〝アリウス〟潰すゾ!!!   作:あば茶

506 / 514
貴女と貴方に感謝を

 

 

 

 

 

 

 

「これなんてどうだ?刺々しくてゲヘナらしいデザインじゃないか?」

 

「うーん……でも酒泉君には似合っていないといいますか……」

 

「駄目かぁ……」

 

 

モダンの端が槍の様に尖っている眼鏡をかけてドヤ顔でクイッ!と上げてかっこつけてみるが、火宮さんに真顔で否定される

 

だが、それも俺に似合う眼鏡を真剣に考えてくれているからだろう

 

 

「やはり酒泉君に合うのは……こういったシンプルなデザインの眼鏡ではないでしょうか?」

 

「おおう……本当にシンプル……」

 

 

火宮さんが手渡してきたのはフレームもモダンもレンズもごく普通の黒い眼鏡だった

 

 

「〝似合う〟よりも〝違和感が無い〟を優先して選ぶのも大事ですよ?」

 

「成る程……そう考えるとさっきまであまり視界に入れてなかった普通の眼鏡達も気になってきたな……」

 

「でしょう?それに…………何も着飾っていない方が酒泉君の素敵な目がよく見えますよ?」

 

 

やめてよね、そんなこと言われたら本気でキュンキュンしちゃうだろ

 

俺の心のアルミューレリュミエールはちょっと褒められただけで崩壊するんだ、歩兵のライフルにも耐えられないんだ

 

 

「……ほ、他にも酒泉君に合いそうな眼鏡を探してきますね!」

 

 

火宮さんも自分の台詞が恥ずかしくなってきたのか、頬を染めながら足早に去ってしまう

 

その光景をバッチリ目撃していたのか店員さんがニヤニヤ笑いながら此方を見ており、その視線から逃れるべく適当にそこら辺の眼鏡を眺めて誤魔化す

 

……今まで気にしたことなかったけど……本当に色んな種類があるんだな

 

大人の様な雰囲気を醸し出している黒い眼鏡や女の子が好みそうなピンク色の可愛い系の眼鏡まで、この店は様々な品を揃えていた

 

 

「……流石は火宮さん、良い店を選ぶな」

 

 

この日、俺と火宮さんは約束通り一緒に眼鏡を買いにきていた

 

火宮さんが指定した場所で待ち合わせをし、そのまま2人で店まで向かった

 

こうしてプライベートで2人で会うのは随分と久しぶりだが………

 

『お、お待たせしました!』

 

 

薄ピンクのフリルの服に普段より少しだけ長めの黒いスカート

 

待ち合わせ場所に来た時の火宮さんの格好はそれはもう………

 

 

「……可愛かったなぁ……」

 

「だねぇ……あんな可愛らしい彼女さんがいるなんて君もなかなかやるねぇ?」

 

「いやいや、別にそんな関係じゃ────ってさりげなく肩を掴まないでくださいよ店員さん」

 

 

ボソッと呟くと、いつの間にか俺の近くまで移動していた女性店員さんが肩に手を乗せながら同意してきた

 

別に馴れ馴れしくされるのは気にならないタイプの人間だけど、独り言にまで介入してくるのは勘弁してほしい

 

 

「それで?付き合って何年目?」

 

「だから付き合ってませんって……」

 

「またまたぁ……あんなやり取りしておきながら付き合ってないは無理があるでしょ」

 

 

むしろあれだけのやり取りで付き合ってる判定食らう方がおかしいだろ

 

「……てか、俺なんかと付き合ってるって思われたら火宮さんに失礼ですし、それ本人には言わないでくださいね?」

 

「はいはい、分かってます────ん?」

 

「酒泉君!これなんてどうですか?」

 

「お、早速彼女さん戻ってきたね」

 

「おうさては人の話聞いてねえな?」

 

「か……かのっ……!?」

 

 

此方の想像以上にくっそ馴れ馴れしく絡んでくる女性店員さんは俺が止めた言葉を平然と吐き捨てやがった

 

案の定、火宮さんは顔を赤くして怒っている

 

 

「客をからかわないでくださいよ、店員さん……」

 

「お姉さんはねぇ!君達みたいな年下の子が青春してるのを見るのが大好きなんだよ!」

 

「なんだコイツ」

 

 

一部界隈に純愛過激派とか百合をくっつけようとする人達とかいるけどこの人も同じタイプか

 

見守ったりさりげなくサポートしたりするのはいいけど直接手を出すのはNGだろ

 

「あ、あの!私と酒泉君は……その……別にそういう関係では……」

 

「まだ?」

 

「はい……………って、何を言わせるんですか!?」

 

「同僚!ただの同僚ですから!」

 

「そう、ただの同僚でしかなかったはずなのに……気づけば2人は────」

 

「その口無理やり黙らせてやろうか!?」

 

「えっ……無理やり……口で口を塞ぐってこと……!?」

 

「俺の負けでいい、だから本当に黙っててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか……すまん……」

 

「い、いえ……それにしても個性的な店員さんでしたね……」

 

 

結局、火宮さんが最初に選んでくれたシンプルな黒い眼鏡を買って店を出ていった

 

随分と騒がしい店員さんだったけど、店裏から様子を見にきた店長さんが迷惑掛けたお詫びとして眼鏡を割引してくれたし別に悪いことばかりではなかった

 

……それに、俺も空崎さんと先生をくっつけようと考えてた時期があるからあまり人の事を言えん

 

 

「火宮さん、改めて今日は付き合ってくれてありがとな」

 

「いえ………私にはこれくらいしかできませんけど、少しでも酒泉君のお役に立てたのならよかったです」

 

「いやいや、日常生活でも使うもんだし本当に大助かりだよ」

 

「……そう、でしょうか」

 

「……ん?」

 

「私って本当に酒泉君を助けられているのでしょうか……」

 

 

火宮さんは自信なさげに見える表情で呟くと、その顔を伏せた

 

 

「今回の戦いで負った目の負荷は私の手に負えるものではありませんでしたし、酒泉君の怪我の治療に関しても私は現場には居なかったので行うことができませんでした」

 

「まあ、それは………しゃーないだろ、適材適所ってやつだ」

 

「……今までもそうでした」

 

「……今まで?」

 

「酒泉君が大きな事件に巻き込まれた時はどれも私では助けられないような怪我ばかり負って帰ってきました、今回も………私は何も………」

 

火宮さんは心苦しそうに語りながら胸の前で両手をギュッと握りしめる

 

眼鏡選びに付き合ってくれたのは火宮さんの善意だと思ってたけど………もしかしたらそれだけじゃなくて、俺の怪我を治せなかったことに対して変に責任感を抱いてしまっていたからなのかもしれない

 

俺が怪我した理由なんて〝俺が弱かったから〟以外無いのになぁ……

 

 

「……うーん……火宮さんは自分がどれだけ重要な存在なのか分かってないな………火宮さんはゲームで言う〝ヒーラー〟なんだよ」

 

「ヒ、ヒーラー……?」

 

「回復をこなす役割の事だ………前線ってのは常に負傷の危機と隣り合わせで戦う事になる、そんな所で怪我を負ってしまっても敵前で立ち止まって応急手当てをしてる余裕なんてない」

 

「格好の的ですからね……」

 

「だからある程度ラインを下げてから手当てする必要がある………火宮さんはそんな人達の希望なんだ」

 

「……私が、ですか?」

 

「〝あそこまで下がれば助かるぞ〟とか〝怪我しちゃったけど後ろに救護班が控えてるから大丈夫だ〟とか、ある種の希望を与えて心の拠り所になってくれてるんだよ、俺や銀鏡さんが敵を倒す為の〝剣〟なら火宮さんは味方を守る為の〝盾〟なんだ…………いや、命綱の方が適切か?」

 

 

上手い例えが見つからず頭を抱えるが、とにかく火宮さんには助けられているという事を伝えたくて必死に言葉を紡ぐ

 

 

「えっと……だから、その……俺達がボロボロになったら真っ先に火宮さんに泣きつきに行くんで………これからも風紀委員の皆の帰るべき居場所であってほしいなぁ…………なんて」

 

「……自分から〝泣きつく〟なんて言っちゃうんですね?」

 

 

頭を働かせて言葉を絞り出した結果、とんでもなく情けない男みたいになってしまった……しかも〝俺達〟とか他の風紀委員も巻き添えにしてるし

 

でも火宮さんの表情はさっきより少しだけ元気になったような気がするし………ヨシ!

 

 

「ゲヘナはすぐ暴れまわるアホどもが多いしこれからも風紀委員は怪我をして帰ってくると思うけど………その時は火宮さん、よろしくな?」

 

「……はい、お任せください!皆さんがどんな怪我をして帰ってきても完璧な処置を施せるよう、私も自身の医療技術を高めておきますから!」

 

 

曇り笑顔はすっかり晴れ、いつもの火宮さんらしい雰囲気に戻る

 

よかったよかった………………って言いたいところだけど

 

 

 

 

 

 

「まあ、本当は怪我をしないのが一番なんだけどな」

 

「……怪我ばかりしてる酒泉君が言うと説得力が違いますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ということで!これが眼鏡を新調した真・ネオNew折川酒泉です!」

 

「眼鏡を変えただけじゃないですか……」

 

 

風紀委員会で早速お披露目すると、天雨さんから冷静なツッコミを飛ばされた

 

たかが眼鏡1つ、されど眼鏡1つだぞ……この重要性が分かっているのか……!

 

 

「俺はねぇ!〝このキャラ眼鏡無い方が可愛くない?〟とか言うような輩が大っ嫌いなんですよ!」

 

「何の話してんのさ……」

 

 

くっ……銀鏡さんにも眼鏡の重要さが伝わらなかったか……!

 

どいつもこいつも眼鏡をしていない時の話ばかり……!眼鏡をかけてる豊見さんも奥空さんも可愛いだろうが……!

 

 

「……まあいい、素人には理解できないレベルの話だろうからな」

 

「急にドヤられても……」

 

 

前世で散々感じてきた不満を心の中で抑え込み、大人しく自分の席に座って仕事の時間を待つ

 

 

「……そういえば……その目、治るまでに後どれくらい掛かりそうですか?」

 

「んー……まだ目に違和感は残ってますけど〝マシになってる〟ってハッキリ自覚できる程度には回復してきてますよ」

 

「え?そうだったんですか?………じゃあ、私達で選んだその眼鏡もすぐに役目を終えそうですね」

 

「いやいや、そんな事ないよ。すぐに治る訳じゃないしもうちょいコイツの世話になるよ、それに………また今回みたいに眼鏡が必要になる日がくるかもしれないし、これは一生大事に使わせてもらうよ」

 

「……ふふ……ありがとうございます」

 

 

どこか寂しそうに呟く火宮さんにそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑んでくれた

 

個人的にも火宮さんが俺の為に選んでくれた眼鏡をすぐ物置にしまいたくないしな

 

 

「でも目の状態によってはまた新調しないといけなかったりしますので無理して使い続けるのは止めてくださいね?」

 

「あ、はい」

 

 

……そこら辺はしっかりしてるなぁ

 

 

「……2人とも楽しそうに話してるところ悪いけど、もうそろそろ委員長来るし仕事の準備しといた方がいいんじゃない?」

 

「あれ?もうそんな時間に?」

 

 

隣から銀鏡さんの咎める様な視線が送られてくる、あと地味に尻尾が揺れている

 

時計を確認してみると、いつも空崎さんが仕事を始める時間より2分程早かった

 

 

「……てか、空崎さんがギリギリまでこないなんて珍しいですね?」

 

「委員長ならタヌキ共の所に行ってますよ」

 

「ああ、パンデモさん?………呼び出されたんですか?」

 

「いえ、今回は委員長から出向きました。この間の件で釘を刺しに行くとか……」

 

 

この間の……ああ、あの馬鹿が催眠術に掛けられて暴走した時の話か

 

あの後色々大変だったらしいからな………羽沼さんを縄で縛って元に戻るまで空崎さんがビンタし続けたとかなんとか

 

キヴォトス最強格のビンタを食らってもすぐに復帰するとか耐久力だけなら羽沼さんも最強格なのでは?ちょっと聖園さんと殴り合いさせてみようぜ、俺は聖園さんが勝つのに全額と陸八魔さんの魂を賭けるけどな

 

……あ、そうだ、空崎さんといえば……

 

 

「天雨さん、実は先週空崎さんから3回ぐらい着信が来てたんですけど………風紀委員会で何かあったんですか?」

 

「先週……貴方が休んでいた日ですか?その日は特に事件は起きてなかったはずですけど………まあ、強いて言うならまた温泉開発部が暴れてたぐらいですかね?」

 

「それは普通に事件では……?」

 

 

問題児が暴れてる状況を日常事のように語るとかやっぱゲヘナの治安終わってんな

 

………この学園って将来どうなるんだろうな、風紀委員の手に負えなくなったら本格的に無法地帯になるのでは?

 

うーん……俺達だけが強くなっても卒業したら意味が無いし……それこそどこぞの目隠し先生が言ってたみたいに強く聡い仲間を育てるしかないか

 

いや、待てよ?その頃には美食研や温泉開発部も卒業してるだろうし治安維持も今よりは多少楽になるんじゃ………駄目だ、新たなる問題児が入学してくるビジョンしか思い浮かばない

 

だってよぉ……ゲヘナなんだぜ?

 

 

「……それで?貴方は委員長にちゃんと折り返し連絡したんでしょうね?」

 

 

ゲヘナの将来を嘆いていたが、天雨さんの声でその思考は中断される

 

 

「いや、俺も何度か連絡したしモモトークだって送ったんですけど………〝気にしないで〟って返事しかこなくて……」

 

「……はぁ……それで?貴方はその言葉を馬鹿正直に受け取ったんですか?」

 

「え?」

 

「いいですか?3回も連絡しておきながら〝気にしないで〟って言う時は大体気にしてほしい時なんですよ!つまり貴方に対しての〝気にしないで〟は委員長語では〝すきすき♡かまって♡〟という────」

 

「仕事もせずお喋りだなんて随分余裕があるんだね、アコ」

 

「あうっ」

 

 

どこかムカつく笑みを浮かべて勝手に語り始める天雨さんの頭に書類の束が乗せられる

彼女の後ろには空崎さんが無表情のまま立っており、その視線は俺の方にもジロリと向けられる

 

 

「……それで?アコが今変な話をしてた気がするんだけど……私の気のせい?」

 

「い、いや……俺は何も聞いてません!」

 

「そう、ならいい」

 

それだけ言うと空崎さんは自分の席に座り、仕事を始めようとする………が、その前に再び俺の顔を見つめる

 

 

「……?酒泉、眼鏡変えたの?」

 

「あ、気づきました?実は先日火宮さんと一緒に選んできたんですよ」

 

「……そういえばそんなこと言ってたね」

「あの……委員長……」

 

「何も言わないで、チナツ………私は気にしてないから」

 

何かを言おうとした火宮さん、その前に止めた空崎さん

 

第三者には伝わらないような一連のやり取りをこなした後、2人は気まずそうに目線を逸らす

 

……なんだ?この一瞬で何を通じあっていたんだ?

 

 

「……そ、そういえばさ!酒泉って委員長に聞きたいことがあるんじゃなかったっけ!?」

 

 

この場の空気を誤魔化すように銀鏡さんが俺に話を振ってくる

 

……そうだな、ついでに聞いておくか

 

 

「空崎さん、この前俺の携帯に連絡入れてましたけど………何か用でもありました?」

 

「……その事なら〝解決したから気にしないで〟って伝えたはずだけど」

 

「でも、何回もかけてきてたしそれなりに重要な事だったんじゃ………」

 

「……本当に何もなかったから」

 

 

不機嫌そうに返事をする空崎さんを見て、しつこく聞きすぎたかと自省する

 

 

「……その……電話に出ることができなくて本当にすいませんでした。無視するつもりはなかったんですけど、その日はシロコさん達と一緒にアビドスに行ってまして……」

 

「……っ…別に理由は聞いてない」

 

「あ……はい……」

 

 

事情だけでも説明しようとしたが、若干言い訳がましくなってしまったか

 

それを聞いた空崎さんは冷たく一言で返し、ふいっと目を逸らしてしまった

 

 

「…………仲良くやってるんだね」

 

「……え?まあ……最近は心を開いてくれるようになってきましたね!この間なんてニチアサ観てたら隣にちょこんと座ってきて一緒に────」

 

「そこまでは聞いてない」

 

「……すいません」

 

 

一瞬、空気を変える為に話題を振ってくれたのかと思ったが……違ったみたいだ

 

天雨さんからも〝お前もう黙ってろよ〟みたいな視線が送られてくる

 

上司からの電話に出なかったらこんな風に拗れてしまうのか、大人になる前に知れて良かったなー…………何も良くないですねはい

 

 

「………ごめん、最近万魔殿の人達が事件を起こしすぎててちょっとイライラしてたかも」

 

「………あっ!そうだったんですね!?気にしないでください!空崎さんは悪くないですから!」

 

 

よかった……単純に嫌われたってわけじゃなかった……!これも全部羽沼マコトって奴の仕業なんだ!何だって!?それは本当かい!?(二重人格)

 

今度文句言いに行ってやるからな……!

 

 

「よ、よかった……とりあえずギスギスした空気にはならずに済んだね……」

 

「申し訳ありません、私のせいで……」

 

「チナツのせいではありませんよ、全部あのクソボケの招いた事ですから。まあ、後はあのクソボケが余計な事を言わなければ無事に解決して────」

 

 

 

 

「……ねえ、酒泉。仕事が終わった後時間空いてる?もし空いてたら久しぶりに2人で何処か食事にでも────」

 

「あっ……すいません、実は放課後は調月さんと会う約束が────」

 

「イオリ、チナツ、あのクソボケの口を塞いできてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リオ様、そろそろ彼が訪れる時間です」

 

「……そう、もうそんなに経っていたのね」

 

 

カタカタとパソコンを操作する指を止め、画面から目を離すリオ

 

デスク上に置かれた携帯のモモトーク画面には〝もうすぐ着きます!〟という、酒泉から送られてきた短いメッセージが表示されていた

 

 

「……席を外した方がよろしいでしょうか」

 

「いえ、その必要は無いわ………貴女も居ていいのよ、トキ」

 

「ありがとうございます」

 

 

トキは自らの主の気を遣ってその場から離れようとするが、気を遣おうとした本人から許しが出たことで笑みを浮かべる

 

普段は無表情でいる事が多い彼女もリオの前では表情が豊かになる………とは言っても、表情筋が僅かに動く程度だが

それでも実際にトキの心の中では喜怒哀楽の感情が大きく揺れ動いており、一見無感情に見える彼女も年頃の少女らしく喜んだり悲しんだりしている

 

そして、その様子がリオの前でより顕著に現れるようになったのはやはり遊園地での一件からだろう

 

互いの本音をさらけ出して話し合ったあの日、命じる側と命じられる側だった2人の関係はより近しいものとなった

 

………否、2人の繋がりは元より強かった。遊園地での会話はそれを知る切っ掛けにすぎなかった

 

ならばその切っ掛けを作ったのが誰かとトキに問えば────彼女は間違いなく〝折川酒泉〟と答えるだろう

 

「……では、私はコーヒーの準備をしてきます。今頃酒泉がマスタードーナッツのボックスセットを片手にこの部屋まで向かって来ているはずですので」

 

「……手土産なんて必要無いのに」

 

「私が頼んでおきました」

 

 

が、相手が恩人だろうとそれはそれとして遠慮なく甘えるのが飛鳥馬トキ

 

ピースピース、と昔の彼女ならリオの前ではやらなかったであろうポーズを取る

 

リオは一瞬だけ微笑みそうになるものの、直前のトキの発言を思い出して頭を抱える

 

 

「トキ……貴方はまた彼に甘えて……」

 

「すみません……ですが、これは彼が自分から言い出した事です」

 

「……それは本当なの?」

 

「本当です」

 

 

虚妄のサンクトゥムを制圧した際の会話を思い出しながら、心の中で〝嘘は言ってません〟と呟くトキ

 

子供を叱ろうとしている様な視線を向けてくるリオから目を逸らすと、その視線はリオのスマホの画面に向けられる

 

 

「……リオ様、携帯が光っています」

 

「……酒泉から……?」

 

モモトークにメッセージが送られていることを確認したリオはそのまま画面をタップしてアプリを立ち上げる

 

酒泉とのトークルームを開くと、そこにはこう記されていた

 

 

 

 

酒泉:現在ゲーム開発部部室………天童さんに拉致られました、助けてください

 

 

 

 

「……あの子は何をしてるのかしら」

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。