「……酒泉、そこを退いてくれる?」
「嫌です」
パチパチと炎が燃え盛る廊下、倒れ伏している〝反対派〟の生徒達、周囲は明らかな戦闘の痕跡だらけ
そのど真ん中でそう告げると、空崎さんは心底困った様な表情で額に手を当てた
するとその横では天雨さんがいつものジト目で俺を睨みながら呆れた様な溜め息を盛大に吐いた
「チナツやイオリ、それに先生の様子が可笑しい事には気付いていましたが……貴方もですか、酒泉」
「様子が可笑しいのはアンタらでしょう、気でも狂ったんですか?」
「っ、酒泉!まさか貴方が委員長にそんな態度を───」
「アコ、いいの。……多分酒泉は疲れてるだけだから、そうでしょう?」
酒泉、と名前を呼びながら微笑みかけてくる空崎さん。その笑みは嘲笑などではなく、まるでこちらの身を案じている様な心配そうな笑みだった
……空崎さんが俺に笑顔を向けてくれるのも天雨さんが俺にキレ散らかすのもいつもの事だ、だというのに────俺の心はただひたすらに薄気味悪さを感じていた
「疲れているのはアンタらの方っすよ、一体何があってあんな発言をしちまったんすか?」
「あんな発言?……えっと、ごめんなさい……何の話をしてるの……?」
「っ、だから!何で〝キヴォトスを支配する〟なんて言ったんですか!?二人はそんな下らない事を企むような輩じゃないでしょう!?」
なるべく平静を保ちながら言葉を交わそうとしたのに、思わず声を震わせながら叫んでしまった
誰が言ったか、感情を制御できん人類はゴミだと……だがそれも仕方あるまい。憧れの人が明確な敵意を持って突然他校への侵略を宣言した、それを目の前にして冷静でいられる人が居るなら紹介してほしいくらいだ
「空崎さん達がやろうとしている事は明確な侵略行為です!それが分からないくらい仕事疲れが溜まっちゃったんですか!?」
「侵略?違うわね、私達が歩く道こそゲヘナの地よ。故に私達が他校に足を踏み入れても侵略行為にならない、そこは既に〝ゲヘナ〟なんだから」
「なっ……」
「全く……そんな簡単な事も分からないまま委員長に物申そうとしていたんですか?」
何を言っている?この人達はゲヘナの治安を守る為に戦ってきたんじゃないのか?ゲヘナの生徒が他校の治安を乱さない為に必死に抑え込んできたんじゃないのか?
なのに、この二人はどうして〝当然の事〟の様に何の罪もない人達を蹂躙しに行く為の屁理屈を述べているのだろうか
「でも、これで誤解は解けたよね……酒泉も私に協力してくれる?貴方と私の力が合わされば、私達の覇道を阻む存在はきっと居なくなる」
「い、委員長!?私は!?私は一緒じゃないんですか!?」
「ふふっ……分かってる、アコの事もちゃんと忘れてないから」
相変わらず空崎さんにベタ惚れな天雨さんも、面倒そうにしながらなんだかんだ疎かにはしない空崎さんも、どっちも見慣れてる筈なのに
俺の眼にはこの日常的光景は、日常という言葉から遠く駆け離れている様に見えていた
「……というか!貴方もいつまで呆けているんですか!さっさとこちらに来なさい!」
「酒泉、一緒に戦お?」
ゆったりと近付いてくる空崎さんの手、それを振り払って〝いい加減にしろ〟と叫ぼうとし────
「私を支えてくれるんだよね?」
「────」
声は出ず、手は握られた
支える……そうだ、支えるんだ
俺は空崎さんと約束した、これからも空崎さんを支え続けると、貴女が望む限り傍に居ると
だから、俺は空崎さんを────
「───空崎さんを助けないと」
「……え?」
手を振り払い一歩退くと空崎さんが驚愕で目を見開く
その表情はまるで俺に拒まれる事を一切考えていなかった様な、なんとなくそんな気がした
「……酒泉、どういうつもりですか?委員長を助けると言っておきながら何故正反対の行動を?」
「……二人に聞きたい事があります」
「聞きたい事?」
「このまま戦争ふっかけた場合、トリニティはどうなりますか?あそこは一度調印式で襲撃食らってボロボロになってますけど、またボロボロにするんですか?」
「……」
「アリウスはどうなりますか?せっかくトリニティと和解して学園自体も復興手前だってのにそれをぶち壊すんですか?ミレニアムは?あそこには最近自分の身体を得たばかりの俺の友達が居るんすけど、あの人が得たばかりの自由を奪うつもりですか?」
「……そうね」
俺の友達はどうなる?このままゲヘナが侵略に出た場合、ゲヘナ外で俺が出会ってきた人達は?先生が、生徒がゲヘナに抗おうとして、それで敗北した人達は────
「ゲヘナによる統治に素直に従うなら何もしないけど、抵抗する様であれば────無理矢理黙らせるしかないわね」
「……そうですか、だったら俺は空崎さんには従えません」
「……どうして?」
「俺の友達が傷付けられるのも、空崎さんが誰かを理由の無い悪意で傷付けるのも嫌だからです」
「そう……酒泉は優しいのね────あんな有象無象を気に掛けてあげるなんて」
「はぁ……いいですか酒泉、私達はただゲヘナ用に道路の補修工事をするだけです。その為に邪魔な石ころを退かしたりするのなんて当然の事でしょう?」
「あの人達は石ころじゃない、人間だ」
そう答えると天雨さんは露骨に不機嫌そうな顔をし、空崎さんは不快感を隠そうとしてか微かに眉間に皺を寄せた
そんな二人から僅かに感じたのは────敵意と失望、異変が起こる前の二人を覚えているだけに、その反応はチクリと俺の胸を刺した
……それでも
「俺は、貴女達を……アンタらを通す訳にはいかない」
「貴方、まだ───」
「アコ、もういい……下がってて」
「……委員長?」
「酒泉の事は〝良い戦力になる〟と思って穏便に説得しようとしたけど……この様子じゃ幾ら諭しても納得しそうにないしここは諦めよう」
「……では、今の内に回収班を向かわせておきますね。彼には暫く間、牢の中で頭を冷やしてもらいましょう」
「当然、イオリ達にも……これ以上介入してくるなら先生にも、ね」
通信機器で連絡を入れながら下がっていく天雨さん、一方で空崎さんはデストロイヤーの銃口を俺に向けながら数歩寄ってくる
当然その程度で引き下がりはしない、そもそも空崎さんに銃向けられるのだって風紀委員会の訓練で何度も経験済みだ
……だからよ、いい加減震え止めようや俺の手よぉ
「怖いなら逃げてもいいけど、私もこれ以上無駄に時間使いたくないし」
そうだ、俺は怖い
銃の事じゃない、撃たれる事でもない────空崎さんと戦う事自体が怖いんだ
無論、訓練の一環として本気で挑んだ事はある、でも今はそうじゃない。俺は今から空崎さんを倒す為に……本気で傷付ける為に、引き金を引く事になる
空崎さんに睨まれながら、空崎さんに敵意をぶつけられながら、空崎さんに恨まれながら
「正直残念、貴方の事はそこそこ大切に思ってたけど……私達の邪魔をするつもりなら容赦しない。貴方を倒して私は、私達は────」
正直、こうして対峙してるだけでもメンタルがボロボロになりそうだ
でも、空崎さんの手を汚させない為なら
空崎さんの目指すゲヘナが他者の血で作られるってなら俺は───
「────キヴォトスを支配する」
「────ゲヘナを潰す」
ゲヘナ編のストーリーがかなり酒泉君の心を抉ってくれそうな内容でワクワクしてます
早くクソボケ曇らせてぇ~!