私が酒泉を意識し始める前から既に、酒泉は私のことを支えてくれていた
暴徒制圧の為に私が現場に出向く際は事前に敵戦力の情報を集め、私が不在の場合は私が帰ってくる前に無理してでも事件を解決させる
戦闘による被害を抑える為に敵を広い場所まで誘導してくれたり事前に民間人の避難誘導も行い、敵の戦闘後の報告も被害の総計も私の代わりに書き記してくれた
『ああ、残りは俺がやるんで大丈夫っすよ。空崎さんは先帰っててください』
でも、そのサポートも〝最初は〟そこまで露骨な物じゃなかった
さりげなく………仕事が終わったからついでに、といった感じで私に気を遣わせない為にアッサリとした態度で接してきていた
だから私もその時は〝彼が居る日は仕事がスムーズに進むな〟くらいにしか思ってなかった
『……あ、もしもし?空崎さん?さっき出されてた救援要請なんですけど俺の方が近かったんで代わりに行ってきます………ってか行っちゃいました』
それが顕著になり始めたのはそう遠くなかった
彼は明らかに私を助けてくれている
仕事以外では彼の方から話しかけてくる事はあまりないし、仕事中でも〝お疲れ様です〟や〝おはようございます〟程度の会話しかしてこなかった
私と仲良くなる為とか私の立場に肖る為ではない、特に私に何を求めることもなく私の仕事を手伝ってくれていた
どうしてそんな事をするんだろう、何もメリットが無いのに
それが気になって偶然仕事が重なった日、酒泉に理由を尋ねてみた
『空崎さんにも普通の学生らしく楽しんでほしいから』
困った、改めて聞いてもメリットが無かった
私にばかり働かせる訳にはいかないとか学生が学生生活を満喫できないのはおかしいとか、その時の酒泉は色々と言っていたが1つだけハッキリと分かった事がある
それは、折川酒泉という少年はずっと私に無償の愛を注ぎ続けてくれていた……という事
それを自覚した日から私が自分から酒泉に声を掛ける機会が増えていった
仕事外でも軽い雑談をするようになり、時間が合った時には仕事帰りに2人で食事しに行く日もあった
そうして2人で過ごす度に彼の優しさを近くで浴び、それを心地好く感じた私は益々彼の隣に居る時間が増えた
不思議な感覚だった、誰かに甘えるというのが
でも、それは決して嫌な感覚ではなくて、むしろ手放したくないほど幸せなもので
『……私が卒業した後も……私のこと支えてくれる?』
だから、あんな事を聞いてしまった
その言葉に酒泉が頷いてくれた時、私は嬉しかった
………そのせいで酒泉が私に縛られてしまう事になるとも知らずに
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「……じゃあ、私は訓練の為のグラウンドの使用許可を万魔殿から貰ってくるから」
「はい……あの、空崎さん!あのタヌキの所に行くなら俺も一緒に……」
「大丈夫よ、酒泉はここで仕事してて」
「わ、わかりました………あ!そうだ!この前温泉開発部がぶっ壊した廊下の修復作業の途中報告書の作成なんですけど………こっちの仕事が終わったら俺も手伝い────」
「それも大丈夫だから」
「……はい」
こんにちは、折川酒泉です
早速ですが空崎さんに色々拒否られて辛いです
最初は何か怒らせるような事をやらかしてしまったかと思ったけど………この対応は………
「……私の仕事は気にしないで、酒泉には家で待ってる人が居るでしょ?」
「ま、まあ……でも、そんな遅くならなければ────」
「いつまでも酒泉に甘えてる訳にはいかないし、それに………私はもう1人でも大丈夫だから」
……俺に……気を遣ってる……?
明らかに何かを隠している態度だが、空崎さんは何も教えてくれない
「……酒泉、今度はどんな娘を堕としたのさ」
「何で俺が女の子を引っかけた前提なんですか………誰も堕としてませんよ、多分」
「だって委員長が酒泉と距離を離す理由なんて………ん?多分?」
頭の中に狐面を被ったヤンデレと黒い制服を着た正義の少女の姿が思い浮かび、全く誰も堕としていないとは言い切れなくなる
直球に(恋愛方面の)好意をぶつけられておきながらモテない発言なんて出来ないしな、うん
「………そういえば〝あの戦い〟で酒泉君が厄災の狐に目をつけられたという噂を耳にしましたが………まさか酒泉君は彼女を?」
「あー……まあ……堕としたっていうか……堕ちてたっていうか……」
火宮さんからコソコソと問われ、その質問に正直に答える
でも狐坂さんの件に関しては俺は無罪だと思うんだ、だってただ一緒に共闘しただけで〝貴方様〟って呼ばれるとは思わないじゃん
狐キャラは前世関係に強い法則でもあるのか、助けてスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ様
「やっぱり堕としてるじゃん」
「いつも通りの酒泉君ですね」
「……すけこまし」
「……見境なし」
「ひぃん……」
銀鏡さんと火宮さん、2人の女性に罵られて情けない悲鳴が漏れ出てしまう
俺には両耳から罵倒ASMRを聞かされて興奮する趣味は無いのだ
「……で?本当に何やったのさ、見た限りだとあんま〝怒ってる〟って感じはしないけど……」
「避けているというか……遠慮しているというか……」
「困ったことに本当に心当たりがないんですよね」
……いや、心当たりが無いというのは正しくないな
間違いなく原因は〝あの電話〟だろう………空崎さんが〝私の事はもう支えなくていい〟と伝えてきたあの
だが、突然そんな事を言い出した理由が分からない
今日朝会った時も仕事を始める前も理由を聞いてみたが、その度に返ってきたのは話を逸らしたり誤魔化したりするような答えばかりだった
『これからは砂狼シロコのことを支えてあげてね……じゃあ、そういう事だから』
……もしかして、空崎さんはシロコさんの傷を癒す為にあんなことを言ったのか?
それなら合点がいくが………うーん
「……なんか……変な感じがするなぁ……」
「ん?何が?」
「あ、いや……なんでも」
ついポロッと溢してしまった言葉を銀鏡さんに拾われるが、咄嗟に誤魔化す
この感覚はなんなんだろうな……モヤモヤ……ではないな
それよりも、こう……胸がざわつく様な……嫌な感じが……
「………ヒナ委員長、そういえば訓練で使用する弾薬が足りるか不安なので倉庫の方から幾つか持っていこうと思うのですが………少々席を外してもよろしいでしょうか?」
「うん、構わないよ」
「ありがとうございます………それと酒泉の手もお借りしてよろしいでしょうか?その方が早く運び終えられますし」
「…………え?俺も?」
「……いいよ」
「ありがとうございます………ほら、行きますよ」
「えーっと……りょ、了解です……じゃあ、行って来ますね、空崎さん」
そうこう考えていると突然天雨さんから呼び出しをくらい、咄嗟に放った俺の言葉に返事をすることもなく空崎さんは無言で頷く
やはり何かがおかしいと違和感を抱きながらもそれを問い詰める事ができずにいると、立ちっぱなしで移動しようとしない俺に痺れを切らした天雨さんが腕を引っ張ってきた
その際、一瞬だけ空崎さんの目が細められるがすぐに元に戻った
「天雨さーん、この倉庫結構埃っぽくなってませんか?」
「あの大事件があったせいで暫く掃除どころではありませんでしたからね………時間が空いている時に念入りに掃除した方が良さそうですね」
ダンボール箱に被った埃を払いながら中身を漁ると未使用の弾薬が大量に出てきた
色彩に備えて大量に発注しておいた武器や弾薬の余りはこうして全部倉庫に入れられている
「……っと……そういえば今回の訓練って結構気合い入れてますよね?いつも以上にスペース取ってたり道具もいっぱい用意してたりと」
「大規模の訓練を行う事で最近行動が活発になってきた多くの問題児達への抑止力をアピールしようとしているんですよ………まあ、一部の方々はそんなこと気にも留めないでしょうけど」
「いつものゲヘナっすね……ったく、俺達の仕事を増やしやがって……」
美食研究会、便利屋68、温泉開発部
彼女達のように実力が伴っているが故に他者からの抑制を物ともせず暴れまわるような問題児がいれば、大して強くもないのに風紀委員に喧嘩を売るような真似をする命知らずも存在する
だが、そんな両者にも共通点がある。それは………どちらとも風紀委員会の仕事を増やしてくる存在であるという事だ
「はぁ……少しは静かにできないんですかねぇ……」
「全くです………これではまたヒナ委員長の仕事が増えてしまいますよ」
「まあ、そん時は俺達が空崎さんを支えて─────」
『これからは砂狼シロコのことを支えてあげてね……じゃあ、そういう事だから』
「………っ」
空崎さんの言葉が先程と同じ様に頭の中に響く
言葉を途中で止めた俺を天雨さんが訝しげに見つめてくる
「……ヒナ委員長がどうかされましたか?」
「……いえ……別に……」
「………はぁ……酒泉、私が貴方に荷物持ちをさせる為だけにここまで連れてきたとお思いですか?」
「……え?」
「ここなら2人きりになれますからね………ほら、ヒナ委員長と何があったのかさっさと吐いてください。また委員長の前で他校の生徒を口説いたんですか?それともまた委員長が怒るような自己犠牲を?」
胸元を指先で強めに突っつかれながら話を急かされる
恐らく天雨さんは俺が悩みを相談しやすいように気を遣ってくれて「貴方だけヒナ委員長と秘密を共有してるなんてズルいですよ!」そんな事なかったわこの人空崎さんの事しか考えてねえわ
「なんだよ……少しくらい俺の心配してくれてもいいじゃないですか……」
「嫌ですよどうして私がヒナ委員長よりも貴方みたいなクソボケを優先しないといけないんですか」
「……アトラ・ハシース内ではあんなに心配してくれたのに」
「あ、あれは………仕事手が減るのを心配していただけです!」
クソボケ呼ばわりされた仕返しに軽くからかってみると、天雨さんは俺の想像通り顔を真っ赤にして否定してきた
素直に認めようとしない辺り天雨さんから面倒臭さの片鱗を感じる
「それよりも!今は貴方とヒナ委員長の話をしているんですよ!話を逸らさないでください!」
「ああー………天雨さんの気持ちは嬉しいですけど、今回の件に関しては何となく原因が分かってきたんで俺1人で解決してみますよ」
「………なんだ、ちゃんと見当がついていたんですね。それなら早く委員長と仲直りしてきてくださいよ……心配して損しました」
「やっぱり心配してくれてたんですね」
「ええ、ヒナ委員長の心配だけですが」
やはり何処まで行っても素直にならない天雨さんに苦笑しつつも、お心遣いありがとうございますと礼を言ってから再び弾薬整理の作業に戻る
幾つかのダンボールを積み上げてから一気に持ち上げようと腰を下ろし、両足と両手に力を込める
「……で?結局、何が原因だったんですか?」
「えぇ……この話、まだ続けるんですか?」
……が、その直前に天雨さんが先程の会話の続きを再開し、一旦荷物を置いて立ち上がる
「当然です、もし貴方の言う〝原因〟とやらが全くの勘違いだとしたら謝ったところで委員長の機嫌を損ねるだけですよ?」
「んー……結構当たってる自信はあるんですけど……」
むしろアレ以外の理由が思い付かないが……事態がややこしくなる前に一度天雨さんにも意見を聞いておくか
「……実は昔、ゲヘナ学園に入学するより前に空崎さんに〝卒業した後も私のことを支えてほしい〟みたいなお願いをされた事があったんですよ」
「は?自慢ですか?」
「アンタが聞いてきたんでしょ!?」
「それとこれとは話が別です!なんですかその羨ましいお願いは!?」
自分から聞いてきたにも関わらず正直に答えたらキレられた、理不尽
……もういいや、無視して話を続けよう
「………俺はその約束を叶える為にゲヘナ学園に入学しました、全ては空崎さんを支えて少しでも空崎さんに楽をさせる為に」
「なるほど、ストーカーですか」
「この眼の力もこの身体に染み付いた戦闘技術も全部、空崎さんだけに負担を掛けさせない為に………〝空崎ヒナだけの風紀委員会〟なんて誰にも言わせない為に鍛え上げたものです」
「愛が重すぎません?貴方のヤンデレなんて誰にも需要ありませんよ?」
「風紀委員会に入り立ての頃は訓練で壁にぶち当たったり問題児を取り逃がしたりと色々辛いことがありましたけど、〝これで空崎さんが楽になるなら〟と思えばいくらでも頑張ることができました………それだけあの約束は俺にとって大切なものだったんです」
「まるで忠犬みたいですね、首輪でも差し上げましょうか?」
「いい加減にしろやその横乳ひっぱたいてやろうか」
話を進める度に天雨さんが余計な口を挟んでくるせいでついキレてしまった
……が、何故か天雨さんも顔をクワッ!と迫らせて逆ギレしてきた
「さっきからヒナ委員長ヒナ委員長と!惚気ですか!?」
「はあ!?まさかただの嫉妬心だけでチクチクと言葉で突いてきたんですか!?そっちが聞かせろって言ったんでしょ!?」
「私は〝何が原因だったのか〟と聞いただけです!〝貴方がヒナ委員長に尽くす理由を言え〟だなんて一言も言った覚えはありませんよ!」
「最後まで黙って聞いてりゃその内話しますよ!天雨さんは〝待て〟もできないんですか!?」
「嫌ですよ!貴方とヒナ委員長の馴れ初めなんて聞いてたら全部聞き終える前に私の脳が粉々になるに決まってるじゃないですか!」
「なんだその理由!?」
「私だってヒナ委員長に甘えられたかった!〝私を支えてほしい〟って頼られたかった!ヒナ委員長をこの胸で包み込みたかった!そのまま頭をなでなでしながら髪の匂いを思いっきり嗅ぎたかった!」
「うわぁ……」
「でも私は!酒泉みたいにはなれない!」
「俺が空崎さんの髪の匂いを思いっきり嗅いでるみたいな扱いするのやめてくれません?」
少なくとも自分の意思で嗅いだ事はありません、信じてください僕は無実です
……いや、まあ……距離感が近い時とかは……その……自然とあったかもしれないけど……
「ああもう!また話が脱線した!次、余計なこと言ったらもう話しませんからね!………あれ?どこまで話しましたっけ?」
「貴方がヒナ委員長に尽くす理由を勝手に自分語りしたところまでですよ」
「なんかその言い方ムカつくな………まあ、とにかく俺が言いたいのは俺の行動原理には常に空崎さんの存在があった……みたいな……」
「……まあ、貴方がヒナ委員長の大きな支えになっていることは事実ですしその心掛けは認めますよ」
「そう、ですね……力になれてたらいいんですけど……」
「………なんですか、ハッキリしませんね………私の言う事が間違っていると?」
「いや、その……実は……言われちゃったんですよ……」
「……何を?」
「〝もう私の事は支えなくていいから砂狼シロコを支えてあげて〟って……」
「………はい?」
天雨さんは心底不思議そうに首を傾げる
その表情はまるで信じられない事を聞いた時のような表情だった
「……あのヒナ委員長が?貴方を必要無いと?……何かの冗談では?」
「俺だって冗談だと思いたかったですよ……でも、天雨さんだって仕事中の俺と空崎さんの会話聞いてたでしょう?」
「………まさか本当に?」
力無く頷くと、天雨さんは自身の顎に手を当てて何かを考え込む
「………それで?貴方はなんて答えたんですか?」
「……その、答えることすらできなくて……ひたすら困惑してました」
それを聞いた瞬間、天雨さんは突然俺の両肩を掴んでぐわんぐわんと身体を揺らしてきた
「貴方は!どうして!そこで!即答!できないんですか!」
「うおおぉぉぉおおお!!?揺らすな揺らすな!?気持ち悪いから!?」
「そこは〝嫌です!これからもお側に居させてください〟って答えるべきでしょう!!?」
「だ、だって!突然の事すぎて────うわぁ!?急に離すなぁ!?」
天雨さんは突然手を離したかと思えば今度は俺の額にデコピンを食らわせてきた
涙目になりながら天雨さんを睨み付けるが彼女は逆に俺を睨み返してきて
「いいですか!?そもそもあのヒナ委員長が他者に甘えてる時点で奇跡のような出来事なんですよ!?人前では滅多に弱みを見せないヒナ委員長が誰かに甘えたとしたら、その相手はヒナ委員長にとって替えの利かないほど大切な存在だということです!」
「そ、それは……まあ……そうでしょうけど………痛ぁ!?」
「そんなヒナ委員長が!!簡単に貴方を!!手放すはずがないでしょう!?」
「痛ぁ!?痛い!!やめっ……いったぁ!?」
説教しながらも何度も何度も俺の額にデコピンを繰り返す天雨さん
額の中央が真っ赤になってきた頃、天雨さんは漸くその指を止めてくれた
「……いいですか、今から言う事は全部聞き終えたらすぐに忘れなさい」
かと思えば、すぐに悔しそうな表情で睨んできた
「酒泉、貴方が風紀委員会に入るまで私達はヒナ委員長に頼りっぱなしでした………〝ヒナ委員長が居なければ風紀委員会など怖くない〟と、ヒナ委員長不在の時を狙って暴れる暴徒が山ほど存在しました」
「勿論私達もやれる事は全てやりました……ですが、私もイオリもチナツもゲヘナの馬鹿共の抑止力になれる程の実力はありませんでした」
「でも!貴方は違った!その身体の脆さを補うかの様に育ったその〝眼〟で敵を制圧し、その名を瞬く間に学園中に知らしめていった!」
「貴方が来た日からヒナ委員長の仕事は目に見えて減り、その身の疲労も回復していきました!分かりますか!?それを見ていた私がどれほど悔しかったのか!!」
「私じゃヒナ委員長の力になれなかったのに後から来た貴方の方がヒナ委員長の役に立ってヒナ委員長にも好かれているなんて………!何度羨んだか!何度嫉妬したことか!」
「………でも、それと同時に感謝もしているんです……ヒナ委員長を救ってくれたことを」
一通り叫ぶと、天雨さんは肩で息をしながら俺の前に立つ
「貴方程の実力者なら……貴方程ヒナ委員長を愛している者ならヒナ委員長を任せられる、そんな想いを抱きながら私は身を引く決意をしました」
「全然引いてませんよね、めっちゃ突っ掛かってきてますよね」
「そんな貴方が……私が認めた貴方がヒナ委員長を諦めるなんて!そんな事は許しませんよ!」
「おう答えろや」
都合の悪い事は聞いていないのか、それとも聞こえていない振りをしているのか
色々と言いたい事はある………けど
「……天雨さん」
「……なんですか」
「ありがとうございます………天雨さんのお陰で目が覚めました」
「……別に貴方の為に言った訳ではありませんから、ヒナ委員長を落ち込ませたままにしておきたくなかっただけです」
「………俺、空崎さんからちゃんと本心が聞けるまでアタックし続けようと思います」
「……なら私に礼を言ってる暇などないでしょう、ほら!さっさと行ってください!」
天雨さんに強引に背中を押されて倉庫の外に出る
……あ、でもその前に
「天雨さん、さっき〝私は役に立てなかった〟みたいなこと言ってませんけど………そんな事ありませんよ」
「………」
「だって、さっきの天雨さん曰く俺がヒナ委員長を助けたらしいですけど…………天雨さんの場合は俺が来るまでずっと空崎さんと一緒に働いていたんでしょう?だったら天雨さんの方が空崎さんを支えていた期間が長いでしょ」
「……っ!またそうやって、貴方は────」
「天雨さんが俺に繋いでくれた………だから空崎さんが色々と背負い込む前に間に合うことができた、俺はそう思ってますよ」
本心から褒めたところでどうせ天雨さんは〝お世辞ですか!?〟みたいにキレるに違いない
ということで言いたい事だけ言ってさっさと倉庫からおさらばしよう
「……そうやってヒナ委員長以外も支えてしまう貴方だから、私は………」
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廊下を歩く足音が鳴る度に周囲の生徒達から視線が集まる
それは私の……〝空崎ヒナ〟の噂を知って興味本位で見つめてくる生徒だったり、実際に私に制圧された事があって私に恐怖を抱いている生徒だったりと様々な人達だった
風紀委員室に戻るついでに校内の見回りをしていただけなのにここまで視線を集める事になるなんて………まあ、怯えている人達に関してはこのまま大人しくしてくれるならそれでいいけど
「おいおい……なんか今日は機嫌が悪そうじゃないか?」
「本当だ……なんか恐ろしいオーラが出てるような……」
「近くに折川酒泉が居ないからか……?あの風紀委員長も随分とお熱だよなぁ」
………なんだ、周りから視線を集めていたのにはちゃんと理由があったんだ
自分ではしっかり取り繕っていたつもりだけど、どうやら長年慣れ親しんでいた環境から離れたばかりでは簡単には感情の制御ができないらしい
その事を自己反省しながらヒソヒソと噂してくる生徒達をチラッと見ると、まだ私が何も言っていないのにも関わらずその子達はガタガタと怯え始めた
「やばっ……今の会話聞かれてたか!?」
「おい!謝っとけよ!?」
「〝恐ろしいオーラが出てる〟って言っただけだろ!?そんなの気にするほどの言葉じゃ────ん?あれ……折川酒泉じゃね?」
「あん?なに言って………あ、ホントだ」
今後の酒泉との関係の為にも彼女達に〝変な噂話をしないように〟とだけ注意しようとしたが、直後に酒泉の名前が出てきて足が止まる
彼女達の視線の先と同じ方を見れば、後ろから本当に酒泉が歩いてきていた
そうして後ろを向いた際に酒泉と目が合い、それを見逃さなかったであろう彼は一直線に私の元まで向かってきた
「酒泉……話ならまた今度、時間が空いた時に聞いてあげるから」
「俺は今話したいんです」
酒泉は私の腕を掴んだままそう答える………正直、今の言葉は意外だった
だって酒泉が個人的な理由だけで私に我儘を言ってきた事は一度もなかったから………誰かを助ける為に我儘を言ってきた事は何度もあったけど
「……仕事の話ならともかく、酒泉の個人的な用に付き合うつもりはない」
「なら無理矢理付き合わせます」
「………酒泉」
「……」
咎めるように睨んでも酒泉の態度は変わらない
むしろその目で力強く私を見つめ返し、私の腕を握る手にも力が入る
互いに無言のまま時間が進むと、偶然廊下を通り掛かった人達がなんだなんだと少しずつその場に立ち止まって私達に視線を集め始める
「……酒泉、注目を集めちゃってるから……」
「周りなんてどうでもいいです、俺は空崎さんだけを見ているんですから」
こんな状況でも相変わらず女の子を誤解させるような言葉を吐く酒泉に呆れ、思わず冷たい視線を送ってしまう
……けど、それでも一瞬胸が高鳴ってしまった私は我ながら単純すぎる
「……酒泉、離して」
「離したら逃げるでしょ?」
酒泉が私を慕ってくれているのはゲヘナ学園の生徒なら誰でも知っている、彼はそれほど私の為に尽くし続けてきてくれたのだから
それ故に酒泉が私の命令に逆らっている場面を見るのは物珍しいのか、廊下に立っている人や教室の窓から覗き込んでいる人達からヒソヒソ声が聞こえてくる
「おいおい……なんだ?喧嘩か?」
「あの2人が?……珍しいな」
「えっ!?なになに!?ヒナっち告られてんの!?」
「おお……こんな大勢の前で告白するなんてあの子勇気あるね」
「しゅ、酒泉………お願いだから言うことを聞いて」
「嫌です、絶対に離しません」
「……ほ、ほら……人も集まってきてるから……」
「………じゃあ、人が居ない所なら良いんですね?」
「そういう事じゃ─────って、ちょっ……ま、待って!酒泉!」
酒泉は後ろを向くと私の腕を掴んだままズカズカと歩き出した
私の力なら酒泉の手を強引に振りほどく事ができるけど、彼の勢いと真剣な表情に押されて不思議と抗う気が起きなかった
………もしかしたら、私も心の何処かで酒泉と話し合うことを望んでいたのかもしれないけど
「なんだなんだ?どっかでタイマンでも張るのか?」
「馬鹿!ちげぇよ!あれは……ほら……2人きりになってアレすんだよ!」
「大胆だね……」
「ヒナっちがんばれー!」
……でも、こんなに誤解を生んでしまうような強引な方法はあまり褒められるものではない
話し合いが終わったら今回の件について強く咎めよう、これ以上私みたいな被害者を出さない為に────いや、誰が酒泉の毒牙にかかろうと私にはもう関係ないか
だって私は……もう、酒泉とは……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………」
「……あー……えっと……」
空崎さんを校舎裏まで連れてきたはいいものの、ここに着くまでの流れが強引すぎて気まずくなってしまう
「……腕、掴んじゃってすいませんでした………痛めてないですか?」
「問題無いけど………そんな心配をするくらいなら最初からやらないでほしかった」
「………ほ、本当にすいませんでした」
特に痛がる素振りも見せず、腕も赤くなってたりはしていない辺り本当に問題無いのだろう
……どちらかと言えば腕よりも顔の方が赤いように見えるが……少々早く歩きすぎたせいだろうか
空崎さんの体力的に大丈夫だと思ってたんだけど………仕事疲れでも残ってたか?
「……はぁ」
「あ、あの……」
「私を無理矢理連れ出したことはもういいから………後で叱るけど」
「あ、ですよね……」
まあ、お叱りだけで済ませてくれるのは空崎さんの優しいだろう………女性にこんな事したらぶん殴られてもおかしくないし
「………それで?酒泉がしたい話っていうのは何?まだ仕事だって残ってるし手短に済ませてほしいんだけど」
心底どうでもよさそうに視線を適当な場所に向けながら、無表情のまま訪ねてくる空崎さん
此方も覚悟を決め、単刀直入に話を切り出すことにした
「………俺が空崎さんに聞きたいのは……〝あの電話〟で言ってた事の件についてです」
「〝あの電話〟じゃ何の事か分からないわ」
「……じゃあハッキリ言わせてもらいますね────どうして〝私の事は支えなくていい〟なんて言ったんですか」
ピクリと空崎さんの身体が動いたのを見逃さなかった
「……どうしてって……別に特別な理由はないけど」
「………本当ですか?」
「………私ももうすぐ卒業だし、残された時間ぐらいは私1人の力で頑張ろうかなって思っただけよ」
特に引っ掛かる事もない、普通にあり得そうな理由を平然と口にされる
表情も無表情を保ったままそっぽを向いており、空崎さんの事を知らない人から見れば何事もなかったかのように感じるだろう
でも、俺は知っている………この人は平然な振りをしてすぐに自分の中に問題事を溜め込んでしまうと
「……じゃあ、なんであの言葉の後〝これからは砂狼シロコを支えてあげて〟って続けたんですか」
「………」
「本当はシロコさんに気を遣ってあんな事を言ったんじゃないですか?空崎さんではなく、精神が不安定なシロコさんを支えさせる為に………」
「………違う、彼女の事はついでよ。酒泉の勝手な妄想を私に押し付けないで」
「……っ」
「話はそれだけ?それなら私は仕事に戻らせてもらうから」
素っ気なく答えると、空崎さんは俺に見向きもせず校舎内に戻ろうとする
その腕を再び掴もうとするが、今度はパシッ!と呆気なく手を振り払われてしまう
「……しつこい」
怒りが込められた目で睨まれた後、たった一言だけ吐き捨てられる
この目はゲヘナの問題児が事件を起こした時とも違う、相手を心底軽蔑した時のような目だ
空崎さんにこんな冷たい対応をされたのは初めてだった、その事実は俺の心を深く抉ることになる────これが空崎さんの下手くそな〝演技〟じゃなければ
「……俺は騙されませんよ、本気でキレた時の空崎さんの目はもっと怖いんですから」
「……そう、だったら本当に怒ってあげよっか」
瞬間、空崎さんから殺意に似た何かが飛び出してくる
それはゲヘナの暴徒達を制圧する時に発せられる〝圧〟と同じ、敵対者に向けられる冷酷な空気だった
「……今日の空崎さんは随分と短気ですね」
「酒泉、私はこんな所で無駄話をしている時間はないの。こうしている間にも仕事は溜まっていくんだから」
「じゃあ俺も手伝いますよ、その仕事」
「その必要はないわ、酒泉は自分の仕事だけ終わらせたら帰っていいから」
此方の提案を断った空崎さんはそのまま俺に背を向けてきた
「……じゃあ」
「ぁ……あの!待ってくださ───」
「待たない」
空崎さんはうんざりしながら〝もう行くから〟とだけ言葉を残し、その場を立ち去る
その小さな背中になんて声を掛けようかと思考を巡らせている間にも空崎さんの姿はどんどん遠ざかっていく
……どうする?なんて呼び止める?
待ってください?その言葉は届かなかっただろ
話を聞いてください?これも駄目だ、話を聞いた上で拒絶された
じゃあまた無理やり引っ張って────空崎さんと正面から力比べしたところで勝てるはずがない、ここまで連れてこられた事すら奇跡なのに
そもそもどうしてこうなった?空崎さんはシロコさんに気を遣って俺に約束を忘れるように言ってきたんじゃないのか?
だって、そうすればシロコさんのメンタルが安定するまで俺がシロコさんを支えられるからって……そう思ってたのに……でも、空崎さんはその理由を否定した
どうして、何故、何がいけなかった、そんな言葉ばかりが頭の中に浮かんでくる………こんなに思考が混乱したのは初めてだった
その混乱の理由は空崎さんと喧嘩をした事がなかったから………ではないな
空崎さんとの喧嘩自体は昔アリウス自治区に乗り込む前にした事があるものの、それは互いの譲れない想いをぶつけ合う一種のコミュニケーションの様なものだった
だが、今回の場合は喧嘩というよりも空崎さんからの一方的な拒絶に感じる
何を言おうにも取り合ってくれず、言い合いに発展させる事すらできない
「……お、お願いします!少しだけ……一瞬だけでもいいですから!」
「………」
「だから!足を止めてください!」
振り替えることもせず無言のまま歩き続ける、その行動が空崎さんの答えなのだろう
「……っ……どうして……!」
止まってくれない、話を聞いてくれない
そんな嘆きを自らの尊敬する上司に吐き捨てそうになり、咄嗟に口を両手で塞ぐ
外に吐き出せなかった言葉が行き場を失い、代わりに自分の心の奥底に溜まっていく様な感覚を覚える
「……くそっ……!」
少し前まで互いに命を預けあっていたはずのに、簡単には切り離せない繋がりがあったはずなのに
何も理由が分からないまま俺達の信頼関係がアッサリと引き裂かれたような気がして酷く心が痛む
ずっと一緒に戦ってきたのに
俺が怪我した時はあんなに心配してくれたのに
入院した時は何度もお世話してくれたのに
2人で弁当の交換だってしたのに
トリニティで美味しいスイーツを一緒に食べに行ったりしたのに
俺が伸び悩んでいた時は訓練に付き合ってくれたのに
仕事だろうとプライベートだろうと何度も2人で歩んできたのに、これまでの全ては空崎さんにとってはどうでもいい事だったのか
俺が空崎さんの事で思い悩んでいるにも関わらず、肝心の空崎さん本人は何も気にせず去ろうとしている
そんな淡白な彼女に苛立ちながらも、その背を追いかける俺の足は少しずつ勢いを無くしていく
「………せめて、怒ってくださいよ」
ストン、と地面に膝をついて呟く
今までの喧嘩は空崎さんが俺に怒りをぶつけてくれたから何を伝えたいのか最終的に理解できていた
でも、何の感情も見せてくれないんじゃ俺にはどうしようも
「………怒る?」
待て、なんだ?この感覚は?
俺は今、何を考えた?
いや……今だけじゃない、天雨さんに相談する前も似たようなものを感じたぞ?
直近の会話を思い出し、その時の自分の感情も全て思い出す
空崎さんが何も相談してくれなくて悔しかった
空崎さんが俺の話を無視して悲しかった
空崎さんが話を一方的に切り上げて、俺は………俺はあの時〝苛立ち〟を感じていた
……そうか、そういう事だったのか
俺、空崎さんにキレてたんだ
「─────っ!!空崎さんのおおおおおおお!!!クソボケエエエエエエ!!!」
それを自覚した瞬間、俺の口から特大の罵声が飛び出てきた
空崎さんを罵倒したことなんて人生で一度もなかったのに、特に罪悪感を抱くこともなく心の叫びが外に出てくる
「俺の気も知らずううううう!!!勝手に話を終わらせようとしてるんじゃねえええええええ!!!」
たった2回の叫びに全ての力を込めた、そのせいですぐに息を切らしてしまう
だが、効果はあった………空崎さんの足がピタリと止まり、顔は俺の方を向いている
「ケホッ……ケホッ……そ、空崎さん……アンタさっきから……ハァ……自分勝手、すぎます……よ………!」
息を整えながら近づいていく、空崎さんが逃げようとする気配はない
それならばと多少早歩きにして一気に距離を縮める
「電話で……伝えたいことだけ、伝えて……ハァ……ハァ………その後は何事も……っ、無かったみたいに………!」
少しずつ呼吸が落ち着いていき、言いたい言葉をハッキリと伝えられるようになる
そんな風に余裕が生まれるとふと空崎さんの様子が気になり、空崎さんの顔色を伺ってみる…………が、顔を伏せているせいで確認する事ができなかった
ヤバい……〝クソボケ〟は流石に言い過ぎたか
そう思うと先程まで感じていなかった罪悪感がちょっとだけ沸いてきた
………が、その数秒後、空崎さんは突然顔を上げて口を大きく開いた
「酒泉にだけは言われたくないっ!!!」
先程の俺の数倍はあるであろう叫び声が空崎さんの口から放たれた
耳がキーン!と鳴るが、空崎さんはお構い無しに叫び続ける
「どっちがクソボケかって言うのなら酒泉の方がクソボケでしょ!?」
「は……はあ!?ここまでの流れ見れば完全に空崎さんの方がクソボケでしょ!?」
「違う!酒泉の方がクソボケよ!私の気も知らず好き勝手我儘を言って……!」
「〝私の気〟って……何がですか!?」
やはり何か隠していた事が判明するが、今の俺にはそれを尋ねるほどの冷静さはなかった
やけくそ気味に発した俺の言葉に空崎さんもやけくそ気味に返してきた
「私が気を遣って自分から酒泉と離れてあげようとしたのに!その為にあの約束は忘れてって伝えたのに!」
「なっ……こ、この……!」
あまりにも勝手すぎる言い分に自分の中からグツグツと熱い怒りが込み上げてくる
それと共に自分の額からブチッ!と何かが切れる様なものを感じ、さっき以上の勢いでおもいっきり叫んでしまった
「ふざっ──────けんじゃねえ!!!」
「っ……ふ、ふざけてなんか……!」
「俺に気を遣って!?俺の為に!?勝手に決めないでくださいよそんなこと!!!」
空崎さんの両肩を掴み、真っ正面から顔を見つめる
こうなったら全部伝えてやる、怒りもそれ以外も全部空崎さんにぶちまけてやる
「どうして俺がゲヘナ学園に入学したのか分かってますか!?どうして俺が風紀委員会に入ったのかも!!どうしてここまで強くなれたのかも!!」
「それ、は……」
「全部っ!全部全部!!全部全部全部全部全部全部、全部!空崎さんとの約束を守る為だったんですよ!!!」
「────っ」
空崎さんの支えになりたくて必死に自分を鍛えた、空崎さんの支えになりたくて必死に仕事を覚えた
日頃の仕事だけじゃない、調印式での戦いもアリウス自治区での戦いも全て空崎さんの存在が俺の心の中にあったからこそこの日まで頑張る事ができた
「空崎さんとの約束は俺の中では命より大事なものだったのに………なのにっ!今更〝忘れろ〟なんて言わないでくださいよ!?」
「………」
「本当に俺が必要無くなったのならそれでいいです!他に支えてほしい人が出来たのならそれでも喜んで身を引きます!でも、そのどちらでもないのに勝手に約束を無かったことにしようとしないでください!」
空崎さんが何も言い返そうとしないのを良いことに伝えたいことを全部伝えきった
……この後、空崎さんはどんな反応を示すだろうか
生意気なことを言った俺に対して怒る?未だに昔の約束に固執している俺に冷めた目を向ける?それとも単純に呆れる?………どれにせよ全部吐き出せたんだ、悔いはない
「……せん……が…い……でしょ……」
「……なんですか、聞こえませんよ……もっと大きな声で────」
「酒泉がっ!!あんなこと言ったからでしょ!!?」
ボソボソと呟く空崎さんに耳を近づける
すると、空崎さんは俺の顔を掴んでから耳元で思いっきり叫び返してきた
「あ、あんなこと……?」
「私だって酒泉に支え続けてほしかった!今までのように一緒に仕事して!一緒に帰って!時々息抜きしたり!そんな日常を続けたかった!」
「じゃ、じゃあ!これからも一緒に……!」
「でもっ!このままだと酒泉は私に縛られ続ける!それじゃあ酒泉が本当にやりたい事が一生できない!!」
「……俺が……本当にやりたい事……?」
やはり空崎さんは無理をして自分の本心を隠していた……が、それを知ると同時に引っ掛かる言葉が出てきた
「酒泉は〝砂狼シロコを支えたい〟って言ってたから……!だから、酒泉がちょっとでも長く彼女の側に居られるようにあの約束を無かったことにしようとしたのに……!」
「やっぱりシロコさんのことを気遣って─────いや、待ってください………どうしてそれが約束を無かった事にするのと繋がるんですか?」
そう問えば空崎さんは再び俯き、ポツリポツリと涙を流しながら答えた
「だって!!酒泉は私より砂狼シロコを支えたいんでしょ!?」
「……は?」
「酒泉が私を支えていたら、砂狼シロコを支えることができない!だから……だから私が自分から酒泉を突き放したのに……!」
結果的に言えば俺の予想は正しかった、空崎さんはシロコさんの為に俺との約束を無かったことにしようとしていた
だが、空崎さんは少々勘違いしている点がある、俺はそれを正さないといけない
「……なんだよ……やっぱり空崎さんの方が自分勝手だろ……!」
「なっ……わ、私は酒泉の為に……!」
「確かに俺は空崎さんの問いに頷いた!シロコさんを支えたいと、その想いは決して嘘じゃない!あの人の心の傷が癒えてあの人が幸せになるまで………俺が必要無くなるまで!俺はあの人を支えたい!」
「だ、だったら!こんな所で私と話してないで早く────」
「────でもっ!この想いは空崎さんに対してだって同じだ!」
ああ、本当に腹が立つ────俺の器が低く見られていることに
「俺がシロコさんを支えるから自分は身を引くだぁ?別に2人支えるぐらいどうってことねえよ!舐めんじゃねえ!!」
「そんなこと……出来るはずが……!」
「出来るに決まってんだろ!?シロコさんのメンタルケアしながら空崎さんの仕事だって手伝い続けてやるよ!………いや!それだけじゃない!プレナパテスの願いだって背負いながらプラナの面倒も見てやる!!」
「な、何を言って……!」
「もう何人増えようが関係ねえ!!何を頼まれようが何を託されようが全部全部背負ってやらぁ!!」
すっかり敬語が消え失せ、完全にタメ口になってしまう
それでも一度溢れ出してしまった感情を抑える事ができず、その勢いのまま空崎さんに想いを伝える
「俺は覚悟ができてる!全部背負いながら空崎さんを支える覚悟が!だから空崎さんも本心を教えてくれ!」
「……私……は……」
「俺への遠慮も罪悪感も全部必要ない!俺が空崎さんとの約束を守りたくて自分の意思で〝支えたい〟って言ってるんだ!だから頼む─────」
「─────空崎さんの全てを俺にぶつけてくれ!全部受け止めてみせるから!」
そう叫んでから数十秒
息を切らした俺の呼吸音だけが聞こえる中、空崎さんは恐る恐る顔を上げる
「……本当に?」
「………」
「本当に本心を言ってもいいの?」
遠慮がちに呟く空崎さんに無言で頷く
すると、空崎さんは涙を拭って目を赤く腫らしながら言葉を続ける
「…………本当は……酒泉に支えてほしい」
「これからも甘えさせてほしい」
「時々でいいからじゃれ合いもしたい」
「泣き言も聞いてほしい」
やっと空崎さんの本心が出てきた、でも溜め込んでいたのはこれだけじゃないはずだ
「できる限り私の隣に居てほしいし、その………できるだけ私を優先してほしい」
「会えない日も時々でいいから電話とかもしてほしいな………その、寝る前とかだと嬉しい……かも」
「〝お疲れ様〟とか〝お休みなさい〟とか、そんな何気ない言葉だけでもいいから………声を掛けてほしい」
まだだ、もっとあるはず
予想は当たり、空崎さんは〝あと〟と言葉を続ける
「砂狼シロコのことを支えてもいいから私のことも支えてほしい」
「……ううん、砂狼シロコだけじゃない………他の人を構ったらそれ以上に私のことも構ってほしい」
「最近は忙しくてやってなかったけど前みたいにお弁当の交換もしたいし………落ち着いたキヴォトスを2人で遊び回ったりもしたいな」
「えっと……それと……ほ、他にも────あっ……」
次から次へとやりたい事が浮かんでくるのか、言葉を詰まらせながらも必死に喋ろうとしている
そんな空崎さんの肩をぽんぽんと優しく叩きながら、身を屈ませて目線を合わせる
「空崎さん、そんな焦らなくても大丈夫です………全部受け止めますから」
「……いいの?これからもずっと我儘を言い続けるけど」
「いいんですよ、頑張り屋の空崎さんには我儘を言う権利があるんですから」
「…………ありがとう」
空崎さんは肩に置いていた俺の手を両手で包み、素直に礼を言ってきた
その雰囲気からいつもの空崎さんが戻ってきた事を感じ、安堵の溜め息が出てくる
「……ねえ、酒泉……それじゃあ早速1つ我儘を言ってもいい?」
「勿論!」
早速約束を果たそうと空崎さんの言葉に耳を傾ける
「じゃあ……あのね─────」
「私が卒業した後も………私のこと支えてくれる?」
「はい、よろこんで!」
「……で、帰って来たと思えばすっかり元通り……と」
「……元通りというか……また一段と近くなったような……」
ある方向に呆れた視線を向けるイオリとチナツ
その先にはペンを持って書類仕事を進めているヒナ……と、そんな彼女に座られている酒泉の姿があった
「酒泉、頭を撫でる手が止まっているわ」
「は、はい……あの────」
「酒泉、私の肩を揉む力が弱まっているわ」
「すいません……あの────」
「酒泉、そろそろ仕事疲れしてきたから褒めて」
「空崎さんはいつも頑張ってて偉いですね………じゃなくてっ!!!あのっ!!!」
「……何?耳元で叫ばないでほしいのだけど」
「い、いや……だって……流石にこれは何か違くないですか!?」
「……?」
酒泉の疑問に首を傾げ、頭にクエスチョンマークを浮かべるヒナ
そんなヒナの耳元でも酒泉は遠慮なく叫ぶ
「近すぎますよ!ちーかーすーぎーまーすー!」
「……それの何がおかしいの?」
「オレ男!アナタ女!オーケー!?」
「………私を支え続けてくれるって約束したのに……」
「うぐっ……で、でもほら!俺の仕事も終わらせないといけませんし!このままだと進められないというか……」
「それなら私が全部終わらせておいたから」
「えっ」
「酒泉が側に居てくれたお陰で作業効率が捗ったわ………で?まだ何か問題が?」
「いや、その……でも……で、でもぉ……!」
「……そっか、酒泉は嘘吐くんだ。結局約束を破るんだね」
「………わ、分かりましたよ!男に二言はありません!」
「………仲直りできたのは良いことですから……」
「……で、でもさ……流石に近すぎじゃない?」
苦笑しながら2人を見つめるイオリとチナツだが、直後にその視線は目の前の席の女性に向けられる
「……それに、酒泉と委員長が仲直りできた代わりに別の問題が発生しちゃったし」
「薄々こうなるであろう事は予想できましたけど……」
その女性は酒泉とヒナに視線を向けてはハンカチを噛み締め、その目を赤く血走らせている
風紀委員とは思えないほど不審者らしい行動を取るそいつからイオリもチナツも少し距離を置いた
「……まだ悔しがってるの?いい加減機嫌を直しなよ……アコちゃん」
「うぎぎぎぐぐぅ……!ヒナ委員長が元気を取り戻したのは良いものの、その代償として酒泉とあそこまでベッタリになるとは………!こんな事になるくらいなら酒泉にアドバイスなんかしなければ─────ハッ!?で、でもそうすると委員長が落ち込んだままで………うごごごごごごごごごご………!!!」
ヒナが立ち直った事への歓喜と酒泉への嫉妬が混ざり合い、何とも言えない表情で歯を食い縛るアコ
彼女の顔は酒泉とヒナの距離が近くなる度に怒りによって真っ赤に染まっていった
「委員長をあんなにデレデレさせるなんて妬ましいですが……あの笑顔を引き出せるのは酒泉だけ……ぐぅううううう!!!」
「まだ言ってるよ……」
「力が……ほしい……!」
「力を求めはじめてしまいましたけど……」
「酒泉、喉が乾いたわ……そこのお茶の入ったペットボトルを取って」
「お、やっと普通のお願いが……はい、どうぞ!」
「ありがとう、次はそれを空けて私に飲ませて」
「やっぱり普通じゃなかった」
アコからの嫉妬の目を気にせず甘え続けるヒナとそれを受け入れる酒泉
彼等は風紀委員室に着いた時からずっとこの距離感で仕事を続けていた
「……あ、そうだ……酒泉、今日は仕事が終わったら久しぶりに一緒に食事にでも行かない?この前酒泉が砂狼シロコと食べに行ったスイーツ店、私も気になってるんだけど」
「お?いいっすねー!あそこのスイーツかなり美味しさったんで空崎さんにも食べさせてあげたいと思ってたんですよ!」
「そう……なら言葉通り〝食べさせて〟もらうわね」
「オーケーオーケー!何でも奢っちゃいますよー!」
「……そういう意味ではないけど……まあ、それはお店に着いてから思い知らせればいっか」
くすり、と笑いながら仕事を再開するヒナ
………この後、酒泉達はそのスイーツの最後の1食を巡って美食研と争ったり期限が今日までの割引券を偶然持ってきた便利屋に乱入されたりするのだが………2人はそんなことも知らずに仕事を続ける
ヒナは頭を撫でられる度に顔が緩みきっているが、こんなにも緩んだ顔も美食研や便利屋に酒泉との2人の時間を邪魔された瞬間に冷酷な無表情に変わることが確定している
結局、キヴォトス全体が巻き込まれる事件を解決しようと個人単位でしかない些細な喧嘩を解決しようと、ゲヘナで生きる以上問題事に巻き込まれるのは当たり前の事なのかもしれない
だが、少なくとも折川酒泉という少年が原作で起こるような大きな事件に首を突っ込む事はもうないだろうし、残りの余生を大切な者達と共に過ごす分には問題ないだろう
「……で?酒泉はいつになったらそのお茶を飲ませてくれるの?」
「えっ!?本気で言ってたんですか!?」
「ほら、早く………お願い」
ペットボトルを握る手を両手で重ねられながらヒナに迫られ、顔を真っ赤にしてアタフタしている酒泉
彼はこれからもゲヘナで問題児の相手をしながら騒がしく過ごしていくだろう
────────
『折川酒泉!貴方には私が再び防衛室長に返り咲く為の計画に協力してもらいますよ!』
『へぇ……スーパーで卵が割引かぁ……シロコさんと買いに行くか』
『聞きなさい!!!』
『聞いてる聞いてる、そうだよなプロテインだよな』
────────
『全員で地獄に行くっすよ……』
『ね、ねえ酒泉……なんかアイツ雰囲気おかしくない……?』
『イ、イチカ?ちょっと落ち着いて?ね?』
『はーはっはっはー!!いいぞお嬢ちゃん!やってしまえー!!』
『……あー……先生、正実への言い訳考えといてくれません?それと銀鏡さんは風紀委員会への連絡の用意を………正実と問題起こしたら間違いなく怒られるだろうなぁ、俺』
『……酒泉?な、何をするつもりなの……?』
『いや、温泉開発部を捕まえるだけですけど場合によっては─────暴走しそうな仲正さんもぶっ飛ばさないといけないんで』
────────
『報告ありがとう……今日もお疲れ、酒泉』
『いえ……』
『……はぁ……』
『(……空崎さん、また疲れてきてるな………そうだ!)あの、空崎さん!』
『なに?』
『今度百鬼夜行でお祭りやるって聞いたんですけど………2人で息抜きしに行きませんか!?』『行く』
『……へ、返事早いっすね』『絶対行くから』
『あ、ありがとうございます……』
『(浴衣……可愛いの選ばないと……)』
『(当日の為に下見だけ行っておくかぁ……)』
────────
『悪いけどお前の紙芝居に付き合ってる暇はないんだ、そこの猫擬き引っ込めてさっさと帰ってくれないか?三流読み手』
『……はぁ?誰にもの言ってるんですかぁ?』
『ん?ああ、悪い悪い。お前のことを言ったつもりだったんだが伝わらなかったか』
『下らない挑発ですねぇ……ああ、それともクロカゲをどうする事もできないからせめて負け惜しみをと?だとしたら健気ですねぇ!』
『挑発?俺は別に挑発したつもりはないんだけどな………事実しか言ってないし』
『……ああもう、貴方みたいな能無しは相手にするだけ時間の無駄ですね』
『さっきから思ってたけどさ……お前って怪談家の割には他人を煽ってるだけで何一つ怪談話しないよな』
『……はい?』
『他人の感情を利用したり他人の言葉を利用したりしてこの状況を作り上げたみたいだけど……結局お前なんもしてねえじゃん、全部他人あってこその作戦じゃん』
『………』
『原作ありきの二次創作に勝手にオリジナルタグ付けて調子に乗ってんじゃねえぞ、クソ作家』
『………あ゛あ゛?手前今なんつった?』
────────
『おら!さっさと逃げるぞ!勘解由小路さん!』
『………』
『聞いてんのか!?早くいかないと逃げ道が塞がれるぞ!勘解由小路さん!』
『………ツーン、ですわ』
『な、なんだよ!?早くしないと────』
『名前で呼んでくれるまでここから動きませんわ!』
『今言うことか!?』
────────
『酒泉……ありがとう……本当の私を……見つけてくれて……』
『……良いんですよ、御稜さん。だから顔を上げてください』
『貴方のお陰で……私は胸を張って御稜ナグサを名乗れる……誰かの代わりじゃない、私自身を』
『……俺のお陰じゃないです、それは貴女自身の強さですから………だから顔を上げてください』
『見てて、酒泉………私、頑張るから。私を立ち上がらせてくれた貴方に応える為に────』
『いや本当に顔を上げてください俺の服が貴女の涙と鼻水で凄いことになってるんで』
『………ズビー』
『テメェやりやがったな!?』
────────
『……もう帰るの?もう少しゆっくりしていけばいいのに』
『まあ、流れで戦いに参加しちゃいましたけど本来俺はゲヘナの生徒なんで………あ、そういえば今年の修学旅行は百鬼夜行に行くみたいな話を聞いたことがあるんでもしかしたら風紀委員会の皆もそちらでお世話になるかもしれませんね』
『………そう』
『……?桐生さん?』
『……で?その時までアンタは来ないの?』
『ん?まあ……用が無い限りは……』
『……あっそ』
『(……な、なんだ?不機嫌な時の戒野さんと似たような空気を感じるぞ……?)』
────────
『酒泉、酒泉』
『なんだい?シロコさんや……ご飯ならまだだぞ』
『そうじゃなくて……アビドスの……というよりもホシノ先輩の為に酒泉の知識を貸してほしい』
『知識?……未来の?』
『うん』
『もう殆ど出し尽くしたと思うんだけどな………で?何の情報が欲しいんだ?』
『……ユメ先輩っていう人と、その人が残した物の情報について』
『…………悪い、完全に範囲外だ』
『……そっか』
『………』
────────
『あ……あのガキども……!』
『酒泉、落ち着いて』
『離してくれシロコさん!アイツら俺の事を〝冴えない顔のお兄さん〟って呼びやがった!!!』
『パヒャヒャッ!怒ってる怒ってる!』
『ぽっぽー、お顔真っ赤ー』
『取り消せよ……今の言葉ぁ!』
────────
前言撤回、やっぱりなんやかんやで他校でも問題を起こすかもしれない
……はい、という訳で〝アリ潰〟完結でございます
元々はアリウスと敵対してアリウスと仲直りするまでだけの話にする予定でしたが、気づけばプロットが広がってこんな大長編になってしまいました(途中からアリウス関係なくなってたのは内緒)
最初はただの趣味で書いていたこの小説も途中から評価バーが赤くなったり酒泉君のファンイラストを描いてくれる人が出てきたりメッセージで直接応援の言葉を送ってくれる人が出てきたりと、いつの間にかモチベーションがムキムキになっていました
これも全て1話からついてきてくれた皆様、途中から興味を持って読んでくれた皆様、番外編だけでも目を通して感想を残してくださった皆様のお陰です
長い間、本当にありがとうございました!
あ、それと今後の活動についてですが、番外編はまだまだ続けるつもりです
では、今度こそ本当にありがとうございました!………言っておきますけど、後書きの下に行っても何も書いてませんからね?
本当ですよ!?何も書き残していませんからね!?
next→〝原作知識無いけど日和ってる奴いる?いねえよなぁ!!?〟
……いつ投稿するか分かりませんし、投稿したとしてもアリ潰と違って更新頻度はバラバラでしょうけどね!