vanitas vanitatum, et omnia vanitas
全ては虚しい……その教えは正しかったのだろう
マダムに与えられた任務は失敗し、アツコを失い、他の仲間ともバラバラになり、ついには私の命すら終えようとしている
………結局、何も残らなかったな
いや、何も残そうとしなかったというのが正しいか
アズサのように暴力や恐怖に抗うこともしようとせず、私は最初から〝この世界に希望は無い〟と決めつけてマダムの都合の良い道具に徹した
平和を壊し、他者を害し、次々と罪を重ねていき、そして────自ら地獄へと進み続けた
………それだけならまだ良かった
私一人が地獄に堕ちるだけなら何の心残りもなく素直に生を諦めることができた
だが、私は仲間を………大切な家族達を巻き込んでしまった
私がやっていた事など家族を導くフリをして地獄へ案内していただけだ
敵味方問わず周囲の者達を全員不幸にする存在
〝疫病神〟………それがそんな私に相応しい名だろう
「錠前サオリ……言っておくが逃げ出そうとは考えるなよ」
「例え逃げたとしても貴様には居場所など無いのだからな」
「…………分かっているさ」
周囲の兵士達の言葉に力無く答える
もはや抵抗する体力も喋る気力も残っていない
アツコがどうなったのかもミサキやヒヨリが逃げ切れたのかも分からない
………これも自業自得、か
一体どこで間違ってしまったのだろうか
もっと私が強ければよかったのか?アズサと共にアリウスの教えに抗えばよかったのか?外の世界の大人を信じて頼ればよかったのか?
………今更そんな事を考えても意味が無いか、全ては手遅れなのだから
…………あり得ない事だとはわかっている。それでも、もし………
もしこんな私にも救いの手が伸ばされるのだとしたら、今度は家族を不幸にする〝疫病神〟ではなくただの一家族の〝姉〟として
「……せめて……皆を幸せに────」
─────ほら、さっさと行くぞ………安心しろ、秤アツコならシャーレで待ってるからよ
「追っ手が来る前に全力で走るよ」
「ま、また全力疾走するんですか……?ちょ、ちょっとだけ休憩を……」
「………置いていくよ」
「じょ、冗談です!冗談ですからぁ!」
「ぁ……ぇ……?」
さっきまで私を囲んでいた見張りの兵士達が全員倒れている
代わりに目の前に立つのは二人の少女と一人の少年
少女の方────ヒヨリとミサキは私のことを助けに来てくれたのだと理解できた
………だが、そんな二人の前に立つ少年がここに居る理由は全く思いつかなかった
本来なら彼は今すぐ私を殺そうとしてもおかしくない立場だった
感情に身を任せて私に憎しみや怒りをぶつけたとしてもそれらが全て正当化される………それほどまでに彼は〝被害者〟だ
そんな彼がどうして私の家族と共に行動しているのか、今の私の衰弱しきった精神状態ではその答えを導き出すことはできなかった
………でも、これだけはハッキリと理解できた
私が求めていた希望は
私が心のどこかで待ち望んでいた救いの手は
─────なにボサッとしてるんだよ………早くこんな腐った環境から抜け出すぞ!ほら!手ぇ貸してやるから!
かつて私が殺そうとした男の手だった
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………あっぶねええええええ!!!間に合ってよかったあああああ!!!
あっ……どうも、ベアトリーチェの下に送られる前に何とかカタコンベ内で錠前さんを救出できた折川酒泉です
現在、自分達はカタコンベから結構離れた場所の路地裏でちょっとだけ休憩しています
既に人の住んでいない施設、そこら中に散らばる建物の残骸、身を潜めるには最適だ
「あ、あの……」
おん?どうした?槌永さん
「リーダー……寝ちゃいました……」
ちょっと目線を横にずらせば目を閉じてぐっすりしている錠前さんの姿
困ったな………一応、念には念を入れてもう少しだけ移動しようと思ってたんだけど
「………まあ、仕方無いんじゃない?周りに味方がいない状況でずっと一人で戦ってたんだろうし」
それもそうか………元々の狙いだった秤さんが先に俺に確保された以上、サブプランの錠前さんに狙いを変更するのは当然だな
でも、このままここでお休みなさいする訳にもいかない
少々心苦しいが、あと少しだけ休憩させたら錠前さんを無理やり起こしてさっさと移動しよう
つー訳で三十分くらい建物の外で見張りやってくるから……何かあったら呼んでくれ
「えっ?酒泉さんは休まないんですか?」
俺はアンタらと違って何日も鬼ごっこしてた訳じゃないからな………怪我やその痛みはあっても体力ならそこそこ残っているさ
「……いいよ、見張りなら私がやるからさ」
戒野さんがそう言って俺と交代しようとしてくるが、俺としては錠前さんだけじゃなく戒野さんや槌永さんにもちょっとでも多く休憩しててほしい
錠前さん程ではないものの、二人の体力も結構限界が近づいているのが見て分かる
……という訳で戒野さんもここでゆっくりしてください
錠前さんだって起きた時に気心の知れた人が近くに居た方が安心できるでしょうし、何よりこの中だと俺の〝眼〟が一番見張りに向いているんで
「……分かった、じゃあお願いする」
スッと目を閉じている錠前さんの隣に腰かける戒野さん
よし、俺もそろそろ────ん?
なんだ……?誰か俺の腕を掴んだぞ……?まだ何か話でも?
「……いや、私達じゃないよ」
「……サ、サオリ姉さん……です……」
……え?もう起きたの?
そんな事を思いながら再び錠前さんに目線を戻すが、相変わらず本人は寝たままだ
なんだ……無意識の行動か……
とりあえず腕を離してもらって……はな……して……!
離して……!もらって……!
「ビ、ビクともしませんね……」
「実は起きて………ないね」
はーなーせーよー!このっ……力強っ……!
くそっ!ガッチリと腕を掴んでやがる!なんだ!?俺のことを敵か何かと勘違いしてんのか!?ちょっとずつ腕が痛くなってきたんだが!?
ええい!離れろ!
「嫌……だ……」
うおおおおおっ!?引き剥がそうとすればするほど力が強くなるぞっ!?
このままだと腕を折られる……!?
「やっと掴んだんだ……二度と……離さ……ない……」
離さないだぁ!?一体どんな夢を見てやがんだ!?スピードタイプの敵を捕らえた時の夢か!?
よくあるバトル物のスピードキャラ対パワーキャラの戦いの夢か!?
「……やっぱり見張りは私が行くから、酒泉はサオリ姉さんの方をお願い」
「で、では……私も失礼しますね……えへへ」
そそくさと離れていく二人
明らかに面倒事避けただろ、何とかしろよアンタらの姉ちゃんだろ
「アツ……コ……」
アツコじゃないです酒泉です
「ヒヨリ……ミサキ……」
その二人でもないです
「……アズ、サ……」
……あん?
「今度こそ……皆で……」
……ま、まあ?どうせあと少ししたら起こすし?無理やり離れようとしたら腕が折れるかもしれないし?
今回だけは大人しくしてやっても構わないけど?別にこの人の為とかじゃなく全部自分の為だし?うん?
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あの後の話をしよう、まず俺達は錠前さんを起こして路地裏を出た
目的地は当然シャーレ、周囲を警戒して歩きながらそこで秤さんが待っていることを錠前さんに伝えた
説明中に〝なぜ私達を助けた〟とか〝私達に恨みはないのか〟とか色々聞かれたりしたけど、とりあえず全部〝俺の目的の為〟って答えておいた
これは本当の事だし、別に錠前さんに気を遣っている訳でもない
………あっ、でもさっき腕をガッチリ掴まれたせいで痕が残ったことはちょっとだけ恨んだ
その事を伝えると本人は気まずそう………というよりも恥ずかしそうに謝罪してきた
……話を戻そう、とりあえず道中でアリウスに襲われることはなかった
理由としては恐らく完全に見失ったか、もしくは俺達が人目のつく場所………トリニティ付近まで移動したからだろう
周りのトリニティ生に視線(主にアリウススクワッドに対して)を向けられながらシャーレに連絡した俺は大人しく先生や正義実現委員会の生徒達の到着を待った
到着するやいなや慌ただしく俺達を包囲する正実
副委員長である羽川さんの一言で全員落ち着くが、それでも彼女達の目はアリウススクワッドを警戒したままだ
……まあ、それも当然だけどな
少し前までトリニティを破壊しようとしたテロリストが自分達の目の前に居るんだし、その反応は何もおかしくない
だが、連絡した際に先生に根回しを頼んだお陰で何もしないよりは比較的マシな空気だったのではないだろうか
もし何の連絡もせずいきなり現れたらもっと殺気でピリピリしていただろう
そのまま羽川さんの指示の下、正実の生徒達に保護された俺達は本部の方で手当てを受けていると途中で先生と秤さん、そして二人の護衛をしてくれていたFOX小隊が到着した
それに続くようにティーパーティー……桐藤さんや百合園さんも到着し、その二人に後日事情を説明することを約束した
今日はもう遅いし俺やアリウススクワッドもヘトヘトだ、エデン条約絡みのことが全部終わったこの世界なら話し合いなんていくらでも出来るだろう
ベアトリーチェは色彩に接触できず、そのイベントが無かったから百合園さんが予知夢で色彩に触れてぶっ倒れることもなくなった
となれば聖園さんともゆっくり話し合う時間もあるだろうし、彼女が乱心しなければアリウススクワッドを襲うこともないだろう……………ないよね?
不知火さんは抑えた、尾刃さんやFOX小隊も脅されていない
となれば、俺の知る範囲だと後は…………パヴァーヌか
天童さんを助ければ問題無し、色彩が来なければウトナピシュティムに乗る必要もないし天童さんの中に居るケイも無事だ
パヴァーヌが終わった後で天童さんとケイが二人でじっくり話し合っていけば和解だってできるかもしれない
1000%風に言うなら〝これから仲良くなればいい〟ってことだ
………出来れば調月さんのこともなんとかしてあげたいな
一人だけ失踪して終わりじゃ調月さん自身も飛鳥馬さんも可哀想だろ
まあ、とにかくこの一件で大体のバッドエンドは回避できただろう………多分
後は今考えた通りパヴァーヌをどうするか考えてそれを実行するだけだ
………あと少しだけ頑張れば良いだけだ、うん
でも、その前に………
先生に謝らないとなぁ………
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「…………」
「……ユウカ?どうしたの?」
「……はっ!?い、いえ……何でもないです……」
「そう?無理してない?」
「ほ、本当に大丈夫ですから!」
「なら良いけど………あっ、酒泉、その書類多分私が直接やらないといけないやつだから」
はい……お願いします……
「……しゅ、酒泉君?その───」
先に言っておきますけど、俺だってこの状況の説明できませんよ?
頭の中で常にクエスチョンマークが浮いているんですから
「────あっはい」
「ふぅ………仕事も切りの良いところまで進んだし、一旦休憩にしよっか?」
了解です………さて、喉も渇いてきたしとりあえず何か────
「どこ行くの?」
────エンジェル24にジュース買いに行くだけですだから睨まないでくださいお願いします
「……私も一緒に買いに行こっかな、ユウカは何か欲しいのある?奢るよ?」
「い、いえ……私は別に……」
えっ?買い物なら俺が全部纏めて………
「………………私が居ると何か困ることでもあるの?」
いや、そんな事はないですけど………
「……じゃあ、別に問題ないよね?」
「………あの、先生?ここらでさっきからずっと気になってた事をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」
「……?何?」
「どうして………」
「どうして酒泉君の椅子が先生の隣に置いてあるんですか……?」
「………?この方が見張りやすいからだけど?」
仕事中の行動は先生同伴
会う度に毎回チェックされる身体の傷
休日でも定期的に送られてくる〝何か危険なことに首を突っ込んでない?〟のモモトーク
……そして一人で移動しようとする度に向けられる疑いの眼差し
どうしてこうなった?