「そっか……あの子達、アリウスを抜け出したんだ」
────はい、ですがマダムは……ベアトリーチェは秤アツコだけじゃなく、錠前サオリのことも狙っています
「……サオリって……アリウススクワッドのリーダーの?」
会議室の椅子に座りながらコクリと頷く酒泉、そんな彼の身体を見て先生は表情を険しくさせる
込み上げてくる感情は怒り、憎しみ、後悔絶望恐怖全てが入り交じっている
そして、その感情の対象は当然アリウススクワッド─────ではなく、自分自身に
彼女は全ての生徒を愛する………その思いはかつて自身の命を狙ってきたアリウススクワッドに対してさえも平等に分け与えられる
彼女が〝先生〟という存在である限り、生徒に負の感情をぶつける事は決してあり得ない
………ならば、発散されることなく未だ溜まり続ける彼女の負の感情は何処へ向かう?
(そうだ、あの子達だって被害者なんだ。本当に悪いのはあの子達を支配している存在と…………何もできなかった私だ)
全ては自分の油断が原因、もっと警戒していれば、もっとアリウスのことを調べておけば
ああすれば良かった、こうすれば良かった
今更嘆いても過去を変えることなど出来やしない、それを理解していながらも未だにあの日の後悔が胸を締め付ける
「駄目だ……これ以上戦わせちゃ……絶対に……絶対に止めないと────」
────先生?聞いてます?
「………えっ?」
────いや、今後の事について話してたんですけど………
「あっ……ご、ごめん!ちょっと考え事してて……」
────……ちゃんと休まないと駄目ですよ?
「……うん」
先生は傷だらけの身体で相手の心配をする酒泉に複雑そうな表情で返事をすることしかできなかった
気まずくなりそうな空気をすぐに戻そうと先生は再び酒泉に今後の動きについて尋ねる
「えっと……それで?この後はどうするの?」
────とりあえず残りのアリウススクワッドに合流して全員纏めて保護したいんですけど………けど、連絡手段が無いんですよねぇ……
「それってアツコも?」
────はい、調印式での戦いの後、何の準備もせずそのままアリウスから離れたらしくて……
「そっか……だったら他のメンバーが潜んでそうな場所を一つ一つ探すしかなさそうだね」
一切の備え無し、心身共に消耗、そんな状況ではアリウススクワッドは長くは保たないだろう
彼女達を見つける為の手掛かりは酒泉とユキノで仕掛けた人感センサー、そして………
「……アツコなら心当たりありそうかな?アリウススクワッドの隠れ家とか……」
────まあ、もしかしたら知ってるかもしれませんね………じゃあ、俺が秤さんに居場所を聞いて直接現場に向かいましょうか?
────人感センサーの回収もしたいですし……
「っ!駄目!」
酒泉の言葉に咄嗟に大声で反応してしまう先生
目を丸くする酒泉を見てハッと冷静さを取り戻し、訂正するように首を横に振る
「あっ……ほ、ほら!酒泉には保護したアリウススクワッドの皆を護ってほしくてさ!」
────………ああ!そういう事ですか!確かにベアトリーチェが直接シャーレに乗り込んでくる可能性だって十分に考えられますもんね!
「でしょ?だから………お願いできる?」
────別に構いませんけど………因みに先生は?まさかとは思いますが、自らアリウス自治区に乗り込んでベアトリーチェと決着をつけてくる………なんてことはしませんよね?
「……?うん、そのつもりだけど………」
────前言撤回、アリウス自治区にはやっぱ俺が行きます
「……は?」
考える様子すらなく一瞬で判断を下す酒泉
彼の視線は何かを警戒しているように鋭く尖っていた
「……ど、どうして?もしかして私のことが信用できないの?」
────先生の事は信用してます、けど………万が一先生の身に何か起きたら、キヴォトス全体が混乱状態に陥る危険があります
「そ……それは大袈裟じゃないかな?キヴォトスの生徒は皆強いんだし、私が居なくても……」
────………大袈裟じゃないから必死なんですよ
「えっ……?」
────とにかく、アリウス自治区には俺が行きます。仮に俺の身に何かあったとしても先生さえ無事ならいくらでも状況を立て直せますから
「なにそれ……じゃあ、酒泉は自分がどうなってもいいって言うの……?」
────違います、先生より俺が行った方が被害が最小で済むって言ってるんです
「っ!被害がどうこうの問題じゃないよ!私は酒泉に傷ついてほしくないから止めてるのに……!」
────大丈夫ですよ………俺がそこそこ強いってこと、先生も知ってるでしょ?
「……じゃあ、なんで調印式の時に死にそうになったの?」
なかなか話を聞いてくれない酒泉に業を煮やし、思わず自分でもあまり触れないようにしていた事に触れてしまう先生
口元を震わせながらも、キッと酒泉を強く睨んで語気を強める
「酒泉が本当に強いなら………あんな事にはならなかったはずでしょ?」
────それは……確かにあの時は力不足でしたけど……
「〝あの時〟だけじゃないよ………酒泉の身体が私と同じように脆い肉体である限り、死の危険性は常に付きまとうんだよ?」
────………つまり、俺では力不足ってことですか?
「………別に〝絶対に無茶するな〟なんて事は言わないよ?でも、それならせめて自分の実力でギリギリ解決できる範囲の〝無茶〟にして?」
何か言いたげな酒泉の顔を見ようともせず、先生は椅子から立ち上がる
「とにかく……今後は私の許可なく勝手な行動しないでね?そして何かする時は逐一私に報告する事……いい?」
────……でも、先生に報告する時間がない時は?
「………それでも私からの連絡を待って」
先生は会議室の扉を開けると、背中を向けたまま背後の酒泉に警告する
「今からアリウススクワッドを探しに行く準備をするけど………酒泉は絶対にシャーレから動いちゃ駄目だからね?分かった?」
────………考えておきます
「…………」
────……分かりました
「……じゃあ、行ってくるね」
──────────
────────
──────
「はぁ~………」
外に出るついでにエンジェル24で買ってきた缶コーヒーを握りしめ、深く溜め息を吐いてから一気に飲み干す
やった、やってしまった、完全にやらかした
「絶対に……嫌われちゃったよね……」
いくら酒泉を止めたいからってアレは流石に言い過ぎだ
何が〝自分の実力を考えろ〟だ、今まで何度も助けられてきた癖に
何が〝無茶をするな〟だ、それのお陰で調印式の時に救われた癖に
「でも……アレ以外に止める方法なんて……」
酒泉は何度説得しても全く聞き入れてくれなかった
〝貴方が心配だから〟と伝えれば逆に私の方が心配だからと結局一人で無茶をしようとする
ならどうすれば良かった?
〝私のことは気にしないで〟って伝える?それで納得してくれるならこんなに悩んだりはしない
さっきよりも更に強く拒絶する?………無理だ、さっきの口論さえ辛かったのに大切な生徒にそんなことはできない
………大切な生徒、か
「そういえば………あそこまで感情を剥き出しにしてぶつかり合った生徒は酒泉が初めてだなぁ……」
他の生徒が相手ならあそこまで酷く取り乱すことなく感情を抑えられるはずなのに………なんで今日に限ってあんな酷いこと言っちゃったんだろう
知らず知らずの内に仕事のストレスが溜まってた?偶々機嫌が悪かっただけ?
………どちらにせよ酒泉を傷つけるような事を言ってもいい言い訳にはならないけど
「はぁ………」
本日何度目になるか分からない溜め息を吐く
けど、仕方ないじゃん………生徒にあんな酷いこと言っちゃったんだもん
「うぅ……今すぐ戻って謝らないと……」
そうだ、そうしよう
このままじゃ駄目だ、ちゃんと話し合わないと───
「……あれ?謝ったとしても酒泉を説得できないと結局意味なくない?」
……そうだ、謝罪の言葉だけじゃなく説得の言葉も考えないと
でも、なんて言えばいいの?さっきも言ったように自分の本心は全て話した
酒泉が心配なことも酒泉に傷ついてほしくないことも全部全部話した
それでも駄目だったからこんな事になってしまった
「はぁ………」
どうしよう、解決策が何も思いつかない………
………悩んでいてもしょうがないか、こうしてウジウジしている間にも時間は過ぎていくのだから
まずはなんとかアリウススクワッドと合流して残りのメンバーを全員保護する!次にベアトリーチェって人と決着をつける!
そして全て解決したら時間をたっぷり使って二人っきりでゆっくり話し合おう!
お互いに納得………とまでは行かなくとも妥協点を見つけられるまで何度も話し合おう!
「……よし!帰ったら絶対に酒泉と仲直りするぞ!」