突然だが………自分の好きな作品の世界に自分が転生したとして、皆は何をしたい?
強くなって無双したい?原作知識を使って儲けたい?前世と同じように普通に暮らしたい?それとも………推しを幸せにしたい?
俺は勿論最後を選ぶ、その為にゲヘナにきてその為に風紀委員会に入ったのだから
……とはいえ、孤児院を抜け出した俺をゲヘナの人が拾ってくれたりと大分運が絡んでいる気もするが
それでも推しを幸せにしたいという気持ちに嘘はない
………そんな俺が、世界を救う船に乗っている
推しには幸せになってほしい、そんな妄想を現実に変えるチャンスを手に入れただけの一プレイヤーがまさかここまで来るとは
まあ、キヴォトスを救う=推しを救うにも繋がるし、そういった意味では当初から目的は変わっていないのだろう
「……酒泉、あれがアトラ・ハシース?」
遠方の敵拠点を見つめながら質問してきたのはそんな俺の〝推し〟である空崎さん
……でも、今はただの〝推し〟ってだけじゃない
何度も俺を助けてくれて、何度も俺を支えてくれて、こんな危険な場所にまでついてきてくれた
俺の上司で、俺の仲間で、俺の大切な人で
俺の────俺の大好きな人だ
────……はい、恐らくは
「そっか、私達は今からあれに乗り込むんだね」
少し遅れてから空崎さんに返事をする
……最初は空崎ヒナという〝キャラクター〟の為、今は空崎ヒナという〝人間〟の為に戦っている
このキヴォトスの生徒達は生きている
設定されたストーリーの中で設定された台詞を発している訳ではない
自分で考え、自分で行動し、自分で喋っている
確かにそこには命が存在しているんだ
………そんな命が、色彩に塗り潰されようとしている
そんなことはさせない、させる訳にはいかない
だって、地上には………俺達の下には、多くの者達が勝利を信じて待ってくれているのだから
「多次元解釈システムにエラー発生!ウトナピシュティムの状態が……箱舟と一致しません!」
「どういうこと!?システムの故障!?」
そんな決意を固めていると、オペレーター側から焦ったような声が聞こえてくる
多次元解釈……文字通り複数の次元によって成り立つ空間
〝俺はA世界に居るからB世界のお前らの攻撃は効かないぜー!ばーかばーか!〟………かなり大雑把に説明するとこんな感じだ
「いえ、値が変わったのはアトラ・ハシースの箱舟の方です」
「そんな……向こうからずらしてくるなんて……」
「……多次元解析を凌駕する計算など造作もない、と……?」
「落ち着きなさい……〝敵が予測を越える〟という予測自体、最初からしていたはずよ」
アトラ・ハシースの全体を覆うように黒い膜が広がっていく
出やがったな……インチキバリア
此方もアトラハシースと同じ〝A世界〟に存在する状態になったのだが、直前で相手が〝C世界〟に逃げやがった………てところだ
オペレーターの人達も最初は慌てていたが、意外と早く冷静になった
元々情報処理能力が優秀な人達だが、今回の作戦で起こり得る事故を事前に会議で話し合っていたお陰でもあるのだろう
「戦艦のスピードを落として、連動しなくなってしまった状態でバリアに衝突すれば私達は未知の次元に取り込まれるか……そのまま粉々になるわ」
「す、既に落としています!ですが、それでも衝突は避けられません!」
「衝突までの時間が稼げればそれでいいわ……ヒマリ、エンジニア部への連絡は?」
「貴女に言われなくてもアトラ・ハシースが見えてきた時点で既に送ってますよ」
若干刺のある言い方で調月さんに返事をする明星さん
……今頃、エンジニア部からGOサインを出された彼女達が準備を始めているはずだ
俺達はそれが実行されるのを待っているしかない
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「アリス達の出番です!」
(……漸くですか)
色彩の手から奪還した要塞都市エリドゥ、その中央のタワーに巨大な機械のパーツが浮いている
アリスとケイ、2人の持つ力は奇しくも敵拠点と同じく〝アトラ・ハシース〟の名を持つ物
同一の力……それもコピーではなくオリジナルならば問答無用で敵に干渉できる、となれば必要なのは火力だけ
そんな大火力兵器を創造する為に必要なリソースも全て敵の巨大なガラクタから既に奪い取った後
『2人とも聞こえているかい?いよいよ君達の力の出番だ』
「ウタハ先輩!アリス、いつでも発射できます!」
『まあ、待ちたまえ。スーパーノヴァを放つ際の高さ、タイミング、角度、それらを全て敵の位置情報と合わせて送るからまだ撃たないでくれ』
そんな通信と共にアリスの背後の空中ディスプレイにデータが送信される
【データの転送を開始します】
アリスの目が赤く染まり人格が切り替わる
数秒間無言で待機した後、その手を空に翳した
【………転送完了、全データの内容を把握しました】
『流石はケイ、仕事が早いね』
【この程度、数秒あれば十分です】
素っ気なく、しかしどこか得意そうに答えるケイ
彼女は己の役目を果たそうと両手を広げ────
「よいしょー!」
突如、タワーの頂上に大きな声が響く
【……ゲーム開発部?】
「ま、まだスーパーノヴァ撃ってないよね?ケイちゃん……」
「はぁ……はぁ……流石にこの量は疲れたなぁ……」
「……お姉ちゃん、これ本当に使えるの?」
巨大な荷台を引きながらやってきた少女達
アリスとケイがその荷台に視線を移すと、そこには大量の機械が乗せられていた
「あれ?皆さんどうしてこんな所に?」
「いやぁ……本当はアリス達に付きっきりで護衛するつもりだったんだけどさ、ちょっと思い付いたことがあってエリドゥから離れてたんだ」
「あ、お姉ちゃんがいない間は私とユズちゃんが残ってたし心配しないで」
ガチャガチャと音を立てながら大量の機械を触るモモイ
パソコン、ゲーム機、USBメモリ等、様々な種類の物が入っていた
【……それは?】
「詳しい原理とかは知らないけどアリスとケイってデータを直接リソースに変えられるんでしょ?だったらこういうのも使えるんじゃないかなーって思って!」
「お姉ちゃんってば〝ミレニアムの生徒達から使わない機械いっぱい集めてくる!〟って飛び出していっちゃって……」
「ぜ、全然話を聞いてくれなかったんだよね……」
目を輝かせながらケイに近づくモモイ
しかし、彼女に返ってきたのは残酷な言葉だった
【モモイ、確かに私の能力なら貴女が持ってきた機械類からもリソースを確保することができます。しかし………それらから得られるのは私達が色彩の手先から回収したリソースに比べると非常に微量なものです】
「……え?」
【分かりやすく例えるなら………巨大な貯水タンクにペットボトルの水を1杯足しただけ、といったところでしょうか】
「………」
ピシリと石のように固まり、そのまま一言も発さなくなるモモイ
ミドリとユズは何か慰めの言葉を掛けようとして……特に何も思い浮かばなかった
【……まあ、私達の為に己の両足を酷使してでも役立とうとしたその忠誠心だけは褒めてあげましょう】
「なんか全く褒められてる気がしないんだけど……」
珍しくモモイを気遣ったケイが褒めてくれた……が、褒める方向性が少々ずれていた
しかし、直後にケイの瞳が青に変化し、無表情から満面の笑みに切り替わる
「そんなことないです!アリス、こういうのは仲間との友情パワーでパワーアップする展開だって様々なゲームで学びました!」
「うぅ……アリスゥ……」
「例えモモイの持ってきたデータが私達の集めたリソースに比べて絞りカスであまり役に立たなかったとしても、それにはモモイの気持ちが込められていますから!」
「ケイの言葉の方が優しいってちょっとおかしくない?」
『あー……楽しそうにトークしてるところ悪いけど、そろそろお願いするよ』
「分かりました!アリス、全力全開でいきます!」
両手を空に向け、起動の言葉を呟く
【プロトコルATRAHASIS稼働、コード名〝アトラ・ハシースの箱舟〟起動プロセスを開始します】
【王女は鍵を手に入れ、箱舟は用意された】
「名もなき神々の王女、AL-1Sが承認します!ここに、新たな聖域が舞い降りん────!」
巨大なパーツが動き始め、それぞれの接合部が繋がれていく
青白く光を発し、バチバチと火花が散る
「これが……あの時エリドゥで使おうとしていたアリスちゃん達の力……」
「浮いているのは大きいスーパーノヴァ……?でも、ちょっと形が違うような……」
「うおー!アリス、ケイ!がんばれー!」
巨大なスーパーノヴァの上部にナイフのような鋭利な物が生み出され、そのままスーパーノヴァと接着する
更に左右から紺色のカバーの様な物が出現し、先程まで周囲に散っていた火花ごとスーパーノヴァを覆う
「……あれ?スーパーノヴァにあんなパーツあったっけ?」
「いや、無いはず……だけど……」
「…………うーん」
「どうしたの?お姉ちゃん」
「いや、あのナイフ……何処かで……」
『……ふふっ……まるで父親の影響を受けた子供みたいだね?』
トリガー部分の真上に一瞬だけ〝眼〟のような紋章が浮かび上がると、その位置にスコープが現れる
それを見て困惑しているゲーム開発部だが、ウタハだけは何かを察したように笑った
【……一応、これも使ってあげましょう】
「ん?……うわっ!?びっくりしたぁ!?」
モモイの持ってきた機械が大きく揺れ動き、その中から透明な何かが飛び出てくる
その透明な何かに色がつき、赤と黒の輪のような物が生み出される
その輪を銃身に巻き付けると、ケイはどこか満足そうに頷いた
「あ、あれも何処かで見たような……」
「私も……なんか思い出せそうな……」
「……あっ!?ねえケイ!あれって風紀委員の腕に────」
【生成完了】
モモイの言葉を遮り両手を下ろすケイ
その瞳が再び青に戻ると、アリスは自信満々に叫んだ
「完成しました!これがアリス達の絆の力で作り上げた世界を救う新たなる剣!」
【空から見下ろしてくる忌々しい不届き者共を撃ち落とす為の長射程特化型兵器】
「その名も────」
「光の剣:アトラ・ハシースのスーパーノヴァ《With you》です!」
銃口と上部のナイフが光り出す
巨大スーパーノヴァの銃身が傾き、空に向けられる
【座標データ調整完了、ターゲット確認】
「出力上昇!」
【射角再調整、射線予測再調整、発射タイミング問題無し】
「魔力充電100%………いきます!」
【虚妄のサンクトゥムによって生み出されたデカグラマトン、再生個体のデータも含めて各2体分………リソースは十分です】
「悪を打ち砕く正義の一撃────」
周囲のエネルギーが一点に集中し、エリドゥ周辺の風が吹き荒れる
「アリスちゃん、ケイちゃん……が、頑張って!」
「このままぶち抜いちゃえ───ん?なんか懐が動いて……わ、私のゲーム機から何か飛び出てる!?もしかして私のゲームのセーブデータまで使うの!?また消されるの!?」
「まあ、今回はこんな所にゲームを持ち込んだお姉ちゃんが悪いってことで……」
「待って!止まって!それは一度消されたデータを120時間掛けてまた再現し直した物で────」
「────光よっ!!!」
「あ──────」
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「───っ!地上から超高濃度エネルギーの接近を確認!」
「エネルギーが箱舟に真っ直ぐ向かってる……!」
俺達の目の前の黒い膜は依然変わりなく展開され続けている
………数十秒、もしくは数分後、あのバリアにスーパーノヴァの一撃がぶつかる
「ビームの軌道を計算中!誤差は1.5%!……ですが、あの大きさが相手なら問題ありません!」
原作と違って地上から放った影響か、若干誤差が大きくなっているような気がしなくもないが……天雨さんの言う通りあのサイズのバリアが相手なら外すことはないだろう
「発射されたエネルギーはまもなく箱舟の中央に届きます!ですが───」
「……そうですね、果たして箱舟の多次元バリアを光の剣が貫通できるのでしょうか……」
……ウトナピシュティムのリソースを使えば確実に突破出来たであろう
だが、それは選びたくなかった、ケイさんには生きていてほしかったから
俺は全員で色彩に勝ちたいんだ、そこに1人でも欠けることはあっては………いや、プレナパテスが助からない時点でその条件は失敗しているのだろう
………本当にか?本当に助けられないのか?………無理だろうな、俺にその手の知識は存在しない
……それならせめて、これ以上犠牲が出ないように……これ以上プレナパテスが生徒を傷つけない為に、絶対にバリアを突破しなければならない
だから、頼む─────天童さん、ケイさん
「エネルギー反応、まもなく多次元バリアに直撃します!」
青い光が多次元バリアに激突する
その衝撃が船にまで伝わり大きな揺れを起こす
だが、誰1人目を逸らすことはなく、正面からバリアを睨み続ける
「お願い……アリスちゃん、ケイちゃん……!」
「後は彼女達を信じるしか────」
「何も心配する必要は無いわ、だってあの子達は……魔王で、勇者なんだから」
「……まさか貴女の口からそんな言葉を聞く日がくるとは……思ってもみませんでしたよ、リオ」
祈るように手を組む早瀬さんと明星さん
そんな2人に恐れることはないと調月さんが伝えると、明星さんが意外そうな瞳で見つめる
「……当然よ、あの子達の強さを直接見せつけられたのだから」
「そうですよねぇ!ぶ・ざ・ま!に敗北してましたもんねぇ!」
「そうね」
「むきいいいいい!!!何ですかその余裕そうな返しは!?」
「……?何を怒っているの?私はただ事実を受け入れただけよ?………もしかしてこの死と隣り合わせの状況に気が立っていたのかしら、だとしたら気を遣ってあげる事ができなくて申し訳なかったわ」
「そういうところが昔から────」
「2人とも大人しくしててください!」
「「はい」」
こんな状況でも相変わらずな2人だが、早瀬さんの一言で黙ってしまった
……さて、状況の方はあまりよろしくない
原作ではバリアに直撃してから割りと早めに破壊できていたような気がするが……やはりウトナピシュティムのリソースを使えていないから火力がギリギリなのだろう
「……お願いします、壊れてください」
奥空さんがポツリと呟く
その声に呼応するかの様に────バリアにヒビが入る
「───っ!バリアが……!」
「いえ!まだです!」
少しずつ、本当に少しずつヒビが広がっていく
それでも尚、バリアはビームを受け止め続けている
「いい加減しつこいですよ……!」
「……さっさと壊れてよ」
1人が言葉を発する度にビームが少しずつ押し込まれていく
ぱらぱらと削られたバリアの黒い破片が散り、そのまま空中で消滅していく
……頼む
「船のエンジンシステムに異常発生!これは……!」
「エネルギーが衝突した際の衝撃で内部が……!」
頼む
「これ以上はもう……!」
「まだよ!船を加速させるだけの動力が残っていればそれで十分よ!」
頼む
「────っ!ヒビが更に広がって……!」
「これは……壊れた、の?」
「やりました!バリアの破壊に────」
ビームの消失と同時にヒビが止まった
「……え?」
誰かの声が震える
バリアは健在、敵拠点は当然無傷
「そん…な……」
「失敗……したの……?」
「……っ!今すぐウトナピシュティムの速度を───」
浦和さんが言葉を言い切る前に船の後ろから何かが飛来してくる
大きく、鋭い、正体不明の何かが
それはヒビだらけのバリアに向かって一直線に飛んでいき、そして────中央に突き刺さった
「なっ……アレは……」
「……巨大なナイフ?」
「あれも……アリスちゃんが……?」
全員が唖然とする中、ピシリと何かが割れていく音が聞こえる
音の発生源は目の前のバリアから
「……リンちゃん」
「……ええ、分かっています────ウトナピシュティム、最大速力で突進します!」
それと同時だった───バリアが完全に砕け散ったのは
「い、今ですか!?」
「それで合ってる!敵に先手を打たれる前に突入しないと!」
「は、はい!分かりました!最大出力で───突進しますっ!」
この日一番の重力が全員の身に襲い掛かる
倒れそうになる先生をなんとか前に押し出して自分だけ床に頭を打ち付けそうになったところを────空崎さんの羽が大きく広がり、優しく受け止められる
「っ……助かったよ酒泉、ありがとう……ヒナも酒泉を助けてくれてありがとね」
「ううん……それで、怪我はない?」
────はい……ありがとうございます、空崎さん
「……大丈夫、私が何度でも受け止めてあげるから」
空崎さんはそう言って俺の背後に立ち、両羽を広げて俺を包んだ
………なんか、凄い安心するな
「バ、バリア衝突まで十秒前……!」
「う、うああああ!?だ、大丈夫なんだよね!?」
「今は多次元バリアが無力化された状態ですから、きっと大丈夫です……!」
「はい!バリアを突破し、このまま箱舟内部に侵入します!」
「しょ、衝撃来るよ!しっかり掴まって!」
大きく穴の空いたバリアが近づいてくる
「バリア突破!アヤネさん、緊急制御を!」
「はい!緊急制御シーケンス、稼働!」
「ウトナピシュティムの本船、逆推力装置を稼働!エンジンへの過負荷に注意して!」
「まもなく箱舟本体と衝突します!皆さん、更なる衝撃に備えてください!」
ギュッと強く拳を握りしめ、この後の戦いに備えて気合いを入れ直す
………そうしていると、その拳に両手が重ねられた
チラッと後ろを見てみると空崎さんがこんな状況でも微笑んでいた
此方も空崎さんに笑顔を返し、一瞬だけ見つめ合ってから再び前を向く
「は、箱舟の外壁と衝突!」
その数秒後だった、轟音と共に俺達の船が止まったのは
……漸く着いたぞ
アトラ・ハシースの箱舟