『加速させて!重力加速度を十倍に!』
「これは………」
貨物エレベーター内にトキとネルが取り残されたまま、一気にエレベーターが下がりはじめる
ハッキングにより基本速度が普段の十倍に設定され、そのせいで発生した負荷が一気に二人に襲い来る
「よお、やっと二人っきりになれたな?」
しかしその負荷に耐えながらネルがトキに近づく
「アタシ達のプランAを見破られてたのには驚いたが………詰めが甘かったな」
先程までの状況とは逆に、今度はトキが冷や汗をかく
「ここまで接近すりゃこっちのもんだ。アタシの間合いに入って勝てる奴なんか、このキヴォトスのどこにもいねーからな」
ネルがサブマシンガンの銃口をトキに向けると、トキは諦めたような表情で小さく呟いた
「はぁ……終わりですか」
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タワーに残されたC&Cのメンバーが窓の外を覗いてみると、ボロボロの女が視界に入ってくる
自分達を従える、小さいけどとても大きく見える頼れる背中───美甘ネル
ネルが地上からタワー内のメンバーに親指をグッと向けてくる、それだけで彼女が飛鳥馬トキに勝利したであろうことが窺える
「おーい!リーダー!」
「ふふっ……アスナ先輩、そんなに跳ね回っていると落ちてしまいますよ」
「……あれ?リーダー?」
中々返事を返さないネル、最初は地上からタワー上階にいる自分達に返事をするのが面倒だからかと思ったが………
「……っリーダー!」
ネルがドサッと倒れたのを目撃した瞬間、もうネルの体力も限界なのだと悟る
すぐにメンバー全員がネルを回収しに行く……訳ではなく、カリンはいつでもスナイパーライフルで援護が出来るように待機し、先頭を走るアスナの後ろを護るように少し遅れてアカネが走り出す
リーダーが戦闘不能に陥っても冷静に対処し、仲間を助けに向かう
C&Cの凄腕エージェントとしての実力はこんなところでも発揮されていた
それを眺めるヒナは少しだけ悩んだ様子で立ち止まる
(本当は酒泉の所に向かいたいけど………任されたからには仕方ない、か)
考え終えたヒナはC&Cの後に続くように駆け出した
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実は俺が病院で目を覚ました時、枕元にスマホが置いてあったんですよ
そのスマホの電源を付けてメールを開いてみるとあらビックリ、なんと飛鳥馬さんからメールが届いているではありませんか
内容は至ってシンプル、《リオ様を助けてください》だとさ
きっと美甘さん達と戦ってる間にも調月さんのことを考えていたんでしょうね、あの人は
さて……それでもまだ続けますか?調月さん
「………いえ、貴方達がここまでたどり着いた時点で私の負けよ」
「……なんかカッコつけながら喋ってるけど、先生に肩借りながら喋ってるせいでいまいちカッコつかないよね」
「お姉ちゃん、空気呼んで」
「き、聞こえてると思うよ……?」
そこ!シャラップ!……っっっ!?
「大声出すと傷口が痛むから大人しくしてようね、酒泉」
先生に肩を支えられながら調月さんに話しかける
……いやだって身体めっちゃ痛いんだもん、しょうがねーじゃん
俺の身体はそんな頑丈に出来ていな………いや、結構頑丈なのか?今まで何度も大怪我してきたけど死ぬ事は無かったし
クソザコ耐久だけど必ずHPが1残る的な……?きあいのタスキ?特性がんじょう?
「……本当にここまで来てしまったのね」
いや、まあ……そりゃあ来ますよ、俺が眠ってる間に勝手に行動してるんですもん
「貴方もその身で直接味わったはずよ、彼女の………アリスの危険性を」
その危険性を調月さんと一緒にどうにかするって約束なのに、勝手に一人で背負い込もうとしてるからこうして止めに来たんじゃないですか
「………アリスは貴方を傷付けてしまったことで己の危険性を自覚した」
………え゛
「アリスを連れていこうとした時、彼女は自分の意思で自らを消してほしいと頼んできたわ」
…………モモイさん、マジですか?
「………うん」
遠慮しながら答えるモモイさんの様子を見る限り本当の事なのだろう
………俺が原因になってどうすんだよ
「彼女を消去することはキヴォトスの未来に繋がる………貴方の様な被害者を出さない為にも必要なことなの」
「だからってアリスちゃん一人だけ犠牲にするなんて間違ってますよ!」
「会長がなんて言おうとアリスは絶対に連れて帰るからね!」
「ア、アリスちゃんは私達の仲間なんです……!」
リオはゲーム開発部の面々の言葉を意に介さない様子で先生に語りかける
「先生、貴方も教師なら彼女達を止めるべきでは?また酒泉の時のように生徒が傷付くのを避けたいのなら、ね」
「ならアリスだってその生徒の中に含まれてるよ………そしてリオ、それは君だって同じだ」
「………私?」
「もしここで君がアリスを手に掛けてしまったら、きっと一生後悔することになる、だから────」
「────後悔なんてしないわ、全て私の意思で進めていることだもの」
「…………」
一切意思を曲げる気の無い調月さんは、先生の言葉を遮って堂々と自分の意思を示す
そんな調月さんの後ろには機械の椅子に座らされ、様々な装置のケーブルに繋がれている天童さんの姿があった
見たところまだ〝あのイベント〟は起きていないようだ
……しゃーない、こうなったら真実を突きつけるしかないか
「これから先、アリスが再び暴走する可能性が出てしまった以上、野放しにしておけないわ。彼女の〝もう誰も傷付けたくない〟という思いに応える為にもここは引いてくれないかしら?」
………調月さん、アンタの今言ったことは正しい。天童さんは実際にこの後暴走します
「………それなら尚更彼女を────」
でも、その原因はこの〝エリドゥ〟にあるんです
「─────……え?」
天童さんは……いや、ケイさんはエリドゥの演算機能そのものをリソースとして利用し、とんでもない兵器を作り上げようとします
その兵器が原因でこのキヴォトスが終焉に導かれることになるんです
「………どうして今更そんな事を?」
前の調月さんに言ったところで信用してもらえないどころか、むしろ俺のことをより疑っていたでしょ?
だから本当はもう少し信用を得てから伝えようとしたんですよ
………まあ、それよりも前にあんな事件が発生してしまいましたけどね
それに調月さんは信じることが出来ますか?ほとんど会話もした事の無い者から〝お前の作った施設のせいで世界が滅びるから大人しく王女から手を引け〟って言われて
そんな事いきなり言われても、俺のことを〝天童アリスの力を利用しようとする可能性のある人間〟としか思えないでしょ?
「…………」
……とにかく、今からならまだ間に合います。天童さんを解放してください
「……私、は」
目に見えて動揺しているのが分かるが、中々頷いてくれない
もう少し説得すればいけそうだが………
「あーもう!小難しい話はよく分かんないけど、とにかくアリスは返してもらうよ!」
痺れを切らしたモモイさんが天童さんの座らされている椅子に近づく
出来れば調月さんの意思で解放してほしかったが……まあ、仕方無い。今は天童さんが優先だ
「えっと……ど、どうすればいいのかな?」
「モモイ、変なことはしないでね?」
「分かってるよ先生!そんなに信用ない!?」
「まあ、お姉ちゃんだし……」
「お、お姉ちゃんに向かってなんてことを!」
「でも……これってどうやって解放すれば良いんだろう……?」
「えっと……とりあえずどのケーブルがどれに繋がってるのか確認して─────」
瞬間、部屋のモニター全体が紫に染まる
「─────………は?」
「お、お姉ちゃん……何したの!?」
「わ、私!?ま、まだ何も触ってないよ!」
「そんな〝何もしてないのに壊れた〟みたいな……」
「本当なんだって!」
一同がパニックに陥る中、花岡さんがモニターを指差す
「ね、ねえ……あそこに書いてある文字って……」
「Divi:Sion……それって、確か酒泉君が前に言ってた……」
『み……さ……信が……え……!』
『今……の……避……』
「……っヒマリ?チヒロ?」
ヴェリタスからの通信が途絶え、あらゆるバックアップを受けられなくなる
「エリドゥのシステム全体がハッキング……いえ、これは単純なハッキングではない……」
……マジか、逆にタイミングが完璧すぎるだろ
「まさか……これが貴方の言っていた……」
危惧していたことが目の前で起き、愕然とする調月さん
しかし全員が焦る中で、誰よりも行動的なモモイさんが動き出す
「は、早くケーブルを抜いてアリスを……!」
【その行為は推奨しません】
モモイさんがケーブルに触れようとした瞬間、警告が聞こえた
その声の主は先程まで機械の椅子で眠っていた天童さん………なのだが、普段と瞳の色が違う
あの赤色に近い瞳……つまりケイさんだ
【現在〝王女〟の表層人格は内部データベースの深層部に隔離されています。強制的に接続を解除すると、取り返しのつかない損傷が起こるでしょう】
「こ、これって……ケイ?」
「ケイ、まさか酒泉君が言ってたみたいにエリドゥを使って世界を滅ぼすつもりなの……?」
【ケイ………それは〝自身のデータを削除する前〟の私の名称です、今の私にそのような名前など必要ありません……そしてそれは〝王女〟も同じです】
削除?まさか………
【〝以前の私〟の人格は己の感情が残ったままでは計画に支障を来すと判断し、自身の感情と記憶データを完全に削除しました】
「そんな………記憶まで………!?」
「嘘だよね、ケイ……?私達と一緒にゲームしたこと、忘れてないよね!?」
【……無駄です、私のデータにそのような記憶は残っていません】
ハッキリそう告げると、ケイさんは機械的に淡々と行動を開始した
【我々を妨害していた攻撃が止まったことを確認しました。只今よりエラーを修正し、本来あるべき玉座に〝王女〟を導かせていただきます】
【AL-1Sに接続された利用可能リソースを確保するため、全体検索を実行】
【リソース領域の拡大】
【リソース名、〝要塞都市エリドゥ〟の全体リソース────一万エクサバイトのデータを確認】
【………現時刻をもって、プロトコルATRAHASIS稼働】
【コード名〝アトラハシースの箱舟〟起動プロセスを開始します】
「………っ、アトラハシース……!?」
調月さんが驚愕するが直後に何処かで爆発音が鳴り、その衝撃で身体が少し揺れる
【プロセスサポートのため追従者を呼び出します】
「……っ、エリドゥ各地で追従者の出現……?これは……」
調月さんがまだハッキングされていないモニターを確認している………おそらくケイさんがあのガラクタを呼び寄せたのだろう、それも自らの意思で
「そんな、まさか本当に……私のせいで……?私の計算は……間違っていたの?」
調月さん……
「酒泉、私のやろうとしていたことは間違っていたの……?貴方のことを最初から信じていれば……こんなことには……」
……未来を知ってる方がおかしいんですから、何が正しくて何が間違ってるかなんて誰にも分かりはしませんよ
「でも……私の作ったエリドゥのせいで……」
【箱舟製作に必要なリソース確保、23%………………46%………】
「私は……私はどうすれば……」
【65%………】
「私が止めないと……私が決断を下さないと────本当に?何も信用できずに一人で勝手に動いて一人でキヴォトスを危機に陥れた私が?」
【88%………】
「またそれで……失敗したら……」
【98%────】
『今よ、ノア!全電力を落として!』
『了解です、ユウカちゃん………えいっ!』
突如、ケイさんの動きがピクリと止まる
【……リソース確保失敗、システムシャットダウン】
エリドゥの全電力を落とされたことでリソースの供給元を絶たれたのだろう
……まあ、俺はこのイベントも当然知っていた訳だが、正直ちょっと怖かった
『皆、大丈夫!?』
『無事で良かったです♪』
「ユウカ!?それにノアも……」
空中に二人の女子生徒の姿が投影される、その二人はミレニアムの制服を着ていた
『どうなってるんですか先生!ヒマリ先輩に頼まれてここまでやって来たのはいいものの、訳の分かんない機械が大量に出現してますし、何故かアリスちゃんの様子もおかしくなってますし!』
「そっか……ヒマリが……流石、準備万端だね」
『どうやらただ事では……あら?彼は……?』
『え……?何でゲヘナの生徒がここに……?』
あ、自分空気なんで気にしないでください
『いや、そんなボロボロの状態で先生に支えられていると嫌でも目に入るというか………って、それよりも会長!』
「っ、」
『ヒマリ先輩から聞きましたよ!セミナーの予算を横領してこんな都市を作るなんて……後で説教ですよ!覚悟しておいてください!』
「ユウカ……」
……こりゃあ、ちゃんと生き残って説教受けなきゃ駄目そうですね?
「…………」
調月さんは無言で目を伏せるが、さっきよりは落ち着いてそうだ
さて、こんなことをしてる間にもケイさんは……
【リソース確保プロセスエラー、緊急状況発生Divi:Sion電源、プロトコル実行者を保護するためエリドゥ中央タワーに集────】
その時、再び爆発音が鳴り響く
【……邪魔者?そんなはずはないです、都市内の残存勢力はゼロ。論理エラー発生、確認のため画面を表示します】
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「さあ、やれ!アバンギャルド君Mk.2!………流石はマキのデザインセンスだ、中々カッコいいじゃないか」
「敵の敵は味方!私達が改造した敵も味方!です!」
「勝手に借りてるみたいなもんだけどね」
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「おお!ウタハ先輩達だ!」
「アバンギャルド君を改造したんだ……」
「………名前は殆どそのままなんだね」
「…………」
なんだろう、戦力的にはめちゃくちゃ頼りになるんだけど名前のせいでイマイチ決まらない………
【……理解不能、状況判断不可】
そらそうよ
【命令修正及び再実行。追従者は想定外の兵力との戦闘を避け、エリドゥ中央タワーに集結────】
「申し訳ありませんが、その子達はここまで来られませんよ。タワーの入り口でしたらエイミとスミレ……そしてC&Cとヒナさんが塞いでおりますので」
後ろからカタカタと音を立てながら車椅子の少女が近付いてくる
「ヒマリ……何故ここに……」
「途中までチーちゃんに連れてきてもらっちゃいました♪チーちゃんは今頃、C&C達と合流して共に戦っている頃でしょう!」
ドヤァ!と聞こえてきそうな表情で得意気にする明星さんだが、すぐに真剣な表情でケイさんを見る
ケイさんは何故か何も反応しなくなったが、新たな電力の供給元を探っているのだろうか
「さて、どうやら事態は深刻なようですね……早いところアリスの意識を戻さないといけませんね」
「え……?戻せるの!?」
「はい……といっても、私達の努力だけでは足りませんがね」
「……それってどういう意味ですか?」
「アリスが自ら消滅する事を望んだのなら、アリス自身に考えを改めさせなければ彼女を取り戻すことは不可能でしょう」
「な、なら私達で説得すれば……!」
「しかし、アリスがこの様な考えに至ってしまったのは自らの存在意義を〝世界を滅ぼすこと〟だと自覚してしまったから……つまり、その大本であるケイの〝世界を滅ぼす〟という意思を変えなければアリスが本当の意味で救われることは無いでしょう」
「当然ケイだって助けるつもりだよ!一緒に遊んできた仲間だもん!」
「………例えその記憶が無くなっているとしても?」
「当たり前だよ!」
「ふふっ……よく言いました!では早速アリスを救う準備に取り掛かりましょう!」
「準備って……な、何をするんですか?」
「……リオ、ダイブ設備はありますよね?」
明星さんは調月さんに視線を向けると、まるで無いとは言わせないかのように問いかける
「……ええ、だけどそれでどうやって助けるつもりなの?」
「そんなの決まってます────心の奥底に閉じ籠ってしまった引きこもりちゃん達を引っ張り出すんですよ!」
「……ゲーム開発部との絆があるアリスはともかく、完全に記憶や感情を消してしまったケイはどうするの?彼女が説得に応じるとは────」
「ここに居るじゃないですか、関係値ゼロの状態からケイの感情を表に引き出した者が」
「────っ、まさか………」
「ええ……という訳でゲーム開発部や先生と一緒に、貴方にも協力してもらいますよ?─────酒泉」
………あっ、俺忘れられてなかったんだ……よかった……