折川酒泉が暮らす世界とはまた別の〝可能性〟のキヴォトス、そこにも当然〝先生〟が存在していた
折川酒泉の世界の先生と同じく優しくて、生徒思いで、大人に相応しい精神的な強さを持つ……そんな先生が
彼はそのお人好しな人柄故か、多くの生徒達に慕われていた
1人1人の性格を完璧に把握し、少しでも普段の様子に変化があればすぐにその変化に気づいてその生徒の相談に乗る
子供達の頼れる〝大人〟として教え導く彼の背中に心奪われた生徒は数知れず
また、大人としての冷静さだけではなく、趣味に関する物を見た時に思わず溢れ出てしまう子供心なども周囲の生徒達に親しみやすさを感じさせている一因だろう
それらを比べても2人の先生の性格自体に大した違いはない、それ以外で相違点を述べるのなら────2人の辿った人生そのものだろう
先生は生徒を救った、先生は生徒を救えなかった
先生は五体満足で生きている、先生の肉体は死にかけている
ならば、私以外の先生ならば生徒を……砂狼シロコを救えるかもしれない
プレナパテスは砂狼シロコを託せる〝先生〟を探そうとその身を色彩に犯され、自由を奪われながらも生き永らえることを選んだ
全ては砂狼シロコの為に、彼女を幸せにする為に
少しでも可能性のある〝自分〟を、自分と違って色彩に打ち勝つ力を持つ〝先生〟を
そんな希望を持って世界を越える旅をし、そして────見つけた、見つけてしまった
〝先生〟以外で生徒を救える存在を……生徒を救える〝生徒〟を
その者の隣には天童アリスが立っており、更にはkeyとも共存していた
他にも空崎ヒナが生存し、アリウススクワッドが保護され、聖園ミカが手を汚す前に止められた
全ての〝最悪の可能性〟が打ち砕かれた世界、そしてそんな世界に住む折川酒泉という自分も知らない未知の生徒
〝先生〟では救えなかった、でも〝生徒〟なら?
色彩に塗り潰されそうな魂を必死に保たせながら、そんな不確かな希望を見知らぬ少年に抱いてしまった
そして、その希望が〝確信〟に変わったのは折川酒泉がシロコテラーを下した時だった
彼はシロコテラーにトドメを刺すことはせず、むしろ彼女を救おうと手を差し伸べた………が、彼の意識が途絶えてしまったが為にその手は途中で下ろされてしまったが
プレナパテスの抱いた希望はこれで消えた……が、彼はその後も折川酒泉を信じ続けていた
シロコテラーとの戦いで奇跡を起こしてくれた彼ならば………絶対に勝てないはずの戦いに勝利し、不可能を可能にしてくれたあの少年ならきっと
プレナパテスのそんな願いに応えるかの様に、折川酒泉が再びシロコテラーの目の前に現れた
「……っ!また地形を海に……!」
「足場が……!」
シロコとヒナがシロコテラーに接近しようとした瞬間、足場が浅瀬に変わる
突然の切り替えに既に足を前に踏み出していたシロコとヒナはバランスを崩し、その直後に足場が元に戻る
シロコテラーはそのタイミングを見逃さず先程とは逆に2人に迫ろうとする
「……っ、スナイパー弾……!」
が、その頭部目掛けて飛んできた弾を避ける為に後ろに下がり、その隙にヒナとシロコも体勢を立て直す
(……足場が切り替わるタイミングを完全に狙われた……でも、どうやって?彼はそれを確かめる術なんて持っていないはず────)
そう思っていたシロコテラーだが、突如脳裏に酒泉の〝眼〟のことが思い浮かぶ
(まさか……私の身体の動きを見て足場が切り替わる瞬間を察知した……!?)
シロコテラーの脚に力が込められる……それは即ち、地形が〝走りやすい形〟に変化するという事
酒泉はその瞬間を狙ってシロコテラーを攻撃していた
「……隙が出来た」
シロコのドローンがミサイルを射出し、シロコテラーの背後に着弾する
そしてシロコとヒナが左右から同時にシロコテラーに迫り、逃げ道を前方に絞らせる
複数の弾丸と共に2人の敵が迫ってきているが、それでもシロコテラーは焦りを見せず冷静に構える
「……それでルートを絞ったつもりなの?そもそも貴女達が相手なら────」
〝逃げる必要は無い〟
その言葉を発する前に銃を持ち上げた左手に鋭い痛みが走る
これもまた、折川酒泉が放っていた弾だった
(っ……また……私が逃げずに迎撃しようとしていた事が最初からバレてる……!)
シロコテラーがその場に立ち止まるであろうことを一瞬で判断し、銃を持つ手を上げた先に弾を置いていた酒泉
その一瞬の隙にシロコが放った弾がシロコテラーの脚に直撃し、彼女の動きを硬直させる
そして、その硬直を見逃さずヒナが即座にシロコテラーの腹部にデストロイヤーを突きつける
「さっきのお礼よ………受け取っておきなさい」
「ぐっ…、ぅ……!?」
数十発を余裕で越えるであろう弾丸の全てが、シロコテラーの腹部への痛みに変わっていく
折川酒泉との戦い以来となる明確なダメージ、彼女はそれをたった数秒の間に一気に味わう事になった
(……敵の攻撃が私に当たるようになってきたのは……間違いなく彼の影響)
位置を、地形を、動きを把握
味方を戦いやすい位置へ誘導、敵を避けにくい位置へ誘導
戦況を0.数秒毎に一瞬で把握し、盤上の駒を操作するかのように戦場をコントロールする
(シッテムの箱を操作する先生のような戦い方を……戦闘中に人力で……!それなら────)
先に面倒な方から潰そう、その考えを実行するべくシロコテラーはヒナの腕を掴んで後方に投げ飛ばす
近くに居たシロコには裏拳を決めてから足を突き出して蹴り飛ばす
だが、シロコはそれを両手で防ぎ、後方に投げ飛ばされたヒナも一切体勢を崩さず綺麗に着地する
両者共に大したダメージにはならなかった
(……けど、それで構わない。彼の元に向かうまでの僅かな時間は稼げた)
一直線に酒泉に向かって駆け出すシロコテラー
2人の間の距離が1メートル以内まで近づいた瞬間、再び地形が市街地に変更される
余計な物が何も置かれていない、酒泉とシロコテラー以外誰も居ない建物の中
(もし彼に私を追い詰めた時と同じ様な力が残っているのなら今頃3人掛かりで攻撃してきてるはず、それをしない理由は………眼は動くけど身体が動かない、もしくは弾が尽きかけてるかのどちらか)
駆けつけるまで僅かに時間が掛かる、そんな屋内でシロコテラーはその〝僅かな時間〟の間で決着をつけようと銃口を酒泉に向けようとする
「────っ!?」
だが、腕が上がり切るよりも前に突如建物の壁が爆発によって破壊された
酒泉は一瞬止まったシロコテラーの動きを見逃さずスナイパーライフルをシロコテラーの額に向ける
シロコテラーは咄嗟に後ろに跳んで腕で額を庇う……が、酒泉はスナイパーライフルの銃口を横に逸らす
その先は爆発によって穴が出来た壁の向こう側、酒泉は爆煙と微かに残る炎に妨害されている視界の奥にスナイパーライフルの弾を放つ
(……?折川酒泉は何処を狙って────)
シロコテラーが困惑していると、再び壁の向こうから爆発音が響いてくる
その衝撃で更に壁が破壊され、視界がより広くなる
そして、建物の外に見えたのはミサイルの発射口から煙を吐いているプレナパテスと先生の戦闘用ヘリ
(さっきの爆発は先生が発射したミサイルでの爆発……?)
先生はミサイルによって酒泉を助ける為の隙を作り、その隙を狙ったプレナパテスのミサイルは酒泉が撃ち落とす
互いにフォローし合う形で攻撃を防いだ2人、何も言わずとも伝わるその信頼感に驚愕するシロコテラー
「またこんな小細工を……」
「……っ」
そして、その僅かな隙の間にヒナとシロコが建物の外壁を破壊して内部に侵入する
再び3対1……相手側に閉所でも機能する〝眼〟がある以上、ここで戦うのはむしろ自分にとって不利になる
そう判断したシロコテラーはプレナパテスに地形を元に戻させてから距離を取る
「……いつ?」
────何が?
「いつ、先生と連携を取ったの?貴方が先生と話し合う時間なんて無かったはず」
────アンタが空崎さんを投げ飛ばした時、アンタの視線も身体の動きも俺を一直線に捉えていたからな………何かしら俺に仕掛けてくると思って、その時に先生の方をチラッと見ただけだよ
「……たった、それだけで……?」
アイコンタクト1つで互いの命を預けるような連携をして見せた酒泉と先生
そんな2人の元にヒナとシロコも集まる
「酒泉、ナイスサポートだったよ……ありがとね」
────先生こそ、プレナパテスの相手をしながらしっかり援護してくれるなんて……助かりました
「……酒泉、私だってアイコンタクトだけで酒泉が何をしようとしているのか伝わるから」
────……?は、はぁ……そう、ですね……?
「………」
「あ、あはは……ヒナは私よりも酒泉のことを理解してるもんね……?」
「……決戦中にこんな会話をするなんて、緊張感が無さすぎる」
「敵地の奥で覆面を被っていた貴女がそれを言うの……?」
────あ、やっぱり被ってたんだ
「……私は至って真面目」
「真面目に考えた結果が敵地であれを被ることだったの……?」
緊張感の無い会話をする4人を見つめて眉間に皺を寄せるシロコテラー
その姿に苛立ったのか、もしくは────仲間と共に戦う〝砂狼シロコ〟の姿がかつての自分と重なってしまったのか
「……もういい、これで終わらせる………先生」
〔………〕
プレナパテスが無言でシッテムの箱を動かす
するとシロコテラーの前方に大量のタレットが出現し、上空には大量のドローンが浮かび上がる
更には地形が砂漠に変化し、砂狼シロコにとって慣れ親しんだ有利な足場に変わる
「……先生、向こうは次で終わらせるみたい」
「ここが最後の踏ん張り所かな?」
────じゃあ、足場的に砂狼さんに先頭をお願いしましょうかね?
「……ん、任せて。サイクリングで鍛えたこの脚の力を解放する時が来た」
────そりゃ頼もしいこって……じゃっ!行きますよ!
シロコが真っ先に駆け出し、その後に酒泉とヒナが並んで走る
全てのドローンとタレットが3人の生徒に向けられる……が、その正面にバリアが展開され、全ての弾を防ぐ
「あまり長くは持たない……よ!」
先生も大人のカードの力を使い、プレナパテス側と同じ数のドローンとタレットを出現させる
「アロナ!出力は全てあの3人のバリアに集中を!」
《了解です!アロナちゃんパワー、全力でいきますよ!》
〔────〕
《……ですが……》
〔………〕
《……了解、先生への防御機能を放棄し、全兵器の出力を上昇させます》
アロナとA.R.O.N.A、2人の少女によって先生とプレナパテスの守りが崩れる
互いの弾が交差し続ける戦場を酒泉達が駆け抜ける
そして────
「……っ……届いた!」
先生のバリアが破壊されたのと、先頭を走る砂狼シロコがシロコテラーの元まで辿り着いたのは同時だった
「貴女だけなら……どうとでもなる!」
「だけど、さっき程の力は残っていないはず!」
シロコのアサルトライフルが向けられるが、シロコテラーはその腕を掴んで捻ろうとする
……が、シロコはその手を先に掴み、行動を封じてから引き金を引こうとする
「……この程度……っ!」
「くっ……!」
だが、シロコテラーは身を屈めて射撃を回避し、その体勢からシロコの顎に銃撃を加えようとする
────交代だ!砂狼さん!
その瞬間、シロコの肩を掴んで無理矢理後ろに下がらせながら酒泉が前に飛び出してきた
スナイパーライフルとアサルトライフルは背のホルダーに仕舞われ、手の武器はいつの間にかスナイパーライフルモードのビーム兵器に切り替えられている
(マズイ、これを食らったら────)
一撃で倒れるか、そうでなくとも決着をつけるのに十分すぎる程の大きな隙を作ることになる
シロコテラーは左足で酒泉の手のビーム兵器を蹴りあげようと足に力を込める
……シロコテラーは理解していた、今の酒泉の〝眼〟なら簡単に回避できるだろうと
それでも仕掛けざるを得なかった、この体勢から繰り出せる唯一の抵抗の手段がそれしかなかったのだから
そして、シロコテラーの足は────その諦めが占める感情とは裏腹に折川酒泉の手のビーム兵器を弾き飛ばした
(……え?当たった?)
視線の先には苦虫を噛み潰したような顔で驚愕する酒泉の姿
それが意味するのは────
(─────あの〝眼〟はもう限界なんだ)
タイムリミット、折川酒泉の〝眼〟が元の状態に戻る
自身に残された力の全てを振り絞り、シロコテラーは銃口を酒泉の心臓部に向ける
蹴りあげられた手は額の近く、頭を狙うと防がれるかもしれない……ならば
(確実に……仕留め────)
そんなシロコテラーの顔に何かが飛来する
シロコテラーは咄嗟に片手でその〝何か〟を弾き、もう片方の手の銃で引き金を引く………が、その一瞬の隙に酒泉は先程のお返しとばかりにシロコテラーの銃を蹴りあげる
それと同時に、シロコテラーが弾き返した〝何か〟を片手で受け止め、すぐに両手で構え直す
(私は一体何を投げられて────っ、あれは……)
酒泉はその〝何か〟を………デストロイヤーの銃口をシロコテラーに向ける
数秒後、自身が敗北するであろう事を悟ったシロコテラーは目を閉じようとする
────っ……ぁ
だが、銃声は鳴らず、痛みも襲ってこない
聞こえてきたのは折川酒泉のか細い声のみだった
よく見れば彼の体勢は今にも後ろに倒れそうになっている
連戦による身体の酷使────〝眼〟以外の反動がここにきて折川酒泉に襲い掛かってしまった
「────っ、ァァアアアアアアッッッ!!!」
獣の様な叫び声を上げながらシロコテラーが拳を振りかざす
このチャンスを逃すまいと、銃を失った手で残された全ての力を込めて
「……そん、な」
そんなシロコテラーの拳は────酒泉の胸の前に展開された黒羽によって防がれた
「……大丈夫よ、酒泉……私が支えるから」
酒泉を護った少女……空崎ヒナは後ろに倒れそうになる酒泉をその小さな身体で支える
そのまま後ろから手を回し、デストロイヤーを握る酒泉の手に重ね合わせる
「ずっと一緒だからね」
指を絡め、力を込め、そして────
「終幕」
────イシュ・ボシェテ