「ええい!離せ!そんなに怒ることないだろう!ちょっと周辺の建物の風通しを良くしてやろうと思っただけじゃないか!」
「それがアウトなんだよ!」
「さっさと歩け!」
後ろ手に手錠をかけられ、そのまま風紀委員用の護送車に連れ込まれる鬼怒川カスミ
ギャーギャーと騒ぎ立てながら抵抗しているが、そんな事など関係なく護送車は動き出した
「全く……これで何度目になるんだか……」
「これで少しは落ち着いてくれると………いや、あり得ないか」
「今回も助かったよ、協力感謝する………折川酒泉」
────いえ、気にしないでください。買い物中に偶然温泉開発部と出会っただけなんで
「偶然………か、それって何度目だ?」
────ろ、六回……ですかね?
「………絶対に待ち伏せしているだろ」
「でも、確かに最近は見かけなかったし、本当に偶然かも?」
────そ、そう!それです!そうなんですよ!
「………本当か?」
嘘である、本当はミレニアムの件で重傷を負っていたから暫く入院していただけである
当然、ゲヘナの生徒には伝えていない
風紀委員の生徒達に呆れられたような視線を向けられ、下手くそな口笛で誤魔化す酒泉
今回以外にも何度も何度も風紀委員会との共闘経験がある酒泉は、今ではすっかり仲間の様な扱いになっている
「ゲヘナの治安を護りたいなら風紀委員会に入ればいいだろ?私達は歓迎するぞ?」
「強い仲間が増える分には全然OKだよねー」
────いや、シャーレとの掛け持ちは駄目っぽいんで……
「あー……そういえばそうだったな」
以前、先生に対して〝シャーレの仕事を最優先するからそれ以外の時間は風紀委員会として働きたい〟と進言した酒泉
しかし、先生の答えはノーだった
理由としてはやはり〝酒泉を戦わせたくない〟というのが一番大きいだろう
ただでさえ治安の悪いゲヘナ学園、その中でも特に目の敵にされやすい風紀委員会に所属する………それはつまり、戦闘に巻き込まれる危険性が高まるということだ
酒泉が傷ついていく姿を何度も見てきた先生としては、それだけは絶対に避けたかった
………まあ、この男はこうしてコッソリと戦ってしまってるのだが
「でも残念だなー、酒泉君が来てくれたら委員長も喜ぶと思うんだけど………」
「委員長?なんで?」
「知らないの?委員長と酒泉君がよく二人でデートしてるって話」
────はい?え、待って?そんな話になってんですか?
「えっ!?そうなの!?そんな関係だったの!?」
「なるほど……だからここ最近、やけに委員長がツヤツヤしていたのか」
自分の知らない所でいつの間にか話が盛られており、その内容に困惑する酒泉
訂正しようと声をかけるものの、風紀委員達はお構い無しに会話を続ける
「そういえば……最近、委員長と酒泉が二人で食事しているところを目撃したとかいう話があったりなかったり……」
「それなら私も二人で買い物してるところ見たことありますよ!」
「なんか前よりも毎日楽しそうにしてるよね、委員長……」
「一体どこの誰のおかげなんだろうねー?」
ニヤニヤと笑いながら酒泉に視線を集中させる風紀委員
少しでもヒナの負担を軽減できたり学生生活を楽しんでもらえれば、そんな思いを抱えながら酒泉は自分に出来ることを自分なりにやってきた
………それが世間一般で言う〝デート〟とほぼ同じ行動だということに気づかずに
「まさかあの委員長にあんな顔をさせられる人が現れるなんて………」
「あんな顔って……どんな顔?」
「そりゃあ、恋するおとm────もごっ!?」
「ばっ……馬鹿!後ろ後ろ!」
喋っている途中に突然口を塞がれる風紀委員の一人
彼女は何の事だと〝?〟を浮かべながらチラッと後ろを向く
「皆、お疲れ様」
「いっ……委員長!?どうしてこんな所に!?」
そこには、冷たいオーラを醸しながら無表情に佇む風紀委員長────空崎ヒナが立っていた
「今回の事件現場が偶々出張の帰り道にあったから寄ってみただけよ………それで?さっきの話の続きはしないの?」
「い、いやぁ……あはは……」
自らの上司の咎めるような目から逃れるべく、苦笑いで誤魔化す風紀委員達
ヒナもそれ以上睨むようなことはせず、溜め息を吐いてから口を開いた
「別に〝一言も喋るな〟と言うつもりはないけど………せめて最低限の仕事を終わらせてからにして」
「は、はいぃぃ!すいませんでしたあああ!」
「い、今すぐゲヘナ学園に帰還します!」
「失礼しましたー!」
「が、頑張ってくださーい!」
「頑張るって……何が?」
各々が駆け足で去っていく中、最後の最後で訳の分からないことを言われたヒナは首を傾げる
しかし何度考えても言葉の意味がよく理解できなかったヒナは一先ずその事は置いといて酒泉に礼を言う
「………ごめんなさい、また風紀委員の仕事に酒泉を巻き込んでしまって………」
────いえ、今回も偶然犯人達と遭遇しただけなんで!
「……その言い訳もそろそろ苦しくなってきたけど」
自分と会う度に同じ言い訳をしてきた酒泉、ヒナはそんな彼に対して呆れ半分と申し訳なさ半分の複雑な感情を抱く
「それにしても……噂になってたんだね、私達のこと」
────冷静に考えてみたらゲヘナ学園の風紀委員長って普通に有名ですもんね………すいません、ちゃんとその辺りの問題も考えておくべきでした
「ううん、気にしないで。私は……その……────だから」
────はい?すいません、最後の方がちょっと聞き取れなくて……
「だ、だから……私は……嫌、じゃないから……酒泉と噂になる……こと……」
顔を赤らめながらチラチラと上目遣いで酒泉を見つめるヒナ
「そ、それじゃあ……私も戻るから………………またね、酒泉」
────………あ、お疲れ様でした
自分で言ってて恥ずかしくなってきたのか、ヒナは挨拶だけしてそそくさと去っていった
そんな彼女に対して酒泉は〝俺なんかの為に気を遣ってくれるなんて………空崎さんは優しいなぁ〟などとクソボケな事を考えながら仕事の為にシャーレに向かった
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「………デートの線引き?」
シャーレのオフィス内
書類仕事をある程度片付け、休憩時間に入った先生が呟く
話の流れは至って単純、休憩中に頭を捻っていた酒泉に〝何かあったの?〟と話しかけ、先生が彼の悩み事を聞こうとしたのが始まりだった
「えっと……ごめん、どういう意味?」
────男女で出掛けた時、どこからが普通の遊びでどこからがデートになるのかなって
「ああ、そういう事ね」
────まず恋人や夫婦で出かけるのは間違いなくデートでしょ?まだ恋人関係でなくてもいずれそうなる期待をして誘うのもデートでしょ?
「うん、それはデートで間違いないね」
────じゃあ、普通の友達ぐらいの関係の男女で出掛けた場合は?
「うーん……ただ遊びに行っただけ………いや、でも見方によってはデート……なのかなぁ……?」
互いに異性とのデート経験無しの教師と教え子が二人揃って首を傾げる
………尤も、先生の場合は彼女を好いている同性の生徒達からはデートに誘われたことはあるし、酒泉も酒泉で自覚していないだけで誰かと二人で出掛けた際に相手側はデートだと思っていたかもしれないが
とにかく、今回ばかりは大人である先生にも答えられないような難しい質問だった
「私は異性とそういう関係になったことがないからなぁ………ごめんね、ちょっと分からないや」
────いえ、俺もそんな相手居たことないんで……
「…………へ、へー?酒泉もなんだ?そっか、そうなんだぁ……」
力になれなかった事を申し訳なく思った先生だが、その直後に一つの疑問が思い浮かんだ
「あれ?特に恋人とかも居ないならどうしてデートの事で悩んでいたの?友達に相談されたとか?」
────いや、実はちょっと前から空崎さんと二人で色んな所に遊びにいってるんですけど、それを〝デートしてる〟って他の生徒達に噂されちゃいまして………
「………えっ?」
────空崎さんってただでさえ忙しい立場なのに、俺なんかと一緒に噂されて余計な心労掛けちゃってないかなって………
「い、いつの間にヒナと………」
調印式の時の事を思えば二人が仲良くなっていても何もおかしな話ではない
……のだが、先生は自分が居ない間に二人の関係が深まっていたことに謎の寂しさを感じた
「ねえ、酒泉って生徒達の中でも特にヒナのことを気に掛けているけど………それってさ、まさか……その……」
────ん?気に掛けている理由でも聞きたいんですか?それなら単純に空崎さんには幸せになってほしいからですよ
「幸せにっ!?」
────三年の……最後の学園生活ぐらい楽しんでほしいじゃないですか
「あっ……〝幸せになってほしい〟ってそういうことか……てっきり別の意味かと……」
────別の意味?何の?
「う、ううん!何でもないよ!」
────はぁ、そうですか………んー……どうするべきかなぁ……
突然アタフタしたかと思えば、すぐに首を振って元の様子に戻る先生
未だにどうするべきか悩む酒泉に先生は一つの提案をする
「それならさ……人目につきにくい所に遊びにいけばいいんじゃない?」
────なるほど、その手がありましたか………でも俺、そういう場所ってあんま知らないんですよね
────スイーツ系の〝隠れた名店!〟みたいなのは他の学園の範囲でも結構知ってるんですけどね
「あー……そうなんだ………それじゃあ、事前に人目があまりなくて楽しめそうな場所を調べておいたら?それで明日とか土曜日だし直接行って確かめてみるとか!」
────そうしてみますか……偶にはのんびりと遠出するのも悪くないですしね!
〝空崎さん楽しんでくれるかなー〟と呟きながらスマホを取り出して早速調べものをする酒泉
(良かった……力になれた……)
自分に悩みを打ち明けてくれた事とちゃんと生徒の力になれた事への嬉しさで微笑む先生
(いつもシャーレの仕事で危険な目に合わせちゃってたし、休日くらい普通に過ごさせてあげたいな……)
彼女は傷だらけの少年が少しでも休めるようにと心の底から思い────しかし、その心に〝待った〟をかける別の考えが浮かんだ
(………本当にこのまま一人で向かわせてもいいの?また私の見てない所で怪我をするんじゃ……)
(でも、今回の悩みは危険な事には絡まない内容だったし………)
(いや、万が一ってこともあり得るよね………)
(でも、この前ノアに遠回しに過保護だって言われちゃったし……)
(そもそも酒泉を監視する為に休日も付きまとうなんて、生徒を疑ってるみたいだし………)
(………冷静に考えたら教師が特定個人の生徒に固執すること自体おかしいんじゃ……)
────先生?………先生!
「……えっ?な、なに?」
一人頭の中で考えを巡らせる先生
集中しすぎたせいで酒泉の声が聞こえておらず、耳元近くで呼ばれてしまった
「ごめん、ちょっと考え事してて……」
────いえ、〝アドバイスありがとうございます〟って礼を言っただけなんで………それより、なんかボーっとしてましたけど大丈夫です?仕事疲れとか残ってません?
「全然!いつも酒泉や当番の皆が手伝ってくれてるお陰で元気いっぱいだよ!」
ムンッ!と腕に力を込めて身体が健康であることをアピールする先生
可哀想なことに非力なせいで大して腕に変化がないが、酒泉はそれを苦笑いしながらスルーした
「よし!それじゃ、仕事を再開しよっか!酒泉、今日の当番は?」
────はい、今日の当番は………
二人は今日もシャーレのオフィスで仕事と向き合う
事件の規模に大小の差はあれど、シャーレはそれの解決の為に働き続ける
全ては生徒の為に、全てはキヴォトスの為に
これまでも、これからも
次の月曜日、折川酒泉はゲヘナ学園に登校しなかった
シャーレに姿を現すこともなかった