「おはよう、酒泉………今日も仕事始めよっか」
「酒泉?酒泉の椅子はこっちだよ?」
「え?今日はゲヘナ側の用事でシャーレに来るのが遅くなるって?なら私もゲヘナに行くよ」
「おはよー……今日はトリニティに出張だけど、酒泉も一緒に来てね?」
「もうこんな時間か………今日はこれまでにしよっか、家まで送るから待っててね」
「酒泉?どこに行くの?エンジェル24?………私も行くよ、買いたい物あるし」
「おはよ、今日も怪我が無いか確認するよ………ほら、服を脱いで?」
「たった今、他校の生徒同士で乱闘騒ぎが起きたらしいから仲裁してくるけど………酒泉は絶対に来ちゃ駄目だよ?ここで残っててね?」
「おやすみなさい、酒泉」
「酒泉?」
「しゅせーん」
「酒泉!」
「酒泉………」
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「しゅ……酒泉君?大丈夫?なんか顔色悪いけど……」
ははは……大丈夫ですよ愛清さん、ちょっと疲れてるだけなんで……
「ちょっとには見えないけど……」
〝心配ご無用〟と答えながら昼食の乗ったトレーを受け取り、そのまま食堂の空いてる席へ座る
だし巻き卵をパクっと食べると口の中に丁度良い濃さの出汁の味が広がる
味噌汁やきんぴらも最高、ポツンと端っこに置かれてる沢庵も良い味を出してる
………よくさ、コンビニでおにぎりの弁当を買うと沢庵も一緒に入ってること多いじゃん?
あの沢庵ってめちゃくちゃ旨くね?人類で最初におにぎりとの組み合わせ考えた人って天才じゃね?
え?〝だからなんだ〟って?うるせぇ!こんな事でも考えてないと精神が保たないんだよ!
なんて考えていると早速先生からモモトークが届きました
『この後シャーレで仕事だけど……また勝手に変な所行ってないよね?』
〝また〟という言葉に引っ掛かるが、とりあえず〝ゲヘナの食堂に居ます〟とだけ送っておく
さて、食事を再開────『一応、食堂の写真送ってくれる?』────一瞬で返信がきた
とりあえず食堂全体と食事の乗ったトレーの写真を撮ってモモトークに貼り付ける
これで先生も信じて────『ありがとう、今日も私から迎えに行くからそこで待ってて』────うーん、幼児扱いされてらっしゃる?
………アリウススクワッドを救出したあの日から、先生は過保護になってしまった
俺の仕事場は先生が常に監視しやすいようにという理由で先生の隣にされ
仕事中、俺がちょっと席を立っただけで〝何処に行くの?〟と腕を掴まれ
外の自販機でジュースを買おうとしただけで〝私も一緒に行くよ〟と後ろをついてくる
休日もちょくちょく〝今、何してるの?〟と此方の行動を監視するかのようにモモトークが送られてくる
特に戦闘を行った訳でもないのに傷を負ってないかと身体をチェックされることだってある………その度に火傷痕と銃創を撫でてくるのは止めてほしい、くすぐったいから
………まあ、先生が生徒の心配をするのは当然だけどさ……流石に過剰すぎないか?
それとも描写されてないだけで原作でもこんなもんだったのかな?………いや、早瀬さんも距離感に疑問を感じてたしそれはないな
ここ数週間で心配を掛けすぎたせいか?だとしたら悪いのは100%俺だな
でも、それに関しては許してほしい………だって全てはバッドエンドを避ける為なのだから
先生と生徒の繋がりは強固なものだ、多くの生徒達から信頼的な意味でも恋愛的な意味でも慕われている先生に何かあれば、その多くの繋がりが崩壊し、キヴォトスに大きな影響を及ぼすだろう
一部の生徒は先生を失った事や先生を護れなかった事への絶望に折られ、一部の生徒は怒りや憎しみに支配され、最悪の場合…………先生自身もプレナパテスと化すかもしれない
勿論、キヴォトスの為だけじゃなくて俺個人の思いとしても先生には傷ついてほしくない
だからこそなるべく先生を巻き込まないように立ち回っているのだから
………先生さえ生きていればこの先の困難はどうとでもなる
俺が死んだとしてもあの人なら生徒を導いて脅威を打ち砕いてくれるだろう
あの人が………あの人さえ居ればキヴォトスはハッピーエンドに─────
『今から行くねー』
────そんなシリアスな事を考えていると先生からモモトークが届いた
やっべ………断るの忘れてた
……まあ、どうせ断っても無視されるだろうし、大人しく待っておこう
この後もガン見されながら仕事をしなければならない事に軽く鬱になり掛けながらも食事を口に運ぶ
はぁ……マジで旨い……旨いのにつらい……
「………ごめんなさい、ここ座っても良い?他の席が空いてなくて……」
どうぞー……
「そう、ありがとう」
目の前の少女と同じように他の席を見渡すと、どこもかしこも生徒が座っていた
なんで俺の所だけ………ああ、こんな憂鬱オーラを放っていたから誰も寄り付かなかっただけか
「随分と元気がないみたいだけど………大丈夫?」
はい、多分大丈夫です……
「……本当に?遠目から見ても一瞬で分かるぐらい疲れてそうだったけど?」
そんなこと言ったら空崎さんだって疲れて────ん?空崎さん?
「……?」
自分の口から出た名前に違和感を抱いて視線を上げる
そこに居たのは黒いひび割れの角を生やした小柄な身体で白い長髪の少女………ゲヘナ学園の風紀委員長
不覚……!まさか俺がこの人の声に反応できないなんて……!
疲れているとはいえ、何が〝推し〟だ!
「………まさか、気づいてなかったの?」
心の中で己の力不足を悔いていると空崎さんにジト目で睨まれる、かわいい
………じゃなくて!本当にすいませんでした!
「気にしなくていい、それだけ疲れてたんでしょう?」
まあ、確かにそうなんですけど………でも精神的な疲労の方が大きいんで身体は大丈夫っすよ
「〝病は気から〟とも言うし、油断したら駄目よ?」
此方を心配そうに見つめてくる……が、俺としては空崎さんの方が心配だ
だって────目の下にめっちゃ濃い隈が出来てるんだもん………
………空崎さんの方こそ大丈夫ですか?精神的にも肉体的にも疲れてそうですけど
「私は………大丈夫」
いや、明らかに俺より疲れてそうなんですけど………まさか、万魔殿のタヌキ共になんかされたんですか!?
「ううん、酒泉がシャーレとして注意してくれたお陰で彼女達にちょっかいを掛けられる事は減ったから………それでも仕事を押し付けられることはまだあるけど」
面倒そうに溜め息を吐く空崎さん
あのクソボケアホカスゴミタヌキ……!一度痛い目に遭わせる必要がありそうだなぁ……!?
「とりあえず私のことは気にしないで、隈を作るのは慣れっこだし、それに………あと少し頑張ったら休めるから」
悲しいことを言いながら目を伏せる
休める……休暇でも取れたんですか?珍しいですね?
「うん、というよりも………風紀委員長を辞めるつもりだから………」
ああー……だから〝あと少し頑張ったら〟って─────はい?辞める?
「……………あっ」
しまった、という表情と共に箸を持とうとした手を止める空崎さん
目を少し泳がせた後、ポツリと呟いた
「……………というのは冗談」
いや、絶対本気ですよね
「…………風紀委員の皆にしか言ってないから、酒泉も他の人達には言わないでね?」
空崎さんはシーっと人差し指で口を塞ぐ動作をする
普段なら推しの可愛い姿を見ることができて嬉しいと思えるが、彼女の表情は諦めや疲れを帯びていて素直に喜ぶことができない
………どうして辞めちゃうんですか?
「……限界が来たから、かな」
……限界?
「さっきも言ったように万魔殿に仕事を押し付けられてるのもあるけど、それ以外にも美食研究会は食堂で暴れるし温泉開発部は所構わず爆破してくるし便利屋はゲヘナ以外でも問題を起こすし…………その事件処理も全部風紀委員会に回されてくる」
「私だって誰かに甘えたり誰かとじゃれあいたかった、泣き言だって言いたかった、それを押し殺して必死に働いてきたのに………最後までそんな日は来なかった」
「エデン条約が結ばれたら少しは治安維持も楽になると思ってたけど、別にそんな事は無かったし……終わりの見えない仕事に疲れちゃって……」
………こうして話を聞くと改めてゲヘナの治安終わってんなーって感じるな
………もしかしたら俺は判断を間違ったのかもしれん
俺がシャーレの補佐として働くことを決意したのはこの世界をバッドエンドにさせない為………その中には〝推し〟である空崎さんに幸せになってもらう為っていうのも理由に入っていた
シャーレでなら広い範囲で事件に関われるし、一部の組織に属するよりも多くの情報が手に入る
それらのメリットを活かして少しでも不安要素を何とかしようと走り回ってきた、でも………
………空崎さんに幸せになってほしいってんなら、広く広く活動するより風紀委員に所属して近くで支えた方が良かったかもしれない
「………こんな愚痴を聞かされても面白くも何ともないよね」
自己反省していると空崎さんが顔を伏せたまま謝罪してくる
俺が黙り込んでしまったせいで勘違いしてしまったのだろう
「酒泉はエデン条約の時に私達を助けてくれたり、それ以外でもシャーレとして事件解決を手伝ってくれたっていうのに…………酒泉の努力を無駄にするような判断をしてしまってごめんなさい」
「でも、私は……もう……」
………そうか、空崎さんはずっと本心を抱えたままだったのか
俺がでしゃばったせいで空崎さんが先生に弱音を吐くイベントが発生せず、心身共に疲労したままこの日まで戦い続けてきたのか
………よし、風紀委員は不安よな
酒泉、動きます…………今日は先生が迎えに来るから別の日だけど
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「ふーっ……ふーっ……!おのれ折川酒泉んんんんんんんんん!!!」
「うるさっ………まだ怒ってるんですかマコト先輩、そろそろ落ち着いたらどうです?」
「ふざけるな……なぜ私が奴の言うことを聞かねばならんのだ!」
「そんなこと言われましても………アリウススクワッドが彼に抱え込まれてしまった以上、マコト先輩がアリウスと繋がっていた証拠を握られたも同然ですし………下手に逆らうとトリニティに懐を晒すことになりますよ?」
「私が調印式で狙っていたのはヒナだ!なぜ奴が出張ってくる!?」
「そもそも個人的な恨みで引き起こした戦いにシャーレ補佐である彼を巻き込んだ時点でアウトでしょ………むしろよく今まで我々の首を切りにきませんでしたよね、見逃されていたのでしょうか」
「ええい!こうなったら開き直って───」
「……それ、本気です?〝私は個人的な恨みで風紀委員会やシャーレを巻き込み、更にはトリニティにも危害を加えました〟ってハッキリと宣言するつもりですか?そんなことして各方面から恨みを買ってそれにイブキが巻き込まれたらどう責任を取るつもりですか?」
「ぐぅ……!」
「………あ、連絡が来ました。〝温泉開発部が校外で暴れてる〟ですって」
「ええい!さっさと虎丸を出せぇ!」
「はーい、じゃあマコト先輩はこの書類全部お願いしますね」
「……こ、この束を全てか?」
「そうです、今まで風紀委員に押し付けてきた分ですよ………じゃ、行ってきまーす」
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「………〝風紀委員会に入りたい〟?」
仕事をしていた手が止まり、先生のペンが床にポトッと落ちる
目を丸くして俺の顔を見てくるが、咳払いと共にすぐに気を取り直す
「えっと……それはどうして?もしかして………シャーレに不満でもあった?そ、それなら私がなんとか改善するから、だから考え直して────」
いや、メインの活動はシャーレ中心です
風紀委員での仕事はあくまでシャーレの仕事が無い時だけです
「────あっ、そういうことね………一応聞くけど、私の目が鬱陶しくなったとかじゃ……」
ないです
「そ、そっか!それなら良かったよ……うん……」
先生は安心したように頷くと、次に首を傾げる
「でも……なんでいきなりそんな話を?」
えっと……すいません、理由は誰にも言えないんですよ……そういう約束なんで
でも、今回は危険なことに首を突っ込む訳じゃないです
「風紀委員会に入るってことは暴れる子達を止める為に戦闘に参加することだってあるんでしょ?」
そうですけど……でも、アリウスの時と違って本気の殺し合いって訳じゃないんで……
「相手側にその気が無くても酒泉の身体だと強制的に〝殺し合い〟になるでしょ?」
咎めるように睨まれるが、俺としてはもうちょっと俺の実力を信じてほしい
確かに格上には勝てないだろうけど、そこらの不良相手ならば何人に囲まれようと余裕で突破できるし、最低でも致命傷にならないように自衛することだってできる
タイマンでの戦いなら便利屋の社長や美食テロリストのリーダーにだって勝つ自信がある
……どうしよう、事情を説明したら許してくれるかな?
でも、本人には〝私が風紀委員長を辞めることは誰にも言わないでね〟って口止めされてるし………〝空崎さんを支えたいんです〟とだけ先生に伝えようかな?
「………まあ、日頃からお世話になってる酒泉の頼みを断るのも忍びないし………私からの条件を呑めるなら別に風紀委員会に入っても構わないよ?」
おっ!?本当ですか!?
「条件その1、戦闘には参加しないこと」
……………
「はいアウト」
書類選考落ちしました