マスクを被った少女が大勢の武装兵に囲まれている
銃口を突きつけられながら歩かされている様はまるで囚人のようだ
………とはいえ、囚人になってもおかしくない立場ではあるのだが
少女の名前は秤アツコ、数ヵ月前にエデン条約を結ぶ為の調印式を襲撃したアリウス生の一人
ゲヘナとトリニティ、そしてシャーレに敗北したアリウスの精鋭部隊〝アリウススクワッド〟はその後、敵からも味方からも見つからないように雲隠れした
………だが、自分達がアリウスを抜け出すことになるとは少しも想像していなかった彼女達は逃走準備など何一つしていなかった
満足な物資も頼れる人も長期に渡って隠れられる住みかも何も持ち得ていなかったアリウススクワッドは徐々に心身共に追い詰められていき、そして─────
「立ち止まるな、さっさと歩け」
「…………」
─────かつての仲間……アリウスから差し向けられたの追っ手に捕らえられた
彼女達がアリウススクワッドを追っていたのは裏切り者の粛清だけが目的ではない、アリウスの支配者が行おうとしている〝とある儀式〟にアツコが生け贄として必要だからだ
その事を知っていたアツコは自身の身柄を差し出すことで他のアリウススクワッドのメンバーを見逃すよう取引を行った
(……サッちゃん達、大丈夫かな)
これから己の命を奪われるというのに、未だに仲間の心配をするアツコ
今更どうにもならない事を理解していながら、それでも仲間の無事を祈らずにはいられない
………彼女達は冷酷なテロリストではない、暴力や恐怖に支配されて上の人間に従わざるを得なかった仲間思いな被害者でもあった
「………待て、一旦止まるぞ」
「……このタイミングでか?」
見張りの一人が秤アツコに銃口を向けたままピタリと足を止める
まだカタコンベの入り口に到着しておらず、歩いた距離的にも中途半端な場所で立ち止まる仲間に疑問の声が上がる
「この辺りで他の部隊と合流する、そういう手筈だったが………全く人の気配がしないな」
「もう少し先で待機しているのでは?」
「この先は隠れられる場所が少ない、我々が〝外〟で行動するにあたって最も慎重に進んでいる場所だ………そんな場所で待機しているとでも?」
「………少し待ってろ………こちら追跡チームB、追跡チームA、応答を」
チームの一人が無線機で別部隊へ連絡する
何度か呼び掛けするが、相手側からは一向に返事が返ってこない
「………駄目だ、反応がない」
「……何かあったのか?」
「…………ルートを変えるぞ、多少遠回りになるがもっと潜みやすい道を────」
直後、アリウス生達の足元に何かが投げ込まれる
部隊のリーダーが咄嗟に反応して回避指示を出すが、足元に投げ込まれた〝何か〟はそれよりも早く起動する
直後に〝何か〟から真っ赤なスモークが吹き出し、周囲を暗闇へ変えていく
「襲撃!?まさか、残りのアリウススクワッドが戻って─────ぐあっ!?」
「どうした!?何が────っっっ!?」
視界を奪われた一人が突然後頭部から衝撃を感じ、そのまま意識を失う
その際に発した悲鳴に反応した生徒も一人また一人と無力化されていく
「誰……?サっちゃん……?」
まさか助けにきたのか、助けに〝きてしまった〟のか
そんな思いと共にアツコは何とか周囲を見渡そうとすると─────突然何者かに腕を引っ張られる
「きゃっ……」
────抵抗するな!助けてやるからついてこい!
「えっ……?貴方は一体───」
〝誰〟
そう問おうとした時、赤いスモークから抜け出したアツコの視界に襲撃者の姿が映る
この少年は────自分達が殺しかけた少年だ
本来ならその場で恨みや怒りをその身にぶつけられてもおかしくないはずの少年に助けられたことにアツコは困惑するが、当の少年はそんなことなどお構い無しに走り出す
「貴方……調印式の時、私達と戦った人だよね?どうして私を……」
────ベアトリーチェに………〝マダム〟にアンタを渡す訳にはいかない!それだけの話だっ!
「どうしてマダムのことを知ってるの?」
────その話は後だ!今は逃げることだけを考えろ!
────運が良ければFOX小隊が間に合う!運が悪くてもアンタだけは絶対に逃がしてやるっ!
「………分かった、今は貴方に従うことにする」
アツコが抵抗しないと分かると酒泉は腕を離し、アツコに自身のアサルトライフルを手渡す
────自衛はできるな!?まだまだ追っ手は来るぞ!
「うん、一人でもそこそこは戦えるから」
酒泉は残ったスナイパーライフルを右手で構えながら前方から接近してくる敵の頭部を狙い撃つ
道を開けた酒泉はアツコの背中を護るように後ろに下がり、今度は背後の追っ手に銃口を向ける
「………私の身体は貴方よりも頑丈だから、背中は護らなくても大丈夫だよ」
────それで行動不能になるほどのダメージを受けて途中で倒れられたら困るんだよっ!アンタが捕まって儀式を始められた時点で〝めんどくせー奴〟がキヴォトスに来ちまうんだからな!
「……貴方が何を警戒しているのかは分からないけど………じゃあ、背中はお願いするね?」
酒泉はその言葉に無言で頷くと、スナイパーライフルの引き金を引いて背後の敵と交戦を開始した
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「〝怪我はないか〟………ですか?」
「うん、カンナがカイザーと交戦したって聞いて心配になって……」
ヴァルキューレ公安局の一室、そこでカンナと先生が二人きりで話している
心配そうな表情をする先生を安心させる為、カンナは何ともないように振る舞う
「そうですね………それなりに面倒な人数ではありましたが、此方側も一人ではなかったので特に何事もなく制圧できましたよ」
「そっか、それなら良かった」
「ところで………本日はそれを聞く為だけにここまで?」
「いや、他にもカイザーに不穏な動きがないか聞いてみたくてね………」
カイザーグループ………キヴォトスで度々問題を起こす存在
利益が絡んでいる際には多少強引な手段を使ってでも計画を強行する彼等のことは先生も警戒していた
そして、アビドスの一件や今回の件でその警戒心は更に高まることとなった
「そうですね、私達もあの一件以来、彼等とは関わっていないので何とも………お力になれなくて申し訳ありません」
「ううん!こっちこそいきなり訪ねちゃってごめんね?」
気を遣わせてしまったかと思った先生は即座に首を振って謝るが、そんな彼女の顔を見ることなくカンナは顎に手を当てて何かを考える
「………私にはカイザーが何を企んでいたのかは分かりませんが………彼等と関わりのあった者達からならば何か情報を引き出せるかもしれません」
「カイザーと関わりのある人……?」
「ええ、つまり────カイザーと癒着していたヴァルキューレの一部上層部の者達です」
「へぇー、カイザーと癒着してた……………はい?」
さりげなく頷きそうになったところで先生の言葉が詰まる
それも当然だろう、たった今カンナから〝私の上司はカイザーと手を組んでいます〟と告発されたのだから
「えっと……それ本当?理由は?」
「本当です、理由に関してはおそらくヴァルキューレの経済状況を改善する為でしょう…………市民を傷つけた連中の金で市民を護る為の組織を立て直す、おかしな話です」
「……そ、そうなんだ……なんかとんでもないこと聞いちゃったな……」
「我々は近い内に彼女達を捕らえるつもりです、このまま腐敗が進めばヴァルキューレは本来あるべき姿を失ってしまいますから」
「そっか………カンナは立派だね、強い心を持ってて」
「………いえ、そうでもありませんよ。私だってあと少し足を踏み外していたら彼女達と同じ立場になっていましたから」
「……カンナが?」
信じられないといった表情をする先生
カンナはそんな彼女に気まずそうに語り出す
「………かつて私はヴァルキューレの癒着問題を知っていながら、その現実に目を瞑っていたことがありました」
「自分自身の手を直接汚した訳ではないとはいえ、それでもその事実を噛みしめる度に心が黒く染まっていくような感覚に陥りました」
「己の信念をねじ曲げる度に本来の私に戻る為の〝帰り道〟を見失い、そのまま右も左も分からず間違った道を何度も進んできました」
「………そして、私自身も〝汚い物〟に手を出しそうになったこともありました」
「でも、カンナはそれに耐えたんでしょ?」
先生の問いにカンナは溜め息を吐いて答えた
「………うるさい奴がいたんですよ」
「……うるさい奴?」
「ええ、とんでもなくムカつく生意気な〝クソガキ〟に大声で罵られました」
「く、クソガキ……?なんか、珍しく口が悪いね……?」
「あんな男、クソガキで十分ですよ………まあ、そいつの大声のお陰で私は〝帰り道〟を見つけられましたし、無理やり腕を引っ張ってくれたお陰でかつての本来の自分の元に帰って来れたんですけどね」
「……その人のこと、感謝してるんだね」
「一応ですけど………ですが未だに当時の罵倒を思い出すと腹が立ってきますけどね」
「そ、そんなにボロクソ言われたの?」
「〝何が狂犬だ!お偉いさんにお手して媚び売ってるだけのただのペットじゃねえか!ほら、ドッグフードでも食うか?俺にも媚びてくれればジャーキーに変えてやってもいいぞ?〟…………これはほんの一例にすぎません」
「これ以外にもあるんだ………」
「ええ、ですからその時の仕返しとして行きつけの飲み屋で私の愚痴に無理やり付き合わせています」
「な、仲が良い……のかな?」
暫く話し終えてからカンナは咳払いをする
「話が逸れてしまいましたね……とにかく、我々は一部の上層部の者達を捕らえた後はすぐに取り調べを行う予定ですので………その時にそれとなくカイザーの情報についても聞き出してみましょう」
「え?そこまでしてくれるの?」
「はい、我々としてもカイザーの今後の動向には注意しておきたいので………では、全て片付いたらまた連絡しますね」
「うん、ありがとう…………ねえカンナ」
「……何でしょうか?私もそろそろ仕事に戻らなければ……」
「カイザーから皆を護ってくれて………本当にありがとね?」
「………いえ、それがヴァルキューレの仕事ですから」
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(カイザーの件、このまま何事もなく過ぎてくれればいいんだけど………)
ヴァルキューレからシャーレに帰ってきた私はスケジュール帳を開いて次の予定を確認する
この後は確か、暫く書類の山と戦って………ゲヘナに視察しに行くんだっけ
で、今日はもうおしまいで次の日はトリニティに視察………
(最近はエデン条約が結ばれたばっかでゲヘナもトリニティもバタバタしてるけど………それも漸く落ち着いてきたかな?)
一時期の荒れ具合から何とか状況を立て直せたことに安堵しながら歩いているとオフィスへの扉が見えてきた
『……じょう…?……ごめ……ね?』
『いえ……した………ニコさん』
(………声?)
────扉の前に立つと部屋の中から複数人の声が聞こえてきた
一つだけ男の子の声が入っており、それが酒泉の声であることは理解できた
しかしそれ以外は全て女の子の声、一体何を話しているのかと思いながらドアをノックする
『お?先生が帰ってきたのかな?………どうぞー』
一人の少女が返事すると同時に部屋の中に入ると、SRTの制服を着た三人の少女が一斉に私の方を向いた
「おっ!きたきた!」
「貴女が先生?」
「う、うん……そうだけど……貴女達は?」
「私達はFOX小隊、詳しい事情は後で説明するから今は………彼等の手当てを優先させてくれ」
そういって一人の少女が視線を動かすと、その先にはソファでピンク髪の少女が応急処置の為の道具を広げていた
「────っ」
そして、同じくソファに座っている少女の姿を見て思わず息を呑んでしまう
その少女はアリウス生と同じ制服を着ており、その顔は調印式襲撃の事件で見た時と同じ顔だった
………だが、〝それだけ〟なら多少驚く程度で済んだ─────問題はその横の人物だ
いつも私の隣で私を支えてくれた少年が服を脱いで手当てを受けている
身体には例の事件の火傷痕と銃創が残されており、その姿は嫌でもあの時の光景を思い浮かばされる
……そして、次に目に留まったのは右脇腹の部分
弾丸が撃ち込まれたような痕、ガーゼで拭き取る度にじわっと新たに滲む血
そこにはあの事件とは無関係の〝新しい傷〟が出来ていた
………その一点に集中してしまったせいで気づかなかったが、よく見てみればそこ以外にも細かい傷が付いている
目元や頬に切り傷、腕や脚からも何かを掠めた痕
私の知らない所でまたボロボロになっていた彼は、いつも通りの笑顔で私に声をかけてきた
─────あっ、お帰りなさい先生
「なん……で………怪我してるの……?」