震える脚を無理やり前に進め、病院内に入る
ここはミレニアムの技術の恩恵を一番受けているであろう病院、治療に関してのレベルなら多くの施設の中でも上澄みの方だろう
先生が暫く歩いていると、目的の病室の前にたどり着いた
扉に手をかけて開けようとするが、その直前で脚同様に手も震えだす
彼女が恐れているのはこの扉の先で目撃することになるであろう光景、大切な生徒────折川酒泉の重体の姿
それでも立ち止まり続ける訳にもいかず、先生はついに扉を開いた
「……あぁ……」
やはり想像通り………いや、想像以上
四肢に巻かれている包帯
そこから見え隠れする新たな火傷
視線を移動させても必ず目に入ってくるほど身体に残った大量の傷痕
「うぁ……やだ……」
それは、調印式での出来事を想起させるには十分だった
目の前で何度も傷ついてきた少年、今では自分が居ない時でもキヴォトスの何処かで傷ついている
「もう、いやだ」
そんな少年を助けたくて自分の隣に縛りつけた先生
全てはこれ以上酒泉が傷つかない為に、全ては自分の手で酒泉を護る為に
だが、それは無意味だった
何度手を伸ばしても、何度引っ張り寄せても、折川酒泉という少年は彼女の手元を離れて自ら災難の中に走っていった
「………お願いします」
酒泉の腕に触れながら、ポツリと呟く
「お願いします、これ以上酒泉を傷つけないでください」
包帯巻きにされている腕をギュッと掴みながら、力なく項垂れる
微かに聞こえてくる呼吸音と近くの心電図モニターが、辛うじて酒泉が生きているであろうことを先生に伝える
「これ以上酒泉から何も奪わないでください」
誰に頼んでいるのかも分からず、彼女は独白し続ける
「これ以上、酒泉を苦しめないでください」
……〝先生〟という立場でありながら生徒の一人すら護れず、それどころか逆に護られる始末
手の届かない場所に居る彼の元にたどり着けないどころか、手の届く範囲でも救えなかった
「お願いします」
………そんな悲劇を繰り返した結果、〝先生や大人としての責任〟という彼女がキヴォトスに立ち続ける為の精神的支柱は少しずつ削られていった
「お願いします……おねがいします……これいじょう─────」
「わたしからしゅせんをうばわないでください」
彼女の心は既に限界だった
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「や」
────うっわ……ざけんな最悪だよ
「うーん、人の顔を見ていきなりその反応とか酷くないかな?」
目を開けると、目の前には俺をシャーレ補佐に指名してどっかに消えた妖怪青封筒………連邦生徒会長が居た
ちなみにシャーレ補佐に指名された時に届いた封筒も青色だった、人生で一番の恐怖を感じた
「……で?どうだった?ケイちゃんに自分も感情があることを自覚させる実験の方は」
────いやマジで辛いっすわ、一緒にゲーセン行っても対戦ゲームばかり挑んでくるし食事だって俺が注文したのを勝手にパクって食べてきますしお土産のロボットキーホルダーも受け取ってはくれましたけど素っ気なかったですし……
「それ、だいぶ心開いてない?」
そう……なのだろうか?まあ、リアクションがあるという点に置いてはそう言えるのかもしれないが……
────でも、ケイさんには申し訳なさを感じてますよ。あの人にも感情があることは誰よりも理解しているつもりでした
────俺の知ってる遊びは全部教えたし俺の知ってる料理も沢山食べさせた、天童さんには色んな感情をさらけ出してほしかった
ああ、でも………ケイさん達と一緒に過ごすことができて楽しかったな
これで満足──────するわけねえだろうがよおおおおお!!?
「きゃっ……!びっくりしたぁ……」
────なんで俺が謎の電車空間に居るんですか!?もしかして死んだの!?俺死んだの!?もしかしてこの電車の行き先って空港に繋がってたりするの!?
────嫌だ!空港送りは嫌だあああ!南になんて行きとうない!俺は北に行くぞっ!
「えっと……とりあえず落ち着こ?酒泉君はまだ死んでないからさ?」
俺を落ち着かせようと背中を叩いてくる連邦生徒会長
だが、此方としてはそれどころではないのだ
────本当に?本当に生きてます?帰ったら体真っ二つにされてるとかありませんよね?俺の死を悼む暇もなく新しい戦力とか投入されませんよね?
「だ、大丈夫だから!五体満足だから!」
────そ、そうですか……良かった……
最悪の状況は免れたことに安堵してハァーと溜め息を吐き出す
それにしても……よく生きていたな、俺
………確か、スーパーノヴァの爆発に巻き込まれる直前に俺に体当たりしてきたガラクタをギリギリで盾にしたんだっけ
「……でも、五体満足とはいっても怪我の状態は酷いけどね」
────別に身体がバラバラになってなけりゃ問題ないっすよ
「その考え方だといつか本当に……いや、貴方をシャーレ補佐に選んだ私が言えたことじゃないよね」
会長は途中まで咎めるような目で見つめてきたが、突然言葉を止めて顔を伏せてしまった
「……恨んでる?」
────何が?
「シャーレの補佐に選んだこと……危険な戦いに巻き込んだことを」
会長はチラッと視線を上げながら尋ねてくる
……なんだ、そんな事か
────むしろ感謝してますよ……そのお陰で色んな事件に介入しやすかったし、事前に対策する事だってできたんですから
「……その結果、何度も怪我してきたのに?」
────〝生きている内は負けじゃない〟ってどっかのパイロットも言ってたんで……
そう答えても、未だ会長の顔は晴れない
個人的には本当に感謝しているのだが……実際にシャーレの補佐っていう立場じゃないとここまで好き勝手できなかっただろうし
………そうだ、この際だし〝あの事〟について聞いてみるか
────会長、貴女は姿を消す前に………どうして俺をシャーレの補佐に選んだんですか?
「……やっぱり気になるよね」
それはそうだろう、だって俺と会長は────何一つ関わりが無かったのだから
指名されてからは連邦生徒会の人達と一緒に仕事をする機会は増えた、だけどこの人に関しては話した回数すら片手で数える程度しかない
………それも、全部この謎の電車空間の中でだけだ
因みに最後に話したのは調印式の事件でぶっ倒れた時だ
「………賭けてみたかったから」
────賭け?
「私の力だけじゃ駄目だった、先生なら私よりも先に進めた、だけど………」
────キヴォトスは救われたけど、先生自身が犠牲になる未来だった………と?
「………うん」
バッドエンドスチルのいずれか、もしくはプレナパテスの世界か
先生が犠牲になりそうな世界なんてパッと思い浮かぶだけでも沢山ある
「だから、貴方に託したかった。私が見てきた世界の中で唯一の異分子である貴方に………明らかにこの世界の〝何か〟を知っているであろう行動を取る酒泉君に」
……どっから気づかれたのか
シャーレ補佐になる前からアリウスについて必死に調べてたから?カタコンベの居場所を探ってたから?出会う前から聖園ミカと羽沼マコトを警戒してたから?不知火カヤやSRT、そしてヴァルキューレに接触しようとしてたから?
……まあ、考えてもキリがないか
「……でも、私が託したせいで貴方はこうして死にかけた」
────またそれですか……俺としては別の事の方がムカつくんですけどね
「別の事?」
────連邦生徒会の皆に……特に七神さんに黙って消えたことです
「……っ」
────会長にも事情があったのかもしれない、時間とか優先順位とか色々と問題があったのかもしれない………が、それはそれとして文句は言わせてもらいますよ
────ちょっとは一方的に託される側の気持ちも考えてあげてくださいよ………
「……ごめんなさい」
会長自身も七神さんに対して思うところがあるのか、目を伏せて落ち込む
でも……
────別に俺に謝れとは言ってません、何も被害食らってないんで。でも……連邦生徒会の皆に謝るにしても、直接会って謝ってきてください
────その為にも………いつか必ずアンタを連れて帰りますからね
「……えっ?」
────何処に居るのかも何が目的なのかも、そもそも存在しているのかも分かりませんけど………それでも絶対に見つけ出しますから
────そんで絶対に………ハッピーエンドを迎えたキヴォトスに、アンタの望んだ世界に帰ってきてもらいますからね
「……うん、待ってる。待ってるね、酒泉君」
クスッと微笑んでから頷く会長
さて、言いたいことも言ったし……後は……
────この電車、いつ止まるんです?
「……えっと、そのうち?」
つまり〝分からない〟と………よし!
────酒泉!行きまーす!
「えぇっ!?ちょっ……そっちは窓────」
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天童アリスが調月リオに連れ去られた
そんな話と共にゲーム開発部に助けを求められた先生はエンジニア部やヴェリタス、更には凄腕のエージェント集団C&Cやリオと同じセミナーメンバーである筈のユウカとノアの力を借りることにした
己を鼓舞する為に、そして気落ちしているゲーム開発部を奮い立たせる為に先生は〝アリスを必ず助け出す〟と力強く決意を表明した
そんな彼女が─────酒泉の病室に入った瞬間、目から光が消えた
作戦会議中の堂々とした佇まいもここでは見る影もなく、酒泉の眠るベッドまで近づくとペタンと座り込んでしまった
ゲーム開発部の前で見せた姿は虚勢、所詮は折れた心を無理やり繋ぎ合わせて作り上げた仮初めの自分
〝先生だから〟〝大人だから〟〝生徒のために〟
彼女の心が壊れても尚、残骸のようにその使命感のみが残っていた
(嘘つき、本当は使命感ですらないくせに)
声が聞こえる、最近は全く聞こえてこなかったはずなのに
(本当は酒泉を護れなかった事への罪悪感を彼女達で紛らわしたいんでしょ?)
「……ぐっ……ぉぇ……」
久しぶりに感じる、吐き気を
(あの子達を救えればまだ〝先生〟でいられるって、そしたら生徒達も頼ってくれるって)
「違う……そんなんじゃ……」
自分と同じ声が彼女の頭に響く
(素直に言えばいいじゃん、酒泉を救えなかった喪失感をあの子達で埋めたいって)
「止めてよ……そんな酷いこと言わないでよ……!」
彼女は生徒達を大切に想っている、これは確かな事実だ
ゲーム開発部のことも決して酒泉を救えなかった喪失感の〝穴埋め〟としてではなく、大切な生徒だからという個人的な理由で助けようとしている
……だが、もう一人の自分の声がそれを惑わせる
生徒を愛する自分自身の心すら〝偽物なのではないか〟と疑わせてくる
(何が〝先生〟だ、生徒の一人も救えないくせに、生徒の力がないと何もできないくせに、生徒に────酒泉に頼ってもらえないくせに)
「嫌だ……うるさい……うるさい……!」
この場に存在しない何者かに耳元で囁かれ、耳を押さえる
何も聞きたくない、何も知りたくない
ただその一心で大人である彼女は子供のように怯えながら踞る
だが、耳を押さえても頭の中に響いてくる、自身を糾弾する声が
「ききたくない……しゃべらないで……おねがいだからだまって────」
─────突如、ピタリと止む
「え……?」
突然頭の中の声が聞こえなくなった先生
そして彼女はいつの間にか両耳を何かで塞がれていた
自分の両手は頭を押さえていた、なら………包帯だらけの両手は?
疑問を持ちながらも恐る恐る上を向く
────いや、なんかうるさいとか言ってたんで……勝手に耳触ってすいませんでした
「ぇ……?しゅせん……?」
そこには、ケロッとした表情で起き上がっている酒泉が居た
包帯越しにも関わらず暖かさを感じる酒泉の両手
それが自身の耳から離れていくことに名残惜しさを感じながらも先生は小さく〝なんで〟と疑問を口にした
────すいません、今起きました………なんかこれ遅刻した人の台詞みたい「酒泉っ!」───ふおおっ!?
ボロボロの身体で普段と何も変わらない発言をする酒泉、そんな彼の首元に先生が突然抱きつく
未だ治らない傷口に痛みを感じて離れてもらおうとしたが、先生の目から流れる涙を見て酒泉は無言で受け止めた
「良かった……!目を覚ましてくれて……!」
────……心配かけてすいません
「そうだよ……本当に心配したんだよ……!?」
調印式の時やカタコンベ侵入の時以上に取り乱し、泣きじゃくる先生
彼女が生徒達を率いて事件に立ち向かう姿を近くでずっと見てきた酒泉、彼はそんな強い先生が子供のように泣く姿を見て罪悪感を抱いた
「私が来た時にはもう全部終わってて………その場の皆に事情を聞くとまた私に何も言わないで危険なことしてたって言うし……!」
────っ!そうだ!天童さんはどうなりましたっ!?
「きゃっ……ア、アリス?あの子は───」
〝リオに連れ去られてしまった〟
そう答えようとしたところで言葉が詰まる
もしアリス救出作戦のことを知ったら無理をしてでも参加しようとするのではないか、その身体でまた無茶をするのではないか
────………っ!そうですか、連れ去られましたか……
「……うん」
だが、先生が答えるまでもなく酒泉は既に状況を把握していた
────早く止めないと……っ!
「だ、駄目だよ!その怪我で無理したら今度こそ死んじゃうよ!」
無理やり酒泉をベッドに寝かせる先生
普段なら簡単に抵抗できる力関係だが、今の酒泉の身体では本来の力を発揮することができなかった
……だが、酒泉の目を見る限り諦めた様子ではなく、数秒顎に手を当てて何かを考え込んでから先生を見上げる
────先生、お願いしたいことがあります
「………何?言っとくけど、病室から出してくれっていう頼みは駄目だよ」
────……それだけじゃありません、先生の力を貸してほしいんです
「……私の?」
キョトンとする先生
それも当然、折川酒泉という男は今まで先生に何も言わずに一人で突っ走ってきた男なのだから
そんな彼が今、〝力を貸してほしい〟と自分に頼ってきた
────悔しいですけど、今の俺の身体じゃ歩くことはできても戦闘は不可能です。でもそれじゃあ調月さんの所までたどり着けない
────だから、その道中までの戦いは先生達にお願いしたいんです………組んでるんでしょう?救出チーム
「………うん」
────ケイさんの説得なら俺に任せてください、天童さん以外だと俺が一番あの人との付き合いが長いですから
酒泉の言葉に返事をせず無言で俯く先生
そんな彼女を見て〝拒否される〟と思った酒泉は必死に頭を下げる
────戦闘は他力本願、話し合いだけさせろ………都合の良いことを言ってるのは分かってます
────それでも……今の俺には先生を頼ることしかできないんです
「……っ、私を……?」
────お願いします!俺に……俺に力を貸してください!
「……そっか、私の力が必要なんだ……」
何かをブツブツと呟く先生
数秒後、両手で酒泉の顔を上げさせてニッコリと微笑んだ
「……うん、いいよ。その代わり戦闘には絶対に参加させないし作戦中は常に私の隣に居てね?」
────っ!本当ですか!?
「だって……私しか頼れないんでしょ?それなら仕方ないよ」
────ありがとうございます!約束は絶対に守ります!天童さんもケイさんも必ず連れ戻しますから!
「ううん、気にしないで!酒泉が私を頼ってくれたんだもん………当然力になるよ!」
笑顔でそう返し〝じゃあ、私は色々やらないといけないことがあるから〟と今夜の作戦の最終準備の為に部屋を出ようとする先生
しかし、何故か扉の前で立ち止まって酒泉の方へ振り向いた
「……ねえ、酒泉」
───はい?
「私、酒泉の役に立ってるんだよね?」
────そりゃ勿論!いつも助けてもらってますよ!
「そっか……酒泉の役に……えへへ……」
────……先生?
酒泉はその笑顔に妙な違和感を覚えながらも、先生がそのまま出ていってしまった為にそれについて尋ねることができなかった
あっ、以前話してたこの小説のエ駄死バージョン完成しました
更新頻度はちょくちょくだと思います