足が動かない、手に力が入らない
早く銃を取りに行かないと、それで反撃しないと
……身体中が痛い
負けた
私の全てを懸けて挑んで、それで………完全に敗北した
「勝った……の?」
「……まだアトラ・ハシースが残っているけど……一先ずは、だね」
────……やばっ……めっちゃボヤける……
「……酒泉?何が────待って……目から血が……!?」
────大丈夫です、痛みは耐えられ……っ、なくもないレベルなんで
「……私の肩に掴まってて、それと身体も預けて」
目の前で先生が、もう1人の私が、ゲヘナの風紀委員長が、何も分からない少年が勝利を噛み締めている
……そっか、向こうの私は1人じゃないんだ
一緒に戦ってくれる人達が……支えてくれる人達がいて、その人達のお陰でここまで戦い抜くことができたんだ
……私は、私はいつから1人になっちゃったんだっけ
「……………いいなぁ」
ポツリと呟いてしまった
特に大きな声だった訳ではなかったが、全員が私の声に反応した
此方を真っ直ぐ見つめる先生が私に何かを伝えようと口を開く………だが、それは複数の足音と共に中断された
『先生!お待たせしました!』
「助けに来ましたよ、先生!」
「急いで!そろそろ爆発するわよ!」
「皆……大丈夫?」
「ホシノ先輩に、みんな……」
通路の奥からやって来たのは〝まだ生きている〟対策委員会の皆、それを見たもう1人の私が嬉しそうに微笑む
ホシノ先輩も、ノノミも、セリカも、通信機の向こうにいるアヤネも全員五体満足で生きている
……生きて……喋っている……
「シロコちゃん、お待たせ────ん?」
羨望をぶつける様に皆を眺めていると、ホシノ先輩と視線が合ってしまった
「君は……」
こうして正面から見ても、私の居た世界のホシノ先輩と違いが一切存在しない
ホシノ先輩と同じオッドアイで、ホシノ先輩と同じピンクの長髪で
あの銃も、あの盾も、全部全部同じ物で
その立ち姿も……何から何まで────私に大切な物をくれたあのホシノ先輩と、何ら変わらない
「───ぁ」
駄目だ、思い出すな
「ぅ…あ……」
そんな感情はとっくに捨てたはずだ
世界を滅ぼそうとしておきながら、今更泣こうとするなんて────
「ぅ……うぅ……っ………!」
……駄目だ、抑えられない
「うあああぁぁぁあああ────ッ!!!!」
自分の口を抑える事すらできず、感情のままに全てを吐き出す
周囲から向けられる驚愕の視線すら気にせず、ただ子供の様にひたすら泣きじゃくる事しかできなかった
「わ、たし……わたし、の……せい、なの……!」
……私は何を言おうとしているの?言い訳でもするつもり?
何の為に?許してほしいから?
「わたし、が……いるから、せかいが……滅亡、した……そんなこと、望んで……ないのにぃ……!」
……違う、ただ楽になりたかっただけだ、誰かに聞いて貰いたかっただけなんだ
「こんな結末、望んで……なかった……先生を、殺したく……なかった……!」
「ごめんなさい……わたし、は、こんな……最後、まで、やり通せもしない、意気地無しで……ごめんなさい」
「でも、私は、もう……だめ……むりだよ、もう……!わたしの、せい……全ては、わたしがアビドスに……いた、せい……」
「わたしが、いなければ」
自分から始めておきながら身勝手な謝罪の言葉ばかりが出てくる
「わたし、さえ……いなければ────!!」
……本当に、今更すぎる
『せ、先生を殺した……?あのシロコ先輩は何を……先生は現に、こうして生きて────』
「……彼女が話してるのは〝向こうの世界〟の話だと思う」
『向こうの世界……ですか?』
「うん、さっき戦闘中に別世界の私って言ってたから」
私の正体をもう1人の私にバラされる
………見られたくなかったな、こんな姿の私なんか
「ま、待ってよ!?それじゃ、あのシロコ先輩も本物ってこと!?それなら別世界の私達は何をしているのよ!?」
『た、確かに……私達がシロコ先輩を止めようとしないなんて、そんな事……』
「……もしかしたら、やむを得ない事情があるのかもしれませんね」
「やむを得ない事情……?」
「……向こうの世界のおじさん達が動けない理由があるのか、それとも─────シロコちゃんを止められる人が全員死んでいるのか」
『っ……』
……そうだ、もしホシノ先輩達が生きていたら私の事を絶対に止めてくれたはず
やってはいけない事を教えてくれて、何か間違ってしまったらきちんと叱ってくれて
でも、そんな先輩達は、もう────何処にも居ない
「……そのマフラー、貴女はまだ持ってるんだね。私は……どこにやったんだっけ」
ふと、もう1人の私が視界に入り、彼女のマフラーに視線が移る
「思い出せない……いつ、それを失くしたのかも……もう、分からない……」
「凄く大切だったのに……どうして、だろ……」
私がホシノ先輩と出会った時に巻いてもらった、大切なマフラー
なのに、あっさりと失くしてしまった………どのタイミングで?
ホシノ先輩が死んだ後?セリカが行方不明になった時?アヤネが生命維持装置を外した時?ノノミがアビドスを離れた時?
それとも────先生がもう……蘇生の可能性が無いという連絡をもらった時?
あの時は、絶望して、心が折れて、それで、色彩と接触してしまって……ああ、その時か、マフラーを失くしたのは
結局、全部失った私は抗う意思を持たず、己の運命を受け入れて世界を終焉まで導いた
私を止めにきた先生にも手をかけようとして、でも………中途半端な私は、それすら成し遂げる事が出来なかった
散々被害を出しておきながら、弱音を吐いて手を止めてしまって
私がそんなだったから、先生が─────先生が、私の責任を背負わせられたかの様に色彩に塗り潰されてしまった
私の存在が色彩を引き寄せた、私が死の神だからアビドスの皆が────
「……ぁ」
……そっか、やっと気づくことができた
「ぅぁ……あ……っ!」
ホシノ先輩にマフラーを巻いてもらったあの日、私は……大人しく死ぬべきだったんだ
「こうなると分かって、いたら……っ……もらう、べきじゃ、なかった……」
「さむくて、おなかへってて……なんで、ここにいるのかも、分からなくて……!」
「でも、あたたかくて……あたたかいから、もう、これ以上、さむいのは……イヤ、だから……」
「さみしいのは、イヤ、だから……!」
そうだ、私はそんな子供みたいな理由でアビドスに残ってしまった
……それが皆を死に追いやると、知りもせずに
「私が、間違っていたの、あの時マフラーをもらわずに……そのまま倒れていたら……」
「どうせ、こうなってしまうのなら……」
「そうしたら……私が早く、そのことに気づいていたら、先生は……皆は生きていたかも、しれない……のに……!」
「私が、ここにいるから……私が、間違ったせいで……!」
「ごめん、なさい……」
「ごめんなさい……ごめんな、さぃ……!」
「先生を殺して、世界を滅ぼして─────」
────お前、何様だよ
〝ごめんなさい〟
その言葉は、彼の怒りが込められた声によってかき消された
「……酒泉、今身体を動かすのは……」
────すいません、空崎さん……でも、コイツの自分勝手すぎる言い分が聞くに堪えなかったんですよ
「……分かった」
空崎ヒナが折川酒泉の肩を支えながら私に近づいてくる
……聞くに堪えない……それもそっか、だって私はさっきから意味の無い言い訳をひたすら繰り返して……
────〝私が世界を滅ぼした〟だぁ?調子に乗るなよ?たかが女子高生1人に世界を滅ぼせる力があるわけないだろ
「……え?」
────そもそもアンタ、なんで対策委員会や先生に謝ってんだよ。何か悪いことでもしたか?
「……だって、私が存在しているせいで……!」
────別に直接殺した訳じゃないだろ、本当に罪を償うべきなのは前の世界でアンタの仲間を傷つけた連中だ………そんな奴等の罪まで背負うな、背中が汚れるだろ
折川酒泉はまるで私の身に何が起きたのか知っているかの様にズカズカと心に踏み込んでくる
「……貴方に何が分かるの、〝死の神〟であることを運命付けられた私の……何が……!」
────死の神ってなんだよ、中二病かよ(笑)
「……っ!私にとってはそんな軽い事じゃ───」
────アンタは〝砂狼シロコ〟だろ、死の神でもなんでもない………ただの一生徒だ
「……そんな、こと……」
────アビドスの仲間や先生が一度でもアンタを神扱いしてくれた事があったか?どこまでいっても精々銀行を襲おうとする問題児程度だろ?死の神には程遠いだろ
こんな場面でも茶化す様に語りかけてくる
だけど、その言葉にはどこか優しさが感じられる
────……あとさ、アンタは〝残した側〟の気持ちを考えてなさすぎる
「残した……側……?」
────先立った人達の事だよ……そっちの世界の対策委員会の皆がアンタに謝罪を求めてると思うか?アンタの仲間は心が傷ついた人間に追い討ちをかけるような最低な人達ばかりなのか?
「っ!違う!ホシノ先輩は……皆はそんな事しない!」
────じゃあ謝るな、申し訳なく思うな、生きていてごめんなさいなんて言うな。アンタの仲間は皆、アンタの幸せを願っているはずだ
「……死人の気持ちなんて……」
────分かるよ
「……は?」
────俺だって残してきた人達には………あー、いや……やっぱ何でもない
────とにかく、アンタの知ってる先生や対策委員会の面子が優しい人達ばかりなら、きっと……いや、間違いなく全員がアンタのせいだなんて思ってないよ
「……そん、なの……」
都合の良い妄想、そう返したかった
でも、それはかつての私の大切な人達を侮辱する言葉になってしまう
言葉に詰まり、何も言えなくなってしまった
────……まあ、俺とアンタは所詮他人だからな……こんな事を言われても簡単には納得出来ないと思う、それでも……これだけは伝えておくぞ
────そっちの世界の出来事は全部……
〝貴女のせいじゃないよ、シロコ〟
────アンタのせいじゃない、砂狼さん
〝自分の生を悔やんだり、責めないで〟
────自分が生きてきた事を後悔するな
〝幸せになりたいと願う気持ちを、否定しないで〟
────幸せになりたいと願う権利は誰にでもある
〝生きる事を諦めて苦しみから解き放たれた───だなんて悲しい事を言わないで〟
────生を諦めて苦しみから解放された……だと?そうやって自分を誤魔化すな
〝苦しむ為に生まれてきた……なんて、思わないで。そんな事は絶対に無いのだから〟
────苦しむ為に生まれただと?そんな事、何処のどいつが決めたんだ?
〝どんな生徒も、そう思う必要なんて無いのだから〟
────誰だろうと、そう思わないといけないなんてルールなんて存在しねーよ
〝子供の世界が苦しみで溢れているのなら〟
────子供の世界が苦しみで溢れていたとしても
〝子供が絶望と悲しみの瞳でその生を終わらせたいと願うのなら〟
────子供が絶望しながらその生を終える事を望んでいたとしても
〝そんな願いがこの世界の何処かにまだ存在するというのなら、それは………その世界の責任者のせいであって、子供が抱える物じゃない〟
────そんな願いがこの世界の何処かに存在していたとしても、それは……その世界の責任者に背負わせればいい
「なんで……その言葉を知って……」
目の前の少年の言葉が、かつての先生の言葉に重ねられる
でも、その眼は私の知る先生とは全くの別物だった
────……今回の件、アンタ達は何も悪くない。だから……
〝子供と共に生きていく大人が背負うべき事だからね〟
────生徒も先生も責任を背負う必要は無い
「………え?」
────……俺は先生と違って子供にも背負わないといけない責任があると思っているが……でも、これに関しては砂狼さんのせいじゃない、そして先生が背負うべきでもない
「……でも、私は……」
────何度も言わせるな、世界が滅びたのはアンタのせいじゃない
────本当に悪いのは訳の分からない仮面を被って失意状態の女子高生を取り囲む〝無名の司祭〟とかいう変態共や、他人の陰からコソコソと動く事しか出来ない〝色彩〟とかいうクソ以下の存在だ
彼は決意の込められた瞳で私を射抜く
〝絶対に認めない〟と、〝そんな事は許さない〟と強い意思で私の思いを否定してくる
「……本、当に……いいの?」
そんな思いにあてられて、つい尋ねてしまった
「私が……私なんかが、生きててもいいの?」
────当たり前だろ
「幸せに……なっても、いい……の?」
────幸せになれ……好きなだけ、誰とでも
「……もし、また無名の司祭に利用されたら」
────そん時は俺がアイツらの仮面を叩き割ってやるよ
「……ま、た……色彩を、呼び寄せるかも……しれな、い」
────じゃあ俺が倒しとくわ
「……そん、な……簡単、に……」
────なら手伝ってくれよ、アンタ程の実力者がいるなら百人力だ
生きていてはいけないと思っていた、あの時死んでおけばとずっと後悔していた
そんな思いが、あっさりと打ち砕かれていく
出会って間もない少年の口から出てくる、私の望んでいた言葉によって
────ここにはアンタを否定する人は存在しない、全員味方だ……ね?小鳥遊さん?
「うへへ、そうだねぇ……それじゃ、おじさんはもう1人のシロコちゃんの為に入学手続きでもしておこっかな?」
「……ん、それなら私は先輩としてアビドスを案内する」
「先輩……なの?外見年齢はあっちの方が大人に近い気が……」
『ま、まあ……此方の世界に滞在している時間で考えたら、一応先輩と言えなくも……ない、ですかね?』
「折角ですから歓迎パーティーもやっちゃいましょう☆こんな時こそ私のカードを使って盛大に……」
「ノノミちゃんストップ、それ使うと歯止めが効かなくなりそうだからさ……」
「ふふふっ……こんな時こそ私の出番だね!パーティーに必要な物は全て私が────」
────先生、この間マスクヒーローの変身アイテムのコンプリートセットポチってませんでした?しかも給料日前とか言ってましたよね?あとクラブ・ふわりんにも課金したとか……
「……しょ、食費を削れば……なんとか……!」
さっきまで殺し合っていたはずの人達が、全員私に笑顔を向けてくる
……ううん、殺そうとしていたのは多分……私側だけだろう
こんなにも優しい笑みを浮かべる人達を、私は……
────ほら、立てます?
「……っ」
不意に頭上から声が聞こえ、顔を上げてみる
すると、そこには座り込む私に手を差し伸べる折川酒泉の姿があった
「……なんで……私は一度、貴方の手を無視したのに……」
────そこは、ほら……俺の気合いが足りなかったってことで……
「……そっか、酒泉は私の見ていない所で2回も女の人と手を繋ごうとしていたんだ」
────空崎さん?その言い方だと誤解を生み出すことになるのですが?
「……私はあんなに心配していたのに」
空崎ヒナからも先程の様な怒りは感じられず、殺気もすっかりと鳴りを潜めていた
……代わりに別の怒りが彼に向けられている気がするけど
────と、とにかく!早くこの戦いを終わらせましょう!これ以上折川酒泉への風評被害が広がる前に!
「………もう遅い」
隣でジッと見つめる空崎ヒナ
折川酒泉は目を合わせないように必死に視線を私の方に向け続けている
……けど、その行為が逆に空崎ヒナの怒りを買ったようだ。彼女の目から光が消失する
────ほら!は、早く!スタンダップ!プリーズ!
助けを求めるように私に手を近づける折川酒泉
突然自分の立場が助けを求める側から求められる側に切り替わった事に困惑しながらも、ゆっくりと自分の手を彼の手に近づける
おずおずと、本当に幸せに救われてもいいのかと、恐れながらも
私はその手を────
『先生!アトラ・ハシース内のエネルギーが!』
船が、揺れた
そろそろ女先生ifのその後を投稿すると思います