あれからお前を説得する為に様々な方法を考えてきた」
アンタも懲りないな……
「まずはお前がトリニティに戻る代わりに、私が姿を消して────」
前にも言いましたけどそれは無しですからね、あまりにも無責任ですよ
「────分かっている、この案はすぐに白紙にした………次の案は私の自由時間を決めることだ、お前の決めた時間帯は絶対に出歩かない。そうすれば顔を見合わせる機会も減るだろう」
……それだと他の人達が錠前さんに用がある時とか困るでしょ
「……そうだな」
その後も提案を全て却下していると、目に見えて落ち込む
………少なくとも、此方の気も知らず何の考えも無しに説得しに来ていた頃に比べたら、かなり成長していると言えるだろう
いや、この辺りに関してはむしろ俺の方が子供すぎるのかもしれない
向こうは妥協点を探して少しでも状況を改善しようとしているのに、俺は俺個人の感情を優先してそれら全てを切り捨ててしまっている
ただ、妥協点を探してくれるのならもっと早くそうしてほしかった
あの戦いの時に俺の考えをすぐに切り捨てないで、少しでも話を聞いてくれたら─────
………いや、本当は分かっている。先に切り捨てたのは俺の方だ
あの戦いでは錠前さんには迷いがあった、じゃなきゃ片腕の俺なんかにあんなアッサリと負けるはずがない
その後の様子でもそれは明らかだった、でも……
………その時には、俺は既に錠前さんを切り捨てる覚悟をしていた
皆との約束を破り、錠前さんを救うことだけを諦めた
そのツケが最悪な形で回ってきてしまったのだろう
……考えれば考えるほど自分の非が見つかる
相手の立場をよく慮らなかったこと、自分だけが被害者のように振る舞っていたこと、最後まで自分の意思を貫き通さずに中途半端な対応を取ってしまったこと
けど、自分に非があっても簡単に頭を下げられるほど俺は大人じゃない、ここまで拗れてしまった感情を抑えられるほど俺は強くないんだ
………錠前さんも折角アリウスから抜け出せたんだから、こんな俺なんて放っておいて自分の人生を歩んで自分の幸せを─────
────待て、俺は今、何を考えた?
自分の人生を歩め?その後になんて続けようとした?
俺は錠前さんを恨んでいるんだぞ?それなのに何を考えた?
「……酒泉?どうかしたのか?」
自分自身の感情すら分からなくなっていると、錠前さんが話しかけてくる
……どうやら相当考え込んでいたらしい
「……今日は帰った方がいいか?」
今日はっていうかもう来ないでください
「説得してみろと言ったのはお前だろう」
それを持ち出されると何も言えなくなる
昔っから一度吐き出した唾を飲み込めないタイプなんだ、俺は
……なあ、本当にもう諦めないか?アンタだってこんな下らない事に時間を使うのは嫌だろ?
「……断る、お前を連れ戻すことを下らないとは思わない」
この人も本当にしつこい、皆でアリウスから抜け出せたんだからそれで終わりでいいだろ
最近何度も顔を合わせているせいかは知らないが、悪夢を見る頻度も増えてきたし………もうウンザリだ
………向こうが強引に来るなら、此方も強引に追い返すべきか?
「……前にも言ったが、私はどんな事でも受け入れるつもりだ。どんな条件だろうと、お前が帰ってきてくれるのならばそれで────」
次の瞬間、俺は懐からナイフを取り出して目の前の女の右目に向かって振り下ろした
「……っ!」
向こうも俺の動作を捉えていたのだろうが、一瞬目を見開かせただけで少しも避ける動作を見せなかった
……このまま切り裂いてやりたかったが、流石にそこまでするつもりはない
当たる直前でそのままナイフを止めた
─────なんで避けない、このままだとアンタの右目も無くなることになるぞ?
「……それで気が晴れるのなら」
そう言って此方を真っ直ぐ見つめてくる錠前さん
……気に入らない
「……ーい!…に…のか?」
「……いや、むしろ私自身がそれを望んでいるのだろう。お前に同じ傷を付けられることを……」
……なんだと?
「おーい!もう仕事の時間だぞー!?……っかしいなぁ……声は普通に聞こえるんだけどなぁ……」
「私にはお前から奪った物を返す手段がない。そんな私にできることは、せめて………お前から奪ってしまった分だけお前に奪われることくらいだ」
そんな自分勝手な言葉を聞いた瞬間、自分の中の何かが切れる音が聞こえた
俺はナイフを投げ捨て、衝動のままに彼女の胸ぐらを掴み、拳を振り上げ────
「おーい、さっきから返事が………って、うおっ!?」
────突然の乱入者の登場によって直前で手を止めた
「な、なんだこりゃ?一体どういう……ん?そこの嬢ちゃん、何処かで見覚えが……」
そう言いながらジロジロと錠前さんを見つめるジャンク屋の店長さん
見覚えがあるのも当然だろう、一度廃施設でやりあっているのだから
「中から人の声が聞こえるのに、全く返事が無かったからこうして直接確認してみたら………なんだか物騒な事になってんな……?」
……にしても、この状況を見られるのは少々気まずさを感じる
そんな俺の感情を察したのか、錠前さんはゆっくりと立ち上がり、部屋から出ていこうとする
「……その節はすまなかったな」
「え?お、おう……」
その前に店長さんに頭を下げてそのまま横を通りすぎる
突然の謝罪に困惑するものの、すぐにハッとしたような顔で俺の方へと向き直る
「……って、そうじゃねえ!もうすぐ仕事の時間だぞ!」
……え?まだ時間に余裕があるはずですよね?
「……昨日言ったこと忘れちまったのか?最近とびっきりの宝の山を見つけたからいつもより早めに出かけるって伝えていただろ?」
あ、そうだった
てかさっき錠前さんにも自分でそう伝えていたのに、なんで忘れちまってるんだ俺
……全部錠前さんのせいだ、そういう事にしておこう
「ったく……電話にも出ねえしよぉ……」
……え?電話?
「ああ、何度もかけてたんだぜ?それでも中々出てこなかったからこうして勝手に部屋に入っちまったけどよ………問題ねーよな?」
そう言われてから部屋の隅で充電中だったスマホを手に取り、画面を開く
すると、店長さんから幾つか不在着信が入っていた
いつの間に……さっき考え込んでた時か?それとも俺が錠前さんに怒りをぶつけた時?
……これも全部錠前さんのせいにしよう、うん
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「なるほどねぇ……?そんなヤベー所にいたんだな、アンタ………でも、そんなこと俺に話しちまってもいいのかよ?」
………ご迷惑をお掛けしてしまった以上、事情を話さない訳にはいかないんで
「んなこと気にしなくてもいいのによ……俺としちゃあ、ちゃんと働いてくれりゃそれでいい」
ははっ……遠慮ないですね
「なんだ?気でも遣ってほしかったのか?」
いや、こっちの方が気楽でいいっす
「……で?アンタ、これからどうすんだ?」
……別にどうもしませんよ、もう終わった話なんで
あれだけ言えば流石の錠前さんだってもう来ないだろうし、俺もやっと余計な事を考えずに済みますから
……まあ、これからはこの問題で迷惑を掛けることはないと思うんで─────
「………なあ、俺達が初めて出会った日のこと、覚えているか?」
………唐突な質問ですね
「俺はアンタに対して弾を飛ばしただろ?もしそれが当たってたら今頃どうなってる?」
今頃も何も……とっくに死んでますよ
「だろ?じゃあ……あの時、仕掛けてた爆弾がアンタの足元で爆発してたら?」
……ここまでたどり着くことすらできませんでした、最悪死んでいたかもしれません
「不思議だよなぁ……二度もアンタを殺そうとした俺がこうして一緒に働いていて、逆に今まで一緒に居たあの嬢ちゃんが今は離れているなんてよ」
……何が言いたいんですか?
「俺もあの嬢ちゃんもアンタを殺そうとした、それ以外の違いはなんだ?」
………実際に害を加えられたかどうかです
「立場ってのはちょっと横にズレるだけで一気に変わってくるもんだ、アンタがあの嬢ちゃんを完全に恨みきれないのはそれを理解しているからだ」
……恨み切れてない?俺が?
「ああ、だってよ……アンタってなんだかんだ言っても完全に突き放せてないんだろ?あの嬢ちゃんのことを……それって恨む理由と同時に許せる理由もあるからだろ?」
……そう、なんでしょうか
「なんだ、自分で気づいてなかったのか?………いいか、これだけは言っておく………恨むにしろ何にしろ、中途半端ってのは止めておけ?」
「もしアンタに〝中途半端を貫き通せる力〟があればそれでも構わねえ。けどな、その覚悟がないならずっとあの嬢ちゃんの事を引きずって後々辛い思いをするだけだ」
「どうせ二度と関わるつもりがねえなら、いっそ最後に抱えてる恨みも怒りも全部ぶつけてこい。んでスッキリしてから戻ってきな」
……俺は恨みを抑えきれなくなるのが怖いんですよ
「殺し合った時点で今更だろ」
話し合ったところで、結局和解できないかもしれませんよ?
「別に和解しろなんて言ってないだろ、ただ恨み言でも罵詈雑言でも何でも吐いてこいって言ってんだ。いつまでも昔の事を引きずられたまま仕事に支障を出されちゃあ、堪ったもんじゃねえ」
………そうですね、じゃあ────
────最後にもう一度だけ、大喧嘩してきます
……そういえば中途半端が云々って話、やけに実感が込もってるような感じがしましたけど……実体験なんですか?
「おう、俺も色々と中途半端に生きてきた結果、こんなシケた仕事に就いちまったからなぁ……」
そうだったんですか……
「ある軍事企業の訓練に耐えきれずに逃げ出したり、なんちゃらフーズの仕事が面倒になって途中でバックれたり、ショ……ショ……ショカッコー?とやらの活動がしんどくなって途中で辞めたりと失敗の繰り返しだったからな!」
……それ、全部辞めて正解でしたよ
「?」
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「………力及ばず、か」
自室の中で呆けたように座り込むサオリ
道中で偶然出会ったヒヨリに心配されて声をかけられたが、上手く誤魔化せたかはサオリ自身もよく覚えていなかった
「………私のやってきた事は全て無駄だったのか」
これは自分で背負わなければならない問題、そう考えたサオリは自分自身で酒泉を説得することを選んだ
だが……
「他の者達の方がまだ可能性があったかもしれないな……それを、私の我儘のせいで……」
もう何度目かも分からない後悔に押し潰されるサオリ、それでも彼女は何度も立ち上がってきた
しかし、今の彼女にその強さはなかった
家族を護る為にマダムから与えられる痛みに耐えてきた強さも、どんな手を使ってでも目的を遂行しようとしていた強さも、もはや何も残っていなかった
「……もう、どうにもならないのか」
己の無力感に苛まれるものの、サオリにはもうどうすることもできない
酒泉を連れ戻すという目的を果たせず、同じ過ちを何度も繰り返してきた
このままでは罰を受けることも、恩を返すことも……
「………いや、その考え自体が烏滸がましかったのだろう」
最初から自己満足だと分かってはいた、しかし心のどこかで微かに期待していたのかもしれない
〝自分が罰を受ければ、皆の元へ帰ってきてくれるかもしれない〟と
〝自分は許されなくても、皆の笑顔を取り戻すことはできるかもしれない〟と
そんな希望を抱くことすら打ち砕かれたサオリは、力無く拳を壁に叩きつけ……
「……っ、なんだ」
その直後に、サオリの携帯が振動する
電源を押して通知ボタンをタップすると、見知らぬアドレスからメールが届いていた
「…………これは」
メールを開くと、ここ最近で何度も呼んだ名前と共に簡素な文章が乗っていた
〝最後にもう一度だけ直接会って話をしませんか?〟
すっげー関係ないことですけど、突然頭の中に〝相棒枠ベアトリーチェ概念〟というのが思い浮かびました
相棒ってより利用し利用されっていうか……
万○とエ○ルト、ベ○バと道○みたいな?多分書かないですけど