「……確か、酒泉が調べていたのはこの辺りだったはず……」
時刻は既に夜の九時を過ぎている……にも関わらず、幼い少女が一人で夜道を歩いている
それは警戒心が薄いからではなく、大体のトラブルは彼女が一人で対処できる程の実力を持っているからだ
仮にこの場で突然武装集団に襲われたとしても、彼女なら何の問題も無く無力化することができるだろう
彼女の実力は────ゲヘナ学園風紀委員長・空崎ヒナの実力はそれほど飛び抜けているのだ
『委員長、地図を見る限りだとそちらのルートはかなり入り組んでいるみたいですので、そこは後続の風紀委員が到着した時に一斉に捜査を行った方がよろしいかと………』
「分かった、ありがとね……アコ」
通信を繋いだまま、辺りをライトで照らしながら少しでも折川酒泉の痕跡が残されていないかと目を凝らすヒナ
彼女は酒泉の身に何かあった場合の最悪の可能性を考え、出発前に風紀委員達に捜索隊を組ませるように指示を出していた
だが、ヒナは捜索前にある程度の下調べをしようと一人で現場に来ていた
………少し前に先生の携帯の方に〝聖園ミカが姿を消した〟と連絡が来ていたが、そちらは完全に先生に任せることにした
(一応、エデン条約絡みの事件の関係者ではあるけど………ゲヘナの私が同行したところで話がややこしくなるだけだろうし)
ゲヘナとトリニティ………アリウスを撃退する為に共に手を取り合ったとはいえ、長い歴史の中で積み重ねられてきた憎悪は簡単に消えるものではない
未だにいがみ合っている者達だって多く存在しているだろう
「……私は私の出来ることをやろう」
頭の中に自身を命懸けで護ってくれた少年の顔を思い浮かべながら、ヒナはまだ捜索していないエリアへと足を運んだ
『ヒナ委員長、ここは………』
「……うん、明らかにおかしいね」
辿り着いたのは大量の廃材が散らばっている廃工場
警戒しながら中に入っていくと、辺りには弾丸が撃ち込まれた痕や何かが爆発したかのような痕が残されていた
『戦闘の痕跡ですね……』
「周囲に人間の反応は?」
『此方からは確認していません………ですが、十分な警戒を』
常に背後に気を配りながらも廃材を退かしていくヒナ
進めば進むほど戦闘の痕跡が激しくなっていく中、ある程度進んだところで次に目についたのは倉庫部屋だった
ヒナは中に人の気配がないか確認してから一度深呼吸をし、数秒経ってから一気に倉庫部屋の内部に侵入していった
「………っ」
予想通り中には誰も居なかった、代わりに────
『血……ですか』
「まだ酒泉のと決まった訳じゃない、けど………」
────床には赤い液体が固まって付着していた
更にその血は何処かへ向かっているかのように続いており、固まった血を削って小さな袋に仕舞ってからヒナはその跡を追うことにした
するとその先は工場の壁……だが、何かの手段によって破壊されており、そのまま外に繋がっていた
だが、そこからは瓦礫や廃材が散らばっているせいで血の跡を追うのが困難になり、ヒナはとりあえず真っ先に目についた路地裏に向かった
「……こっちにも戦闘の痕跡が」
『もしかしたら酒泉さんは工場の正面から入ったのではなく、工場の壁を破壊して路地裏から侵入した可能性もあるのでは?』
「……それもあり得るかもね、ここら辺を少し集中して調べてみよっか」
狭い路地裏を小さな身体でスムーズに進むヒナ
道中に弾丸が落ちていることも見逃さず、それらしい物を回収しながら進んでいく
「……静かだね」
『元よりこの辺りは人気が少ない場所らしいですよ』
「そうなんだ……酒泉はどうしてこんな所を旅行場所に選んだんだろう」
『偶には一人になりたかったとか、そんなシンプルな理由では?』
「それだけならいいけど────っ」
『……委員長?』
路地裏を調べながら歩いていると、突然ヒナが歩みを止める
その視線の先は青色のゴミ箱とゴミ箱の間………に落ちている〝何か〟
「アコ、あれ何か分かる?」
『えっと………申し訳ありません、もう少し近づいてもらわないとハッキリとは確認できません』
「分かった、それなら直接取ってくるね」
『はい、危険物の可能性もありますので慎重にお願いします』
隙間に手を入れ、少しずつ〝何か〟を自分の方へと寄せるヒナ
そのまま〝何か〟をゆっくりと持ち上げると、通信機の向こうに居るアコにも見やすいようにライトで照らす
「っ!?」
瞬間、ヒナが目を見開く
『携帯端末……ですか?委員長、電源をつけていただいても────』
「……これは……酒泉の……」
『……えっ?』
ヒナは声を震わせながら電源ボタンを一回押す
すぐに電源がパッとついたが、右上の電池残量には2%と表示されていた
そして画面には────〝先生〟との通話画面
「履歴は…………誰かに掛けた様子はないということは、掛ける直前に────っ、電源が……!アコッ!」
『はい!すぐに先生に知らせます!』
操作中に電源がブツリと落ち、これ以上酒泉の情報を携帯から調べられなくなってしまう
それと同時にヒナはアコに呼び掛け、先生にこの事を伝えるように指示を出した
──────────
────────
──────
シャーレ補佐の失踪、現場には戦闘の痕跡
一個人のいざこざ程度の問題ではない、それを理解するのに時間は必要無かった
折川酒泉が何者かに連れ去られた………または殺害された可能性を考慮した風紀委員会は、現在トリニティにてミカの件で会議中の先生にすぐさま連絡を取った
この知らせは先生だけでなくトリニティにとっても衝撃的だった
ほぼ同時期にゲヘナとトリニティ、双方の生徒が消えたのだ………それも片や元ティーパーティー、片やシャーレの補佐
更には殆ど会話をしたことがないとはいえ、互いにエデン条約の件で関わりがあった者同士
〝この二つの事件には何か繋がりがあるのでは〟
その可能性も視野に入れながら、先生はゲヘナとトリニティの両校と会議を行うことにした
一部の生徒はあまり良い顔をしなかったが、もはや不仲がどうこうと気にしていられるレベルの問題ではなくなった為にお互いにその感情を抑えながら事件解決に取り組んだ
また、戦闘の痕跡が残っていた現場………その地区の生きている監視カメラの録画データも回収し、壊れてしまっている監視カメラも〝王女〟の力で辛うじて残っているデータを全て〝形〟に変えて回収した
そう、先生はミレニアム学園にも………というよりミレニアムの一部の生徒にも力を借りていた
更に酒泉とミカが失踪した現場では今でもヴァルキューレの生徒が捜査を続けていた
ティーパーティーと風紀委員会、彼女達はどちらも部外者の手を借りることを躊躇わなかった
酒泉とミカ、二人に身に何かが起きる前により早く助ける為に
自分達の友の為ならばと使える手段は全て使った
現場に落ちていた弾丸を全て集めた
カメラに映っていた武装集団が使用していた銃を可能な限り特定した
人気が少ない場所でも聞き込みを続けた
折川酒泉の家の近所の人間にも話を聞いた
トリニティの見張りの生徒に聖園ミカが消えた日の状況を聞いた
些細な事でもいい、何かなかったか
少しでも証拠を集めた
少しでも時間を無駄にはしなかった
そして────最悪な答えを見つけてしまった
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『……説明はそちらに送ったデータの通りです』
ヒマリから送られてきた動画を確認していると、途中で一時停止して画面が拡大される
『酒泉さんとの戦闘で破損したこのヘルメットの下の顔を見てください、彼はカイザーPMCの兵士の一人です』
カイザー……生徒達と共に何度か戦ったことがある、画面に映る人物もその時の相手とほぼ同じ姿をしている
……だが、カイザー以外にも気になる存在がいる
それは頭に〝カラフルなモザイクのようなヘイロー〟を浮かべた少女達だ
『この映像が残っていたカメラも半壊状態でしたが……アリスとケイの〝力〟のお陰でデータだけを取り出したスムーズに調べることができました』
『少なくともこれで〝一つ目の組織〟は特定できました、問題は〝二つ目の組織〟……モザイクのようなヘイローを頭に浮かべている集団です』
『彼女達は同じくカイザーの仲間なのか、それとも別の組織の人間なのか………それは未だ特定まで至っていません』
『トリニティの聖園ミカさんの脱走についてはある程度捜査が進みました、どうやら例の事件の影響でガタガタになってしまったパテル分派の復権派の少女が関わっているみたいですが………それについては詳しく取り調べ中です、果たしてこの件もカイザーが関わっているのかいないのか─────』
『─────先生?先程から声が聞こえてこないのですが……』
(また護れなかったの?)
「…………」
嫌な感覚が襲ってくる
自分の内側から自分の心臓を抉るような、そんな感覚が
(今度は嫌われるのを恐れて縛らなかったせいで酒泉が襲われたんだよ?)
「ぅ……ぁ……また、声……!」
久しぶりに聞こえてくる、聞きたくない奴の声
(隣に置いても駄目、離れても駄目………ずっと同じことを繰り返してるだけじゃん)
「なんで……なんで、こんなことばっかり……!」
『……先生?』
もう何度聞いてきただろう、己を責め立てる己の声を
(まだ分からないの?それなら私がハッキリ教えてあげよっか?)
「やだ………たすけて……しゅせん……」
『……先生、気を確かに────』
嫌だ、嫌だ、聞きたくない
また酒泉に助けてもらわないと、また耳を塞いでもらわないと
違う、酒泉は居ないんだ
(貴女、酒泉にとって必要のない存在なんだよ。エリドゥでは無能な貴女に気を遣って頼ってくれただけ)
「そんなこと……ない!酒泉は私を〝頼りにしてる〟って言ってくれた!」
『落ち着いてください先生!一体誰と会話を?そこに誰か居るのですか?』
声が響く度に頭がズキズキと痛む
(だから……それは嘘なんだって、先生ぶっている貴女が鬱陶しくて仕方なくお世辞を言ってたんだよ)
今までの私を私が否定してくる
「……先生?中に居るんですか?」
頭にズキズキと痛みが走る中、シャーレのオフィスのドアがゆっくりと開かれる
そこには何枚かの資料を手に、困惑したような表情で部屋に入ってくるカンナの姿があった
「カン、ナ……なんで、ここに」
「申し訳ありません、中からは先生の声が聞こえてくるのにノックしても一向に返事が無かったので……」
恐らく私が謎の声に苦しんでいる間に何度も私のことを呼んでいたのだろう
「カンナ……どうしよう……しゅ、酒泉が───」
「落ち着いてください、先生………捜査に進展が?」
「わっ……私が見てない所で……酒泉が一人で……それで……それで……」
『その場に誰か居るのですか?でしたらその方に代わって頂いてもよろしいでしょうか』
カンナが床に落ちている私のスマホを拾い上げると、そのまま耳に当ててヒマリと話し始めた
「ヴァルキューレ警察学校公安局・局長の尾刃カンナです、事情を詳しく聞かせていただけないでしょうか」
『ヴァルキューレ……これは丁度良いタイミングかもしれませんね、私はミレニアム学園所属の明星ヒマリです。気軽に超天才清楚系病弱美少女ハッカーとでもお呼びしてください』
「はぁ……?」
『では、早速本題に………此方の方で酒泉さんの足取りを追っていたところ、ゲヘナからそれなりに離れた別の地区で正体不明の武装集団に襲われていたのを監視カメラから確認しました』
「……監視カメラは無事だった、と」
『いえ、監視カメラも徹底的に破壊されていましたけど……その、酒泉が捕まったことを知ってバッチバチにぶちギレた私の可愛い後輩がその地区一帯の監視カメラの録画データを無理やり〝形〟にして持ち帰って来まして……』
「データを〝形〟に……?ミレニアムにはその様な技術が?」
『それは、まあ………部分的にはそうなりますね、勿論解析済みのデータは既に返却してありますよ』
「そうですか………それで、その武装集団の身元は?」
『カイザーグループ………は特定できました、しかしヘイローを浮かべている生徒達の正体までは割り出せませんでした』
「ヘイローの形に特徴が無い……と?」
『というよりもヘイローが様々な色でぐちゃぐちゃに塗り潰されているせいで特定できないのです。恐らくは空中ディスプレイか3Dホログラムのような空中に映像を投影する装置を利用しているのでしょう』
「ヘイローには直接触れることができない、だからヘイローの浮いている位置にモザイクを投影するという力業で隠してきましたか…………了解です、ではカイザーの対処は我々が行います」
『お願いします……それと、現時点で解析済みの敵の移動ルートのデータも─────』
「でしたら此方からも集めてきたカイザーの情報をそちらに─────」
取り乱している私の代わりにカンナとヒマリが話を進めてくれている
………〝先生〟なのに〝生徒〟に迷惑を掛けてしまった
〝大人〟なのに目の前の問題に対して何もできず、その上〝子供〟に対処を任せてしまった
情けないのは自覚している、それでも今の私では何もできない
頭の中に次々と浮かんでくる〝最悪の可能性〟を無理やり振り払うので精一杯だ
酒泉は何処に連れ去られたのか、ミカに何があったのか
二人は無事なのか、どうしてこの二人なのか
考えれば考えるほど焦りが生まれ、焦れば焦るほどまた最悪なことを考えてしまう
こんな時、いつもどうしてたっけ
いつも……いつもの私は……確かホシノの時は直接カイザーと戦いに────
「……あ」
「……先生?」
『どうかしましたか?』
「……ううん、なんでもないよ」
そうだ、簡単だった
困った時は戦ってきたじゃないか
いつも通り解決法は何も変わらない、変わらない……けど……
相手がカイザーなら、相手が〝生徒〟じゃなくて〝汚い大人〟なら────
「手加減する必要は………ないよね?」
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「ここを真っ直ぐ進んでもらおうか……一応言っておくが、妙な真似はするなよ?」
カイザーの兵に銃口を背中に突きつけられ、無理やり歩かされる
雑に押されたせいで転びそうになるものの、なんとか膝をついてバランスを持ち直す
「さっさと立て」
────捕虜の扱い雑すぎません?もう少し丁寧に……
「無駄口を叩くな、また痛め付けられたいのか?」
ちょっとだけ文句を言おうとすると、今度はアリウスの生徒に睨まれる
……いや、本当に何が理由でこの二つの組織が手を組んでるんだ?
単純な恨み以外で考えられる理由としては〝折川酒泉が何処で自分達の情報を入手したのか探るため〟とか、そんな感じか?
まあ、それに関しては俺が吐かなければいいだけの話だな………俺が拷問とかに耐えられること前提だけど
正直、鞭打たれたら普通に痛いし泣くと思うけど、その辺は気合いでなんとかするしかないな
逆に言えば敵は俺の口から直接情報を聞き出すしかないからな、自白剤とか相手の記憶を読み取る機械とかない限りは無理やり情報を手に入れることは─────
………そういえばミレニアムには精神世界にダイブする為の装置があったけど、ゲマトリアの技術で似たような物作られたりとかしてないよな?
それに、あれは天童さんの身体が機械で構成されていたから出来た可能性が高い
………けど、ゲマトリアの技術力が未知数すぎて生身の人間にも使えるダイブ装置が作られててもおかしくないな
そうじゃなくてもベアトリーチェの儀式の生け贄にされたら記憶も取られるとか、何でもありすぎて色んな可能性を考慮しないといけない
……最悪の場合、舌を噛み切るしかないか。死ぬのはすっげー怖いけど仕方無い
「……おい、お前もさっさと歩け。契約通りちゃんと我々に従ってもらうぞ」
「はいはい、分かってますよー」
今度は俺の後ろを歩いている〝謎の人物〟に命令するカイザー兵
〝謎の人物〟の服装は軍用プロテクターにカイザー兵と同じ装備、顔には全体を覆うマスクを被っており、そのマスクの機能かは知らないが声もノイズがかっている
頭にはヘイローが浮いている……が、空中に浮いているモザイクとごっちゃになっているせいで色も形もハッキリと認識できない………これもマスクの機能か?
でも……少なくとも立ち振舞いからコイツが〝強者〟であることだけは理解できる
俺が戦ってた時にこんな奴居たか?俺が捕まった後で合流したのか?
「……おい、そいつは何者だ?」
「我々の部下だ」
「そのような情報、私は何も聞かされていないぞ………マダムに対して隠し事か?」
「隠し事をしているのは貴様らアリウスも同じだろう?互いに深入りしない……それが条件のはずだ」
「………チッ」
何やら不穏な空気を醸し出している、いいぞそのまま殴り合え
……って思ったけど、拘束されている状況じゃどっちが勝ち残っても逃げ切れそうにないな
それにしても……会話の内容を聞くとアリウス側ではなくカイザー側の人間なんだな、この謎の人物
「……一応聞いておくが……自分の役目を分かっているな?」
「もう、疑り深いなぁ………その男を逃がさないように見張ってればいいんでしょ?」
「………ならいい」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だって!わt……俺、ゲヘナの生徒嫌いだからさ!コイツが痛い目に遭ってるところを見せてもらえるだけで満足するから!」
そいつはケラケラ笑いながら俺に指を差す
なんだコイツ……ただの愉快犯か?
「ほら!ちゃっちゃと進もうよ!早く彼が苦しむところを見せてよ!」
そう叫ぶと正体不明のそいつはスキップしながら一人で勝手に進んでいってしまった
「………まあ、今私が一番憎んでいるのは貴女達アリウスだけどね」