「諸君、嘗てのゲヘナには秩序があった。統制された郡、抑制された感情、皆の進むべき方角が一つに纏められているそんな時代があった」
「だが、今のゲヘナはどうだ。日に日に傷付いていく建物、騒々しさを感じない日など無い街並み、己の本能を抑え切れず獣の様に暴れるだけの猿共」
「ここはいつから動物園になった?俺達が踏み締めているこの地は昔からこんな場所だったか?───否!断じて違う!」
「この地には嘗て秩序が敷かれていた!我等の通り道には〝誇り〟や〝気高き志〟の跡が残されていた!それが今や見る影もない!」
「諸君らが愛してくれたゲヘナは死んだっ!何故だっ!?」
「───全ては現在のゲヘナを作り上げておきながら、その罪を償おうともせずのうのうと生き永らえている連中のせいだ!」
「奴等は最早ゲヘナの生徒ではないっ!心の底からゲヘナを愛し、嘗てのゲヘナを取り戻そうとしている我等こそが───真にゲヘナの生徒と呼べる存在なのだ!」
「───必要無いのだ!ゲヘナにとって!奴等の様な存在は!」
「……今、ここに宣言しよう。私は羽沼マコトと空崎ヒナの首を落とし───ゲヘナを再び偉大にすると」
「ゲヘナの旗を掲げる為の手を失おうとも、秩序を取り戻した道を歩く為の足を失おうとも、偉大となったゲヘナを見渡す為の眼を失おうと、私は最後まで奴等と戦い続けると」
「だから……頼む、雷帝の意思を、我が姉の想いを継ぐ者達よ───」
「────皆の命を私に預けてくれ」
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「士気を上げる為とはいえ……これじゃ道化だな、全く」
「発言には注意を、今の貴方は我々を率いる立場にあるのですから常に威厳を持った言動を心掛けてください」
「……五十嵐さん」
未だ止まぬ歓声を後にしてステージ裏まで降りると、眼鏡を掛けた黒髪の女性が澄ました顔で俺を出迎えた
こんな所でまで気を配れとは中々手厳しい……まあ、彼女らしいか
「分かってますよ、俺だってちゃんと周りの気配を探ってから態度崩してんですから───」
「一人称、敬語」
「……分かってるさ五十嵐、私も周囲の気配を探ってから───」
「名前」
「……ショウコ」
全て彼女の言う通りに従うと、ショウコは〝それで良し〟と呟き、眼鏡をスチャとかけ直して満足そうに頷いた
……一人称と言葉遣いが威厳に関係してくるというのは納得だが、名前呼びに関してだけは何がどう関係してくるのかさっぱり理解できない
いがら……ショウコにも前々から何度も聞いているが一向に納得の行く答えが貰えていない、案外本人も何も考えていないのかもしれない
「全く……その様で本当に彼女の跡を継げるのでしょうか、今後が不安になりますね」
「俺……私とて全てを完璧にこなせるとは思ってないっすよ……じゃなくてっ、思っていないさ」
「……」
「姉さ……姉と違って才に溢れてた訳じゃねっ……訳でもない私に出来る事など高が知れていまっ……知れているからな」
「……」
「それでも俺……私は俺に出来る事を───だあああああああもう!!!」
「……はぁ」
慣れない言葉遣いで会話しようとした結果、言葉が詰まり詰まりになってしまいもどかしさで叫んでしまった
我ながらなんと酷い……やはり俺に組織の長としての才能は無いらしい、こんなんでこの先やっていけるのかしら
「気を抜いた途端にこれですか……仕方ありません、態度を崩す事を特別に許可しましょう」
「ほ、本当ですか?助かります……」
「但し、私と二人きりの場合のみです。私以外の前で本来の貴方を他者に見せる事は許可しません」
「えっ」
「約束できますね?」
「んな無茶な───「約束できますね?」───はい、できます」
「ふふっ……宜しい、不特定多数の前で威厳の無い立ち振舞いを見せる訳にはいきませんので」
ちょっとだけ文句を言おうとしたが圧に敗北して結局従う事に、すると五十嵐さんは圧を引っ込めて上機嫌そうに微笑んでくれた
……そもそも何で圧を掛けられたのか聞いちゃ駄目な感じですかねこれは
「ああ、でも名前呼びは継続してくださいね。長たる者がいつまでも遠慮がちに〝五十嵐さん〟呼びしていては周囲に示しがつきませんので」
「分かりました、ショウコさん」
「……まあ、それでいいです」
一瞬むすっとしたかと思えば眼を閉じて溜め息を吐くショウコさん、その表情にはこれまた呆れが……もしやまた何か選択を誤ってしまったのだろうか
組織を率いていくというのにこんな判断能力で大丈夫なのか?このままでは姉さんの仇討ちすら叶わないかもしれない
……いや、弱気になるな。姉さんがゲヘナを追われたあの日から、俺は雷帝の跡を継ぐって決めたんだ
姉さん、孤児院の大人に売られそうになって逃げ出した俺を拾ってくれた姉さん、実の弟の様に愛してくれた姉さん
家族の温もりを失った俺に再び温もりを与えてくれた姉さんの為に、今度は俺が────
「っ、づぁあ゛!?」
「っ、酒泉!?」
痛い、痛い、いたい
何だこれは、何がおきた
あたまが、われるように───あれ?
「酒泉!どうしたんですか!?酒泉!」
「……す、すみません……その、急に頭痛が……なんか、もう治っちゃいましたけど」
踞る俺の背中をショウコさんが気遣うように撫でていると、いつの間にか頭の痛みが失くなっていた
結局痛みの原因は分からなかったが確かなのは俺の気が一瞬狂っていた事だけ、全く……俺に姉さん以外の家族なんて居る筈ないのに何馬鹿な事を考えていたのか
ショウコさんに心配掛けてんじゃねえよ、俺の馬鹿野郎
「……もしかしたら御自身でも気付かぬ内に疲労が溜まっていたのかもしれませんね。作戦立案に支援者方々との密会、武器調達に新たなパイプ作りとここ最近は業務に懸かりっきりでしたから」
「そう、なんですかね……今はもう何ともないんですけど」
「油断は禁物です、周囲に誰もいない状況で今以上の痛みに襲われたらどうするつもりなんですか?助けを呼ぶ事すらできなくなりますよ」
「……それは、まあ」
「疲労回復には睡眠を取るのが一番です……ほら」
ステージ裏の控え用ベンチに腰掛けて自分の膝をぽんぽんと叩くショウコさん、その意図が汲み取れず首を傾げているとショウコさんは僅かだが不機嫌そうに眉間を寄せた
「何をしているんですか、迅速に仮眠を取ってください」
「いや、あの……どこで?」
「見れば分かるでしょう」
「……膝?」
そう訊ねるとショウコさんは返事もせず頷きもせずただじっと見つめてくるのみ
いや、あの……
「なんで……?」
「人肌同士が触れ合う事でオキシトシンが分泌され、ストレスや精神的疲労等を軽減する……つまり、膝枕されながらの仮眠は効率良く心身を回復するのに最適な行為という訳です」
「は、はぁ……」
「それで、いつまでそこに立っているつもりですか?…………女性に恥をかかせないでください」
「……じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」
〝失礼します〟と一言添えてからベンチに横たわり、自身の後頭部をショウコさんの膝に乗せる
するとショウコさんは〝んっ〟と一瞬だけ声を溢して僅かに身を捩ったが、直後に普段通りのクールな表情に戻った
「……どう、でしょうか」
「……確かに、枕で寝てる時より落ち着くかも?」
「……お役に立てたのなら光栄です」
気恥ずかしさでそれどころじゃなくなると思ったが意外にも心地好さの方が勝り、正直な感想が自然と口から零れ出る
これは俺がそれだけショウコさんに心も身体も許しているという証だろうか、それともさっき言ってたみたいにオキシトシンがうんたらかんたらというだけだろうか
……まあ、どちらにせよ
「なんか……ショウコさんには助けられてばっかっすね」
「……急にどうされたんですか」
「いや、なんつーかここまで勢力拡大すんのに結構苦労したけど傍らにはいっつもショウコさんが居たなって」
「当然です、私は貴方を支える為に〝嵐〟に育てられてきたのですから」
「まあ、そっちからしたら仕事だから仕方なくかもしれないけど……それでも言わせてください、俺を支えてくれてありがとうございます。それと、これからも支えてくれると嬉しい……かなって」
「……っ」
ショウコさんが言葉を詰まらせたのを察して〝断られるかな〟と一瞬不安になったが、そんな俺の不安を掻き消すようにショウコさんは〝当然です〟と即答した
よかった、この様子だと嫌々従ってきたとかではなさそうだ
「端からそのつもりですが?我々は志を同じくする者、断る理由なんかありません」
「ははっ、そう言ってもらえると助かります」
「……まあ、逆に断られたとしても離れるつもりはありませんが」
「はい?」
「いえ、独り言ですので気にしないでください」
何と呟いたのか聞き取れなかったので訊ねてみたが、ショウコさんは誤魔化す様に視線を逸らしてしまった
それから暫く無言の時間が続き、静寂に包まれた空間で俺はショウコさんの膝枕を……いや全然静寂じゃねえ、いつまで盛り上がってんだアイツら俺の演説効果ありすぎだろ
……ああ、でもなんか……いいな、この時間
「どうしたんですか急にニヤニヤして、気持ち悪いですよ」
「辛辣っ!?……いや、今の内にこの時間をたっぷり満喫しておきたいなって」
「はい?」
「ほら、作戦が始まったら暫くの間ドタバタする事になるでしょう?俺達がゲヘナを統一するまで落ち着ける時間とか取れないだろうし……」
「……一つ訂正するならば、恐らく統一後も当分の間は落ち着けないでしょうね。新体制に不満を持つ者達がデモを起こす可能性もありますし、最悪の場合は武に長けた者を集めて反乱軍を結成する可能性だってあります」
……まあ、だろうな
嘗てのゲヘナの気高き魂を失った負け犬共に俺達人間の言葉が通じるとも思えないし武力衝突は必然か、どう足掻いても短期決戦は無理かもしれないな
「不穏分子を完全に消し去るのに半年以上、もし不穏分子が学園外に逃げ込んだら更に一年以上、我々の様に代を跨いで意思を継ぐ者が現れた場合はそこから更に数年以上掛かるかもしれませんね」
「……考えただけでうんざりしますね」
「ええ……ですが心配は要りません。例え何年経とうが、何十年経とうが、ゲヘナを統一するまで────いえ、ゲヘナを統一した後も」
「末永く、末永ぁく……ずっと、貴方の隣で支え続けてあげますから」
「っ───!!!」
「きゃっ……」
「さ……さーて!エネルギー満タン!これで良し!」
今までに見たことがないような穏やかな笑みで俺の頭を撫でるショウコさん
その色気を前にドクンと胸が高鳴ったのを自覚した俺は、心地好さと気恥ずかしさの天秤が一気に気恥ずかしさの方に傾いたのを感じて咄嗟に起き上がってしまった
「……急に起き上がらないでください、顔同士がぶつかったらどうするんですか、責任でも取ってくれるのでしょうか?」
「せ、せきにん……?怪我させた責任って事っすか?」
「はぁ、もういいです……それで?体調の方は本当に回復したんですか?まだ七分程しか経過していませんが」
「そ、そりゃ勿論!ショウコさんの膝枕が最高過ぎて一瞬で回復しちゃいましたよ!」
「そうですか、良かったですね変態酒泉」
「そっちからしてきたのに!?」
そりゃ発言だけなら変態扱いされても仕方ないけど、でも俺はショウコさんの厚意に甘えただけであって……あれ?でもJKの膝枕で癒されたのは事実なんだし結局のところ変態では?
……俺は悪くねえ!俺は悪くねえ!この中でショウコさんに膝枕されて喜ばない自信がある者だけが俺に石を投げなさい
「……ま、まあでも……実際膝枕のお陰で大分気は楽になりましたし、そこはありがとうございました」
「暫くは適度な労働と過度な休息を心掛けてください、貴方みたいなワーカホリック気味な人間にはそれくらいが丁度良いですから」
「き、肝に銘じます……」
「では、私はこれで……暫く任務に懸かりっきりになるので直接お会いできるのは当分先になってしまいますが、私が居なくてもしっかり御自身で健康管理なさってくださいね」
「……はい」
ゲヘナへの潜入という重大な任務の担当、他の幹部連中とも相談して決まったのがショウコさんだ
彼女は一時的にこの拠点に帰って来たに過ぎず、明日にもこの拠点を出てゲヘナ再興委員会の一人としてゲヘナ学園での活動を再開する事になる
「……ねえ、ショウコさん。ショウコさんは何か欲しい物とかないんですか?それかしてほしい事とか……」
「……藪からですね、どうかされましたか?」
「いや、俺ばかり助けてもらってるのもなんだかなって……特に大変な任務も押し付けてる訳だし、その労いも込めてというか」
「と言われましても、今のところは特に───いえ、御言葉に甘えて一つだけ頂きましょうか」
そのまま断られる流れかと思いきや、ショウコさんは何かを閃いたかの様にピンと人差し指を立てて〝では〟と続けた
「私も任務での疲労が溜まっているのか、実は最近寝付きがあまり良くなくて……〝短時間で心身共に回復できる〟ようなオススメの〝何か〟を紹介していただけないでしょうか」
「えっと……〝何か〟ってのは?」
「言葉通り〝何か〟です、疲労を回復できる物でも行為でもなんでも構いません」
なんでも……か……専門知識の無い俺じゃ在り来たりな案しか出せないぞ
「えっと……じゃあ……ショウコさんが借りてる寮にマッサージ機でも送ろ───待って?なんで俺の額の前でデコピンの構え取ってるの?」
「気にせず続けてください」
「そ、それじゃあ人気マッサージ店でも予約して───〝ミシミシ〟って鳴った!?今指から〝ミシミシ〟って鳴った!?」
「気のせいです」
ヤバい、ショウコさんの指から凄い音が聞こえてきた。戦闘員というより参謀タイプなショウコさんのデコピンでも、全ての力を一ヶ所に集中して本気の一撃を叩き込めば俺の額くらいなら貫けるかもしれない
ここから先は慎重に言葉を選べ、しくじったら額だけボノレノフ状態になるかもしれないぞ折川酒泉
「はぁ……貴方は今日だけで何回溜め息を吐かせるつもりですか……手本なら先程見せた筈ですが?」
「手本?……あっ!?」
そういえばさっきショウコさん、心身共に回復するなら膝枕がどーたらこーたら言ってた様な……
「漸く気付きましたか」
「いや、でも俺の膝ショウコさんみたいに柔らかくないっすよ……?」
「今度はセクハラですか変態酒泉」
「ちょっと待ってくださいよ」
別にやらしい意図があって言った訳じゃなくて、野郎の硬い膝じゃ休まらないだろうという心配の元で飛び出た発言でありまして
だからそんな冷めた眼で俺を───なんか顔赤くない?ていうか一瞬ちょっとニヤけてなかった?気のせい?
「……それで、いつまで待たせるつもりですか?膝枕される側にしてもする側にしても気が利かないですね、貴方は」
「だーもう!そこまで言うならどうぞご勝手に!寝心地悪くても文句言わないでくださいよ!?」
「では、失礼します……ふむ」
これ以上チクチクと心を刺されたくなかったので今度は俺がベンチに座ってやや強めに膝を叩く
するとショウコさんはベンチに横たわって俺の膝に頭を乗せて瞳を閉じ、そのまま一秒…二秒…三秒…
「枕としては最悪な寝心地ですね」
「なんだァ?てめェ……」
「でも、私は好きですよ……貴方の膝の、この感触」
「……急に褒めないでくださいよ」
「……おや、照れているのですか?」
「照れてません」
「ではそういう事にしておきましょうか……次期雷帝様の器を傷付けない為にも」
「だ、だから───」
「それよりも酒泉、まさかたったのこれだけですか?私は貴方の疲労を回復させる為に〝色々〟して差し上げたのですが」
咄嗟に否定しようと口を開いたが、こちらが何か言う前に強引に話題を逸らされてしまった事で細やかな反論すら封じられてしまった
仕方なく先程ショウコさんが膝枕中にしてくれた事を思い出しながら若干不貞腐れ気味に頭を撫でると、ショウコさんは〝よく出来ました〟と上から目線で褒めてきた
「正解です、少しは気を遣える様になりましたね」
「あーはいはい、お褒めに預かり光栄ですぅー」
「そう不貞腐れないでください、これでも本当に貴方の成長には驚いているんですよ?」
「嘘だぁ……」
「……嘘ではありません」
「っ……ショウコさん?」
頭を撫でていた手を掴み、そのまま自身の頬へと持っていくショウコさん
すり、すり、と愛おしそうに肌を擦り合わせると、物静かで穏やかな声色でポツリポツリと語り出した
「酒泉、貴方は先程〝自分は助けられてばかりだ〟と仰有っていましたがそれは私も……いえ、私達も同じ事です」
「雷帝が討たれたあの日、多くの者達が進むべき道を見失いました。彼女を信じて後をついていった者は突然暗闇の中に投げ出され、何も見えぬまま右往左往するしかなかった」
「そんな彼女達の光となり、進むべき道を照らしてくれたのは他ならぬ貴方です。貴方が雷帝の意思を継ぐと声を上げてくれたから、貴方がゲヘナを取り戻すと拳を握ってくれたから、雷帝派は……私達は、再び戦う覚悟ができたのです」
「だからこそ酒泉、私は貴方を誰よりも───いえ、この先はまだ秘めておきましょう」
「……今はただ、御自分で想像している以上に御自分が愛されているという事だけ知っていただければ」
……おかしいな、ショウコさんの疲れを癒そうとしていた筈なのにどうして俺が元気貰っちまってるんだか
本当に雷帝の後釜が勤まるのか、そんな不安が一瞬にして吹き飛んじまった
……いや、そもそも雷帝を継ぐ〝程度〟で満足しようとしていた事自体間違っていたんだ
「なあ、ショウコさん……俺、決めたよ」
「……何をですか?」
「ただ雷帝を継ぐだけじゃ足りない、俺は雷帝を───」
雷帝が討たれてしまったからその周りの人達がこんな日陰まで追いやられてしまったというのに、また新たな雷帝をその座に添えてどうする
俺は……俺が目指すべきは───
「───姉さんを越える」
「……大きく出ましたね」
「もう二度と仲間に苦しい思いはさせない。奪われた物を奴等から全て取り返し、失った物を再び築き上げ、皆が〝ゲヘナの英雄〟として堂々と表を歩けるような……そんな世界を作ってやる」
姉さんが〝自慢の弟だ〟と誇れるように姉さんを越えてやる、姉さんが成し遂げられなかった夢をこの手で果たしてみせる
「立派な志だとは思いますが……想いの力だけで成し遂げられる程簡単な目標ではありませんよ。普通に歩みを進めるだけでは彼女の残した足跡にすら触れる事ができない、走り続けても背中を捉えるのでやっと、一度躓けばそれだけで彼女との間に何千何万メートルもの差が生まれる……下手すれば、一生を懸けたとしても彼女の数年分の努力にすら追い付けないかもしれない。雷帝を越えるというのはそういう事ですよ」
「でも、末永く支え続けてくれるんでしょ?」
「……貴方も大分厚かましくなりましたね」
言動とは反対にくすりと笑うショウコさん
頬まで持ってきていた俺の手を自身の両手で包むと、ショウコさんは逃げるなと言わんばかりの視線で俺を射抜いてきた
「いいでしょう、約束通り末永く貴方の事を隣で支え続けてあげます。ですので……酒泉、貴方も途中で脚を止めたりしないでくださいね?」
「当然!」
「躓く時も、転ぶ時も、立ち上がる時も、駆ける時も」
「はい!一緒に───」
「良い時も悪い時も、富める時も貧しい時も、病める時も健やかなる時も共に」
「流れ変わったな」
それは結婚式の時に使うフレーズでは?……いや、ただの冗談なんだろうけどさ
この人真面目な顔しながら無自覚にボケる時もあるから冗談の時と本気の時の区別が付けづらいんだよな……まあ!冗談って事にしておいてスルーするか!
「ところで酒泉、この瞬間私と貴方の間に永久的な契約が結ばれた訳ですが……一生分の労働を強いるという事は、当然その分の対価は支払われるのですよね?」
「……俺の部屋に手作りスイートポテトあるんですけど一緒に食べ「いただきましょう」最後まで言わせて?」
「では酒泉、部屋までお願いします……ああ、運び方はお任せします」
「自分で歩いてくれません?」
「おや、先程〝してほしい事はないか〟と訊ねてきたのをもう忘れてしまったのですか?それに、今の私は疲労回復の為に身体を休めている最中なんですよ?」
「くっ……数分前の俺絶対許さねぇ!」
「ああ、それと運び方はお任せすると言いましたが……一応〝おんぶは好かない〟とだけ付け加えておきましょう」
「分かりました、じゃあ肩に担いでいきますね」
「は?いえ、そこはもっと分かりやすく別の方法が───きゃあああああっ!?」
何をお望みなのか本当は理解しているが、なんとなく言われっぱなしは悔しいので敢えて肩に担いで部屋まで運ぶ事にした
……こんな日常を再び送れる様になるのも当分先だ、今日は時間が許す限りショウコさんとじゃれ合っていたい
次に下らない事で笑い合えるのは……きっと
────全てがoワっttaあト2だろuカRa
いた、い
いたい、い、たい
だれ、だ
いまの、だれの、き、おく?
おれ、の?
『駄目……駄目です!何も思い出さないでください!酒泉!』
『馬鹿な……実の弟にまで洗脳を掛けていただと!?雷帝め、どこまで人の心を捨てれば……っ!』
『マコトッ!さっきみたいにあの子の洗脳を解いて!私達を言葉だけで解放したみたいに!』
『っ……無理だ……!あれはただの偶然に過ぎん!それに奴は恐らくかなり前から洗脳を掛けられていた筈だ!私達以上に強力な鎖で縛られていたのだとしたらそう簡単には……!』
『お願いします!記憶を取り戻さないでください!このままだとデストリガーが発動して貴方の心は……!』
ちが、う
おれは、ねえさんのおとうと
じゃな、い
お、れの、かぞ、く、とうさん、かあさん
らい、ていは、おれが、つぐ
ねえさん、ねえさん、ねえさん
『あ……あああああああああっ!!!貴女が!貴女があんな音を聞かせたから!貴女が酒泉を!貴女のせいで酒泉が!』
『ち、違っ……私、わたし……皆を助け、たくて……こ、こんな事になるなんて!』
『ど、どうなってるんだよこれ!?洗脳を解いたら皆助かるんじゃなかったのか!?』
『戻して!今すぐ酒泉を戻してっ!』
『シ、ショウコ!落ち着───』
『───邪魔だ!退けろ!』
『痛゛っ!?』
『マユミ!?……っ、ショウコ!あんた───』
『近付゛くな!有象無象が彼に近付くなぁ゛!』
ショウコ、なかま、おれの、たいせつなひと
やつら、らいていのてき、たおさないと
ちがう、らいてい、わるい、やつ、たおさないと
おれ、だれ?おとうと、ちがう、てんせいしゃ
『酒泉!酒泉!私のこと覚えていますか!?ショウコです!!貴方を支え続けると!貴方と人生を共にすると約束した五十嵐ショウコです!』
てんせい?てんせい、なに?
うまれ、かわる?
おれ、うまれた?
『一緒に走るって約束したじゃないですか!躓く時も転ぶ時も一緒だって!一人で行こうとしないでください!私を置いていかないでください!』
うまれた、じゃあ、まえはしんだ?
しんだ、てんせいしゃ、そうだ、 おれ
『っ───先せぇ゛!お願いし゛まず!彼を゛たすげでください゛!わたしが悪がっだです゛!ぜんぶわだしのせぃ゛なんでず!わだしが償うがら゛!たずけて゛ください゛!』
『……っ、酒泉!確かに君は雷帝の洗脳を受けていたかもしれない!だけどそれからの記憶は全て本物の筈だ!君がショウコと交わした約束の数々も!ショウコが君に向けている想いも、洗脳なんて関係なく全部が本物の───』
とっくに、しんでたんだ
───パキン───
『……え?』
『……酒泉?』
『嘘、ですよね?』
『……ねえ、何ですかその虚ろな瞳は。そんな色、貴方に相応しくありませんよ』
『ほら、生きてるんだから返事をしてください……狸寝入りしようとしても無駄ですよ、心音はこうして聞こえてるんですから』
『血だって流れてる、呼吸だってしてる、壊れたのは精神だけなんですから……だから……だか、ら……』
『……』
『…………』
『……ぁ…………』
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!』
『殺した゛ぁ!!酒泉をころ゛しだぁ!!』
『償うって言゛った゛のにぃ゛!だれも彼を助けでぐれなかっだぁ!!』
『ころず!全部!ぜん゛ぶ殺゛すぅ゛!』
『シャーレ゛もっ!ゲヘナ゛も゛!雷帝もぉ゛!』
『ぎえろぉ!!ぜんぶごわ゛れろ゛おおお゛ぉお゛お゛おお゛おぉ゛お!゛!!』
「ほら、酒泉……今日の食事が届きましたよ、今日は貴方の好きな甘味まで用意されてますよ」
精神病棟のベッドの上で、物言わなくなった少年の口に食事を運ぶ少女
そんな二人を見守るゲヘナの議長と風紀委員長、彼女等の瞳には後悔という感情が滲んでいた
雷帝を討った事自体にではない、それは今でも正しかったとそう考えている
彼女等が悔いているのは───嘗てのゲヘナを、それを支持する者達を歴史ごと隠蔽しようとした事
歴史の影に追いやられたアリウスがどんな末路を辿ったのか、それを知らなかった訳でもないのに自分達は嘗てのトリニティと同じ過ちを犯してしまったと
「あ……」
カラン、と少女の手から滑り落ちるスプーン
それを偶々近くに立っていたマコトが拾い上げ、少女に手渡そうと────
「───っ、近寄るな!!!」
「───、」
病室中に響く叫び、払いのけられる手
罪悪感混じりとはいえ、その剣幕はマコトですら怯んでしまう程に恐ろしいものだった
今の彼女は少しでも酒泉に近付く者が現れれば即敵と見なし、あらゆる手段を持って排除しに掛かってくる番犬と化していた
銃が没収されていても食事に使ったプラスチックのナイフ等で眼を狙ったり、近くに凶器がなくともその手で首を絞めにきたりと
その凶暴性が故にショウコから酒泉を引き剥がす訳にもいかず、酒泉の身を清潔にする為に一時的に預かる際も麻酔等で彼女を眠らせてからにする必要がある
それほどまでに、彼女にとっての折川酒泉の存在は大きかった
「大丈夫ですからね、酒泉……貴方は私が守りますから───」
頭を撫でながら酒泉に抱きつくショウコ、少し離れて酒泉と顔を見合わせた瞬間───
「……ぁ」
───視界に入る、正気を失った様な虚ろな瞳
「お、おい……どうした、五十嵐ショウコ」
「大丈───」
「嫌ああ゛ああ゛ぁ゛ああ゛あ゛!!!」
「「っ!?」」
先程の何倍もある声量と共に髪をくしゃくしゃと掻きむしるショウコ、白いベッドの上に落ちた長い黒髪がその痛々しさを現している
「戻っで!もどってきでよぉ!!」
「い、五十嵐さん!落ち着いてください五十嵐さん!」
「先生を読んできて!それと他に手が空いてる人も!」
「しゅせん゛っ!!やだぁ゛!!しゅ゛せん゛ん!!!」
「精神安定剤と麻酔!早く!」
騒ぎを聞き付けたナース達によって取り押さえられるショウコ、自分達も手伝うべきだとヒナもマコトも理解していた
しかし頭では分かっていても身体が一向に動かない、それは罪悪感からか、それとも────あの日、少女にぶつけられた怨嗟を思い出すのが恐ろしいからか
「……背負っていくしかない」
「……そんな事は分かってる」
少年の虚ろな瞳を見つめながらそう決意するマコトとヒナ、二人が握り締めた拳からは赤い液体がポタポタと垂れていた
くっくっく……黒服道場へようこそ
先ずは〝END4・壊れたお人形さん〟のクリア、おめでとうございます
一部シーンを除いて途中までは穏やかな雰囲気だったのですが……一体どこから歯車が狂い始めてしまったのでしょうか
……おや、もう次の旅に?そうですか……では、そんな貴方に細やかながら助言を一つ
五十嵐ショウコ、彼女は雷帝よりも〝雷帝を越える〟と宣言した折川酒泉を支える覚悟をしました
つまりその時点で、彼女はとっくに雷帝の信奉者から抜け出しているかもしれませんよ?
そんな状態で折川酒泉本人から〝全て放り出して一緒に逃げよう〟と提案されたら、恐らく……とはいえ、折川酒泉からその言葉を引き出す為には彼の洗脳を解く必要があるのですが
しかし彼の洗脳が解かれたとしても末路は先程と同じ、洗脳が深かった分羽沼マコトの言霊すら響かない……おやおや、八方塞がりですねぇ
羽沼マコトの様に心の底に沈められた〝本来の折川酒泉〟が自らの力で鎖その物を破壊しない限り、洗脳解除と共に彼の精神が破壊されてしまうのは確定事項
そして何年も前から洗脳を掛けられていた分、自力での鎖の破壊は羽沼マコト以上に困難
……彼の記憶領域に存在するワードの中で特に印象深く残っているものを幾つか提示すれば、本来の彼が目覚めるかもしれませんが
失礼、少々話しすぎてしまいました……では、良い旅を
───〝大切なワード〟を入手しました───
《空崎ヒナ》取得済み
《先生》取得済み
《前世》
《父さん》
《母さん》
《みさき》
《仮面ライダー》
《ヒーロー》
《しょうらいのゆめ》
《目覚めろ、その魂》