私にとって肉体とはデメリットの塊だった
寒さで苦しみ、空腹で苦しみ、病で苦しみ、怪我で苦しみ、痛みで苦しむ
そのくせに中途半端に頑丈な身体のせいで簡単に死ぬことは出来ず、楽に死ぬとしたら出血多量ぐらいしかなく、それも比較的楽といった程度のレベルだ
己を苦しめるこの世界から去ろうとしても簡単には死なせてくれない
どれだけこの世界が虚しくても、苦しくても、悲しくても、その事実は変わらず、この世界も惨めな自分自身さえも洗い流される事は決して無い
肉体は魂の牢獄、それが私─────戒野ミサキにとっての認識だった
─────どうし、て、あんなに、優し、い人、達、が、あんな傷つけられないと………いけないんだ………!
だからこそ、目の前の男の身体が羨ましかった
─────なん、で、………あんたらのためなんかに命を狙われないといけないんだよ!!!
貴方はいいな、ヘイローを持たないから楽に死ぬことが出来て
─────少しでもマダムに逆らったことはないのかよ!?少しでも自分達の教えに疑問を持たなかったのかよ!?
羨ましいな、銃弾一発で死ねる身体なんて
─────テロリストの気持ちなんて…………理解したくもねえよ………
でも…………
どうして抗うの?
大人しくすれば楽に死ねるのに、己のこめかみに一発入れるだけで死ねるのに、ヘイローを持たないなら一瞬で死ねる方法なんていくらでも思い付くのに
理解出来ない
どうしてか弱い肉体でそこまで戦うの?
理解出来ない
どうして何度も立ち上がるの?
理解出来ない
どうして苦痛を感じてるのに楽になろうとしないの?
どうして苦しんでまで生きようとするの?
どうして他人のために耐えられるの?
理解出来ない理解出来ない理解出来ない理解出来ない理解出来ない
何で…………
何で私の身体は貴方と同じじゃないの?私の身体が貴方の身体と同じならよかったのに………
貴方に私のヘイローがあればもっと抗えるのに
私に貴方の身体があれば楽に死ねるのに
この世界で抗い続ける者に弱い肉体を与え、この世界から去りたがる者に強い肉体を与えるなんて、全てが理不尽だ
お願いだから死なせて
お願いだから楽にさせて
お願いだから──────
───────貴方の身体を私に頂戴
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ぶぇっくしょい!!!
あるぇ?風邪引いたかな?
それとも何処かのかわい子ちゃんが俺の噂でもしてるのかな?
…………まあ、どうせゲヘナ学園の不良達に煙たがられてるだけだろうな
風紀委員の仕事上、恨まれるのはしゃーないけどな
つーか錠前さんと戒野さんいつまで話してんだよ
「な、なかなか終わらないですね………」
…………流石に長くね?
「今回のは何時にも増して長い気がします………」
今回のは?…………戒野さん、そんな高頻度に自傷してんの?
「い、いえ、ここ最近は落ち着いていたんですけど……………その、多分姫ちゃんが拐われたからだと思います」
………どういう事だ?
「その………ミサキちゃんは自分の事は無頓着なんですけど、私達には優しくしてくれるんです。サオリ姉さんがいない時は私達に指示してくれる時もありますし………」
………要するに誰かが頼ってる間は自傷しないって事か?そんな、仕事に集中してる間は人生に悩まなくて済むみたいな………
「でも実際にそんな感じなんです………」
ふーん………アンタらも色々あるんだな
…………でもそろそろ行かないと不味いな
「いい加減にしろ、ミサキ」
低く、冷たい声がする
しかしその声の理由は仲間の身を案じてのものだった
「………これ以上自分を傷付けないでくれ」
「…………私の身体をどうしようが私の勝手でしょ」
「………っ!ミサキ!」
「リーダーは………サオリ姉さんはいつもそう、この世界で生きてく理由を教えてくれないくせに私に生きろと勝手な事を言う」
「……………」
「これ以上足掻いて何になるの?姫は本当に生きてるの?あの女が私達の為に約束を守ってくれるの?」
「………アツコは生きている、必ずな」
「…………縋りたいだけでしょ」
二人の会話に間が空く、辺りをそのまま静寂が包む─────
だあああああああっもう!!!アンタらめんどくせえなマジで!!!
─────事なく突然酒泉が叫ぶ
「っ、酒泉……?」
「………いきなり何なの?」
アンタら色々と小難しいこと考えすぎなんだよ!!!
先ずは錠前サオリ!!!
「わ、私か………?」
アンタも戒野さんに生きていてほしい理由なんていちいち考えなくていいんだよ!!!
家族だからとか大好きだからだとか、理由なんてそんなもんで良いんだよ!!!
面倒臭い理由付けなんてせずに素直に言えや!!!
どうせ何をごちゃごちゃ言おうと最終的には〝一緒に居たいから〟に帰結するんだからよ!!!
「…………」
酒泉のあまりの言い様に唖然とするサオリ、しかしミサキの方は不服そうに口を開く
「…………仮にそんな理由があったとしても私には────」
じゃあ何で今生きてるんだよ
「…………」
………戒野さんと話した事なんて今回が初めてだけど、それでも戒野さんが冗談で死のうとする筈がないってのは何となく分かる
「何それ………」
多分、死のうと思えば本気で死ねるんだろうな、アンタは……
「…………」
けどよ、今もこうして生きてるってことは、生きたい理由があるんじゃねーの?
「…………は?」
より具体的に言うと確かにアンタは死にたがってる、でも〝死にたい理由〟よりも〝生きたい理由〟の方が強い………って感じか?
「別にそんなんじゃ………」
だってさっきアンタの言った通りなら俺達と合流する前にとっくに死んでるだろ
アンタの身体はアンタの物なんだから「仲間に迷惑が掛かる」だとか「秤アツコを救出してから死ぬ」だとかそんな事考えずにさっさと死ねば良いだけなんだからな
死ぬ前に錠前さんに止められたにしろ、それなら敵に追われてはぐれた後で適当に遠くまで離れて死ねばいい
………………だとしたらやっぱり〝生きる理由がある〟としか思えないんだよ
「……………」
…………秤アツコの事を助けたいんだろ?それとも─────
────そんなにこの世界に希望を抱くのが怖いか?
「っ!」
酒泉の言葉に顔を歪ませたミサキは、反射的に酒泉の胸ぐらを掴む
「さっきから勝手な事ばかり言ってっ………!」
怖いんだろ?幸せになるのが…………
当然だよなぁ?こんな腐った世界じゃ何時幸せが壊されるか分からないもんなぁ?
だからずっと「この世界に生きる理由は無い」だの、「この世界は虚無だ」だの思い続けてきたんだろ?
要するに〝幸せだと思ってはいけない理由〟を無理やり作ってたんだよ、アンタは
そしてその信条は他者の命令にただ従うだけの理由にもなった
そりゃ他人の命令だけ聞いてれば生きる理由も何も考えなくて済むから楽だもんなぁ?
「それの………何がいけないの」
………………
酒泉の胸ぐらを離したミサキは、橋に腰掛けながら語り出す
「この世界で生きてきてずっと苦しかった、どれだけ足掻こうとどれだけ耐えようと決して救ってくれないこの世界で」
「だから私は苦しむのも虚無に押し潰されるのも当たり前の事だと思って生きてきた……………その方が、楽だったから」
「………でも、サオリ姉さんに自傷行為を止められて、ヒヨリと姫に構われて、私は心の何処かで喜んでいた………喜んでしまっていた」
「皆に必要とされて嬉しくなってしまった、こんな空っぽな私でも役に立てるんだと思って喜んでしまった」
「…………けど、心が暖かくなる度に、いつまたこの幸せが壊されるのか恐怖に怯えるようになってしまった」
「………そんな思いをするくらいなら、私は心を殺す事にした」
…………だから他者の命令で動くのが楽だった、なぜならそれがそのまま自分の存在理由になるから
「…………さっきから的確に突いてくるけど、貴方は一体何なの」
………戒野さん程拗らせてはいないけど、俺も似たような事考えてたしな
「………貴方が?」
自分がこの世界に生まれた理由、自分のせいでこの世界の〝ハッピーエンド〟を壊してしまうかもしれない恐怖、そして何より………
自分の大切な人達を失ってしまうかもしれない恐怖
「……………」
俺も戒野さんも結局は〝心が壊れた時の為の用意〟をしていたに過ぎないんだ、最初から絶望してれば被害は小さくすむしな
………でも、そんな生き方を選ぶのはまだ早いんじゃないか?
秤アツコを救出し、また皆で揃ってからでも遅くはないだろ
「それでも…………」
…………まあ、今まで当たり前のように思ってきた事をいきなり変えるのは難しいよな
………………よし、戒野さん
「…………何?」
アンタ、今回だけでいいから俺の道具になれ
「っ!酒泉!お前は何を言って………っ!」
先程とは変わり、今度はサオリが酒泉の胸ぐらを掴み上げる
その表情には、明確な怒りが浮き出ていた
生きる理由を持つのが怖いなら俺がアンタを〝使って〟やるよ
「…………!」
酒泉の言葉にミサキは目を見開かせる
────アンタは道具として俺に利用された、だから今生きてるだけだ
秤アツコを救出するための、な
そう付け加えると、酒泉はそっぽを向く
そんな酒泉をみてミサキは暫く無言になった後─────
「ふふっ…………サオリ姉さん、そいつ離して」
クスリと笑いながら、酒泉の視線を真っ直ぐ見つめた
「…………すまない」
………別にいいですよ、大切な仲間を道具扱いされてキレるのは当然の事ですから
謝罪しながら、酒泉を解放する
服を整えている酒泉にミサキが近づく
「…………戦力が欲しいからって普通あそこまで言う?」
…………それほど切羽詰まってるんですよ、この後ゴリラも来るかもしれないですし
「………なにそれ?」
怪訝そうな顔で酒泉を見つめるミサキ、しかしすぐに真顔に…………いや、ほんの少しだけ微笑みの混じった顔で手を差し出し────
「とりあえず…………よろしく」
酒泉はその手をとった